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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
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20話:崩壊の園

 怪物が最後に口にした言葉はこうだった。


 全テガ憎イ、全テヲ壊シタイ。


 とても歪で、とても醜い怨嗟の声。

 遠い日の、美しく優しかった幼い少女は――――破壊衝動に駆り立てられた怪物へと成り果てた。


 自我の殆どを失い、人の言葉を失い、残されたものは微かな自我と記憶の断片のみ。

 生物兵器マンティコアとして余計な感情を消され、記憶や知性も抑えられている状態だ。

 父と名乗る男、ジル=ドレェクに全てを奪われてしまった。

 もはや今の自分が何者なのか認識さえできず、ただ衝動のままに破壊へと明け暮れる日々の中。


 ――――ねぇ、アマリリス。


 時折、語り掛けるように聞こえてくる、とても美しい声。

 聞き覚えのある声だったが思い出せないでいた。

 それでも、何故だろう。

 懐かしいその声が怪物の冷たく赤黒いその身体を温かく包み込んでくれていた。

 苦悩と絶望の日々。

 怪物と成り果てた今、その声だけが唯一の救いとなっていた。


「――――ッ!!」


 朧気な幻聴、”大好きだった”その声に導かれるように――――アマリリスは瞳を大きく見開く。


「グル……ル、……ァ、グ、ゥ、……オ、ネ……」


 静かに倒れ込んでいた身体が、誰かの呼び声に呼応するよう急に震えだして。


「……グラ、ア、……アァアア……ッ!!」


 巨体を揺さぶり激しい動作で湧き立つ感情に身を委ねて再び立ちあがる。

 陽炎に揺らめくその姿はどこか勇ましくも見えた。

 自我や記憶の殆どを失いながらも、生物兵器マンティコアとなった今でも。

 アマリリスの想いは確りとコードに刻まれていた。


「アマリリス……っ!」


 離れた場所から聞こえる叫び声にアマリリスは振り返る。

 声の主を完全に識別する事は叶わなかったが、その声はアマリリスに届いていた。


「グルル……」


 アマリリスに特別な感情を抱いていたコルチカム。

 立ち上がるその姿を確認してそっと胸を撫で下ろす。

 どれだけ強靭な肉体に改造されていようと基盤は人間、致命傷を負い続ければいつかは死んでしまう。

 生物兵器マンティコアと言えど、蓄積されていくダメージにも限界があるのだ。

 何よりも、目の前で傷つくアマリリスを黙って見守る事しかできない今の現状に気が気でなかった。


「無事で良かった……」


 安堵のため息を漏らすと。


「――――フン、だから言っただろう。アマリリスに心配など不要だと。もはや古獣にすら匹敵しうる最高傑作だぞ」


 高みの見物気分で傍で待機していたジルがつまらなさそうに鼻を鳴らすと怒りが込み上げてくる。


「……ッ」


 アマリリスの痛みなど知った事か、と軽くあしらう偽りの父に対しても、唇を噛みしめながら堪える事しかできない。

 今にもその薄汚い横っ面を殴ってしまいそうになるが、必死に右腕を抑えて俯く。

 そうとは露知らず、ジルは燃え上がる屋敷の惨状を静かに見渡していた。


「しかし、悠長にはしてられんな――――」


 爆破と炎の朱色で照らされるこの屋敷は崩壊する寸前にまで被害を広げていたのだ。

 このままでは屋敷に潰されてしまうのも時間の問題。

 ジルは急に表情を険しくさせて名残惜しそうに告げる。


「もはや子供達と災獣キメラを輸送している時間も惜しい。”彼”に献上する資金調達の為に用意していた商品達だが――――全て破棄するぞ」


「なっ!?」


 子供達や災獣キメラを避難させている時間は残されておらず、その全てを破棄する事にした。


「ま、待ってください」


 まだ救える子供達がいるにも関わらず、早計すぎる判断に顔を上げたコルチカムが声を震わす。


「お、お言葉ですが……子供達や災獣キメラにはまだ利用価値が――――」


 子供達を救おうとそれらしい言葉を並べて説得を試みようとしたが。


「――――私の決定に不満があるのか?」


 釘を刺すように浴びせられた冷ややか視線と言葉がコルチカムの心臓は鷲掴みにして嫌な汗を流させる。


「っ、そ、それは……」


 言葉を詰まらせて檻の方に視線を向ければ、そこには助けを乞う子供達の姿が映し出されていた。


「コルチカム……お姉ちゃん……たすけ、て……」


「う、うぅ、苦しいよ、お、姉ちゃん……」


「お父、さま……ぼく、もう……泣かな、い……から……」 


「たす、け、……」


 助けを求める小さな声がコルチカムの耳を突き刺し、罪悪感から心臓を張り裂かれそうになってしまう。


「……っ、」


 握りしめた拳を震わせ、コルチカムが意を決して檻に近寄ろうと一歩前に踏み込んだ瞬間。


「馬鹿な真似は止せ――――」


「……っ!?」


 恐怖という名の支配。

 ジルはコルチカムの腰に手を回し、自分の元へと引き寄せ。


「お前は私の所有物に過ぎん、主の許しなくして勝手な行動は許さんぞ」


 更に人差し指と親指でコルチカムの顎を持ち上げながら歪んだ瞳で覗き込み。


「お、お父様……、」


 そして、念を押す。


「――――私の命令に従えコルチカム」


「ぅ、っ」


 ゆっくりと心臓を締めつけるような重苦しい呪縛の声。

 目を背けるコルチカムをジルは強引に自分へと視線を戻させ。


「お前は優しい子だ、他の子供達がどうなっても良いはずが無い。そうだろう? ならば私にだけ従い、私にだけ尽くせ。それが他の子供達の為となり、それがお前の為にもなるのだ」


 地下にはまだ商品として出荷される予定の子供達が居る。

 ジルの命令に背けばその子供達が狂気の餌食となるのだ。

 しかし、ジルに従ったとしても結局は同じ運命。

 選択肢など最初からあって無いようなものだった。


「私は……、あたしは……っ」


 ―――あたしはどうすれば良いんだ、”ロズマリア様”ッ。


 今、この場の子供達を見捨てれば他の子供達は一時的に助かるかもしれない。

 でも、いずれその子供達もこの狂人に壊されてしまう……。

 この男を殺さない限り、負の連鎖は永遠に止まらないッ。 

 今までそれをわかっていながら任務を優先して止める事が出来なかった。

 とんこん嫌になる……ッ。

 ようやく今日、それが全て終わると信じていたはずなのに――――


「何、で……っ」


 ――――誰か……誰か助けてッ!!


