表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とらぐな  作者: 森村芥
14/15

第壱拾四話 君ガ為

桜男の言葉に雪は暫く黙り込んだ。

当然だ、智を助ける為に、自分が犠牲になるなど考えもしなかっただろう。


「当然、選択権は雪さんにあります。出来ないと思うなら無理はしなくてもいいんですから」


そんな事を口にした桜男は薄い笑みを浮べていた。

目の見えない雪には、解らないが、それは決して人のいい笑みではない。


「私が死ねば…智は助かるのね」

「間違いなく…智さんは救われますよ」


聞えるか聞えないかの小さな声だったが、桜男の耳には十分に届いた。


「だったら…私の命ぐらい上げる。だって、どうせ智がいない世界で私は生きていけないもの」


するりと雪の腕の力が抜け、桜男の服の袖を離す。

向けられた雪の表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「智さんも…同じ事を言うでしょうね」

「え?」

「いいえ、何も…」


呟いた言葉は桜男自身にしか聞えてはいない。

だから首を振って、雪に小さな返事を返した。決断を下した少女に態々言う事ではない。


「苦しむ心配はありません、眠るように…意識が途切れるだけです。二度と目が覚める事はありませんが…何か最後に言いたい事はありますか?」


桜男の声と共に目を閉じた雪に、恐らく最後になるであろう問いを静かに向ける。


「智に…智にありがとうって、伝えて」

「それだけで?」


首を傾げた桜男に、雪は小さな笑みと共に頷いた。

本当は伝えたい言葉なら沢山ある。けれど、それを上手く言葉にする事が出来ない。

だから、その一言でいいと言ったのだ。


「解りました…それでは、おやすみなさい。雪さん」








深々と雪が降り積もる。

ただその場に立ち尽くして、空を見上げ、智は両手を力いっぱい握り締めていた。


「雪…雪…ごめん」


声が掠れ、上手く言葉が紡ぎ出せない。

何に対して謝っているのか、どうして謝っているのか…自身よく分かっていなかった。


「智さん…貴方はどうしますか?」


不意に後ろから掛けられた声に、振り向かずに黙り込む。

暫く経って、やっとの思いで情けない顔が桜男に向けられた。


「俺は…雪を助けたい。雪のいない世界なんて意味ないんだ!でも…だけどっ、俺がいなくなったら…誰も雪を助けてくれない…」

「そんな事はないですよ…」


叫びに近い智の言葉に、桜男は静かに返事を返す。


「もう…雪さんが苦しむ事はない。これから先も…ずっと、永遠に」

「どういう事だ…」


その言葉の意味が悟れず、智は首を傾げる。

それに薄い笑みを桜男は返した。


「雪さんが不幸だなんて、それは智さんの思い込みです。雪さんが貴方に、ありがとうと伝えて欲しいとおっしゃいました…」

「…っ」


桜男の言葉に嘘はない。ただ、その言葉の全ての意味を智は理解できなかった。


「さぁ、貴方はどうしますか…智さん」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