その門を叩くまで、まだ引かれる道しるべ。 前編
8/29 一部修正しました。
オーヴァ→オルヴァーになってたことに今気づきました。申し訳ありません。名前を間違える大失態。頑張ろう自分。
朝はめまぐるしく回る。
「おはようございます、ペンネさん」
「あら、おはよう。いつもありがとうねぇ。特製パン三つで良かった?」
「はい。朝の焼きたてが美味しいですから」
店頭では、ペンネと呼ばれた女性が焼きたてのパンを袋に包みながら、お客さんに笑顔を向けている。暖かな光がガラスを通り、中に漏れている店内。早朝だというのに、この店の特製パンを求めてやってくるたくさんのお客を照らし出していた。
「そういえば、あの二人、朝にはいませんねぇ」
「あはは。早起きが苦手なのよ、二人とも。昼もたまに手伝ってるだけだしね」
「そうだったんですか。私はてっきり跡継ぎのために働いているのかと」
その言葉にペンネは一時停止。客が首をかしげるのを見て、口に手を当てて吹き出した。
「・・・あははは!あの子たちにパンは無理よ」
「そうなんですか?女の子の方とか、手先が器用そうでしたけど」
「手先、って言ってもねぇ。あの子たちは旦那の生徒だから」
事情は知っているのだろう。ペンネの言う意味を客は理解すると、なるほど、と頷き代金を渡した。
ふと、客は足に小さな揺れを感じて、同時に耳に小さくドン、という音が響いた。
「・・・あれ、なんか今音がしませんでしたか?」
ペンネは気づいているのかいないのか、笑顔で答える。
「そう?きっと勘違いよ。はい200リルね、まいどあり」
「そうですかね。ありがとうございます、また来ます」
客が店を出て行き、少し勘定台が空く。その隙に、ペンネはちらりと後ろを振り向いた。
「またやったのね・・・」
視線の向いた先。
厨房から続くリビングを抜け、階段を上がった先にある部屋。
ペンネが心配になるようなこと、それは。
「あいてててて・・・」
「だからいつも下のベッドで寝ろって言ってんのに・・・」
「オーヴァだって私と一緒で寝相悪いくせに」
「んなわけねーだろ、ちゃんとベッドの中に納まってる」
「じゃあその向こうにふっとんでる毛布は何?」
「あれは・・・!フィルが落ちて来たのにびっくりして吹っ飛ばしちまったんだよ」
思いきりぐちゃぐちゃになったベッドの前で、思い切り口喧嘩をする”二人”がいた。
オーヴァと呼ばれたのは、二段ベッドの下役である少年。フィルよりちょっと背が高く、光る黒髪をぼさぼさのままの容姿をしている。揚げ足を取られたのを、必死に弁明している。
そして弁明先の相手、二段ベッドの上役である少女フィル。赤い髪から冷たい視線を覗かせ、オーヴァを見上げ攻め返していた。
二人は同い年の15歳である。生まれた日時の微妙な上下は無い。
つまりは、全く似ていなくても、双子である。
「とにかく私は絶対上じゃなきゃ嫌。・・・てっ」
フィルが一瞬顔を歪ませて、肩のあたりを押さえたのを、オーヴァは見逃さなかった。
「今日はそこ打ったのか。ったく・・・利き手の方じゃなくてよかったな。湿布は・・・と」
むぅ、と無表情に頬を膨らませつつ、フィルはオーヴァに湿布を貼ってもらった。赤くなった右肩の裏側が、ぴりりと痛む。世話焼かれるのが余計いけ好かなかったのだろう、フィルはそっぽを向いた。
「ほら。早く行かねーと、師匠に怒られるぞ。お前らまた寝坊か!って」
「・・・ん」
さっきまでの論争を仕切り直し、けろりとした顔でふたりは支度を始める。
二段ベッドで仕切られた部屋。大きくデザインの違ったインテリアがせせこましく並び、それぞれの個性がすぐに見て取れる。しかし残念なのが、オーヴァは黒と青を基調にしたモノトーンなデザイン、フィルは赤と白で埋め尽くされたバランスを考えないデザインで、これがどうもお互いの性格と正反対であるというところ。
狭いと言ったが、窮屈なほどではない。ちゃっちゃと準備を終わらせて、先に出て来たのはフィルだった。
