22話:聖剣の鍛冶師
かつて、名門貴族として何不自由の無い生活を過ごしてきたウェーランドの家系。
卓越した才有る当主によって繁栄していたウェーランドの家系だったが、今やその地位も底へと落ちている。
それでも、錬金術が発展したこの時代で鍛冶師と呼ばれる古臭い職一つで貴族にまで登り詰めた家系は恐らく歴史を辿ってもウェーランドぐらいなものだろう。
時代を顧みず、最期までその誇りを貫き通した”一人の男”。彼の信念は確かに孫娘へと託されていた。
「おっじーさまー! 今日もあそびに来たわ!」
ウェーランドが所有する敷地に設けられた伝統の工房。勢いよくその扉を開いたのは幼き日のエルサリア。
彼女は朝早くから毎日かかす事なく祖父の居るこの工房へと足を運んでいた。
「……」
「~♪」
いつもと変わらぬ金属がぶつかり合う鈍い音。
まるでそれは何かを優しく語り掛けているかのように聞こえる。エルサリアは祖父が奏でるこの音が大好きだった。
ご機嫌な様子で奥へと進むと巨大な溶鉱炉が在り、手ぬぐいを頭に巻いて額から汗を流す老人が一人静かに険しい表情で剣を打っていた。
背後から近づく孫娘の存在に気付くと老人は作業を中断して振り返る。
「ふー……お前が来たという事はもう朝か。――――おはよう、エルサリア」
自分と同じ灰色の髪に少し白髪が混じった祖父の姿。すすの付いた頬を優しく微笑みいつも自分を暖かく迎え入れてくれた。
今でも鮮明にその顔を覚えている。
「あははっ、おじいさまったらまたすすまみれ!」
ススを顔中に付ける祖父の元へ嬉しそうに駆け寄ると、温もりを感じ取るようにぎゅっと抱き締めて顔を埋める。
「~♪ 今日もおじいさまったら鉄の匂いがする~」
「あぁ。夜通し剣を打っていたからな……。それに鉄だけでなく、この高温の中ずっと作業をしていたからだいぶ汗も掻いてしまった。そんなに顔を埋めて……相当、汗臭いんじゃいか?」
酸味のある匂いが鼻孔をくすぐるが、それでもエルサリアは大好きな祖父を抱き締めたまま一向に離れようとしなかった。祖父は少し困った表情を浮かべ、ゴツゴツで逞しい大きな手でエルサリの頭を撫でて灰色の髪を梳いてやる。
「本当にお前は変わった子だよ。年頃の娘が毎日飽きもせずこんな鉄だらけの場所に訪れて……」
撫でられる度にエルサリアは目は本当に嬉しそうに目を細めていた。
「ねぇ、おじいさま?」
「何だい、エルサリア?」
ふと顔を上げて自分を見つめる孫娘に首を傾げると。
「今、おじいさまが打っていたアレは”聖剣”なの?」
祖父が聖剣の打ち手である事を幼いエルサリアも知っていた。
未完成の刀身だけの打かけの剣を見て、一体あれがどのような剣なのか幼いエルサリアは素直な疑問をぶつけた。しかし、その問に対して祖父の瞳は一瞬曇り、何故か伏目がちに視線を反らして渋い表情を浮かべてしまう。
だが、直ぐに穏やかな表情を取り戻してそっとエルサリアを離す。
「これはね――――」
両腕を後ろで組み、作業を中断していた剣の前へと立つ。
「”第七聖剣”、の一部さ」
穏やかな口調のまま、燃え上がる溶解炉を見つめてエルサリアによく言って聞かせるように語る。
「儂が打った六本の聖剣、そしてこれまでに造ったもの全てが誰かの為に打ったものだった。――――しかし、この第七聖剣だけは違う」
祖父が世に献上した数多の武器。その数は本人以外誰も把握できていない。
誰かの為にと、身を粉にして献身的に尽くしてきた彼だが今回ばかりは違うようだ。
「この剣だけは……初めて自己の為に打っている」
皺くちゃな眉間を深くして力強くそう告げる。
「おじいさまの為……?」
「そう、儂の為だ。儂だけの聖剣だ」
少し寂しそうな表情で振り返る祖父に、エルサリアの胸が妙にざわついた。それを察したのか祖父は静かにエルサリアの元に歩み寄り再び優しく頭を撫でる。
「お前なら、エルサリアなら伝説の錬金術師アンチスミスや、”彼”ですら抗えなかった神々が定めし運命を、もしかすると斬り開けるかもしれないね」
彼の名は――――”ヴェル=ウェーランド”。
聖剣を打ちし、稀代の鍛冶師。
人は彼の功績を称えてこう呼んでいた、”聖剣の鍛冶師”と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――我が聖剣で深淵へと突き落としてくれようッ!!」
殺意と怒りの込もる静かな声。
ジルは目元に影を作り、大きく立ち振る舞い第六聖剣:オルレアンの煌く刀身にヘルメスとエルサリアを映していた。
「先代ウェーランドが打ちし聖剣は全てで”七本”だ。その中でもこのオルレアンは平和の象徴として、救済の剣とも呼ばれているッ! この剣を持ってして貴様達には死と言う名の救済を与えんッ!!」
「……」
祖父が打ちし聖剣を我が物顔で振りかざすジルに、エルサリアは眉間を次第に深くさせて形相を険しくさせる。
「ふん、実に懐かしいものだ。我が愛しの聖処女は、大戦時に先代ウェーランドから終止符を打つべくこの聖剣を授かった。……よく覚えているとも。聖剣の鍛冶師は彼女に全てを終わらす為にとオルレアンを授けてきたのだ。――――その意味が君達にわかるかね? ギリスティアに次ぐあの大国、アーデンナイルでさえこの一振りで壊滅させる程の力が聖剣にッ! オルレアンには秘められているのだよッ!!」
