やがて下りる、夜の帳に。
アルギシアを創った民が生きていたのは、今から1000年も前のこと。
最初は大陸から、ユージュの人々が離島へと越したことにあった。大戦が行われていたその頃、命からがら戦場から逃げて来たユージュの国民達が、ひっそりと暮らしたのが今の港町。当時は森だったと言われる。そして、100年もの時を経て大戦は終結を迎え、静かな静かな睨み合いもやがて消えていった。
その中でアルギシアという国が出来上がった―――。このアルギシアにおいての、歴史の始まりである。
そして、ユージュから逃げて来た民から成り上げたこの国の者と、元来のユージュは、あまり仲が良くない。それは治安、国の中の問題など、様々なことに由来する。
我が国に海賊が訪れるのもまた然り―――――。誰もがそう思っていた。
だからこそ、刃奪のロジナの本当の目的に、誰もが驚いた。
「子供でも分かる単純な心理、つまりはプライドの問題」
「プライド・・・なるほどな。素直には頼めねぇって?」
「そういうこと」
「ふーん・・・。でもそれは、許していーもんなのか?」
「そこは、おーぞく様が考えるよ」
「だろうな」
呆けたクレバリスの腕を掴み、とうとう全員が捕まった前で、何の緊張感もない兄妹の会話が続く。おーぞく様の制止により、色々口出しをしたい上階級の者達も歯噛みしていた。
ロジナは、抜くことすら出来なかった短剣を取られた姿。その後ろには、まだ必死に抵抗しようとする者や、もう身動きをとらないと決めた者も、皆座り込んでいた。フィルはまずそれを視界に留め、次に、
「ロジナさん」
「・・・なんだい」
俯いて答えたロジナの前でしゃがみこみ、その瞳を覗いた。仏頂面が眼前に迫り、ロジナはつい、ちらりと見やってしまう。
「ロジナさん、海賊なんかじゃないもんね」
「・・・えっ」
その声はロジナではなく、傍で聞いていた誰かから漏れたものだった。
「だって、この国に来て何した?なんか、大量の兵に迎えられて、互いのバカ同士が楽しく試合して・・・なんか犯罪?移民の申し出は、役所に行かないと申請できないよ」
最後の言葉に、ロジナははっと顔を上げた。目が見開き、今度こそ凝視する。・・・無表情は変化しない。
「そこの騎士。移民と言うのは、どういうことだ」
灰色の髭を生やした護衛兵のひとりが、ぎろりとフィルを睨んだ。騎士でもかなり経験を積んだものだけがなれる、王族の護衛兵。見た目かなり年を食っており、またこの場で割り込んでも構わないと許可を得たに等しい地位。普通なら男性だろうが一歩引くその威厳、
「移民です」
淡々と返したフィルに、周りの方がビクついた。
「ならば何故、こいつらは海賊としてこの港に来た」
「さっき言いました」
眉の角度がありえない方向に傾き、拳が震える。誰かあの女騎士を止めろ!と空気の流れが変わり、
「子供でも分かる心理、つまりはプライドの問題。・・・あっ、単純な、が抜けた」
余計な一言とともに、ぽつり。
空気が一気に重くなり、何故か同国同士で睨み合い始めたところで。
「・・・俺も混じって構わないか」
そう声を挙げ割り込んだのは、ビス。仲間たちの束から、肩を狭めつつ進み出た。
ここまでロジナの仲間たちを連れて来た、山賊ディレストラの長。髭は無く、30くらいなのに対して若く見える。
そして視線を向けたそのロジナは、更に驚愕の表情で、驚愕の事実を告げる。
「・・・お兄ちゃん!?」
「「お兄ちゃん!?」」
周囲の合唱。
「久しぶりだな、ロジナ」
驚き顔の周囲に構わずロジナにひらりと手を振ると、さっと身を退いたフィルの場所―――ロジナの目の前で座り込んだ。
「フィル騎士と言ったか、本当に頭が切れるみたいだな、お前は」
フィルへと微笑み、ビスはカイへと向き直ると、姿勢を正した。
「・・・失礼申し上げます、殿下。こちら私の実の妹、ロジナ・タージアです。・・・このロジナ、そして乗組員の全て、私共の村で引き取らせては頂けないでしょうか」
カイはしばし瞳を固く動かさないまま、何かを考える。そして、最高指揮官として口を開いた。
「検討する場が欲しい。・・・まずはこの場を整理して、それから話し合いをするとしよう」
「お疲れ」
「ん」
兵や騎士たち総出で、港の者の手を借りつつ沈みかけの船を片付け終えたころには、もう日が水平線に没しはじめていた。
先程まで行われていた検討会も終了し、無事解決。足をぶらつかせ、コンクリートの他愛もない出っ張りに座る双子騎士は、その活躍を微塵も考慮されず外され不満げだった。・・・のか、その楽しそうな表情からは一切つかめない。
