海と空と星と船と。 後編
―――――――上目指そーぜ。俺達をバカにした奴らを、ぜーんぶ見下してやれるくらいまで。
―――――――絶対に、2人でだよ。約束だよ・・・・・・
「・・・ル、フィル!」
背中でびくりと震えたのを感じて、スベジクは名前を呼ぶのを止めた。
「はっ、はい!」
「はい!じゃない・・・もうすぐ着くけど、どうするつもりだって聞いてるんだ」
スベジクとフィルは、超特急で馬を走らせながら、山賊ディレストラの住まう海沿いの位置へと近づいていた。右は斜面、左は海のでこぼこな土の道を、蹄を打つ音だけが響く。
「・・・山賊ディレストラには、色々な人たちがいます。山賊なんて言われていても、いわば一種の村と化してる。街の人たちと同じですよ。・・・戦闘に長けている以外は」
「どうしてそんなこと知ってるんだ?」
「それは、」
「お前らここに何の用だ!」
突然、前方から声が響いた。
凄くでかい声だな・・・、スベジクはそう思うが、それどころではない。
考えずともわかる。山賊ディレストラのひとりだろう。時経たずして、5、6人の青年が走ってやって来た。
フィルは馬からひらりと飛び降り、軽い甲冑を鳴らしながら迎える。その後ろでスベジクがゆっくりと―――こちらがちゃんとした降り方である―――降りた。
「お前らその恰好・・・王城の騎士だな?何をしに来た!」
スベジクが予感していた如く、彼らの対応はやはり厳しいものだった。情けなくも、自信に満ち溢れた後輩に任せるしかなく、ひやりとしながら後ろへつく。
「・・・はい。私たちは、王城付きの騎士です。皆さんに、お願いがあって来ました」
「お願いだぁ・・・?」
ガラ悪げな、先頭に立つ男が眉をひそめた。
「今、ユージュの海賊が港を襲おうとしています。そしてこちらにも、手が迫ってくると思われるのです」
「何で港が襲われるのと、こっちに関係が・・・」
言葉が尻すぼみになったのに、スベジクは心底驚いた。フィルの考えが、言わずとも伝わったのか、と。
「トグル、船を分けてサルベリ崖へ来る可能性がある。あそこには重要なものが色々あるんだ、踏み入られたら困るぞ!」
「・・・こいつらの言っていることが、本当だという証拠は?」
「見せられるような証拠はありませんが、報酬は必ず払うと約束します。ペンネ・セル特製パンで」
ごくり、という音が、スベジクにもしっかり聞こえた。
「・・・ビスさんへ連絡しよう。名前は?」
おいおいパンで決めるのかよ!?というスベジクのツッコミは内心へ消えていく。フィルは表情を一切変えずに、頷いた。
「フィル・セルと申します」
「私がこの村の長、ビスです。話は聞きました。・・・全員で迎え撃ちます」
結論はっや!・・・もうスベジクのツッコミであることはお分かりであろう。
時間が無いと悟ってもらえたらしい。余計なもてなしはなく、既に道行きだった。武装をした男たちが集い、その先頭でビスがフィルたちの応対をする。
「騎士さん、約束のペンネパン、お願いしますよ」
「勿論で、っは、す」
かつかつと、ブーツが木々の隙間を踏み鳴らして行く。フィルの左を行くスベジクは、ちょっと不安に思ったことを、正直に告げた。
「フィルお前・・・走りきれるのか、これ?」
こくこくと大きく頷いているが、喋ろうとしないところだけでも、息が上がっているのがミエミエだ。まだ開けたところは見えて来ず、心配にもなる。
更に、フィルの後ろの辺りをついてきていた青年が一言。
「そういえば、女性騎士とは珍しいですね!どうして剣なんか持つんです?」
空気読め!・・・byスベジク。
そんなツッコミの代わりに、黄色い短髪の青年は仲間に背中をどつかれたようだった。フィルの表情は微動だにせず、ただ死にそうな顔をしている。
そういえば、フィルも、言ってしまえばオーヴァも・・・、何故剣士見習いの門を叩きここまでやってきたのか。スベジクは一切知らなかった。
得意なもので稼げるから?剣が好きだから?いや違う。そんな素振り、一度も見せたことは無い。
何をしたい、こいつらは、何のために必死になる・・・?
