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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
76/80

18話:炎の惨劇

 絶対的な権力を振りかざし、悪政を敷く闇貴族。

 法を嘲笑い、己が欲望に従う罪人。

 此処は狂気に身を委ね、闇を孕む者達が欲に溺れて悦に浸る混沌の場。

 その中心に立つは、かつて英雄と呼ばれた男の変わり果てた姿。


「ジル……ドレェクっ」


 道を踏み外した狂人は今も不気味な笑みを浮かべているに違いない。

 狂宴の主催者であり、主人の名を恨めしそうに呟く少女の怒り震える声。

 壁に掛る大きな古時計を見つめるその表情は悔しさのあまり、瞳に涙を浮かべていた。


「どうなってる……っ、既に約束の時刻は過ぎてる……。なのに、何故彼らは現れない……っ」 

 

 屋敷は先程から慌ただしく動き始めていた。 

 二階のテラスから外の様子を伺っていたコルチカムも止まらない狂宴に不安が重なっていく。

 大幅な計画の狂いが生じ始めており、歯を食いしばりながらバレットの言葉を思い出す。


 ――――絶対なんて言葉はまやかしだ。もし、そうなった場合は君も動かざるを得なくなる。


 認めたくは無いが、予想通りの展開になっていた。

 本来であれば既に援軍が訪れている時刻、それにも関わらず未だその兆しが見られない。

 狂宴は滞りなく進行されていく、このままでは今までの努力が全て無駄になってしまう。

 計画に支障が出ている今、コルチカムは今どう対処すべきか決断を迫られていた。


「むかつく奴だ……っ、何で、何で……っ」


 絶望の表情を浮かべながら行動に出る。

 先ずはジルに命じられていた指示に従い、次々と照明を落としながらコルチカムは常にその動向を慎重に伺う。

 黒服達も大急ぎで中心のステージを囲うように椅子を並べ始めていた。

 会場の照明は次第に落とされていき、薄暗い不気味な雰囲気を放つ光景に参加者達はまるで子供のように心を躍らせていく。


「おぉっと? いよいよ始まるのか。こうしてはおられん、急がねば最前列が埋まってしまう」


「どれ程この日を待ちわびた事か。フフ、楽しみでしょうがない。金に糸目はつけん、素晴らしい商品が完成されている事を祈るばかりだ」


「ふふん。果たして今回はどんな狂った怪物が用意されているのかな? どうやって遊ぶか今のうちに考えておかなくちゃね」


「あたくしは壊れにくい美系の男の子が良いざます。もし、あたくし好みの美少年ならいくらでも払うざます」


「ハハ、安心したよ。私は彼の芸術品を全て競り落とすつもりでいる。ご婦人が競り相手じゃなくて本当に良かった」


 闇貴族達はいよいよ始まるメインイベントに昂りを見せて各々席につき、至る所で今回の商品について嬉々と囁き合う。

 用途は様々で性的欲求を満たすものや、人の命を奪う手段等に用いられるものが多い。

 中にはジルが所有する芸術品まで出品される予定だ。


「さて……貴族共が席に着き始めた。そろそろ俺達も移動しようぜ」


 罪人達もふてぶてしい態度を取りながら椅子に腰掛けていくが、どうもこの妙な静けさが不気味でしょうがなかった。


「……しかし、随分と静かになったもんだ。奴隷商会の連中は今どこにいるんだ?」


 先程までグラシア家の当主と衝突しかけていた奴隷商会の面々。

 闇の世界でも異常者として恐れられる彼らの暴挙に参加者達は息を呑み、自分達が争いに巻き込まれぬよう距離を取っていた。

