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シンデレラ~Ver.M~

 優しかったお母様が死に、代わりにやってきたのは、暴力や暴言が当たり前の女性だった。

「今日からこの人がお前のお母さんだよ」

 そうお父様は言ったけれど、とてもお母様だなんて思えない。だって顔も違うし、私への接し方も違う。

 壊れものを扱うように大切にしてくれたお母様とは違い、新しいお母様は何かと私をののしり、簡単に叩くのだ。

 さらにこの新しいお母様には二人の娘まで付いてきた。年齢は二人とも私よりも年上で、いままで一人っ子だった私にお姉様が二人も出来た。

 けれども私が想像していた姉妹とは違い、キャッキャウフフという和やかな雰囲気にはならなかった。

「シンデレラ! このドレス、直しておいてって言ったじゃない!」

「シンデレラ! 朝食にはラズベリーのジャムをだしてって言ってあったでしょ、これはブルーベリーじゃない!」

 今日も、ヒステリックな姉の声が部屋に響く。

「ちょっと聞いてるの?」

「ほら早く、ラズベリーを出してよ」

「あの、お二人同時に言われても……」

「ごちゃごちゃ言う前に体を動かしなさいよ」

 あ、来る。その瞬間、ティーカップが飛んできて頬を打った。

「っ痛!」

 そのまま床に転がる。

「もたもたしてるのが悪いんでしょ。早くドレスのほつれてるところ直して!」

「ほら、さっさと立って。ラズベリーちょうだい」

 ツメの先程も心配することなく、お姉様達は要件を押し付けてきた。

「……はい」

 頬全体にじわりと広がっていく痛みを感じ、唇をかみしめ、顔を見られないように俯いた。

 だめ。だめ。絶対にこんな顔みせたくない。

 私はドレスを抱えて、足早にその場を後にした。

 部屋に戻った私は、仕方がないので、言いつけられたドレスのほつれを直し始めた。

 出ては入る銀の針。機械的に手を動かしながら、その鋭利な先端に目を奪われる。

 ……この針で刺したら痛いかしら。

 昔の自分ならそんな風に思うことなんかなかっただろうけど、今ではそんな事を考えてしまうまでになっていた。

 自分が……嫌い。針で刺したら、なんてはしたない想像をしてしまうのは、貴族の娘の思考としては間違ってる。

 シンデレラと呼ばれてはいても、私は貴族。そんなこと考えちゃいけない。けれど、それは寄せて返す波のようで……とても自分ではあらがえない。

 ドンドンドンッ! ドアが打ち鳴らされた。

「シンデレラ! シンデレラ!」

 甲高い声が、シンデレラを現実に引き戻す。

 あぁ、お姉様だわ。きっとまた私を叱りに来たのね。

 手に持っていた服と針を置いて、素早くドアを開けると、そこには予想通りお姉様の姿があった。

「どう……」

「ちょっと! 私はお腹がすいてるのよ! ドレスよりもジャムを持ってくるのが先でしょ!」

 私がどうしたのと問う前に、お姉様が唾を飛ばしてそう言った。

「ごめんなさい。今用意するわ」

「まったく、言われないと分からないなんて……ホントグズね。ほら、さっさと来なさいよ」

 グイグイと腕をひかれ、その力が強くてじーんと痺れた。

 私はまた、顔が上げられなくなった。



「えっと……果物も買ったし、お姉様が言っていたドレスの生地も買ったし。それから……」

 よいしょっ、と荷物を抱え直しながら私は頼まれていたものを順に思い浮かべていく。……うん、一通り買ったかな。

 買い忘れがあればまた殴られる。そう考えて、つい癖で下を向いてしまった。

「ドロボー!」

 振り返ると、声は商店街の店から上がったようだった。

 ……って、もしかしてナイフ持ってこっちに向かって来る人が泥棒さん?