半信半疑でヘルメスが横へ振り向くと、両腕を組みながら額から僅かに冷や汗を流すエルサリアの珍しい様子が伺えた。ウェーランドの末裔であるエルサリアの反応からして恐らくジルが語る聖剣に纏わる話は真実なのだろう。
「聖剣とは一体……」
改めて聖剣が持つ未知の力にヘルメスは息を呑む。その名や伝承だけならば何度か書物を通して僅かに知識を付けている。
しかし、その詳細を深くまでは知らない。
錬金術を介さず、鍛冶師が造りしその剣にどれ程の力が秘められていると言うのか。
後半から息を荒げ饒舌に語っていたジルだが。二人に突きつけていたオルレアンを次第に下げていくと同時に肩を震わせていき――――
「……結局、最期まオルレアンが鞘から抜かれる事もなく、施された鎖が解かれる事はなかった」
震える声。それは哀しみではなく、歪んだ心情からくるもの。
「何故ならば……ッ、敵国に与えるであろう甚大な被害にッ! 敵であるはずの聖処女が胸を痛めて嘆いていたからだ……ッ! あぁぁっ……なんとッ! なんと清らかで純真な女性なのだろう……ッ!! 狂おしくなる程にッ、穢したくなる程にッ、壊したくなる程に愛おしいッ!!」
力強く自身の顔を片手で掴み、表情を歪ませ。止めどの無い聖処女への想いを滾らせ、青髪のオールバックを乱しながら恐悦へと浸る。
「あぁぁぁぁあッ、……穢したかった、壊したかった……。悲痛の表情で歪むその眼でこの私を、私だけを見つめて欲しかったッ!! しかし、今はそれも叶わぬ……。何とも運命とは残酷なのだろうッ!? 君達もそう思わんかねぇッ!?」
血走った眼と淀んだ欲望を前に、ヘルメスとエルサリアは嫌悪感に苛まれ表情を引きつらせていた。
「……同意を求められても困りますわね」
「……あぁ、まったくだ」
人の心をここまで歪ませてしまう程に、生前の聖処女ジャンヌとは魅力的な人物だったのか。面識の無い二人には理解など到底できるはずもない。
幾度となく狂気に呑まれた者と対峙してきたヘルメスですら思わず顔を床へと背けてしまう程だった。
しかし、直ぐに異変が訪れて慌てて顔を上げる。
「何だ……?」
その歪んだ愛に共鳴するかのように、オルレアンの美しい刀身から醜悪な紫煙が滲み出てきていた。
刻まれていた祈りの言葉も、薄っすらと赤く光り始めて不穏な気配を匂わせている。ヘルメスが咄嗟に眼鏡を外し、解読眼でオルレアンの刀身を見つめと――――
「っ!?」
聖剣を構築していた式が、錬金術を発動していないにも関わらず。紫煙に包まれていくや次々とその姿を変えていく。
「エルっ!!」
異様なその光景を視てエルサリアへと振り向きオルレアンを指を差すも。
「……」
エルサリアは両腕を組んだまま、表情を険しくさせて黙ったままだった。
「おい……っ! あれのどこが救済の聖剣なんだ!? どんどん禍々しい形に変化していくぞ!?」
美しい刀身は既に見る影も無く。生命を殺害する為だけの、殺傷能力に特化した形へと変えていた。
肉を深くまで斬り裂けるように分厚くなった刃、捕らえた獲物を逃さぬよう鋭利な引っかけの数々。漆黒に染まった刀身が二股に分かれ、何とも形容し難い歪んだ形状となったオルレアン。
紫煙を纏い、不気味に赤く光る祈りの文字までもいつの間にか呪いの言葉へと変化していた。
「……煩いですわね。解読眼が無くとも、見ればわかりますわよそんな事」
「っ、なら説明してもらいたいものだっ。もはや……聖剣と呼べる存在じゃないぞアレは……」
それは、まるで怨念のように。
人の醜い感情を凝縮したかのような、この場の空気を包み込む狂気。
聖剣とは程遠い存在がこの場を掌握した。
「元々、第六聖剣:オルレアンは”使い手の心を写す鏡のような聖剣”ですもの。使い手の心に反応してその形状を変え、力を増す。あのような男が持てば、あぁもなりますわ」
静かに瞳を閉じ、冷静に言葉を紡ぐエルサリア。
「そのようなモノを何故……君のお爺様は一体何の為にそんな剣を……」
「ただし――――」
エルサリアの瞳が途端に開く。
その眼は憎悪に満ちた鋭い眼光であった。
「――――少なくともお爺様はあんな姿を望んでなんていませんでしたわ!!」
「お、おいエルッ!!」
堪えようのない怒りが爆発したように、両手を横に広げて勢いよく跳び出したエルサリア。二歩目に差し掛かる頃には既に錬金術を発動させており、床から既に二本の剣を構築し終えていた。
連鎖的に繋がるその行動にヘルメスですら目で追うのにやっとの事。エルサリアはジルとの距離を急激に縮めると腹の底から叫ぶ。
「だから聖剣を全部……ッ!! ――――私が破壊しますのよッ!!!!!」
風をも斬る勢いで腰を低くさせて間合いを詰めてみせたエルサリアに、その場から一切動かずにいたジルが短く感心を示す。
「ハッ! 中々の動きだが……」
交差した二本の剣を上にしてオルレアンを狙うが――――
「――――ッ」
二本の剣先がオルレアンに到達する前に、エルサリアの攻撃は途中で見えない何かに阻まれてしまい。