 心の叫び。

 悔しさのあまり、コルチカムの頬には瞳から零れ落ちた一筋の涙が伝っていく。

 

「ハーハッハッハッハッ! そうだ私に従えッ! コルチカムッ! 貴様にはそうする他無いのだッ!」


 少女の想いと優しさを利用する非情な笑い声が燃え上がる屋敷に響き渡れば――――


「――――ふざけんなよゲス野郎ッ!!」


 猛獣のような雄たけびと共に炎の渦から銀髪の青年が跳び出してきたのだった。


「ジンっ!?」


「……懲りん男だ」


 怒り露わに表情を歪ませて左手を伸ばすジンの姿にそれぞれ反応を示す二人。

 呆気にとられて驚きの表情を浮かべるコルチカム。

 咄嗟の出来事に険しい表情で身構えるジルの横顔を狙い、ジンは原点の式オリジンコードを展開した左手を容赦なく叩きつけるが――――


「っ、クソォッ!!」


 完全にジルの顔面を捕らえて直撃したはずだが、原点の式オリジンコードがジルの顔に触れると逆にジンが身体ごと弾き飛ばされてしまった。


「ジンさんっ!!」


 更に炎の壁の向こう側でマシンガンを手にしたバレットが応戦してジルに連射を続けていくが――――


「やれやれ……。貴様らも学ばんな、大人しくアマリリスに殺されていれば良いものの。実に愚か……実に滑稽……ッ」


 ジルの身体に触れればその全てが弾き飛ばされ、壁や床にどんどん反射して屋敷を崩壊へと導いていく。

 マシンガンが弾切れになるとバレットは眉をひそめて床に投げ捨て、両腕で顔を庇いながら勇ましく炎の中へと突っこみジルの元まで駆け抜ける。


「やはり彼女の固有式オリジナルコードを破らない限り、青髭侯爵には傷一つ付けられませんか……ッ」


 最もバレットが懸念していた部分、それがコルチカムという存在だった。

 彼女が居る限り、どれだけ攻撃を繰り返そうと今のようにジルに傷一つ負わすことが叶わない。


「やれやれ、身の程知らずの愚か者共め」


 ジルは勝ち誇った様子で鼻を鳴らし、紺色のマントを翻して強引にコルチカムの腕を掴み。


「フン。もう良い……さぁ、我々は地下に向かうぞ」


「痛っ、」 


 地上をアマリリスに任せ、ジルは”今後に向けて”地下へと足早に移動を始めていく。

 腕を掴まれながら半ば強引にコルチカムも足をもつれさせながら共にこの場を去ろうとすると、弾き飛ばされたジンが態勢を立て直す。


「っ、てて、……逃がさねぇぞっ!!」


 急いで二人の後を追おうとするが。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 空気を振動させる怪物の叫び。

 背後から轟くその声にジンは思わず両耳を塞いで動きを止めてしまう。


「……なんつー声出してきやがんだッ」


 舌打ち交じりに振り返ればそこには既にバレットが合流していた。


「いよいよ本気と言うわけですかね。しかし、このままでは非常に不味いですよ……」


 振動を伝う程の叫びが止むと、バレットが苦しそうに腹の辺りを擦りながら神妙な面持ちで檻の方を指さす。

 地下に逃げたあの二人を追わねばならなかったが、そろそろ子供達も限界を迎えていた。


「あつ、い……」


「もう、、だ、め……」


 檻の中で数人の子供達が既に身動きせず言葉を発していない。

 ジンとバレットの表情に焦りが見え始めていた。


「ちっ! お前ぇはまず生き残ってるガキ共を助けろ! 俺は”あいつ”を足止めしながら時間を稼ぐ! とにかくジルを追うのはガキ共を逃がした後だ!」


「おや、意外なご決断ですね。しかし、そうですね……猶予はもうありません。早急に手を打つ事にしましょう」


 各々が迅速に役割を果たそうと動き出そうとした瞬間――――


「ほんっとに鬱陶しい野郎だなぁオイ……ッ」


 不穏な気配に立ち止まる二人。

 視線をその先に移すと、炎の渦から現れたアマリリスの姿が。


「グルル……ゥゥゥウ……」


 そして、徐に巨体を包み隠していた漆黒のローブを脱ぎ捨ててよやくその全貌を現していく。


「……っ!? おいおい……こいつは……」


「……悪趣味な真似を……」


 漆黒のローブを脱ぎ捨てたアマリリスの衝撃的な姿には息を呑む。

 この世のものとは思えない程に歪で、それは醜悪なものだった。

 全身筋肉質で屈強な赤黒い肌に浮かび上がる血管、後頭部から背中にかけて生えたくすんだ金色の毛。


「人間の姿を真似た悪魔、とでも称しましょうか。……それにしても本当に反吐が出そうです」


 棘が纏わりついた長い尻尾の揺れる先には鋭い針のような物まで生えており、針の先端には淀んだ色の液体が滴っていた。

 その液体が床に零れおちると、その部分は溶けるように蒸発して消えていく。

 ゾッとするその光景を推測してバレットがそれを口にする。


「強力な酸か、もしくは安直に毒といった所でしょうか……。とにかくあの針や液体に触れて良い事は何一つ無いでしょうね……」


「んな事ぁ言われなくてもわかってんよ。とにかく……ッ、お前ぇは早くガキ共を逃がせ!! 来るぞ――――ッ」


「グルォオオオオオオッ!!!!!」


 なんとか人のような顔をしているが、まるで事故で潰れたように酷い有様だ。

 顔全体に凹凸が無く、腫れあがった瞼に隠れた赤黒い瞳で二人を睨みつけ、鋭い牙が並ぶ剥き出しの歯茎を晒していた。

 同情と恐怖を抱かせるその風貌を前にすれば心が痛む。

 それでも、ジンはヘルメスの願いを叶えるべく駆け抜ける。

 

