6話:漆黒の鎧
一面に広がる星空の下。気になる事がある、ヘルメスはそう言ってジンの横に座った。
その言葉にジンは嫌な予感が胸を過ぎっていた。
急に表情を曇らせ、頭を掻き毟るようにして歯切れを悪くさせる。
「……何だよ、話って。悪ぃが俺の目的どうのこうのって話しなら何も言うつもりはないぜ?」
ジンは、絶対に教えるわけにはいかなかった。
王従士の中でも、ヘルメスとリディアがどのような立場であろうと関係無い。
王従士であるという事実こそがジンの口を固く閉ざしてしているのだ。
「これは警告だ。俺みてぇな得体の知れねぇ偽人なんかにあんま気軽に関わってくんじゃねぇよ。ロクな事がねぇぞ」
ずっとそうだった。過去には、偽人であるが故にそれが原因で何人もの人間を殺し、意図せず死なせてしまった経緯もある。
理由はどうであれ、自分というバケモノが人間に理解されない事ぐらい既に知っている。
常に誰かの死と関わり生きてきた。人間には想像を絶する苦悩に苦しめられてきた。
もう、そんなのこりごりだ。
自分のせいで誰かが死ぬなら、そうならない為にも遠ざけてしまう事が一番なんだ。
俺は誰とも関わらず、孤独に生きていくしかないんだ。
幸いにも嫌われる事にはもう慣れた。そうするしかないんだから。
「ケッ、大体アンタらだって王従士として任務の最中なんだろ!? もっと警戒したらどうなんだ!? こうしてアンタらに俺が近づいた理由もその任務を妨害しようとしてるからかもしんねぇんだぞ!! 挙句に寝首を掻いてぶっ殺す算段だってしてるかもしんねぇだろッ!! なによりも、いい加減迷惑なんだよッ!!」
狂った錬金術師に構築され、禁忌である黒い歯車まで組み込まれている。そのせいで村人を全員喰い殺し、一つの村を壊滅させた。
過去の行いが、その罪悪感が人間との距離を遠ざけてきた。
血走った金色の眼でヘルメスを必死に睨み、息を荒げて鋭い牙を剥くジン。だが、その表情はどこか哀しそうに見えた。
「――――嘘だな」
「っ!?」
遠ざけようとどれだけ殺意を纏って凄もうとも、ヘルメスは真っ直ぐとそんなジンを見つめて動こうとしなかった。
いつの間にか、ジンの哀しみを憂うようにヘルメスは白い手をそっと頬まで差し伸べてきていた。そう、”あいつ”の様に。
「や、止めろ……っ、お、俺に……、俺に触れんじゃねぇ……っ」
その行動にジンは戸惑いを隠せず、怯えるようにジリジリと逃げるように距離を取るが――――
「そうやって、ずっと誰かを遠ざけて生きてきたんだな。傷つけてしまわないように」
静かにその場から立ち上がったヘルメスは、腰を下ろしたまま砂を鳴らし逃げるジンとの距離を優しい笑顔で詰めていく――――
「あぁん!? な、何でそう――――」
「――――フフ、ジンは本当に、」
やめろ。その続きを言うな。
心の中でジンはそう叫んでいた。
凍った心を暖かく包み込むような、そんな優しさが恐かった。
だが、ヘルメスの言葉をジンは止める事ができなかった。止められなかったのだ。
「――――ッ」
本当は、恩人だけが掛けてくれたその言葉を、ずっと求めていたからなのかもしれない。
「……優しいんだな」
不意に頬へと伝うその温もり。まるで子供をあやす様に優しく、ヘルメスの人差し指が頬を撫でてきた。
「……ッ、」
何故だろう。どれだけ強く当たってもこの少女は自分から距離を置こうとしない。
それ所か一瞬、恩人の姿がヘルメスに重ねって見えてしまった。
いつしか言葉を詰まらせたジンの身体が小刻みに震えていく。
「今まで、寂しかったろうに。大丈夫、自分はジンを傷つけたりしないよ。約束だ、自分はジンを見捨てたりしない」
このヘルメスと呼ばれる少女は、本当にその言動や性格が恩人に似ていた。
弱者の目線に立ち、友達の為に命を張り、偽人の自分なんかに――――こうして優しく微笑んでくれる。
「……アンタ、……馬鹿、だ、ろ……」
だからこそ、ヘルメスの言葉はジンの胸を鋭く何度も何度も貫いてきた。それこそ、涙が溢れる程に。
「……本当に辛かったんだな」
それはとても、とても綺麗な涙だった。その心は偽人だろうと、人間と何ら変わらないものだった。
ヘルメスはジンの両肩に手を置き、抱きしめるようにして引き寄せた。
「……君が一体何を抱えているのか、どんな目的を持っているのか自分にはまだわからない。だが――――」
恩人との再会を果たしたような感覚に陥り、呆然と涙を流し続けるジン。
泣を流すその顔をヘルメスは胸の谷間に仕舞い、落ち着かせるように耳元で静かに囁いた。
「自分は困ってる人間……偽人も放っておけない性質なんだ。どうか、自分を信じて欲しい」
「……なんだ、よ、それ……」
人間にこうして優しく接されたのは、二度目の事だ。
”あの時”も、恩人はこうして自分を優しく抱きしめてくれた。
その思い出が蘇り、涙がどんどん溢れて止まらない。ジンの涙はヘルメスの谷間に零れ落ち、哀しみを吐き出すように服を濡らしていく。
