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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
74/80

16話:創造と破壊の偽人

「――――しっかし、暑ぃぜ……」


 これは、ジンとヘルメスが出会うまでに起きた前日談。

 かけがえのない大切な人を失い、失意という奈落の底へと堕ちていたジンが再起してからの物語である。

 彼女と交わした約束、そして大切な思い出の数々。

 残された最後の希望、託された者達。

 運命の歯車デウス・エクス・マキナはジンをこの場所へと導いた。


「どんだけ見渡しても街が見えてこねぇ……。くそ、この代り映えしねぇ景色にもいい加減うんざりしてきたぜ」


 地面は日照り、亀裂が走っている。

 風が吹けば折れてしまいそうな枯れた木々。

 どこかその情景は寂しく、心に空いた隙間を突くように感じる。

 此処はヴァンクと呼ばれる小国へと続く荒野。

 辛そうな表情で眩しい太陽を見上げると、彼女の眩しい笑顔を思い出す。

 まさに太陽のような人だった。

 どれだけ辛くても、いつも彼女は笑顔だった。

 その笑顔にどれだけ勇気づけらてきた事だろうか。

 その温もりに、どれだけ救われた事か。


「……っ」


 ジンは見果てぬ先へと視線を戻す。

 その表情は少しだけたくましく、覚悟が表れていた。


「……もう大丈夫。お前ぇが死んでから辛い事ばっかだったけど、俺はちゃんと歩き続ける事にした。だから、安心してくれよ――――ルル」


 永遠に抜けられない地獄かもしれない。

 それでも、諦めてしまえば可能性は消えてしまう。

 未来が運命の歯車デウス・エクス・マキナに全てを定められていようと、愛する息子の幸せだけを願い、ルルは最後まで諦めなかった。

 ジンは額の汗を腕で拭い、いつか明るい未来が訪れると信じて荒野を進む。


「……絶対に黒い歯車スレイプ・ギアを解除してやるんだ。このままじゃ駄目なんだ、俺は絶対に自由を掴んでやる……ッ」


 フェイクに掛けられた呪いと呼べる禁忌のコード

 術者の意のままに服従を強制する恐ろしいコードによってジンは今も恐怖と戦っていた。

 いつの日か、再び殺人兵器として利用される事を恐れていたのだ。 

 最悪な事にこのコードは非常に複雑で、あのルルでも解けなかった。


「必ず、何か方法があるはずだ」


 決して多くは望んでいない。

 しかし、そんな小さな幸せを掴む事すら困難を極めている。

 本当の意味で幸せを掴む為には、黒い歯車スレイプ・ギアを解く事が必要不可欠。

 未知の方法を求め、こうして世界を転々と一人で旅をしていた。

 避けていた人間達との交流も積極的に行い、手掛かりとなる情報を得ようと奮闘していた。

 が、結果は中々得られず悪戯に時間だけが過ぎていく。

 そして、今。

 ようやく止まっていた歯車が動き出す。

 そのきっかけとなる人物がジンの前に姿を現したのだ。


「あぁん……?」


 歩き進めていく内に前方で人影を発見したが周囲に馬車は無い。

 本来であれば徒歩でこの荒野を抜ける事はほぼ不可能に近く、馬車で移動する事を基本とする。

 しかし、その人物はジンと同じく馬車を持たず、呆然と立ち尽くしていた。 


「こんな荒野のど真ん中であいつ何してやがんだ……?」


 遭難者かと思えばその姿はとても独特なものでジンに不安を与える。

 気が滅入る程に暑い荒野で漆黒のコートを着込み、顔全体を質素な仮面で隠す青年の姿。

 嫌な予感がしてジンがその場で立ち止まると、青年はそれに気付いて静かに振り向く。

 そして、少し間を置いてこう言った。


「――――”待っていた”よ、黒匣ジン


 自分の名を口にする青年に対してジンは突然恐怖に支配されて全身が凍りついてしまう。

 言葉を失い、状況が呑み込めないでいた。

 だが、すぐさまこの場から逃げろと心が叫んでいた。

 しかし、身体が言う事を聞かない。

 そうしている内に青年はゆっくりとジンの元へと歩を進めていた。


「ハハ、挨拶も無しかい? せっかくこうして出会えたってのにそんな風に黙り込んじゃって酷いじゃないか」


 距離が近づくにつれて寒気が全身を襲う。

 陽気な声に込められた冷たい殺意。


「っ、」


 何とか恐怖を抑え込みようやくジンは声を発するが。


「……何で俺の名前を知ってん――――ッ!?」


 あり得ない衝撃に再びを声を失ってしまう。

 滲み出る狂気と地面の砂を踏みつけながら近づいてくる青年の姿が――――フェイクの姿と被って見えたのだ。


「おいおい、何の冗談だよ……ッ」


 慌てて腕で両目をこすり、もう一度確認してみるが。


「ハハ、砂塵に目をやられちゃった? 無理もないね、この乾いた土地は埃っぽいからね。黒匣ジンを待っている間に僕の目にも何度か砂が入って困ったもんさ」


