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03  後遺症



  ☆




 奇妙な形の、足が何本もある怪虫が足元からよじ登ってくる。剣を捨て、慌てて両手で振り払うも、次から次へと登ってくるため追いつかない。


 終いには体に牙を突き立て、肉と血を啜られた。齧られた部分は時間をかけて新たに肉を作り、再生する。不死の体を持つ奏にとってそれは永遠の地獄と言っても過言ではない。


 いっそ虫に食されて死にたいと、痛みに呻きながら願っても叶うことはない。結局、虫が尽きるまで右腕だけを守り続け、右手の剣で一匹ずつ確実に殺す。


 眼球に鋭い足を突き立てられようとも、脳味噌を啜られようとも、内臓を蟻の巣のように掘り進められても、ひたすら右腕だけを動かした。


 永遠にも思える時間も、終わってみればたったの一時間程度の出来事だった。両目は虫の足で潰されぽっかりと黒い穴が開き、血の涙を流しながら奏は笑った。ぐずぐずになってる内臓、脳、足が復活するまでには長い時間を要した。


 再生した後、歩いたら見えた。砂漠のように蠢く怪虫達を。


 それらは津波のようにして、奏へと襲い掛かってくる。



「っ!!」



 目が覚めると同時に、上体を起こしていた。体中に嫌な汗を掻いていた。思わず右手に握っていた剣を掻き抱いた。


 荒い息をつきながら心を落ち着かせようとするが、上手くいかない。


「…………!」


 近くで息を呑む声が聞こえた。


 人型の異形が三体、部屋に佇んでいた。あの耳障りな声も上げず、じりじりと後退している。


 奏は柔らかいベッドから跳ね起き、右手の剣を構える。

 頭痛が酷く、まともに立つことも難しかった。左手で頭を押さえ、右手はいつでも動かせるように構える。


「ヴぁい……じゃノん……アうふス……」


 聞いたこともない言語を、異形達は話す。


 立っていられないほどの痛みが脳を襲い、思わず両手で頭を抱えてしまう。カランっと、軽い音を立てて剣が床に落ちた。


 意地でも立っているつもりが、いつの間にか膝をついていた。


 顔を上げると、もうすぐ目の前に異形の一体が来ていた。


 異形は両手を広げ、奏へと抱きつく。口なのかどうかも分からない亀裂が頭の中心に現れ、奏の頭にかぶりつこうと大きく広がる。


「くそっ!」


 もはや抵抗すらまともにできない状況だった。なんとしても武器と右腕だけは守らなければいけない。


 頭痛が酷く、平衡感覚すらまともに機能していなかった。ゆらゆらと目の前が真っ暗になっていく。




 ――――先輩っ!


 ぼんやりと聞こえる女の声。奏は目が覚め、ゆっくりと瞼を開いた。気がつけば奏は床の上に跪いていた。


 眼前には心配そうな表情の女と、知らない女子生徒二名が奏の顔を覗きこんでいた。目の前の少女には見覚えがあった。かつて恋人だった女の妹だ。


「お前……茉莉か?」


「そうです。篠宮 茉莉です……お久しぶりですね、奏先輩」


 頭の痛みはなくなり、幾ばくか軽くなっていた。


 目の前にいる茉莉を改めて眺める。姉に似て相変わらず活発そうな印象を受ける。顔立ちは姉と似つかわしくないが、誰もが目を見張る美人というのは茉莉も変わらない。赤みがかった黒髪に赤茶けた瞳は、やはり姉を想像させる。痩せているわけでも、太っているわけでもない健康的な体つきも相変わらずだ。しばらく見ない間に貧相な体つきの姉を追い越して、ある程度のバストを手に入れたらしい。髪を後ろで一つに束ねており、彼女が動く旅に尻尾のように揺れた。


「ここはどこだ?」


 辺りを見渡しながら尋ねる。奏がいるのは高級感のある家具が多数置いてある石造りの部屋だった。窓から外を眺めると、地面は恐ろしく遠かった。地球の高層ビルに匹敵するほどの高さを持った城のような建造物。そこの十数階に奏の部屋はあるようだった。