「邪魔だあぁ! どけコラアァ!」

「ヒッ! きゃああああぁぁぁぁぁぁ!」

 あっという間に泥棒さんに捕まって、荷物をドサドサと落としてしまう。

「動くんじゃねぇぞ! この女がどうなってもいいのか!」

 首元で光るナイフ。ぞくぞくとした感覚が全身を駆け巡った。

 そのまま引きずられるように路地裏へと連れて行かれ、ひとけがまったくない場所でようやく首から腕が外された。けれどそのまま両手を後ろで掴まれてしまい、動けない事には変わりない。

「ッチ。まだ表の方では俺のことを探してるみたいだな……。まぁいい。こっちに人質がいる以上誰も手を出すことができないんだからな」

 泥棒さんが私を見て、そう呟いた。

 目……血走ってる。下手な事をしたら、手に持っているナイフで切られるかもしれない。

「……いい」

「あん? なんだ女、何か言ったか?」

「いえ、なんでもありません」

「いいか? 下手な動きをしたら、これで……スパッといくからな」

 目の前を横切るナイフ。その存在感に押され、ついに私は感情を抑えきれなくなった。

「――切って」

「は?」

「そのナイフで私を切って。顔でも腕でも足でもいいから」

「……何言ってんだ?」

「そのナイフで私を刺して!」

「こ、断る! なんだって人質をむやみに傷つけなくちゃなんねぇんだ。人質が死んじまったら意味ねぇだろ」

「死なない程度にお願いします」

「図々しいな!」

 殺されちゃったら痛みも何も感じられない。そう、殺されちゃダメなんだよ。少しこう……痛いなぁ~、くらいの感じが良いのよ。

「皮をむくだけでもいいから、ね」

「食材か! 何が皮だけだ。皮を剥がれて血まみれの人質なんて連れて歩けるか! 汚れてしょうがねぇ」

「じゃあ、もういい。ナイフは良い、殴って。はい」

「なんで頬を突きだしてくるんだ。殴らねぇし」

「蹴りでも可」

「そういう問題じゃねぇ!」

 なんだってこんなのを連れてきちまったんだ、と泥棒さんは嘆いていた。

「もう……なんて酷い人なの」

「どっちかっつーと殴る方が酷い人だからな」

「こんなにお願いしてるのに……」

「人質が捕まえてるやつに言う願いじゃねぇよ」

 そうこうしているうちに足音が複数近付いてきた。

「早くして、人が来ちゃう!」

「それ俺のセリフな」

 両腕を後ろで掴まれたままグッと引っ張られる。

「あ、こ、転んじゃう。こんなところで転んだら、すりむいて傷だらけになっちゃううふふふふふふ」

「しょうがねぇ」

 せっかく転びそうだったというのに、泥棒さんは私の体を反転させて右腕だけを引っ張る体勢に変えた。

「酷い! なんでことごとく私の邪魔をするの?」

「お前自分の立場を思い出してみろよ!」

 細い道は終わりにさしかかり、表通りの喧騒が聞こえてくるようになった。

「おい女、役に立ってもらうぜ」

 表に出た男は私の首にナイフを突き付けたまま周りに向かって声を張り上げた。

「近づくんじゃねぇ!」

 近くに人質を連れた泥棒がいるというのはすでに伝わっていたようで、周りはパニックになることなく、ただただ緊張した雰囲気になった。

「お、おい……」

「あの子……」

 周りの人間が口ぐちに何かを言い始めた。

「なんだ? おい、静かにしろ!」

「でも、なぁ?」

「そんな風に見えないけど」

「けど、おかしくないか?」

「そうよ。普通命の危機にあんな……笑ってなんていられないでしょ」

 周りの人間の目が、泥棒さんのものも含めて一斉に私に向けられた。

「そ、そんなに見つめないで」

「って、テメェなに笑ってんだ」

「だってナイフが目の前にあったから」

 太陽の光をキラキラと跳ね返すそれ。その美しさに似合わず、人体に多大なダメージを与えてくれる。そんなものを見せられては、興奮が抑えられないのも無理はなかった。