 ジンの行動に疑問を抱かずそのまま近づく今の青年からはフェイクの姿が見えなかった。

 どうやら見間違いだったのか。

 幻覚を見てしまう程に今も根強くフェイクに対する恐怖に思わず舌打ちをしてしまう。

 しかし、それだけではない。

 ジンは気付いてしまったのだ。

 仮面の上から目を擦る青年を見て、嫌な予感が後を絶たない。


「……チッ」


 仮面で顔を隠してはいるが、青年の瞳は偽人ホムンクルス特有の金色だった。


「こりゃぁ何の冗談だよ……ッ」


 フェイクを彷彿とさせる偽人ホムンクルスの登場に思わず気が狂いそうに笑みを浮かべてしまう。

 ジンは冷や汗を垂らしながらも何とか正気を保って動揺を隠す。


「俺が知らねぇ間に偽人ホムンクルスの一人旅でも流行ってるってのかよ」


 警戒を強めて周囲を見渡し、慎重に他の気配を探ってみるがどうやら他に誰も見当たらない。

 余裕を見せてはいるが既にジンの背中が尋常ではない汗で濡れている、そして両手も恐怖で震えている。

 それを見透かすように青年は嬉しそうに声を弾ませた。 


「へぇ……。話とは全然違うじゃないか。動揺してるのかい? それとも恐怖かな? いずれにしろ随分と”感情豊か”になったみたいだね」


「……あぁん?」


 野晒しの荒野で互いに金色の瞳で見つめ合う二人を、吹き荒れる怪しい風が包み込む。

 青年は漆黒のコートを翻し、質素な仮面で隠した表情でジンを見つめて距離を縮めていく。

 煌めく金髪を揺らし、上機嫌な様子で澄んだ声を更に弾ませ。


「しかし、おかしいな。君も同族なんて見飽きてるはじだろ? いや? 君の場合は喰い飽きている、かな?」


「てん……っ、めぇ……ッ」


 嫌な記憶が蘇ってしまう。

 自我が弱く、ただ命じられるだけで何も理解していなかったあの頃。

 失敗作と称される大量の偽人ホムンクルスを全て喰らわされたのだ。

 それについて触れる青年に対してジンは怒りを募らせつつ、フェイクとの関わりに疑念が強まる。


「で、味はどうだったのさ? 流石の僕も偽人ホムンクルスなんて食べた事ないからぜひ味の感想とか聞かせて欲しいもんだ」


「んなもん……ッ、思い出したくもねぇよ……ッ」


 必死に怒りを堪え、殺意を纏って凄みながらどう対処すべきか思考を張り巡らせて慎重に模索していると。


「ハハ、良い殺気を放つじゃないか。そしてそれに見合う迫力たるや凄まじいものを感じる。やっぱり君は――――」


 青年はふと立ち止まり、悪戯っぽくジンを指差し。


「――――正真正銘のバケモノなんだね」


 その一言がジンの逆鱗に触れて身体を動かす。

 先程から立ち止まっていたジンの足が微かに反応を見せた。

 バケモノ、軽はずみに放たれたその言葉がジンの心をじわりと締めつけていく。

 怒りは瞬く間に肥大化していき、ジンから冷静さを失わせてしまっていた。


「……っ、だと、」


 誰にも理解されない恐怖、そして身体よりも心を傷つける暴力の数々。

 人間を勝手に信用し、勝手に裏切られてきたジンの心はいつしか深く傷つけられてきた。

 人間はいつも自分を指差して口々にこう言っていた。


 ――――バケモノ。


 込み上げてくる怒りはもう留まることを知らない。


「ぶっ殺す……ッ」


 ジンは鋭い牙と殺意を解き放ち、拳の骨を鳴らして青年に近づく。


「参ったなぁ……。どうしてこうなったんだろ? 僕はただ君に”貴重な情報提供”をしようと待ってただけなのに……」


「貴重な……情報提供だと……」


 青年を喰い殺す勢いだったジンの足が止まる。  


「そう、今君が欲しがっているであろう貴重な情報さ」


 青年はそのままジンに背を向けると荒野の果てを指差す。


「この先に、ヴァンクと呼ばれる小さな国があるのを知っているかい?」


「……」


 ジンはただ流れに身を任せ、この荒野に辿り着いただけだった。

 地理の知識も乏しく、この場所がギリスティア付近という曖昧な記憶しかない。

 返答に悩むジンの心境を察したのか青年は腕を静かに降ろして振り返る。


「ふぅ……。まったく、本当に勘だけで此処に来たってのかい? とんでもない運だね、本当に恐ろしいよ」


「だかた何だってんだよッ! とっととその情報ってのを教えろよ仮面野郎ッ! 余裕ぶっこいて勿体ぶってっと力づくで吐かせんぞッ!!」


「それが人にものを頼む奴の態度とは思えないけど……しょうがない教えてあげるよ」


 青年はやれやれと両手を上げて首を振ると、仮面の下で満面の笑みを浮かべて今にも襲い掛かってきそうなジンに情報を提供する。

 風が吹くとコートのポケットに両手を仕舞い、僅かに両足の幅を広げて太陽を見つめだす。


「今、ヴァンクには全国指名手配となった大罪人が潜伏してるんだけどね?


