17話:郊外の激突
狂気が蠢く中、安らかに眠るフラウディーネ。
狂乱の宴が開催されているとはつゆ知らず、静寂に包まれている。
「――――人々に平穏な眠りを与える。それこそが我々の義務です」
不穏な花吹雪が舞う丘の上で、正義を掲げる集団がフラウディーネを見下ろしていた。
その数は、数十名にも及ぶ。
皆の表情はどれも険しく、これから引き起こされる戦いに向けて緊迫した空気が漂う。
「さて……。今頃、闇貴族や罪人達が一堂に集まっている頃ですね。ジル=ドレェクの監視網を掻い潜るなら今かもしれません」
集団を率いて先頭に立つ一人の女性が手櫛で髪を整える。
「さぁ、忙しくなりますよ皆さん」
桃色のウェーブがかった長髪と純白の研究衣を風でなびかせ、鋭い眼光でフラウディーネを見つめる――――ロズマリア=フローラが率いるギリスティアの王従士達。
「……ふ、フローラ様、ひひっ、」
悪趣味な笑い方と不気味な声が集団の中から聞こえてきた。
声の持ち主は細身の男性で、ぬらりと歩を静かに進める。
とても腰を低くさせながら、両方の人差し指を小刻みに突き続けて落ち着かない様子だ。
ようやくロズマリアの元に近づくと俯いていた顔を上げる。
「ひ、ひひっ、だ、誰かが近づいてきます……」
両目を覆う程に伸びきった不衛生な前髪はとても気味が悪く、視線も定まっておらず挙動不審だ。
しかし、こう見えて彼もまたギリスティアが誇る王従士の一人。
紫苑色の研究衣を羽織る黒髪の男は、不気味な笑みを浮かべてロズマリアにそっと耳打ちで囁く。
「お、恐らく……ひひっ、じ、ジル=ドレェクの手先かと……」
報告を受けるとロズマリアは腕を組み始め、僅かに眉間をヒクつかせて鋭い表情を顕わとする。
無理も無い、事は既に始まっているのだ。
その気迫を徐々に周囲にも浸透させてしまう。
「……まったく、虫唾が走ります。この我々を足止めしようと言うのでしょうか」
最も錬金術が発展し、四大国家の頂点に君臨するギリスティア。
そのバケモノ集団と恐れられる王従士を相手に、正気の沙汰とは思えなかった。
完全にナメられている、ロズマリアはそうとしか思えず舌打ちをしてしまう。
そして直ぐに思考を定め、賊の迎撃へと移る。
「――――直ちに戦闘準備に入ってくださいっ!!」
事が上手く運ばず、眠そうな瞳を細めて苛立つロズマリア。
それに感応して王従士達も動揺を隠せずにいた。
細心の注意を払い行動してきたが、どうやらその情報は敵に筒抜けだったようだ。
疑心暗鬼や不安の芽が生まれていく。
しかし、それよりも彼らは許せなかった。
「まさか敵は我らギリスティアの王従士と真っ向から挑むつもりか……っ」
「もし我々の動きがバレているならば、その戦力も知っての事……。つまり、敵は完全に我々を侮っているという事になる……ッ」
「おのれジル=ドレェクめ……ッ、どこまで我々を愚弄すれば気が済むのか……ッ」
憤りを感じる彼らの言葉には、明確な殺意が込められていた。
ギリスティアに、ミストレ=サールージュに対しての裏切り行為は許せるものではなかった。
ロズマリアの号令に従い、王従士達は喧騒とした雰囲気で周囲を確認しながら戦闘態勢に移っていく。
「目にものを見せてやろう……ッ」
「たかだか賊に後れを取る我らではないぞッ!」
「待っていろ青髭……ッ、すぐに貴様の元まで向かうぞッ」
誇りと維新に賭けて必ずやジル=ドレェクを確保してみせると意気込む。
神経を研ぎ澄ませ、いついかなる強襲に備えて固有式を展開できるように注意深く待機する。
緊張感が走るこの場において、ただ一人だけ。
その雰囲気に呑まれず、緊張感の欠片も無い表情を見せる女性が居た。
集団の最後方、地面に寝転がっていたその女性は大きな欠伸と共に起き上がる。
