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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
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14話:少女が眠る場所

 白昼夢の殺人鬼と呼ばれる少女は、ギリスティアの若い王従士ゴールデンドール達によって討伐された。

 少女に刻まれた固有式オリジナルコードとその体質は希少価値が高く、亡骸は研究資料としてギリスティアの手に渡った。


「……エル、わからないんだ。果たして自分の決断は正しかったのだろうか」


 花々が咲き乱れる王宮の空中庭園にて。

 快晴の空を見上げながら涙の跡を残すヘルメスが後ろから近づいてきたエルサリアに自分の是非を問う。

 両腕を偉そうに組みながらも、エルサリアは大人しく空を見上げて静かに告げる。


「尽々、救いようのない人ですわね。今更そんな事、わたくしに聞くまでもありませんわ。――――貴女の行動は間違いだらけですわ」


 結局、ヘルメスは少女を救う事ができなかったのだ。

 そして、生まれて初めて人を殺めた。

 その感触が数日経った今でも残る。

 しばらく二人の間で無言の時が過ぎると、ヘルメスはゆっくりと振り向き。


「……何故、エルは自分の間違いを見過ごしてくれたんだ?」


 不安と後悔に歪むその表情にエルサリアは舌打ちし、僅かに間を置く。


「……救いようがないだけでなく、本当に失礼な人ですわね。わたくしの全力を持ってしても貴女を殺せなかった――――これ以上、わたくしの誇りを傷つけたくなかっただけですわ」


 少女の生死を賭け、二人は死闘を繰り広げた。

 エルサリアは未熟なヘルメスを相手に、固有式オリジナルコードと宝剣まで用いて死に際まで追い詰めながらも、最後は愚かな理想の前に敗れ去ったのだ。

 ヘルメスはエルサリアの返答にもう一度空を見つめ、涙ながらにえずく。


「ひっくっ、……っ、エル……っ、自分は……っ、無力だ……っ」


「ッ、お止めなさいっ! そんな貴女に敗れたわたくしの立場はどうなりますのっ!」


 ぐちゃぐちゃになった顔を両手で覆い、膝を地につけて嘆くヘルメスを責める。

 哀れなその姿にエルサリアはため息を吐き、胸糞の悪い結末を迎えた今回の任務を思い返す。


「貴女だけじゃありませんのよ……ッ」


 少女達は深く傷ついていた。

 怒り、哀しみ、そして挫折と後悔を味わった。

 だからこそ、ただ嘆くだけのヘルメスに対してエルサリアは憤りを感じているのだ。

 泣き崩れるヘルメスの胸倉を掴み、怒りの矛先を再認識させる。


「無力な己を呪いなさいッ! 貴女程度の力じゃ何も救えませんのッ! 今回の件で十分に理解できたはずですわよッ!」


 ヘルメスを睨みながら強い口調でそう攻め立てる。 


「悔しいのなら……ッ、二度と同じ後悔をしたくないのなら……ッ、その歪んだ思想を貫きたいのなら――――強くなるしかありませんのよッ!」


 心にそう強く訴えかける。

 何かを気付かされたヘルメスの瞳は、いつしか涙が止まっていた。

 エルサリアは唖然とした表情を浮かべるヘルメスを突き放して背を向ける。


「……それが、貴女の義務ですのよ」


「自分の……義務……?」


 どれだけ否定されようと、己の理想を貫き通した者の義務。

 気高く、決して折れない真の誇り。

 エルサリアを退け、最後まで我を張ったあの時の感情を思い出す。

 

