海と空と星と船と。 前編
訂正の可能性が前回よりも更にあります。
あと、そろそろ色々危ない表現が出てきます。あ、言うほど出てきません。
ですが、けっしてそういうことを助長するものではありません。
この物語はフィクションです。
「港の広場に直接集合!指揮を執ってるのは誰か分からないけれど、とにかく一大事だよ!」
カッゼを筆頭に、騎士5人は王城を飛び出した。同じように伝令が来たらしい、何名かの騎士も馬を走らせている。
修剣士上がりの3人はまだ乗馬の訓練を受けていないため、カッゼの後ろにネフタが乗る。流石にスベジクの後ろに2人は乗れないと逡巡したが、
「オーヴァが乗ればいい」
「俺!?」
「できる」
フィルに指名されたオーヴァが、ひとりで騎乗をすることになった。無論、馬に乗ったことがないオーヴァは、びくびくと手綱を持つ。何故かスベジク騎士ではなくオーヴァの後ろに乗ったフィルは、何食わぬ顔でオーヴァを掴み、カッゼへ一言。
「行きましょう」
「でも・・・大丈夫なのかい?オーヴァ君」
カッゼが心配そうに前に出る。非常に困ったという顔をして、オーヴァは答えた。
「とりあえず、こいつを信じてみますよ・・・」
「これは驚いたな!オーヴァ、お前本当に初めてなのか?」
「あはは・・・まあ・・・そう、です、ね・・・?」
港町へと直線になる、草原を横断する。流石に街の通りを大人数で、しかも馬で通る訳にはいかないのもあり、どこかに行くのにこういう場所を通るのは当たり前。乗馬初心者のオーヴァには、狭くなく直線に走れるコースは嬉しい”当然”だった。しかしその嬉しさとは裏腹に、後ろで手綱のさばき方を正確に呟く片割れに、何でこんなこと知ってるんだよ!と恐怖を感じる。そんなこととはつゆ知らず、感心したスベジクの前で、カッゼが遠く向こうを指差した。
「見て!船が・・・!」
明らかに商船ではない、大きな大きな船。帆には黒いインクで、反り返る二対の刃がでかでかと描かれていた。明らかに海賊船、救われた面は、まだ動いていること。
隣国ユージュ。隣国とは言うものの、実は島国であるアルギシアとは結構離れたところにある。古くから内戦の絶えないその国は、アルギシアを始め多くの近隣国が火種を撒かれないよう防衛線を張っているため、騎士の全員招集もあり得る話だ。
そこまで考えて、ふと見えて来た傍のエンブレムに、スベジクは目を見開く。
「あいつら・・・「刃奪のロジナ」の奴らか!」
「刃奪のロジナ?」
理解できたカッゼ以外の3人は、一斉にスベジクに視線を集中させる。オーヴァはチラ見だが。
スベジクは苦い顔で船を睨みながら、蹄が地面を打つ音に負けないように叫んだ。
「「ロジナ」は頭の名前だ!その呼ばれ方の通り、基本的には武器を奪って金にする」
「僕ら騎士は絶好の餌だよ。物騒な言い方だけど多分・・・」
背から回された腕の先が小さくシャツを掴んで、オーヴァは開きかけていた口を閉じた。言われなくたって分かる、それくらい。武器を奪うには、その所有者を―――――――
「あとフィル!お前は必ず誰かと一緒にいろ!」
「・・・心得ます」
風音に紛れて、真剣な声は確かにスベジクに届いた。
”基本的には”ということはつまり、そうではない場合だってあるということだ。ユージュ海賊の悪事稼業は誰もが知るところ。・・・人身売買、特に女は売れると攫われる為、港町の女は下手な出歩きをしない。
フィルは騎士である以上、召集には逆らえないが、女だ。男性だらけの騎士団の中に、独り浮けば蜂の巣だと既に理解していたらしいフィルの目つきが変わる。もっと、鋭いものに。
「港町に入る手前に、国の厩舎がある!そこに馬を留めて、ゆっくり近づくよ!」
カッゼの指令に馬を操る者は頷き、更に馬を速く走らせた。
船の中はとても広い。今までに奪った武器たちは、自分達のものとして出したものを省いても、大量に積んである。
「アルギシア王国・・・、平和ボケした国民がいっぱいなんて、さぞやりやすい場所だねぇ」
目深にフードを被った、小柄な少年が顔を上げた。その暗がりから覗く瞳は、獲物をもう仕留めたように、らんらんと光っている。
「とーうりょ!まだ行かないの?」
隣に立つ、ド派手な服装をした女を見上げて、少年は馴れ馴れしく訊く。女は船外へ出る扉を目の前に、足ではなく口を動かした。
「まだだ。・・・昔あの王子にはやられたんだよ。たった10の子供だってのに、獲物はひとつも取れやしなかった」
「獲物って、その時は武器?」
「いいや、人が売れる頃さ。小さなガキらを、ユージュへ寄越そうかと思ったら邪魔された」
「へぇ~、戦略系?戦闘系?俺戦いたいなぁ~」