「ハッハッハッ、惜しかったな。しかし、このままでは私を斬る事すら叶わんぞ?」
「っ、この……っ」
冷ややかなジルの視線に見下ろされ、エルサリアは戸惑いと悔しさから口元を歪め、直ぐに後方へと距離を取る。
「――――!? そういう事だったのか!!」
エルサリアのおかげでヘルメスが先程から続く不思議なこの現象の正体にようやく気づく事ができた。
徐に口元へと指を這わせ、遠くへと視線を移す。その先にはずっと無言のままこの場に居合わせていた”彼女”が居た。
「大気中の式を凝縮する事で物理的な障壁を構築する……それが彼女の固有式の正体か!」
解読眼によって明らかになった不思議な現象の正体。
四方から放たれた無数の剣がジルを襲った際、その身体を謎の式が覆って全ての剣を弾き飛ばしていた。そして、今回は空気中に漂う式が薄く板状に凝縮してエルサリアの剣を止めたのだ。
そして、先程からその錬金術を発動させていたのは部屋の片隅で今も両手を青白く光らす――――コルチカムだった。
「……ふぅ、ですわ」
咄嗟にジルから距離を取り、屈むように着地を決めてヘルメスの横へと戻ってきたエルサリア。溜息交じりに立ち上がり姿勢を立て直すと、一本の剣を床に突き刺し、ムスっとした表情で垂れ下がった片方の髪を鬱陶しそうに払う。
「ちゃんと視てましたわね、ヘルメス。さぁ、この私がわざわざ敵に手の内を晒させましたのよ、あの邪魔な錬金術の説明をなさい」
先程の、怒りに満ちた表情は遠に消え失せており。エルサリアは当然のように涼しい顔で何事もなかったかのように説明を要求してきた。
その偉そうな物言いに釈然とせず、ヘルメスは魔銃でわざとらしく肩を叩きながら渋るように口を尖らせる。
「このままじゃ歯が立たないので教えてください、の間違いじゃないのか?」
「……無駄口は結構ですの。このまま貴女も斬り捨てますわよ」
片手に持つ剣を横にかざすとヘルメスの眼前を冷ややかな風と共に刃が通り過ぎていく。どうやら今のエルサリアは冷静を装う事に必死であまり余裕は無さそうだ。
暫く研ぎ澄まされた見事な刃を見つめ、ヘルメスは伏せ目がちに潔く部屋の片隅へと魔銃の銃口を差す。
「フー……。よく見ろ、あのコルチカムと呼ばれる少女。彼女の固有式が恐らく見えない障壁のようなモノを構築する錬金術だ。エルがさっきバカみたいに構築していた剣が全て弾かれた時も――――」
「……っ、誰がバカですのよっ!」
眉をひくつかせ、眼前の刃を震わせて横から抗議を入れるエルサリアを無視してヘルメスは続けていく。
「……で、さっきエルが構築した大量の剣が弾かれた時だが、あれはドレェク侯爵の全身を彼女が構築した見えない障壁のような式が密着して張り付いていったのが原因だ。そして、今回は薄い板みたいな式があの一瞬に二人の間に構築されてしまい防がれてしまったというわけだ。さぁ、どうする? あの固有式、相当厄介なものだぞ」
謎が明らかになるにつれ、エルサリアは剣をそっと下に降ろしていき。
「では、あの小娘をどうにかしないといけませんわね――――」
刃のごとく研ぎ澄まされた瞳でコルチカムを睨む。
「あら……?」
今まで特に注視していなかったが、よく見ればどこかでコルチカムを見たような気がしてきた。だが、どうにも思い出せないでいた。
しかし、今はそれも関係無い。自身に立ち阻むただの敵でしかないのだから。
「まぁ、良いですわ」
一本の剣を、その剣先をドレェクへと向け。
「どれだけ見えない障壁が構築できるのか、その大きさや形状は未知数ですけど貴女はあの小娘を攻撃し続けて私を援護なさい。その間に私は聖剣を……青髭侯爵を斬り伏せてきますわ!」
「相変わらず身勝手だな、君は。しかし、大人しくここは引き受けてやる。どうせこのままでは埒が明かないからな。――――自分の背中を預けたぞ」
静かに魔銃の弾丸を補給していくヘルメス。
二人のやり取りが終わると、ジルが紺色のマントを広げて歪みに歪んだオルレアンを突きつけてきた。
「無意味な相談の時間は終わったかね? ……ヘルメス。君が解読眼を持つ者だということは出会った時からその瞳の色で当然わかっていたさ。だからこそ、コルチカムの固有式に辿り着くことも全て織り込み済みだ。……しかし、それでも私と貴様達には圧倒的な差がある。オルレアンを抜きにしても――――貴様達の敗北は変わらんよッ」
咄嗟に、紺色のマントが二人の視界に映ったかと思えば。
「速いですわ――――!?」
紫煙の残りが漂い。
「いや! 速さだけではないぞ――――!!」
――――次にはヘルメスとエルサリアの両者に鋭い一撃が放たれたのだった。
「こ、っ、こうも、気安く私の間合いに……ッ」
「それもだが、この力……っ、流石は大戦を経て英雄と呼ばれるだけはあるな……ッ」
振りかざされたオルレアンを、二本の剣と魔銃で必死に受け止める二人の少女。
「ふむ、反応は上々……。流石にこの程度であれば十分に対応しうるか」
あの一瞬でジルは容易く二人の間合いに潜り込み、オルレアンを振りかざしていた。その俊敏性とこの重く圧し掛かる力には流石と称す他無い。
錬金術を使っているわけでもなく、老体ながら純粋な身体能力だけでこれだ。やはり大戦を勝利に導いた英雄だけあり、只者ではなかった。
