ファンデとリナの心
綺麗な花がたくさん並んでいる。
石の橋を渡り、たくさんの花壇の間の小道を抜けると屋敷がある。
屋敷の影に小さな小屋がある。
その小屋に青年が住んでいる。
その青年はこのお屋敷の先代の庭師の息子。
先代の庭師はとても花を愛する立派な造園家であった。
その庭師であった父が突然天国に旅立った。
未熟な庭師をここにおいておくのは厄介だと思っていた屋敷の主人は残された息子に難題を出した。
ひとつのかわいそうに枯れた苗を渡した。
「この枯れたシャクナゲから立派に花を咲かせたらお前を屋敷の庭師として正式に雇ってやろう」
まだ幼い目をした彼は他に身よりがなかった。
彼は先代から譲り受けた才能と花を愛する気持ちを持ち合わせていた。
屋敷の主人に言われたとおり、自分の小屋の前に、集めてきた石で垣を作り、丹精こめて大切に『シャクナゲ』を育てた。
翌年美しい花が、小屋の横に溢れる様に咲いた。
屋敷の主人も彼の才能を認め、庭師として敷地内に留まらせた。
あまりに綺麗に咲いたものだから、主人がそのシャクナゲを刈り取り屋敷へ飾ろうとしたが青年は
そのままにしてもらうようお願いした。
その花は毎年綺麗な花を咲かせている。
その時シャクナゲの花から生まれた双子の妖精が『ファンデとリナ』である。
この小さな小屋の前にある小さなシャクナゲの木に、双子が暮らしている。
今日も青年は毎日欠かさず、この庭の手入れを一人でしている。
朝は日差しが強くなる前に水をやり葉を拭く。
咲いた花には声をかける。
悪い虫がいれば手で摘む。
泥だらけになってもこの庭の花たちに囲まれた毎日は楽しかった。
ファンデとリナはそんな優しい彼が大好き。
彼が一人で熱を出して寝込んでいた時も、『ミントの葉』で夜露を持って行き一晩中看病をした。
家の中で探し物があれば、そっと机に置いておいた。
もちろん彼は気がついてはいない。
夏には色とりどりの花が咲き乱れ 冬も綺麗に整えられた庭が広がっていた。
優しい朝の日差しに優しい水が降り注ぐ。
「おはよう。今日も素敵な花を咲かせておくれ!」
青年の一声でこの庭の一日が始まる。
ファンデとリナは この時間がとても好きだ。
彼の撒いたきらきら光る水のシャワーで踊る。
朝日を浴びながらのこのシャワーは、彼女たちにとって、とても楽しい時間だ。
まぶしいくらいに黄色い『ルドベキア』の花が咲き乱れている。
「そろそろ暑い季節も終わりだね。今年も黄色の絨毯を広げていてくれてありがとう」
青年は花に声をかけながら終わりになった花を摘んでいく。
石の橋を渡って、一人の少女が屋敷に向ってくる。
朝日をうけて金色の髪がきらきらしている。
手には赤いチェック柄の布巾で覆った大きなバスケットを持っている。
最近、毎朝ここを通る少女だ。
それに気がついた青年が、彼女には背を向けたまま、『ルドベキア』に向って小さくつぶやいた。
「彼女は毎朝ご主人様に焼きたてのパンを届けているんだ。街角のパン屋の娘さんらしいよ」
次の日も次の日も彼女を見かけると花達に向って青年はつぶやく。
「君たちに負けないくらい素敵な黄色の髪だよね」
「いい香りが漂ってくる。君たちの素敵な香りに負けないね。彼女の髪の匂いかな?」
「僕、いつかあんな素敵な人と一緒になりたいな・・・」
「僕に勇気があれば声をかけられるのに」
そんな毎朝が続いていた。
ファンデとリナは毎日そんな光景をずっと見ていた。
ある朝、背の高い『トリトマ』の花の上から見ていたファンデとリナは相談した。
「彼はシャイだから、女の子に声もかけられないんだね」
「かわいそうね。彼女がここを通るたびに彼の胸のどきどきが伝わってくるわね」
「そうね。胸がどきどきして、弾け飛んじゃいそうね」
「弾け飛んだら大変よね」
「それは大変!」
「何かおしゃべりできる[きっかけ]を作ってあげないとね。」
「そうね!」
屋敷にパンを届けた少女は、また同じ道を戻っていく。
青年はチラッと彼女を見ると背を向け花壇の落ち葉を拾っている。
ファンデとリナは、トンボや蝶たちに混じって飛んで行き、石の橋を渡っている
