第壱拾壱話 人ナラザル者
「食べられません」
振り下ろした鎌は、白い腕によって止められた。
死んでいたと思っていた桜男が、顔を上げて怒ったような目を向ける。
「――!?」
驚いて鎌から手を放し、後ずさりしようとして、そのまま後ろに倒れてしまった。
「熊や猪じゃないんですから…馬鹿な事を言わないで下さい」
「な、なんで…お前っ」
幽霊でも見るような瞳が桜男に向けられる。
が、当の本人は気にする様子もなく立ち上がった。
「どうして生きているのか…ですか?」
桜男が自分の体にある刺された箇所にゆっくりと手をあて、汚れを払うかのように着物を叩き、手を下ろすと、血で染まっていたはずの着物は、まるで最初から何もなかったかのように、綺麗なままだった。
「残念ながら…私は人間ではありませんので」
さらりとそう言ってのけた桜男に、智は微かな恐怖を覚える。
それと同時に、気が付けば落ちた鎌を拾い直していた。
「無駄な事はやめた方がいいですよ、普通の人間ごときに私は殺せませんから」
その凶器をまったく気にした様子もなく、桜男は小さく笑う。
「な、んなんだよ…お前っ」
「何といわれても…答えに困りますね」
本気で困っているのか、眉を潜めて頭を悩ませる。
桜男自身そう言った問いをかけられるのは始めてではないが、毎度の事ながら返答に困った。
「というより、話しても理解できないでしょうから気にする事はありません。それよりも私が貴方に色々と聞きたい」
そう勝手に自己完結すると、桜男は智に向き直って冷たい視線を向け、智の着物の首根っこを掴み上げる。
「やっぱり嘘吐きましたね、智さん……その上、背後から刺すとは、私だからよかったものの普通の人なら死んでいますよ、大体私だって痛いものは痛いんです…本当に……どういうつもりだったのか是非お聞かせ願いたいですね」
「―っ、う」
口元は笑みを浮べているものの、その目がまったく笑っていない。
自ら人ではないと口にした桜男だが、だからといって痛覚がないわけではなく、痛いものは痛いのだ。
「あ、んたが…アンタが雪に変な事言おうとするからだろっ!?」
逆上したように、智が掴まれた首もとの手を振り払う。
それを静かに見下ろして、桜男は冷たい目を向けたまま口を開いた。
「私は真実を口にしようとしたまで、雪さんに嘘をついているのは貴方ですよ、智さん」
「違うっ!俺は…俺は雪の為に…」
そこまで言って声が途切れた。智の握り締めた拳が紅く染まっている。
桜男の言っている事は真実であり、雪に嘘をついているのが自分だと悟っているからだ。
「雪さんの為…本当にそうですか?本当に彼女が貴方にそんな事を望んだんですか?雪さん自身にその口ではっきり問い、その耳でしっかりと答えを聞いたのですか?」
冷たい馬鹿にしたような声が智に掛けられる。それに返事は返せない。
雪に問い掛ける事などせず、当然のように自分の中にあるそれこそが答えだと思い込んでいた。
「貴方は自分の願いを雪さんに押し付けただけ…あるいは雪さんから異なる答えを聞きたくなかっただけ…です」
「異なる答え…なんだよそれ?」
黙り込んでいた智が、桜男の言葉に反応したように顔を上げる。
酷く辛そうな顔は、まだ幼い智から子供らしさを無くしていた。
「それを…今から雪さんに問いに行くんですよ」