「見えた」
フィルのか細い声に、スベジクは視線を前に戻した。白く光る、開けた崖。
その光に向けて、より強く足を踏みしめた。
時を同じくして、沈みかけの船の前。
「カイ、遅い!捌けないぞこれじゃ!」
「うるさいな!こんなにしたのはお前だろ!」
「俺じゃねーよこの作戦は!お前が褒められる配置してっからこうなるんだ!」
「意味が分からない!」
無数の剣が噛む音に負けないくらいの大声で、一騎士と一王子が喧嘩の真っ最中だった。オーヴァは3人目を片付けると、カイへと振り返る。
そちらでは、クレバリスとの睨み合いが続いていた。その最中で口喧嘩をする暇があるだけの実力、フィルが褒めるのも分かるかもなと、誰にともなく呟いた。
一方、船を背に風上へ立つ、金髪の少年。
「・・・・・・いいよねあんたらは」
今までと豹変した、笑いのないその声を、オーヴァもカイも頬で感じた。そこだけ世界が違うかのように、時が止まったかのように、冷たく凍る。
「アルギシアなんて平和ボケした国で、王族なんて地位で、笑って過ごしてさ。あんたらにわかるの?俺たちがどんな思いで、海賊やってるかなんてさ」
短剣を握る手に、震える程強く強く力が込められていた。複雑な表情を返したカイに、ほんの少しだけクレバリスの口元が緩み、
「知るかよ」
――――――オーヴァの返答に、それは刹那にして消え去った。
「俺王族じゃねーし、海賊でもねーし、分かんねーよ。知りたくもねぇ」
カイの視線を受けて、オーヴァはそれを返した。真顔だった。
「君はお呼びじゃないんだけど」
「俺だってあんたにゃ興味ねーよ。けどな」
クレバリスも、カイも、飄々とした態度が突然変わったのに、息を止めた。
「邪魔すんな」
それは、怒気を多量に含んだ、静かな怒鳴り。
「・・・邪魔?」
「ああ、邪魔だ」
「何の?」
「何でも」
意図の掴めない返しに、だんだんクレバリスの頭にも血が上り始める。その身体はカイではなく、もうオーヴァへと完全に向き直っていた。
「さっきからむかつくね、君。流石だとか、邪魔だとか、はぐらかす言葉ばかり使ってさ」
「・・・それは、悪ぃ」
軽いノリに、眉の角度がさらに増す。大きな剣を肩から担ぎ下ろし始めるオーヴァに、金装飾の短剣を真っ直ぐに突き出す。
「・・・もう解ったよ。とりあえず、なにがなんでもあんたの命は欲しくなった」
「おう、やるか?」
「挑発なんて余裕だね」
「まーな。だってさっきやって、だいたい実力は分かったし」
「打ち合わせた程度で何が分かるのさ」
3歩、前に出て、剣の切先が相手へと向いた。
「まあ、フィルよりは弱いんじゃね?ってことが」
意表を突かれた。それが海賊たちの、最初の表情だった。
崖。余裕の笑みで降り立った10名を丁重に出迎えたのは、それをゆうに超える人数。武装した山賊ディレストラ・・・いや、ディレストラ村の男衆が、ずらっと周りを囲む。
そしてその中心に立つ、赤い髪の女騎士へと視線が集中していた。
「刃奪のロジナの皆さん、命によって、あなた方を拘束します」
”戦闘に長けている”――――フィルの言った通り、彼らは本当に手練れだった。隙間を人幅以上に空けない、完全な包囲陣を組み、身動きを取らせない。
息の詰まった海賊たち。せめてもの抵抗か、腰にさしっぱなしだった武器を抜く。
集団の先頭に立つ一人が、口を開いた。
「・・・へぇ、女じゃん。そうやってお立ち台の上に立って、後は男任せなんだろ?うちの頭領みたいに武器握って戦うとか、そんなのできないですーって顔してんぞ」
「そうそう!剣なんて飾りで簡単に捕まる奴もいっぱいいたよなぁ!女なんてちょろ」
言葉は続かなかった。鼻先1センチに尖った剣が突きつけられ、男の口は引きつって動かない。
「もう一度そんなこと言ってみて、次は心臓、寸止めしないから」
捕まえてください。フィルの言葉に、村の人たちは足を前に出した。自分に剣が向くことに、恐怖といった表情は見せない。
小さな戦闘を交え、全てを拘束するのにかかった時間はほんのわずかだった。縛りきれるまで、フィルは剣を降ろそうとせず、リーダーの顔は引きつっていた。
「・・・別に捕まえてどうこうしようって気はない。ただ確実に、ユージュに帰ってもらいたいだけ」
「クレバリスが言うのも分かるな。この国は平和ボケしてる・・・って」
ふん、と悪態をついたリーダーに、フィルは無表情を向けた。
「これがユージュなら、俺たち多分生きてねぇぞ。アルギシアだから、勝ち目がないと思ったら降参するんだからな・・・。自分たちがどれだけ甘いことしてるか分かるか?」
「・・・ええ」
肯定に、男はニヤリと笑った。スベジクが思わず振り返り、そのやり取りに耳を傾ける。
