09 初めてのダンジョン
暇を持て余している奏の元に、一人の兵士がやってきた。そして、いつものようについて来るように奏は言われる。
「これから何をするんです?」
「あなた方にはダンジョンに挑んでもらいます」
兵士は単調にそう答えた。奏はようやく手持ち無沙汰から開放されると内心喜んだ。
「それにしても、召喚した人達を集める為に一々呼びに行くのは大変そうですね」
「この国の城は非常に複雑で迷路のようになっております。故に、我々が先導しないと多くの人間が目的地に辿り着くことができなくなるでしょう」
確かに、と奏は思った。空間把握能力の高い奏は一度通った道を迷わなかったものの、あれほど複雑であれば迷う人間が出てもおかしくはない。
「何でこんなに複雑な作りにしたんです? それに、失礼な物言いだが無駄に広い」
「このお城は神から頂きました。比較的安価で済む代わりに、城の外観及び内部構造は完全にランダムというものを購入したらしいです」
購入とはなんだろうか。これもまたゲームみたいな話だな。疑問は尽きない。
「神から何かを買うとして、何を対価に払うんです?」
「国家ポイントというのが存在します。それを通貨に、領地を増やしたり、新しいダンジョンを購入したり、この城のように建造物、あなた方のように優秀な人材なんかも手に入れることができます」
「俺達の召喚にもその国家ポイントというものを使ったんですか?」
「異能ガチャと聞き及んでいます。何でも、魔力や身体能力が高いかどうかはともかく、必ず何らかの特殊能力を得ることができるとか。あなたも能力は使えますよね?」
兵士の問いに、奏は無言で剣を作って見せた。兵士はそれを認めると、前を向いた。
ガチャなんてモノも存在していることを知って驚く。薄々感じてはいたが完全にゲームのような世界だ。奏は常識の通用しない世界に困惑した。
「あなたの能力はどうかは知りませんが、稀に物凄い強い能力を持った人間が召喚されます。訳あって今のこの国には強い人があまりおりません。ですから、あなた方を頼らせて頂きました」
「なるほど……」
この世界は中々に興味深かった。神は何の為に存在しているのか、魔法はどういう風に使うのか、ダンジョンに巣くっている魔物とは何なのか、疑問が絶えない。
「そういえば、神からは王以外の個人も何か買えるんですか?」
「戦争に参加し、なおかつ生きて帰る事ができた場合、購入資格が手に入ります。以降、戦争での戦果に応じて個人で扱えるポイントが貰えるそうです」
「例えばどんなのか買えるんです?」
「そちらの方はあまり詳しくはありませんが……例えば、魔法の使えない人間が魔法を使えるようになったりとか、強い武器……とかでしょうか。申し訳ありません、あまり詳しくはないのです」
「いえいえ」
戦争に参加すればそういうのも手に入るのか。聞いたはいいが、奏は強い武器も魔法も人を殺してまで手に入れたいとは思わなかった。
色々と話している間に、兵士は目的地へと奏を送り届けた。
奏は丁寧にお礼を言い、兵士もまた丁寧なお辞儀で返す。色々聞けて中々有意義な時間だったと、少し満足した。
奏が連れて来られたのは、城の地下だ。大通りのように広い廊下に、ホテルか、あるいは牢獄のように同じ扉が等間隔でいくつも並んでおり、もしかして既に迷宮なのかと錯覚するほどずっと続いている。
たくさんある扉の中の一つ、その前に生徒達は集められた。兵士も十二名ほど生徒の周りにいた。生徒達の前にある扉は巨大で、大型トラックも軽々通過できるだろう。
奏が到着した時、生徒達の大半は既に集まっていた。当然、茉莉達の姿もある。彼女達は充実していそうなグループ同士で色々話し込んでいて、奏の存在には気づいていない。
その内、全員が集められ、一人の兵士が前へと進み出る。
「これより、グループを分けます」
「あの、私……能力が戦い向けじゃないんですけど……」
眼鏡の気弱そうなおさげの少女が兵士に言った。その見た目を裏切らず、能力も戦闘に向いてるものではないようだ。
