雪の向こうに 1
奇妙な二人連れだった。
年端もいかぬ少女と少し歳の離れた若い男、雪の吹雪く日の夜だというにとんと寒くもないような様子で一晩宿をと申し出てきた。
顔はまるで似ていない。
何の血縁も二人の間にはないだろうが息のあった兄妹といった風情で身体が不自由な男を少女が小柄だてらに甲斐甲斐しく世話をしている。
しかしそんな男を他の時ならともかく今のような季節に、それもこんな所まで出歩かせるのはおかしい。
そもそも傘をさしていないのに濡れていないなんて、あり得ない。
私は怪訝な気持ちを覚えたが口には出さず、しかし顔に出ていたようで窘められた。
「そう言わずに一晩だけでも泊めてやれ。こんな吹雪に野宿しちゃ死んじまうよ」
老いた母にそう言われてはかなわず釈然としないながらももてなすことにした。
「済まない。久々に民家を見て人恋しくなってしまってな、いや少しばかりだがこれを」
男が差し出した金細工を私は制した。
「いや、良い。別に金には困っていないし私も母も旅人と話すのは良い娯楽になる」
この村には今や私と母しかいない。夏から秋の間は奉公人が住み込みで働いているが冬の今となれば皆郷に戻る。
「そうか。それは助かる」
櫛井田秋実と名乗った男はどこか偉そうな口調で言う。
年の頃は二十歳を少し過ぎたぐらいか、私よりも少し若く見えたが妙な貫禄が漂っていて体には大小様々な傷の跡が痛々しく残っているため面と向かうのは何か遠慮してしまう。
左腕は布で吊って垂らしていて、着物の袖から見える腕のあちこちに切り傷や火傷がある。
次に目立つのは右目の辺りだ。髪を垂らして隠しているつもりのようだが時折大きく抉れた傷口を覆うガーゼが風に揺られた黒髪の間から目に入る。
足も不自由なようでたまによたよたとふらついては少女に支えられる始末だ。このご時世、そう物騒でもないが一体どこでこれ程の怪我を負ったのだろう?
詮索はしない。
「よろしく。辺鄙な村の農家だが、泊めといて使う気はないよ。座って休んでくれ。この吹雪じゃさぞ冷えたろう」
「いいや、そうでもないよ。宜しく」
差し出された右手を掴むと思わず飛び退るほど熱かった。
櫛井田ははにかんで見せた。
「体質でね」
「あ、ああ……凄いな」
湯気を吹く鍋に触れた時のあの時の熱さに似ていた。
道理で彼が入ってからというもの吹雪の寒さを薄く感じた。
便利な体質だと羨む。
「お風呂を頂いても?」
「ええ、ええ、構いませんよ。ただ、この吹雪だて湯が沸くまで暫くはかかりますだ」
母が言うのも確か。
私と母が湯浴みをしたのは一時間も前。
湯はとうに冷えきってしまっているに違いない。
「いえ、秋実を入れておけば湯はすぐに温まります」
六条仁美、と名乗った浮世じみて可憐な少女は私には会釈するだけで櫛井田の手を取って風呂場へと足早に去った。
不思議と瞼を閉じているというにその足取りに乱れはない。
それにしても息を呑むほど綺麗で、性格もしっかり者のようだがああ愛想が悪いのでは何とも泊め甲斐のない。
「小さいのにあんなに、ねぇ。あんたもあんな娘を嫁に貰えたらおっかさんも安心なんだけどね」
「俺はもっと人懐っこいのが好きだよ」
「……あんた、まだアケビちゃんのこと」
「…………まだ生きてるさ。きっと」
あの日も今日のような真っ白な吹雪の夜だった。