「ふぁぁあ~あぁ~ああ~……むにゃぁ、よ~く寝たぁ~」
大きく背を伸ばして人差し指で瞳を擦る女性、その口元には僅かに涎が零れていた。
戦闘に向けて士気を高めていた王従士達も、流石にその姿には毒気を抜かれてしまう。
女性は口元の涎を袖で拭いながら面倒臭そうに立ち上がり、半分に閉じた瞳で暗闇に覆われた星空を見上げる。
「うへぇ~……。最悪、まだ夜じゃんかぁ~……。起きて損しちゃったよ、もうっ。フランちゃんがお昼になってないのに起きるなんて珍しいにゃぁ~?」
フランは気だるそうな表情を浮かべながら、つなぎの様な白いライダースーツに付着する砂を不機嫌そうに払う。
そしてプラチナブロンドの長髪を振り払い、急に真剣な表情を浮かべる。
「――――にゃるほど、”あいつ”の殺気のせいで起こされちゃったわけねぇ」
忍び寄る邪悪な存在に気づき、眠りから目覚めたフランはそっと独り言を囁いた。
「アルちゃんは大丈夫かにゃ……」
フランのすぐ傍にはアルと呼ばれる偽人の少女の姿が見当たらない。
どうやら今は別行動を取っているようだ。
「フラン・ニコライ。いくらなんでも気が緩みすぎですよ。この状況と事の重大さをおわかりですか? 正直、不愉快です」
少しばかり大目に見てきたロズマリアだったが、流石に我慢の限界だった。
正義を貫かんと意気込む王従士達とは違い、身勝手な行動とその無神経なフランの姿に両肩を震わせて怒り心頭。
今にも掴み掛りそうな勢いのロズマリアに対し、王従士達が緊張の汗を流していると――――
「――――っ、皆さん来ますよ!!!」
異変に気づき、ロズマリアが瞳を大きく開いて叫ぶ。
すると、どこからともなく突風が巻き起こり花々が無残に散っていく。
「ぎゃああああっ!!」
「お、おいっ!?」
一人の王従士が突然、大量の血飛沫を巻き散らして絶叫の後に倒れてしまう。
「が、ぁあああああっ!!」
次々とその被害は拡大していき、数名が死体と化してその亡骸を地面に落とす。
大量の血が花々を染め上げていく。
「うげぇ、やる事が相変わらずグロイにゃぁ……」
フランは死体を見つめながら舌を出して顔を歪ませる。
そうしている間にもどんどん王従士達が餌食になっていく。
唐突に起きたわけのわからない事態に戸惑いの声が飛び交う。
「ど、どういう事だ!? 敵はどこだっ!?」
「おのれっ!? くそっ、卑怯な……っ、姿を現せっ!!」
姿見えぬ敵の登場に動揺が目立つ。
ただ仲間の死を見ているだけで呆然立ち尽くす者まで現れる始末。
敵襲に対して固有式を発動しようにも、標的が定まらず右往左往と混乱していく。
しかし、その中でも一際冷静な者達は既に動き出していた。
「ひ、ひひっ、お、愚かな賊め……、わ、私の前でこうも死体を量産してくれるとは……」
ロズマリアの近くで待機していた長髪の男は体を揺らめかせ、静かに死体の元へと移動していく。
死体を見つめるその表情はどこか嬉しそうに感じる。
「……やはり、ただの王従士ではこの程度でしょう。実に情けない……。こうなる事が予想できていました。だからこそ、”我々”が訪れたのです」
静かに瞳を閉じてロズマリアがそう呟くと。
「……同胞がやられているにも関わらず、やはりフローラ様は恐ろしい」
「しかし、的を得ている。所詮は”裏を担う我々”と彼らは違う」
「それでもまだ何人も生き残っている辺り、流石は我らと同じギリスティアの王従士だと評価できる」
何人かの王従士が笑顔を浮かべて移動し始める。
同じ王従士でありながら、根本が異なる者達。
見えざる敵に対しても臆する事なく、堂々とした風貌で迎撃に備えていく。
その中。
被害が拡大していく一方だが、ロズマリアは次々と倒れていく仲間の数から冷静に敵を見極めていた。
「なるほど、敵は一人……随分とナメられたものです――――非常に不愉快です」