「フフ、よく皆にも呆れられるよ。だが、これが自分なんだ。仕方ないだろ?」
ジンの頭を優しく撫でながらヘルメスはふと顔を覗き込み、嘘偽りの無い澄んだ瞳で見つめて続ける。
「自分は、よく融通の利かない堅物女だと言われる事が多い。だが、それは誤解なんだ。自分は、ただ守るべきだと信じたものを守っているだけに過ぎない。……規則や法というものは必ず守らなければいけない。しかし、時には規則や法よりも大切な事があると自分は師匠やリディア達に教えられたんだ。フフ、自分は人を視る目があるんだ。だから――――ジンもそんな自分を信じてくれると嬉しい」
ヘルメスがジンに話したかった事、それはジンにも確かに伝わっていた。
自分を信じて、全てを話してくれ。ヘルメスは、そう伝えたかったのだ。
錬金術師でありながら、錬金術が扱えない少女。他の人間とは少し違うヘルメス。
信用してくれと言われ、それだけで普通は信用など出来るはずもない。
しかし、何故だろう。
この真っ直ぐな瞳に見つめられると、不思議と信用しても良いかもしれないと思えてきてしまう。
「……アンタは、俺の恩人によく似てる」
このヘルメスと呼ばれる少女が自分を救ってくれた恩人に重ねて見えた、ただそれだけのはずなのに。
それだけの理由で、今では心が僅かに満たされているという事実。もう十分過ぎた。
「……数えきれねぇぐらい、今まで辛い事ばっかだった」
再び凍てついた心を、ヘルメスは徐々に優しく溶かしてくれた。
大袈裟なんかじゃない、本当に乾いた心が満たされていく、そんな感じがしたんだ。
「……もう、大丈夫だ。……離してくれ」
ヘルメスの胸から少し頭を離すと手の甲で涙を拭い、腫れた目を隠すように顔を背けてしまう。
涙を見せてしまった事が恥ずかしくて中々顔を合わせようとしない。
「フフ、可愛いなぁ。まぁ、でも自分の胸ならいつでも貸す。遠慮なく甘えてくれても良いんだぞ?」
突然涙を見せた挙句、子供のように恥じらうジンの様子が心を揺さぶりヘルメスに満面の笑みを浮かばせていく。
「お、おいっ!?」
驚きに満ちたジンの眼前にはすぐさま二つの大きな谷間が迫る。次の瞬間にはとても嬉しい感触が顔全体を覆うように圧迫してきたのだ。
離れる所か更に強く抱きしめられる形となってしまった。
しばらくヘルメスの巨乳を堪能して情けなく頬を緩ませておきながらも、改めてジンは自制心を強く保ち涙を呑んで叫ぶ。
「っ、いい加減にしろ!! この巨乳で俺を窒息死させる気かっ!?」
「な、な――――!?」
ジンの発言に見る見る顔を真っ赤にさせたヘルメスは眉をひくつかせ―――――
「ぶふぅぁッ!!!!!」
恥ずかしさのあまり、つい強烈な拳をジンのこめかみに沈めて盛大に吹き飛ばしてしまう。
骨が折れる鈍い音がした。
「し、しまった!? お、おい!! 大丈夫かジン!?」
吹き飛んだジンはそのまま荒野の固い地面へと衝突し、目を覆ってしまいそうなぐらい何度もその身体を弾ませて息絶えてしまった。
今度は顔を真っ青にして慌ててジンの元へ走るヘルメス。
頑丈な偽人でさえ一撃で死に至らせる威力。一体そのか細い腕のどこにそれ程の力があると言うのか。
「ぐ、ふ……っ」
それでも不死身のジンならば問題は無かった。
直ぐに息を吹き返し、頭を必死に両手で抑えながら暫くじたばたともがき苦しむ程度で済む。
「くっ、……っそッ! アンタそれでも本当に人間かよッ!? どんな鍛え方したらそうなんだよッ!!」
「し、失礼な! 自分は立派な人間だ!」
ギルモンキーとの戦闘でもそうだ。
はち切れんばかりに強調された胸や尻、程よい太もも。それでいて全体的に引き締まったその細身でありながら、何故あれ程の力が出せるのかジンは不思議で仕方がなかった。
ヘルメスは羞恥心で頬を染めながらも、地面に横たわる自分よりも背の高いジンを意図も容易く引き起こしてみせた。
「いや、ホント、どんな鍛え方してんだよ……」
砂まみれとなった衣類を両手で叩きながら、ヘルメスの身体能力の根源に辿り着こうと質問を投げかけてみるもあまりそれも意味はなかった。
「うぅ……っ。じ、自分は師匠の元で普通に鍛錬をしていただけだ」
「鍛錬ねぇ……」
明らかに普通の鍛錬ではないはずだ。でなければヘルメスはそれこそバケモノの類だろう。
思わずヘルメスも偽人ではないのかとジンが疑心暗鬼に観察するも、直ぐにそんな疑いは晴れた。
何故ならば、ヘルメスは偽人特有の金色の瞳を持っていないからだ。
「はぁ……。で、アンタの師匠ってのはやっぱ格闘家か何かか?」
その質問にヘルメスの眉が少しつり上がる。どうやら、師匠を誤解されて不満らしい。
「何故そうなる! 師匠は立派な錬金術師だ! 自分の師匠は本当に凄いんだぞ? よく誤解されがちだが本当はとても繊細で……自分など足元にも及ばない程に綺麗な人なんだ。それに、生命を構築する式にも精通する元”三英傑”の一人だったんだぞ! どうだ!? 凄いだろう!!」