「やはり、命のやり取りが行われる戦いは心躍るものだな。良いぞ……! もっとだ、もっと私を存分に愉しませてみせろ――――!!!」
声を弾ませ更に力を高めていくジルとは対照的に、エルサリアは今にも力負けしそうで構築した二本の剣に早速ヒビが入る始末。
両手で魔銃を横に構えて隣に並び耐えるヘルメスにはまだ余力があり、横目でコルチカムの動きを注視しながら離脱するタイミングを見計らっていた。
「エル……辛そうだが本当に一人で大丈夫か? このままでは……、あの子からも追撃されるぞ……」
「私の心配だなんて、本当に失礼な人ですわね……ッ、この程度っ、問題ありませんわッ!!!」
ヘルメスに心配された事が反ってエルサリアの闘志に火を灯し、握り絞めていた二本の剣を青白い光が包み込んでいき――――
「私を誰だと思っていますの――――ッ」
眩い煌めきが、二本の剣を中心に増していく。
「聖剣の鍛冶師の孫娘ですわよ――――ッ」
元々、床から構築されただけの普通の剣。それが更に式を変化させていく。
ヒビの入った二本の剣はやがって一本の剣へと形状を変え、威厳を感じさせる装飾が施された大剣となり――――
「”最終工程”……完了。我が至高の剣は万夫不当ッ!!!!!」
誇り高きウェーランドの末裔。その気高さを孕んだ叫びが周囲の空気を震撼させた。
そして――――
「おぉおおッ!!!」
聖剣の鍛冶師が打ちし聖剣を――――オルレアンを遂に押し退けたのだった。
「……っ、やるではないかッ」
それは一転の曇りも無い、眩しく輝く白金の見事な刃。”エルサリアの固有式”が織り成した至高の一振り。
オルレアンの刃から逃れたヘルメスはその隙に一目散でコルチカムの元へと走り出す。エルサリアの援護に回るべくあの見えない障壁の対処へと当たらなければならないのだ。
「よし! 後は任せたぞ! 自分はあの子を止めてくる!」
「はぁ、はぁ……。任せ、ましたわ、」
大剣を地につけ、辛そうに肩で息をしている。ヘルメス程の身体能力は当然持ち合わせておらず、どちらかと言えば真向からの純粋な力勝負は苦手な部類なのだ。
「なるほど、君もギリスティアが誇る王従士だという事を忘れていたよ。さぁて、オルレアンでも斬れぬ剣か……果たしてどのような固有式だろうか。興味が沸いてきたぞ、ウェーランドの末裔」
ジルは顎髭を撫でつつ、エルサリアが発動した固有式に期待で胸を膨らませていた。
その様子を部屋の片隅からじっとコルチカムが見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「流石はエルサリア=ウェーランド……って、所か」
部屋の片隅でそう呟く少女、コルチカムが注意深くその攻防を目に焼き付けていた。それとは別に、先程から地上の状況を気にして指を絡めながら落ち着かない様子だった。
「もう予定時間を大幅に過ぎてるのに未だ応援が来ない……」
まるで誰かを待つかのように、所々で上の空となっている。それでもジルを守るべく固有式の準備だけは怠らずにいた。
「さぁっ、ここからは自分が相手だ!」
そこに、靴底が擦れる音と共に目の前に現れたヘルメス。
コルチカムは軽く舌打ちをして冷ややかな視線を送る。
「……さて、さてさて。君も君でよく此処まで辿り着いたもんだよ――――ヘルメス=エーテル」
ジルの傍から離れた事で印象をだいぶ変えて言葉を紡ぐコルチカム。
しかし、途端に冷ややかな様子から歓迎するかのように両手を大きく横にして満面の笑みを浮かべてくる。不気味なまでに次々と豹変するコルチカムにヘルメスは魔銃を向けた。
「どうやら自分の事を知っているようだな。一体君は何者なんだ? あれ程の固有式を有する錬金術師が何故、ドレェクに付き従っている。訳を教えてくれないか?」
一挙一動に細心の注意を払いながらコルチカムの周辺を回り、その奥底に眠る真実に辿り着くべく会話をなるべく引き延ばしていくヘルメス。
「あはッ♪」
その様をまるで嘲笑うかのように、静かに淀んだ笑みを浮かべて見つめるコルチカム。
「……嫌だなぁ、そういう風に直ぐ質問しちゃうような思考停止ちゃんは――――」
そのまま笑みを崩さず、コルチカムが横に広げていた両手を静かに下すと同時にヘルメスも立ち止まる。
「ホ~ント、――――癪に障る」
コルチカムが唐突に冷酷な表情を浮かべ両手を青白く光らせれば。
「お、おい――――!?」
ヘルメスを挟むように横から見えない巨大な障壁が押し寄せてきた。
「また見えない壁か!! しかしっ、今回のは――――」
天井より僅かに低い程の巨大な障壁を上に跳び回避する事は不可能。かと言っても距離が近すぎる為に前後へと逃げている時間も無い。
このままでは壁に両挟みとなって押し潰されてしまう。
「くっ、仕方……あるまいッ」
魔銃を素早く懐のホルスターに戻すと慌てて片膝を床につけ、両手から青白い火花を散らしながら床に掌を押しつけて意を決する。
この状況から逃れる唯一の方法として――――
「ならば錬金術には錬金術で対抗するまでだッ!!」
固有式が発動しようとヘルメスを中心に青白い光が発ち込めていく。