「あの子も泥棒とグルだったんだわ」

「どうりで仲良さそうに話してるわけだ」

「違う! この女はれっきとした」

「人質は存在しない! 二人まとめて捕まえろ!」

「やめ、やめろ!」

 周りを囲んでいた人達の中で、体格の良い男達が一斉に飛びかかってくる。あっと言う間にもみくちゃにされ、地面に押しつけられた。

「はぁ……気持ち良い」



「まったく、なんて恥さらしなの!」

 泥棒の仲間と間違えられた私だけど、あの泥棒さんは常習犯だったらしく、これまでの事件と私の関わりがないということですぐに解放された。

 けれど間違われるだけでも恥だと考えるお母様やお姉様はカンカンだった。

「いったいどうしたら泥棒なんかに間違われるのよ。疑われる様な怪しい行動をしたんでしょ!」

「それに私たちの荷物も落としてきたって言うじゃない。なんで買い物ひとつ満足にできないの!」

 きんきんと耳に響く文句に、私はただただ黙ってうつむいていた。

「ちゃんと聞いてるの?」

「あんたに買いに行かせたのは、今度お城で行われる舞踏会のためのものだったのよ。そんな大切なものにこんなケチをつけるなんて……」

「ごめんなさい……」

「いいこと? これからしばらくあんたは外出禁止よ。もちろん、舞踏会の日もね」

 顔を上げて見ると、彼女達は意地悪く笑っていた。

「もっとも、着て行くドレスのないあんたには関係ないだろうけど」

 言いたいことを言って満足したのか、お母様もお姉様も声のトーンを落とした。

 私は立ち上がると、すぐに自分の部屋に戻ってベッドへ突っ伏した。

「うへへへへへ」

 怒鳴られちゃった。

 いつからかあのヒステリックな声が耳障りではなくなり、むしろ快感になっていた。それからというもの、顔が緩まないようにするのが大変だ。

 怒られたいがために家事をおろそかにしてしまうこともしばしばあるし、自分がどうかしていることは分かっていた。けれど止められないものは止められない。だって快感は快感だから。

「あぁ~ゾクゾクした~。満足」

 これからしばらくは外出禁止か……まぁ出るけど。そしたらきっともっときつく怒ってくれるはずだもん。

 外出禁止を言い渡されたこの日から、私の仕事は家事のみになった。買い物は、もちろんお母様やお姉様が行くはずもなく、お店の人に定期的に持ってきてもらうようにしていた。

 そんな日々がしばらく続いて、あっと言う間に舞踏会当日を迎えた。今日は夕方からお姉様やお母様がお城に出かける。大チャンスだ。なんのチャンスかって? もちろん、抜け出して問題を起こして、怒ってもらうチャンスだよ。

「いいこと、シンデレラ。私たちがいないからって家事をおろそかにしたら許さないわよ」

「はい」

「それと、外出も禁止。あと私たちがいないのに灯りをつけとくのはもったいないから、すぐに消すこと。ただし、家の外のは点けておきなさい」

 綺麗に派手なドレスに豪華なアクセサリーに身を包んだお姉様は、気合の入った化粧をした顔を向けてそう言った。彼女達は、家の近くに止めてあった馬車に乗り込んでいく。

「楽しみだわ。なんたってお妃選びだもの」

「そうね。そんな大切なイベントならさぞかし美味しい食べ物が出るでしょうね」

「えぇ。それも楽しみね」

 私に話していた時とは全然違う、穏やかな笑顔で去っていった。

「……おいしい食べ物か」

 羨ましいなんて思ってないんだから!

 それに今日ほど自由に動ける日もないんだし。

「よっし。がんばるぞ!」

「何を頑張るんだい?」

「え?」

 お母様もお姉様も今出て行った。私は確かにこの目で確認した。

 うん。家には私しかいないはず……。

 じゃあ、なんで後ろから声が……?