少女の持っていたバスケットの中の布巾をそおっと抜き取った。
その布巾を、青年の住む小屋のドアの横にある小さなシャクナゲの木の枝の上に落とした。
一仕事終えて青年が戻ってきた。
その『布巾』に気がついた青年は、拾おうとしたが手を止めた。
泥だらけの両手を見つめて急いで水桶で手をぬぐった。
赤いチェックのパンの香りのする布巾を
汚さないようそっと拾った。
部屋の中は植物学や花の本でごった返している。
その山のような本をよけ、ホコリのない机の上に綺麗に畳んで、そっと置いた。
しばらく何かを考えていたが、 その布巾をそのままに、また仕事に戻っていった。
お日様が傾く頃、小屋に帰ってきた青年は椅子に座り、じっと布巾を眺めている。
「・・・さて・・どうしたらいいのだろう・・・」
「彼は何を悩んでいるの?」
「さあ・・・その布巾を彼女に届けてあげればいいだけなのにね?」
「花たちにはやるべきことをしてくれるのに、なんてこの人は気が利かないんでしょう・・・」
彼はしばらく悩んでいたが、顔を洗い、体の汗をぬぐい、服を着替え、
その布巾を持って小屋を出ていった。
「大丈夫そうね。」
「うん、パン屋の方向に走って行ったわ。」
夜の虫たちが鳴きだす頃、彼が戻ってきた。
ファンデとリナにとってはこの時間はとても長かった。
気の利かない彼の様子が心配でとても長く感じていた。
彼は小屋に入る前にシャクナゲに向かって彼は言った。
「ねえ、聞いて。彼女とお話ができたよ!思った通りとても素敵な人だったよ!
おいしいパンも買ってきた!おいしいスープを作ろう!」
見たこともないはしゃぎようだった。
「あの布巾は君たちが風で運んでくれたんだね?お父さんがよく言ってた
『いつも土地の精霊に相談して感謝しろ』って! 本当にありがとうね。」
双子の妖精はその言葉が嬉しくてシャクナゲの木の下で踊った。
翌朝、彼は橋を渡ってくる少女に挨拶をした。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はあなたにも焼きたてのパンをお持ちしましたよ。」
青年は彼女に駆け寄って、小さなバスケットを受け取った。
しばらく立ち話をしていたが、時間が経っている事に気がつき、少女はあわててお屋敷に走っていった。
彼も花壇に戻り、小さく咲き始めたサフランの雌しべを摘み始めた。
「彼女のおいしいパンを作るために頂くよ。」
「あらあら、赤い雌しべを全部取っちゃったわ」
「サフランの赤色がなくなっちゃったわね」
「私たちもサフラン料理を作るのをしみにしてたのだけど、今回はしょうがないわね」
「そうね!」
彼は大切に摘み取ったサフランの雌しべを、綺麗な布に包んだ。
お屋敷から出てきた少女にそれを渡した。
彼と彼女は、石の橋の向こうにある『アスチルベ』のたくさん咲いている綺麗な場所に
二人で座り、時を忘れ、ずっと話している。
「もう・・・ずいぶんと長くお話してるのね」
「まだ葉っぱ拭いてくれてないよね」
「しょうがないわよ。恋は盲目って言葉知ってる?」
「こういうときに使うのかな?その言葉?」
それからも毎日こんな日が続いた。
季節も変わり、庭の花々も彩りを替えていった。
ファンデとリナは悪戯をするように、彼が気がつかないように寝ている間、眉毛を綺麗に整えてあげたりした。
いい香りがするように。季節の花ををポケットにそっと入れたりした。
シャツのほころびも直してあげた。
「ねえ、彼女は彼にふさわしい人なのかな?」
「わかんない。優しい人なのかな?」
「わかんない。」
「あら。お空の様子が曇ってきたわ。」
「雨が降るね。夜は冷えるわ。そろそろ私たちのお家に戻りましょう。」
「風も騒ぎ出したわ。嵐になりそうね。」
雨が降り始め、あわてて彼も小屋に戻ってきた。
ドアを開ける前に小さなシャクナゲの木に向かい微笑んだ。
「彼女のお店がお休みの日に街の公園へ遊びに行く事になったよ!楽しみだ!」
葉っぱの影から双子の妖精は微笑みを返した。
その夜から嵐が続いた。
