理由と名前と、そして過去。 Ⅲ
長女、ティストア・クインニティリー。
クインニティリー本家の第一子。
その二つは矛盾し、1000年の歴史を覆す。
「お姉様、この花なんですけど・・・」
本当ならば勤務時間外である、昼下がり。熟睡しているはずの俺はまたも狩り出されていた。
「フレンズティニー、だね」
「はい!この花が私とても好きで、私の館にも飾ってもらいたいなって思ってるんです」
齢8つの妹嬢がトアを訪れたため、急遽護衛に入ることになった。何せまあまあの少人数で回っているこの館の兵士だから、使いまわしにされるのは目に見えている。ちなみにされているのは俺しか見た事が無いが。
だだっ広いとしか形容できない程大きな庭園を散歩しながら、姉妹は会話を交わす。まあ、妹の「聞いて聞いて」状態だが。
「フレンズティニーの花言葉はとても素晴らしくて!”愛”なんですって!可愛いですよね!」
「そうね」
口調が違う、でも演技したようには見えないトアは、いつものトアとも、1週間前の王城にいたトアとも違った。―――妹のことは気に入ってるんだな、と何となく伝わる。
「語り話で聞いたんです。人生において「愛」を見つけることが大事だって。私はいつか、”愛”を見つけたいんです!お姉様は、見つけていますか?」
「愛、ね」
フレンズティニーの花びらを見ながら、トアは口をつぐんだ。
「マリア」
「はい?」
「愛っていうのには、いろんな形があるよ。恋愛、友愛、敬愛、家族愛・・・マリアはどれを見つけたいの?」
「・・・憧れるのは、恋愛、ですかね。お姉様は」
「全部」
「ぜんぶ?」
トアはあざけるような表情・・・のような笑顔で、答える。
「つまり好きだったらいいんだよ、その人が」
「好きだったら・・・」
なにか輝いた目で姉を見るマリア嬢に、俺はぼんやりと見ていた。
俺には今の言葉の真意がわかるかもしれない。
それら全てに当てはまる人間がいたとしたら、それは自分にとって一番大事な人だろう。でもそれになかなか出会えないから、人はいろんな人に愛情を持ち、持たれる。
家族、友人、先輩、上司・・・、いろんな人に。
そしてそう思うのは、今の自分にはそれすらも欠けているからだ。
「――――――"I believe all things that you believing.My believe."」
「え?」
突然の呟きに、マリア嬢は首をかしげる。それはそうだ、俺にだって断片的にしか解らない。
「何で言いました、お姉様」
「なんでもない。・・・マリア、そろそろ行かなきゃいけないんじゃない?」
「あ、そうですね!もうちょっとお姉様といたいですが・・・」
マリア嬢は微笑む。
「外、綺麗ですね!」
「そうだね」
館の中であった会話の、続きだった。
「では、失礼します」
マリア嬢の執事や護衛達の元へ駆けていく。手を振って見送ったトアは、自分の護衛である俺に近づいてくる。
「お疲れ様。ごめんなさいね、急に頼んで」
外面のまんまで言う。
「――――――外が、そんなに見たいかよ」
周りに人がいない今だから、言えること。
『綺麗だと思わない?』
「汚いぞ、外の世界なんて、ましてやユージュ国内は。城下は栄えているように見えて裏側の闇が濃すぎるし、治安もよくない。ここの方がずっと安全で、長く生きられる」
「私は今、生きてる気なんてしてない」
トアは、俺の胸倉―――ではなく、単にその辺の服を、ぎゅっと掴んだ。
「籠の中の鳥にはならない。白馬の王子様なんて気味の悪いものも要らない。ティストア・クインニティリーって人生なんてくそくらえだ」
敷地の、最も外れに位置するティストアの館。入り組んだ迷路みたいな庭の、背丈より高い植え込みの陰で、遠くも遠くにしか人のいない場所で、”トア”は吐き出す。
「私は、そんなんじゃない」