 おそるおそる振り向いてみると、そこには真昼の太陽のように輝く髪と笑顔を持った麗しい青年が突っ立っていた。

「…………あぁ、お客様ですか。すみません、今うちには私しかいないんですよ」

「すでに家の中にいる僕に対してその冷静かつ見当はずれの対応は見方を変えれば見事だけど、あいにく僕が用あるのは君なんだ」

「もしかして今、軽く馬鹿にされました?」

「そこには気づくんだね」

 ははは、とこれまた眩しい白い歯を見せて青年は笑った。

 誰のお客であれそのまま立たせておくのも悪いので、とりあえず来客用の部屋へと案内した。

「今日は君、一人なの?」

「はい。お母様もお姉様も舞踏会に行ってしまいました」

「お父様は?」

「お父様は仕事でほとんど帰って来ないんです」

「そうなんだ。そうそう、聞いといてなんだけど、そういう家の事情はむやみに人に教えない方が良いよ。危ないからね」

「ほんとに聞いといてなんですね」

 用意したお茶を青年はグッと一気に飲んだ。

「君に用事というのは、舞踏会に連れて行ってあげようというものなんだ」

「美味しい物食べ放題の会場へですか?」

「お妃選びの舞踏会をそんな風に表現しないでくれないか。王子が可哀想だ」

 可哀想だ、なんて言う割に表情は楽しげなんだけどな。

「なんで私なんかを?」

「お妃選びの重要な会だから、国中の娘は基本的に参加が絶対なんだよ。病気とか怪我とか、あとはすでに婚約者がいるとかの特別な場合は除いてね。だから、君にもこんなところで一人寂しく灰まみれになっていてもらっては困るんだ。僕は君のように家に残ってる娘を連れていくためにここに来たんだよ」

「なるほど」

「本当来て正解だったよ。こんなに美しい娘が参加しないだなんて、まったくもって意味がない」

「は? え? う、美しい?」

 言われなれない言葉に、みっともなくあたふたしてしまう。

「うん。君は美しいよ。これは是非舞踏会に参加させないとね。……まさかとは思うけど、もう決まった相手がいたり?」

「いえ、全然何もないです!」

「あはは。そんな力いっぱい否定しなくても」

 青年のツボをついてしまったらしく、彼はキャハハと声を上げて笑い転げている。

「じゃあ、一緒に来て。舞踏会に行こう!」

「あ、でも家事とかやらないといけないから……」

「この流れで断るの!?」

「どうせ私なんかが行ったところで、お妃選びに影響するとも思えませんし」

「なんで、どうして? さっき美味しい物食べられるって聞いてよだれ垂らしてたじゃない!」

「垂らしてはないです」

「比喩だよ。どちらにせよ、行きたそうにしてたのになんで……」

 しゅんと捨てられた子犬のように元気が無くなってしまった。

 悪いとは思うんだけど、やっぱりお城の舞踏会とか場違いな気がする。それにさっきこの人が言った通り、お妃選びの会場に食べ物目当てで行くのは気が引けるし。

「仕方がない」

 青年の手に、いつの間にか縄が握られていた。

「え?」

「力づくでも連れていく」

「え?」

 私、その縄で縛られる感じですか!? ちょ……待って、興奮するじゃないの!

「覚悟は良いかい? 大丈夫、痛くしないからね。……君が大人しくしてる限り」

「い、いや」

 興奮して何かが鼻から出そう。……っう。だめ、こらえなきゃ。

「叫んでも無駄だよ。この家には君と僕しかいないんだからね」

 パァンと彼の手の縄がしなる。

「いや」

 ……と言いつつ、あっさりと彼の手に落ちた私だった。

「はぅん」

 縄が体に食い込んで気持ち良い。

「へ、変な声出さないでもらえるか」

「だって……」

 縛られて床に転がされた私は、思わぬ幸運に幸せを全身で感じていた。

「その潤んだ瞳もどうにかしなさい。そんな目で見られる男の身にも」

「はい?」

「……っ! なんだこれは拷問かっ! なんでこの家に他に誰もいないんだ! おぉ神よ、どうか僕に力を」

「オオカミ?」

「違う! いや、そうだ。僕はオオカミになりかけだけどなりたくない哀れな男なんだ。好きなだけ罵ればいい」

 …………? なんだかパニックになってるみたい。何言ってるのか分かんないや。

 あと一つ疑問なのは、この人も私と同じで罵られたい派なのかな、ってこと。……もしや、仲間発見?