「・・・」
少年は、そのとき”刃奪”の仲間ではなかったため、頭領ロジナが黙った理由を測ることが出来ない。そして、ロジナが思い浮かべ、内心戦慄した瞳の持ち主も、知るはずがない。
パン、とロジナは手を叩いて、後ろに控えた大勢の手下たちを向いた。
「とりあえず出ようじゃないか。あたいらは泣く子も黙らせる前に殺す、海賊様だよ」
「カイ殿下!船が着きます!」
少数の護衛の一人が、声を上げた。頷くのは、黒髪に青い瞳を持つ「カイ殿下」。カイはアルギシア第三王子であり、また20にして王城の兵、騎士などの殆どを動かす役目を持つ。つまりは最高指揮官みたいなものだ。実際、王城では既に警護の数と護衛兵、見習い剣士たちの配置は済ませてあった。
大多数が集まった騎士たちを位置につかせ、剣を抜きつつ船の着くその場所へ立つ。
船頭に立った頭領へ、凛とした声が響いた。
「この国に何の用だ!」
腕を組み片足を掛けて、ロジナは即座に、そして堂々と返す。
「アンタらも解ってんだろ?あたいらは「刃奪のロジナ」だよ。当然、全員倒して武器を頂戴しに来たのさ」
挑戦的なその態度は、周りの者達を威圧する。ロジナの後ろにいる手下の男たちの多さも、圧をさらに加えていた。剣や弓を掴む腕に力が入るのを見て、ロジナは優越染みた表情。
面白そうに口元を緩ませた。
「まあでも、ひとつ提案があんだ。ちょっと聞いてよ。―――――――――クレバリス!」
「はーい、とーりょっ!・・・てやっ!」
ひらりと、少年が舞い降りた。カイへと対峙すると、そのクレバリスという少年は手を伸ばした。・・・赤いフーデッドケープが、ばさりと空に上がる。
束ねられた金髪が日の光に輝いて、見えにくかった顔が露わになった。
「やあ、カイ君。殿下って呼ぶのはちょっと嫌なんで、これは勘弁してね!」
軽口を叩きつつ、整った顔がにんまりとする。カイは何も応えず、クレバリスの言葉を待った。
「提案はね?王子サマ、君と僕とで対戦して、君が勝ったら何もせず引いてあげるって話なんだ!」
周りの空気がザワッ、と揺れた。
ここでカイが勝てば、全面戦争とならずに済むだろう。けが人も出ず、損害も少ない。けれど、カイが負ければ、いや、負けた時点でこの国は重要人物を失うのだ。
どうする・・・!?
皆がカイの言葉を待った。クレバリスはカイが難しい顔をするのを見て、嬉しそうな表情を浮かべる。
「どうする?どうする?考えていいよー、あと3秒!」
カイは目を見開き、口を開くが音にならない。
自分が戦うのが怖いわけではないが、もし自分が負けたなら、この国は、この者たちは・・・・・・!
「2、1!」
ゼロ、というクレバリスの言葉は、誰にも届かなかった。
「じゃあ、俺がやるってのはどーよ、クレバリス!」
その場にいた全員が、声に振り返り、または視線を向けた。
そこには、たった今到着したと見える騎士が3人。カッゼという愛称の騎士がヒヤリとした笑みを浮かべ、ネフタという新人騎士が呆れた顔を隣に向けて、
声を出した張本人オーヴァが、得意げに太い愛剣を担いでいた。
「へぇ・・・君は、カイ君の知り合い?」
クレバリスが口出しするなというように、腰に手を当てる。細められた目の冷ややかさに、それを見た兵が顔を引きつらせる。
しかし、残念ながら耐性があり過ぎるオーヴァには効かない。フィルの方がよっぽど怖ぇとつぶやいて、オーヴァはその問いに答えた。
「ええと、・・・俺はカイの友達!なっ、カイ!」
驚きが満ちた。
「カイ殿下の・・・友達、だと!?」
「しかも殿下を呼び捨てに・・・」
状況も忘れて、ざわざわとなる兵たちの中を、オーヴァは堂々と前に進み出た。カイと視線を交わす。
「友達なら任せろよ!俺の剣技、知ってるだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、カイの脳裏に記憶が駆けた。
3年前、命令で見に行った剣士見習いの試験。自分と同じ背格好の、同じ黒髪を持つ少年をカイは見ていた。体格差と年齢差をもろともせず、大人たちを負かしていったその姿は、
今、目の前に。
「・・・ああ、任せる」
ぽつり、と呟かれたそれに、周りはシン・・・と静かになった。
「こいつは俺の友人だ。俺より手練れだから、お前も楽しめると思うが」
カイは言い切る。オーヴァに賭ける。
・・・こいつは友人でも何でもない。何の策かは知らないが、きっと考えがある筈。
クレバリスはうーん、と小さく唸った後、頷いた。
「いーよ。名前は?」
カイが下がり、クレバリスの眼前に立つ。
「俺はオーヴァ・セル。同じ苗字の奴がいるから、是非オーヴァと呼んでくれ」