この時点で既に強者揃いの集団が半壊していた。
「はは……」
青年の笑い声が聞こえる。
同時に攻撃は止み、突風が集団の背後で消えていく。
そして、ようやくその姿を現す。
「――――やっぱり、君だったねぇ」
姿を現したその人物の姿に喉を鳴らす従士達。
傍観に徹していたフランも、静かにその人物に視線を向ける。
「――――どうやら君やフェイクが裏で青髭と繋がってるってのは本当だったみたいだねぇ」
漆黒のコートを纏い、金色の髪と瞳を持つ仮面の青年。
フランの言葉を受け、仮面の下で歪んだ笑みを浮かべていた。
その両手には王従士の頭が握られており、おぞましい姿で周囲を圧巻させる。
「……あの一瞬で全部片付けてやろうようと思ったけど、なるほど中々どうして上手くいかないもんだ」
大量の血を浴びる青年に恐怖と怒りを覚える王従士達。
青年はそれを嘲笑うかのようにもぎ取った頭を地面へと投げつけて挑発めいた口調で告げる。
「フラン・ニコライ……。心の底から失望しましたよ。まさか貴女ともあろう方が、よもやギリスティアの王従士に肩入れしているとは驚きを隠せません」
「べっつにぃ~? 勘違いしないでくれるぅ? ……フランちゃんはただの気まぐれで協力してるだけだしぃ~……」
何やら確執のある二人のやり取り。
騒然とする王従士が道を開いていく中、仮面の青年を睨みながら悠々と進むロズマリアが二人の間に割って入る。
「仮面の賊……貴方が狂った錬金術師と繋がっている事は既にわかってます。世界の為にもその身柄――――」
ロズマリアを中心に風が吹き始める。
職務を全うしようと、その両手から青白い光を強く発していた。
「確保します――――」
ハイリンヒと対峙したこの青年、その強さは重々承知の上。
出し惜しみなど出来ない。
ロズマリアは両方の掌を小さく上に向け、躊躇う事なく自身の固有式を口にする。
「正義の名の元に異教徒の過ちを正し、贖罪を与えん――――”黒薔薇の十字架”」
膨大な青白い光が周囲を包み込む。
「ほぉ……。それが貴女の固有式ですか。中々どうして、面白そうな錬金術ですね。どのような効果を発揮するのか実に楽しみだ……」
13本に及ぶ黒く大きな十字架が地面から突き上がり、丘を囲むようにして禍々しいオーラを放つ。
十字架には血の滴る黒薔薇が何重にも絡みついており、見る者に威圧感と畏怖を与える。
これがギリスティアが誇る三英傑の一人、ロズマリア=フローラの固有式の姿だった。
青年の期待に答える事なく、ロズマリアは自身が構築した十字架に命じる。
「血を吸いし我が魔の茨よ、悪しき者を磔にせよ――――」
十字架に絡みつく茨はロズマリアの命に従い、青年に狙いを定めて一斉に伸び襲う。
凄まじいスピードで近づく茨に対し、青年は嬉しそうな声色で仮面を右手で覆う。
「はっはっ! 貴女も三英傑を名乗る以上、コルネリウスさんと同等程度には楽しませてくださいよ?」
そして、左手から赤黒い光を発しながら茨に向かって跳びだす。
戦いの狼煙は上がった。
それに伴い、立ち尽くしていた王従士達も一斉に駆け出す。
「っ!! いつまで立ち尽くしているっ!! 我らもフローラ様に続くぞっ!!」
「我らの力をとくとく味わうが良いっ!!」
「ギリスティアを仇名す者に鉄槌をっ!!」
戦いが始まりその場に一人残されたフラン。
「いやぁ~、血の気が多い頑張り屋さんが多いねぇ。ま、フランちゃんがサボれるならそれで良いけどぉ~」
一向に参加する気配は無く両手を頭の後ろに組んでただ傍観者を気取る。
他の王従士達は次々と固有式を展開して本領を発揮していく。
準備を終えた長髪の男もようやく戦いに参加する。
「ひっひっひぃっ!! た、楽しくなってきましたねええええええええッ!!!」