「そうだな……。いいや、そうなんだ。自分には――――その義務があるんだ」


 ヘルメスは涙を止め、膝をついたまま右腕を抑える。

 少女を殺めた時の感触、エルサリアとの決闘で負った傷が疼く。

 全てを受け入れ、途方も無い茨の道を進む覚悟を決める。

 凛とした表情でその場から立ち上がり、エルサリアに歩み寄り手を差し伸べる。


「……何のつもりかしら」


 背を向けたままヘルメスの行動を無下に扱うが。


「誓うよ、エル」


 それでもヘルメスは差し伸べた手を引こうとしなかった。


「これから自分は誰にも負けないぐらい強くなる。今後も自分の正義と理想を信じて突き進む」


 一呼吸置き、ヘルメスは力強い笑顔で堂々と宣言する。


「だから、もし自分がその義務を果たせなかった時は――――容赦なく君が斬り捨てろっ!!」


 これが少女の件を見過ごしてくれたエルサリアに対する精一杯の報い。

 エルサリアを認め、友の証を示す。


「……呆れましたわ」


 怪訝な表情でエルサリアは振り向き。


「当然の事ですわ! このわたくしが唯一認めたライバルですもの!」


 好意的な言葉をかけながら偉そうに両手を組む。

 しかし、差し出された手を未だ取ろうとしない。


「ただし、崇高なるこのわたくしがいつか斬り刻む相手と慣れ合うとでも? 仲良しごっこならあのまな板娘としておく事ですわね! おーほっほっほっ!」


 エルサリアの人を見下すような発言と高笑いは当時からずっと続く。

 あくまでヘルメスをライバルとして認めてはいるものの、友になるつもりは無いらしい。

 するとリディアの悪口を言われたヘルメスはムッと険しい表情を浮かべ、差し伸べた手を横に振る。


「リディアの悪口はそこまでだ! 自分の大切な親友なんだ! いくらエルでも怒るぞ!」


 その発言にエルサリアは眉をひそめて高笑いを止め。


「ふんっ、ですわ! 何が親友ですの! 別にこれっぽっちも羨ましくもありませんわっ! 慣れ合いだなんて願い下げですわ!」


 顎をあげてチラッと横目で文句を言う。

 どこか嫉妬しているようにも見えるが真意はわからない。

 その時、もう一人の人物がこの空中庭園に現れた。


「ふぁぁ~、と。ふぅ、こぉんな場所に居たんだねぇ?」


 二人は同時にその人物へと視線を移す。

 ゆっくりと近づき、瞼を擦りながら現れた気だるそうな女性。

 前のボタンがズレた漆黒の研究衣を纏うその姿を認識するやヘルメスは慌てて深々と頭を下げる。


「”フラン”さん! この度は、ありがとうございました!」


 フランの登場にエルサリアは機嫌が悪そうにムスッとした態度で口を閉ざす。


「いんやぁ~、頭なんて下げないでよぉ。例の件なんだけどね? ヘルヘルが引き篭もっている間に、フランちゃんが”フラウディーネまでちゃ~んと運んどいてあげた”からもう心配しなくても良いよ~」


「!? ありがとうございますっ! 無茶なお願いだったはずですが……、流石はフランさんですっ!」


 ヘルメスは仕事が早いその手腕に感服して心から礼を言う。


「にゃはは。ま、アリスちゃんのお弟子ちゃんの頼み事だったしねぇ。ぶっちゃけ途中で面倒臭くなって忘れようとも思ったのは内緒ね? でもでも~、今後もお姉ぇさんをどーんと頼ると良いよ~」


 この発言から読み取れるようにフランは極度に適当な人物だ。

 それは三英傑ゴールデンナイトのティオ=フラストスを凌ぐ程。

 内心、ヘルメスは不安で一杯だったが。


「正直、他に頼れそうな人が居なかったとは言え、一か八かの賭けでフランさんに頼んで良かったです」


「ひ、酷くなくなくない!?」


 さらりと本音を漏らすヘルメスにはフランもつい前のめりでツッコんでしまう。

 王従士ゴールデンドールの中でも立場が良くなかったヘルメスは、周囲の評価を一切気に留めないフランぐらいしかもう他に頼る者が居なかったのだ。


「しかし、コルネリウス様やフローラ様をよく説得できましたね……。正直、半ば諦めていたのですが……」


「あぁ~? それね。結局の所、ほら。マリっちはリンリンの腰巾着じゃん~? って事は! リンリンさえ丸め込めば万事上手くいくって事にゃぁ~」


 フランと呼ばれるこの女性に、ヘルメスは少女の亡骸をフラウディーネに埋めて欲しいと懇願したのだった。

 無茶な願いを快く受け入れてくれたフランだが、どのような手段を用いてあの堅物のハイリンヒを納得させたのかは不明だ。

 すると、静かに聞き及んでいたエルサリアが声を荒げる。


「何が……万事上手くいく、ですのよっ!! 今、王宮内で”白昼夢の殺人鬼の死体が消えた”って大騒動になってますのよっ!?」


 任務終わりから数日が立つ今日まで。

 ヘルメスは精神的ショックのあまりアリスの病院に引き篭もっていた。

 そのせいでギリスティア内の情報が遅れ、白昼夢の殺人鬼の亡骸が何者かに持ち去れた事件を今の今まで知らされていなかった。

 ヘルメスの表情は一気に青ざめ、冷や汗を流してフランに振り向く。


「フ、フランさん!? 今の話……まさか貴女……っ!?」


「にゃはは~、リンリンの目を盗むのは至難の業だったよっ!」


「な、な、な、何ですってっ!?」


 特に悪びれる素振りも見せず、両手を頭の後ろに回して屈託の無い笑顔でそう告げるフラン。

 何と彼女はハイリンヒやロズマリアだけでなく、王従士ゴールデンドール達の目を欺き、無断で少女の亡骸をフラウディーネまで持ち去ったという。

 常識破りなその行動にヘルメスは目眩を起こしてその場に崩れ落ちてしまう。

 フランはその場に屈み、心配そうにヘルメスを見つめてその肩に手を置く。


「うにゃぁ……。やっぱ不味かったかにゃ?」 


 両手で頭を抑えながらクワッとフランを睨みつけるヘルメス。


「当たり前じゃないですかっ! ぁ、あぁ……もう駄目だ。これでは本当に自分は……っ、師匠にどう顔向けすれば……っ」


「おーほっほっほっ! まぁ、当然の報いだと諦める事ですわね。……ですけど、どうせバレやしませんわよ。せいぜい罪悪感を抱きながら今後の人生を楽しむ事ですわね!」


「そうだよヘルヘル! 一切の痕跡も残さず持ち出したから大丈夫だよ! 精々、気づいてもあの”バカ兄”だけだからさっ!」


「余計心配ですよ! ”あの人”、それをネタに自分を絶対イジメるつもりですよ!」


 両手で頭を抱えて絶望するヘルメスの背中をフランが優しく擦り、その状況が楽しくてしょうがないエルサリアは小刻みに肩を震わせ、口持ちを隠して意地悪そうに笑いを堪えていた。