「……っ!? まさか、あのヘルメス=エーテルが錬金術を……っ!?」
ラティーバで何度か全てを呑み込む者の攻撃をも防いだ盾を構築した固有式。
未だ不安定かつ不確定要素の塊のような錬金術ではあるが、ヘルメスは一か八かでそれに賭ける事にした。何故か今なら思い通りに成功するような、そんな予感と期待が心をざわつかせていた。
己を信じ、ヘルメスは聖鳥の卵を発動させるべく精神を集中させる。
「……自分ならやれるはずだ。これまでの、ラティーバでの経験と記憶を根こそぎ思い出せ……ッ」
解読眼から――――微かに赤黒い火花のような光が舞えば。
「そんな、馬鹿な――――!?」
凄まじい速さで膝をつけた床が、世界の式が、ヘルメスによって書き換えられていく。
蠢く二つの巨大な何かが青白い光に包まれながら徐々にその姿を現して世界へと干渉する。
「我が求めに応えよ――――聖鳥の卵ッ!!」
叫びと共に、内に眠る何かが弾けるような気がした。
ふつふつと湧き上がるこの不思議な感情にどこか心穏やかになっていく。そして、いつしか押し迫っていた見えない巨大な障壁は完全に動きを止めていた。
エルサリアとの闘いの時のような情けない結果にならずホッと胸を撫でおろす。
「……良かった。今度はちゃんと成功したようだ」
フラウディーネを訪れてからようやくまともに機能した自分の固有式に誇らし気に笑みを零す。その場から静かに立ち上がると、構築者である主を守るように床から伸びた巨大な石像の腕が障壁を抑え込んでいた。
それはどこか神秘的な外観で、まるで昔話に出てきそうな神々を守る巨人の腕のような外見をしている。
「想像していたよりも……随分と凄いものが構築できてしまったな。やはり、まだ思い通りには操れないか」
自身の両手を見つめ未だ制御できていないこの固有式に苦笑するヘルメス。
だが、これならば十分に戦う事ができる。
そう意気込み再びコルチカムへ力強い視線を向けると。
「……そんな固有式の情報は聞いてなかったぞ」
冷ややかな視線でヘルメスを射抜き、僅かに歯を覗かせて驚きと苛立ちを現すコルチカム。
ヘルメスの視線に気づくとコルチカムは静かに笑顔を取り戻していき。
「でも……いやぁ、お見事。――――流石は賢者の石って所かな」
「っ!?」
その言葉に大きく瞳を開き、驚きのあまり自然と一歩前に出てムキな表情を浮かべて歯切れを悪くするヘルメス。
「何故だ……。君は……一体何を勘違いしている……自分は賢者の石など、」
「じゃあ、やっぱりジンが持ってるのかな?」
「何故……っ、そう結びつくんだ……っ」
「さぁ? でも――――賢者の石を持ってないなら、このまま死んじゃうよ?」
あどけない笑みを保ちながら先程からこちらの核心を次々と突いてくるような発言を繰り返すコルチカム。その雰囲気や自信の正体は定かではないが、完全に賢者の石の存在を嗅ぎつけていた。
嫌な汗が流れるとコルチカムの追撃が始まる。
「――――っ!?」
「さぁっ!! 早く賢者の石を使いなよ!! それとも賢者の石を持つジンが助けにきてくれるのを待っているのかな!?」
違和感に気づいたヘルメスが視線を下すと、今度は足元から見えない障壁が突き上げてくる。薄い四方形の障壁がさながらその首を断罪しようと処刑台の刃のごとく猛烈な速さでヘルメスを襲う。
「ちぃっ!!」
首を思いきり仰け反らせて間一髪の所で避けてみたものの、次には後方、更には前方からと次々に見えない刃が襲い来る。
「ほらほらぁ! 動体視力がどれだけ優れていようと君程度の錬金術師に対処される程、ボクの固有式は甘くないよ!!」
「確かにっ、解読眼で視えているとは言えっ、遠隔構築でこうも不規則な場所に構築され続ければいつか本当に喰らってしまう……!!」
撹乱するように立て続けに乱雑に攻撃され、集中力を掻き乱されて錬金術が発動できないでいた。
ただでさえ、ヘルメスの聖鳥の卵はまともに機能させようとすれば膨大な集中力を要する。このような不安定な状況では実用的なモノが構築できず、発動すら失敗に終わるだけだろう。
それがわかっていたヘルメスは聖鳥を頼りにせず、生身でこの渦中を突破する為に魔銃を取り出して跳び出す。
「だが、こっちの方が自分の性に合っている……ッ、悪いがこのまま叩かせてもらうぞ!!」
次々と飛び交う見えない障壁を凛々しい瞳で捉え、避けながら前進を続けるヘルメス。
エルサリアの剣ですら斬れなかった障壁に弾丸が通じるとは思っていない。だからこそ、魔銃はあくまで盾として使う。
「ぐぬぬう……っ!」
前方から突き刺さる障壁を魔銃でいなし、衝突の際に火花を散らす。
強度自体は高いものの、それでも十分に魔銃で防げると確信したヘルメスはそのまま突き走る。何度も構築されていく障壁が四方から迫ろうとも見事にその全てを潜り抜けていく
「負けるかぁあああああああっ!!」
繰り返される攻撃の嵐。
その全てを防ぎ、突破していく。
そして遂に。
いつの間にか、平淡な表情で待ち受けるコルチカムとの距離が縮まっていた。
「さぁ……ッ、どれだけ邪魔な壁を張ろうと自分は止まらないッ!! 君までもうすぐそこだッ!!」
あと僅かの距離。