「いくぜ……ッ」


 子供達を救うべくジンは単身で真っ向からアマリリスに挑む。

 両手を広げて原点の式オリジンコードを展開しながら前方に跳びだして距離を詰めるが――――


「野郎っ――――!?」


「グルルルルラアアアアアアッ!!!」


 アマリリスは自由自在に伸縮できるその右腕を伸ばし、驚異的なリーチ差で物の見事にジンの頭を鷲掴みにしてみせ、そのまま額を床へと繰り返し叩きつけていく。


「ぐ、ぁあああッ」


 舞う大量の血飛沫。


「グルォッ!! グルォッ!! オオオオオッ!!!!!」


 砕かれた頭蓋骨はその都度、賢者の石が再生させていくがその代償として永遠の苦しみをジンに与えていく。


「そぉっ、こいつ……ッ、……!?、いい加減に――――ぉ、ぁあああああッ!!」


 大量の血で真っ赤に染まるジンの頭を掴んだまま、今度は床ごと抉り取るようにして引きずり壁へと投げつける。


「――――が、ぁ、ハァッ、……ッ!!」


 永遠の苦しみから一旦解放されたものの、壁に激突した衝撃で今度は全身の骨が砕かれジンが力尽きるように崩れ落ちていく。

 想像を絶するダメージの蓄積。

 それは賢者の石の再生が間に合わない程で、壁の残骸に埋もれてジンは意識を失った。


「っ、ジンさん!!」


 衝撃音に気を取られ、子供達が捕らえられている檻に向かっていたバレットが振り返ればそこには――――


「グルルルッ!!」


 既にアマリリスが赤黒い瞳を光らせてバレットの頭上で左腕を掲げていた。

 今までと比較してその速さは段違いだった。

 その全力はバレットにとって誤算であり、それは致命的な結果を引き起こす。


「随分とお早い事で……」


 右腕を炎のずっと向こう側まで伸ばし、ジンを今も床に拘束した状態でここまで来ていた。

 常軌を逸脱したその構造に表情を曇らせ、すぐに迎撃へと入る。


「……な、」


 拳銃を取り出そうとコートの懐に素早く手を忍ばせるも――――


「グルアアアアアアアッ」


 バレットが拳銃を取り出すよりも先に、アマリリスが長い尻尾でバレットの身体を巻きつけて動きを封じてしまう。


「……っ、非力な私ではまったくビクともしまんせんね……」


 凄まじい筋力で拘束されてしまい、身動きが一切取れなくなってしまった。

 更に負傷していた身体が今になって締めつけられた勢いで全身に激痛を走らせている。


「このような手厚い抱擁は生まれて初めてですよ……」


 痛みを誤魔化そうと歯を食いしばり薄ら笑いを浮かべて余裕を見せてみるが、次の瞬間には避けようのない痛みが待ち受けていた。


「グルオオオオオオオッ」


 頭上で待機していた剛腕が遂にバレットへと振り降ろされた。


「っ、がぁあっ」


 尻尾で拘束されたままバレットは床へと叩きつけられ、大量の血を撒き散らして意識が遠のいていく。


「……」


 アマリリスはバレットと床を完全に接触させ、衝撃を逃さぬよう全てを直で受け止めさせていたのだ。

 流石に全ての衝撃を真っ向から受けてしまったバレットの頭が包帯を真っ赤にさせ、滴る大量の血で床をを染め上げていく。

 身体を痙攣させ、息をするのもやっとだ。

 

「ハァッ……ハァッ……」


 脱出を試みようとしても手足が痺れてロクに動けず、視界がぼやけていくのがわかる。

 出血も止まらず、このままでは命の危機に瀕していた。

 それでも、バレットは何故か不穏な笑みを零す。


「ッ、はぁっ、流石は式崩しと対を成す”式繋ぎ”……素晴らしい力ですね……」


 身体を痙攣させながらバレットは満足そうに告げる。


「もう十分な成果と手土産は得られました……わざわざ骨を折った甲斐があったというものです……」


 生物の枠を超えた生物兵器マンティコアの力を改めてその身で体感し、事前にこの屋敷に潜入してその実態を探る事にも成功した。


「っ、さて……はぁっ、残るは……、”賢者の石”の確認だけです……」

 

 ぼやける視界で見つめる先に期待を馳せていると、予想通り火花のような赤黒い光が一点から溢れていく。


「グルルルッ――――!?」


 溢れんばかりの光にアマリリスがたじろぐと、死から再生したジンが圧し掛かる重圧に表情を歪める。


「……ッ、ざけやがって……ッ」


 身体中の骨が粉々になり、心臓も破裂していたがようやく賢者の石の力で完全に復活を遂げた。

 それでもまだアマリリスの右手で床に押しつけられて拘束されている状態。

 かろうじて動ける首を伸ばし、そのままジンは口を大きく開けて鋭い歯を覗かせ――――


「ゲテモノ喰いは趣味じゃねぇが、食わず嫌いでいられる状況でもねぇな――――ッ」


 大きく口を開け、そのままアマリリスの掌に全力で齧りつく。


「グガァアアアアアアアアッ!?」


 鋭い牙が掌に突き刺さると激痛が走り、ジンを押さえつけていた手の力が緩くなった。

 畳みかけるようにジンは両手から原点の式オリジンコードを展開して強引にアマリリスの掌を押し退けようと出力を上げる。


「鬱陶しい、っ、んだよぉッ!!」


 展開した原点の式オリジンコードの出力を最大まで引き上げていくとアマリリスの右手から青白い光を溢れさせ。


「グルォオオッ!?」


 遂にアマリリスの右手を弾き飛ばし、解放されたジンは床に転がるように倒れ込んで距離を取る。


「はぁっ、はぁっ、ちきしょう……っ、盛大に殺してくれやがって。死ぬ程痛ぇんだぞ」


 朦朧としながら立ち上がり、赤が混ざった銀髪の頭を撫でながら状況を確認していると。


「おいおい……」


 異形の尻尾で身体を拘束され、床を真っ赤に染め上げるバレットの姿を確認して背筋を凍らせた。

 不気味な液体が滴る尻尾の尖端が、今にもバレットを貫こうとしてる。


「世話のかかる野郎だぜ――――ッ」


 直ぐにバレットの救出に向かおうと走り出すジンだが。


「グルル……グウォオオオオオオッ!!!」


 再びジンを捕えようとアマリリスの掌が風を斬ってこちらに向かってくる。


「蛇みてぇな身体しやがって気色悪ぃ……ッ」


 身体を横にずらし、回避するも掌はそのまま伸び続けて間接を曲げながら再度ジンを掴もうと迫り来る。


「しつけぇつってんだろうがッ!!」


 今度も完全に動きを見切り、ジンは差し迫る掌を掻い潜る。

 そして伸びきった腕に原点の式オリジンコードを叩きつけて吹き飛ばしてしまう。


「グルルル……ッ」


 呻き声をあげるアマリリスを無視してジンはバレットの元まで急ぐ途中で、今度は前方から嫌な気配を感じて足を止めて眉間をひそめる。


「――――っ」


 絶望を禁じ得ない光景が広まっていた。

 アマリリスだけでも厄介だと言うのに、なんと炎の壁の向こうで怪しく光る無数の瞳がジンを射抜いていたのだ。

 すぐにその正体にジンは気づくと恨めしそうに牙を剥いて怒りを零す。


「ジルの野郎……っ」


 群れを成して仰々しく現れたその全てが災獣キメラだった。

 先程まで檻の中に居た災獣キメラだけでなく、恐らくジルが地下から解放したであろう災獣キメラ達がジンをアマリリスとバレットから隔てるように立ち塞がる。


「ギリリ……」


 全身を痙攣させながら這い寄る人型の魚。


「ウッゥ……」


 両手の斧を持つ二足歩行の巨大な牛。


「シュー……、シュー、」


 鎧と肌が一体化した屈強な蛇。


「ォォオオオ……」


 全身に血管を浮かべる獰猛なゴリラ。


「どいつもこいつも……おっかねぇ面しやがって。ケッ! オプリヌスが飼ってた災獣キメラ共の方がよっぽど可愛く思えてくんぜ……ッ」


 姿形が様々の、数十にも及ぶ主の命令に従う災獣キメラの軍勢を前に怒りの声を震わす。

 本来では噛み合わないコードを強制的に交わって構築されたのだろう。

 全身の至る所から血を流し、無理やり接合されたような構築跡を残している。

 身勝手な人間に構築された生命の哀れな姿がジンの憤りを高ぶらせていく。

 しかし、同情している余裕は無い。

 その全てが容赦なく牙を剥くのだ―――――

 