地面に、声量は抑えられていても叫ばれたそれは、本心だ。
顔は長い髪に隠れて見えないけれど、掴んだ手の強さと震えと、地面にできた小さな水の跡。
「なん、おま、泣いて・・・」
「連れて行ってって、言った」
震えた小さな、声。
「あなたの故郷に、連れて行って欲しい。そのためにしなきゃいけないことは、全部するから」
「それは・・・ここには戻ってくるんだよな」
「ううん、帰る場所はアルギシアにしたい」
「永住・・・」
これは本当に困惑した。
確かに俺は、アルギシアに帰りたいと思っている。そのための算段を練っていて、そろそろだとも思っている。
それに、こいつは気づいていたのだ。どうしてかは知らないけれど。
「それは・・・俺たちの歳じゃ、厳しいものが色々あるだろ」
「そんなもの関係ない。・・・あなたが行かないなら一人ででも行く」
「お前な。たとえ向こうに行ったとして、何をするんだよ。何かしなきゃ生きていけないだろ」
トアは突き飛ばす様に手を離すと、こちらを見据えた。涙の乾ききっていない、けれど鋭い視線。
「私は剣士だって、ずっとそう思ってる。剣を振って自らを守り人を守る剣士だと。オーヴァとフィルに、剣を教えてもらっていた時からずっと、ずっと」
「オーヴァと、フィル?」
「・・・7つまで、この館には使用人はいなかった。いたのは親の代わりに私を育ててくれた、兵士のオーヴァとメイドのフィルだけ。どちらとも、姿は違えど生粋の剣士だった。たくさん、「ティストア」には必要ないことを教えてくれた」
「―――お前の頭の良さと剣の腕は、その2人のおかげだ、って意味か?」
「そう。本当に幼いころから、私はお嬢様の素質が全くもってなかったって言っていた。ドレスも着ないし食事も下手、ダンスは4回に1回足踏むし、何よりふたりがいつも掛けていた剣にばかりくっついていたって。ずっと剣士になりたいって、それしか言っていなかったって、言ってた
今でも言う。私は剣士になりたい、いや、なる」
それは決意の塊で、それだけ叩こうが殴ろうが、割れることのないもののような気がした。
「フィルに言われた。女が剣を持つことは、ユージュじゃ酷く嫌がられるけれど、隣のアルギシアでは今、それはおかしいんじゃないかって風潮が渦巻いてるって。3年前の話だから今どうなってるかはわからないけれど、アルギシアでもっと腕を磨いて、自分で立てるようになる」
「・・・俺も、アルギシアにいたのは3つまでだ。今向こうがどうなってるのか、たまに港の噂を聞く程度でしか把握できてないぞ」
「構わない。――――――うまくいけばこれは事件になる。その責任は、いつか必ず取る」
俺は思わず、右手に右腰の柄を触った。
広めの鍔に隠れた場所にある、ただ彫り込まれただけの紋章。それは長年の時を経て劣化し、もう完全体ではなかったが、分かる人にはすぐ分かるもの。―――俺の存在証明。
「アルギシア第4王子、ユウ・アルギシア。あなたは、あなたの国に、戻るべきだ」
トアが俺を知っていることなど、とうに分かっていた。
ここに来た日、ユウと上の名だけを名乗ったとき、それだけでトアは気づいたのだ。俺が公にされる前にアルギシアから連れ去られてきた、言わば知られざる王子だというところまで、全て推測で。
「・・・今夜だ」
俺は立てていた計画を、誰にも言わないはずの計画を、口にする。
「今夜はアルギシアへの密航船が出る。次はひと月後だし、夜に出る船だから遭難する可能性も少なくない。同乗者がどういう奴かもわからない。俺の指示に従えるなら、計画にお前を加える」
「分かった。服は、貸してほしい」
「勿論だ」
いつもやるように、バチン、と手を打ち合う。
「まあ逃げるって言い方も悔しいし、そうだな・・・上目指そーぜ。俺達をバカにした奴らを、ぜーんぶ見下してやれるくらいまで」
「うん。―――――――絶対に、2人でだよ。約束だよ」