 しかし、奴隷商会の姿が忽然と消えており今は見当たらない。


「そういや、青髭んとこのガキが奴隷商会に接触して何か話してたみたいだな」


「あぁ、それなら俺も見てたぜ。あのガキが話しかけてしばらくしてから奴隷商会の連中、どんどんこの会場を後にしてったぞ」


「はぁ? ガキに注意されたぐらいであの頭がイカレた連中がそう素直に退散するかよ?」


「……さぁな、とにかくもうすぐ競りが始まる。どうせハイエナのような奴らだ、まだこの会場のどこかに潜んでるかもしれないぜ」


「ちっ……。せいぜい競りの邪魔だけはしないで欲しいもんだ」


 席が全て埋まると会場は薄暗くなり、後は主演者の登場を待つのみとなる。


「それよりあの目立つ席は何だ……?」


 先程から参加者達が抱く疑念を代表して、罪人の一人がそれを口にした。


「……見かけねぇ風貌だが、ドレェクの上客か何かか?」


 一際目立つその席に座る人物。

 あらゆる憶測が飛び交い、その席に座る者はすっかり注目の的となっている。

 痛い程感じる視線と、あらぬ噂が囁かれていき徐々に苛立ちを募らせていた。


「ケッ! こんな目立つ席に座らせやがって……。あの野郎どういうつもりだ……」


 いくつもの好奇の眼差しがひしひしと伝わってきて居心地は最悪だ。

 ジルの計らいでジンはステージ全体がよく見える最前列に案内されていた。

 周囲から完全に隔離された怪しさに満ちる特等席。

 実質、ステージだけでなくジンを囲むように他の席も用意されている。

 先程からジンは不満を口にしながら両腕と両足を組んでふんずり返っていた。


「あの銃野郎まだかよ。いい加減、俺の我慢も限界だぜ……」


 この屋敷に着いてからというもの、見てきた全てが気に食わないものばかり。

 誰もが己の事しか考えておらず、その餌食となっている者の事などまるで気にも留めていない。

 人間の醜さには呆れを通り越し、憤りを感じてしまう。

 ジンは鼻をひくつかせると手で鼻を覆い、軽く周囲を睨みつけながら見渡す。


「ちっ、鼻が利きすぎんのも考えもんだな……。命を命だと思ってねぇクソ共の匂いで溢れてやがる……」


 狂気に敏感なジンはその匂いに過剰な反応をしてしまう。

 苦しそうな表情を浮かべながらバレットの合図を今か今かと待ち望んでいると。

 

「あー、ごほん……。――――ようこそ紳士淑女諸君」


 参加者達が待ちわびたその声が会場全体へと響き渡り、一斉に視線がそこへと集まる。

 ステージ中央に設置されていたスタンドには簡易式インスタントコードが設置されており、拡声器として機能していた。


「……ケッ、何が紳士淑女だ。俺や他の連中がどう見たらそんな風に見えんだ」


 人の皮を被った悪魔達、おおよそジンにはこの場に居る者たちが全うな人間には見えていなかった。 

 喜々として参加者達は一斉に口を閉ざし、競売の開催宣言を心待ちにしている。


「さて――――」


 照明が一斉にステージへと明かりを灯せば。


「……」


「グルル……」


 中央に立つ人物は紺色の豪華な衣装と、身に着けた高価な装飾品を照明の光で輝かせて満面の笑みを浮かべていた。

 主催者のジルを含めてステージ上に現れた三つの存在。

 脚光を浴びながら、ジルは大勢を前にして声高らかに宣言する。


「遠方からはるばる我が屋敷にご足労頂き、誠に感謝するっ! 今日この日を私自身も心から楽しみにしていた! そしてッ!! 今宵の宴には――――過去最高の商品達が用意できた事をここに宣言しようッ!!」


