その足が立つ場所、その足が行く場所。
3話です。
修正を加える可能性があります。
「――――オーヴァ・セル修剣士、本日より、騎士級へと昇進を命じる」
「はっ!」
オーヴァは騎士長に向かって、背筋の伸びた直立で返事をした。3年前この城に来たときよりも、幾分か威勢よくなっていると、騎士長は感じ口元を緩める。
オーヴァ・セル、18歳。王城付剣士見習いという石に乗って3年、とうとうひとつ上の位、「騎士」を得た。顔つきは少し大人びて、身長も数センチ伸びている。あとは・・・とりあえず生意気なガキらしさはどこかに行き、騎士と言っても遜色ないくらいには成長した。・・・と思われる。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
書を貰い、騎士長に礼をする。オーヴァは赤い絨毯を見ながら、片割れの悔しげな表情を思い浮かべた。
一刻も早く、あの無表情が微妙に歪むのを見たい。ドS宣言に聞こえなくもないが、ライバル意識である。
「しかしオーヴァ騎士、ちょっと残念だったなぁ」
・・・うん?
その言葉にピタリと足を止め、嫌な予感がどうか当たりませんようにと願いを込めて、再度騎士長の髭面を視界に映した。
「・・・何が、ですか」
その、何とも言えない、しかし「頼む!」という心の声がしっかり届く顔をしたオーヴァに、騎士長は満面の笑みで告げた。
「お前の妹は、昨日付けで騎士昇進だったぞ」
「おいっ、フィル!」
食堂に入るや否や、まばらに立つ修剣士の中に目立ちやすい赤髪の片割れを見つけると、早送りのような歩きで近づいた。近づかれた相手は、一瞥するまもなくメニュー欄に意識を戻す。
「お前、昨日、騎士、ええ!?」
「言えてない。昨日付けで騎士昇進のこと・・・訊いてこなかったから言わなかっただけ」
淡々と返すのは、オーヴァの双子の・・・とりあえず「妹」としているフィル・セル。当たり前だが18になっている。赤い髪は背まで伸び、目つきは少し柔らかくなったものの、その温度の低い言動は変わりない。
「いやふつう、「お前今日昇進した?」とか訊かねーよ!」
華麗なツッコミに、嫌々カレーライスの表示から首を捻って、フィルは言葉を選びながら答える。
「・・・だって、言ったら多分、オーヴァに突っかかられると思って」
「それはイヤミだっ!!」
オーヴァの叫びは、食堂じゅうに響き、視線を集めた。
「あ・・・、すみません」
周りの目もようやく散り、とりあえず昼食を頼んでから席に着く。
対面に座ると、まずはカレーを一口かき込んだ。水をがぶりと飲み込みながら、目の前に視線を戻す。
「で?お前は騎士になったのに、何でまだ修剣士用の食堂で飯食ってんだよ」
「命令が出たのは昨日でも、正式になるのは明日から。今日は準備日として、先輩騎士に案内をしてもらうって聞いた」
兄と同じメニューである、中辛のカレーを口に運び、淡々と告げる。
「オーヴァも一緒に」
「うわ、一括りにするなら俺も昨日昇進命令伝えてくれよな・・・」
「昨日先輩と夕方から夜にかけて打ち合いに出てたでしょ。9時以降、緊急以外の命令は下せる時間じゃないから、どうしようもないって分かる」
「・・・ということは、昇進自体は同時だな。なら問題ない」
「伝達は私が先だったけどね」
「問題ない!」
また声が大きくなりかけ、あわてて口をつぐむオーヴァ。そんな言い合い(一方的)を行う彼らの元に、こつこつと足音が近づいて、二人は振り向いた。
「よっ。今日も仲が良いね」
「良くない」
「良くねぇよ」
息の合った返答に笑いながら、白髪の同期はオーヴァの隣に座った。手にはラーメンをのせたお盆がのっている。あ、ネフタのため記しておくが、白髪ではなく白髪である。
「僕も昇進だよ、やったねセル兄妹」
ほわほわと笑みを浮かべる、ネフタ・ライラック。双子と同時期に、試験ではなく家の推薦により推され城に来た、つまりは「良い家」の者である。実際にライラックと言えば、伯爵家として王城に貢献する名の知られた名家だ。
貴族嫌いの二人がなぜ、普通に彼と会話できているかというと、それはちょっと長くなるので後にする。
「で、今期は見習い剣士からの騎士級昇進は3人だけだって聞いたよ。危なかったねオーヴァ」
「はあ?」
「昨日、同期のメンバーでは誰が最後の1人かって、部屋で話題になってたよ」