「王族ではもう手が出せないほど腐った貴族やら、あくどい領主やら・・・、俺たちはそんなのから逃げて来た集まりだよ。くちべらしに家から出されたものもいれば、底をついた金をさらに掘り返させられそうになったりした奴もいる。金を得る為なら盗み売りくらいなんてことないさ。そうしなきゃ生きていけねぇんだからな。
・・・なあアルギシアの騎士さんよぉ。お前らにも”あくどい”とつけるべきなのか?」
「・・・」
「お前ら甘々だけど、船を無くした俺らを国へ帰すなんてひでぇことは言うんだな」
そこにいるアルギシアの人間は、何も言うことなく彼女に委ねた。デフォルトの無表情を一切緩めることなく、フィル・セル騎士は返す。
「言います。何があろうが、あなた達が刃奪のロジナであり、この国を襲ったことには変わりありません」
「そうか」
沈黙が流れた。それまでずっと何も言わず、フィル任せにしていたスベジクが、とうとう口を開く
「これはあくまで私個人の意見だけど」
前にフィルがもう一度、口を開いた。
「普通にこの国に来て、普通に暮らそうと思えば、この国はきっと受け入れたんじゃないかと思う。・・・そしてまだ、遅くはないとも思う」
10つの顔が一気に上がる。
「・・・とっ、頭領は!?」
「予定通りいけば、殿下たちに捕まっているでしょう。けれど、話す時間はきっとありますよ」
剣を鞘に収めて、ビスへと視線を戻す。
「この人たちを港へ送ってください。ついでに、ペンネパンを食べに行きましょう」
がりがりと、鋭い刃が食い込む。オーヴァの受けは安定し、クレバリスの短剣にこもる力をも超えていた。この読めないわ余裕だわとにかくむかつく男を黙らせてやりたい。いや黙ってるけど・・・クレバリスの血は沸いていく。
「速さは?得意かな?それとも苦手?」
「そーだなー、苦手かもしれないな」
「じゃあそれで行くよ」
たたたたん、と、即座に来た4連の斬りを、全て避けて、更には止めきる。歯ぎしりをして、刃の向きを何度も変えるクレバリスに、オーヴァは呆れた顔をしていた。
「言っただろ、フィルより弱いんじゃね?って。速さはあいつの代名詞だぞ?」
「んなの知らないし!」
「あっ、そっか」
「大体さ、なんでさっきから手を抜くの」
「バレてたか?」
「当たり前でしょ。あんたもっと強いオーラ出してるし」
「マジか。それは光栄です」
「いやいやいや」
剣の音に交じって、そんな会話が聞こえてくる。2人は周りなど見えていなかった。
海賊たちが、クレバリス以外、ロジナであれ捕まってしまっていることが。
流石に、3倍以上の人員を持つアルギシア軍の方が、非常に優勢であると誰が見ても解っていたこと。しかしクレバリスとの戦いに、誰も口は挟まない。ネフタとカッゼが、加勢を制止したために。
「・・・フィルが討伐前に言っていた、刃奪のロジナの実情が本当なら。僕たちがやるべきことは、ただ捕まえることではないと、そう思うんです」
「ネフタ・ライラック騎士」
突然、横から掛かった声に、ネフタはフリーズした。その後ろでカッゼが直立する。
「こいつに代わって・・・、はい、殿下」
「お前でも構わない、カッゼ騎士。・・・フィル騎士が言っていた”実情”とは、なんだ」
「申し上げます!」
カイは、剣戟の音を裏に、その事実を聞いた。
ロジナたちが海賊である理由を。
「・・・なるほどな、それで兄さんが」
「兄殿下・・・ですか?」
「いや、なんでもない。分かった、処分はこれからでも変えられる。オーヴァ騎士がまだ戦っているのにも、理由があるんだろう」
「でしょうね」
「・・・オーヴァ、ね」
「殿下?」
「いや。それより、あれいつまで続くんだ」
「さ、さあ・・・」
「そろそろ終わりたいんだけど、いい加減吐いてくれよ」
「・・・君、そんな趣味だったの?」
「そっちの吐くじゃねぇ!白状しろって意味だよ!」
今度は鍔迫り合い。だらだらと続いている試合も、そろそろ終盤を示していた。オーヴァはクレバリスの速い呼吸に、気づかないふりをしながら剣を当てていた。
「白状?」
「お前らアルギシアに来たこと何回もあるんだろ?サルベリ崖から侵入とか、よく知ってないとできないことだ。でもそんな噂聞いたことが無い。不思議だと思うだろ」
「・・・」
「ってことは?普段は普通に入国してる。入念な下調べと言ってもいいが・・・、それなら潜入すればいいだろ。そして盗めばいい。わざわざ別角度から狙う必要なんてなくて、先に入国させて、その後騒ぎを起こすだけで万事おーらい」
クレバリスが口を閉じた。
図星か・・・。カイはそう思いかけて、とどまる。
クレバリスの表情は、とんでもなくあっけからんとしたものだった。
「おっ、オーヴァ、頭いいね・・・!」
「単純にバカなのかよ!?」
その場の全員の意見を、到着したばかりのスベジクが代表してツッコんだ。