もうすぐコルチカムに手が届きそうな距離にまで達した。
しかし――――
「しまっ――――」
ヘルメスが一歩前に出た瞬間、足元から青白い光が輝く。
錬金術の発動を意味する神秘の光。
ヘルメスが踏み込んだその箇所には、コルチカムが新たな仕掛けが施していた。
「えへへ♪」
「――――っ!?」
気づいた時にはもう遅かった。
立て続けに構築されていく障壁の数に注意力が散乱し、コルチカムが用意していた仕掛けをつい見落としてしまっていたのだ。
そしてヘルメスが踏み込んだ事がトリガーとなり、その錬金術は発動した。
「っ、ぁ、がはっ、」
ヘルメスの口から吐血が舞う。
捻じ込むように腹部へと突き刺さる見えない障壁が内蔵や骨に甚大な損傷を与えてヘルメスを吹き飛ばす。
「ぁぁっ、ぐ、っ、ふぅ……ッ、はっ!?」
無残に床へと叩きつけられ、腹を抑えて蹲るヘルメスの元にコルチカムの足音が近づく。
「……ざーんねん。ボクの固有式と遠隔構築にばっか気を取られて、こんな単純な”時限式”にも気づかないなんて。でも、容赦なんてしないからね?」
青白い光を纏う右手を軽くヘルメスへとかざして残忍な笑みを浮かべる。
「ぐ……ぅ、……教えてくれ……何故、君はそこまで……っ、ドレェク侯爵を守ろうとする!」
腹を抑えたまま苦しそうに顔を上げるヘルメスに、コルチカムは残忍な面持ちで静かに告げる。
「だぁかぁらぁ。そもそも君は勘違いをしてるんだってば」
「どういう意味だ……?」
桃色の前髪で薄っすらと目元に影を作り、その奥から鋭い視線を浴びせてコルチカムは言う。
「ボクは別にドレェク侯爵を守ってなんかいないよ。むしろドレェク侯爵は”ボク達”が捕まえる標的だもん」
「ボク達……? 標的……?」
コルチカムの言葉はどれも理解が追い付かず、苦痛に表情を歪めて必死に立ち上がろうとするヘルメス。
「そうさ。というかだよ? ボクだって君に対して疑問が尽きないんだけど。何で君はジンと行動してるんだい? どこであのバケモノに出会ったのさ?」
「ジンがバケモノ、だと……ッ」
痛みで身体を震わせながらも、ジンをバケモノだと言われた事に対して怒りが込み上り。
「……訂正しろ……ッ」
よろよろと立ち上がりながらコルチカムを睨みつけていく。
「……何さ。本当の事でしょ? まさか、ジンが普通の人間だとでも思ってたの? もし、そうだとしたらジンってば君にまで嘘を――――っ!?」
一発の弾丸がコルチカムの頬を掠り、僅かに血が流れ出た。
「……それ以上、ジンを貶めるような発言を繰り返すようなら――――次は当てるぞ」
コルチカムが錬金術を発動するよりも先に、ヘルメスが引き金を引く方が早かった。
あまりの速射に思わずコルチカムは一歩後ずさり歯ぎしりを鳴らす。
「っ、何だよ……っ、何なんだよ……ッ!! どうせジンの事なんか何も知らないクセにッ!! あいつがッ、あいつがアタシに何をしたか知ってるのかッ!? あいつはアタシの全てを奪ったんだッ!!」
この少女とジンの間に、どのような因縁があるのかは何も知らない。
それでも、ジンがどのような過去や罪を背負っていようともヘルメスには関係なかった。
今と、これまでの旅で知ったジンが全てなのだから。
「自分が知っているジンは、決してバケモノなんかじゃない!! 確かに……不器用で常識外れな所が結構あるのは否めないが……。それでも、彼は――――誰よりも人の痛みがわかる男だ!!」
「戯言を……ッ」
怒りから全身を震わせ顔を俯かせるコルチカム。そして震える両手を曲げると錬金術を発動させた。
「人の痛みがわかる、だと……。いひっ♪ ……笑わせるなぁッ!!」
よろめくヘルメスを四方系に囲むように見えない障壁が構築されて逃げ場を失う。
注意深く解読眼で周囲を見渡しても一寸の隙間なく、完全に隔離されてしまった。
ようやく腹の痛みが引いてくるとヘルメスは澄んだ瞳でコルチカムを見つめて問う。
「……教えてくれ。君とジンの間に一体何があったんだ?」
「うるさいッ!! 早く賢者の石を出せッ!!」
もはや演技をするつもりもないようで、素を顕にして賢者の石を求めるコルチカム。
構築者の心に呼応するように障壁が一斉にヘルメスを四方から圧迫し始める。
「ぐぬ、っ、だからっ、賢者の石など自分は持っていないと言っているだろっ!!」
ヤケクソ気味に叫びながらヘルメスは背中で一枚の障壁を受け切り、両腕で横から迫る二枚の障壁を押し止め、右足を前に出して前方の障壁を踏みつけるようにして必死に耐え忍ぶ。
「ならこのまま潰れてろッ!! 全部片付いたらジンから賢者の石を奪うまでだッ!!」
メイド衣装のスカートからスラリと伸びた足で苛立ちを込めて床を踏みつけ、更に両手から放たれる青白い光の輝きを増していく。
障壁の押し付ける力も増してヘルメスへの圧迫が強まる。
「ふぬぅっ、ぅっ、そんな事、さ、せる、かぁ、ぁあ、あああああああッ」
ヘルメスも常軌を逸脱した全身に漲る力を負けじと強め、徐々に障壁を押し退けていく。
「っ、嘘だろ……っ、」
「ふ、フフ、この程度……日々の鍛錬に比べれば……大した事ないわああああああああああ」
コルチカムの心は乱れていた。