「・・・まさか、お前」
「うん、僕も昨日、フィルの後に騎士長に呼ばれた」
「お、お前ら・・・」
うぐぐぐ・・・と効果音を出すオーヴァをさらりと流して、フィルは立ち上がった。
「ご馳走様でした。・・・二人とも、1時に騎士用館入口に集合、遅れたら降格。スベジク騎士より」
「それって・・・」
オーヴァとネフタはそろって時計に顔を向けた。
そして、昼食をかきこみ出す。
「・・・やっば」
置いて行かれたオーヴァは、時計をチラ見しながら急ぎ走っていた。スベジク騎士は、見習いの中でも、怒らせると激怖と有名。時間に遅れるとなったら、タダじゃすまない―――――。
ようやく二人の影が見えてきて、長い廊下も終盤へと近づいてきた。さらに急ぐために、床を強く蹴り、
「どわっ!」
横から出て来た誰かと衝突してしまった。
相手は軽い身のこなしで立ちきるが、オーヴァは思いっきり床に背中を打ち付けた。
「もっ、申し訳ございません!」
この城に、修剣士以下の位を持つ人間は、そういない。おまけに騎士館へと続く廊下、一番通る確率が高いのは、言わずともわかる。
オーヴァはすぐさま立ち上がると、素早く頭を下げた。ひやりとぶつかった相手の言葉を待つ。
「いいや、こちらも不注意だった。顔をあげて構わない」
その、深いテノールに、全身の毛がぞわっとよだった。ゆっくりと頭を上げると、そこにはよくよく顔を知る騎士。
「す、スベジク騎士」
「誰かと思えば、オーヴァ修剣士じゃないか。・・・いや、オーヴァ騎士、と言った方がいいかな?」
ニヤリとしたスベジク騎士に、薄ら笑いを浮かべるしかないオーヴァ。
スベジク騎士は、先程も言った通り修剣士の中でも超がつく程有名な騎士だ。スベジク家次男、イデア・スベジクという名で、剣の腕前は騎士長と争う程。ちなみに勝てたことは一度もないらしく、よく騎士長に挑む姿をオーヴァも見ている。
「は、はい。今、騎士館へと向かう途中でした」
「そうか。オーヴァ、懐中時計くらいは持ってるよな?」
「・・・?もちろん」
オーヴァは首に下げていた時計を見て、目を見開いた。
短針は1、長針は・・・
「2分、過ぎてる・・・」
「はい、10週行って来い」
「ええええええええ!?」
今走って来たのに!?というか、先輩は遅刻じゃねぇの!?
・・・という言葉を音に出来ないまま、オーヴァは言われた通り外に向けて走り出した。いつもの罰走りコースをなぞっていく。
オーヴァが遠ざかった騎士館では、スベジクにネフタが近づいた。
「5分くらいで戻ってきますよ、先輩」
その後ろに、無表情でフィルもついてくる。遅刻しなかった優秀な二人に頷いて。
「知ってるよ。あいつの持久力は凄いな」
「ですね」
フィルは外に視線を向け、がつがつ足を運ぶ兄を見る。オーヴァの持久力が人並み以上になってしまったのはだいたい罰走りのせい、と呟く。
「さて、じゃあお前らには先に話しておく。今日は挨拶と、宿舎の移動と・・・」
スベジクは途中で口を塞いだ。3、4人ほどの足音が聞こえ、フィルとネフタも顔をそちらへ向ける。
「・・・おやおや、スベジク騎士殿。今日も子守でしょうか?」
それは、スベジクよりも上の騎士と、その周りの者だった。ピクリ、とフィルの眉が動く。動きが小さく、話しかけた相手には見えなかったらしい。油にはならなかったが、まだ高笑いをされているスベジクもしれっとした体で答える。
「いいえ。新しく騎士になった者達の案内しております」
「ふうーん、やっぱり子守じゃないですか」
「子供に見えたのなら、そのメガネを洗っていらっしゃったらどうでしょう、ヒダク騎士」
今度は目に見える程顔をしかめる、中心格なのであろうメガネの騎士。もっと屈辱的な言葉を言い返そうとしているのだろう、咳払いをして、視線を移した。
スベジクの隣に立つ、無表情に。
「おお、こちらがあの有名な女性剣士で?随分華奢な方だな。今度夜会で会ったときに、ダンスを申し込ませて頂きたい」
彼がわざとそんなことを言っていることは、誰の目にも明らかだった。騎士というまだまだな身分と、平民の出というステータスでは、フィルは夜会に出られない。それどころか、宮廷式のダンスの踊り方も、知るはずがなく。
「ヒダク騎士!」
これ以上は聞き捨てならないと、スベジクは立場も忘れ叫んだ。ぐっ、と歯を噛み締める。
