12
放課後、光太郎はカバンに荷物を詰めて、牧歌部へ向かう支度を始めた。
ソニアの席を見ると、すでにソニアはいなかった。
――あいつ、もう部室に行ったのか…。
どうせ同じ場所に行くんだから、一緒に行けばいいのに。
光太郎は、ぶつくさ言いながら、ひとり部室へと向かった。
光太郎が部室に入ると、ソニアは前日のように、奥の席で本を読んでいた。
何かを書いていた梨宇洲が顔を上げる。
「やぁ、光太郎くん」
「お疲れ様です。梨宇洲部長」
梨宇洲はちっちっちと指を左右に振る。
「その呼び方、なんか固いなぁ。梨宇洲さんでいいよ。それか部長ってだけでもいいよ」
光太郎は少し考えてから、
「それじゃあ梨宇洲さん、と呼ぶことにしますね」
「はいよぉ。取り敢えず座ってお茶でも」
光太郎は進められるがままに、席に着いてお茶を啜った。
それから梨宇洲に向かって、
「今日は何をするんですか?」
梨宇洲はお茶を啜りながら、のんびりとした調子で答えた。
「そうだねぇ、それじゃあ皆気になるダンジョンの話をしましょうかねぇ」
光太郎は、ハッと表情を変えて、固唾を飲む。
梨宇洲が机の上にあった書類を掃けて、席を立つ。
ホワイトボートのある方に向かって行き、それから二人に振り向いて話し始めた。
「えぇと、それじゃあイディアール学園の〈ダンジョン〉について説明します」
ソニアも本を閉じ、梨宇洲の方を見る。
「この学園にあるダンジョンは〈鉄の世界〉にあったダンジョンを模倣したものです。その模倣したダンジョンは、本校舎の隣にあるダンジョン棟にあります。まずこのダンジョン設立の目的は、生徒の身体的精神的鍛錬の為、次にリピーターの慰めの為、つまり前世の思いでを懐かしむ為に存在します。」
光太郎もソニアも真面目な表情で話を聞いている。
梨宇洲は話を続ける。
「次にダンジョン自体についてですが、このダンジョンに生息するモンスターは全てこのイディアール学園の教師、それもリピーターの教師が創造した、よく調整されたイミテーションです。なので殺傷能力はぎりぎりまで下げてあります。はっきり言いますと、生徒が死亡するようなことは滅多にありません。大怪我をすることはありますが」
光太郎は手に汗が滲むのを感じた。
ソニアは表情を変えずに聞いている。
「ダンジョンは難易度別に複数存在しています。なので我が部のように初心者が多い部活は、最低ランクのダンジョンからはじめていくことになるでしょう。ちなみに転生部同士の試合にもダンジョンは使われます。先に最深部に到達した部が勝利とか、先にあるモンスターを倒したら勝利など、複数のルールがあります。とりあえずこんなところかな」
一通り話し終えた梨宇洲は、自分の席に戻ってお茶を啜る。
光太郎は興奮気味になって、梨宇洲に尋ねる。
「それで、僕たち牧歌部はいつダンジョンに挑戦するんですか?」
梨宇洲がたしなめるように光太郎に告げる。
「まぁまぁそんな焦らないで。皆がもっと仲良くなってからだねぇ。チームワークが大事だから。それに皆に怪我をさせるわけにもいかないからねぇ」
光太郎は残念そうに、俯いて返事をする。
「そうですよね。物事には順序がありますよね…」
今までずっと口を噤んでいたソニアが口を開く。
「天野、あんた前世の記憶、戦闘技術も曖昧なんでしょ?そんなやつと同じパーティを組んでダンジョンになんて潜りたくないわよ」
明け透けなその言葉に光太郎は少しカチンときて言い返した。
「それはそうだけど、僕だって中学まで剣道部だったし…それに努力だってする。僕にはダンジョンに潜らないといけない理由があるんだし」
ソニアは鼻で笑ってから、顔を背けてまた本を読み始めた。
梨宇洲が間に入って制する。