勢いよく両手を横に伸ばして青白い光を放ち、固有式を展開する。
「ひっ、ひゃっ、ひゃっ、し、死して夢半ばに朽ちた同志よ、わ、我が寵愛を受け傀儡となりて奴を刈れ――――”愚神への冒涜”」
長髪の男が固有式を発動すれば地面に横たわっていた死体が青白く発光していく。
すると――――
「……、……、……ぅ、……ぐ、……ぁ、ぁあああッ!!!!!」
一度命を堕とした死者は決して蘇らない。
その世界の理を無視するかのように、信じられない奇跡が今まさに起こったのだ。
青年に殺された死者達が、何と雄たけびと共に起き上がっていくではないか。
しかし、王従士達はそれに一切驚きもせず尊敬の眼差しを向けていた。
「流石は死霊使いと称される”ゲーテ”氏だっ! さすれば私は蘇りし同胞に敵を滅ぼす剣を授けんッ!! ――――仮想の現身」
意気揚々と一人の王従士は勇ましく腰の剣を地面に突き刺しす。
そのまま両手を地面に押しつけて固有式を展開すれば蘇りし屍兵達の前に同じ剣が次々と構築されていく。
「「ぅ、ぅ、うぉおおおおおお」」
屍兵達は地面に突き刺ささる剣を武装し、負傷した身体で血や臓物などを撒き散らしながら青年に向かって走り出す。
「実に醜い錬金術だ……。これだから人間は……」
両手で茨を捌きながら青年は死体を操るゲーテと呼ばれる男を睨みつけ、微かな憤りを見せていた。
それとは対照的にロズマリアは微笑みながら称賛の言葉を与えていく。
「フフ、やはり貴方の固有式はいつ見ても不愉快ですね。死者を愚弄しているとしか思えません」
「ひ、ひひっ、め、滅相もありませんフローラ様。わ、私は死者を愛しています……。し、強いて言うなれば……愚かな神への冒涜です。こ、これは死者への手向け、つ、つまり私なりの愛です。か、彼らに一矢報いさせてやりたいだけです……」
王従士達が己の固有式を展開していく中、最も醜悪な錬金術を発揮するゲーテの活躍にロズマリアは両腕を組んで満足そうに瞳を細めていた。
「愚神への冒涜は短時間の間、死した細胞を再び活性化させて死者を蘇らせる固有式……。神を嘲笑うかのような貴方の錬金術のおかげでどれだけ同胞を失おうと、これで兵の心配はありませんね」
「ひっ、ひっ、ま、まぁ、”ある程度の制約”はありますがね。し、しかし、ふ、フローラ様の黒薔薇の十字架は突破不可能でしょうし、し、心配はしておりません」
半永久的に蘇る兵は驚異的だ。
それに加え――――
「我々もゲーテ氏やフローラ様に遅れを取るわけにはいかん。その心臓を追跡せよ――――”心臓喰らい”ッ!!!」
放たれた雷は死者の軍勢の上空を通り過ぎ、青年の心臓を捕えようと波状の電流を強めていく。
「あれは……。まるで生き物みたいな動きをする雷ですね」
茨だけでなく迫りくる雷に対し、青年は胴を仰け反らせて余裕の笑みを浮かべて回避してみせる。
これで雷は空しく地面に衝突するかと思えば。
「お?」
ギリギリの所で雷は自ら進路を変えて地面の衝突を避けたのだ。
そのまま大きく上に伸びると再び青年を目指して電流を迸らせる。
「どうやらこの雷は僕に直撃するまで攻撃は止めないみたいだ。……仕方ない、ならまずはその式を崩すまで」
青年は邪魔な雷を打ち落とそうと両手を構えて迎撃を試みるが。
「奴の時を奪い、仲間の死に報え――――”凍てつく氷牢”ッ!!!」
続いて王従士が地面に片手をつくと、掌から青白い光が広がり地面を凍らせていく。
その侵度はとても早く、凍てつく大地の氷面が見る見る青年の足元に差し迫る。
「その身滅び行くまで内側から魂を焦がせ――――”破滅者の瘴気”ッ!!!」
更に渦巻く炎の旋風が青年に向かって飛び込む。
大気中の式は燃え盛り、炎はより大きくその範囲を広めていく。
剣を持った死者の軍勢もすぐそこまで来ている、度重なる追い打ちに流石の青年も深い溜息を吐き。