セル兄妹とネフタが見習い剣士の時、スベジクは彼らの教育係を担当していた。何を考えているかいまいち解らないふわふわとしたネフタも、問題を起こし過ぎて褒める暇もなかったオーヴァも、結局冷たい視線しか貰ったことが無いフィルも、可愛い後輩。自分ではなく、彼らを侮辱するのは許さないと言わんばかりに怒気を出すスベジク騎士の背中を、フィルとネフタは見た。
「・・・」
ふと、フィルが3歩、足を出す。それはメガネ騎士ヒダクの真正面。
「フィル・セルと申します。この度騎士となりました。ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」
胸に手を当て、ゆっくりと礼をすると、見上げた氷のような瞳がヒダクの足と表情を凍てつかせた。
そして、右手に右腰の柄を押さえて。
「剣舞ならいつでも。お誘い待たせて頂きます」
「・・・!」
ヒダク以下の4人も、一斉に顔を引きつらせた。スベジクはただ驚き、感心する。頭の切れがいいのは知っていたが、こんな風に上手い言葉で切り返すのは見た事が無い。
そもそも、無視を決め込むのがいつもの応対じゃなかったのか。スベジクは、フィルが反撃を打った理由を何となく察して、唇を噛み締める。
・・・俺らも一緒に、言われたからか。
「この、女ぁ・・・!」
ひとりが、剣柄に手を当てフィルを睨みつけた。今にも飛びかかりそうなほどの剣幕にも、フィルは微動だにしないという返答をする。
「目上の者に向かって何という口答えだ!謝罪しろ!」
「目上の者であろうとも、剣を向けられれば剣で応えます。それが剣士の礼儀というものだと、見習い剣士になった日に騎士長に教わりましたので」
「たかが女風情が、騎士に上がっただけで調子に乗りやがって・・・!」
その言葉が放たれた途端、ピキ、と何かに亀裂が入る音が確かにした。
「たかが、女風情?」
低くドスのきいた声に、その場の全員の背に、悪寒が走る。
フィルが息を吸い、左手が剣を勢いよく引き抜く
「――――――――フィル!」
・・・前に戻って来たオーヴァの声で、その動きはぴたりと止まった。
「お前な、挑発に乗って剣抜くとか、師匠に知られたら怖えーぞマジで」
「・・・」
むう、と頬を膨らませるフィルに、オーヴァはトントンと説教を行っていた。
ヒダクが悔しげに、しかし早足で去って行ったあと。スベジクは安堵のため息をつき、それを見ていたネフタと笑い合う。
同じ「騎士」であれど、入った順に偉さが決まる。それがずっと変わらないのは、大半が、いやオーヴァとフィル以外は全てが貴族で構成されているという現状にある。王城付の騎士になろうとするなど、それなりの名前がある者しか考えない。地位を重んじられるそれでは、階段と言うモノは当たり前に存在する。上は見上げ、下は見下ろすのがこの世界の条理となるのだ。
スベジクもネフタも、一応はそんなところで過ごしてきたが、ヒダク達のようなあくどい輩には手を焼く。立場が低い人間に対してあれこれ言う者に、言い返せないのが階下の悩みではなかったのか・・・。
スベジクとヒダクは、臆せず反抗したフィルを、真剣な目つきで見た。きっと彼女ではなくオーヴァだったとしても、この兄妹はきっと打ち返しただろう。
スベジクは微笑むと、言い合う兄妹の肩にポン、と手を置いた。
「まあまあ、そこまでにしておいて。次に・・・」
「スベジク!」
タッタッ、という駆け足に4人が振り返ると、騎士がちょうど辿り着いたところだった。
オーヴァたちもよく知る、スベジクのルームメイト、カセドニ・フェタ騎士。スベジクとは同期であり、だからこそのタメ。ちなみにその名前の音が本人は気に入っていないらしく、愛称で呼ばれている。
・・・という情報は置いておいて。
「どうした、カッゼ」
「討伐隊の編成来るよ!騎士は、術に関係なく全員集合だって言われて呼びに来た!」
「術に、関係なく・・・!?」
術、というのはすなわち、剣術や弓術、拳闘などの種類を指す。どれかひとつ、各々(おのおの)の見習いを経て、騎士になるのだ。例えば副騎士長などは弓術士であったり。
「討伐隊って、何があったんだよ」
カッゼは一度息を吐くと、鋭い表情で口を開いた。
「隣国ユージュの海賊が、一気に港に攻めて来始めたらしい!」