「たりめーだろ、俺らまだ半人前だかんな」
「早く一人前にならないと、だね」
俺にはなぜか、謎の安心感が生まれていた。
それがどうしてだったかは、未だによく分かっていない。
『火事だ!』
そんな安心感など、早々に焼き払われた。
兵士服になったトアと、2階の窓から飛び降りようとしたまさしくその瞬間だった。月明かりはなく暗い外に、確かに赤い光が見える。
「不味いな、人が集まる。急げ!」
俺の声に、ためらいもなくトアは飛び降りた。空中で一回転、着地で一回転、綺麗に決める。俺も続いて周囲を警戒、その間にトアが裏門の鍵を開けて、俺たちは敷地の外に飛び出した。
『港に行くには、多分森を抜けたほうが速いし人にも見つからない』
その点はトアに同意して、もしもの時のために、息が上がらないよう早歩きで目指す。
「何で火事起きるんだよ」
「それは分からない、この時間に火なんて使わないから、放火・・・?」
轟々と燃えていく館に目もくれず、トアは前を向いて進み続ける。進行方向は任せ、俺は背後を警戒しながら進む。
出会って何ヶ月かにしては、随分息があっているように感じる。何度も剣を合わせ、言い合いをした仲だし、まあそれでもいいよな、と思う。
「・・・ねえ今、どこかで音、しなかった」
「聞こえなかったが・・・念のため警戒――――――っ!」
木々の間、草の茂みの中から、異質な影が飛び出してきた。
それは、鋭い剣を振り上げた、人間。
「っぶない!」
それはトアの真正面で、トアは剣に手を伸ばしつつ躱そうとするが、これは、―――間に合わない。
きらりと光った刀身に、トアが目を見開いたのが分かった。背後にいた俺がどうしてかという言うとそれは、
「――――――!」
何とも言えない感触が、背を伝って脳に響いた。
流石に彼女の目を覆う暇はなくて、その瞳には、どす黒い鮮血が映る。
「ュ・・・」
おまけにバランスが崩れて、トアのいる方に倒れ込む。
「よけ」
ろ。なんて言葉は、要らなかった。
俺が顔面から土に突っ込むのも厭わず容赦なく躱し、大きく隙の出来た襲撃者に切り込む。
「・・・・・・」
背に受けた深い傷の鈍痛で目が開けられず、トアがそれから一体どうしたのかも、はっきり分からない。もしおぼろげな記憶が本当なら、トアは確実に、そいつを仕留めた。――――――死んだかは定かじゃないが、酷い重傷を負ったのは間違いないと、そういう意味で。
ぼんやりと思いだせるのは、
誰か大人のような影が2つ現れて、
どこかに運ばれて、揺られて、
意外な人間に傷を処置されて、それから、それから、
記憶が飛んで、
アルギシアのどこかで目覚めて、トアが駆け寄ってきたことに、安堵したところまでが、
「ユウ・アルギシア」の記憶。
そこから先は――――――――――――
「オーヴァ!?」
「フィル!?」
カイとシトロワが驚きの声を上げる中、当人たちは構わず進み、2人と当主の間に立つ。
「我が国の大事な方々です、何をなされているのか知りませんが、勝手は許されないですよ」
オーヴァが剣の柄を握り、鋭く言う。その言い方は妹そっくりで、・・・いや、妹がそっくりなのか。
「お話をなさるなら、対等に話ができる場所を設けて頂かなければ」
「・・・ほう」
クインニティリーの当主は、関心のような息を吐く。
「いいだろう。お前たちは、アルギシアの兵士か?」
「ええ」
「はい」
物おじしない言い方に、いつもなら頬を引きつらせる先輩も、今は扉の前の兵士を牽制しつつ、笑みを浮かべていた。・・・訂正、ひきつっていないわけではないが、どちらかというと「やってやれ!」という感じに見える。
兄妹の要求に頷き、当主は周りにいた兵士たちに外に出るよう命じた。使用人にはテーブルと椅子を持ってくるよう言い、それらが早急にそろえられると、その者達も外へ出て行った。
