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とらぐな  作者: 森村芥
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第拾五話 永遠ノ夢

空から舞い降りる雪は、しんしんと降り積もる。

桜男の言葉に数拍置いて、智は静かに顔を上げた。


「俺が死んでも、智は…幸せでいられるんだよな?」

「ええ…」


ずっと昔から、智の願いはただ一つだけだった。

雪が笑って過ごしていてさえくれれば良かった。


もし、自分自身がいなくなっても雪が幸せでいられるというのなら…


「俺は…雪に悲しい思いをさせたくなかっただけなんだ」


ゆっくりと桜男に手を差し出す。


「覚悟は決まりましたか?」


顔を伏せたままの智の表情は分からない。

それでも、差し出された手が引き戻されない事が答えの変わりなのだと悟る。


「痛みも…何も感じません、ただ心を無くすだけ」

「……分かってる」


雪に吸い込まれるように、互いの声は掻き消える。

小さな智の頷きに、桜男は静かに手を上げる。


「さようなら…智さん」


桜男の声と同時に、一際大きな風が吹いた。

目を開いた智の視界に写ったのは、風に舞う桜の花だった。


それだけ…たったそれだけで智の見える世界は終わる。


「… 」


最後の言葉は、誰の耳に届くことも無く…雪に沈んでいった。








日溜りの暖かさが体を覆う。

その心地よさに暫く浸っていたかったが、一度だけ空を見て歩き出す。


「おい、桜男!」

「なんでしょう?」


その後ろには、当然のようにイザミの姿があった。

あの後、すぐに雪は解け、雪に沈んでしまった者達も目を覚ました。


「今回も色々と俺はふに落ちない事があるんだが…」


ずっと沈んでいたのだから、当たり前だろうとは思うものの桜男は返事を返さない。


「結局、とらぐなの原因は誰だったんだ?

 それに…俺は確かに雪に沈んだだろ?なんだって無事なんだよ…」


そう、雪に沈んだ者達は例外なく目を覚ました。

雪に埋まっていたなんて信じられない様な、ただ眠りから覚めたような状態だった。


「動物は冬眠をするじゃないですか、それと同じなのでは?」

「人間は冬眠なんてしねぇよ!」


イザミは別としても、本来であれば長期間埋まっていた者達は確実に死んでいる。

それが無事目が覚めたという事は…


「殺す気なんて無かったんでしょう…」


智は、また春が来て、豊作が訪れる季節になればいい。

そうすれば雪も笑っていられる……それしか考えていなかったのかもしれない。


「はぁ…てか、結局あのガキはどうしたんだよ?」

「幸せなはずですよ」


例え一冬を無事に越えたとしても、来年はどうなるか分からない。

再来年はもっとどうなるか分からない。


この寒い地で生きる事は、雪には難しい事だろう。

けれど…それに悩まされること無く、互いが幸せだと信じたまま生を終えた。


「救いがないならば…幸せな夢を見ていた方が幸せでしょうから」

「なんだって?」


イザミの言葉に、それ以上返事を返すのはやめる。

再び歩き始め、次第に遠くなっていく町の姿を一度だけ振り返った。


雪は消え、そこには碧い野が広がっていた。




「言ったでしょう…私はいい人ではないと」






元々ボイスドラマ作品だったものを、文章にしたものなので、色々と未完結です。

ボイスドラマは救いのある話が多かったので、救いの無い話も…と思ってこさえました。


もし気になった方がいらっしゃいましたら、ボイスドラマの方もどうぞお聴下さい。

URL⇒http://kurosango.web.fc2.com/toragna/


ご拝読有難うございました。

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