「まぁまぁ、ダンジョンにはそのうち全員で行くから。焦らないでね。私がちゃんと率先していくから安心して」
梨宇洲はにこにことしながら光太郎を見る。
光太郎はばつが悪そうに俯く。
「わかり…ました」
パンッと梨宇洲は両手を叩く。
「それじゃあここで自己紹介の続きしましょうかね。ほらダンジョン行くにしてもチームワークが大事なんだし、皆お互いのことよくしらなくちゃね」
光太郎は気の無い返事をする。
「はぁ」
ソニアは本を閉じて、面倒くさそうに眉をひそめる。
梨宇洲はノリノリで、立ち上がる。
「はいっ!それじゃあまずあたしから。趣味は人間観察でぇす。好きなことは噂話。好きな食べ物は和菓子。彼氏は現在募集中でぇす。以上。質問は?」
光太郎が手を挙げる。
「はい、光太郎君どうぞ」
「前世では恋人はいましたか?」
――しん。
ピタリと空気が止まった。
ソニアが光太郎に近づいてひじ打ちしながら小声でささやく。
「馬鹿ねアンタ…デリカシーがないのよ」
光太郎は、ハッとして自分の質問に後悔した。
梨宇洲は苦笑いを張り付けながら答えた。
「あはは…前世ではまぁ結婚してたかな…」
光太郎は自分でした質問に後悔しながらも、
「そうですか…ありがとうございました」
と返事をした。
梨宇洲はパッと表情を変えて、
「じゃあ次は光太郎君、君の番だ」
話を振られた光太郎は、背筋をしゃんとして、立ち上がる。
「はいっ。えぇと、趣味は読書です。特にリピーター学とかにも興味があります。小学校から剣道をやっています。転生部がある学校に通いたくて田舎から出てきました。その為、現在親元を離れて一人暮らしです。好きな食べ物は果物全般で嫌いな食べ物はなすです。えぇと、以上です」
梨宇洲がいたずらっぽく光太郎に質問する。
「はいはい、恋人はいますか?」
光太郎は頭をぽりぽりと掻きながら、
「今は…いません」
と照れながら答えた。
今度は梨宇洲はソニアに向き直る。
「それじゃあ今度はソニアちゃんの番ね」
ソニアは小さくため息をついてから、席を立ち上がった。
「一人暮らし…。好きな食べ物は…肉。嫌いなことは…空腹」
光太郎は思わずブッと吹き出してしまった。
「小柄なのに、食べることが好きなんだね」
とストレートに言ってしまった。
ソニアは目を怒らせて、光太郎の方を向いて、
「…なによ、文句ある…」
黄色い瞳が爛々と輝く。
光太郎は自分の失言に気付いて、反省して答える。
「いやぁごめんごめん、言い過ぎたよ」
ソニアはフンッと鼻を鳴らして席に戻った。
梨宇洲がソニアに尋ねる。
「へぇ、ソニアちゃんも一人暮らしなんだぁ」
「えぇ、まぁ色々と事情がありまして…」
三人の自己紹介が終わって、梨宇洲は満足げにいる。
「うんいん、みんなのこと更に知ることができてうれしいよ」
梨宇洲はお茶を啜ってから続ける。
「今度、都合が合うとき、三人で食事でも行こうねぇ」
光太郎は乗り気で答える。
「いいですね、楽しそうです。是非行きましょう」
ソニアはつんとした表情のまま、
「私も、都合が合えばかまいませんよ…」
と本に目を向けたまま答えた。
「よしそれじゃあ、私がスケジュール組んでおくからね。じゃあこれからは自由行動で」
三人は思い思いの行動を始めた。
梨宇洲は山積みの本から、何かを調べてノートをとっている。
ソニアは、茶菓子を食べながら本を読んでいる。
光太郎はそわそわ落ち着きなく、本棚の前をうろうろしている。
――こんなのんびりしていていいのかなぁ…。
僕としては早くダンジョンに潜って、戦闘技術を身につけたいのに…。
でも、今の僕じゃ一人で行っても何もできやしない、くやしいけど。
光太郎は自分の無力さに嘆きつつ、本棚から、記憶を戻すのに関係ありそうな本を探し始めた。