 両手を大きく掲げ、ステージ上から全身で喜びを表現するジル。

 それに対して参加者達も歓声と盛大な拍手を送る。


「我々こそ今宵の宴を待っていたよドレェク侯爵!!」


「ひゃっほー! 早く商品を見せやがれ青髭!!」


「その通り! 金ならいくらでも用意できる!! さぁっ! 早く商品を見せてくれっ!!」


「とっとと競りを始めろーっ!!」


 席から立つ者まで現れ、大いに盛り上がりを見せる参加者達。

 しかし、ジンだけは両腕を組んだまま強張った表情でステージ上を睨みつけていた。


「なるほどな、やっぱあの女も一緒か……。つーと、銃野郎が言ってた生物兵器マンティコアってのはアレか……?」


 ジルの後方で静かに待機する二つの存在がジンの胸をざわつかせていた。


「……」


 主人よりも目立たぬよう、今日は地味なメイド衣装に身を包み大人しく顔を俯かせるコルチカム。

 その表情は粛々としているがとても息苦しそうに見える。

 最前列に座るジンの存在に気づくや、コルチカムは相変わらず凄まじい殺意を向けながら睨みつけてくる。


「グルルルル……」


 その傍らには醜い呻き声をあげるアマリリスと呼ばれる生物兵器マンティコアの姿も確認できた。

 漆黒のローブで全身を覆う巨体、一際異彩を放つ人外の存在は畏怖を抱かせる。

 バレットの情報通り、その威圧感は相当なもので思わずジンですら喉を唸らして危うさを悟る。


「この尋常じゃねぇ威圧感……銃野郎が苦戦するわけだぜ」


 互いに全力ではなかったにしろ、コルチカムの実力も相当なもの。

 もし、本気で戦うとなれば苦戦を強いられる事だろう。

 しかし――――


「ケッ、上等だ」 


 鋭い牙を光らせて意気込むジンに対し、コルチカムは俯きながら複雑そうな表情を浮かべていた。

 その頃、開幕の挨拶を続けるジルの声も徐々にヒートアップしている。

 歓声と拍手は増していき、いよいよ非合法な闇取引きが行われる。

 ジルは微かに視線をジンに向けると、歪んだ笑みを零してそれを宣言する。


「さぁッ! それでは商品のお披露目といこうではないかッ!」


「……」


「グルルゥァアアアアア……」


 主人の掛け声と共にコルチカムとアマリリスは両手で大きな布を取り払う。

 いよいよ商品のお披露目である。

 布が取り払われると幼い子供達と獣の声が聞こえてきた。


「ひっ、」


「ま、まぶしい……っ」


「ひ、ひとがいっぱい……、こわいよ……っ」


「ジャララアアアッ!!」


「キーィッ!! キーィッ!!」


「ウゥゥウゥウウ……ッ」


 堅牢な檻に閉じ込められた幼い少年少女達、そして災獣キメラ達が一斉に参加者達に披露される。

 突然、大量の人目に晒された事で子供達は身体を丸めて怯えた様子を見せていく。


「……っ」


 その反応に思わず顔を背け、苦しそうに瞳を閉ざすコルチカム。 

 自我を取り除くようジルに命じられていたはずだが、どうやら子供達の反応からしてそれは失敗に終わったようだ。

 それともわざとなのだろうか。


「……ごめんね」


 コルチカムが小さく零した言葉は誰にも聞こえていない。


「間に合わなくて……ごめんね……」


 更に謝罪の言葉を口にするが、参加者達の歓声によってそれらは掻き消されていく。

 傷が癒えた子供達は、衣類を何一つ身につけていない事で真っ新な肌を公然に晒して更に参加者達を喜ばせていた。


「ハァ、ハァ……素晴らしい、どれもこれも実に美しい……」


「なるほど、なるほど。わしはあの三番の娘が気に入ったぞ。あれは実に穢し甲斐がありそうだ……」


「あたくしは九番の男の子ざます。この歳になってくると若い男のエキスを求めて身体が疼くんざますの……ッ」


 子供達にはそれぞれ首輪が付けられており番号が振られている。


「しかし、今回は豊作ですなぁ。子供達を含め、実に質の高い商品ばかりだ」


 そして、人身売買よりも需要が高い商品。

 災獣キメラの登場に一部の参加者達は興奮が冷め上がらない状態だ。

 席から前のめりで凝視して品定めを始める。

 人間の都合によって生まれたその存在達は、苦痛と怒りに身を任せて堅牢な檻を破壊しようと内側で暴れ回っていた。


「シャアアアアアッ」


「キィーッ!!!」


 獰猛なその姿、迫力は騒然たる光景であり参加者達の興奮を更に刺激していく。


「ガァァアアアアアアアアアアアアッ」


 災獣キメラの中には檻に亀裂を入れる個体まで確認できた。


「おぉー……っ、見事だ……ッ! あの凄まじい迫力たるや実に素晴らしいッ!」


「これは中々、先程の発言はどうやら嘘じゃなかったみたいだね。確かあの檻は青髭侯爵が用意した特別製だろ? 軍の大砲ですら傷一つ付かなかったと聞いていたが、今にも檻を壊しそうな勢いじゃないか!」


