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旅する明星  作者: 主任
雪の向こうに
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雪の向こうに 3

 客二人はたっぷりと湯に浸かってから上がったので母が夕食を用意するのには好都合だった。

 大したものはない。

 白米、玄米、具の少ない味噌汁、鶏肉の燻製と山菜の炒め、それと漬けておいた胡瓜。

 しかし意外とこれが櫛井田の方には受けたようで、彼は浅漬けの胡瓜をバリバリかじりながら荒唐無稽な旅の話をしてくれた。

 空を舞う鰻。それを二足歩行で追う蛙と兎の漁師らが狐に吠えられて逃げた話。どうやら化かされたらしくその狐を仁美が弓矢で仕留めると鰻や蛙は消えたという。

 遠く異国で行われているという砂漠の中の焚き火祭りの話は少し現実味はあったがおかしかった。何もない荒れ地に大勢の人々がわざわざ一週間だけ野宿をして『ファイヤーマン』なる謎の精霊を讃えるそうだ。櫛井田と連れも参加したらしいがとうとう最後まで意味は分からなかったという。

「そりゃあどこの話だ?」

「ここから西へ七日はかかる場所だ。髪が金色で肌の白く背の高い人種が多い場所だな」

「はあーメリケンのことかいの?」

「奴等は結植州英と言っていたな。多分、同じことだろう」

「随分と遠くからお越しになっただな〜。私ゃ産まれて六十を過ぎたがメリケンから来た旅人さんは初めて見ただ」

「で、何かそこの土産物とかはないのかな?」

「あー……どうだったかな。仁美。君も黙々と食べてないで少し話に入らないか」

 つつがなく食事をしていた仁美はそう言われて少し考えるように箸を止め、茶を一口飲んでから答えた。

「私は食事中は食事に集中したいのですよ。特に、自分で取ったものでない場合は尚更です」

 恐ろしく礼儀正しい娘だ。

 背筋の伸び、箸の使い方、食べ方、話し方、そのどれをとっても上品な作法に則っているのが田舎者の私でも分かる。

 傷だらけの男と旅しているが元は中々の良家の出だろうか。

「ああ、そう言えばそうだった。最近は宿も取らないから忘れていた。すまないな」

「いえ、私こそ寧ろ非礼でした」

「いえいえいいですだ。櫛井田さんの話は面白うていい」

「そう言えば櫛井田、君は碌に食べてないじゃないか。話は後でいいから食べてくれ」

「悪いな」

 櫛井田は苦笑すると箸を手に取った。

 が、やはりどこか動きが苦しげだ。

「秋実さん。はい、どうぞ」

 見るに見かねた仁美が補助した。

 具体的には箸で取った物を秋実の口に渡す、稚児などにするものだ。

「やめろ恥ずかしい」

「そうは言ってもいつもそうしているではありませんか」

「言うな。情けなくなってくる」

 言葉とは裏腹に秋実は堂々と仁美の箸をねぶる。

「しかし酷い傷ですだ。隣町に傷に効く温泉があるといいますが、その傷は何で出来たものだで?」

「そうさな……火傷、裂傷と他にも色々。昔、戦争にあった後遺症だ」

 戦争。

 恐ろしい言葉だ。

 村よりもそれはそれは大きな“国”と“国”同士の争いだ。

 私が生まれてからこの付近ではもうそういったことはないが、他の地域ではそうではないようだと知って少し恐ろしくなった。

「済まないがあまりこの事は話したくないな」

「いいえ、私も詮索してしまって申し訳ないですだ」

「代わりに一つ聞いていいか……むぐっ」

「この雪、一月も降り続いているそうですが何か知りません?」

 白菜を無理矢理口に詰め込まれた秋実の代わりに今度は仁美が口を開いた。

 私は迷った。

 余所者に言っていいものか、と。

 母と目配せする。

 母は無言で頷いた。

「お話しましょう。この雪は、“人を食う”のです」

 二人は顔を見合わせた。

 無理もない、私も初めて聞いたときには耳を疑った。

「理由は定かではないのだけれど、どうにもこうして不自然に雪が降り続くときに出掛けると神隠しに遭う。するとその次の年は豊作になる。村に伝わる話では『雪の精霊』が人寂しくなって攫い、代わりに土地に恵みをもたらすという話だ」

「山神の類でしょうか。初めて耳にしました。ねぇ秋実さん」

「そうさな。で、気になるところだが、攫われた人はどうなる?」

 母は気不味そうに私に目をやる。

 私は頷いて話を促した。

「帰った人もあれば帰らねえ人もありますだ。ある人は数年後に戻り、ある人は遠く数十年して骸が見つかったという記録もあるだて、一口にこれというのはありませんだわ」

「そうか……この辺りに民家がまばらなのはそのせいか。辛いな」

 その数件さえ住んでいる者はもういない。

 アケビがいなくなってから立て続けに人は雪に攫われ気味悪がった者は去り、親族を奪われた者も数年経つとやがて何処かへ移っていった。

 もう残るのは先祖代々の土地をここに耕す地主である私の家ばかりだ。それも、毎年のような豊作が止めば土地を手放して去ることになるだろう。

 いくら植えた作物が山のように成るとは言え人が消える里からは人は減るしあまり取れ過ぎるのも今やそう旨みはない。

 厄介極まる。

 すると櫛井田は思いもよらない言葉を口にした。


「この雪、私が消そうか」


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