海と空と星と船と。 中編
時はほんの少しだけ遡る。
「・・・いた」
スベジクとカッゼが先陣を切り、こっそりと港へと近づいた一行。住民が避難し、がらんどうになった路地から覗くと、船を待ち受ける兵たちがしっかりと見えた。
中央の人物に目を留めたスベジクは、驚いて思わず声を出す。
「・・・もしかして指揮って」
隣でカッゼが静かに頷く。ネフタも目を凝らしてみると、確かに見た事のある顔だった。
アルギシア第三王子、カイ・アルギシア。
「殿下が出るなんて、相当の事態だぞ・・・」
「だよね。天候も最悪、状況も最悪なんてないなぁ」
オーヴァはカッゼにつられて空を見た。春だというのに、心地良い陽気などは全く無く、うだるような熱い光を太陽が差している。
眩しいし、暑いとなると、集中力も幾分かいるだろう。・・・海賊はその辺り、きっと慣れている。
ふと、袖をちょんと引かれて、オーヴァは振り返った。先程からきょろきょろと首を動かしていたフィルが、かなり真剣な目をしている。
「・・・死ぬよ」
その何処からやって来たのか解らないがとにかく物騒な言い方に、耐性のない他3人がビクッと肩を震わせた。しゃがむ姿勢を少し変え、兄が慣れたようにきちんと返す。
「フィル、察するが説明しねーと」
「ごめん」と「そうだった」。両方の意味合いを含め、フィルは頷いた。
「・・・今頃驚かねぇけど、何だよその双子察し機能。便利だから俺にもくれ」
「説明してくれ」の代わりにスベジクがした回答に、フィルは視線を全員へと移動させる。
「兵の配置は、とても素晴らしい。あの王子凄い」
「・・・うん?」
先の見えない話になり、ネフタが代表して相槌(疑問形)を打った。
「けど、これじゃ負ける」
フィルの断言に、4人はごくりと唾を飲み込んだ。彼女がここまで言い切ることはなかなかない。おまけにオーヴァが真剣に聞いている以上、本当のことだろうと察知してのことだった。
「海賊が本当に紳士的に攻撃してくれば、あの判断は正しい。けれど、普通卑怯な手を使うでしょ。例えば、こちらに注意を引きつけておいて、別の所からこっそり入るとか」
「でも・・・港はちゃんと囲ってあったように見えるよ。どこから入ったのさ?」
「アルギシアは島国だよ。ただ、整備された港以外は、陸に近づくにつれ浅くなる砂浜海岸のせいで船は近づけない。・・・一ヶ所を除いて」
皆が皆、頭の中に地図を広げた。海にほど近いところに建てられた城から東へ行くと、すぐに見えてくる港町。その北側には草原が広がり、冬には雪原になる土地、村や町が広がっている。城の西は、広く町の数々が埋め尽くし、そこに位置する島の中央は王の居城である本城がそびえる。南は島の4分の1を占める山々。
その中にある、砂浜ではない、アルギシアの海に面した場所――――――
「・・・サルベリ崖!」
ネフタが一番早かった。フィルはそれを受けて、更に話を進めていく。
「そう。サルベリ崖は、南の山の、港町に面する辺りにある小さな崖。崖って言っても、海面から何mかしかないから乗り降りは出来ないことはない。港からは近いけど、そっちに兵は・・・」
「手配されて、無いだろうな」
スベジクが引き継いだ。立ち上がると、もう一度船の位置を確認する。もう少し時間がかかりそうだが、余裕はないと見受けられた。
「フィル、それで奴らの利益はどうなる?山に行って何をする気だ?」
「私だったら、山からまわって、いつもより手薄な城や、近くの砦を狙う。勿論兵は沢山いるけど、狙いは王族の命じゃなくて武器なんだから、武器庫番の兵達や門番を狙って奪い取れば済む話だし。もっと言えば、そこに面してる大通りの人たちにも、知らしめるために動くかもね」
「相変わらずえげつねぇこと言うなぁ・・・」