「ここが一番人には聞こえぬ部屋だ。防音と外光遮断、その他いろいろだ」
「ありがとうございます」
席に着く。当主側には、マリアとゼルテードも、そして少し引くようにして、2人の男性が居る。
「こちら、兄のソルテナと、弟のレイバルです」
マリアの紹介で、ソルテナはほんの少し、レイバルは深めに、頭を下げた。
つまりソルテナが次期当主、と、今までの話の流れを汲めばそういうことになる。ティストアがいなくなった今、ユージュ側は表面上丸く収まっているはずなのだ。―――アルギシアとの仲以外は。
「俺は完全に政治権を持っているわけではないことは、解ってるんだよな」
ゼルテードの念押しに、フィルは小さく頷く。
「ユージュの政治権は陛下、それからそれについて一番発言権が強いのが、ウィルヘイム当主殿」
「ああ、そう言っても過言じゃないな」
当主は真っ直ぐフィルを見る。フィルがそちらへ向いて、対峙したふたりは、視線だけで何を考えているのか探る。
「アルギシアとの国交回復を、求めに来たんだろう?」
「ええ。話が早くて助かります」
「流石に陛下に目通しなんてできっこないからな。私ならばどうにか介入して会い、説得し、陛下に口添えをするよう持ち掛けることも可能だろう」
「ま、最強の発言権を持っている方だったのは、偶然かつ幸運でしたけど」
「それではそれによって起きるこちらへの利点を、いくつか挙げてもらおうか」
冷たい声が空気を舞う。緊張感が最も高まり、思わず瞬きを忘れた一行が、
「えー、面倒」
フィルの言葉で椅子から転げ落ちた。
訂正、椅子から転げ落ちるかというくらい、逃げ出したい衝動にかられた。
面倒くさい宣言をされた当主は、依然フィルに視線を向けたまま、何も驚いていない。
「それで?」
「そうですね、実のところ、あんまり考えてませんでした。政治とかどーでもいいんで」
「そうか。それで?」
「でも、国交回復させたら、私達、位が上がるらしいんです」
「それで?」
「それだけで突っ込んできました」
「それで?」
それで、しか返さない当主。ネフタが手強いな、と呟きかけて、口を塞ぐ。シトロワに制されたから。
「そんなもの当たり前でしょう」
「そう・・・だけど・・・」
「私達に出来る事は、邪魔しないことよ」
それはネフタだけでなく、カイにも、その場にいるアルギシア側の人間全てに言っているように思われる。
「じゃあ、えっとですね・・・」
フィルが続ける。それは全く観念したようには感じられない。
「まず双方の密貿易の監視が可能、それによる治安の向上、人身売買などの法律で裁かれるべきことをしている者、もしくは組織の摘発を国を跨いで行える。他、海上における国境を定めて、漁業なども蟠りなくすることが可能になり、双方美味しい。他にも・・・」
フィル・セルは、淡々と述べた。その時間にして、3分ほど。
「・・・ま、まだまだありますが、こんなものでしょうか。総じて言えることは、ユージュ側のみに利益が上がることは一切ないということです。そんなことをして、国際社会に批判を買いたくもないでしょう」
そこまで一気に言ってしまってから、フィルは息をついた。
「なかなか、聞き入れるに足るだけはある、と言ったところかな」
当主は少し満足げな表情をして、机につけていた腕を降ろす。カッゼがイメージしていたでぶっちょの傲慢オヤジとは全く異なって、年にしては若く、けれど若造の雰囲気はこれっぽっちも無い。不思議な人。
「それではこちらからも、よろしいですか?」
その人に、フィルは切りこむ。
「どうぞ」
「あなたの国交回復実行計画、結構前から知ってるので、さっさと実行してもらえませんか?」
その言葉は、いつも通り冷たく、そして初めて緊張を含んだ、声。
当主は、すぐさま口を開く。それは、なんで、でも、どうして、でもなく。
「成程」
納得という一言だった。