「ギギリリリリリイイイイイイッ!!!!!」


 軍勢が一斉にけたたましい叫びと地鳴りをあげながら襲いくるとジンは顔を横に振って身構える。


「ちぃっ、馬鹿か俺は! 同情なんかしてる場合じゃねぇだろ!」


 流石にこの軍勢を一人で相手取るには時間が足りない。

 このままでは今までの行動が全て水の泡となってしまう。

 意を決してジンは自らを奮い立たせるように雄叫びをあげ、直進してくる災獣キメラの軍勢へと一歩前に踏み込み。


「誰に牙剥いてんだテメェら……まとめて相手してやらぁッ!!!!!」


 両手から原点の式オリジンコードを展開して咆哮に近い叫び声をあげて立ち向かう。

 薄れ行く意識の中、それを呆然と眺めていたバレットの口元が微かに吊り上がる。

 この事態を含め、全てがバレットの計画に織り込まれていたのだ。


「うらぁああああああああああッ!!!!!」


 まずは原点の式オリジンコードを展開した左手で最前に立つ魚人の災獣キメラに狙いを定め、その頬を吹き飛ばす。


「ギリャアアアア!?」


 目を出っ張らせ、泡を拭きながら地面に衝突する魚人に目もくれず、ジンはそのまま地面を蹴り上げてすぐ近くの敵へと手を伸ばす。


「ウゥウウウウウッ!!!」


 二足歩行の牛が巨大な斧を振り下ろすより先にその頭を右手で掴み。


「家畜の分際で調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


 振り落とされぬように片手で確りと掴んだまま素早く足に遠心力をかけ。


「ウッ!?」


 そのまま右手を軸に鋭い蹴りを顔面に減り込ませて炎の向こう側へと蹴り飛ばしてしまう。


「ゥウ、ウ、オオオオオッ!?」


 炎の向こう側で微かに香ばしい匂いが漂る中、ジンは神経を張りつめたまますぐに周囲の状況を事細かく確認する。

 アリスやバレットの言う通り、ジンはその不死性に頼り過ぎていた。

 どれだけ攻撃を喰らおうとも最終的には再生されるが、今ではその時間さえ惜しいと感じるようになっていた。


「ガガガアアアアアッ」


「シャアアアアアアッ」   


 四方から異形の災獣キメラが押し寄せてくる、ジンは両手を左右にかざして原点の式オリジンコードの出力を上げて一度に大量の災獣キメラを青白い光の球体で包み込み。


「獣畜生にくれてやる程、俺の命はそう安かねぇんだよ!!」


 荒れ狂う衝撃波の渦に取り込まれた災獣キメラ達は耐え切れず次々と意識を失い崩れ落ちていく。

 それでもまだまだ数は減らない。


「フシュー……フシュー……!」


「ウゲ、ウゲ、ゲゲゲゲエエエエエ!!」


「グオオオオオオオッ!!!」


 圧倒的な実力差を見せつけようと一匹たりとも怯む事な好戦的な姿勢を崩さず。


「はぁっ、はぁっ……ッ!! 上等だゴラァあああああああッ」


 大量の鋭い牙や爪、武器を交わしながら殴っては蹴り飛ばし、休む事なく常に近場の災獣キメラへと攻撃を移していく。


「キイイイイイッ!!!」


 突然、鳥と猿が混じり合ったような奇妙な災獣キメラが頭上から翼を羽ばたかせながら鋭い鉤爪でジンの頬を切る。


「っ、の、雑魚共がぁ……ッ!!」


 激しい舌打ちをして上を見上げれば切られた頬から小さな赤黒い光が漏れて傷が塞がる。

 雑魚と称しながらも先程からジンの身体は傷を負い、それを賢者の石が再生させていた。

 こうして対峙するとよくわかる。

 錬金術師が実験的に構築する普通の災獣キメラとは違い、自分を取り囲むこの災獣キメラ達はどれも戦闘用に特化された怪物揃い。

 並みの実力者であれば抵抗も出来ずに惨殺されてもおかしくない程の実力を個々が秘めている。

 それでも――――


「テメェらと俺とじゃバケモノとしての格が違ぇんだよッ!!!」


 地面を力強く蹴り上げて跳べば、上空から自分を見下ろす災獣キメラの細い脚を容易く掴んで見せた。

 由にその到達点は二階へと達する。


「キィッ!?」


 予想外の出来事に災獣キメラが戸惑いの鳴き声をあげると。


「どりゃああああああ!!!」


 ジンはそのまま地上で待機する災獣キメラの群れへと叩きつけ、周囲に破壊音と砂埃を舞わす。


「グギャアアアアアアアアアアっ」


 災獣キメラ達の悲鳴と粉塵に紛れ、両手から大きな青白い光を輝かせながら猛進する。


「うらああああ!!!」


「グゥオオオオオオっ!?」


「オロロロオオオオオオッ!?」


「ヒギィイイイイッ!?」


 原点の式オリジンコードの衝撃に触れた災獣キメラ達が情けなく宙に舞っていく。  

 敵からの攻撃を最低限に抑え、この大群を効率良く減らさなければならない。

 ジンは古獣との戦いを経て枷が外れた原点の式オリジンコードの出力限界を最大限に活かし、唯一の範囲攻撃として使い分けて一網打尽に数を減らしていく。


「はぁ……はぁ……」


 周囲を一掃すると両膝に手を置いて立ち止まり、息を荒げながら残る災獣キメラを確認する。

 しかし――――


「オオオオオオオッ!!」


「ガァッ、ガァッ!!」


「グゥーッ!!」


 獣の如く闘争心を募らせ、大量に蠢く災獣キメラの軍勢が視界に入る。

 ジンは顎を伝う汗を手の甲で拭い、歯ぎしりを立てて表情を歪めた。


「……っ、ちきしょうめ!」


 軽く見渡す限りではまったく数が減っている気がせず、堂々巡りにも思えるこの行為にジンは身体よりも先に心が折れそうになる。


「シュコー……シュコー……」


「ギリリ……」


「キイエエエエエエ」


 どんどん地下から溢れ出てくる災獣キメラ達。


「あの野郎……ッ、いくらなんでも多すぎだろ……」


 こうして過剰な程に用意されたジルの兵力を目の当たりにすれば、嫌でもあの余裕にも頷けてしまう。