「そういうもの。そうだね、細かく言うと100通り以上の戦形を書けるけど、一番向こうに利益があって、なおかつ海上に生きる者の思考、動き方、慣れと、キレ・・・」
「揺れる船の上で戦うんだ、弓をやるなんて馬鹿はしない、短距離の戦闘なら弓術隊がいるのは厄介だろうし、正面突破は・・・最後の・・・」
「山、海・・・、港町を越えれば城、けど本城は遠いし・・・、草原は一直線だけど兵を避けられない、目的は武器、なら・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、あの、フィルさん?」
スベジク騎士が目をまん丸して声を掛けるものの、フィルは押し黙り地面を見たまま動かない。オーヴァに視線を向けるが、両手を上げて首を振った。
「あと3秒待ってください、すぐ分かりますよ」
「三秒?」
「にー、いち」
オーヴァが笑顔でカウントダウンをする。カッゼとネフタはごくりと唾を飲んだ。
「フィル、んでどうすんの?」
自分の世界だったフィルが、オーヴァの問いに答えた。
それは曰く、指示。ちょっと、いやかなりなにがなんだかわからない3人は口があんぐりと空きっぱなし。
そんなのはお構いなしに、二人は同時に立ち上がった。ぴったりと重なったそれは、もうお互いどうするか分かっているようで。オーヴァは砂を払うと、表情を変えた。
「行きましょ、先輩。俺らはアルギシアを守る騎士ですよ」
「オーヴァ、か。なかなか珍しい響きの名前だねぇ」
「王子は”君”付けで、俺は呼び捨てかよ。ま、いーけど」
その得意げな顔が癪に障るのだろう、クレバリスは王子相手の飄々とした顔を、容赦なく口を曲げる。不機嫌顔も整ったクレバリスに少々見とれる後ろの兵達に、カイは呆れた顔をする。
(どう出る、オーヴァ・セル。何を考えている?)
これでもカイは、幼いころから剣術と共に、「戦い方」も学んできた手練れである。その証拠に、何度も反発し争う組織や敵国の間者などの討伐に成功し、兵達からの信頼も厚い。
相手が無闇に突破してくるはずがない、ということは分かっていた。どこから街に忍び込まれるか分からないと、兵をまばらに配置したのもカイと、その周りの護衛兵や騎士長格の者達だ。整備された港以外は、船をつけることが出来ないということまで計算済み。決して簡単に練られた策ではなく、いつ強行突破をされても食い止めは可能と見ている。
余裕綽々で剣を担ぐオーヴァに、クレバリスは短剣を抜いた。頭領ロジナも同じ、ニヤリとした表情を浮かべる。
「じゃあ――――――――――――――殺すね」
間合いが詰まったのは一秒も経たない頃だった。
キンッ!、と高らかに金属音が鳴り響き、二人の体勢に全員が注目する。斜めに切りかかったクレバリスを肩後ろに流した形は、瞬時に上下反転。オーヴァがのしかかるように切りおろし、素早く避けられる。
「オーヴァ、舐めてる?」
「何でだよ」
言葉を挟めど、その手は止まらない。背格好が相似している彼らは、くるくると立ち位置を変えていく。
ふと、口元を緩めたオーヴァを視界の端に捉えて、クレバリスは刃の向きを変えた。
「何、笑ってんのさ」
「いや、別に?」
「理由も無く笑う人もいるんだねぇ」
皮肉がしかとこもった声。そんなのは見ないふりで、オーヴァは表情筋を締めようとはしなかった。
「ただ、」
「ただ?」
「流石だなと思ったんだ」
短剣をはじき返され、少し間合いが広がる。
「それは僕に言っているような感じには聞こえないなぁ」
軽い調子で口を開くクレバリスに、オーヴァは言葉でも剣でも答えることはしなかった。代わりにちらっ、と視線を向ける。
意味ありげなその行動に、クレバリスは頭を回した。その思考はカイと同じで、「何をする気だ」と。