「実につまらない、所詮はこの程度ですか……」
おびただしい威力を誇る強力な異端者達の猛追が飛び交う中、不満そうにそう言葉を漏らす。
しかし、いくらバケモノじみた偽人と言えど、ロズマリアやハイリンヒが抜擢した錬金術師達を相手に苦戦を強いられる事は必須。
「随分と余裕を見せていますが、偽人如きが創造主たる人間をナメないでください」
ハイリンヒと互角以上に渡り合った仮面の青年に対し、たかが一人とて一切の油断は許されない。
全力で捻じ伏せる、王従士達がそれぞれ長年の歳月を経て得た力を思う存分に発揮していく中、誰もがギリスティアの勝利を決して疑わなかった。
ロズマリアもそれを確信していた。
しかし、その思考を見透かすようにフランは口笛を吹きながらロズマリアの傍に近づいた。
「気をつけなよ~? あの子、ただの偽人じゃないからね」
陽気な笑顔と責任感の無いその声色にロズマリアは特に苛立つ事なく、部下の働きを見守りながら口を開く。
「フラン……。我々は事前にコルネリウス殿からあの賊の情報を受けています、百も承知です。それよりも、わざわざ王従士から追放された貴女を寄越すとはティオは一体何を考えてるんですか?」
「にゃはは~。マリっちってば、せっかく来てあげたのにその言い方酷くなくなくない? フランちゃんだってこんな面倒事に巻き込まれたくないってば~」
フランはティオの要請を受け、今回の戦いに馳せ参じたのだ。
何故なのか、ロズマリアにはその意図がわかっていた。
肩をこじんまりとさせながらゲーテが血走った眼差しでフランを睨みつけて威嚇する中、皆の活躍を見つめながらその意図を口にする。
「貴女のような部外者を頼りにして……よほどティオは私が信用できないようですね。しかし、それは即ち私を此度の任務に抜擢したコルネリウス殿を侮辱する行為だと思いませんか?」
ロズマリアがハイリンヒの名を口にするとフランは僅かに笑顔を崩す。
「どんなに出来た人でも完璧な人なんて居ないっしょ」
「……コルネリウス殿に対する侮辱はいくら貴女と言えど聞き捨てなりませんよ」
険悪とした雰囲気が一瞬漂うが、すぐにそれは解かれる事になる。
「「!?」」
急にロズマリアとフランの全身に凄まじい寒気が襲い、背筋が凍りついて二人は無意識の内に身構えていた。
その悪寒の元凶に視線を移すや――――
「嘘だろ……、俺の雷は追跡性能を持ってるんだぞ――――」
追尾する雷は生き物のように変則的な動きで青年を貫かんとするが。
「はっはっ! 遅いっ! 遅すぎますよっ!」
雷の動きに順応して踊るように避けては頭上に差し掛かった所でそれを赤黒い光を纏う手で容易く掴み、その式を乱して瞬時に崩壊させてしまう。
いつの間にか無数の茨も姿形を失い、見る影もなくなっていた。
「さて、次は……」
周囲を氷土と化す勢いで忍び寄る氷結に対し、青年はそのまま地面を両手で抉り壁にして侵度を阻害する。
そのまま素手の右手で岩壁を貫くと、赤黒い光がたちまち地面に浸透していき――――
「この時期に凍結した地面なんて季節外れも良い所だ。残念ながら僕は寒いのが苦手でね」
赤黒い光が地面に伝い、大地を覆っていた氷が砕けるように弾け飛んで元の姿を現す。
「俺の固有式が何故――――」
砕け散った氷結が煌めく中。
続いて正面から迫る炎の渦に青年は跳び込み、伸ばした右手の先から赤黒い光を発する。
青年の右手は火傷を負う事なく、たちまち炎の渦は掻き消していったのだった。
「何だこのバケモノは――――」
王従士達の猛追を尽く打ち消していく青年の強さ。
それは人知を超越したものだった。
「くっ、」
武装した屍兵達の頭をもぎ取り、力任せに両手で裂いては再びただの屍へと戻す。
時には胸元に強引に手を突っ込みそのまま心臓を引き抜き、時には手刀で胴を斬り離す。
