第壱拾参話 選択肢
静かな沈黙が間をあけた。
「…智が生きている限り…皆は助けられない?」
桜男の言葉を鸚鵡返しに口にするほか、雪に出来る事はなかった。
それがどういう意味なのか、理解できない。
「非常に残念な事ですが、智さんを助けるか、他の皆さんを皆殺しにするか…それしか選択肢はないのです」
言葉とは裏腹に桜男の声に抑揚はなかった。ただ淡々とあることだけを口にしている。
事実桜男の表情に変化はなく、落ち着いていた。
「そんな…どうして?どうにかならないの?私…皆も、智も助けたいわ」
必死な声で懇願する雪に、すぐに答えを出さない。
黙ったまま静かに桜男は、智へと視線を移した。立ち尽くしたままの智と視線が合う。
「……」
「それは出来ません…ただ、雪さんがどちらを選ぼうとも…このままでは智さんも雪さんも死んでしまうでしょう」
智に視線を向けたまま、桜男はそう口にする。
これは雪に向けた言葉ではなく、智に向けた言葉なのだと訴えるかのように。
「こんな雪の中、子供二人で生きていける訳がない…それにこの雪は、智さんにずっとついてくるのですから」
そこまで言ってやっと桜男は視線を雪に戻した。
智は黙って顔を伏せ、耐え切れなくなったかのように、静かに部屋を後にする。
それを確かめ、一拍置いて桜男は雪へと言葉を向けた。
「…雪さん、智さんは助けられません。だから…」
「そんな事言わないで、私は智に一緒にいて欲しい!それに…智がいなくなったら私は!」
雪の言わんとする事はすぐに分かった。
もし今、智の犠牲によって雪は助かったとしても、また年を跨げば同じ事が起こりうる。
「一つだけ…選択肢を、与えましょう」
少し考えた後、桜男は静かにそう口にした。
「選択肢?」
「ええ…智さんを、救う方法です」
迷いなく、優しい声で桜男は言葉を続ける。
「智を…救えるの?救えるのなら教えて、私は智を救いたい!」
雪の危なげな腕が桜男の服の袖を掴んだ。
か弱い白い手が、真っ赤になるほど必死に、それを掴んでいた。
「…雪さんが、智さんの代わりになるんです」
「…へ?」
一瞬、何を言ったのか雪には解らなかった。
だが、それも桜男の次の言葉ではっきりと理解する事が出来た。
「雪さんが…智さんの代わりに死ぬんです」




