その門を叩くまで、まだ引かれる道しるべ。 後編
「これより、王城付剣士見習いの試験を行う」
明らかに重そうな、装飾の細かい鎧を着た騎士長が壇上に立った。その横には、おそらく騎士なのであろう剣を装備した者達がずらりと並ぶ。
みな、剣士見習いを経て騎士へとのぼった腕立ち。少しずつ形の違う装備を着けた彼らを見て、オーヴァとフィルは息を飲む。精悍な顔つきが並び、しかと立つ彼らの周りは空気が止まっているかのように静かだった。
フィルはさらに視線をずらし、ふと目を留めた。視線を動かさず、オーヴァの服の袖を引く。
「・・・あの人」
「・・・ああ、あれか。オーラが違ぇな。誰なんだろ」
「さあ・・・、でも偉そう」
騎士長の後ろに立っている、黒髪の少年。年は二人よりも少し高いだろうか。しかし、騎士長よりも位が高いのか、直立する騎士とは違い、腕を組んで突っ立っている。白いマントがふわりと風に揺れ、中にぴしりと着られた服と、身につけられた紋章が見えた。
そして黒髪の隙間から視線が動き、
二人と目が合った。
「「――――――――!!」」
オーヴァとフィル、そしてその周りに立つ受験者たちも、背筋が震えた。
その紋章は、アルギシアの民であれば誰でも知っている。そしてそれを身につけることが出来るのは、・・・・・・王族のみだということも。
「試験内容を説明する。心して聞け」
騎士長の言葉に、ざわめくことも無く瞬間は過ぎた。が、オーヴァはまだ彼を見上げたままだった。当然目が合うのも構いなく、じっと見つめる。
ふと、彼の口元が緩んだ。
オーヴァは目を見開くと、反射的に小さく手をだしフィルを庇う。試験内容の説明に集中しているフィルは、オーヴァの行動に全く気付いていない。
小さく笑った意味。思い切り見下されたようにしか考えられず、オーヴァは王族であることを承知して彼を睨んだ。それを見た彼は、ほう、という表情に変わる。
視線が参加者全体に逸らされると、オーヴァはほっと溜息をついて、小さく上げていた左手を降ろした。
「オーヴァ、どこ見てんの」
「!?」
フィルがこちらを向いたことにびくりと震える。今さっきの行動がバレていないか、ひやりとするオーヴァに対し、フィルは一言。
「今の説明、聞いてた?」
「・・・あっ」
試験内容はいたって簡単だった。
トーナメント式の試合対決。2ブロックに分かれ、両ブロックの優勝と準優勝、計4人が試験合格となる。ブロック及びトーナメントの配置はランダムで、くじ引きで行われる。
剣は公平を期す為に、用意された木刀を使うこと。他の武器は使用してはならないこと。体術は使っても構わないこと。・・・と騎士長が言ったことを、フィルはそのまま繰り返した。
「勝ちの判断は?」
「寸止め、とった方が勝ち」
「了解だ」
その後くじ列に並び、二人は押し黙った。周りがそう言う雰囲気ではなく、何が何でも勝ち取ってやらねばならないという意志が濃く漂う。前ではくじ箱の中をかき混ぜ、自分が勝てるような相手を祈っているのだろう者や、その後ろで自信満々に立っている者もいた。
いよいよ箱の面前。目の前には、くじを確認する、または不正をしないか監視する兵もいた。オーヴァは迷いなく手を突っ込み、勢いよく紙を取り出す。混ぜたって結局一緒だと解っているため、なんか面倒くさかったのである。緑色の紙に、3と書かれていた。
「緑ブロック、3番だ。・・・次」