「アッハッハッハァッ!!」
まるで噴水のように鮮血を吹き荒らし、悪戯に屍の山を築き上げる青年の嬉々とした姿。
それは悪魔の化身のようだった。
事前に報告を受けていたとは言え、その圧倒的なまでの力を目の前にしてようやくロズマリアの表情にも焦りが見え始めていた。
「これが……ッ、式崩しッ」
そして、その脅威がもうすぐそこまで近づきつつある。
「バケモノ集団が聞いて呆れますよっ!!」
ロズマリアが構築した茨すら容易く式崩しで破壊し、次々と迫る強力な錬金術を見事に避ける人間離れした動き。
「ま、まだまだあああ、フローラ様に近づけさせるかああああああ」
「また鬱陶しい雷か……。無駄だって事がわからないのかい?」
「なら俺の攻撃はどうだああああああ」
追撃機能を搭載する雷等、どうしても振り切れない攻撃に対しては式崩しで打ち崩していく。
それ以外は極力、己の身体能力で対処していく青年。
どれだけ攻撃を続けようと青年の身体は未だ傷一つ付いていない。
奮闘する王従士達を嘲笑い、屍の数を増やしながらその距離を徐々に詰めていく。
「お、おの……れぇえええええッ」
「ぅ、っ、がぁあああああああッ」
「ははっ!!」
仮面の底で金色の瞳を光らせ、獲物を狩る悪魔のように微笑み、再び炎の攻撃を交わす為にその脚力を活かして跳び。
「たかだか人間風情がこの僕に勝てるとでも思っていたんですかねぇ?」
そのまま王従士の一人に手を伸ばす。
「ひぃっ!?」
青年は王従士の頭を掴むや己の腕力だけで首から引き離し、そのまま遠くへと投げ飛ばして立ち止まる。
「脆い……っ、人間は実に脆いねっ!!」
頭を失ったその首元は血の雨を降らして青年を赤く染め上げる。
口元に滴る血を嬉しそうに舌で舐め取ると、青年は次の獲物に狙いを定めていた。
「!?」
標的の対象は――――ロズマリアだ。
「ふ、フローラ様をお守りしろッ!!」
その視線の先に気づくと王従士達は徒党を組んで壁となるが。
「もう君達と遊ぶのには飽きた――――」
突風を吹かせて忽然とその場から姿を消したかと思えば――――
「ふ、不覚――――」
「申し訳……ございませ、ん……フローラ、様――――」
腹部から勢いよく血飛沫をあげて倒れていく。
青年はロズマリアに向かって跳びだすと同時に、そのついでに一瞬の内に数人の王従士を始末したのだった。
「っ、よくも私の部下を……。――――なるほど、コルリネリウス殿が手こずるわけです」
どこか諦めたように力が抜け、俯くロズマリアにゲーテが大きく叫ぶ。
「ひっ!? ふ、フローラ様っ!!」
しかし、ロズマリアは諦めてなどいなかった。
静かに落ち着きを取り戻すロズマリア。
そして、自分に向かってくる青年に対して冷ややかな視線と共に掌をかざして狙いを定める。
「ですが、まさかその程度で優位に立っているつもりですか。だとすれば――――非常に不愉快です」
ロズマリアが力強く瞳を開くと丘を囲む13本の十字架が眩い青白い光を発揮していき。
「な……」
仮面の下で青年の表情に焦りが浮かぶ。
十字架全てが地面から飛び出し、一斉に凄まじい速さで上空から降り注ぐ。
「くっ、」
砂埃と花びらを舞わせ問答無用で青年に突き刺さっていくその様はさながら十字架を埋めて墓標を作り上げるかの如し。
「おぉっ!? やるじゃんマリっち!」
その様子を無邪気に飛び跳ねて若い乙女のようにはしゃぐフラン。
突き刺さる十字架によって足場は失われていき、青年は瞬く間に行き場と逃げ場を同時に封鎖されてしまう。
そして貫かれまいと必死に回避し、いつしか動きを拘束されてしまった。
「……やはり三英傑ともなると一筋縄じゃいかないか」
その一撃全てが速さと鋭さを兼ねており、普通であれば串刺しの死体へと成り果てるだろう。