 そしてジンに視線を向ける。


「その大罪人こそ、かつて狂った錬金術師の弟子だった男――――オプリヌス=ハーティスというわけさ」


「なっ、」


 思いもしなかった男の名、久しぶりに聞いたその人物の名に驚きが隠せずジンの怒りは次第に冷めていく。


「オプリヌスだと……? あの野郎まだ生きてやがったのか……!?」


 最後にオプリヌスを見たのは、フェエイクに命じられてある村を襲う前日の事だ。

 村を壊滅させてジンが”とある場所”に戻ると、既にそこにはフェイクしか居なかった。

 二人の弟子の姿は忽然と消えており、そのすぐ後にフェイクはジンを含めて全て放棄した。

 ジンはフェイクが何かしらの理由で用済みとなった二人の弟子を始末したのかと思っていたが、どうやらオプリヌスは追われる身となって今も生きているらしい。


「君と彼はあんまり仲良くなかったみたいだね。でも、もしかすると彼の弟子だったオプリヌスなら黒い歯スレイプ・ギアを解く手掛かりを何か知っているかもしれないよ?」


 きっと仮面の下では全てを見透かしたように胸糞悪い笑みを浮かべている事だろう。

 悪戯っぽいその声からそれが容易に想像できた。

 まるで掌で踊らされているような感覚に陥り、ジンは前髪をくしゃくしゃにして苛立った様子を見せる。


「……どうにも府に落ちねぇ。仮にその情報が本物だとして、何でアンタはそれを知ってんだよ。それと何で俺にその情報を教えてくんだよ。……何企んでやがんだ」


 黒い歯車スレイプ・ギアがジンの身体に組み込まれている事まで仮面の青年は知っていた。

 更にはジンとオプリヌスとの繋がりまで知っている。

 もはやフェイクの関係者である事は間違いなかった。

 青年の些細な動きすら見逃さないように観察を続けていると。


「ハハ、黒匣ジンは疑り深いんだね。よほど今まで酷い目に遭って辛い思いばかりしてきたのかな? ――――あの魔女みたいにさ」


「テメェッ!!!!!」


 もう我慢の限界だ。

 ルルを冒涜する発言を受け、はち切れそうな勢いで怒りの感情が重なっていく。

 気づけば青年を叩きのめそうとジンはその場から跳びだしていた。


「おっと、」


 凄まじい衝撃音が周囲一帯に響き渡ったかと思えば、青年が先程まで立っていた地面は無残に抉れて砂埃が宙を舞う。

 青年は突然の出来事にも慌てる事なく、後ろへと跳ぶ事で難なく回避してみせた。

 余裕な態度を保つ青年とは対照的でジンの猛攻が続く


「らァァアアアッ!!!!!」


 続いて第二波が訪れる。


「ルルを魔女って呼んでんじゃねぇよクソ仮面ッ!!!!!」


 目に見えない二つの巨大な青白い球体、原点の式オリジンコードを両手で展開したジンが怒り顕わに青年を襲う。

 勢いよく跳び上がると目標に狙いを定めて一気に二つの原点の式オリジンコードを叩きこむべく腕を向けて降下するが。


「まったく、貴重な情報を提供した僕に対してその行動は少々目に余る……。とても愚かで軽率な行動だと思わないのかい?」


 青年は自分の右手を見つめた後、上空から襲い来るジンに視線を移して不気味に微笑む。


「面白い――――創造と破壊、どちらが上か確かめてみようじゃないか」


「ごちゃごちゃうっせぇんだよッ!!!!!」


 渾身の一撃を加えようと上空から迫るジン。

 それと同時に青年の右手が禍々しい赤黒い光を発する。