「よかったな。・・・山賊ディレストラが増えるけど」
「でも、いわゆる自治団体だから。・・・海と山と、サルベリ崖を通じて色々あるらしいよ」
「ふーん。なんか、ちょろかったな」
「うん。ちょろかった」
片手間に、水筒を口につける。だんだんと光は消えはじめ、空は漆黒へと染められる。
「とりあえず、フィルの知識欲と剣早には完敗だ。特に前者、それだけで推測してしまうから怖い」
「剣早って、私オーヴァの前で剣抜いてない」
「クレバリス、・・・金髪少年居ただろ。そいつがスピード型でさ、結構手ごわかったんだよな」
「余裕のセリフを言いながら?」
「余裕のセリフを言いつつも、だ」
「ふーん。でも私よりは遅かったと」
「ま、文脈的には、そうだな」
「トビデ師匠の弟子ですから」
「俺もだがな。と言うかお前、あの女頭領の前でしれっと俺のことバカって言っただろ」
「何のこと?」
ふと、他愛のない会話を、背中から近づいてきた足音がとめる。
「オーヴァ、フィル、終わったよ」
「おう。お疲れ、ネフタ」
少し疲労の滲んだ笑顔を見せて、ネフタはオーヴァの隣へと腰を下ろす。
「普段はそうでもないけど、こういう時だけは自分がライラック家の人間ってのが嫌になるよ」
”ライラック”――――――、古くからアルギシア王家に仕えるその名前は、良く知られている。ネフタの父、ヘンリー・ライラック伯爵は、第一王子の傍らで仕事をしていると聞く程、位が高い。
だからこそ、カイ王子はじめ、重役のみで行われていた先程の話し合いに参加せよと言われ、今まで話を聞いていたのだ。無論、単なる息子にて、発言権は無い。
「それでもネフタはネフタでネフタだから大丈夫」
「うん意味が分かんないや」
「俺は分かるぞ。ネフタはネフタでネフタだからなぁ」
「2人そろって意味不明なこと言わないで!特にオーヴァは、翻訳くらいはしてよ!」
ツッコみつつ、ネフタはいつもの雰囲気に安心して笑っていた。ボケボケの双子を相手にするのは、愛想笑いをひたすらに炸裂させているより余程楽だ。むしろ楽しい。
「まあでも、2人により早く報告できるのはいいかな。・・・ロジナたちは、罰則も何もなしで、山賊ディ・・・ディレストラ村に引き取られることになった。港の手伝いをすることになった人たちもいるみたいだけど。甘い判断だって滅茶苦茶に批判されてた」
「そりゃあね。そんな寛大な処置をしておいて、また事起こされたら面倒だし大変だし、顔も立たない。でも押し通せるよう頑張った兄がいたわけでしょ」
「ビスさんね・・・。そういえば、どうしてあの2人が兄妹だって分かったの?」
フィルの推察力に、心底驚いていたネフタ。興味津々という表情を包み隠さないまま、オーヴァの向こうにいるフィルを視界に映すべく腰を折る。
そこにあったのは、いつもと同じ無表情。
「知らなかった」
「え!?それって、」
何も見込み無く人頼みしに言ったの!?と続けさせる前に、フィルは口を開く。
「でも、あのビスさんは、よく来てたから知ってた。・・・ペンネパンが大好物で、他の人にも買って行ってたことも」
「母さんで釣ったわけだよな。ぜってー怒るぞ、よくもあたしを餌にしたね!って・・・ブルブル」
「口で言ってどうするの、震えてない」
「でも奢るって言ったんでしょ?ということは・・・」
ネフタはこれを言って、後悔した。2人の周りの空気が、嫌な方向へと吹き始めた気がしたからである。
「オーヴァ」
「・・・ああ」
「自腹だよね」
「・・・ああ」
「ディレストラ村の人って結構いたよね」
「・・・ああ」
「今月まだ月給来てないね」
「・・・ああ」
「たりないよね」
「・・・ああ」
そして、4つの目がぐるりとネフタの方へ向いた。
「「貸してください!!」」
息の合った双子の叫びに、内容は聞いてないふりをして、ネフタはただ笑った。
アルギシア王国の、王城。――――――俗に”アルフェリア城”と呼ばれる、港に近い方の城。
双子たちとは違い、既にそこについていた、もしくはつかされたカイは、自室の椅子にどさりと座る。その顔は疲労で満ちていた。・・・帰城前は平気そうだったはずなのだが。
「カイ殿下、本日分の書類ですが」
「・・・む、り、だぁ・・・・・・」
「では明日、2倍で」
「それでいい・・・今日は・・・寝る・・・」
「分かりました。失礼いたします」
扉が閉められ、霞んでいく夕日の光だけが、部屋の中を照らす。背もたれに身を預けて、虚ろな目を天井に向けた。
「オーヴァに、フィル、か・・・」
そしてその目は、瞼の裏に二人の影を映しながら、ゆっくりと閉じられた。