女の支度は遅い、なんて。それは人によることが証明されるな。オーヴァが呟くと、そんなことどうでもいいから、という温度の低い返答。
二人同時に部屋のドアから飛び出すと、一気に階段を駆け、リビングを通り、厨房へ。
店に立つ母への挨拶は、毎日の恒例だ。
「「おはようございます!」」
王国アルギシア。海と山とに挟まれ、何処にいても空気がいいと隣国の者達が観光に訪れる。自然に富むだけでなく、独自の機械技術など文化も多々。大きな内乱も無い、ごく平和な場所になる。
朝から活気溢れる、王城に続く大通り。古くから開かれる伝統の朝市には、大勢の街人や観光客が訪れていた。この通りの一角に店を構えるペンネも、こんなチャンスを逃しはしない。呼び込み嬢の声が高らかに響き、またいい匂いが客たちの足を絡め取っていく。
そして二人の向かう場所は、そんな通りの裏の、少し広い敷地。半分は武道場のような建物で、半分は広い更地になっている。
ここは、ペンネの夫であるトビデの営む剣道場。竹刀だけではなく、本物の刃も構えるれっきとした一流派の門なのである。
オーヴァとフィルは建物に駆けこむと、おはようございます!と精一杯誠意をこめて挨拶。せめての思いで昨日よりもちょっと大きな声なのだが、そんな薄っぺらい謝辞の意がトビデに通じるはずもなく。
「また寝坊か、お前ら」
「「すみません」」
「ほら、外10週、走って来い」
父であり、そして師匠であるトビデにいつものセリフを言われ、二人は渋い顔をしながら外に引き返す。
更地とはいえ、固い土に覆われた広いもの。建物を建てる為だけが更地ではなく、時に試合、時に走る為にもそれは存在するのだ。
スタートラインである扉の直線状に立つと、フィルがオーヴァに視線を向けた。
「競争、先についた方が、甘いもの奢る」
「・・・上等だ!」
そして同時に土を踏みしめる。
走るとはいっても、胸当てや腰に吊った剣はそのままだ。重い体を無理やり動かしながら、息を上げる二人。道場内の窓からちらりと視線を動かして、柄に手を当てた男は師匠に話しかけた。
「毎日凄いですよねぇ彼女たち」
「ハトベ、見てないで突きの練習しろ。百回だ」
「百回!?」
「よそ見の罰だ」
ハトベは、二人の先輩剣士である。苦笑いしつつ、柱に向かって剣を構えた。様になっているのは、もちろんのこと。
目を閉じる。浮かぶイメージは、精神を全て剣に込めるような。
「――――――――――――――1!」
「・・・99、100!・・・終りました、師匠」
「こちらも、俺の勝利でおさまりましたよー」
ハトベが100の突きを終えたのと同時に、オーヴァがドアを開いて中に入って来た。その顔は涼しげで、後ろから、ぜいはぁと息を荒げたフィルに鋭く睨まれている。
この10週走においていつも勝つのはオーヴァだと解っていながら、賭けを持ち出すのはいつだってフィルだ。自分を奮い立たすためか、もしくは単なる意地なのか。そうは考えるものの、オーヴァは奢ってもらえる利益を失いたくないので何も言わない。
「ようし、じゃあ稽古の前に、話しておくことがある」
師匠は3人を集めて座らせ、自分もドスンと腰を下ろした。3人の前にぴっ、と掲げるは一枚の紙。
「・・・王城付剣士見習い募集要項?」
即座にフィルが一番大きな文字を読み、細かく装飾されたその紙を受け取った。真ん中の頂上には、王家を意味する紋章も入っている。
「そうだ」
「なんだそれぐほあっ」
紙を覗き込んだオーヴァが、失言のおかげで左右の二人にどつかれ悶えている間に師匠は話を進めていく。
「まあ若干一名は除いて解っていると思うが、王城の兵の見習いが募集されている。お前たち、これを受けてみる気はないか?」
瞬間、空気がピンと張りつめた。”若干一名”は空気が読めていないが、代わりにフィルが口を開いた。
「それを・・・どうして私たちに?師匠」
「お前たちにはもっと強い相手が必要だと、そう思った。もう十分俺の剣術は仕込めたはずだ。次は外の世界の剣士を見て、剣を構えてみろ。相手にするのに、最難関の門を叩いた者はいい」
「それぜってー、門すら叩けねぇ気もするけど・・・」