 ぐったり項垂れてるヘルメスを元気づけようとフランはそっと一枚の紙切れを渡す。


「うぅ……、これは……?」


「いつか、ちゃんと二人でお墓参りしてあげなよ?」


 その紙には少女が埋葬された場所が記されていた。


「果たして……自分に彼女の墓に立ち会う資格があるのでしょうか……」


 ヘルメスは再び目頭を熱くさせながらそっと紙を胸に抱く。

 人は一人では生きていけない、それを深く痛感させられる。

 今回の任務もまさにそうだった。

 多くの人達による助力あってこそ掴んだ結果である。

 決して忘れてはならない、大切な一時が記憶に永遠と残り続けていく。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 陰謀と狂気が渦巻く仮面舞踏会の開催は今夜。

 とても静かで、のどかな昼下がり。

 ジンとヘルメスは花々に包まれるこの美しい街で羽伸ばしと称して散歩をしていた。


「フフ、こんな風にジンの方から誘ってくるなんて珍しいじゃないか。一体どういう風の吹き回しだ?」


 ヘルメスのコートには今も”少女が埋葬された場所を記した一枚の紙切れ”が大切に仕舞われている。

 道を通り過ぎていく度にほのかに花の香りが鼻腔をくすぐり安らぐ。

 平和な日常を生きる人々の姿はそれだけで今のヘルメスを優しく包む。

 とても、とても暖かい気持ちになってくる。

 特に目的もなくただ街を徘徊しているだけだと言うのに、どうしてこんな風に落ち着くのだろうか。


「……ケッ、俺が散歩に誘ったぐれぇで大袈裟なんだよ」

 