列からはけられ、集合場所に少しずつ歩みを進めながら、オーヴァはちらりと後ろを向いた。そこでは、自分の後ろに並んでいたフィルが箱の前に立っている。
流石は双子。迷いなく紙を取る様は、瓜二つで。
「緑ブロック、16番。・・・次」
オーヴァは少し安堵する。これならば同じブロックでも、当たれるのは決勝だけだ。そして決勝に出れば、両方とも合格できる。
フィルの吊り目がちの瞳がオーヴァを捉え、小さく頷いた。
オーヴァは返事の代わりに笑顔を向けると、きっ、と前を見据えた。
ここから先は、お互いひとりの戦いだ。
「――――それでは、クーザ・エネトル対、オーヴァ・セルの試合を始める。両者用意はいいか」
緑ブロックでは、2度目の試合が行われようとしていた。フィルは待機、もしくは観戦のための席の隅の隅の隅に座り、オーヴァを眺めていた。
「君、今試合してる彼と一緒に来てたよね?彼、どんな感じなの?」
ふと、軽い調子で話しかける、まるで軟派男のようなやつが近づいてきた。
まだ15と幼いものの、女性剣士は珍しい。お近づきになりたい者も多いだろうと、オーヴァから聞いていたフィルは、結わえた赤髪をちらりと動かし、男を見た。
瞬間、男の表情が引きつり、一歩引く。
「あっ、何でもないです、すみません」
何故引くのか、フィルには解らなかったがとりあえず試合場に顔を戻す。
彼女の冷ややかな視線の威圧が、男を射竦め、また近くにいた参加者を何人も引かせたことは、彼女の知るところではない。
段上では、剣先を小さく上げ、審判役の騎士に応える両者。
「では――――、始め!」
クーザは地面を踏みしめ、瞬時に間を詰める。
この男は、20歳程の青年。爵位あるエネトル家の次男だ。
家は長男が継ぐために、兄の言いなりになることを拒んで騎士へと志願したのだ。正直剣の腕には自信があり、目の前の単なる少年など、自分の相手になるかという評価だった。
それもそのはずだろう。来ている服は、普通の街に売っているような平民の服。体つきは細く、筋肉はついているようだが、まだ子供と見受けられる。十分に剣の技を得ているかもいまいちだ。
勝機を得た笑みを浮かべて、クーザは上から切り込みをかける。それは綺麗で、きちんと修行をしていることが見て取れた。
対してオーヴァは場から動かず、交差状になるよう受ける体制をとる。
そんな小さな体で、自分より身長も年も上の相手の攻撃を受けられる筈がない。勝負は決まったな、と観戦席では口々に話している。と、時を同じくして、激しく剣の衝突する音が響いた。
・・・終わったな。
実際、クーザの綺麗な切りこみは、そう判断するに足る腕を表していた。強いことはすぐに分かり、観客も次の試合へと思考を移しかけていた。
・・・が。
「!?」
カァン、と再度響いた音に、クーザは反応が遅れた。
その瞳が捉えたのは、自分のはじき返された剣と、次の姿勢に入ろうとするオーヴァの剣。
オーヴァは柄を相手に向け、姿勢を低くして駆け出す。攻撃を感知したクーザは受け身をとった。初撃とは逆の立ち位置。
クーザは、技がギリギリまで分からないように柄をこちらに向けているのだ、と理解してはいるようだ。頭が足らないわけではないのか、とフィルはふんと鼻を鳴らす。
しかし、やっぱり至らない点がある。ちょっと考えてみれば分かることだろう。
自分が圧し負けた相手の攻撃を、自分は受けて耐えることが出来るだろうか?
