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06  青空の世界


 ★





 暗闇の中で、奏は安らぎを得ていた。


 どんなに僅かな眠りでさえも見逃さなかった悪夢が今だけは訪れず、奏は静かに寝入っていた。


(温かい……)


 右手の中に優しい温かさがあった。 


 徐々に暗闇は晴れ、意識が覚醒していくのを感じる。


 目が覚めると、自分に与えられた部屋とは別の部屋で寝ていた。窓の外からは夕暮れの日差しが差し込んでいた。この世界には夕方の概念もあるらしい。


「ようやく起きましたわね。これ以上起きなかったら手を斬り落とす所でしたわ」


 奏の傍には先ほどの少女が座っていた。傍らには兵士が二名、立っている。


「それで、そろそろ離していただけませんか?」


 少女に言われ、奏は気付く。奏の右手は少女の手を握っていたのだ。寝ていたとはいえ、初対面の人間に失礼なことをしたなと、奏は手を離して引っ込める。そして驚愕した。


 少女の握られていた手は紫色に変色していた。奏は目を疑う。


「もしかして、ずっと握っていたんですか?」


「覚えてないんですの? 手を離そうとする度に握る力が強くなって痛かったですわ」


 少女が自らの変色した左手を摩りながら責めるような口調で言った。だが、本気で怒っているようではなかった。


「そこの兵士達に協力してもらってもダメでしたのよ?」


 少女が後ろの兵士を目で指した。奏は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「その、申し訳ない……です。悪気があったわけではありません」


「それよりも、あなた十四階から落ちたと聞きましたけど、どうやって生き延びたんですの? 能力を使ったのかしら?」


「あぁ……えっと……俺の能力は再生なんですよ」


「それは便利ですわね。そうと知っていればさっさと手を切り落としたものを」


 冗談めかしに言って少女は笑った。奏としては苦笑いを浮かべる他なかった。


「それで、何故飛び降りたのです?」


 少女は口元に笑みを浮かべているが、目は真剣そのものだった。


「いや……寝ぼけていて……酔っぱらっていたみたい、です」


「…………」


 少女の真っ直ぐな眼差しを、奏は直視できないでいた。しかし、事実を話すわけにもいけない。話したところで脳に障害があるとしか思われないだろう。


「まぁ、別にいいですけれど」


 少しばかり不服そうだが、問い詰めても無駄と思ったのか、少女は引き下がった。奏は心の中で安堵する。


「それで、貴女は?」


「私の名前はセレナ・フォン・アルデベルトですわ。以後お見知りおきを」


 椅子から立ち上がり、ドレスの両端を両手でつまんで上げながら小さく一礼するセレナ。様になっていて美しかった。


「一つ聞きたいことがあるのですが、いいでしょうか?」


 立ち振る舞いや身形を見て、かなり偉い方の人間ではないかと奏は判断したのだ。迷惑かけておいて図々しいかなとも思ったが、そうも言っていられない状況だ。


「いいですわよ」


 幸いなことに、セレナは二つ返事で了承してくれた。


「俺達は何故召喚されたんです? 戦争の捨て駒ですか?」


「先日、この国の強者が多く亡くなられてしまったのです。今戦争を持ちかけられたり、イベントが発生したらいかに大国であろうとこの国は終わりですわ」


 だから、大変不本意ながら、異国のあなた方に力を借りることとなったのです。セレナはそう続けて溜息をついた。不甲斐ない国と自分についた溜息だ。


「戦争は分かりますが、イベントとは?」


「降臨クエストと呼ばれもしますね。神々が引き起こす催し物ですわ」


 セレナの話す内容は衝撃的なものだった。まず、この世界ジオミトロには神が実在しているという。


 神は人間達に時折試練を与え、その試練に打ち勝てばそれなりの報酬を貰えるというシステムのようだ。その試練は大衆的には降臨クエストなどと呼ばれており、国が望もうとも望まなくとも一方的に起きるらしい。その代わり、難易度に応じて報酬は良いものになるという。