本来ではあり得ないこのような状況を引き起こしてしまったのも、全ては自分の心の弱さが原因だ。
集中力を欠いたコルチカムが構築した今の障壁は僅かに式が乱れていた。
その僅かな乱れにヘルメスの常人離れした凄まじい力がぶつけられた事で形成が保てなくなり――――
「あり得……、ない……そんな、馬鹿な……」
障壁に走った亀裂は瞬く間に全体へと渡り、硝子の割れたような音と共に一斉に砕け散っていった。
「はぁっ、はぁっ、」
全身から血を流し、ボロボロに傷つきながらもヘルメスは勝ち誇った笑みで魔銃を握りながら静かにコルチカムへと近づく。
「こんの……ッ、落ちこぼれが……ッ!! 賢者の石も使わずに……ましてや式崩しや錬金術も使わずにただの筋力だけでアタシの固有式を破っただと……ッ!!」
驚愕の光景にコルチカムが次の構築を始めようと再び青白い光を両手に纏う。
「くそっ!! アタシに……近づくなぁッ!!」
だが、ヘルメスは錬金術が発動されるよりも早くコルチカムの間合いへと踏み込む。
「っ、この……っ」
一瞬の内にコルチカムの両手を羽交い絞めにし、常に見えざる障壁に注意を払いそっと顔を近づける。
そして、ずっと気になっていた事を告げる。
「……何をそんなに怯えている? 君の固有式と言い……自分には君が何かに怯えているように感じるんだが」
「ふざけるな……ッ! アタシが怯えているだと……勘違いも甚だしい!! それに、この程度でアタシの動きを封じたつもりか!?」
逃れようと必死に身体を揺さぶってみるも完璧に関節を抑えられており、圧倒的な力を前に固有式を使わずに自力で脱出する事は不可能だった。
諦めて見えざる障壁を構築すべく錬金術の発動へと移ろうとする。
「この状態でも固有式は発動できるんだ!! 直ぐにその鬱陶しい口を黙らせてやる!!」
「――――君はジンに全てを奪われたと言っていたな」
途端にコルチカムの動きが静かになっていく。
「……だから何さ。今更、あいつの言い訳を聞かされようとその事実は変わらない。どんな理由があろうと、どんな謝罪があろうと、アタシは絶対にあいつを許さない……ッ!!」
怒りに満ちた凶悪な表情を浮かべるコルチカムの後ろ頭にヘルメスはそっと額を押し付けた。
「すまないな、自分はジンに……救われたんだ」
瞳を閉じて複雑な声色で何かを伝えようとるすヘルメス。
ジンとの出会いで救われ、奪われた二人の少女。
対照的な未来を歩んできた二人の間に流れる束の間の沈黙。いつの間にかコルチカムの瞳から一筋の涙が零れ落ちていた。
そんな二人の少女の足元に、狂気の闇が伸びて差し迫ってきていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘルメスとコルチカムが一戦交えている間に、エルサリアとジルの剣戟も熾烈さを増していた。
「素直に驚かされたよ。しかし、――――果たして聖剣を前にいつまで持つかね」
余裕の面持ちでオルレアンを横に振り風を斬り、大剣を握りしめて構えるエルサリアを歪んだ眼で見つめる。その視線は徐々に下がり、いつしか左腰に携えられた一本の剣へと興味を移す。
何本もの剣を構築しようとも、未だ抜かれる事なく鞘に収まったままのその剣。
その鞘の形状には見覚えがあり、ジルはそっと指を差す。
「……どうだね? そろそろ腰に携えている剣を――――聖剣を抜く気にならんかね?」
常にエルサリアが肌身離さず持ち歩いていた剣。
その正体は祖父から受け継ぎし聖剣の一本だった。
エルサリアは僅かに鞘へと視線を移し、大剣を握り直すと直ぐにジルを睨みつけて舌を捲くし立てた。
「自惚れも程々になさい、青髭侯爵」
微かに肩を反応させ、二つに束ねられた灰色の長髪を揺らし。顎を上げてジルを見下すように冷やかな視線と表情で妖艶に微笑むエルサリア。
「聖処女が第六聖剣:オルレアンを所持したままならまだしも、貴方如きの手に渡ったオルレアンに私の誇りを抜くまでもありませんわ。それが証拠に貴方の心を写したオルレアンは未だ私に一太刀も浴びてませんわよ?」
聖処女が持てば国一つ滅ぼす程の力を有すると伝承に残る第六聖剣:オルレアン。
だが、現在の所有者たるジルではその力を最大限に発揮できずにいた。それでもジルの実力と合わさったオルレアンが脅威である事は変わらない。
殺戮衝動と狂気に呼応したオルレアンが、いつその心に更なる変化を及ぼすか想定出来ないでいた。
それでも、エルサリアの絶対の自信は揺るがず。ただ聖剣の破壊だけを目的に最善を尽くすのみだった。
「フ、フハハハッ……認めよう。私程度ではこのオルレアンの真価を発揮する事は叶わぬだろう。しかし――――見誤るなよ小娘」
揺れる紫煙を残し、再びエルサリアの眼前へと驚異的な俊敏性で潜り込んだジル。
「――――英雄として称えられたこの私に、この聖剣で、その命に幕を下ろされる事を光栄に思いたまえッ!!」
両手を上にして、縦に両断しようと振りかざしたオルレアンの刃がエルサリアへと迫る。
「……貴方こそ、この私の”二つの固有式”全てが拝めた事を光栄に思いなさい!」