両腕を組み、鼻を鳴らしてまるで自分の事のように得意気に語るヘルメス。余程その師匠を誇りに思っているのだろう。
しかし、そんな錬金術師に弟子入りしてもヘルメスが得られたのはその並外れた身体能力だけのようだが。
「そう言えばんな事言ってたっけか……。で、その三英傑ってのは具体的にどういう連中なんだ?」
痛みが薄れていくと、ジンは再び地面にあぐらをかいて座る。
それに続くようにヘルメスもスカートを押さえて横へと座り、呆れたように首を傾げた。
「まさか三英傑を知らないのか?」
ジンにとっては聞きなれない単語だった。
「三英傑とは、王従士を統べる三人の錬金術師の事だ。王従士という組織の最高権威を持つ存在、それが三英傑と呼ばれる者達なんだ」
「それって凄いのか?」
あまり理解できていないジンに何とかその凄さを必死に伝えようと、大きく身振り手振りで表現していくヘルメス。
「す、凄いってものじゃない! 凄すぎるんだぞ! 王従士の中でも指折りの三人しか選抜されず、更に直接政治にも関われるようになるからな。自分やリディアからしてみれば雲の上のような存在だ!」
息を荒げて興奮気味なヘルメスの説明を受けたジンはただ圧倒され、とりあえず凄いんだな程度の認識に留めておく事にした。
そして、つい口を滑らせてしまう。
「でもよぉ、アンタそんな凄い錬金術師の弟子なんだろ? 何で錬金術が扱えないんだ?」
ヘルメスは錬金術が扱えない。
あくまでそれはジンの憶測であったが、実際は扱えるかもしれないという可能性を交えた発言のつもりだったが。
「……それは……」
明らかに歯切れを悪くさせ、案の定ヘルメスは言葉を濁してしまった。
錬金術について説明をしていた時に、最後に見せた表情と今のヘルメスは同じ表情をしている。
煮え切らないヘルメスの態度に、ジンは質問を変える。
「まぁ、それは別にどっちだろうと俺には関係ねぇ。それより……何でアンタは会った時から俺にそこまで良くしてくれんだ?」
ずっと気になっていた事だ。
恩人とよく似ているこのヘルメスを信じたかったが、まだ心の底から完全に信用しているとは言えない。
人を視る目が良い。その言葉だけでは流石に納得できない。
ただ、素直にその理由が知りたかった。
「何で、か……ふむ。確かにそうだな」
ヘルメスはジンの問いに対し、儚げな表情で物思いにふける。
しばらく瞳を少し閉じると、思い出すように視線を地面に向けたまま弱々しい笑顔でその問いに答えた。
「……実はな、自分もずっと考えていた。ジンを初めて見た時に、自分は何故かどこか懐かしさを感じていたんだ。でも、ようやくその答えがさっきわかったよ。君は、似ているんだ――――」
一人で全てを背負い込み、苦しむジンの姿が。
「弟の、”カルロス”に」
「弟……?」
ヘルメスも同じく。ジンを誰かと重ねていたのだ。
儚い笑顔で星空を見つめ、今は亡き弟へと想いを馳せる。
「フフ、どこか放っておけないその雰囲気と言うか。その、顔が少し似ているような、そんな気もするな。本当に……良い子だったよ。色々とあって、自分は家族から風当たりが強かったんだが……カルロスだけはそんな自分をいつも必死に庇ってくれていた。そんな心優しい、自慢の弟だった」
潤んだ瞳に星空を映し、弱々しい口調で語り続けるヘルメス。
「カルロスは、いつも一人で何でも背負い込んでいた。全ては……出来の悪い姉である自分のせいだった。自分は少しでもそんなカルロスの助けになろうと努力してきたが……全部無駄だったらしい。だからだろうな、重要な任務中にも関わらず……無意識の中でジンをカルロスと重ねてしまい、少しでも手助けをする事で罪悪感から逃れようとしていたのかもしれない。とても自分勝手な、わがままな理由だな。……フフ、幻滅させてしまったか? ……やはり王従士としても自分は失格なのかもな」
今の話を聞く限り弟のカルロスは既にこの世を去っているのだろうか。
そのような弱々しい笑顔を向けられると反応に困ってしまう。ジンは咄嗟に平然を装う事にした。
「ケッ、そうかいそうかい。アンタの弟ってのは相当カッコ良かったんだな」
そう告げると両手を頭の後ろに持っていき、徐に寝転がって星空を眺めて微笑んだ。
別に、ヘルメスに気を使っているわけではない。同じなのだ。
ジンはヘルメスを恩人に。
ヘルメスはジンを弟に重ねていたのだ。
だが、今回の短い旅を通じて曖昧なその絆は確かなモノとなる事をまだ二人は知らない。
「フフ、どちらかと言えばジンの方がカッコイイかな? カルロスはもっと可愛いかったがな」
「ケッ! 言いんだよ別に! 俺はワイルドさが売りなんだからよ!」
美しく星空が輝くこの荒野の下。
互いの気持ちが心地よく交じり合う中――――それを引き裂かんと、魔の手が近づいてきていた。
「――――ッ!?」
迫りくる異常な気配。ジンとヘルメスがそれを研ぎ澄まされた神経で察知するや二人は慌てて跳ね上がるように立ち上がった。
張り詰めた表情で周囲を見渡し、言い表せない程の不安と緊張感が走る。