 ヘルメスのすぐ横で肩を並べ、不貞腐れたような表情を浮かべるジン。

 絶世の美貌を有するヘルメスはただ歩いているだけで華やかさを放つ。

 片や、いつものようにズボンのポケットに両手を仕舞い、姿勢悪く猫背になって歩くジンの姿は明らかに浮いていた。


「フフ♪」


 それでも、ヘルメスは周囲の目など一切気にせず大胆にもジンの左腕へと抱きついた。


「なっ、急に何すんだよっ!? 歩きにくいだろうがっ!」


「そんなに顔を赤くして照れなくたって良いじゃないか。ジンはずっと自分の傍に居てくれるんだろ? それに、こうして二人きりでゆっくりするなんて久しぶりじゃないか」


 ヘルメスは嬉しかったのだ。

 理由はどうあれ、ジンの方からこうして二人きりの散歩に誘ってくれた事が嬉しくて堪らなかった。

 ラティーバに訪れてからというもの、このように二人きりでゆっくりしている時間は無かった。

 それに、最近は辛い事が多すぎて気が滅入っていた所だ。


「お前ぇ……恥ずかしくねぇのかよ」


 まだ僅かに顔を紅潮させるジンが照れ隠しから鬱陶しそうにそう呟く。

 それでもヘルメスを引き離そうとしない辺り、ジンも満更でもないようだ。

 しかし、先程から街の住人達の視線がひしひしと伝わってきていた。


「おかしな事を言うじゃないか。何故、自分が恥ずかしがる必要なんてあるんだ? 質問に質問で返してしまうが、ジンは好きな人と一緒に居る事を恥ずかしいと思うのか?」


 恥ずかしげも無く、当然だとばかりにそう言い切ってしまうヘルメスにジンは戸惑いを見せていた。

 同時に、ヘルメスの言葉がジンを深く傷つけてしまったのだ。

 ジンは複雑そうな表情を浮かべながら、歯軋りを鳴らして俯いたまま立ち止まる。


「ジン?」


 そして、咄嗟に醜い片鱗を零してしまう。


「……でも、――――弟みてぇな存在としてじゃねぇか……っ」


 上手く聞き取れない程にその声はとても不安そうにか細いもの。

 ジンは自分でも情けなくなっていてた。


 でも、お前ぇの好きってのは弟みてぇな存在としてじゃねぇか。


 ヘルメスから感じる優しさは全て自分ではなく、弟カルロスに向けられているものだと思っていた。

 最初はそれでも良かった。

 自分のようなバケモノに対し、こうして優しく接してくれるヘルメスには感謝していた。

 それでも、ジンは初めて”芽生えた感情”によって、その辛さに気づかされてしまったのだ。

 儚い願いだという事は重々承知の上、それでもコルチカムの言葉がここで蘇る。


 ――――バケモノは誰にも愛されないし、愛しちゃ駄目。


 全てが初めてだ。

 この醜い感情に嫌気が差し、この場から立ち去りたい気持ちになるが恐怖で身体が動かない。

 言った後から激しい後悔に襲われ、ジンが立ち尽くしたまま顔を上げられないでいると。


「一体どうしたと言うんだ? 本当にらしくないぞ……?」  


 ジンの言葉を全て聞き取る事ができず、意味がわからず困惑してしまう。

 ただ一つだけわかった事がある。

 自分の何気ない言葉がジンを傷つけてしまったのだ。

 一向に俯いたままその場から動こうとしないジンに困り果て、ヘルメスはふとその頭に手を乗せる。


「まったく……。フラウディーネを訪れる前にも同じような表情をしていたぞ?」


 そして優しく撫で回す。


「自分にはジンの悩みがわからない……。でも、これだけはよく覚えていて欲しい。ジンはジンだ、カルロスや誰かの代わりになんて成れないんだ」


「……ッ」


 もはや、弟の代用品ですらない。

 そう切り捨てられたように感じ、ジンは肩を僅かに震わせて反応を示す。

 だが、次にはヘルメスが優しく微笑む。 


「その逆も同じで、誰もジンの代わりになんて成れないさ。自分にとって、ジンは唯一の存在なんだぞ」


 恐る恐るジンは顔を上げる、その表情は不安がる幼い子供のようだ。

 いつもそうだった。

 その微笑と温もりはジンの心を優しく包み溶かしてくれる。


「フフ、この甘えん坊さんめ」


「ッ!?」


 顔を上げたジンと視線がようやく合うと、ヘルメスは微笑んだままそう言って優しく何度もジンの頭を撫で回す。

 次第に不安な気持ちよりも恥ずかしさが勝り、ジンは頭から湯気を出していく。


「う、うっせぇっ!!」


 周囲の不安そうな視線にも気づき、ジンはヘルメスの手を払ってしまう。


「む、何だ? せっかくこうして二人きりなんだ。今だけはジンだけの自分だぞ? さぁっ! 存分に構ってやるから全力で甘えてくるが良いっ!」


 堂々と両手を大きく広げ、凛々しい表情で待ち構えるヘルメス。


「くっ、この……っ! べ、別に、んなんじゃねぇよっ! ケッ! でっけぇ乳引っさげやがってっ! んな隙だらけな格好してっと本気で揉みしだきにいくぞっ!」


 両手をわなわなさせながら息巻くジンの姿に周囲はドン引きだった。

 流石にヘルメスも顔を赤らめ、咄嗟に両手で自分を抱きしめて守りの体勢へと入る。


「そ、そうやってすぐに胸、胸と言うんじゃないっ! す、少しは周囲の目も気にしろっ!」


「あぁんっ!? お前ぇにその言葉そっくりそのまま返してやんよっ!?」


 すっかり調子を取り戻したジンを見て、ヘルメスは徐々に両手を緩めて笑い声をあげる。


「フフ……あっはっはっ」


 何とも形容しがたい表情を浮かべて呆然と立ち尽くすジンは見ていて面白かった。


「やれやれ、せっかくジンがデートに誘ってくれた事だ。今は存分に楽しませてもらおう」


 ヘルメスは両手を後ろで小さく組み、優しく瞳を閉じて微笑む。


「でーと……? 何だそりゃ? 散歩の事をそう言うのか?」 


 色恋沙汰の知識が乏しいジンにとってその単語は聞きなれないもので首をかしげてしまう。

 その反応にヘルメスは静かに近づき。


「そう、これはデートだ」


 特に詳細や意味も教えず、再びジンの左腕へ嬉しそうに抱きつく。


「ジンは自分とデートしたかったんだろ?」


「?? お、おう?」


 互いに密着した状態となり、ジンは心拍数を上げながらわけもわからず頷いた。


「……フフ」


 悪戯半分でからかったつもりだったが、ヘルメスは本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 どうやら、ヘルメスもジンと同じく初めて芽生えた感情に気づき始めていたようだ。


「ジンと、どうしても行ってみたかった場所があるんだ。少し付き合ってくれないか?」


 これから向かおうとしている場所を考えると、改めて罪悪感と不安が込上がってくる。

 それでも、ジンと一緒なら行ける気がした。


「あん? どうせ適当にブラつくだけの予定だったんだ……別に構やしねぇよ」


 了承を得るとヘルメスはジンの腕に抱きついたまま笑顔で歩き進めていく。

 物理的な感触もそうだが、どこか心が温まる。

 仲睦まじいその光景はとても、普通の姉弟には見えなかった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 フランから貰った紙を頼りに、ヘルメスとジンが辿り着いた場所。