「いやぁ……。どいつもこいつも活きが良い。青髭の野郎、どえれぇバケモノを用意してやがったみてぇだ。あいつらを飼い馴らせば今まで以上に仕事がやり易くなるぜ」


「この様子だとまだ披露されていない災獣キメラにも期待できそうだ。アルゴリストンの貿易船から奪った金で闇貴族共より高く競り落としてやる!!」


「あのガキ共も見てみろよ、拷問されてただろうに傷一つねぇ……。青髭の野郎、相当優秀な錬金術師を雇ってたに違いない」


 醜悪な人間共の歓喜の声はジンを苛立たせていくばかり。

 全ての人間が怯える子供達や哀れな災獣キメラを見て歪んだ笑顔を浮かべている。


「どいつもこいつも……っ、ここはクソの掃き溜めかよ……ッ」


 ジッと両腕を組んで待機するジンだが、その醸し出す異常な雰囲気には前列の参加者達はゾッとさせられていた。

 生物の命を弄ぶ身勝手な連中が許せず、殺意の衝動にかられていく。


「静粛に」


 口々に商品に対する感想が飛び交う中、その様子だけでは飽き足らず。

 ジルは更に両手を掲げ、参加者達を盛り上げる発言を下す。


「そういえばまだ今回の目玉商品について明かしていなかったな」


 目玉商品。

 まだこれ以上の何かがあるのか。

 ジルが再びジンに視線を向けるとその瞳は狂気に染まり酷く歪んでいた。


「っ!?」


 ここでジンはある事に気付かされた。

 子供や災獣キメラにばかり目を奪われていたが、冷静にステージを確認するといつの間にか”彼女”がそこに居ない。


「コルチカムは――――どこだっ!?」


 一瞬目を離した隙にコルチカムがステージ上から消えていた。

 先程見せたジルの笑みが意味する事はわからないが、良からぬ事を企んでいるに違いない。

 ジンは周囲の反応など気にもせず慌てて椅子を倒しながら席を離れて天井を見上げる。


「っ、上かっ!!」


 しかし、違和感に気付いた時には既に遅かった。

 天井から大きな鉄の塊が、堅牢な檻がジンに向かって降りてきていたのだ。

 参加者達が驚く中、重圧な音が響き渡るとジンは鉄格子の中に捕えられてしまう。


「とことんナメてくれるぜ。……ホント、つまんねぇ真似しやがって。もう本性を隠すつもりはねぇみたいだな、ジルッ!!」


 一つだけ席が隔離されていたのも参加者達が巻き添えを食らわない為。

 ジンは被っていたオオカミの仮面を床に投げ捨てると、ジルに殺意を向けながら鉄格子をじわりと握りしめていく。


「お前ぇ、ハナから俺を商品にするつもりで招待しやがったな……ッ!!」


 怒りで鉄格子を軋ませるジンに対し、ジルは歪んだ笑みを見せて答えるだけ。

 そして参加者達に向かい、檻の中で怒り顕わとなったジンを右手で指す。


「今回はいつものように子供達や災獣キメラ、私が収集した芸術品の他に――――世にも珍しい偽人ホムンクルスを用意したッ!!」


 公に明かされる青年の正体。

 照明がジンにも向けられ、まさかの偽人ホムンクルスという発言に周囲は動揺に包まれていく。


偽人ホムンクルスだと……!? まさか、どう見ても人間にしか見えないあの男が偽人ホムンクルスだと言うのか!?」


「……ドレェク侯爵、やはり彼には驚かされるわい。よもや偽人ホムンクルスまで用意していようとは誰が想像できた事か」


「おいおい、本気かよ……? 偽人ホムンクルスなんて希少すぎて値段なんてつけれねぇだろうに、誰が買うってんだよ……」


「いいや……そうでもなさそうだ。あそこ、よく見てみろよ」


 一人の罪人が指さす方向には、腕を組み壁にもたれるハイエナの仮面をつけて男が不気味に微笑んでいた。

 部下を退場させてこの場に残っていた奴隷商会を束ねる男が、偽人ホムンクルスの登場に心躍らせて愉快そうにジンを品定めしている。


「……ボス、どうしましょう? 偽人ホムンクルスともなると相当な値が張るかと思われますが」


「あぁ、そうだな。構いやしねぇ――――奪っちまえば全部タダだ」


 そして、もう一人。

 参加者達を見下すかのように最後方の席に鎮座していた骸骨の仮面を被る少女。

 グラシア家の当主までもが偽人ホムンクルスに興味を示し、妖艶な笑みを浮かべながらジンを見つめていた。


「……どうする。偽人ホムンクルス、珍しい。アレ、買う?」


「フフ、さぁどうしたものか。よもや偽人ホムンクルスなどと珍妙な生物まで用意していたとはのう。まぁ、然しじゃ――――興味が沸いた。一応、手中に収めておくとするかの」


 参加者達の熱い視線が一斉にジンへと向けられる。

 先程までの子供達や災獣キメラの気持ちが痛い程にわかってしまう。

 こうして好奇の視線を浴びる事には慣れていたが、やはり慣れるものではない。

 見世物として品定めされていく中、ジンは激しく鉄格子を揺さぶる。


「……思い知ったぜ! お前ぇなんかを簡単に信じてたルルやっぱ馬鹿だ……っ! でも、そんなルルの優しさを裏切ったお前ぇは最低なクソ野郎だッ!! 俺はお前ぇを絶対に許さねぇからなッ!!!」


 ジルが語った子供達の平和を望む声に、ルルは優しく耳を傾けて力を貸した。

 言われるがまま全て鵜呑みにして疑う事を一切せず、ジンに人を信じる心を説いていた。

 馬鹿正直で、お人好し、そんなルルがジンは心配でしょうがなかった。

 しかし、そんなルルの事が心の底から大好きだった。


「……許さねぇ」


 鉄格子を握る力は凄まじいもので、軍の大砲ですらビクともしない堅牢な牢に微かな亀裂を走らせて参加者達を驚かせる。


「なっ、あの握力は何だ!? 偽人ホムンクルスとはあれ程の力を持っているものなのか!?」


「おいおい……まさかあのバケモノ出てきたりしねぇだろうな」


「だ、大丈夫だろ……。さっきの災獣キメラだってヒビ一つ入れただけでまだ檻ん中だぜ?」


 参加者達が息を呑み見守る中、ジルは深い溜息を吐いて呆れ果てていた。


「……許さない、か。随分、上等な物言いだな。しかし、無駄だジン。その檻は特別製だ、いくら君とて破る事などできるはずもない。あまり無様な姿を晒して私を失望させないでくれ」