「……おい、ジン」
「あぁ。……何だよこの気配。ただの獣じゃねぇな」
昼間のギルモンキーと比べ物にならない程の邪悪な雰囲気を感じていた。
「――――っ!? ジン! あそこだ!」
ヘルメスが慌てて指差した方角に急いでジンも振り向くと、その視線の先にはこの荒野には見慣れない異質な存在達が居た。
「……こんな夜更けに訪問たぁ、礼儀知らずな連中だなぁオイ」
月夜に照らされ、崖の上からジンとヘルメスを静かに見下ろす二つの存在。
そのどちらも全身を漆黒の鎧で覆い隠しており、さながらその風貌はまるで騎士の様だった。
「――――……」
マントの代わりに羽織った漆黒の研究衣コートを風でなびかせ、足元には黒い煙を舞わせて不気味な雰囲気を放つ。
ようやく謎の訪問者を肉眼で捉えると、漆黒の鎧騎士達は金属音を鳴らしながら二人の前へと崖の上から舞い降りた。
「む? あの鎧……あれは……まさか!?」
何やら思い当たる節があったヘルメスは困惑した表情で慌てて眼鏡を外し、スカートのポケットに仕舞うと解読眼で直ぐに漆黒の鎧騎士達を視つめた。
「どうやら二人だけみたいだが……俺とアンタ、どっちの客だろうな?」
ジンは呑気に両手をズボンのポケットに仕舞いながらも、正体不明の二人を睨みつけてその存在の異常性を危惧していた。
その風貌や場所、時間もそうだがジンは微かに額から汗を垂らしてその異常性を口にする。
「――――殺意どころか敵意すら感じねぇ。そのクセ、やる気だけはあるみてぇだ。……こいつら普通じゃねぇぞ」
そう、ジンの言う通り。ヘルメスも同じ事を考えていた。
この鎧騎士達からは生気というものが感じられないのだ。まるで、何者かに操られた人形の様な存在だ。
「ふむ……」
ヘルメスは解読眼で解析を終えると視線をそのままに、ジンへ短く警戒を促す。
「気をつけろ、まず中身は人間で間違いないようだが……あの鎧自体に組み込まれている式には見覚えがある。もし、そうだとしたら相当厄介な客が訪れた事になる……。それに付け加えて、奴らときたら多数の簡易式を所持してるようだ。錬金術師であるならば他にも気をつけねばならない事があるが……」
「錬金術師ねぇ……」
錬金術師。
その言葉に、オプリヌスの存在がジンの脳裏を過ぎる。オプリヌスの手下なのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、一歩前へと足を踏み出そうとするが。
「待て、ジン」
左腕をジンの前に出し、制止するヘルメス。
そして凛とした表情で意気揚々とジンの前へと立つ。
「あん? 何のつもりだ?」
怪訝な表情で、ズボンに両手を入れたままヘルメスの行為に疑問を抱いて首を傾げると。
「そうやってすぐに実力行使に出るのは止めろ。話し合いで解決できそうならそれに越した事はないだろ?」
「……おいおい。あれにか? ……どう見ても話し合いが通じる連中には見えねぇぞ?」
ただ静かに、全身から不気味な闘気を沸々とさせる鎧の二人。
静寂を守っているにも関わらず、今にでも襲い掛かってきそうな雰囲気をジンは感じていた。
鎧騎士が持つ異常性にはヘルメスも気づいていはいる。
だが、それでも王従士に所属するヘルメスは念の為に一応確認しておく必要があると判断したのだ。
げんなりと呆れ果てるジンを無視し、ヘルメスは澄んだ声で力強く叫ぶ。
「自分はギリスティアの王従士、ヘルメス=エーテルだ! 貴殿達は一体何者だ!」
右手を胸に押しつけ、中指に通した王従士証を見せるが――――
「――――……」
鎧騎士達は一向に反応を示さない。
ヘルメスの声だけが虚しく荒野に響き、風が吹いていた。
予想はついていた、相手は生気を感じさせない人形の様な存在達だ。言葉が通じるのかでさえ怪しかった。
わかっていた結果を改めてこうして見せつけられ、ジンは欠伸をしながら頭をかきだす。
「……なぁ、王従士ってもしかしてナメられてんじゃねぇの?」
「うっ、そんな訳ないだろ! き、規則に乗っ取って一応確認してみただけじゃないか!」
呑気に茶々を入れてくるジンにヘルメスは照れ臭そうにムキになって詰め寄る。
すると。
金属音が軋む音が微かに聞こえてきた。
「――――……」
ようやく鎧騎士達が動き出したのだ。
そして、そのままジンとヘルメスを狙って無言のまま凄まじい勢いで近づいてきた。
「……で、王従士様の規則じゃ話し合いもロクに通じねぇ敵意ある輩はどう対処すんだ?」
自分達に向かってくる鎧騎士を見つめたまま、ジンがヘルメスを試すように憎たらしい笑みを浮かべて問いかけると。
「……仕方あるまい。こうなれば物理的に、実力行使で解決するまでだっ!」
闘志を瞳に灯し、両手の拳をぶつけてそう意気込んで戦闘態勢に入るヘルメスを見てジンは思わず左手で顔を覆って爆笑してしまう。
「はっはっはっ! 良いねぇ! 流石は王従士様はやっぱ言う事が違うぜ!」
ヘルメスの錬金術師らしからぬ台詞には笑わずにはいられなかった。