 そこはフラウディーネの最果てに位置する場所だった。


「はぁ、はぁ……、どんだけ歩かせるつもりんだよ……」


 額の汗を拭き取り苦言を漏らすジン。

 民家からだいぶ離れており、小鳥や花々で囲まれた辺境の地。

 小鳥の囀り声と、涼しい風の音が舞う。


「もう到着したぞ、……此処だ」


 目的地に到着するや、長距離を歩かされたジンはすっかり地面に腰を下ろして疲れ果てた姿を晒す。

 視界には、そびえ立つ大樹が映り込む。

 ラティーバで見た四大精霊の心エレメンタル・コアには及ばないが立派な大樹だった。

 何種類かの小鳥達がその大樹に巣を作り、心地良い鳴き声でジン達を歓迎する。


「ケッ」


 太陽の光に照らされ、生い茂る緑の葉は輝きを増しており。

 風が吹くと自然の音色で耳を撫でていく。

 改めて自然の偉大さを実感させられる。

 この疲れに見合うだけの価値を見出し、ジンはあぐらをかいたまま満足気に笑顔を浮かべてヘルメスに視線を移す。


「……」


「おい、どうしたんだ?」


 ヘルメスの異変に気づく。

 先程までは恥ずかしくなるぐらいにはしゃいでいたヘルメスだが、今は一箇所を集中して見つめ、微動だにしない。

 道中、購入した紺色の花束を握りしめながら辛そうに表情を歪めている。

 ジンもその先を見つめると、大樹の中心に小さな墓標が建てられていた。


「もしかすっと……知り合いの墓なのか?」


 答えは返って来ず、ジンが心配そうに様子を伺っているとヘルメスは墓標の前まで歩き出し。


「……随分と遅くなってすまなかったな」


 儚い笑顔で謝罪を口にするとその場に屈み、花束を添える。

 そして瞳を静かに閉じ、両手を合わせて黙する。

 果たして今の自分を見て彼女はどう思うだろうか。

 数分の時が過ぎると、ヘルメスはようやく顔を上げてジンの問いに答えた。


「自分が初めて殺した相手の墓さ」


 墓標に本来ならば刻まれている名前が無い。

 名も無き少女の、自分が殺した相手の墓を前にヘルメスは何とか気丈に振る舞う。


「……この子は、懸命に生きていた。明るい未来を、ようやく見つけられそうになっていたんだ」


 蓮禁術の副作用として哀しみを失っているヘルメスの瞳から涙は出てこない。

 込み上げてくるのは己に対する怒りという感情と後悔のみ。

 それでも、この場に訪れた以上は少女の墓の前で無様な姿は晒せない。

 冷静に、凛とした表情で少女の墓を見つめ続ける。


「……すまなかった。自分が無力だったせいで君をこんな形でしか連れ出す事ができなかった」


 このフラウディーネに訪れたのは初めてだ。

 今までも訪れようと思えばいつでも訪れる事ができたはず。

 しかし、無意識の内に避けてしまっていた。


「あれから随分と経つが、ようやく君に会う覚悟ができたんだ」


 少女には不甲斐ない姿ばかりを見せていた。

 だからこそ、成長した自分を見せたかったのだ。

 ふと後ろから足跡が聞こえてくる。


「……ジン?」 


 すると、ジンはヘルメスの横に屈み、同じように瞳を閉じて両手を合わせ始めたのだった。


「……」 


 特に詮索せず、ジンは少女の墓場の前で黙する。

 正直、自分が殺した相手の墓にジンを連れてくる事に不安を抱えていたヘルメスだったが――――


「ぁ、」


 静かに瞳を開き、両手を合わせたままジンは告げる。


「……おい、何泣いてんだよ」


 ヘルメスは瞳から涙を溢れさせていた。

 それは哀しみからくるものではなく、喜びからくる涙だった。

 ジンはゆっくりと立ち上がり、片手をズボンのポケットの仕舞い。


「……よくわかんねぇけどよ、多分間違ってねぇと思うんだ」


 墓標に手を置き、そのまま優しく撫でていく。


「お前ぇの心で”こいつ”はまだ生きてんだろ?」


 ルルが自分の心で生き続けているように。

 そして、ニッと微笑んで牙を光らせてヘルメスに顔を向ける。


「ふ、フフ、何だそれ……」


 人差し指で涙を拭うヘルメス。

 ジンに、どれだけ勇気を貰ってきた事か。

 フラウディーネに訪れたきっかけは成り行きだ。

 しかし、今日この場にジンと共に訪れた事は何か運命的なものを感じる。

 ヘルメスは静かに立ち上がり、大樹を見上げた。


「……ふぅ。今夜にはドレェク侯爵の仮面舞踏会が開催される。こうしてジンとフラウディーネでゆっくりできるのも今日が最後かもしれない。だから……だろうな――――」


 凛々しい表情で墓標に視線を戻す。


「自分はケジメをつけなければと思ったんだ」


 そして、昔の任務についてヘルメスは語る。


「自分の初任務は墓標の下に眠る少女……ギリスティアを震撼させた白昼夢の殺人鬼と呼ばれる少女の討伐だった」


「白昼夢の殺人鬼、ねぇ……」


 ジンも墓標を見つめ、静かにヘルメスの言葉を耳に刻む。


「彼女は確かに最初は人だった。しかし、人工的にコードを改竄された人成らざる者だった」


「……まさか偽人ホムンクルスだったのか?」


 緊迫した雰囲気を出しながら質問するジンにヘルメスは小さく首を横に振る。


「いいや、違う。彼女は人のコードを基に多種多様の異なるコードを無理やり加えられていただけだ。自分の見解では災獣キメラに近しい存在と言える」


 ヘルメスは口を濁しながら説明をする。


「本来であれば、一つの完成形にまったく異なるものを加えようとすれば当然噛み合わなくなって壊れてしまう。それを強引に嵌め込んだ結果……白昼夢の殺人鬼と呼ばれる者を誕生させてしまったのだ」


 哀しき存在、歪んだ欲望が産んだ悲劇の産物。

 それが白昼夢の殺人鬼と呼ばれる少女の正体だった。

 いつの時代も錬金術師は狂気染みた研究を続けている。

 ジンは醜い人間の欲望に思わず歯を喰いしばって怒りを堪える事に必死だった。


「調査の結果、何者かにその実験材料と知識を与え、裏で糸を引いていたのは奴隷商会と呼ばれる人身売買組織だったと判明した。そして犯行に及んだ存在は恐らくギリスティアを貶めようと企んでいる者という見解だ」