 少しずつその数を減らしてはいるが、まるで追いつかない。


「くそ……何か良い方法が絶対あるはずだ……ッ」


 一発逆転の打開策を考えている内に――――ジンの背後から無数の牙が襲う。


「ひぎぃ……っ、」


 疲労に見舞われて反応が遅れたジンの身体に、幾多の牙が喰い込み激痛を走らせる。


「ッ、こ、んのぉお……ッ」


 複数の小型の災獣キメラが両手両足だけでなく腰や首元などにまで喰らいついては被さり、いつしかジンの姿を完全に覆い隠す。


「ちょ、てめっ……」


 必死に手を伸ばして脱出を試みようにも圧倒的なその数を前に成す術なくジンは埋もれていく。 

 更に他の災獣キメラ達もそこに群がり、まるで袋叩きのような状況へと陥ってしまう。

 大量の敵を相手に必死に傷つきながらも喰らいついてきたジンだが、遂にここで力尽きてしまった。

 その様子を離れた場所からずっと観察していたバレット。


「無尽蔵にも……よくあそこまで戦えたものですね……」


 血塗れの状態で今もアマリリスの尻尾で拘束されたまま床にひれ伏した状態で咳き込む。


「……ごほっ、ごほっ、そろそろ助けに入るべきか……」


 完膚無きまでにアマリリスに打ちのめされていたバレットだが、僅かに肩を揺さぶり余力を見せると。


「――――ぐふっ、」


 妙な動きをしようとしたバレットの身体をアマリリスは更に尻尾で締め上げ、情けない呻き声をあげさせる。


「は、はは……随分と丁重に扱ってくれますねぇ……」


 身体に巻きついた尻尾でバレットの身体は持ち上げられる。

 アマリリスは乱暴にバレットの頭を掴み尻尾の尖端を首元にまで近づけた。


「グルル……」


 まるでそれは余計な真似はするなという忠告にも見える。

 しかし、最初に対峙した時にも感じていた違和感がバレットに余裕を与えていた。

 絶体絶命の状況に追い込まれながらも、アマリリスは一向に止めを刺そうとしてこなかったのだ。

 それ所か、ジンに対する追撃まで止んでいた。

 バレットは醜悪なアマリリスの顔をじっと見つめてその内を告げる。


「……貴女の”本当の主人”に私を殺すなとでも命じられでもしましたか?」


「……」


 アマリリスは一切声を発さず、潰れた瞳でじっとバレットを見つめるだけだった。


「フ、貴女に問いかけた所で無意味でしょうね。……しかし、そうなると不可解です。あの様子からして青髭侯爵はおろかコルチカムすらも貴女の”正体”に気付いていないようだ――――」


 身代わりとして都合良く利用された狂人、ジル=ドレェク。

 その裏に潜む真の黒幕と、その目的にバレットは涼しい顔で鼻を鳴らして徐々に表情を強張らせていく。 


「――――薔薇十字団ローゼン・クロイツ。その悲願を果たす足掛けとして創りだされた生物兵器マンティコアである貴女はこれからどうなさるおつもりですか?」


 当然の如く返答は無い。

 特に何かのリアクションを求めてはいなかったが、あまりに目の前の怪物が哀れで舌打ちを打ってしまう。

 既にバレットは単独でこの屋敷に潜入し、その裏を取っておりその答えを知っていた。


「やれやれ……彼らも今更この私に何を求めている事やら。本当にモテる男というのは辛いものです」


 溜息交じりに首を横に振り、バレットはそっと視線を遠くに向ける。


「……まったく、今の私はお嬢に忠誠を誓った従順な下僕だと言うのに――――」


 その視線の先と言えばアマリリスとは別に、何も無い屋敷の壁へと向けられていた。

 果たしてどのような罵詈憎悪を浴びせられる事やら。

 考えただけでも深いため息が零れてしまう。

 それでも、つい素の笑顔を浮かべて表情を綻ばせてしまう。


「――――これからもずっと、私が真に忠誠を誓うのは貴女だけ」


 バレットが見つめていた壁に大きな亀裂が走ったかと思えば。


「グルル!?」


 アマリリスが異変に気づき、ゆっくりと振り返ると。

 突如、けたたましい騒音をあげて壁が崩壊して吹き飛ぶ謎の事態が発生。

 更に突風に紛れて”何者”かが過ぎ去ったかと思えば、驚きよりも先に次の瞬間――――


「グッ、ル、ァ、、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 

 鼓膜を引き裂きそうな怪物の強烈な叫びが轟く。

 全身の筋肉を迸らせ、激しい痛みに耐え切れず猛進して壁に激突するアマリリス。

 その場に残されたのは床にへたれこんで尻餅をつく情けないバレットの姿と、切断された鋭利な尖端を持つ赤黒い尻尾。


「――――まったく、このわたくしの従者として今回ばかりは目に余りますわよ」


 それと同時にバレットの目の前にはある人物が現れていた。

 右手には緑の血液で穢れた美しい白銀の剣を握り、左肩には白い布で包まれた長い得物を担ぎ、軽蔑しきった表情で自分を見下ろす深紅のコートを纏う少女にバレットは咳き込みながら礼を告げる。


「げほっ、ぁっ、げほっ、ありがとうございます……しかし、随分と苛烈な登場の仕方ですね。いや、それでこそ我が主ですけど」


 愛しの主、エルサリア=ウェーランドの登場にバレットの声は自然と柔らかくなっていた。


「貴方ね……ッ、よくもまぁ平然とそんな事が言えたものですわね! この駄犬っ! 今日という今日こそ絶対に許しませんわよ!」


 尻餅をつくバレットの顔面を怒りに身を任せたエルサリアが勢いよく靴で踏みつけ、両肩を震わせながら右手に握る白銀の剣を首元に当てた。


「ぶふっ!? ちょ、お嬢っ!? ま、待ってくださいっ! と、言うか、み、見てわからないんですか!? 私、瀕死の重傷負ってるんですけど!? って、ちょ、あ、危ないですってっ! 洒落になりませんって……」