ある程度笑いが収まるとジンは別人のように冷静な表情となって鎧騎士達に意識を集中させる。
「ふー、――――だが、物理的に解決、俺もその意見には賛成だぜ」
明確に自分達を狙ってくる敵。そう認識した事で身体中の血液が沸騰していく。
二人との距離が近づいてきた鎧騎士達は更に動きを加速させていた。
「くるぞッ!!」
「あぁっ!」
応戦の準備を整えてそう叫んだジンだが――――鎧騎士達はヘルメスに狙いを一点に定めてきていた。
「ちっ、何だアンタの客かよ……」
重厚な鎧を身に纏っているにも関わらず、鎧騎士達は地面を蹴りつけるようにして空高く跳び出してジンの頭上を無視して通り過ぎていった。
その身体能力の高さにジンとヘルメスは思わず互いに顔を合わせて驚きを浮かべるが――――
「――――ケッ、俺を無視たぁ随分と寂しい真似してくれんじゃねぇか」
「ジン!?」
目を大きく見開いたヘルメスの瞳には驚きの光景が映り込む。
跳び出した鎧騎士達がヘルメスに狙いを定めていると知るや、後を追うようにジンも地面を強く踏んでいつの間にか同じ高さへと到達していた。
「――――……」
「よう、アンタら何者だ?」
空中で鎧騎士達と対峙したジン。
鎧騎士達は同じ高さまで跳んできたジンに対して、特に慌てる様子もなく無言のまま無視を決め込んでいる。
少しカッコをつけた振る舞いをしていた分、ガン無視されたジンは居た堪れない気持ちとなり顔を赤くさせて身体を震わす。
「っ、無視かよ!? くそっ、頭にきたぜこの野郎共っ!!」
獲物を狙う蛇のように、金色の瞳を怪しく光らせて短くそう告げ。鎧騎士達の頭部をそれぞれ両手で鷲掴みにして――――
「……礼儀ってもんを学んでから出直してこいやぁッ!!」
力任せにそのまま地面へ激しく叩きつけたのだった。
「――――……」
風を切るようにして落下した鎧騎士達は激しい金属の衝突音を鳴らし、同時におびただしい量の砂埃を発生させてこの場を包み込む。
「ジンに礼儀を説かれるとは彼らも思わなかったろうに……」
とても礼儀を重んじているとは言い難いジンの発言に、ついヘルメスは引きつった笑みを浮かべて鎧騎士達に同情してしまう。
大量の砂埃が発生した事により、周囲一帯が一時的に目視できなくなってしまったが問題は無いだろう。
常人では大よそ到達できない高さから思い切り垂直落下したのだ。まず生きているわけが無い。
ジンが勝ち誇った表情で落下してきている中。ヘルメスが念の為に一応、解読眼で鎧騎士達を確認すると――――
「――――そんな、」
あれだけの高さから地面に勢いよく衝突したのだ。鎧騎士達は今頃多大な損傷を負って死に瀕しているかに思えたが――――
「――――……」
死に瀕している所か、怯む事なく既に次の攻撃に移るべく立ち上がっていた。
今もマントのようになびく研究衣から何かを取り出そうと手を伸ばしている、恐らく簡易式を発動させるつもりだ。その様子に気づいたヘルメスの焦りなど露知らず。
「よっ、と」
ジンは華麗に着地を決めて呑気に身体中の砂埃を払っていた。
「今すぐその場から逃げろジンッ!! 奴ら簡易式を発動させるつもりだッ!!」
緊迫としたヘルメスの叫びが聞こえてくるも時既に遅し。
「……あぁん?」
自分で引き起こした砂埃のせいで未だ視界がハッキリしないジンにはその緊迫とした叫びも今一ピンと来ない。
だが、すぐに視界は爆風と共に晴れていき身を持ってその警告の意味を知る事になった。
「お、おい……何だ、こ――――」
この砂埃吹き荒れる中、それだけがハッキリと認識する事が出来た。
砂埃に目がやられ、辛そうに目を細めてよく確認してみると目の前でオレンジ色の光が激しく輝いていた。
その正体が簡易式である事に気づいた頃にはもう手遅れだった。
「もういいッ!! 早く伏せろッ!!!」
オレンジ色の輝きが増していく様子を前に、呆気に取られて立ち尽くすジンの元に駆けつけたヘルメスが必死の形相でスカートから足を大きく伸ばして光の根源を空高くまで蹴り上げ。そのままジンの肩を掴んで地面に身体を押し倒す。
「お、おいッ!? 何だよッ!?」
「急いで耳を閉じろッ!!! ――――あれは広域に渡る”爆弾”だッ!!!」
地面に押し倒されたジンは驚きの表情を浮かべ、二人は同時に両耳を塞ぐ。
そして、ヘルメスの行動を理解した。
強烈な、荒野全域に轟く程の爆音が鼓膜を襲う。
「うぅッ!!」
「ぐっ、ッ!!」
ヘルメスに蹴り上げられた爆弾は空高くで炸裂し、眩いオレンジの爆炎で夜の荒野を照らした。
辺りに漂っていた大量の砂埃すら一瞬にして爆風で掻き消されてしまう程の威力を誇っていた。これ程の爆破を間近で喰らっていれば一溜りも無かっただろう。
いくら賢者の石で再生されるとは言え、そんな痛みはごめんこうむりたい。
爆破の余波が止むと、ヘルメスは背筋を凍らせて青ざめるジンをすぐさま引き起こして改めて警告をする。その真剣な表情の理由は先程の現象が既に物語っている。