 戦争とは文字通り他国との戦争である。敗者は規定のポイントに届くまで領土やらアイテムやらを勝者に差し出さなくてはいけない。


 まるでゲームのような世界だなと、奏は異世界へと召喚される前に、暇潰しでやっていたソーシャルゲームを思い出していた。


「これからいくつか過酷な試練に立ち向かうことになりますわ。あなたもそのしぶとさを生かして頑張りなさい」


 セレナはそう言って立ち上がり、兵士を連れて扉の方へと向かう。セレナが扉を開けるよりも先に、外から扉を開ける者がいた。茉莉達だ。


 セレナは小さく礼をして、その横を通り抜けた。



 部屋に入って来たのは茉莉、東雲、天野、知らない男子と東雲の彼氏と、狭くはないが広くもない部屋がかなり狭くなる。


「…………」


 奏はなんて切り出すべきか迷った。彼女達は心配してお見舞いに来たようには見えなかったからだ。


 皆の表情は険しく、男子二名と東雲に至っては奏に対し敵意を持っているようだった。


「あの、何で茉莉を殺そうとしたんですか?」


「隼人君、奏先輩は別に殺そうとしたわけじゃ」


 隼人君と呼ばれた、女受けしそうな整った顔立ちの男が責めるような口調で奏に問い詰める。


 茉莉はおろおろしながら止めようとしている。茉莉の頬には涙の後があった。よく見れば目も少し赤くなっている。


「何の話だ?」


 隼人に詰め寄られるも、奏には身に覚えのない話だった。茉莉を殺そうとした、とはどういうことなのだろうか。


 その態度に苛立った様子の隼人は、東雲に声をかけた。


「菫、あれを見せろ」


「らじゃー」


 隼人の隣にいる一輝が東雲に何かを促した。東雲は了解すると、能力を使用し始める。


 東雲の周囲に光が集まり、その光は部屋全体に広がった。


 光が収まった瞬間、奏の寝るベッドはそのままに、それ以外の光景が奏に与えられた部屋のモノへと変わっていた。


 さらに驚くべきことに、もう一人の奏が近くで寝ていたのだ。それを見て茉莉が暗い表情を浮かべたのを、奏は見逃さなかった。


 寝ている奏も、与えられた部屋も、本来のものよりもモノクロに色褪せていた。奏はこれが過去を映すものだということに、早くも気付く。


 そして、過去はとんでもないものを映し出した。


 過去の奏は部屋に来た茉莉に対して剣を向け、振るっていた。


 奏が異形だと思っていたのは異形ではなく、茉莉だったのだ。


 何らかの格闘術を習っていたのか、最小限の動きで何とか茉莉は奏を抑え込む。その勇敢で精錬された動きとは裏腹に、茉莉の表情は恐怖で青ざめていた。


 茉莉の拘束から何とか逃れた奏は、もう一度剣を作り直して茉莉と対峙した。


 そこへ東雲と天野、隼人が入ってくる。


 部屋に入ってきた人間を見て、奏は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そして、躊躇いもなく窓から飛び降りた。


 慌てて全員が駆け寄るも、間に合うわけがなかった。


 ここで、東雲の作り出した過去の映像が終わる。



「見ただろ? アンタは茉莉に切りかかった。しかも、茉莉が武道をやっていなかったら間違いなく死んでいた」


 隼人が怒りの形相で、奏に詰め寄った。奏は少し間を開けた後、茉莉の方へ顔を向けて頭を下げた。


「ごめんな、茉莉。怖い思いをさせた」


「え? あ、別に…………でも、私、理由が知りたくて」


 そう言う茉莉は、少し震えていた。本当に怖い思いをさせてしまったようだ。


 理由を聞かれて、奏は少々返答に詰まった。まさか異形に見えたなんて言えるわけがない。苦しいが、少し嘘をつくことにした。


「昔の夢を見ていた。茉莉の姉が出てくる夢だ。内容があまりにも酷すぎてな、寝ぼけていた時、茉莉がアイツに見えた」


 茉莉と姉の綾乃はまったくと言っていいほど似ていない。二人とも美人だが、何というか顔の造りは似ていない。髪型も雰囲気も違う。


 寝ぼけていたとはいえ、間違えるというのはそうそうないが、ここはそういうことにしておく他ない。


「こちらこそ……四年前は、ごめんなさい……」


「……別に四年前のことは気にしてない。俺が恨んでいるのは茉莉の姉だけだ。誓って茉莉のことは恨んでいない…………だから、危ない目に合わせて悪かった」


 茉莉の罪悪感に漬け込むのは気が引けるが、奏の周囲からはもはや敵意しか感じられない。


 ここは過去を出しにして何とか茉莉に治めてもらおう。


「ちっ、行こうぜ、皆」


 茉莉の様子に、この場の空気の収束を感じた隼人が、奏に対して敵意を剥き出しにしながら退出を促した。


 落ち込む茉莉の肩をさりげなく抱いているあたり、彼はもしかしたら茉莉に好意を抱いているのかもしれない。退出する彼らを見て、奏はズレたことを考えていた。


 一人になって暫く、再生能力のお陰で体を動かせるようになった奏は部屋を出た。


 外は既に真っ暗で、もしかしたら既に夜中なのかもしれない。


「夕食、食いそびれたな」


 奏は空腹を感じながら、呟いた。

 






 

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