 無駄な足掻きと軽んじるジルだが、一抹の不安が脳裏に過ぎっていた。

 ジンから感じる気迫、それは大戦で経験したものに近いものだった。

 何よりも、己の命すら投げ打つ覚悟を決めた、とても危険な者の目をしている。


「んな事ぁ知ったこっちゃねぇ……ッ、今すぐお前ぇを殺しにいくから大人しく待ってろ……ッ」


 どんなに堅牢な檻だろうと関係無い。粉々に砕いてやる。

 ジルの思い通りになんてさせない。

 左手をかざして原点の式オリジンコードを展開しようとした矢先、ジルは微かに瞳を細めて怪訝な表情でその心を折りにきた。

 まるで憐れむように首を横に振り。


「ふぅ、無駄だと言っているのに君も話が通じんな。まぁ、良い――――」


 再び深い溜息を吐くとジルは参加者達に向けて言葉を発する。


「――――間もなく、世界最高峰と謳われる錬金術師の家系、エーテル家の末裔も入荷される事だろうっ!!」


「っ、てめぇ……っ」


 やはりジルはヘルメスがこの屋敷に訪れていない事に気付いていた。

 先程、何人かの黒服を夜のフラウディーネに放ち、ヘルメスの捜索に乗り出していたのだ。

 更なる特別な商品の名に参加者達は騒然としていた。


「付け加えて稀代の鍛冶師、ウェーランドの末裔も入荷される手筈だ。ぜひ楽しみにしてくれていたまえっ!!」


 もはや参加者達の高揚は最高潮にまで達していた。


「エーテルだと……!? ま、まさか、エーテルの生き残りが!?」


「これは驚いた! まさかエーテルを奴隷にできる日が訪れるとはな!」


「ウェーランドもそうだ。まさか歴史に名を遺す一族の末裔まで準備していたとは……流石は侯爵。恐れ入る……」


「これは一大事だ……。――――おい、俺だ。今すぐありったけの金をここまで運んでこい」


「もしもし、あぁ、そうだ。すぐに準備を始めろ」


 中には慌てて用意した金銭の確認をする者や、簡易式インスタントコードを通じて外部と連絡する者まで現れ始めていた。


「……?」


 その時、ジルは何者かに袖を掴まれて振り返る。

 いつの間にかステージ上に戻ってきたコルチカムが前方を指さして下がるように伝えてきたのだ。


「……お父様。危険ですのでお下がりください」


「危険だと? 馬鹿を言いなさい、あの檻ならそう簡単に破られたり――――」


  訝しげな表情でその先を見つめるとバケモノの雄たけびが激しく耳を貫いてきた。


「覚悟はできてんだろうなぁあああああッ!!!!!」


 青白い大きな光を両手に纏いながら猛獣の如くジンが檻に向かってそれを叩きつけようとする姿があった。


「……まったく、無駄な足掻きだと言っているだろうに。だが、コルチカム。常に警戒して私に固有式オリジナルコードを張っておけ。どこに鼠も紛れ込んでいるかわか――――」


 軍の大砲でも傷一つ付かなかった堅牢な檻、いかにジンが何かしらの手段を用いようとも破壊できるわけがない。

 昔、何度かジンの力を目の当たりにしていたジルだからこそ余裕が生まれていた。

 しかし、あれから時は経つ。

 その余裕がジル自身の首を締め、徐々に事態を複雑なものへと運ぶ。


「馬鹿な――――!?」


 青白い光は檻を易々と砕き、容易くジンは檻の外へと出てきたのだ。

 堅牢な檻をも砕く偽人ホムンクルスの脱走に参加者一同は慌てふためいていく。


「お、おいっ! 偽人ホムンクルスが檻を破って出てきたぞっ!? どうすんだよっ!!」


「見たか!? さっきの顔!? あんな獰猛な生物が解放されたとなっては我々にも危害が及びかねん!」


「ど、どうしますの!? 誰かあの偽人ホムンクルスを早く捕まえてくださいませっ!!」


「ドレェク侯爵め……ッ、しくじりおって……ッ! 早くどうにかしろッ!! このままでは競売も続行不可能だぞッ!!」


 無様な醜態を晒す参加者達を余所に、二人の人物は愉快そうに微笑んでいた。


「ハッ! 中々、威勢の良い偽人ホムンクルスじゃねぇか! 気に入ったぜ!」


「ぼ、ボス!? そんな事を言ってる場合じゃないですよ! どうするんですか!?」


「……そうだなぁ。ま、あの偽人ホムンクルス次第ってところだな――――」


 何かに気付いたのかハイエナの仮面を被る男は急に真剣な表情で入口に視線を向ける。


「ほぉ? あの檻を破るとはのう。益々、気に入った。あの力、そして獰猛さ――――愛玩動物として愛で甲斐があるというものじゃ」


「凄い力。危険。捕まえようか?」


「まぁ、待つのじゃ。暫し民草の踊りを見物しようではないか。フフ……」


 骸骨の仮面を被る少女が傍観する中、コルチカムはすぐさまジルを背で隠してジンの前に立つ。


「お父様、私とアマリリスにお任せください」


 そして、アマリリスも漆黒のローブを揺らして一歩前へと踏み込む。


「グルルルゥ……」


 檻の残骸を踏みつけ、ジンは両手をズボンに仕舞ったまま睨みつけて威圧する。


「……お前ぇらがそいつを庇う理由は何だ? とにかく邪魔だ――――そこを退け」


「邪魔? とんだ言い掛かりだよ、――――君こそボクの邪魔をしないでよ」


 血走った眼とその低音を前にしてコルチカムは一切怯む事なく、アマリリスも一歩も退こうとしない。 

 ジルと言えば複雑そうな表情を浮かべ、檻を破ったジンを見つめていた。


「……ジン、君に対する疑問が尽きんよ。ヘルメスとこの街に現れた事もそうだ。あれ程、人間を嫌っていた君が何故、”彼女”以外の人間と行動を共にしている? それに先程の力……。この数年で君の身に何があったというのだ?」