「……今、ジンに向けて投げられたあのオレンジ色の光は簡易式によるものだ。錬金術とは難易度の高いもの程、その構築に時間が掛かってしまうが、先程の様にその構築の手間を省き、簡単に発動できるように簡略化された物こそが簡易式と呼ばれる代物だ」
「いやいや……俺が言うのも何だけどよ――――錬金術師ってのは尽く物騒なもんばっか開発しやがんのなオイ!?」
「い、いや、そうだが! しかし……簡易式にも限度はあるぞ。簡略化できる式は先程の爆発のような単調なものに限られている。まぁ……それでもこのような戦闘に用いれば相当の威力を誇るがな……」
「つっても、いくら単調とは言え、料理に使うような火の簡易式もこんな風に調整次第で戦闘用に改良できんだろ? やっぱ錬金術師って恐ぇぇ……」
改めてジンが錬金術師の恐ろしさを痛感した所で休む間もなくヘルメスの声が響く。
「――――!? ジンっ! また奴らが来るぞっ! とにかく全ての簡易式が発動前は試験瓶に入っているっ! もし、また奴らがあのコートから試験瓶を取り出したら気をつけるんだぞっ!」
「わぁったよっ! 俺だって無駄に痛ぇ思いはしたくねぇってのっ!!」
急いで体勢を立て直すヘルメスとジン。だが、鎧騎士達は既に目前まで迫ってきていた。
最初はヘルメス一人に狙いを定めてきた鎧騎士達だったが、どうやら今度は二手に分かれてジンとヘルメスを分散させるつもりらしい。
簡易式の脅威から逃れた二人は互いに背を預け、まずは目の前の敵に集中して一対一の形を維持する事にした。
「うぉッ!?」
いきなり手甲を纏った豪腕がジンの顔を粉々に砕こうと鼻息が微かにかかる距離にまで達してきたが――――
「――――まだまだ遅ぇぞッ!!」
直撃するその寸前で、ジンはその拳を左手で捕らえた。
「ケッ、今度は俺の相手してくれんのか、嬉しいぜ。ただ、アンタらの目的はあの女じゃなかったのか? ……クク、まぁいい。だが、俺を狙うって事はこの拳砕かれる覚悟はあんだろうなぁ……ッ!!」
ギルモンキーの頭蓋骨をも握力だけで砕いたジン。その凄まじい握力を持ってして今度は手甲を纏う人間の拳を砕こうとしていた。
悪役じみた凶悪な面構えで鋭い牙を光らせ、手に力を加えていくと掴んだ金属の手甲がもう悲鳴を上げだす。
だが、肝心の中身の錬金術師はと言うと。
「――――……」
依然、沈黙を続けたままだった。本当に鎧の下に人間が居るのか流石にジンも疑問を抱かざるを得なかった。
手甲ごと拳を粉砕する程の握力で握られているにも関わらず先程から悲鳴一つ聞こえてこない。
「ホント何なんだよ、気色悪い野郎だ……――――なら、本気で泣かしてやんよッ」
これでも握る力を加減していたジンだったが、中身が人間であると確証を得る為に金色の瞳を怪しく光らせ本気で拳を砕きに掛かる。これで流石に悲鳴の一つでも漏らすだろうと思ったその時だった。
「――――……」
鎧騎士は無言のまま、ジンに捕まっている腕にもう片方の掌を押し当てだしたかと思えば。
「あぁん……? ようやく抵抗する素振りぐらいは見せるようになったじゃねぇか」
ジンが砕こうとしていた拳部分から青白い光が溢れ出したのだった。
「しまっ、錬金――――ッ!?」
ジンが掴んで離さなかった手甲に覆われた拳。それが一瞬にして鋭い槍に形状を変化させてそのままジンの掌を貫通してしまう。
「ぐ、があああああああああッ!!!!!」
弾け飛ぶ血潮、無残に抉れて剥き出しとなった拳の骨。槍へと変化を遂げた手甲は完全に拳の骨を貫通して先端を赤く染めており、その様子をジンの目に焼き付けていた。
拳を貫かれた事で激しい痛みに悶え叫びながらも、痛みにばかりかまけていられない。早く次の行動に移らなければならない。
何故ならまだ槍は青白い光を纏いながら先端が伸びてきているのだ。つまり、構築は続いている。
このままでは眼球ごと頭をも貫かれてしまう。
もうジンの視界には槍の先端が差し迫っている様子が映り込んできていた。
「っそおおおおおッ!!!!!」
顔ごと貫かんと未だ伸び続ける先端部分から、ジンはここぞとばかりに気合いと強靭な精神力で間一髪の所で何とか避けてみせた。
「ぐッ、ちぃッ、き、しょう……ッ、が……ぁッ!!」
ほぼ不死身と言えど、痛みを感じないわけではないのだ。致死に至る損傷を負えば、それ相応の苦しみは味わう事となる。
だから必死に避けたのだ。嫌な汗が全身から溢れ出る。
一体眼球から脳を貫かれればどれ程の痛みが待ち受けている事やら。――――それを考えれば腕の一本を失う痛みの方がまだマシだという考えに至った。
「っ、そぉっ、いっそ楽に死ぬ方が良かったか……ッ」
左手の拳が見事に鎧騎士の槍に固定されており、あのままでは回避できなかった。
だから、ジンは左手首を強引に引き裂く事で鎧騎士から離れて難を逃れたのだった。
「――――……」
鎧騎士はジンの左手が残る槍を乱暴に振り払い、その返り血を浴びながらその場から飛び退いて距離を置く。