「奴隷商会って言やぁ、片っ端から攫った人間を誰かれ構わず金と引き換えにするってゲス集団じゃねぇかよ。俺も昔、何度かあいつらとやり合った事あっけどまさにクソの極みみてぇな奴らばっかだったぜ……」


 奴隷制度が問題視される昨今、それでも尚未だに奴隷の需要は高く、奴隷商会は莫大な富を得ている。


「自分は初任務を遂行している時に奴隷商会の人間に会っている。実に不愉快な連中だったが、改めて光に隠れた世界の醜さに気付かされたよ」


 目の当たりにした現実は酷く残酷なものだった。


「そして、自分は彼女に出会った……。白昼夢の殺人鬼、そんな通名が似つかわしくない愛らしい少女に」


 ここから先、ヘルメスは簡潔に少女との出会いと最期をジンに伝えた。

 終始、その表情は辛そうでジンを哀しみに包んでいく。

 部外者のジンがそうなのだ。

 当時、渦中に立っていたヘルメスはどれだけの哀しみを背負った事だろうか。 

 ヘルメスは思いの丈を吐き出し終えると、どこか清々しい表情を浮かべて皮肉を込めた微笑みを見せる。


「情けないものだな。自分はいつだってそうさ、本当に守りたいモノを何一つ守れていない。崇高な理想を掲げるくせに、実力が伴っていないせいで失うだけだ。エルが呆れてしまうのも無理もない……」


 弱々しい台詞を吐くヘルメスに、ジンは不思議そうに頭を掻いて黙り込んでいた。

 ヘルメスはそう言うものの、その理想に救われた者が少なからず存在するのだ。

 何よりも、その理想に少しでも共感した自分が居るのだ。


「お前ぇ、本気でそんな風に思ってんのか?」


「……」


 ジンは真っ直ぐな瞳でヘルメスを見つめ。


「俺にはわかんねぇよ。確かにお前ぇは今まで散々色んなもん失ってきたのかもしんねぇ」


 失ってきたものの数だけ数えるばかりのヘルメスに、ジンは真実を告げる。


「けどよ、多少なりともお前ぇに救われたもんだってあるはずじゃねぇか」


「それは……」


 ジンはずっと見てきた。

 ヘルメス=エーテルと歩んできたこれまでの事を。


「……忘れちまったのかよ。 お前ぇは、いつも馬鹿みてぇに俺の目の前でいっぱいのもん救ってきたじゃねぇか。オプリヌスの研究施設でもそうだったろ」


 最初の出会い、ギルモンキーに囲まれたあの荒野。

 リディアの為に流したあの涙。

 そして、原点回帰リスタートや巨大ゴーレムに立ち向かったあの勇姿。


「お前ぇは今でも後悔してるだろうけど、薔薇十字団ローゼン・クロイツが襲ってきたドルスロッドでもそうだぜ。お前ぇが居なけりゃ痴女だって危なかったんだ、俺の右腕もお前ぇのおかげで元に戻ったんだ!」

 

 かけがえの無い大きな存在を失いはした。

 それでも、僅かながら救えたものも確かにあったはず。


「……何より、一歩間違えりゃ崩壊してたあのラティーバを救ったのは間違いなくお前ぇだ――――ヘルメス」


 悪夢を受け入れた小さな村を開放し、国をも呑み込む勢いだった全てを呑み込む者ショゴスの撃破に大きく貢献したヘルメス。

 ラティーバの全国民、王ですらヘルメスに多大なる恩を感じている。


「もう一度聞くぜ? ――――お前ぇ本気で自分が何も守れねぇ、失ってきただけの小せぇ女だなんて思ってんのか?」


 ジンは納得がいかなかった。

 ヘルメスが救ってきたものを、ずっと見てきたから。

 目の前の墓標、そこで眠る少女。

 彼女も、最期はヘルメスに救われたはずだと信じて疑わなかった。

 ジンと共にこれまで歩んできた軌跡はヘルメスの脳裏にも巡っていた。

 不甲斐ない姿を晒しながらも、それでも懸命に立ち上がってきた自分の理想。

 