 縄に縛られてお城まで連れてこられた私だったけど、その後の待遇は最上級のものだった。

 案内された部屋は、今までの人生でお目にかかった事がないくらいの広い部屋。天井高い。

 そんな部屋に置いてあるドレッサーももちろん金銀に縁取られた素晴らしいものだった。素晴らしすぎて、鏡に映る私の場違い感がすごいことになってる。

 地味な私、派手な部屋。灰だらけで汚れた私、くもり一つない鏡。

「じゃあ、この娘のことよろしくね。僕はもう行くよ」

 と言って青年は部屋を出て行ってしまった。残されたのは部屋に不釣り合いな私と、中年の女性だけだった。

 緊張と、ある種の恥ずかしさで体に力が入っていたらしい。女性にポンと肩を叩かれただけで大げさに震えあがってしまった。

「大丈夫よ。よろしくと言われたんだもの。誰にも負けないくらい美しくしてあげるから」

 腕が鳴るわ、とやたら気合がこもったことを行った彼女。その力の入り具合にゾッとした。

 まずはお風呂。その後、スキンケアにヘアケア。で、ドレスアップとメイク。……これ多分半日かけてやることだよね。

 あれよあれよという間に世話を焼かれ、そのままダンスホールに放り込まれた。

「ではいってらっしゃいませ」

 ひと仕事を終えた彼女の顔は、達成感に満ちていた。私は疲労感に満ちてるよ。

「もう、一体何なの……」

 ついさっきまで普通に過ごしていたというのに、ドレスアップして舞踏会会場にいるなんて。こんなところをお母様達に見つかったら、間違いなく殴られる。

「ふふふ、殴られる」

 気と共に顔まで緩んでしまった。これは絶対にお母様達に見つけてもらわなくてはっ!

 そんな風に拳を握りしめていたら、混雑していた料理コーナーから人が減っていた。よし、食べながら、お母様達を探そう。

 料理はどれも美味しくて、家で食べる物、つまり私が作ってる物なんだけど、同じ食べ物なのかと疑ってしまうくらいに美味しかった。

「お嬢さん、一曲踊りませんか?」

「いえいえ、私と一曲」

 何人かの人に声を掛けられたけど、首を横に振った。口に肉が入っていて上手く答えられなかった。

 そうしているうちに、やけに会場が騒がしくなった。

 ……あぁ、本日のメインイベントね。

 王子様の妻、つまり未来のお妃を決めるイベント。その主役である王子様の登場である。

 ここまで来たんだから、一目見ておこうと思って視線をやると、そこには……。

「はい? なんで?」

 うちに突然現れた謎の青年の姿があった。

 なに、あの人王子様だったの? 信じられない、普通に会話しちゃったよ。

 王子様を見ていると、パチッと目が合った気がした。そんなわけないのに。

 王子様も見れたことだし、そろそろデザートにでも移ろうかな、なんて思っていたら、

「僕と一曲踊って下さい」

 耳元でそう囁かれた。

 振り返ると、そこにはシャンデリアの灯りを受けて一層輝きを振りまく青年、もとい王子様の姿が。

「はい?」

「疑問形なのは聞かなかったことにするよ」

 流れるように手を握られ、抵抗なんて許されなかった。

「わ、私ダンスなんて」

「大丈夫。全部僕に任せると良い。気持ちよく躍らせてあげるから」

 優しく微笑む顔は、まさに王子様といったもので。目が離せない。

「僕の顔になにかついてるかな?」

「いえ……とても美しくて」

「ふふ。それはどうも。でも、君の美しさには負けるよ。さっきのままでも綺麗だったけど、そんな格好をしているとまるで物語の中から抜けだしてきた女神のようだ」

 その言葉に、全身を貫かれるような衝撃を感じた。切なくなるような、鳴きたくなるような。それでいて甘くて、気持ちの良い感覚。

 どうしよう、相手は王子様だっていうのに。私、私…………この人に、監禁されたい!