「聞く耳持たず、か。なら僕に見せてくれ――――”何故、君が選ばれたのかを”」


 原点の式オリジンコードと赤黒い光がぶつかると広範囲の衝撃波が発生してこの一帯に亀裂を走らせる。

 遂に拮抗していた二つのエネルギーは唐突に飛散していき、今度は激しい突風を生んで互いを吹き飛ばしてしまう。


「っ!? 野郎ッ、」


「くっ、なるほどこれが”始まりの力”か……っ」


 ジンのは原点の式オリジンコードと共に吹き飛ばされ、青年は突風に吹き飛ばされまいと腕で顔を庇いながら何とか踏み留まる事に成功していた。

 原点の式オリジンコードと赤黒い光の衝突によって生まれた突風がようやく落ち着いた頃。

 着地を決めたジンは急いで体勢を立て直すとそのまま間髪入れずに次の攻撃に移るべく全力で駆け出す。


「お前ぇ何者なんだよッ!! 何が目的だってんだよッ!!」


 再び両手に原点の式オリジンコードを展開して突っ込んでくるジンの姿に、青年はため息を吐くと両手を横にかざして迎撃の準備に移る。


「さっきも言ったじゃないか。僕は情報を提供しに現れただけだって。これじゃいつまで経っても落ち着いて話もできやしない……」


 青年は伏目がちにそのまま膝を折り曲げ、両手を地面に這わせると急に地鳴りが響き渡る。

 

「っ、今度は何だってんだよ!?」


 突然の地響きにジンは体制を崩して立ち止まってしまう。

 その視線に飛び込んできた光景は目を疑うものだった。


「形あるモノはいつか崩壊する運命にある。モノだけじゃない、自然や世界だって同じ理の上で成り立っている。これが僕の力、君とは真逆の――――”終わりの力”さ」


「いっ!?」


 轟音を鳴らしてこの周辺一帯に地割れが発生していく。


「ちょっ、なっ、何だこりゃっ!? くそぉッ!!」


 ジンが立つその場所にも亀裂は走ってきており、見る見る大きく離れて谷底を作り上げていく。

 顔を真っ青にして一目散にその場から逃げ去るが。


「ハハ、逃げても無駄さ。いくら不死身だろうと君も生き埋めになれば少しは大人しくなってくれるよね」


 どれだけその場から離れて逃げようと無意味。


「ぜぇっ、はぁっ、ちきしょおおおおっ!! ざっけんじゃねぇぞっ!!」


 地形を変える程の広範囲に及ぶ破壊は逃げる事を許さない。

 全てを破壊する、決して逃れられない災害にジンの奮闘も空しく。


「へっ!?」


 ジンが走りながら踏み出したその箇所が即座に崩壊してしまい身体のバランスを崩してしまう。


「ちょ、嘘だろぉおおおおおおおッ!!!!!」


 そのまま地割れによって生じた深い暗闇へとジンは呑まれていき、徐々にその叫び声も小さくなっていく。

 地響きが止むと青年はそっと立ち上がり、勝利を確信した歪んだ笑みを浮かべて谷底へと近づき覗き込むが。


「普通の人間なら死んじゃうだろうけど不老不死の君なら心配ないよね。ハハ……引き上げるのに少し苦労はするだろうけど、これでようやく落ち着いて――――っ!?」


 谷底から眩い光が溢れ、青年は大きく目を見開くとすぐさま後へ跳んで回避する。


「……っ、往生際が悪いなもう」


 瞬く間に亀裂から青白い光の柱が吹き溢れ、粉々になった地面と残骸が小雨となって降り注ぐ。

 次にはジンが光の柱から飛び出し、膝をついた状態で見事着地を決めて無事に生還を果たす。

 