「そうか」


 ヘルメスはぽつりと呟く。

 ようやく気づかされたのだ。


「いつの間にか、自分は此処に立つ資格を得ていたのだな……」


 優しく墓標に微笑み。


「もう少し早く気づけていれば、君が好きだった花をもっとこうして添えられたはずなんだがな。――――どうか安らかに眠ってくれ、”メア”」


 その声はとても心地よく、安らかな眠りを願う複音の鐘のように。

 エルサリアと二人で名付けた白昼夢の殺人鬼と呼ばれた少女の名を口にした。

 長らく滞っていたヘルメスと少女の物語、その区切りを意味する。

 青空の下。

 心地良い風は大樹と花々を優しく撫で、小鳥達は囀り少女の冥福を心から願う。


「……なぁ、ジン」


「あぁん?」


 一人じゃ此処まで来れなかった。

 ジンが傍に居てくれたから来る事ができた。

 清々しい気分に浸りながら、ヘルメスは無邪気な笑顔を浮かべ。


「フフ、何でもない。そろそろ戻るか」


 両手を小さく後ろで組み、満足そうに瞳を細めて墓を後にしようとする。

 だが、ジンは惜しげに手を伸ばしてヘルメスをふいに呼び止めたのだった。


「おい、待てよ」


「む? どうしたんだ?」


 笑顔で振り向くヘルメスにドキッとし、微かに赤らむ頬を掻きながらジンはその言葉の意味も理解せずに告げた。


「も、もう、でーとは終わりなのか?」


 口の先を尖らせて物足りなさそうな表情を浮かべるジンの姿に思わずヘルメスの動きが止まる。

 こうしてせっかく二人きりで散歩する機会が得られたというのに、まだ午後になったばかり。

 ジンは久しぶりにしばらく二人きりで静かな散歩をしたっかのだ。

 デートという言葉を理解していないジンだが、咄嗟にそのような仕草で今みたいな発言をされると流石にヘルメスも顔を赤く染めてしまう。


「え、あ、そ、そうだな! ま、まだ時間はあるし……、と、とりあえず! ま、街に戻るか……」


 火照った顔を見られたくないのか、ヘルメスは俯きながらそそくさとジンの横に移動を始める。

 妙な胸の高鳴りに違和感を感じつつ、変に意識してしまい先程のように腕に抱きつく事もできないでいた。

 ジンはジンで恥ずかしさのあまり視線を逸らし、両手をズボンのポケットに仕舞って元来た道を戻っていくのだった。

 墓標にはヘルメスが添えた紺色の花束の他に、真紅の花束も添えられていた。

 どうやら他にも少女を想ってくれていた誰かが居たようだ。


 ――――”ありがとう、お姉ちゃん達”。


 去り際にヘルメスの耳にはそう聞こえたような、気がした。

 だから立ち止まって振り向く事なく、ヘルメスは清々しい笑顔を浮かべて心の中でこう言った。


 ――――”自分こそ、ありがとう”。


 墓標は静かに大好きな少女達の背を見送り、幸せな未来を願う。

 少女の魂は、既にあの日から救われていたのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 街に戻るや、二人はいつもの調子を取り戻して街を散策し始めた。

 時折、食料や雑貨類を買い込みながら今ではジンの両手に膨らんだ紙袋が二つぶら下がっている。

 その横でヘルメスはここ最近の愚痴を零しながら自分の気持ちを整理していた。


「で、エルを酷いと思わないか? 初対面にも関わらずジンを自分の犬にしたいだなんて発想がまず普通の神経じゃないだろ」


「いやいや、それ以前にその従者が迷わず靭帯狙い撃ちしてきたのも異常だろ。俺じゃなかったらそいつ一生車椅子生活だぜ? あいつら狂ってやがんぜ……」


 だるそうな表情と共に荷物の重みがジンを前のめりにして歩かせる。

 エルサリアとバレットの第一印象は最悪そのものだった。


「大体、何でもかんでもお金で解決しようという考えも気に食わない」


「どっかの誰かさんは何でもかんでも力づくで解決しようとすっけどな。もうさ、どっちもどっちだろ……」


 先程からずっとヘルメスによるエルサリアの愚痴は続く。


「そ、それは……っ、と、とにかくっ! エルには気をつけるんだぞっ! うかうかとご飯なんかで釣られたら駄目だからなっ!」


 それはまるで子供への注意喚起のようだった、

 しかも、やたらとエルサリアに対する印象を悪くさせようという魂胆が見えてくる。


「エルは一人で着替えもできないからな。自分は一人で着替えられるがな。あと、そうだ! エルは料理もロクにできないんだ! やっぱりジン的にも料理ができない女性は嫌だよな?」


 何なんだこの状況は。

 らしくないヘルメスの言動にジンはモヤモヤした気分だった。

 本物の悪人を除き、他者を悪く言う事が極端に少なかったヘルメスが今はエルサリアをここぞとばかりにコキ下ろしてくる。

 思わずジンは歩きながら質問してしまう。


「なぁ、お前ぇあの剣女と喧嘩でもしたのか?」


「む? いや?」


 ヘルメスは首を傾げて質問の意図が伝わっていないようだ。

 どうやら喧嘩しているわけでもないらしい。


「その割にはやけに剣女に突っかかるじゃねぇか」


 増々、ヘルメスがここまでエルサリアを悪く言う理由がわからない。

 すると、ヘルメスは顎を触りながら客観的に自分を見つめ直す。


「そういえば……」


 最近は叛逆の断片エンサイコードや仮面舞踏会のせいで忙しかったせいでジンと中々ゆっくりできなかった。

 それに加え、どうもジンを気に入っている様子のエルサリアが何となく面白くなかった。

 いつしか、出会ってからほぼ一緒に居るジンを少なからず自分だけのものだと思っていたのかもしれない。

 生まれて始めて抱く嫉妬にも似た独占欲のような感情に複雑そうな表情を浮かべる。


「……別に自分は変わらないさ。それより妙にエルの肩を持つじゃないか。まさか!? 本当にエルのものになろうとしてるんじゃないだろうな!?」


 危機を感じて後ずさりするヘルメスの反応を見てすぐさまジンは否定する。


「ばっ、んなわけねぇだろっ!! だ、誰が見た目だけの女のもんになっかよ!!」


「うぅ~……っ! やはりエルは可愛いからなっ! そりゃ、金銭的余裕もあるからジンのお腹も満たされるかもしれんが……」


「ちょ、待てって」

 