 オプリヌスと同じように戸惑いの反応を見せるジル。

 ジンの過去を知る者にとって、今のジンはまるで別人。

 好奇心から今に至る経緯を問うジルに対し、ジンはお構いなしに歩を進める。


「今更お前ぇと昔話しなんざする気はねぇよ」


 そして左手から原点のオリジンコードを展開し、問いに答えるまでもなく勢いよく前方へと跳ぶ。

 その殺気は本物だ。


「地べたに這いつくさせて詫び入れさせてやんよッ!!」


 バレットの合図はまだだ。

 しかし、ジンの我慢はもう限界だった。

 ルルを利用しただけで飽き足らず、ヘルメスをも利用しようと企むジルが許せなかった。


「グルルルラァァアアアアアアッ!!!!!」


 数トンに及ぶ重量で思い切り踏みつけられた床は盛大に破損。

 低音の雄たけびをあげながら、アマリリスは全力で走り出していた。

 未知数の怪物が放つ気迫を前にしてジンは左手を振りかかる。


「怪我したくなけりゃそこを退きやがれえええッ!!!」


 コルチカムもアマリリスに続いて戦闘態勢に入ると。


「ここは君の出る幕じゃないんだっ! 君こそ退いてもらうよっ!」


 遂にその時が訪れる。


「っ!?」


 驚きの表情を見せるコルチカム。 

 その瞬間、会場全体に銃声が響き渡ると同時に。


「な、何だ!? 一体どうなってる!?」


「おい!? こりゃどういう事だ!?」


「ちきしょうっ! 青髭っ!! 説明しやがれっ!!」


 参加者達の不安の叫びが響き渡る。

 次から次へと照明は破裂して光を失い事態を一変とさせた。

 ――――バレットの合図だ。


「きゃあああああああっ」


「ど、どういう事ざます!?」


「明かりが消えたぞっ!? く、暗くて何も見えんっ!!」


「だ、誰だ!? こんな場所で銃なんかぶっ放しやがイカレ野郎は!?」


「馬鹿っ! 入場前に武器の所持は入念に調べられたろっ! 銃なんか持ちこめるかよっ!」


「じゃあ……侵入者かっ!?」


 照明の光は次第に失われていき、戦慄が走りだす。

 何者かによる襲撃、悪名高い重人達が集うこの宴を襲うなど正気の沙汰とは思えない。

 闇貴族や罪人達は常軌を逸脱したこの状況に激しく混乱していた。

 今では視界も奪われ、その不安や恐怖に拍車がかかる一方。

 せいぜい流れ弾から頭を庇うように姿勢を低くして耐え凌ぐしかない。

 しかし――――


「……何者だ? 銃声の音からしてぶっ放してやがんのは一人みてぇだが。アッハッハッ! 中々、頭がぶっ飛んでやがる!」


「フフ。いかなる賊か知らぬが、余興にしては随分と興じさせおる」


 中には物怖じせずそのまま待機する少数が居た。

 他の闇貴族や罪人達とは格が違う数名を残し、会場は混沌へと包まれていく。


「ケッ、遅ぇよ」


 銃声が鳴り、照明が落とされるとジンは待ちわびたとばかりに立ち止まり。


「今のうちにガキ共を檻から逃がす……っ」


 すかさず暗がりに乗じて子供達の檻へ急いで進路を変えたが。


「ちっ……、そう簡単には通してくんねぇよな」


「グルルル……ッ」


 視覚を奪われて尚、アマリリスは嗅覚を駆使して赤黒い瞳を光らせながらジンの進路を塞いでいた。


「無茶苦茶だ……っ、どこまで自分勝手な奴なんだ……っ


 困惑しながら暗闇で立ち尽くすコルチカムだったが、次なる一手に気づく。

 二階から怪しく光る火花、続いて銃口の先がジルを狙っている事が確認できた。

 同時に再び銃声が響き渡ると、コルチカムは青ざめながら大声で叫ぶ。


「お父様ッ!!」


 そしてジルに差し伸べた右手から青白い光を放つ。

 二階から放たれた弾丸は美しい軌道を描きながらジルの頭部を貫かんと今まさに差し掛かるが。


「ふん……。所詮は鼠が考えそうな事だ」


 静かにこの状況を洞察していたジルが動き始める。


「……っ」


 二階から狙撃していた襲撃者は静かに声を漏らす。

 なんと弾丸がジルの頭部に触れた瞬間、弾き飛ばされてしまったのだ。


「やれやれ、私の宴に水を差した代償は高くつくぞ」


 突然の事態にも落ち着きを見せるジルは徐に懐から何かを取り出す。

 それは簡易式インスタントコード


「コルチカム、そのまま固有式オリジナルコードを展開し続けていなさい。今、明かりを灯す」


「……はい」


 そう指示を出すと、つまらなそうな表情でジルは透明な試験瓶の蓋を開けた。

 すると、瓶の中から眩い光玉が勢いよく真上へと飛ぶと天井にぶつかり破裂していく。


「まったく私の屋敷を好き放題にしおって……」


 飛散していく眩い光は屋敷内の全体を包み込み、しばらくの間は光を保ち続ける。

 たちまち明るさを取り戻した会場に安堵の表情が蘇る、しかし参加者達はまだ安心できない。

 銃を乱射した襲撃者がまだこの屋敷のどこかに潜伏しているのだ。


「――――アマリリスッ!! 侵入者を引きずり出せッ!!」


「グルルラアアアアアアアッ!!」


 主の声に従い、アマリリはジンに背を向けてローブの袖から赤黒い右腕を自在に伸ばして二階で銃を構える人物を狙う。

 