王城付の剣士見習いというのは、もちろん王城の中で訓練を行う。つまりは王族の近くで剣を振るうということだ。相当な凄腕でなければなれない挙句、100人近くが応募するのに対し、合格は両手にも満たない数になると聞く。もしくは、その大半が貴族だと噂されてもいる。
それを知っているのだろうが、師匠は笑って紙を差し出すのだ。
「酷い話だ・・・」
「何か言ったか?」
「いいえなにも」
これ以上痛みに耐えるのはごめんと言わんばかりに、すっと背筋を伸ばしてオーヴァは答えた。
「他の奴らにも何人も勧めてみたんだが、全員断られたよ。お前らが最後だ」
「・・・師匠、僕は、申し訳ないですが断らせて頂きます」
ハトベは、そう言うと頭を下げた。
何か返そうとしたが、その前にハトベ自身が口を開いたので、師匠は黙る。
「実は、前々からお話ししなければならないと思っていたのですが、僕の家がその・・・、貴族とまではいきませんがそこそこ格式のある家でして。この度次期当主として家のことを手伝えと言われまして、ここもやめなければいけなくなったのです・・・」
寂しそうな、申し訳なさそうな顔をにじませて、ハトベは顔を俯かせた。
対して師匠は、
「そうか」
の一言だった。
「もっと言葉ないのかよ」
「オーヴァが喋り過ぎなだけ」
師匠はとりあえず、二人のことは横に置いておく。
「構わん。俺がこれまで教えたものは、無駄にならん自信がある。頑張れ青年」
「・・・あっ、ありがとうございます!」
ハトベは先程と違う意味で、深々と頭を下げた。
「じゃあ、その話はまた後だ。お前らは?」
オーヴァとフィルは顔を見合わせる。
そして、寸分も狂っていない同じ動作で振り向いた。
「「答える必要、あります?」」
3日後。
二人は愛剣と共に、肩を並べて王城へと赴いた。オーヴァは黒と青、フィルは赤と白の、あまり良いものとは言えない服装。15とはいえまだ幼い顔立ちの彼らが、王城の一門の前に立つと起きることはもちろん、
「・・・君たち、ここに何の用だい?」
番兵に話しかけられることである。
試験の参加者を通せるよう、門は開いており、実際に入っていく人たちもいるのだが。
「本日この時間から、王城付剣士見習いの試験があると聞きやって参りました」
オーヴァが珍しく丁寧な口調で答えると、番兵は一瞬ぽかんとした顔を浮かべ、次に笑い出した。
「王城付剣士見習いって・・・君たちがかい?それにお嬢ちゃんも」
「15歳だし、女性は駄目って制限もなかったので、年齢制限ぎりぎり大丈夫と思ったんですが、駄目ですか?」
皮肉に対して、しっかりと皮肉を返すオーヴァ。番兵はそれもまた面白かったのか、口を押えて吹き出す。
「いいや。せいぜい頑張って来てね」
フィルが一礼をし、二人は歩き出す。周りを歩く同じ参加者たちも、二人を見下ろしては笑みを浮かべて通り過ぎていく。それらは全て男で、フィルは顔を歪ませた。
今日の状況において、女性剣士というものは指折り数えられるほどしかいない。女は家事をやるもの、いて商人くらいという昔々からの思考が根を張り、そこから外れるような者はほとんどいないからだ。
「オーヴァ」
「何?」
「この試験合格すれば、立場は番兵より上」
「・・・そうだな」
番兵や外の見張り兵などは、地方の騎士団などからやってくる基本平民最上級の部類だ。
対して王城付剣士見習いは、見習い期間を終えればそのまま王城付きの剣士。城内の警備や、最も上を指せば王族の側近になれる。超エリートコースなのだ。見習いとはいえ番兵よりも上位となる。
フィルの視界には、上質な服を着て、上質な剣を吊るした、いわば貴族しかいなかった。ちらりとよぎるもの、自分たちが常に上の上を目指しここにきている理由を、彼らの笑みが彷彿とさせる。
そのことが気にくわず、顔をしかめると、オーヴァに視線を移した。
その声は澄み、普段より幾ばくも温度の低い氷のような響き。
「見返す」
双子の片割れは、フィルの思考も、決意の塊も理解し、しかと頷いた。
「・・・当たり前だろ!」