「ケッ、こんぐれぇで俺をどうにかしようってか? ざけんじゃねぇよ、こんなもん余裕だっつーの」


 そう言いつつジンの心臓は破裂しそうな程に高鳴っており、顔面を蒼白とさせていた。


「……」


 牙を向いて余裕の笑みを見せるジンに対し、青年は怒り顕わとなっていた。


「――――本当に苛立たせてくれる……ッ」


 その顔、その力、フェイクに施された全てが憎くてしょうがない。

 先程までとは打って変わり、青年から凄まじい憎悪を感じさせる。


「君さえ……生まれてこなければ賢者の石や、彼も……全て僕だけのものになったはずなんだ……ッ」


 青年は両手で頭を抱え込み、俯きながら息を荒げて苦しそうに恨み辛みを零して醜い嫉妬心を晒す。

 突然の変貌ぶりに驚かされたが、ジンにとっては好機だ。 


「あぁん? あんま、わけわかんねぇ言葉ばっか並べてんじゃねぇよ。んな事よりお前ぇには洗いざらい色々吐いてもらうぜ? そんでもって、ルルに詫びさせてやる」


 冷静にジンは左手から原点の式オリジンコードを展開させながら青年の元に近づく。

 間違いなくこの青年はフェイクと繋がっている。

 このまま野放しにはできない。

 再びフェイクの駒として利用されかねない、フェイクの居場所や目的も吐かさねばならなかった。


「……」


 すると、青年は何か踏ん切りが付いたのか両手を宙ぶらりんにして途端に大人しくなっていた。


「――――もう良い。もう……良いや。今ここでこうしている事も彼はあまり良く思わないだろうからね……。当初の目的通り情報も伝えた、後はオプリヌスに任せて僕はその結果を待つ事にしよう」


「っ!? おいコラっ!! 何勝手に納得してんだっ!! このまま俺が見逃すとでも思ってやがんのかっ!?」


「……」


 逃がすまいと原点の式オリジンコードを展開して猛進してくるジンを無視し、青年はつまらなさそうにコートから漆黒の試験瓶を取り出す。


「っ、今度は簡易式インスタントコードかよっ!! 錬金術師の真似事かぁッ!?」


「真似じゃないさ。元々、僕は”錬金術師だ”――――」


 発動を阻止しようと慌てて跳び出すジンを青年は殺意に満ちた瞳で見つめながら蓋を開ける。

 漆黒の試験瓶から赤黒い光が溢れたかと思えば青年の身体が光の粒子となって実体を失い、ジンが青年に叩きつけた原点の式オリジンコードはそのまま地面を粉砕してしまう。


「くそッ、何だこりゃぁッ!? クソッ、クソッ、クソォッ!!」


 眩い光で視覚を奪われながらもジンはがむしゃらに原点の式オリジンコードを何度も叩き続けていたが、光の粒子となった青年の身体は無傷のまま。

 無駄な足掻きを続けるジンを最後まで見降ろしながら青年は静かに囁く。


瞬間転移チェックポイントを発動した時点でもう僕を捕える事はできない。せいぜい――――彼の掌で踊り続けるが良いさ」


 そう言葉を残してこの場から光と共に姿を消したのだった。


「ハァ、ハァ……」


 太陽の日照りも相まって一人残されたジンは息を荒げながら大量の汗をかいていた。


「くそ、何だってんだよ……。結局、あの仮面野郎は何がしたかったんだよ……ッ」


 顎まで垂れてくる汗を腕で拭い、表情を歪ませる。


「結局どんだけ時間が経とうと、どんだけ逃げようと、俺はいつまでもフェイクから解放されねぇってか……ッ」


 びしょびしょに濡れたシャツの感触や青年から感じたフェイクの存在が気持ち悪い。

 

「逃げてるだけじゃ駄目なんだ……ッ、俺はもう立ち向かうって決めたんだ……ッ」


 青年が言っていた情報は信憑性に欠ける。

 しかし今の所それが唯一の手掛かりである以上、ヴァンクを目指す他無かった。

 例え罠であろうと、ジンは約束を果たす為に進むしかなかったのだ。

 こうして、ジンは青年の情報を元にヴァンクを目指す事となる。

 道中たまたま出くわした人攫いを利用し、荒野を抜ける足を見事手にしてオプリヌスの行方を追う。

 そうして――――、ヘルメスと出会ったのだ。

 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 そして現在。


「何で……、あの仮面野郎がここに居んだ……っ」


 仮面舞踏会の参加を果たしたジンの目の前にはあの時とまったく同じ容姿の青年と、ジルが何やら会話を繰り広げていた。


「ジルの野郎……あいつと親しげに喋ってやがらる。どういう関係で何話してんだ?」


 狂気に染まるこの場で一際濃い狂気を放つ二人の存在。

 親密な様子で先程から会話を繰り広げている。

 不審に思ったジンは一旦その場から離れ、食事をしながらその様子をしばらく観察する事にした。

 ジルはいつも以上に豪華な装いだ。


「ハハ、そうかそうか」


 年相応な青色の厳格で立派なマントを覆い、腰には黄金に輝く刀剣を携えている。

 清潔感漂う青いオールバックの髪を、宝石の指輪をいくつもハメた手で掻きながら笑顔を浮かべていた。 

「既に王従士ゴールデンドール共がフラウディーネに到着しているのか」


 自慢の立派な青髭を撫でながらジルは笑みを浮かべて右手に持っていたグラスに口をつける。

 仮面の青年は両手を組んで二階の窓を見つめて郊外の様子を気にしていた。


「あれ程、気をつけてくださいと再三に渡り注意していたというのに……。どうやら内部から情報が漏れていたみたいです。恐らく多くの罪人が参加するこの宴の情報を聞きつけ、貴方もろとも一斉に始末するつもりでしょうね」


