第壱拾弐話 異ナル答エ
来た道を引き返すというのは何とも気の乗らないものである。
そうは思いながらも、桜男は足早に雪の元へと戻り、小屋の中へと再び足を踏み入れた。
「あー寒かったですねぇ」
「智の知り合いのお兄さん?」
呑気な声でそう口にすれば、当然のように雪が音に反応して顔をあげる。
「先程は話の途中にすみませんでした…もう一度お話させて頂いてもいいですか?」
すぐ側まで近寄ってから、柔らかい声で問い掛けた桜男に、雪は小さな笑みを返す。
「私も、聞きたい事があるの」
「何でしょう?」
桜男の軽い返事に、雪は悲しそうに顔をふせた。
その後、少し躊躇いながらも辺りを伺う素振りを見せる。
「智…一緒にいる?」
「…いいえ、今はいませんよ」
本当は桜男のすぐ側に智もいるのだが、そう嘘をつく。
雪の偽りない答えを聞く為に、智はいないほうがいいと思ったからだ。
「あのね、智…私に何か隠してるの、そうじゃなかったら私は今ここにいないもの」
「どういう意味ですか?」
今ここにはいない、その言葉の意味を問うと、一拍置いて返事が返ってきた。
「去年の秋、町の皆が不作だって口を揃えて言ってたの…でもそのまま冬になって、皆で色々考えてみたんだけど、どうしても食料が足りないって…だから、役立たずは殺してしまえって」
淡々とした、まるで感情のない人形の様な声で雪は告げる。
「もう働けないおじいちゃん達や、体の弱い子は皆一人ずつ減っていったの…私もね、その中の一人だったの、でも…そうなる前に急に皆がいなくなって……ねぇ、智は私に何を隠してる?」
「…智さんは、貴方を守る為に皆さんを閉じ込めたんです」
少し考えてから、桜男はそう答えた。もっと正確に口にする事も出来たが、あえてそれを避けた。
「私を、守る為?」
「はい…貴方の意思を確かめずに、それが最善だと思ったんです」
言葉に雪は小さく首を振る。それは智が望まない答えだった。
「そんな事…しなくてよかったのに…」
はっきりと耳に届いたその言葉に、智は表情を崩す。分かっていたとはいえ、その答えを聞きたくはなかった。
「ねぇ、皆を助けてあげて」
「…勿論そのつもりです」
自分の為にそんな事をして欲しくないという一心で、雪は桜男に頭を下げる。
それを当然のように了承した桜男だったが、一拍置いてもう一度口を開いた。
「ですが…皆さんを救うと、智さんは死ぬ事になります」
「…え?」
雪には一瞬意味が分からなかった。だからすぐに反応する事が出来ない。
「智さんが生きている限り…他の皆さんは永遠にこのままです」
けれど桜男は残酷にそう言葉を続けた。