翌日も空の水がかれると思えるほど、ずっと雨が降っていた。
青年は大好きな植物の本を、隙間風で揺れるランプの明かりで読み続けている様子だった。
ファンデとリナは天井からつるしてある木の実でできたリースをブランコのように揺らしていた。
「さっきからため息ばかりついてるよね。」
「さっきから本のページもめくってないわよ。」
「デートと彼女のことをずっと考えているのかしら。」
「そうね。」
「この嵐でお庭が心配じゃないのかしら。」
「彼女のことで頭がいっぱいでお庭のことも忘れちゃっているのかしら。」
彼に真似するように双子もため息をついた。
翌日はとてもいい天気だった。
暖かい朝の日差しに庭全体が幻想的に霧に囲まれている。
こんな嵐の後は彼はいつも庭の花の手入れを入念にする。
折れているものがあれば支えをしてやる、
土が流れているところがあれば直してくれる。
でも今朝は違った。
朝から体を拭き入念にひげをそっていた。
おろしたてのシャツを着て曇った鏡を覗き込む。
ファンデとリナはそんな彼の様子をシャクナゲの折れた枝の上に座り窓越しに見ていた。
「今日はデートの日なんだね。」
「そうね。」
「しょうがないね。初めてのデートだもんね。」
「そうね。きっと新しいお花の種をお土産に持ってきてくれるわよ。」
「そうね。」
身支度を整え足早に石の橋を超えていった。
「シャクナゲの木が折れている事にも気がつかないなんて、やっぱり、恋は盲目ね。」
「そうね。その言葉はここで使うものね。」
ファンデとリナは、石の橋のそばにある『ハナモモ』の木の上に座り彼が見えなくなるまで見送った。
その日は彼は帰ってこなかった。
ファンデとリナは、昼間の日差しで暖かくなった落ち葉にくるまり月の明かりで白く光る
『クリスマスローズ』の花の下で眠っていた。
虫達も寝静まる頃、ファンデとリナは驚いて目が覚めた。
ばしゃーん!
冷たい水が降り注いだ。
「きゃあ」
「雨じゃないよね?」
青年が庭に水をやっていた。
「明日は最近元気のないご主人様に、ハーブティーを入れて、サフランのパンを焼くんだ。
彼女に頼まれたハーブを持っていかないと。明日は早いんだ。」
そう言って月明かりの中、良い香りのハーブを摘み、走って戻っていった。
「葉っぱ拭いてくれなかったね。」
「うん。冷たいね。」
「寒いね。」
「うん。とっても寒いね。」
ファンデとリナは震えながら小さな涙を流した。
その涙は結晶になり月の光できらきら光った。
翌朝 いつもの時間に 石の橋をパン屋の娘と一緒に青年が楽しそうに歩いてきた。
双子の妖精はしおれかけた『クレマチス』の上に座っている。
楽しそうに歩いてくる二人を、双子の妖精はクレマチスの上で手を握り合いお屋敷まで見送った。
やがてお屋敷の中が騒がしくなった。
「ご主人様がお口から血を吐かれた!」
「なんということだ!小さなガラスのかけらがパンに入っているぞ!」
「いや!お茶を飲まれたら具合が悪くなられたぞ!」
風が吹き『クレマチス』の花ビラが舞い双子の妖精もそれと一緒に舞っていく
双子の妖精は舞いながら悲しく歌った。
~ 大切なものはなに?
おいしいスープ?
綺麗な髪?
愛する気持ち?
みんな大切・・・だから
一番大切な
優しい心を忘れないで ~
~~~~~~~~~~~~~~~~~
◎花言葉◎
ミント (ミントハーブには熱さましの効果があります)
「温かい心」「情の温かさ」・・・
ルドベキア
「あなたを見つめる」・・・
トリトマ
「恋する胸の痛み」・・・
サフラン
「はしゃぎ過ぎずに」「楽しみ」・・・
アスチルベ
「恋の訪れ」「消極的なアプローチ」 ・・・
ハナモモ
「私はあなたに夢中」「恋に夢中」・・・
クリスマスローズ
「私の不安をやわらげてください」・・・
クレマチス
「旅人の喜び」「策略」・・・
シャクナゲ
「威厳」「警戒」「危険」「荘厳」・・・
シャクナゲの葉には毒があります。
摂取してしまうと吐き気、嘔吐、下痢、呼吸困難、
酷くなると昏睡状態に陥る事も。
皆様にも
ファンデとリナの祝福がありますように!('-'*)