「おい、こらっ! お前ぇの相手は俺だろうがっ!」


 身体を伸縮自在に操る不気味なアマリリスに驚かされつつ、ジンはすぐにそれを止めようと動くが――――


「させないっ!」


 コルチカムは青白く光る両手をかざし、見えない何かでジンの進路を塞ぐ。


「っ、」


 違和感に気付くとジンは咄嗟に後方へと跳び、顎を伝う汗を左手で拭う。

 どれだけ目を凝らして前方を見つめようと、謎の違和感の正体が掴めず焦りの表情を見せる。

 唯一わかる事と言えば、それが錬金術であるという事。


「……その光、お前ぇ錬金術師だったのかよ」


 両手をジンに向けて伸ばすコルチカム、その手には青白い光の残滓が揺らめいていた。

 錬金術の痕跡、すなわちコルチカムは錬金術を発動していたのだ。

 見えない攻撃と厄介な敵を前に、無暗に突っ込めば返り討ちは必至。


「錬金術が使えないだなんて言った覚えは無いけど?」


「ケッ、それもそうだな」


 その間にアマリリスの腕は遂に二階へと達していた。

 鋭く長い爪が生えた漆黒の腕、その先にはうつ伏せでスナイパーライフルを構えるバレットの姿が。


「やはりあの身体は厄介ですね……。更に付け加え、驚異的な生命力を持つ怪物……」


 自身を捕えようと大きく開く漆黒の腕、その影に表情を青ざめるバレットは覆われていく。

 そのままアマリリスの腕は血管を浮かべてバレットを押し潰す。

 参加者達も皆、襲撃者の死を直観していた。

 ジルは歪んだ笑みで二階を見上げ、簡易式インスタントコードを床に投げ捨てる。


「はっはっはっ、他愛無い。この程度とは拍子抜けも良い所だ」


「グルルル……フー……フー……」


 アマリリスの攻撃により、衝撃に耐えきれず二階の一部が崩れていく。

 その被害として参加者達に瓦礫が降り注ぐ。


「お、おい! ふざけるな青髭! 俺達にまで被害が!」


「に、逃げろおおおおおおお」


 瓦礫が崩れる中、参加者達は席から立ち上がり慌てて逃げていく。

 煌びやかな会場は一瞬にして埃や煙が舞う大惨事へと変貌した。

 逃げ惑う参加者達、騒ぎが大きく広まる中、静かにその声は聞こえてくる。


「――――やれやれ、」


 粉塵に紛れ、バレットは手にしていたライフルを捨てて二階から跳び出す。


「グルル……っ」


 アマリリスは握り潰したはずの存在に違和感を感じてそっと掌を広げる。

 そこには瓦礫の残骸だけで、肝心のバレットの姿はどこにもなかった。


「それでは参りましょう」


「グルァ……ッ、ア、アアアッ」


 巨体を痙攣させて明らかな怒りを見せるアマリリス。

 二階から跳び出したバレットはアマリリスの腕を伝いそのまま一階へと駆け抜けていく。


「グラアアアアアアッ!!!!!」


 バレットを振り落とそうとアマリリスは腕を大きく動かして足場を悪くさせるが。


「おかげさまで階段を下りる手間が多少省けました。これは――――ほんのお礼です、受け取っておいてください」


 足場の悪くなった腕から飛び降りると同時に、今度は懐から二丁の拳銃を取り出してアマリリスに向けて発砲する。


「グっ、ギャアアアアアアアアアアッ!!!」


 全弾命中して黒い巨体を跪かせる事に成功する。

 おぞましい叫び声に加え、緑色の不気味な液体を身体から流して苦しむアマリリス。

 だが、致命傷には程遠い。

 銃口から煙を吹く二丁拳銃を持ったまま、バレットは見事に着地を決め。


「さて、と――――」


 堂々とした風貌でようやく姿を公へと現す。


「今の見たか!? あんな怪物の腕に乗り移ったかと思えば臆する所か反撃しながら降りてきやがった……!」


「何なんだ奴は……。この強襲と言い、並大抵の神経をしているとは思えん……」


「つか、この状況どうすんだよ……ッ」


「あの野郎……まさかこの数を相手に真っ向から戦おうってんじゃねぇだろうな」


 バレットは騒然とする場内の様子を困り果てた表情で見渡し、コルチカムと対峙するジンに振り向く。


「ジンさん、私の合図を待たず勝手に動かれては困りますよ」


「ケッ、遅刻してる分際でスカしてんじゃねぇよ」


 拳を鳴らして遅すぎるその登場に不敵な笑顔で答えるジン。

 バレットの登場は参加者達を唖然とさせて言葉を失わせていた。

 突然現れた襲撃者の姿は一見優男だが、どこか漂う危険な雰囲気を察知して皆が息を呑む。


「バレット……っ」


「ゥ、ウ、ウウ……」


 コルチカムはジンと対峙しながら背後のバレットに舌打ちし、アマリリスは呻き声をあげながら主人を見つめて指示を待つ。

 すると、静まり返ったこの場に見かねたジルは溜息を吐いてステージからゆっくりと降りていく。


「輝かしい旅路、それに向けた最期の宴だと言うのに――――」


「……」


 背後から迫りくる尋常な気配にバレットは汗が伝う拳銃を握りしめて振り返る。

 大戦で活躍していた元英雄を前に冷静な面持ちを装いながらも、珍しく焦りが見え始めていた。

 老いてはいるが、やはり相手はあのジル=ドレェク。

 積み重ねてきた歳月、そしてその経験は絶対的強者としての滲み出る風格は参加者達まで背筋を凍らせていた。


「――――興を削ぐ真似などしてくれるなッ!!」

 