否。
オーヴァはありったけの力と、体重を乗せた攻撃を上から振り下ろした。
横に構えて受けたクーザが、勢いに押され尻餅をつく。次にはもう首筋に竹刀が当てられていた。
「―――――そこまで!勝者、オーヴァ・セル!」
観戦席にどよめきが広がった。
20の、上等な剣術の稽古を受けているであろう青年が、年齢下限ぎりぎりの平民少年に負けるとは。
オーヴァは剣を降ろし、代わりに左手を差し出した。唖然としたクーザがそれを見上げ、すぐさま立ち上がる。
「おっ、お前の手なんか借りなくても普通に立てるわ!」
「・・・握手の、つもりだったんだけど」
「え?」
3番と4番の試合が始まり、オーヴァは観戦席のフィルのところに戻って来た。
「・・・お疲れ」
「ああ。全然疲れなかったけどな・・・」
呆れた顔して答えるオーヴァに、フィルはふっ、と笑った。
「珍しいな、お前が笑うの」
「・・・そう?」
「吊り目のせいでめっちゃ怖えーけどあいたぁ!」
思いっきりどつかれ、動けなくなるオーヴァに、フィルはふん、とそっぽを向いた。
「まあ勝ってよかったんじゃない、初戦は」
「初戦はって・・・お前こそ負けんなよ」
「当然」
やがて、出番は移る。
「それでは、フィル・セル対、ギーギス・ミドクの試合を始める。両者準備はいいか」
お決まりのセリフ。1回戦はこれで最後、緑ブロック16人のうち8人に絞られる最後の戦いだ。
階段を上がって来た男を見て、フィルは顔をしかめる。
――――軟派男と、適当に呼んでいたアイツである。
ふざけるくらいビラビラと舞っているコートを纏う、お坊ちゃまに切れ者を足して割ったような顔の青年。意味ありげなアイコンタクトがギーギスから飛んで来て、首を傾けて避けつつ。
フィルはこの試験会場に来る前、師匠に言われたことを思い出した。
「フィル、お前には一つ忠告しておくことがある」
「なんですか、師匠」
最後の仕上げが終り、オーヴァが先に荷物を取りに駆けて行くと、残ったフィルは師匠に呼び止められた。
「あの試験に出るのは、主に家から推薦の受けられない低い位を持った貴族が殆どだ。お前らが貴族嫌いなのはよく知ってるけど、決して」
「血を流すな、ですよね」
「ああ。分かっているならいい。・・・オーヴァよりもお前の方が、鋭利で痛い氷に見えたから、一応言っておく」
「オーヴァだって一緒ですよ」
「そうか」
師匠は柔らかな表情を浮かべると、フィルの頭をガシガシと撫でた。
「痛いよ、お父さん」
「おう」
「えーりでいたい、こおり」
ぽつりと、フィルは呟いた。目の前で不敵な笑みをし剣を構える目の前の軟派男を、睨みつける。
オーヴァと、上へとのぼりつめて、自分たちを嗤ったやつらを見下ろすのだと決めた。ここで止まってなどいられないのだ。
けれど、構えに入った動作に、滲み出る巧さ。左手に握る剣に、ぎゅっと力を込めた。
一方、ひとつひとつ動きが小さすぎて、審判はフィルが微動だにしていないようにしか見えず、苛立っていた。ギーギスは剣を構えて待っているのに、いつまで待たせるのかこの女、と。
「準備はいいか、フィル・セル」
小さく頷いたのを見て、審判も、観戦席も、そしてギーギスも驚いた。
フィルの剣の切先は、明らかに地面を向いている。だらんとした腕から垂れ、あまり力が入っていないのか少し揺れる剣。
「ふざけないでよ、諦めた?フィルちゃん」
構えから少し剣をずらし、空ではなくフィルに向けて真っ直ぐ剣を突き出した。ギーギスの挑発を見ても、フィルはやっぱり動かない。審判に向かって、
「・・・始めて、ください」
ひとことだけ言った。
兵はまだ惑いながら、取りあえず手を上げた。
「それでは――――――、始め!」
声が響いた直後、
お互い一歩も動かなかった。
「・・・おいおい」
観戦席からは呆れる声が浮く。先程フィルが座っている席で、オーヴァはひとりごちていた。
「あーあ、やっちゃった」
フィルとギーギスの間では、1㎜単位の読み合いが火花を散らしていた。お互い剣先を微妙に動かし、どこから出るかを計っている。