刹那よぎった疑心を振り切り、もう一度仕掛けようと短剣を構えて、
地面を揺るがすような大きな音が、そこら中に響き渡った。
「!?」
誰もが驚き、音のした方へを目を向ける。
「頭領、船が!」
1人の悲痛な叫びが響いた。いつの間にか、その腹に大きな穴を抱えた船は、少しずつ水を吸い傾いて行く。爆弾を使われたことは、見るまでも無く明らかだった。
「クソッ、てめぇらッ・・・!」
1人の、大柄な男の手下が、我慢ならないというように飛び降りた。その勢いのまま兵に飛びかかる。
「バカっ!」
クレバリスの叫びは間に合わず、剣を構えたカッゼが男を薙いだ。
「ひっ!」
その容赦ない横切りを間一髪で躱したものの、2撃目はすぐに来る。頬に傷を付けたそれに、男は足が竦んだようで、兵たちが拘束するのもつかの間だった。
その後ろで、そっと弓が降ろされる。
ミヴィー・ガレストルス。ガレス副騎士長と普段呼ばれるその女性は、横に立つネフタへと顔を向けた。
「これで、いいのでしょう。フィル騎士」
「はい」
そこにいるのは無論フィルではないのだが、フィルの願いを伝えたネフタは意図を掴み肯定した。ミヴィーへと、自作の薬爆弾を渡して放ってもらう。その務めを果たせば、その次だ。
行き場を無くし次々に港へと突撃に舞い降りる海賊たち。二人とも向き直ると、全兵達と共に応戦を始めた。
「どうすんの?」
オーヴァの問いに答えた。
「今からの行動はこう。まず、オーヴァとネフタとカッゼ騎士は、港へと向かって・・・ください。海賊たちの目的は時間稼ぎです。きっと前哨戦を仕掛けてくる。オーヴァはそれに乗って、思惑にハマったふりして。その間に、ネフタは副騎士長にアレを渡して」
”アレ”・・・そこにいる全員が理解したのは、ネフタが持つ特殊な趣味を知っているから。
「弓矢でぶっ飛ばしてもらって」
「・・・出来、なくもないけど。どこに?発火する原因作りは?」
「船を沈ませる。この間言ってたよね、水につけると発火する火薬を発明した人に分けてもらってどうのあーのって」
「それなら所持してる。少量で威力は抜群だよ」
ポーチを少しずらして、そこに爆弾もしくはその種が入っていることを示した。フィルは視界に全員が映るように戻す。
「船を沈ませれば、当然海賊は降りてくる。んでメッタ打ちにして。私とスベジク騎士は、本命の奴らをぶっ飛ばしに行く」
「ぶっ飛ばすって・・・2人でかよ?」
3年教育されたのだ、スベジクの腕を侮っているわけではない。しかし2人は無理があるのではと流石のオーヴァも疑問形になる。それをフィルがすぐさま継いだ。
「2人で、山賊ディレストラに頼みに行く」
「ディ・・・」
あっけにとられて、全員が言葉を飲み込んだ。
山賊ディレストラ。サルベリ崖付近一帯の山奥に暮らす、あんまりお近づきになりたくない団体様。「山賊」と呼ばれているが、物取りをしたされたを一度も聞いたことが無いというヘンな感じだ。野熊のような大男が番をしているから迂闊に近づいてはいけないだとか、色々。
「ちょっと待てフィル、それはちょっといやかなり突飛すぎるぞ!?」
同行せよと言わていたスベジクは、慌てる。文が滅茶苦茶なのはスルーして、フィルは大丈夫です、と断言した。
「私たちは、セル兄妹ですから」
「・・・・・・?」
その発言の意図がつかめないスベジクは、3秒考えた。
そして、渋い顔で頷いた。
「山賊と共に、そちらは蹴散らしてくる。オーヴァたちは、船沈ませて、全員確保」
「出来るの?あんな人数を全員、なんて」
全員の思いをひとまとめにしたネフタの言葉に、フィルは大きな頷きを返した。
「さっき言ったよ、「兵の配置は、とても素晴らしい。あの王子凄い」・・・って」