第八話 嘘
声に振り返った少年が見たのは、雪に沈むイザミの姿と、それを見送る桜男の姿だった。
「な、何してんだ…アンタ達!?」
思わず声を上げて、駆け寄ってしまう。
それに振り返った桜男は、呆然としたまま首を傾げた。
「貴方を探しに来たんですが…埋まってしまいまして」
「埋まったって…何呑気に…」
地面を軽く叩きながら言う桜男に、呆れたような声を返すしかない。
こういった場合、少し位は心配するものだと思う。
「慌てたところで、無駄なのでしょう?」
「そ、それは…」
掘り返す事が出来ないと言ったのは少年だった。だから二の句が出てこなくなる。
「…貴方こそ、無駄だと知りながらどうしてここに?」
更に問い詰められるような言葉に、俯く。
「それとも本当は試していませんか?」
「――っ!?」
桜男の言葉に、びくっと体を震わせ、少年が顔を上げた。
至極分かり易いその反応は子供だからなのだろう。
「嘘をついていますね」
桜男の手が有無を言わさぬ力で、少年の腕を掴んだ。
細身の体のどこにそんな力があるのか聞きたくなるような強さ。
「違う、嘘なんかついてない!」
首を何度も振りながら、桜男の手を振り解こうとするが、それは許されなかった。
「正直に言って下さい……私は、思いの外良い人ではありませんよ?」
「…っ、関係ない!お前に関係ない!!」
大声を上げて、少年は力任せに手を振り解く。
声に驚いてしまって、うっかり手を放してしまった桜男だったが、慌てた風もなく溜め息を吐く。
「はぁ、困りましたね…素直じゃない子供だ」
そしてやはり頭はまだ子供だなと思う。
この雪野原の中、どれだけ走ったところですぐに足跡を追って来られるというのに…
「…一応、縁は置いて行きますね、イザミさん」
少し考える素振りを見せた後、桜男はイザミの埋まったであろうその場所近くに自分の髪を一本だけ置く。その後は未練も何もなさそうに、少年の足跡をゆっくりと追っていった。
雪の原を駆け抜けた少年は外れにある小さな小屋で丸まる。
一見誰もいないように見えるそこには…少年とは別のもうひとつの影があった。
「連れて行くなんて許さない…」
それは、静かに眠る雪色の着物を着た少女だった。
じっとその姿を見詰めて、少年は決意したように呟く。
「雪は…俺が守るんだ」