「あなた方の能力が戦闘に不向きでも戦っていただきます。我々が誠心誠意あなた方をサポートしますので、どうぞご安心を」
兵士はそう答え、他の兵士にグループ分けを指示。
「グループ分けは我々が執り行います。従ってください」
どうやら四人グループを九つ作るようだった。今更だが、自分と教師を含めて三十六名の人間が召喚されたことを知る。
兵士達はてきぱきと動いて、生徒達を四人をずつに並べて行く。並べるのは適当で、あまり男女比は考えられていない。
奏は女子二名、男子一名のバランスのいいグループへと配属された。女子の一人には見覚えがある。茉莉と共に行動していた天野 雪だ。
天野が時折奏へと視線を送っていることに、他の人間の様子を伺っている奏は気づいていなかった。
「武器を支給します。なるべく亡くさないように気をつけてください」
一通りグループを作り終えた後、兵士の一人がそう言って、床に大量の武器を出現させた。
騒ぐ男子、怯える女子。反応は大きく二つに分かれた。男子の多くはこのゲームのような異世界を受け入れているようだった。
「男性には剣を、女性にはナイフを渡します」
兵士が床の武器を広い、一人一人に手渡している。兵士の一人がいつの間にか大量のベルトを出していた。武器を吊るす為の物だろう。
武器を手に入れた男子はますます色めきだった。子供だな、と大人ぶって奏はその様を静観していた。四年前に自分が召喚されていたら自分も呑気にしていただろうなと、想像する。
女性に渡されるナイフはかなり大型だ。明らかに殺傷能力を求められているナイフを持たされて、女子の何人かは青ざめていた。
ベルトを各自装着し、腰に剣を吊るす。不慣れなことを求められた為、少々時間を食ったが全員が準備を終える。
最後に、携帯食料と水を配布された。それぞれベルトに付属している大きなポーチに入れるよう支持された。
「ダンジョンの中では可能な限り我々の指示に従ってください。もし我々の指示が仰げない状況に陥った場合は、最善を尽くして生き延びることを優先してください」
兵士が並ぶ生徒達を見渡しながらいくつか説明を始める。何人かの生徒はこくこく頷いていた。鎧に身を包んだ兵士と、異国の服に身を纏った生徒達だが、どこか学校の集会のように見えて可笑しかった。
説明された禁止事項、注意事項は結構簡素だ。グループ担当の兵士から離れない、勝手な行動を取らない、味方を巻き添えにするような危ない攻撃はしない、等。
兵士が説明している間に、二名の兵士が大きな扉を開いた。
扉の中は暗く、明かりが見えない。
(松明も持たずにここを進むのか?)
「順番に入ります。指示があるまでお待ちください」
一人の兵士に先導され、一グループ目が暗闇の中へと消えていく。その様はまるで暗黒に吸い込まれていくようにも見えた。
そうしてグループが次々と扉の中へ消えて行き、遂に奏達のグループの番となる。
最後尾の奏が、消えていく生徒の背中を見ながら、自らも扉を潜る。
暫く硬い地面を歩く感覚があるだけだった。もはや真っ直ぐ歩けているのか、人がいるのかも定かじゃない。
歩いて数秒経つと、いきなり光が現れた。
光はあっという間に広がり、視界を真っ白に染めていく。
「凄い……」
いつの間にか目の前にいた天野が、前方に広がる景色を見て感嘆の声を漏らした。
生徒達の前には、巨大な谷があった。谷の上には巨大な橋があるが、橋にしては過剰なくらい大きく、橋の中心からは城のような建造物が空にも谷底にも向かって伸びていた。
巨大な谷は森で囲まれ、森の端は灰色の霧で覆われている。
「なんか、想像していたダンジョンと違うな」
男子達は恐らく洞窟の中を探検するような冒険を頭の中で描いていたのだろう。奏も例外ではなく、洞窟のような所を探索するのかと思い込んでいた。
だが、冒険を期待していた男子達に落胆の声はなかった。目の前の端を兼ねた巨大な城はとてもじゃないが一日で探索し切れるほどの大きさには見えないからだ。
「それでは、これからレベル上げを始めます。皆さん、先ほどの注意事項、禁止事項を忘れずに行動してください」
こうして、初めてのダンジョン探索が始まった。