 震える剣先と今のエルサリアの怒りを考えれば本当に首を跳ねられかねない。

 バレットが息を呑んで表情を青ざめていると、エルサリアはズタボロになったその状態を軽蔑しきった瞳で見つめる。


「……本当に癪に障りますわ」


 バレットの顔面から静かに足を離し、首元に当てていた剣も離して冷たい口調で突き放す。


「どういう意図で今回の件に関わり動いていたのかは知りませんけど、いつまで遊んでいるつもりですの?」


「……」


 苛立ちの声に黙り込むバレット。

 エルサリアにとって、自分の従者が無様な姿を晒している事が腹立たしくてしょうがないのだ。

 今までの経緯を知らずとも、バレットの傷ついた姿から本当の実力を発揮していない事は明白だった。

 主から送られる信頼にも似たその言葉を受け、バレットは暗い作り笑いを浮かべて話を反らしにいく。 


「はは……買被り過ぎですよ。所詮は私などその程度の男なのですから。いやぁ、お嬢が眠っている間に全てを片付け、カッコイイ所をお見せしようかと思ったのですが、まさかこうして助けて頂くハメになるとは……非常にお恥ずかしい限りです。今回の失態につきましては追々――――」


「――――”いい加減にしてよッ!!”」


 普段とは異なる口調で心を曝け出し、滾る想いから感情を高ぶらせてエルサリアを叫ばせてしまう。

 その声は深く憂いの哀しみに包まれた、切ない少女の心の叫びにも聞こえる。


「……」


 絶対的自分主義。

 他者を見下し、自分に対して絶対の自信を持つ愛しき我が主。

 しかし、それには実力が伴っていなければならない。

 絵空事だと心の底で当初は呆れ果てたものだ。

 それでも、彼女は決して努力を怠らず結果を出してその生き様を魅せ続けてくれた。

 己が信念を貫くべく、才能に恵まれていながらも必死に足掻き続けている。

 いつしか心奪われ、彼女が描く覇道を共に歩みたいと願うようになっていた。

 彼女との出会いで、血生臭い人生は一変し、明るい世界を歩む事ができた。 

 感謝の言葉しか出てこない。

 だからこそ、心が痛む。


「やれやれ……」

 

 目の前で自分を睨みつけるエルサリアの瞳には涙が溜められ、微かに身体も震えている。

 まるで、街娘と変わらない普通の少女が見せる態度だ。

 今、この沸き立つ感情は身勝手な失望に近いものかもしれない。

 素を顕にするエルサリアを前に、バレットは迷いの表情を浮かべて俯き、観念したかのように言葉を紡ぐ。


「”……どうしたんだよ、エルサリア。……お前らしくもない”」


 従者という立場でありながら主を見上げて砕けた口調で顔を覗き込む。


「どうしたもこうしたも無いわ……」

  

 するとエルサリアは左肩に担いでいた白い布で包まれた長い得物をバレットの足元へ転がすように投げ捨てて背を向けた。


「おや……わざわざ持ってきてくださったのですね」


 バレットはすぐに立ち上がり、両手で拾い上げるとそれを暫く見つめて言葉を閉ざす。

 エルサリアは左腰に帯刀した剣の柄部分を優しく撫でながら俯き気味で深く呼吸を吐き、いつもの自分を取り戻して毅然とした口調で真意を問う。


「魔銃……”モデル:デモングジラ”。それは貴方にとって命とも呼べる存在でしょ。わたくしを眠らせてそれを枕元に置いていくだなんて……悪趣味にも程がありますわ。どういうつもりか――――答えなさい!」


 四大国家の一つ、ラティーバをかつて崩壊の危機に貶めた古獣、デモングジラの名を冠する魔銃の一つ。

 両手に重くのしかかるそれは想像以上のもので、様々な過去や背景が含まれている。

 バレットは左肩に布で包まれた魔銃を担ぎ直し、同じくエルサリアに背を向けて揺らめく炎を真剣な表情で見つめて告げた。


「……お嬢、急なお願いではございますが私に暫しの休暇を頂けませんか?」


 従者としてエルサリアを常に側で見守り続けてきたバレットが、初めて自らの意思で休暇を申し出るも答えは予想通りのものだった。

 

「どこの世界に休みを欲しがる武器がありますの?」


「たまには武器もきちんと手入れをしてやる必要があります。でなければ有事の際に困りますからね」


「……もっと明確な理由を、わたくしが納得できる答えを用意できませんの?」


「そうですねぇ――――」


「……まったく、平時ですら使い物にならない武器はそもそもごめんですわよ」


「―――—貴女の為ですよ」


 僅かに時が止まった。

 互いに顔を合わせる事なく言葉だけのやり取りが続く中、バレットの発言を受けてエルサリアの肩が反応して隠し切れない動揺を見せた。


「なら……ッ、絶対に認めるわけにはいきませんわ……ッ」


 あっさりとバレットの要求は却下され、どうしたものかと渋い表情へと変えていく。

 直接その様子を見たわけではないが、エルサリアにはその光景も全てお見通しだった。

 それ程に長い時間を共にしてきたのだ。

 この場でも言いたい事は互いに尽きないだろう。

 だが、今はそれよりも現状を解決させる事が優先だった。


「ガルルル……ッ」


「キシシイイイ……ッ」


「グゲゲゲ……ッ」


 二人のやり取りが行われる中、獲物を求めて獰猛な災獣キメラ達が続々と群がってきていた。

 ようやくエルサリアが冷たい視線で周囲を見渡せば完全に包囲されている状況。

 それでも一切動じる事なく、エルサリアはこの状況を冷たくあしらう。


「……随分と変わった趣向の仮面舞踏会ですこと。今のわたくしは獣の踊りに付き合ってあげられる程、心に余裕がありませんの――――身の程知らずは即斬り刻んで差し上げますわ」