「ハッハッハッ! それは困ったものだ! まったく、新たな門出だと言うのに少々厄介な事になってしまったな」


 笑い声をあげて、わざとらしく右手で顔を覆って困り果てた様子を浮かべるジルに青年は溜息を吐く。


「ファナン・ヘルモントはその過信が仇となり、強大な力に呑まれて敗れたのをお忘れですか? いくら彼が貴方に授けた力が強力なもので、貴方の護衛としてこの僕が居るからとあまり油断しないで頂きたいものです」


「なぁに、心配は無用だ。私の勘は良い事も悪い事もよく的中する。……誰も”我々だけ”は止められんよ」


 自身の胸にそっと手を置いて安らかに瞳を閉じるジルの反応に、青年は宴の参加者達を見渡して全てを察する。


「なるほど、そういう事でしたか。そこそこ名を馳せた連中を先程から見かけるわけです。今回の参加者達は万が一に備えた保険というわけですね」


 見渡す限り闇貴族と罪人だらけでいつもの宴と変わらないはずだが。

 今回に限り、とある変化を見せていた。

 全ては”彼ら”に対抗する保険として、ジルは世界各地から猛者共を呼び寄せていた。

 青年の横でジルは目を輝かせながら、周囲に聞こえずらい声と共に掌を上にして参加者達を指す。


「その通り。今回はとんでもない闇貴族や、手の付けられない大罪人が数多く参加してくれている。きっと愉しい事になるぞ」


 王従士ゴールデンドールがこの屋敷に押し寄せてこようと、ジルが手を下さずとも参加者達が勝手に処理してくれると踏んでいた。

 更に、万が一の場合は彼らを盾にする事で難を逃れようという二段構え。


「参加者の中には恐れ知らずの、それこそ狂気に身を落とした闇貴族や大罪人が紛れこんでいる。彼らならばバケモノ集団と恐れられるギリスティアの王従士ゴールデンドールや彼らが相手でも、きっと果敢に立ち向かってくれるだろうさ」  


 ジルは不敵な笑みを零し、ワイングラスをテーブルに置くとマントの内側から葉巻と簡易式インスタントコードを取り出す。


「それにだ、」 


 簡易式インスタントコードの蓋を開けて葉巻に火を灯すと再び瓶に蓋をしてマントの内側に戻し、煙を吹かしながら会場の中心に設置された大きなステージへと視線を向ける。


「……ひっく、ひっく、」


「……おうち……かえ……して……」


「ギャラァアアアアアアッ!!!」


「フシュー……、フシュー……、」


「ガウッ! ガウッ!!」


 布で全体を覆われたステージから人の声や動物の鳴き声が聞こえてくる。

 そこには、幼い子供達や様々な災獣キメラが入った檻がいくつも展示されていた。


「グルルゥ……ッ」


 更に参加者達が布で覆われた檻に触れないよう監視している異形の存在が目立つ。

 漆黒のローブで全身を隠す巨大な生物。

 アマリリスと呼ばれる生物兵器マンティコアがローブの奥から赤黒い瞳を怪しく光らせて会場を警戒していた。


「いざとなればアレがどうにかするだろう。”彼女”は私が今まで手掛けてきた生物兵器マンティコアの中でも最高傑作だ。いざとなれば他の災獣キメラ生物兵器マンティコアも私の意のままに動かせる、奴らとて恐れるに足らんよ」


 葉巻を吸いながら余裕満々にそう息巻くジル。

 確かにこれだけの闇貴族や罪人だけでなく、災獣キメラ生物兵器マンティコアまで揃っているのだ。

 些か過剰に思える程の戦力で申し分が無い。


「……」


 青年は誰かの気配に気づき、微かに視線をその先の人物へと向けながら。


「……流石は”戦争屋”の異名を持つだけの事はありますね。これではまるで戦争でも仕掛けよとしているとしか思えませんよ」


 満面の笑みで勝利を確信するジルを他所に、青年は視線の先に見える銀髪の青年を見つめながらそう告げた。


「戦争、か。それも悪くはない」


 ジルはその言葉に多くを失った大戦を思い出してしまう。

 かつて神のように崇め、忠誠を誓った一人の女性に全てを捧げていた。

 彼女を奪った戦争が、世界が憎くてしょうがなかった。

 しかし、一つ。

 ジルは学んだ事がある。


「戦争とはつまり利益を上げる手段に過ぎん」


 静かに葉巻を吹かすその表情は哀愁が漂っていた。


「戦争には武器が必要だ、人が必要だ。それこそ莫大な金が動いていく。では誰が一番その利益を手にする事ができるか。敵国を滅ぼした勝者? いいや違う――――戦争を仕向ける第三者の存在だ」