ギーギスには、ある考えがあった。
この娘と一緒に来ていたオーヴァの戦いは、このブロックの中で最短の試合時間だった。ということは、きっと剣を交えれば一瞬で突かれる。苗字が同じであった以上、どちらが上かは知らないが兄妹であるに違いない。そして兄弟というのは、似るところがある。初手で相手を読むために自分は動かず、相手を待受けるだろう。そう読んだギーギスは、敢えて初撃を叩き込みに行かないでおこうと思ったのだ。
そしてその読みは当たり、フィルは動かなかった。
ギーギスは、オーヴァとフィルの戦い方が、決して同じだと考えたわけではない。性別も違えば体躯も違う。パワーに長けるオーヴァと同じ戦い方は出来まい。
その考えは、確かに妥当であった。
フィルはぴっ、ぴっ、と微妙に剣を動かしながら、出る隙を窺う。
4秒が経った、その時。
動いたのはフィルだった。
ギーギスは驚き、すぐさま弾く。
それはフィルから動いたことではなく、明らかに出るタイミングがおかしかったことによるもの。向こうにも、自分が今の出を読めると分かっているはずなのに。
何故意表をついた剣戟を打ってこない?読み合いの4秒間はまるっきり無駄になったのではないか。
考えながら、2手目も弾いた。フィルは低い位置から、再三剣を翻す。
全ての攻撃を避け、弾いたが、ギーギスは焦っていた。
彼はまだ、攻めに一度もまわれていない。
その隙を、フィルが作らせないように立ち回っているのだ。まるでギーギスのまわりを踊り回るような動きを見せるフィルに、観戦席からは感嘆の声が漏れた。
一方ギーギスは、悔しく歯を食い縛った。先程睨まれ引いたのですら、だんだん屈辱へと変わっていく。しかし、冷静なままだった頭の片隅が、ちらりと騎士長の言葉を反芻する。
『体術は使っても構わない』
左手がフィルの肩を掴んだ。それは左利きであるフィルの、剣を持たない腕の方で。
「―――――!」
どん、と押された。バランスを崩し一歩引く程度だったが、攻撃にまわる隙をつくのには十分で。
その時が来た、と言わんばかりにギーギスは横薙ぎを仕掛けた。
観戦者がそのカウンターに、おお!と。
そして、オーヴァはくくく、と笑い声を堪えていた。
「なっ・・・」
空を切った剣に、空を切らせた者の動きに、ギーギスは目を見開く。
この世界に、バック宙をする女性、いたんだ・・・。
シュッ、と音がしてギーギスが我に返る頃には、その鼻先に剣が突きつけられていた。
「そっ、そこまで!勝者、フィル・セル!」
はぁ、と息を吐いて、フィルは汗を拭った。剣を降ろすと、真っ直ぐにギーギスを見る。
「・・・負けたよ、フィルちゃん」
「その呼び方止めてください」
ツンとした声でそう言うと、さっさと段から降りていくフィルの背中を見て、
「負けたよ・・・」
信じられないという顔をしながら、ギーギスがへたり込んだ。
トーナメント戦は続き、緑ブロック決勝は、最年少の二人が戦うという類を見ない光景となった。
3分健闘するも、決着はつかず―――――
今年の合格者は、まさかの最年少、そして平民の双子兄妹が半分を占めた、異例の結果となった。
歯噛みしながら帰っていく不合格者を背中に、双子は他二人と同じように騎士長を見る。
「お前たちは、見事合格した。明日より・・・」
説明が始まり、オーヴァは片耳に流しながらフィルを見た。
その顔は、楽しそうで、やっぱり無表情。
「・・・というわけで、今日は解散だ。お疲れ様」
ねぎらいの言葉をかけると、騎士長と騎士たちは城内に入って行く。その中には、紋章を着けた少年も。オーヴァはとりあえず、誰なのか調べてやろうと、その翻されたマントを睨みつけた。
「オーヴァ、どこ見てんの」
「!?」
若干のデジャブを感じつつ、オーヴァはびくりと震えた。呆れたようにフィルは、試験前と一字一句同じ言葉をかける。
「今の説明、聞いてた?」
そして、月日は流れに流れ、3年が経ち・・・
双子の物語は、いよいよ本編に入って行く。