第六話 疑イノ眼
目の前で揺らめく炎を見つめ、桜男は小さく息を吐いた。
外は相変わらずの雪。寒さに悴んだ手足が薪によって温められる。
「彼は、もう眠ったでしょうか?」
不意に顔を上げて、桜男がイザミに声をかけた。
それに対して、いい加減な返事と肩を竦めた姿が目に映る。
「一々そんな行動把握してるかよ」
それは確かにその通りなのだが、もっといい言い様はなかったのか、などと思う。
「…イザミさんはどう思いますか?」
「なにがだ?」
「この町に、もう彼一人しか残っていない事について…」
静かな声だったが、それは疑いに満ちていた。
当然その意図を理解しているイザミは、考えるような素振りを見せる。
「そりゃ、疑わしいっちゃ疑わしいが……なぁ?」
「なんです?」
どうも納得できない様に首を傾げるイザミ。
「そこまで深い想いを持ってる様には見えねぇし…今の所理由が見当たらねぇ」
とらぐなを生み出すほどの根深い想い。
そんなものが少年にあるようには見受けられなかった。
「そうでしょうか…?」
「あん?」
そう口にした桜男の声は少しだけ笑っていた。
「誰にだって深い想いはあり、それを正当化する為の理由などどうにでもなる」
どんな人間にも、深く心の中に隠れた想いがあり、誰だってそれを正当化する。
そうしなければ、自分自身の全てを否定する事になるからだ。
「…お前は、あいつが今回のとらぐなの元凶だって言うのか?」
「まだそこまでは……ですが、可能性としてなくはありません」
桜男のそれには返す言葉が無い。
可能性がゼロなどと言う事は、殆どの場合ないからだ。
「でもな、もしそうだったら…厄介じゃねぇのか?」
もし少年がとらぐなを生み出した元凶であったならば…困った事がひとつある。
「…そうですね、少なくとも…私にはどうする事も出来なくなってしまう」
諦めたようなその声に、イザミは何も返事を返さない。
その言葉の意味が分かっているからである。
「本当に必要であれば、その贄は縁が導くはず……」
とらぐなを食らうには贄が必要であり、贄とは…人の血肉の事だった。