 大抵の戦争はそれぞれによって引き起こされるが、ジルはその莫大な金の流動に気付いたのだ。


「もし、自由に戦争を引き起こす事ができれば巨万の富を得る事も容易い。だが武器は物価が安い。人はそこそこ高く売れるがすぐに壊れてしまい、仕入れにも苦労する。だからこそ私は災獣キメラ生物兵器マンティコアの作成に目を付けた。脆い人間とは違い、その戦力は期待値は遥かに上で需要も高い。目論見通りすぐに飛ぶように売れていったよ」


 大戦を経て深く傷つき、狂気に染まるきっかけとなった戦争そのものを商売として考えるようになったジルに対して青年は笑みを浮かべる。


「大切な人を失った戦争を貴方は私利私欲の為だけに利用して心が痛まないんですか?」


「……心が痛む?」


 すると、狂ったようにジルは目を血走らせながら満面の笑顔で答える。


「ハッ! 何を言う、私の心など”ジャンヌ”がこの世を去ったあの日から既に壊れているっ! 彼女を奪った戦争が憎くてしょうがないっ! だが、それ以上に私は嬉しいのだよっ! おかげで今の私は莫大の富を得て私欲に塗れた自由奔放な生活に甘んじているのだからっ! あぁ、私は何と罪深いのかっ! 少年達の肌や温もりを感じ、苦しみを感じている時など天にも昇る程だっ! 純粋無垢な少年少女達が金と引き換えに私の知らない場所で恥辱の限り穢されているかと思うと興奮してしょうがない……っ」


 その狂言は周囲にも聞こえていたが特に反応を示さない。

 この場の皆が狂っているのだから当然だとも言う。

 ジルは恍惚とした表情で続ける。


「ただし、これまで以上の快楽を貪るには限界がきてしまった。やはり私にはジャンヌが必要だと思い知らされたよ……。あの何人であろうと穢す事を躊躇う聖処女をこの手で……ッ! この手で穢す事ができればと毎晩少年達を抱きながら血涙を流した程だ」


 少年達との夜の営みは数えきれない。

 それでも最愛の人物を忘れた事など一度も無かった。

 捲し立てながら熱弁するジルの狂気に満足したのか青年は頷く。


「ハハ、なるほど。創造と破壊とは表裏一体、やはり彼の見立ては正しかったようですね。貴方こそ彼の計画にふさわしい」


 そして一礼してからこの場を後にする。


「それでは僕もそろそろ鼠共の駆除に向かいます」


 青年は何故か出口とは反対の方向へと進む。

 ジルは葉巻を吸い続けながら首を傾げてそんな青年を呼び止める。


「宴は始まったばかりだと言うのに忙しない男だ……。しかし、出口ならばあっちだ。その方向は二階のテラスだぞ?」 


 親切心で出口を指差すが青年はそのまま手を振り、二階へと歩を進めていく。


「ご親切にどうも。でも、良いんです。仕事前に少し風にあたりたくなったんで外を眺めていきます、ご心配なく。くれぐれも用心してくださいね」


 参加者達の人ごみに消えていく青年を怪訝な表情で見送るジル。


「ふむ……。用心、か」


 一人きりになったジルは何か物思いにふけ、その言葉を胸に留めておく事にした。

 改めて周囲を見渡すと、少し離れた場所でこちらをジッと見つめながら次々と食事を胃に収めていく人物の存在に気づく。

 