「先輩にも分からないんですか?」


「分からない。少なくとも地球ではないだろうが」


 奏は自分のいた世界に戻ろうとして転送装置を使用したわけではない。今いるここが地球じゃなくても何も不思議ではなかった。


 顔を覗きこんでいた少女の一人が、奏が何も知らなかったことに少しばかり落胆して近くにあった椅子に腰かけた。


「そうなんですよ。あの人達が言うにはここはジオミトロっていうとこらしいです。いきなり連れて来られて困っちゃいますよねー。携帯も繋がらないし、変な人達からは戦って貰うとか命令されるし……一輝も戸惑ってた」


 茶髪の少女がアンテナに×マークの付いた携帯を見せながら愚痴る。


「君は?」


「茉莉の友人の、東雲しののめ すみれと申します。よろしくです、黒崎先輩」


 自己紹介を促すと、愛想笑いを浮かべて反応をしてくれた。肩まで伸びる切り揃えられた茶髪、愛くるしい印象を与える瞳。茉莉とはまた違った魅力を持つ少女だ。身長は高めだが細い体つきの女だ。制服は茉莉と比べると大分着崩し、少々軽い雰囲気を匂わせている。


 ちらりと、視線をもう一人の少女へと投げかける。


「あ、えっと……私は天野あまの ゆきです。よろしくお願いします」


 奏の視線に敏感に反応して名乗った少女は、少し緊張したように話す。姿勢が良く、やけに丁寧なお辞儀を最後に添えた。


 制服をきちんと着こなし、スカートも長い。三人の中で一番長身で、男子の中では比較的長身の奏よりも少し背が低いぐらいに身長が高い。背中まで流れる黒髪は切り揃えられて整えられている。綺麗な鼻筋に、黒々とした瞳、桜色の小さな唇が目を惹いた。二人と比べ、スタイルがよく、堀の深い顔立ちをしている。西洋か北欧とのハーフなのだろうかと疑問に思うぐらい、端正な顔立ちをしていた。



「茉莉から聞いているとは思うが、俺は黒崎くろさき みなとだ。今はどういう状況なんだ? なぜ皆がここにいる」


「私達も分かりませんよー。なんか戦力が足りないから兵士として戦って欲しいとか何とか。戦うとか危険なこと絶対嫌だけど、従わないと待遇が悪くなるって言うし……」


 東雲が椅子に寄りかかりながら、少し怒気を孕んだ声で話した。当然と言えば当然だが、異世界の人間にはいい感情は抱いていないようだ。


「この世界では物資や領土よりも何よりも、人間が必要だと聞きました。理由はよく分かりませんが」


 天野が窓に近づきながら告げた。


「なんか創作物にあるような、特殊な能力をこれから引き出すらしいです。それで一部のクラスメイトは喜んで協力を申し出たりもしてました」


 つまり、戦える能力を与えて何かと戦わせるつもりなのだろうか。


「そうか……」


 奏は神妙な面持ちで二人の言葉を聞く。


「結局黒崎先輩も何も分からないようだし、当てが外れちゃったね茉莉」


 茶化すように東雲は言った。


「俺がいた異世界は別の場所だ。だから悪いけど、ここの世界の事は何も知らない」


 申し訳ないといった風に、奏は言った。


「黒崎先輩って四年前に行方不明になったって聞かされましたけど、四年間異世界に居たんですか?」


「あぁ…………そうだよ」


 天野の言葉に、むしろ四年しか経っていないのかと奏は驚いたが表には出さなかった。あの永遠にも思えた苦しみの時間は、四年以上過ごしたと錯覚させても不思議ではない。

 奏は、さっきと打って変わって暗い表情をしている茉莉が気になった。



「どうした、茉莉」


「あの、先輩……私、ごめんなさい……四年前のこと、謝りたくて」



 四年前と聞かされて、すぐに何のことか分かったが、奏にとってはそれはもはやどうでもいいことだった。


 別に恨んでなんかいない、奏がそう伝えようとした時、部屋の扉がノックされた。


「これから付与の会が行われますので、四名は私についてきて来てください」


 扉越しに男の声がかけられる。


 茉莉達はお互いに顔を見合わせた。奏も立ち上がり、落ちていた剣を手に取る。


 扉を開ければそこには、軽そうな鎧に身を包んだ軽装の兵士が立っていた。




 

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