大剣を手放し、うんざりだと深いため息を吐いて瞳を閉じて床に膝づくエルサリア。戦意を失ったかに見えるその行動にもジルは一切容赦を与えず勢いよくオルレアンを振り下ろした。
「戯言と共に血潮を巻き散らせウェーランドの末裔ッ!!!」
勝利を確信したジルに呼応してオルレアンの刀身に刻まれた文字も赤く光り喜びを顕わす。
だが――――
「”偉大なる設計図”――――」
青白い光がたちまち周囲にたちこめ、今までに無い異様な気配を察知したジルは振り下ろした両手を途端に止め。
「……まさか……貴様……ッ」
頭上に視線を移したジルの視線の先には――――
「これはッ!? そんな、馬鹿な事が……あってたまるかッ!!」
空中に浮かぶは”五本の剣”。
煌びやかな装飾が施された剣の数々が眩い黄金の輝きを放っていた。
「っ、……”聖剣”を……構築したと言うのか……ッ!!!」
唯一情報が存在しない第七聖剣を除けば、その五本全てが伝承として語り継がれる聖剣だった。
五本の聖剣が並ぶその壮観たる光景に流石のジルも身をたじろがせて息を呑む。
「鍛冶と錬金術を合わせた私だけの固有式。聖剣が織り成すこの試練――――心して挑むが良いですわ」
次の瞬間には五本の聖剣が次々とジルへと降り注ぐ。
「お、――――おのれぇぇえええ……ッ!!」
床を抉り煙を舞わせ、けたたましい音を破壊音で奏でていく。
神聖なる殺戮と呼ぶに相応しい、美しくも惨い光景へと周囲を塗り潰していった。
「くッ、これしきで私を倒せると思うなよ!!」
聖剣の追撃に大量の煙が舞う中、勇ましく立ち上がりその姿を現すジル。
死に物狂いで聖剣を必死に避ける事に成功したがこの試練、とても生温いものではなかった。
なんと、床に突き刺さった聖剣が自らの意思で再び宙に浮かび追撃を繰り返してくる。
「よかろう、……聖剣よッ!! 受けて立とうではないかッ!!!」
宙に浮かぶ五本の聖剣を血走った眼で見上げる。そして、頭上から先ず放たれた一本の初撃を頭上からを間一髪で避け。
「ハッハッハァッ!!」
立て続けにその身体を貫こうとする聖剣を自身が持つオルレアンで弾き飛ばしていき。
「数多の死線を潜り抜けたこの私を――――ッ!」
息をするよりも先に前へと跳び、どんどん放たれる聖剣を回避していく。更に、床に突き刺さった聖剣が再び宙へと浮く前に素早くその柄部分を踏み台にして高く跳んで上空へと逃げる。
しかし、そこには横に列を成して並ぶ聖剣が待ち構えていた。
「我が聖処女が授かりしこのオルレアンを見くびるな――――ッ!!」
列を成す全ての聖剣を破壊すべく、更に紫煙が増してその形状を変化させるオルレアン。もはや初期の形状は見る影もなく。
今は漆黒の巨大な斬馬刀へと姿を変え、ジルが改めて両手で握り直すと大きく横に振りかざし――――
「うぉおおおおおッ!!!!!」
宙に浮かぶ聖剣全てを粉々にしてみせたのだった。
救済、とは程遠く。その姿は破壊衝動に取り憑かれたように厳つい姿となったオルレアンと共に、息を荒げながら見事に床へと着地を決めたジル。
「……呆れましたわ。錬金術も使わずによくもまぁ私の攻撃を避けるものですわね」
粉々になって舞う聖剣の残骸を前にしても特に気に留める様子もなく。エルサリアは大剣を持ち上げて前方へと勢いよく跳びだす。
そして着地したばかりで態勢が整っていないジルを畳みかける。英雄と呼ばれていた過去の栄光にしがみつくように、ジルも負けじとエルサリアの猛追を全て真っ向から受け流していく。
「たかが……小娘に私が遅れを取るはずがなかろう!!」
「おーほっほっ! 所詮は聖剣の姿形を真似ただけの模造品を粉々にしたぐらいで良い気にならないでくださるかしら。それに、あまり老体に無茶をさせない方が宜しくってよ!」
周囲に轟く剣の音色はとても透き通っており。二人の攻防はまるで剣舞のようだった。
「実に久しいよ、この感覚。すっかり忘れかけていた戦いの勘というものがようやく戻ってきたぞ」
激しい金属衝突音。
互いに一歩も譲らず、大きな剣先を交えて向かい合う。
遅れを取るまいとエルサリアも渾身の力を振り絞り、大柄なジルを押し退けようと全力だった。
「この私と一対一でここまで渡り合った敵も久しくってよ。久しぶりに骨のある相手で非常に喜ばしい限りですわっ!」
単純な戦闘能力の高さで言えばヘルメスとほぼ互角ぐらいか。久しく歯ごたえの無い敵ばかりを相手にしてきたエルサリアにとっても、この戦いはどこか心躍るものだった。
しかし、それも間もなく終わりを迎える。
「……ハハ、本当に生意気な小娘だ。ならば――――オルレアンの真の力を解放してやろう」
人の心を鏡のように映す聖剣。
現所有者であるジルの言葉に、第六聖剣:オルレアンがその心を具現化する。
「っ、しょうがありませんわね――――更なる最終工程を重ねますわ」
刃と刃が交じり合う中、ジルを中心にして狂気を溶かした闇がこの部屋を吞み込んでいく。
この闇は、狂気に堕ちたジル=ドレェクの心そのもの。
所有者の心をオルレアンが具現化した事により、狂気の世界が形成される。
エルサリアは闇に消えていくジルを見据えながら、この世界を打破すべく冷静な口調で自身の固有式の名を告げる。
「――――”至高の鍛冶師”」




