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Twin  作者: Leava
第二章 ―ディッピング・ソース―
8/36

刃音が告げる、始まりの瞬間。

休息日なれど、その手に一度も剣を握らない騎士はなかなかいない。

休みの日は、借りることのできる試合場でのみ、木刀を使って訓練をすることが許可されている。特に、騎士の前段階、修剣士の位を持つ者が競って練習に励んでいるといい、今日もその通りだった。

・・・皆が皆、剣の手を止めている以外は。



カァン!と木の心地よい音を響かせて、そこに立つのは2人の騎士。武器庫整備でもしてきたのだろうか、少し土にまみれたその姿には、既に汗が滴っていた。

片方は、右手に大きな木刀を握り、比べてやや大きい身長を盾に、力強く押し返す。

片方は、左手に細い木刀を握り、小柄な体躯を活かして、俊敏に動き回る。

この試合は、既に5分を経過していた。

「フィル、もう倒れていいんじゃねぇの」

「オーヴァだって、結構限界なくせに」

「持久力でお前に負けた事ねぇぞ!」

「こっちだって体力保持に頭を回すのは負けたことない」

風切り音を携えて、フィルが下段の回転切りを仕掛ける。決まった技は、バックステップによって空を薙いだ。その隙をついて、オーヴァは上段から振り下ろし、素早く避けられて。

絡まり合いの繰り返しが、沢山の目が見つめる中、更に火花を散らし始めたころ。

「ああ、またやってる・・・」

試合場の入り口にて呟かれたその声に、近くにいた見習い剣士が振り返った。

「ライラック騎士!」

「ベキリ修剣士、あのバカ騎士2人の試合は、どれくらい続いているんですか?」

「は、はい!5分・・・くらいかと」

「ありがとうございます」

そして深いため息。ベキリが何事かと首をかしげる横を、ネフタが人を避け入っていく。

2人が試合をしているスペースの手前で、その騎士は足を止め、息を吸った。


「オーヴァ、フィル!そろそろやめないとまた」


警告の途中で、バチン!と、大きな音が響いた。

木刀練習の時にたまに起きる、間違えて相手を打ったという、まさしくそういう音。

「痛ってぇ!」

「痛った!」

剣を持たぬ方の腕を、それぞれ押さえて立っている双子に、ネフタはまたもため息を吐く。

「フィルお前、そこはいつも下段からの切り上げだろ!?」

「オーヴァこそ受けじゃなくて流しならもうちょっと上手く運んでよ」

「いやお前がいきなり上からくるからだろ!」

「戦闘にイレギュラー性はつきもの」

「でも結果相手に当たってんじゃねぇかよ」

「そっちこそ」

2人の温度差を含んで始まった喧嘩に、周りはシーンと静かになる。

「また、怪我するよって言おうとしたのに・・・」

長試合だとだんだん考えが至らなくなるでしょ。そう言って、ネフタそれぞれの肩にポンと手を置いた。

「とりあえず、医務所に行こうか」




「まーた派手にやったのね。女の子なんだからあざとか出来るだけ作らないように注意しなさいよ?」

むぅ、とふくれっ面(に見えなくもない無表情)のフィル。その腕に治療を施すべく、シトロワは箱の中をかき回していた。

「・・・そちらも、いつもの如く救急箱がぐちゃぐちゃなんだね」

「もう見つかるわよ。打撲系でもやっぱり上質で、あと上手くできたやつを使った方がいいからね」

シトロワ・フェルドカーティ。王城付き治療士にして、フィルの唯一の女友達だ。

治療士なのに、ありとあらゆる薬草の調合技術を持つために、王城に呼ばれたという超エリート治療士。

自身で作ったのだろう白いクリームと、小さい布を取り出す。クリームを塗りつけながら、

「大体オーヴァがどうでもいいとか言うから・・・」

フィルの愚痴を聞くのが、毎度おなじみ。

「はいはい、どうしたの今回は」

「前にクレバリスっていう、あの刃奪のロジナの話に出した人がいるでしょ」

「ああー、金髪の馴れ馴れしい奴っていう」

「そう、その金髪の馴れ馴れしい脳みそがあんまりできてない驚きのクレバリスが」

「うんフィル名前長い」

「・・・が、私と似た形のスピード型なんだ。オーヴァは、私と数えきれないくらい試合してるのに、クレバリスに手こずったなんて言ってたから」

「喧嘩になって試合になったのね」

ひんやりとしたクリームに一瞬体を震わせて、フィルは無言の肯定。毎度おなじみの理由に、シトロワは無意識に笑ってしまう。

「はい、これでいいわよ」

フィルは捲っていた袖をおろすと、立ち上がった。処置が終わったオーヴァが外で待っているのを、を知ってかは分からないが、心なしか急いでいるよう。シトロワも送り出す姿勢をとる。

「そうだ、フィル。今日の夕方、私が仕事終わる時間に来てよ。それ(・・)、してあげるから」

背中まで真っ直ぐに下ろされた栗色の髪に、とんとん、と指先を置く。フィルは指摘された髪の先を摘み上げて、そのくすみ始めた赤色に目を細めた。持ち主不明の靴下を摘み上げるような状況だが、シトロワは敢えて何も言わない。