その際、落ちた左手は間もなく灰となって風によって散り散りとなって消え。失ったジンの左手首より先を賢者の石が赤黒い光を発して再生した。
「クソ野郎め……ッ、まるでゴミを捨てるみてぇなふざけた態度取りやがってッ!! 俺の手を何だと思ってやがんだッ!!」
元に戻った手元に残る痛みと怒りを堪え、歯軋りを鳴らして次の攻撃に備えるジン。
一方、ヘルメスは――――
「――――やはり、”あいつ”が構築した式か……」
先程から激しい攻防を繰り返しており、鎧を纏った錬金術師との戦いに違和感を抱いていた。
こうも息一つ乱さず、この鎧騎士は今も尚立ち上がってくる。
解読眼で確認した時点で判明していたが、この鎧騎士は明らかに錬金術で強化されていた。
「だが、まるで……魂の無い人形を相手しているようだ。操られている、のか……?」
ヘルメスは先程から隙をついて何発も重い拳を鎧の錬金術師に浴びせていた。常人ならば気絶する程のものから、今では鎧を砕く程に強烈な拳を打っていた。
だが、それでもこの鎧騎士は怯む事なく何度も立ち上がってきた。
「――――……」
その異常なタフさは鎧に刻まれた式による恩恵である事は明白。そして、この鎧に組み込まれた式に心当たりがあったのだ。
だが、ヘルメスが知っている式とは少し異なるのだ。
「”あの式”は確か、肉体を強化するだけのはずだったが……改悪でもしたかあの下衆め……ッ」
ここまで完全に人としての意識を操るものではなかった。戦いの中、何度も意思疎通を図ったが未だ何の反応も無い。
どれだけ攻撃しようとも、意識や痛覚すらも奪われているのであればこのままでは永遠に戦いは終わらないだろう。
「……くっ、王従士として、”あの日”に覚悟を決めたが。――――やはり命を奪うしかないのか」
それでも、極力その選択肢を選ばないようにしてきたが。今の現状では、殺さなければ殺されてしまう。
少しでも弱さを見せれば自分が殺される。
ヘルメスは”初任務の時”にそれを嫌という程思い知らされていた。それが戦いというものだと。
「……すまないが、自分はここで死ぬわけにはいかない。いくぞ……ッ!!」
苦肉の策で選んだその選択。ヘルメスの哀しみに包まれた謝罪の言葉も、この鎧騎士には届いていない。
「――――……」
鎧騎士は澄んだ青い液体に色様々な結晶が浸った八本の透明な試験瓶を取り出し、両手の指でそれぞれ掴んでいた。
「簡易式……しかもその数……っ」
すぐさまヘルメスは解読眼でその全ての中身を解析していく。
日常的に用いられる便利な簡易式ばかりだが、当然の如くどれも抜かりなく戦闘用に出量等が調整されている。
その絶妙な調整や仕上がり具合はヘルメスからすればつい羨ましくなる程の完璧なものだ。
「どれもこれも……まったく。これを才能の無駄遣いと言うんじゃないのか?」
解析が終わると、目をゆっくりと閉じて静寂を身に包み。
何かを深く考え始め、決意する。
ヘルメスはこの鎧騎士達を裏で操る”黒幕の存在”に気づいており、沸々とその怒りが込みあがってきていた。
そして――――
「はあああああああッ!!!」
目を勢いよく開けた瞬間、決意に満ちた瞳で鎧騎士を射抜き駆け出す。
鎧騎士はすかさず八本の透明な試験瓶の蓋を器用に開け、風を斬るように迫るヘルメスへと投げつけていく。
そして今度は両手を地面に押し当てて青白い光を発生させた。
「ッ!!」
雷、炎、そして爆発がヘルメスを中心にして一斉に発動する。
そして、その美しい身体を犯すように蹂躙していく。
「うっ、ぐっ、ぁああああああああああッ」
避けようと思えばこの程度、全て避ける事など容易かった。
だが、ヘルメスは――――敢えてその全ての簡易式を受け入れたのだった。
「ッぁ、がっ、ぁぁあああッ、がはああああああああああああッ!!!!!」
あまりの激痛。常人にはとても耐え切れない痛みであろう事は言うまでもない。
平伏すようにその場に膝をつき、悲痛の叫びと共に顔を歪ませる。
しかし、それでも尚、簡易式の攻撃は止まらず。ヘルメスの意識も薄れそうになる。
だが――――
それでも、ヘルメスは怒りを糧にして気合いで意識を引き戻して尚踏ん張り続けた。
「こ、こんな、もの、ひびの、たんれん、に、……くらべればああああッ!!!!!」
痛めつけられる身体を全力で前に出して。纏わりつくかのような攻撃の嵐から何とか逃れることに成功する。
フラフラになりながら息を荒げて簡易式の暴風から脱したヘルメスの前には――――
「――――……」
先程、構築したばかりの大剣を振り上げる鎧騎士が待ち構えていた。
「ハァ、ハァ、く……ッ、」
特に損傷が激しい左腕を庇うように右手で押さえ、膝をつくヘルメスに容赦なく大剣が振り下ろされるが――――
「自分を……この程度で倒せると思うなぁッ!!!」
誰に向けた言葉なのか。
鎧を震撼させる程の怒号と共に、瞳をカッと開いたヘルメスは勢いよく立ち上がり――――振り下ろされたその大剣をいとも容易く素手で粉々に粉砕した。
「――――……」
大剣の破片が飛び散る中。