 身体の芯まで震わす殺意の叫び。

 鬼の形相でジルは腰に携えた剣を抜き、バレットを睨みつけながら剣先を向ける。

 幾多もの戦場を共に超えた大切な人の形見、数十年経とうと今も尚その刃は眩しく光輝く。


「いかなる勝算があろうと、所詮は若造の浅智恵に過ぎん! 貴様達はまるで戦争というものがわかっておらん!」


 年季を感じさせる重低音の声は響き渡り、この場に居る者全ての言葉を閉ざす。


「この場に訪れた参加者は全て敵! 更には私が莫大な資産を投じてきた災獣キメラ生物兵器マンティコアが控えている! 既に勝負は決しているのだ――――ッ!!」


 敵の戦力は見渡すだけで十二分に理解できる。

 個々の力はたかが知れているとしても、数という圧倒的不利な状況は簡単には覆らない。


「確かに数はこちらが不利ではあります。が、私は勝算の無い勝負はしない主義でして」


「フン、若造が言うではないか。ならば……! この状況を覆してみせろ! やれっ! アマリリスッ!!」


「グルゥアアアアアアッ!!!!!」


 息を荒げて捲し立てるジルに呼応し、アマリリスは雄叫びをあげながらその重い身体を激しく揺らしてバレットに襲いかかる。

 バレットは慎重に周囲を見渡して何かを待ち続けていた。

 ジンも同じく、焦りの表情を見せるコルチカムと対峙したまま静かに頃合いを見計らっている。

 そして、遂に数という不利な状況を覆すその瞬間は訪れる。


「――――ならば、まずはその数の不利とやらを覆しましょうか」


「何……?」


 バレットの策、その仕掛けは既に済んでいた。

 そもそも下準備だけならば初めてこの屋敷に訪れた時点で終わっている。

 すぐさまジルの鼻孔にある匂いが漂ってくる。


「……火薬の匂いだと?」


 戦地で散々嗅いできたその匂い。

 瞬時にある懸念がジルの脳裏を通り過ぎていく。 


「――――まさかこれは爆薬っ!?」


 しかし、気付いた時にはもう遅い。

 ジンは左手を軽く広げると不敵な笑顔を浮かべ。

 

「ドッカーンってな」


 その瞬間。

 鮮やかな朱色の眩い光が会場を包み込み、至る所が猛烈な爆発音を奏で始める。


「ぐ、く、に、逃げろおおおおおおおおおおおおっ!?」


「うわああああああああっ!?」


 何人かの参加者達が爆発に巻き込まれ吹き飛ばされていく。

 一気に火薬と人体の焼ける匂いが屋敷に漂い始め阿鼻叫喚。

 支柱の柱も何本か崩壊し、他の参加者達は一斉に会場の出口へと駆け出していく。


「ちきしょうっ! 柱がやられたぞ! このままじゃ生き埋めになる……っ」


「そ、そこをどけっ!! 私を!! 私を生かせ!!」


「我々は貴族だぞッ!! 何をもたもたしているッ!! 早く道を譲らんかこのゴミ共がッ!!」


「あぁ!? 知ったこっちゃねぇんだよっ!! 何が貴族だっ!! んなもん知ったこっちゃねぇんだよっ!!!」


「邪魔だ!! テメェらこそどきやがれクソ貴族共!!」


 我が身可愛さの醜い争いにより何人かの参加者達は退路を断たれ、降り注ぐ瓦礫の生き埋めとなる。

 爆破に巻き込まれ死する者も続出。

 炎に包まれる会場、誰もが予想だにしていなかった大惨事。

 ジルが保有する美術品もその餌食となり、被害は拡大していくばかり。

 爆発はまだまだ収まらない。


「おの、れぇぇ……っ」


 燃え盛る絵画、崩壊していく屋敷。

 全てを奪う地獄の業火、それはジルに”彼女の死”を彷彿とさせていた。

 最期まで神を信じ、全てを愛した聖処女の末路。

 小さなその身を、全てを国に捧げた彼女。

 しかし、その最期は人間達の醜い感情と悲惨な仕打ちによって奪われてしまった。

 磔にされ、業火で焼かれようと最期まで決して恨みを抱かず、慈愛に満ちた笑顔で彼女は神に祈りを捧げながら死した。


「私から聖処女を奪っただけでは飽き足らずッ! 尚、私から奪おうというのかッ!」


 ジルは燃え盛る屋敷の光景を前に錯乱状態へと陥っていた。

 右手で剣を握りしめながら、左手で顔を覆っては口元から血を流している。


「決して許さん、私は、神を……ッ、世界を許しはしないッ!!!」


 身体を揺らめかせながら血走った眼にジンとバレットを映し、ジルは怨嗟に繋がれた狂気に身を焦がす。


「グルルァアアアアアアッ!!!!!」


 主人の心に呼応するようにアマリリスがジンとバレットに向かって走り出す。

 ジンは両手をズボンのポケットに仕舞い、それを静かに見つめる。

 バレットは二丁拳銃を惜しむ事なく投げ捨て、今度はどこから取り出したのか猟銃を構えてジンに合図を送った。


「……まだ数十にも及ぶ災獣キメラ生物兵器マンティコアが控えています。まさにここから死と隣り合わせの戦いとなりますが、大丈夫ですか?」


「ケッ! んなもん関係ねぇ。それよりヘルメスが心配だ、すぐに片づけて俺はあいつの元まで向かわせてもらうぜ」


 ジル=ドレェクとの闘いは燃え盛る炎に包まれながらその火蓋を開けたのだった。

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