「おぉっ!? これはこれはっ!」


 すぐにその正体はわかった。

 狼の仮面を被り、顔を隠す銀髪の青年の正体がジンだと気づくとジルは嬉しそうに駆け寄る。

 あれ程に大量の皿を重ねる大喰らいはそうそう居るものではない。

 足取りも自然と軽やかなになっていく。


「ハッハッ、相変わらずよく食べる男だ。だが、そんな君の為にこうして大量の食事を用意しておいたのだ。好きなだけ食べてくれて構わんよ」


「ふぅー……」


 ジンは食事を呑み込み、手を止める。

 先程のやり取りを見られていたかもしれないというのに特にジルからは隠す様子が見られない。

 敵としすら認識されていないのだろうか。

 まるで旧友との再会を喜ぶかのようにジルは両手をあげてジンを歓迎する。


「我が屋敷にようこそジン! 探せど姿が見えぬから心配していたぞ」


 心から歓迎されているように見える。

 何故ここまで歓迎されているのかジンにはわからなかった。

 フォークを握りながらジンは怪訝な表情でジルを怪しみながら告げる。


「さっき着いたばっかだっての。それより、」


 ジンは会場の中心に設置されているステージに視線を向ける、静かにジルを睨みつけた。


「おい、ジル。あそこの布で隠してある場所は何なんだ? 通り過ぎる時に色々声がしてたぞ」


「……ハッハッハッ。気になるかね?」


「質問に質問で返してんじゃねぇよ……ッ、答えろッ!!」


 持っていたフォークをテーブルに叩きつけて周囲の参加者達を驚かせてしまう。

 参加者達が二人を好奇な眼差しで見守る中、しばらく互いに見つめあった後、沈黙を先に破ったのはジルの方だった。


「ふむ……。自分でも気づいているか? 招待状に記載されていた通りこの場においてそのような軽はずみな行動は命に関わる。――――今にも私を殺さんとする危険な目をしているぞ」


「だったら……っ、どうすんだよ……ッ」


 もはや、ジルが人身売買や災獣キメラの販売を目論んだ宴の場である事は間違いない。

 平気で綺麗事を並べて嘘を吐き、私利私欲の為だけにルルを騙して利用された事が許せなかった。

 腹の底で煮え立つ怒りと殺意を放つジン。


「ふむ、困ったな」


 ジルはテーブルに設置されていた灰皿に葉巻を押し付けて火を消しながら、穏やかな口調でもう一人の存在を問う。


「……ヘルメスの姿が見えないが、此処には来ていないのか?」


 今頃、宿のベッドで何も知らず眠っているヘルメスの姿がジンの脳裏に過る。


「……」


 危険から守る為に残して来たのだ。

 もし、ここでヘルメスが居ない事をジルに悟られでもすれば危害が及ぶかもしれない。

 朝方まで目を覚まさない今のヘルメスでは一切抵抗できない状況だ。

 ジンはヘルメスへの危害を避けるべく慎重に言葉を選ぶ。


「……お前ぇを探してどっか行っちまったよ」


「ほぉ? ならば、挨拶をしておかねばと思っていた所だ。ジンもヘルメスとはぐれて難儀していた所だろう。安心なさい、すぐに黒服達を招集して会場内の何処かに居るはずの彼女を探させる。少し待っていてくれ」


「っ、いい加減にしろッ!! あの布の中身は何なんだって聞いてんだッ!!」


 ジルは葉巻の火を消し終えるとジッとジンを見つめ、両手を後ろで組みステージへと向かう。


「――――随分と気にしているじゃないか。良かろう、着いてきなさい。これから丁度お披露目を始める時間でな。ジンにはぜひとも最前列で見ていて欲しい」


「……ケッ、ようやく本性現しやがったな。テメェの顔見てみろよ。すんげぇクズの顔してんぜ?」


 歪みに歪んだ狂気の表情を浮かべるジルの後を追う。

 ジンはズボンのポケットに両手を入れて進みながら周囲を見渡す。

 事前にバレットから伝えられていた情報が正しければ、これから人や災獣キメラの競売が行われる。

 全ては計画通りに事は進んでいた。


「……あの銃野郎どうやってこんな情報掴んできやがったんだ?」


 情報の出所は不明だが、今もどこかに潜んでいるであろうバレットがもうすぐ合図を送ってくるはずだ。

 その合図と同時にジンは暴れまわって次々と子供達を檻から解放する手筈。

 予期せぬ混乱に乗じてどこかに消えるであろうジルが向かう隠し部屋を探し出し、残る子供達も全て解放しなければならない。

 周りは全員敵、更に強力な生物兵器マンティコアと呼ばれる怪物まで飼いならされていると聞く。


「確かに不死身でもなけりゃ無謀だなこりゃ……。今回どんだけ俺死ぬんだよ……」


 すれ違い様に参加者達に意識を向けてみれば、気配や雰囲気だけで相当な実力者達が紛れている事に気づく。

 しかもステージを守っている生物兵器マンティコアはあのバレットに深手を負わせる程だ。


「はぁ……」


 骨が折れる所では絶対に済まされない。

 多勢に無勢とはこの事だろう。


「やってやらぁ……ッ」


 両手で頬を強く叩き、気合いを入れ直す。

 宿で眠るヘルメスが、何事もなく平和な朝を迎えられるように全力を尽くすつもりだ。

 しかし、こちらに気づいていた仮面の青年は二階へと向かった事が気掛かりで落ち着かない。

 フェイクと繋がる人物との予期せぬ再会はジンをどうしようもない不安へと突き落としていた。

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