更なるヘルメスの強烈な拳が、鎧が剥がれた腹部に鋭く決まる。
「うがあああああッ!!!」
まるで獣じみた鋭い殺気に浴びせられながら、その衝撃によって鎧騎士は遠くの方まで猛風に包まれて吹き飛んでいく。
恐らく内臓は破裂し、もう二度と立ち上がる事はできないだろう。
「……グッ」
殺さなければ殺されていた。
わかってはいるが、どれだけ時が経とうと納得はできない。
激しく拳を握り締めて歯軋りを鳴らし、身体を怒りで震わせながら天高くまで――――憎き彼の名を叫び轟かせた。
「”オプリヌス”ッ!!!!! いつまで高みの見物でいるつもりだッ!!!!! 今すぐ出てこいッ!!!!!」
ヘルメスは、この鎧騎士を操る黒幕の正体を確信していた。
何故ならばこの漆黒の鎧が、”正義の鎧”と呼ばれる式である事を知っていたからだ。
多少改良されているようだが、これはオプリヌスがギリスティアの為に開発した式で間違いなかった。
解読眼に映る式の構造もほぼ瓜二つであり、この場にそのような存在が現れた事が良い証拠だ。
「オプリヌス……だ、と」
ヘルメスの口から叫ばれたその名前に、戦闘中にも関わらずジンは動きを止めて反応してしまう。
その形相は様々な感情が入り混じった剣幕とした顔つきだった。
「――――……」
そして、意識をヘルメスに向けて呆然と立ち尽くすジンを背後から鎧騎士が再び槍に変化させたままの片腕で貫こうとするが――――
「――――邪魔だッ」
槍の先端はジンの身体を貫けず目標を見失った。
「……」
一瞬にしてジンは鎧騎士の背後へと回り、そのまま左手を掲げると。
――――青白い光の球体がジンの左の掌から展開していた。
それは錬金術を扱う際に発生する光に酷似している。
ヘルメスがその異様な気配に気づき、ジンに視線を向けると解読眼がヘルメスの意思とは関係なくその正体を解析してしまう。
そして、判明したその正体にヘルメスは大きく息を呑んで絶句して後退する。
「な、なぜ、ジンが”それ”を……」
”それ”の形状含め、 解読眼を持たざる者には決して視る事ができないものだった。
だからこそ解読眼を持つヘルメスには、ジンの左の掌の”それ”がハッキリと視えていた。
「”原点、の式”……ッ!?」
目の前に広がるあり得ない光景に、ヘルメスは思わず自分の目を疑ってしまった。
何故ならば、原点の式とは伝説の宝物――――”賢者の石が無限に生み出す式”なのだから。
「ま、待て、何故……、ジンが……!?」
棒立ちのまま呆気に取られて混乱するヘルメス。
だが、ジンはその様子を気に留める事なく。
左の掌に、無数の原点の式を一つの球体のように圧縮して形状化して展開させていた。
そして、そのまま――――
「……」
冷徹な眼差しで、鎧騎士の腹部に押し込むようにぶつけて突風を撒き散らす。
原点の式は衝撃波となり鎧に伝い、鎧騎士を内側から破壊していく。
「――――……」
叫び声こそ聞こえはしないが、金属音を激しく鳴らして身体を大きく震わせていた。
「うっ、な、何だこの突風は……っ!?」
金色の髪を突風に揺らせながら、目を細めて両腕で顔を庇うヘルメス。
そして、その突風が過ぎ去ると。
「……収まった……?」
恐る恐る目を開けて、ヘルメスはジンを見つめる。
「――――!?」
すると、鎧騎士はジンの足元で粉々に砕かれた鎧の残骸と共に肉塊となった生身を晒して倒れ込んでいた。
原点の式が消えた左の掌を静かに見つめ、足元に鎧騎士だった物体を這わせる今のジンの姿は月明かりの効果もあって恐怖と畏怖を抱かせるものだった。
「……」
そして。
ヘルメスの視線に気づいたジンは間髪入れずそのまま駆け寄り、そのまま乱暴に胸倉を掴んで血塗れの顔を近づけた。
「オプリヌスは……――――オプリヌスはどこに居やがるッ!!!!!」
その表情はとても切羽詰まったもので眉間に皺を寄せて息も荒い。
「き、急にどうしたんだ!? ジン……?」
何故、ジンがオプリヌスを知っているのか。
そして何故、オプリヌスを追っているのか、さっぱり状況が呑み込めないでいた。
先ずは冷静に互いの知り得る情報を整理し、落ち着くようにヘルメスが言葉を投げかけようとした瞬間――――
『――――クク。……やはり、この程度では貴女を殺す事はできませんか』
どこからともなく響き渡るその声。
ジンとヘルメスが互いに聞き覚えのあるその声のする方角へ同時に振り返ると――――
「な……っ!?」
最初に反応したのは、ヘルメスだった。
飛び込んできた最悪の事態に目を大きく開き、表情を真っ青にして激しく身体を震わせて動揺する。
「この声……、やっぱり……ッ、テメェだなッ!!!! オプリヌスッ!!!!!」
振り返るとそこに居たのは――――意識を失ったリディアを抱える鎧騎士だった。
「リディアッ!!!!!」
声は確かにオプリヌスのものだが、気配がまるで別人だ。
しかし、ヘルメスはそれよりも。
リディアが何者かにこうして捕まっていると言う最悪の事態に気を動転させていた。