第九話 無色ノ瞳
雪の地面に残る足跡を追いかけながら辿り着いたのは、一件の家。
家というよりは小さく古ぼけたそれは小屋に近い。
「正面から尋ねてもまた逃げられますかねぇ…」
うーんと一人首を捻るが、桜男の個人的な心境としては、これ以上寒空の下にいるのは御免被りたかった。
「まぁ、深く考えない事にしましょう」
一人自己完結して、桜男は小屋の扉に手をかけた。
少し位抵抗があるかと思ったのだが、それもなくすんなりと開かれる。
「……」
ぐるりとその中を見渡してみるが、そこに少年の姿はない。
その代わりに、正面に座ったままの一人の少女が色のない瞳で桜男を見つめていた。
「だぁれ?」
透き通るようなか細い声が耳に届く。
その目は何処か宙を見ていた。焦点が合っていない、ただぼんやりと前を見詰めているだけ。
「…貴方、目が見えないのですか?」
「…あなたは」
一歩、二歩、歩み寄って問い掛けた言葉に、少女は驚きの表情を見せる。
「あぁ、私は怪しい者では…少年を追ってきただけで」
少女の反応に、慌てて返事を返した。
が、自分で言っておきながら、怪しいだろうとは思う。
「少年…?智のこと?」
「智…あぁ、そうです」
今この町にはそれ以外の少年などいないだろうと、そんな返事を返す。
「そうなんだ…」
「…貴方はいつからここに?」
智と呼ばれた少年以外の生きた人間。
縁があるとすればこの少女以外には考えられなかった。
「少し、前…智が外は大雪だって…本当に雪なんて降ってる?」
「えぇ、夏だというのに一面雪野原です」
目の見えぬ少女にとっては、肌で感じる温度と音、言葉を頼りにするしかない。
嘘をつかない温度や音も、部屋の中に閉じこもりっぱなしでは正確に分からないのだろう。
不思議そうに首を傾げた少女に、正直に応える。
「本当、なんだ……ねぇ、智以外に誰かいない?」
「誰か…とは?」
「あのね、ここに来てから、ずっと誰とも会わないの…智に聞いても何も教えてくれないのよ?」
この少女にだけ真実を話さない理由。それが何なのか、桜男は暫し考える。
が、その理由を知るわけもない。
「…他の皆さんは、もう…っ――!」
智が隠し通すその全てを口にしようとした瞬間、息が詰まった。
背中に酷い痛みを感じる。
ゆっくり後ろに目を向ければ、そこには鎌を持った智の姿、その手の鎌は紅い液体を纏っている。
すぐにそれが自分を刺した凶器なのだと悟った。
「…智、さん?」
「雪に…余計な事言うなっ」
怒りに満ちた震える瞳が目に映る。
それを最後に、桜男は膝をつき、意識を手放した。




