第壱拾話 君ヲ守ル為
「智?なぁに、今の音?」
桜男が倒れた音を耳にして、雪が不安そうに当りを見渡す素振りをする。
「何でもない、あの男が出ていっただけだよ」
「本当に…?」
倒れた桜男に見向きもせず、智は雪の側により優しい声をかける。
出来る限り音を立てない様に鎌を置き、その細い体を抱きしめた。
「本当だ…何も気にしなくていい、雪は俺が守るから」
「智…?」
知らず体が震えていた。
それを隠すように雪の体を強く抱きしめたら、不思議そうな声が返って来る。
「絶対…俺が雪と一緒にいるから」
「うん、ありがとう…」
呟くようなその声に、智は小さく笑みを零した。
そしてゆっくりと雪から体を離し、倒れた桜男の方に目を向ける。
「…雪、腹減ったろ?食べ物取って来るから、少し待っててくれな」
言うが早いか、智は再び鎌を手に立ち上がって、桜男の体を重そうに引き摺る。
このままここに捨て置いてしまっては、腐敗すると子供なりに考えたからだった。
そしてそのまま、ずるずると音を立てて引き摺りながら家の外へと出る。
外は冷たい雪に覆われていた。
吹き付ける風が冷たくて、体を芯から冷やして、早く部屋に戻りたいと思ってしまう。
「…少し位、近くても良いか」
そんな独り言を呟いて、智は雪の中をゆっくりと歩いていく。
ずるずる引き摺りながら、ほんの少し離れたところで、桜男を引き摺る手を放した。
「はぁ、人間って重いんだな……」
半分諦めたような声で、智は桜男を見下ろす。
この場所に捨てていってしまおうと思っていた。
「早く雪の所に食いもん持ってかえらねぇと」
そう言って当りを見渡すが、一面雪野原。
この雪が降ってから、家の中に残されていた食料の殆どは食べ尽くしてしまっていた。
「…なんで、雪が溶けねぇんだ」
季節は夏で、本来ならば畑が広がっているはずの場所。それが今は見る影もなかった。
このまま雪が溶けなければ、食料が尽きて飢え死にしてしまう。
「……」
不意に馬鹿な考えが、智の頭の中に過ぎった。
「人間って…食えるのかな?」
鎌を持つ手に力が篭る。
馬鹿みたいだと嘲笑う自分が一方、それしかないと決意する自分が一方。
ぐらぐらと目眩に似た感覚に襲われながらも、智は鎌を持つ手を…
振り下ろした―