 右手に握る白銀の剣を床に突き刺すと、慣れた手つきで瓦礫に掌を這わせ、青白い光を発して剣の構築を素早く終える。


「まったく……、貴方のせいでわたくしの悩みは尽きませんわね……ッ」


 そして床に刺した剣を引き抜き、素早く二本の刃で風を斬り周囲を威圧する。


「……あの”おバカさん”も、相当怒ってましたわよ」


「……知ってますとも。先程、目にも止まらぬ速さで挨拶も無しに通り過ぎていきましたから。……まるで突発的な嵐ですね」


 バレットも右手の袖口からするりと手品のように猟銃を取り出し、片手で握りその銃口を災獣キメラの群れへと向ける。


「ガルルルウウウウウウッ!!!」


「ギシシシィィイイイイッ!!!」


「ゲゲッ、ゲゲェエエエエッ!!!」


 一斉にエルサリアとバレットに向かって災獣キメラが鼓膜を破る勢いで雄たけびをあげながら襲い掛かる中――――


「ぐがぁあああああああああっ!?」


 遠くの方で多くの奇声と何体もの災獣キメラが宙に舞う異様な光景が巻き起こされていた。

 エルサリアとバレットはそれを気にする事なく深い溜息を吐き、一歩前に踏み出す。

 先程、風に紛れこの屋敷に訪れたもう一人の存在。

 災獣キメラが一箇所に集中して山となっている光景を見ると一目散に跳び出し、鬱憤を晴らすかのように渾身の力で蹴散らして嵐の渦を巻き起こした。

 吹き荒れる大量の災獣キメラ、叫び声をあげながら床に衝突していくその中心で、”彼女”は表情を暗くしておりエルサリア達と同じく溜息を吐いた。 


「―――—色々と文句が言いたい所だが。しかし、」


 床の上で無数の歯形と傷を負った青年の前に突然現れ、紺色のコートをなびかせ勇ましく立つその背はとても大きく見えた。

 ここに訪れるまでに様々な葛藤に見舞われながら――――ヘルメスは自らの意思で今ここに立つ。


「……随分と体よくやられたものだな、ジン」


 数十に及ぶ災獣キメラの山に埋もれ蹂躙されていたジンを救いだし、ズタボロの衣類や今の状況を確りと眼鏡越しに焼きつけていく。

 口や目を腫らして呆気に取られていたジンもヘルメスの顔を見るや複雑そうに口を歪めて必死に悔しそうに言葉を紡ぐ。


「ぅ、っそ、だろ……、くそっ、お前ぇ、何でここに……ッ」


 背を冷たい床につけ、情けなく左手で顔を隠して天井を仰ぐ。

 これまでの苦労が全て水の泡となった瞬間だった。

 どれ程の覚悟でこの場に臨んだ事か。


「俺が……ッ、どんな気持ちで此処に居んのか、わかってんのか……お前ぇッ」


 決してヘルメスは許してくれないだろう。

 二人の間に溝ができる可能性すらあった。

 それでも、ジンは大切な人を危険な目に遭わせたくはなかった。

 それを承知に上でヘルメスを残してこの場に訪れたのだ。


「クソッ」


 全ては、ヘルメスの為。

 そう固く結び、ジンはこの場に身を投じたのだ。

 危険からヘルメスを遠ざけ、目覚めた頃には全てが終わっている。

 安全な場所で朝日を拝むはずだった。

 しかし、どういうわけか朝まで目覚めるはずのなかったヘルメスが、よりにもよって今最も危険な場所へと訪れてしまっている。


「……っ」


 我ながら自分勝手なものだ。

 ヘルメスの言葉に耳も傾けず、窮地を救われたばかりだというのに悪態をつくばかり。

 わかっている。

 今の自分がまるで幼い子供のようだと。


「ふぅ……」


 一向に左手をどけて顔を合わそうとしないジンにみかね、ヘルメスは大きく溜息を吐いて肩を落とした。


「……眠らされていた自分とエルを起こしてくれた子が居てな。その子のおかげでどうにか此処まで辿り着く事ができたんだが。……それにしても、非常に残念だよ。まさかそのような態度を取られてしまうとはな」


 誰だよそんなはた迷惑な野郎は、とジンが恨めしそうに牙を剥くと。


「ぅぐっ、!?」


 凛とした表情で腰を低くしたかと思えば、突然ヘルメスがジンの胸倉を掴み凄まじい勢いで持ち上げた。


「っ、ちょ、いきなり何だってんだよっ!?」


 胸倉を掴まれた勢いで喉が絞め上げられ、えずきながら軽く涙を浮かべてヘルメスに抗議するが。


「……ジンは何もわかってない……ッ」


「あん……?」


 小さく漏れた声と右手から伝う震え、それは果たして怒りからくるものなのか。

 首をかしげて自分の言葉を聞き漏らしすジンに対し、ヘルメスは更に襟元を締め上げて激しく揺さぶる。


「自分は……凄く怒っている! ……でもないな。いや、決して怒っていないわけではないな……。しかし何だろう……そ、そうだ! 心が、とにかく不思議な気分になっている!」


「お、お前ぇの語弊力はガキか! い、言ってる意味がまったくわかんねぇよ! つかっ! い、いい加減に離せっ! くっ、首が逝っちまうっ!」


 脳を激しく揺さぶられ呼吸もままならぬ状況に陥ったジンが根をあげると、ヘルメスは我に返り落ち着きを取り戻して不満げに揺さぶりを止める。


「っ、す、すまない」


「けほっ、少しは加減しろよ……」


 ジンは強引にヘルメスの手を振り解き、気まずそうに襟を正して溜息を吐く。

 その様子に負い目を感じながらヘルメスは静かに俯き瞳を閉じ、これまでの経緯を思い出すようにそっと胸に手を置く。


「……全部、ジュリアスさんから聞いたぞ」


 ヘルメスとエルサリアが目覚めたのはつい先程の事。

 目覚めた場所はこの街で最も安全な場所、智恵の蔵ブックエンドの館長室だった。

 そして、ジンが抱く想い全てを聞かされたのだ。


「……あの野郎」


 自分の恩人、ルルが繋いだ奇妙な縁のおかげで短期間の内に二人は友好的な関係を築いていた。

 危機迫るヘルメスの保護を頼み込んだ際もジュリアスは快く引き受けてくれたが、こうしてヘルメスが目覚めてこの場に訪れている以上、期待が裏切られたような気分だ。

 眉間にシワを寄せて黙り込むジンの気持ちを察して、顔を上げたヘルメスが凛々しい表情でそれを否定する。


「勘違いはするな。ジュリアスさんは別に……ジンを裏切ったわけじゃない」


「……ケッ」


 むしろジンを庇うような発言に偏り、ヘルメスには腑に落ちない事が多々あった。

 しかし、いつまでも口を固く閉じ、視線を逸らすジンの変わらない姿勢を見てこれ以上の事を口にするつもりはなかった。

 それよりもヘルメスはどうしても文句が言いたかったのだ。


「今回ばかりは自分も我慢の限界だ……っ、しっかりと聞いて覚えておくんだ……っ!」


 つい口調を強く荒げてしまう。

 余程のまでに今回の件がヘルメスは気に入らなかったようだ。

 居た堪れない気持ちを隠すように悪態をつき黙り込むジンに、ヘルメスは改めて移動して面と向かい合う。

 そして問答無用で詰め寄る。


「ジンは自分勝手だ! 自分を危険な目に遭わせたくないからと、そうやって何の相談も無しに……”優しさを偽った酷い仕打ち”で自分を傷つけた! いつ、誰がそんな事を頼んだ!?」