しかし、青年はその全てを動体視力だけで避けてみせたのだった。
全ての十字架が地面に突き刺さり、静まり返ると直ぐに上へと跳ぶ事で十字架の墓標の外へと逃れる。
だが――――
「――――!?」
「人の数が減ってきたしぃ? しょうがないにゃぁ~」
青年が着地した場所には既にフランが回り込んでいた。
「そろそろ面倒になってきたから終わらせちゃうね♪」
「はは、いよいよ貴女も動きますか……」
歪んだ笑みを浮かべ、大きく見開く金色の瞳の先に待ち受けるは――――青白い光を纏う右手を振りかざすフラン。
更に十字架から再び無数の茨が自分の元へと襲い来る。
「貴女の力など借りずとも我々だけで十分です。しかし、――――貴女が協力したいのであれば別ですが」
ロズマリアのあくまで上から目線の物言いにフランは困ったような笑みを浮かべ。
「あっはっは~、ホント素直じゃないんだから~。まぁっ、早く終わらせて寝たいから協力しちゃうんだけどけどぉ~」
正面からは無数の茨、後方からはフランが何かを仕掛けてくる。
この距離では流石に離脱したり避ける事は叶わない。
どちらかの攻撃が直撃は間逃れないだろう。
青年は諦めた様子で両手を宙ぶらりんにして囁く。
「やれやれ……。仕方ない、認めましょう。確かに僕は貴女達を甘くみていました」
それでも――――
「それでも、僕の優位は覆らない――――」
青年には絶対の自信がある。
そして、ハイリンヒを苦しめたその力を存分に発揮する。
「――――崩界」
口元をつり上げてそう囁くと、青年の両手から凄まじい赤黒い光が周囲を瞬く間に包み込む。
同時に青年を中心にして発生した突風が無数の茨とフランを吹き飛ばす。
「ちょっ!? そ、それ使うの、ず、ズルイってぇぇえええ~っ!」
「これが……っ、コルネリウス殿が言っていた……っ、全てを崩壊させる力……っ、ですか……っ、」
地響きが丘全体に亀裂を生じさせ、咲く花々が生命力を失って枯れていく。
まさに全てを崩壊させる力に相応しい威力を見せつけていた。
「じ、地面が裂けていくぞ……ッ!?」
「な、何だこの力は……ッ!?」
「これも錬金術なのかッ!?」
足元が揺れて態勢がおぼつかない。
地割れも徐々に大きくなっていき、このままでは危険だ。
青年の絶大な力は絶望を与え、王従士達はその力の前に呑み込まれそうになっていた。
「ひっ! ひひっ!! す、すっ、素晴らしいっ!! ほ、偽人がこのような力を秘めているとはっ!! ふ、フローラ様っ、こ、これは是が非でも、わ、我々のものにっ!!」
天変地異のような光景を目の当たりにして尚、興奮するゲーテを他所にロズマリアは怒り露わに肩を震わせていた。
その表情は絶望とは程遠いもので、その美貌も相まって非常に恐ろしいものだった。
「非常に不愉快です……。これ以上、”我々”の邪魔をしないで頂きたい……ッ。早くジル=ドレェクの確保に向かわせてもらいますよッ」
「ははっ、それは無茶な相談です。彼は我々に必要な人材ですからね。此処で貴女達には崩れ去ってもらいますよ」
フラウディーネから僅かに離れた郊外の丘。
王従士達と青年の戦いは苛烈を極めていくばかり。
このままでは当初の目的が果たせない。
先走る心を必死に抑え込み、両手で突風から顔を守りながらロズマリアは覚悟を決める。
「っ、仕方がありません。”第3から第8まで”の十字架を解放します。皆さんは巻き込まれないように注意してください」
こうしている間にも時は進み、狂乱の宴は進行されていく。
手段は選んでいられない。
ロズマリアは己の固有式の真価を解放すると告げる。
「もーっ、フランちゃんも怒っちゃったぞっ!」
突風に吹き飛ばされ、必死に地面にしがみつきながらフランも同じくいよいよ戦いに決着をつけようとしていた。