その仕草が、何を示しているのか知っているからこそ。

「・・・うん、お願い。ありがとう」

フィルの言葉に、ただ頷いた。





「残りは、ツッケンダーレの領主の件についてのみですが」

アルギシア第三王子の、執務室。書類を捌いて三千里、死んだ魚の目をしたカイに、その言葉は言い渡された。

「つけダレ領主が最後だと・・・?」

「殿下、そのような言葉遣いはお控えください」

「わかってるよ。でも、つけダレか・・・」

国政を扱う、アルギシア王国第一王子、ハル・アルギシア。その傍付きを行っているひとりを前に、カイはうんうんと唸っていた。

ツッケンダーレは、カイのいるアルギシアの東城アルフェリアのすぐ西に位置する。

先日、その領主が横領を行っているという報告が、領主の家臣から入って来た。それを受け、ツッケンダーレを訪問する役が、スケジュールの事情によりカイへと回ってきたわけだ。

「明後日が訪問予定日です。それまでに書類を」

「目を通せ、ってことだろう。同行する者は?」

「護衛兵が2名、騎士が5名です」

大抵そんなものだろうと思っていた、と返す。護衛兵を軸にして、騎士級を補佐、もしくは雑用として同行させるのが基本だ。

「殿下も、側近をお選び頂ければ、同行人の選出を省くことが出来ますが。ハル殿下にも勧められていたのでは」

「側近ね・・・」

「護衛兵にも、頭も切れる者はたくさんおりますが」

それまで離れていた背中を、背もたれへ落とす。少し軋んだ木の椅子の上で、カイの顔は苦くなる。

「その話は、また別にしよう。・・・それから頼みがある」

「何でしょう、カイ殿下」


「同行人は、俺に選ばせてくれ」









騎士館―――騎士たちの官舎―――から、ほんの少しだけ離れた広場。城内の施設のうち、様々な人に開放されている場所のひとつだ。

休息日なのだろう誰かが訪れては、談笑したりぼんやりしたりと、思い思いに過ごしている。ゆったりと時間の流れる中を、カイはふらりと訪れていた。ひと時の休息である。

「疲れた・・・」

小さな呟きが消えるころ、ぶつぶつと聞こえてきた声に、カイは噴水の向こう、開けた場所を見た。

向かい合って空剣を握る、良く知った2人。

「大体そこは、一番無駄の少ない斜め切り入れないと読まれる」

「でも、それだと重い俺じゃ、切り上げの時はきついんだ。スピードが無い以上、下上は避けたい」

「それならせめて剣で受けないと。一瞬間が空いてた。だから剣を入れた」

「で、俺も逆から入れたから相打ちか・・・」

双方、最後の斬りの形になって、止まる。先程の原因を掴むべく握られた剣は、実体を持っていなかった。・・・ネフタに怒られたのが効いたのか効いていないのか。

「そこでかわすが手なんだな・・・」

「そこでかわすが手なんだね・・・」

重なった2人の声に、お互いが目を丸くした。

そして、吹きだした。

広場にいた人々は、響く笑い声に何事かと視線を向ける。そんなこともお構いなしに、その双子は爆笑の渦中にいた。

自分の存在にも気づいていないくらいの2人だけの世界に、カイは驚く。

王城付剣士見習いの試験、その後訓練をしている姿、そして刃奪が来た時。双子は何度も見かけた。しかしああやって、笑い合っているのは初めて見る。特にフィル騎士は普段、微動だにしない仏頂面だ。あんな風に笑っているのは、もしかして相当なレアもの・・・

「お、カイじゃん!休憩?」

とかなんとか言っている間に、笑い終わっていたオーヴァに声を掛けられる。掛けられ・・・

「タメ口で言うか!?」

「ああ、ごめん。・・・じゃなくて、失礼致しました、カイ殿下」

「ごめん、カイ」

口調を改めたオーヴァの後ろで、改める気皆無といった無表情。

「・・・何かお前らに敬語で言われても微妙だな」

「じゃあタメな」

「多少は異議あるが・・・そうしてくれるとありがたい」

そこまで言って、周囲のことを思い出す。

俺は今何をした。相当下の位の者に、敬わなくてよし、と公言してしまった、のか。

あっこれマズい。

でももう遅い・・・。

突然難しい顔をしたカイを不思議そうな目で見ると、オーヴァはその肩に手を置く。

「で、何か用?」

「ああいや、ここに来たのはたまたまだ」

「へぇ。てっきり天才兄妹に昇進の命令かと思ったが」

「お前自分の事なんだと思ってんだ」

そこまで言って、ふと思い出す。

先程強引に取り付けた約束。騎士は確か、5名・・・

「・・・いや、そうだな。お前ら」

「何だ?」

「何?」

息ピッタリなオーヴァとフィルに向けて、カイは怒られやしないかと思いつつ、尋ねる。


「今度の外回りの、同行人。やってみないか?」

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