 その後は夢心地で、ふわふわと浮かんでるみたいだった。

 曲が終わる。もう、時間が無い。名残惜しいけど、こんな幸せが永遠に続くわけがない。一時でも、この時間を体験できたことでも幸運だと言うのに。

「シンデレラ!」

 曲が終わると同時に、聞き慣れた声が耳をついた。

「……お母様」

「どうしてこんなところにいるの! 外出を禁止したはずですよ!」

 今までに見たこともないようなお母様の顔。ものすごく怒っているのがひしひしと伝わってくる。殴られる、なんて思っていると、お母様と私の間にスッと影が入り込んだ。

「どういうことだ。今夜の舞踏会には来られる者はすべて参加を義務付けていた。なぜ連れてこなかった」

「い、いえ……それは」

 王子様が今までの優しい雰囲気を捨てて、高圧的な態度でお母様にそう言った。

「これは国からの命令だったはずだ。なぜ逆らった? 答えろ!」

「あ、そ、それは……その。その娘では……舞踏会に行くのもみすぼらしく……」

「つまり、お前は独断で逆らったというわけだな」

 冷え冷えとした王子様の声。王子様がパチンと指を鳴らすと、お母様の足元に鉄板が出現した。

「貴様を反逆者として処刑する」

「お、お待ちください……」

「問答無用」

 すぐに鉄板は目に見えるほど赤くなった。すごく熱そう。

「い、いああぁぁぁぁぁ。熱い! し、死ぬ!」

 右足と左足を交互に上げ、必死の形相で耐えるお母様。

「お母様!」

 私も!

 羨ましくなって私は鉄板に飛び込んだ。お母様とは違い、体全体でダイブ。すぐに肉が焦げていく。

「娘!」

 王子様の声を、気持ちよく聞いていた。肉が焼け、もくもくと煙が溢れる。もくもくと。もくもくもくもく。

 煙、多くない?

 なんて思っているうちに、ふと誰かに抱きかかえられた。

「王子よ。あなたが落としたのはこの綺麗なシンデレラですか? それとも普通のシンデレラですか? それとも汚れたシンデレラですか?」

 なんと、私は突如出現した女神さまに抱きかかえられていた。女神さまの横には、私そっくりの人が二人浮かんでいる。見たところ、あっちの二人が普通と汚れた私らしい。ってことは、私は綺麗なシンデレラか。綺麗な灰かぶりって矛盾してない?

「僕が落としたわけではないが、鉄板に飛び込んでいったのは僕が着飾らせた綺麗なシンデレラだ!」

「正直者の王子には、この綺麗なシンデレラと普通のシンデレラと汚れたシンデレラの三人を差し上げましょう」

「両手に花じゃすまないな! 女神よ、心遣い感謝する」

 私たち三人を鉄板の外に下ろした女神さまはホワンと不思議な感じで消えていった。

「何をしてるんだシンデレラ! 危ないじゃないか!」

「ごめんなさい」

「いや、謝らなくていい。だが一つ条件を飲んでもらおう」

「条件?」

「あぁ。そっちの二人も含めて、三人まとめて俺の妻にする!」

 王子様は高らかにそう宣言した。

「え? えええええええぇぇぇぇ?」

 会場が大合唱した瞬間だった。



 王子様の妻になった私達は、穏やかな日々を過ごしていた。

「王子様、踏んでください」

「王子様、縛ってください」

「王子様、刺してください」

「だああぁぁぁぁ! 幸せなのに! 幸せなはずなのに、なんだこの辛い状況は!」

 王子様は毎日のように、こうして頭を抱えている。

「ちょっと、今日は私の番でしょ」

「そうだっけ? ごめんごめん」

「あー、そういえば私昨日縛ってもらったばっかだった」

 王子様を悩ましてはいけない。そういう結論に達した私達は順番制を採用した。で、今日は私の番。

「王子様。行こう」

「あ、あぁ」

 他の私をおいて、王子様と二人きりでベッドに腰掛ける。

 二人きりになった時に、聞いてみたかった事があった。

「ねぇ、王子様って私達と同類?」

「なにがだ?」

「つまり、マゾ?」

「……ものすごい勘違いをさせてしまったみたいだが、僕はマゾではない。それに夫婦ともにマゾでは成り立たないだろう」

 そう言う王子様は意地悪く笑う。その目に宿る嗜虐的な光に、体の奥がきゅんとしたのだった。

 シンデレラパロディのはずが、ガラスの靴すら出てこなくなりました。

 王子様が魔法使いを兼業しました。

 泉の女神ならぬ、鉄板の女神が出てきました。

 もはやシンデレラなのかよくわかりません。

 そんな作品をここまで読んでくださり、感謝です。

 ありがとうございました。

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