 優しさを偽った酷い仕打ち、そうはっきりと切り捨てられてしまった。

 張り詰める怒りと緊張感が賢者の石に再生された肌にひしひしと伝わる。

 所詮は人を偽ったバケモノ、理解されない辛さのあまりジンは歯ぎしりを鳴らすが。


「……っ」


 ヘルメスの顔が怖くて、とてもではないが直視する勇気も無かった。

 その表情は失った哀しみを補うように、見ているこちらが辛くなりそうな程に歪んでいたのだ。

 今更ながらどうしようもない後悔の波が押し寄せてくる。

 腹に決めていた覚悟もすっかりと揺らぎ、改めてその過ちを思い知らされてしまう。


「お、俺はお前ぇの為を想って――――」


「自分はそんな事これっぽっちも望んじゃいないっ!」


「……」


 視線を反らして必死に反論を試みようともすぐに一蹴されて終わる。

 今のジンにはこうする事だけで精一杯だった。

 どうすれば自分の気持ちが上手く伝わるのか皆目見当もつかない。

 何故、選択を見誤ってしまったのか。

 どれだけ知識や経験を手繰り合わせて考えても、永遠に答えが出てこない。

 それもそうだ、そのような経験が今までに一度も無かったのだから。


「じゃあ、俺ぁ……どうすりゃ良かったんだよ……。俺はただヘルメスを傷つけたくなかっただけなんだ……。お前ぇの願いを叶えてやりたかっただけなんだよ……ッ」


 決して偽りのない本心だ。

 ただ、危険からヘルメスを守りたかっただけのだ。

 そして、その代わりに自分が傷つこうとヘルメスが成し遂げたかった事を叶えてやりたかっただけなのだ。

 あわよくば幸せにしてやりたかった。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 我ながら情けない。

 何を必死に感情を顕わにして息を荒げている。

 結局は独りよがりじゃないか。

 お世辞にもカッコイイとは思えない自分の言動を振り返り、泣きそうに歪んだ顔を隠すようにジンが俯くと。


「ジンは……本当に自分がそんな事を望んでいたと思っているのか?」


「……さぁな」


 もはや何も考えられない。

 ヘルメスの困惑した声にも、冷たい返事で軽くあしらってしまう程に追い詰められていた。

 もう完全に嫌われた事だろう、半ばヤケクソ気味にジンは残る災獣キメラとアマリリスの殲滅に動き出そうとするが――――


「————馬鹿か君はッ!!」


「……あぁんッ?」


 ここにきて、よりにもよってヘルメスに馬鹿呼ばわりされ、ジンが苛立ちで肩を反応させて振り返れば次の瞬間には――――


「……お、おい、お前ぇ何す――――」


 ジンの背中を温かい感触が覆う。

 背後からヘルメスが抱きしめてきていたのだ。

 突然の行為と全身を包み込むその温もりに、安心感と動揺を織り交ぜた複雑な感情が胸を貫く。

 暫く思考が停止して動きを止めていると、ヘルメスは先程までと打って変わってか細い声で囁いた。


「……言っただろ。自分は……、ジンの近くに居れるだけで良いんだ。傍に、居たいんだ……」


「……」


「自分だってジンに傷ついて欲しくないのは同じさ。しかし、何よりも他の誰かがその場所に立つ事が我慢できないんだ……!」


 その言葉をどう受け取れば良いのかジンが顔を真っ赤にさせると、ヘルメスも同じく顔を真っ赤にさせてそそくさと離れ。


「こんな事……初めてだからよくわからないが! じ、自分は、ほら、馬鹿だから! 今みたいに思ったままにそのまま行動に移してしまうんだ! き、気にしないでくれ!」


 と、はにかみながら前置き。


「それでも、やはりジンの側に居て良いのは他の誰でも無い――――自分だけなんだ」


 照れくさそうに、愛らしい笑顔でそう告げる。

 体温が上昇しているのはこの屋敷が炎に包まれているからなのか。


「ヘルメス……お前ぇ……」


 いつの間にかジンの鼓動は最高潮に高ぶり、身体を熱くさせていた。

 その一方。

 向こう側から災獣キメラの鳴き声と銃声を轟かせ、二人の雰囲気を狙いすましたようにぶち壊しに入る二人組の声が響き渡る。


「……そこのお馬鹿さん二名っ! このわたくしに雑魚を押し付けて堂々とサボるだなんて許しませんわよ!? っと、」


「はは、お嬢それは嫉妬と言うやつでしょうか? おっと、」


「お黙りなさい! あとで人間椅子の刑ですわよッ!」


 軽口を叩きながら次々と災獣キメラの群れを刃と弾丸で捌き、物足りなさを感じるエルサリアとバレットから飛ばされた野次。

 そして――――


「グルルル……グガガ、ガ、ガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 離れた場所からアマリリスのおぞましい咆哮が鳴り響く。

 同時に、瓦礫や他の災獣キメラを押し退けながら凄まじい重音で床を踏み潰してこちらに走る大きな影が炎の向こう側で確認できた。

 ヘルメスはすぐにコートの内側に仕込まれたホルスターから魔銃を抜き取り、眼鏡を外してコートの内ポケットへと仕舞い戦闘態勢へと移る。


「さて、見ての通り君に何と言われようとも自分はこうして戦う気満々で此処に訪れたわけだが別に文句あるまい?」


 傍で銃身を縦に構えて勝気な表情を浮かべるヘルメスに観念するようにジンは深い溜息を吐く。


「はぁ……。仮面舞踏会だってのに、仮面やドレスアップ無しで参加しようってか? 挙句に武器の携帯ときたもんだ。……物騒な客だなぁオイ。少しは招待状読み返せってんだ。せっせと招待状の文章やら規定を考えたジルもそれじゃ報われねぇぜ」


「なるほど、言われてみれば災獣キメラにズタボロにされてはいるがジンも普段らしくない紳士的な服装をしているな。しかし、生憎だがエルに買ってもらったドレスも今宵の宴では些か場を弁えていない気がしてタンスに仕舞ったままだよ」


 そう言って、見つめる先から徐々に大きな影が轟音と共に鮮明になっていく。


「ケッ、あんだけ嬉しそうに迷って買った末にそれかよ。長時間買い物に付き合わされた割りに結局どんなもん買ったのか俺は知らず終いってわけか」


「フフ、それは宿に戻ってからのお楽しみだな。それよりも……せっかくの舞踏会だ。あちらのお客人と一つ踊ってからでも遅くはないだろう」


 ヘルメスが解読眼デコードで見つめる先、そこには全てを呑み込む者ショゴスに似通った異質なコードの集合体が映り出されている。


「グルルラァァアアアアアッ!!!!!」


 破壊のままに突き進むその怪物は、おぞましい叫び声をあげながら言葉にならない憎悪を乗せていた。


 ————全テガ憎イ、全テヲ壊シタイ。


 美しい子供達で彩られたこの園も間もなく崩壊し、宴も終演へと向かう中。

 郊外ではギリスティアの王従士ゴールデンドールと、仮面の偽人ホムンクルスとの戦いも決着に差し迫っていた。

 そして、屋敷の地下に避難したジルはコルチカムと共に静かに”最果てへの旅路時”を待ちわびる。

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