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08  成り損ない



 ★





 悪夢はいつだって見る。それはこの世界に来ても変わらない。

 

 起きている時は忘れることができても、寝ているときまでトラウマは大人しくしてはくれなかった。


 過去の悪夢にうなされた奏は、静まり返った夜に目が覚めた。空は薄っすらと白みがかっている。もうすぐ夜が明けるようだ。


 上体を起こす。左腕は既に完治しているようだった。


「戻るか……」


 奏は城下町の景色を背に、城へと戻った。門番のいる門を通過し、大きな入り口から城へと戻る。


 相変わらず複雑な作りの城だった。迷いそうになりながらも何とか自分の部屋へと戻ることができた。


 外の硬い土とは打って変わって柔らかいベッドへと身を投じ、天井を見上げる。


 奏が考えているのは、これからのことだ。召喚された生徒達には地球に帰るという目的があるのかもしれない。奏にとっては地球に帰ることなんかどうでもよかった。下手したら研究材料にされかねない。

 

「この国で気ままに暮らすか」


 この国で適当に遊んで、働いて、恋人を見つけて、家族を作って、一生を過ごす。そういうのも良いかもしれない。特に幸せな家庭というのは、奏が経験することのなかったモノであり、憧れでもあった。


 窓の外を見る。美しい町並みの城下町が見えた。




 ★





 それから暫くして、奏は城内を散歩していた。一時間ほど歩って回っているが、恐ろしく広い。挙句の果てに建築士は何を考えているのか問い詰めたいぐらい複雑だ。もしかしたらテロ対策なのかもしれないが、不便極まりない。まるで迷路だ。


 昼間ほど多くはないが、所々に兵士が立っているのが見えた。彼らは奏が通るたびに、小さく頭を下げる。その度に奏も返した。


 兵士はよく見かけるが、使用人の姿はあまり見かけたことがない。


 掃除はどうしているのだろう。少なくとも毎日全ての部屋を掃除するのは難しそうだ。


 適当に鍵のかかっていない部屋を見て回ると、使われていない部屋も数多く存在した。本当、大きいだけだなと、奏は少し呆れてしまう。


 散歩を続けると、図書室のような部屋を見つけた。横に長く、部屋中に等間隔で本棚が並んでいる。


 いくつか手に取りパラパラと読み飛ばして見るが、内容は全く分からなかった。


「暇だな」


 図書室の机で読めない本を広げながら、奏はたそがれていた。


 あの世界で暇になる日は一日たりとも存在し得なかった。来る日も来る日も異形に襲われ、悪夢に悩まされ、暇なんてできるわけがない。余裕がなかった。


 故に暇になるのも久しぶりだった。 


 やることがないな。読めもしない書物に適当に目を走らせながらも手持ち無沙汰でいる奏の元へ、一人の兵士がやってきた。


「朝食の時間です。ついてきてください」


「分かりました」


 奏は立ち上がり、兵士の後に続く。


 アイテムとやらを使っているおかげで、生徒達の居場所が分かるのだろうか。目の前の兵士は適当に探し回っていた様子ではなかった。


 なんにせよ、お腹が減っていた奏にとって朝食は嬉しかった。


 城に仕えている兵士の量からしたら当然だが、食堂は広かった。オープンキャンパスで見学した大学の食堂以上に大きい。椅子も長テーブルも互いに余裕を持って配置されていて、窮屈さは感じられない。


 食堂では既に生徒達が集まっていた。各々仲の良いグループで集まって食べている。一夜明けてある程度心の整理がついたのか、昨日よりもそれなりに賑やかだった。生徒達は制服からこの国の衣類に着替えているようだった。何種類から選べるのか、生徒達が着ている服は結構ばらばらだ。


 茉莉も例に漏れず異国の服に着替え、昨日の面子と共に食事していた。昨日は不可抗力とはいえ酷いことをしてしまった。反省しながら、気を遣って目立たないように食事を受け取りに行く。


 朝食は皆同じ物が配られた。パンと肉、緑系の野菜が入ったスープにお茶だ。香りは良く、美味しそうだ。


「いただきます」


 端の席に座った奏は静かに両手を合わせ、料理を食べ始めた。


 料理は確かに良い香りを発していて、生徒達も笑顔でそれを食している。最初に食したのは、どの動物のものか分からない肉だった。脂がよく乗っており、ボリュームもある。


 だが、奏が口に入れたそれは気味の悪い感触と味がする、異形の肉よりも不味い代物だった。


「ぐっ……げぇ……うっ……」


 びちゃびちゃと、吐瀉物を床にぶちまける。不味いなんてものじゃない。食べたら確実に体調不良を起こしそうな不味さだった。


 吐いたお陰で、当然生徒達の視線はこちらに向いた。奏の姿を認めると、負の感情の篭った言葉を身内間で発し始める。


 奏は今しがた自分の食べた肉を見て、視線を横のパンに移す。床の吐瀉物に構わず、震える手でパンを口に運んだ。


(不味い)


 口の中で醜悪な味を発生させるパンを呑み込み、慌ててスープを一口飲むと、酷い味がした。とてもじゃないが飲むことはできない。


 目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。


 奏は呆然としたまま、汚した床や食事の後片付けもせずに食堂を後にした。


 フラフラと城内を彷徨いながら、考える。


 奏はかつて異形になったことがあった。それのせいで体に異常をきたしているのかもしれない。もしくは、異形の肉に舌が慣れて味覚がおかしくなったのか。


 なんにせよ、嗅覚はまともだったが為に食事を取れなかったのはショックだった。


 自室に閉じこもり、空腹に苛まれながらベッドに横になった。


 何もすることがない。


 かといってあの世界には絶対に戻りたくはないが、ずっと空腹でずっと暇なのも嫌だった。


 食を楽しむこともできず、まともに寝ることもできない。まさに手持ち無沙汰な状態の奏が救われるのは三時間後のことだった。










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