 どうやらエルサリアの容姿を認める発言が余計に危機を抱かせてしまったようだ。

 頬を膨らませながら足早に進むヘルメスを理不尽に思いながらジンは追う。


「何だってんだよまったく……」


 いよいよ仮面舞踏会も今夜に迫り、ジンも切羽詰っているというのにこの扱いである。


「銃男もばっちりやってんだろうな……。これで失敗なんかしたら喰い殺してやっからな……ッ」


 先日、バレットから提案された内容を思い返す。

 一歩間違えればヘルメスからの信用を失う事になるのだ。

 憂鬱な気分で歩を進めていると。


「じ、じ、じ、じ、ジーーーーンっ!!!!!」


 突然のヘルメスの叫び声。


「どうしたヘルメスッ!?」


 何事かと慌てて顔を上げるとその先には――――。


「ブキャンッ」


 まさに犬と豚を半々に合わせたような、そんな見た目の動物。

 ドルスロッドでも遭遇した巷で大人気の災獣キメラ、フェアリードッグだった。


「はふぅ~ん、何と愛らしい姿をしているんだ~っ」


 フラウディーネの街並みと同様に、フェアリードッグは小さな花の輪っかを頭に乗せていた。

 首輪が付いている事から誰かに飼われているようだ。

 相変わらずのヘルメスの美的センスと、フェアリードックの不細工面にジンは溜息を吐く。


「何事かと思えばまたブサイク生物かよ」


「ぶ、ブサイク!? この愛らしい動物をブサイクだと!?」


 地面でだらしなく腹を見せて寝転がるフェアリードック。

 その腹をヘルメスはわしゃわしゃと撫で回しながら眼鏡を光らせ、呆れ顔で近づくジンを睨みつけてしまう。


「いやホント理解できねぇよ……。んな趣味悪ぃ生物のどこが可愛いってんだ」


「ブキャ~ン」


 大きく開いた鼻から鼻水を垂らしながらヘルメスに腹を撫でられると気持ち良さそうに下品な鳴き声をあげる。

 ドルスロッドで遭遇した個体とはまた違い、桃色の肌色に点々とする斑模様が特に気持ち悪かった。

 ジンが怪訝な眼差しを浴びせているとヘルメスは立ち上がり。


「ふん。この可愛さがわからないとは、ジンの美的センスこそ自分は疑ってしまうぞ」


 駆け寄る飼い主らしく子供に視線を向ける。


「”アンダルテンポス”~! こら~!」


 けったいな名前を呼びながら駆け寄る少女にジンは眉をひそめて苦言を漏らす。


「どいつもこいつもこの豚犬に大層な名前を付けねぇと気が済まねぇのか?」 


 ヘルメスは涎と鼻水まみれで寝転がるアンデルテンポスと呼ばれるフェアリードックを抱きかかえ、駆け寄ってきた少女の目線に合わせて屈む。


「フフ、この子は君の家族か?」


 母性を感じさせる優しい笑顔で暖かく迎え入れると、少女もまた愛らしい天使のような笑顔でアンデルテンポスを引き取る。


「うんっ! アンデルテンポスはわたしの大切なかぞくっ! わたしの妹なのっ!」


「そうか、アンデルテンポスちゃんはこんなに素敵なお姉ちゃんが居て幸せだな」


「ブキャンッ!」


 少女とアンデルテンポスの頭を撫でていくヘルメス。

 ジンは嬉しそうにはしゃぐ少女の姿を見て昔の記憶を思い出していた。

 フェイクから受けた最後の命令、とある村を壊滅させた時の記憶だ。

 村人達を喰い殺していた最中、幼い兄妹に出会った。

 自分のような怪物から兄が身を挺して守った妹は、この少女と同じぐらいの10歳前後の子供だった。

 精神的ショックが大きく、無意識にその容姿等は覚えていないが微かな記憶だけは残っている。


「……我ながら最低だぜ」


 干渉に浸りながら自虐気味に鼻を鳴らすと、いつの間にか少女達はこの場を後にしていたようだ。

 我に帰るとヘルメスが心配そうに顔を覗き込んでおり、ジンは平然を装う。


「あぁん? 人の顔ジロジロ見やがって、俺の顔に何かついてんのか?」


「また昔の事を思い出していただろ」


「……さぁな」


 どうやらこの手の事に関してヘルメスは何も言わなくとも気づくようだ。

 特に詮索するでもなく、静かに微笑みかけるだけだった。


「やれやれ、不思議なものだ。たまにジンの事がわからなくなる時がある、でも今みたいに何も言わなくてもわかる時もあるんだ。全てのコードを読み取る解読眼デコードを用いてもこればかりはどうにもならんな」


 快晴の空を見上げ、どうしようもない世界の果てをヘルメスは見据える。


「何でもかんでも自分の都合通りにいきゃぁ、そりゃ苦労なんてしねぇっての。……この世界はそんなに優しいもんじゃねぇよ」


 快晴の空から視線を背け、どうしようもない世界の底をジンは見下ろす。


「それでも自分はこの世界が好きだよ。運命の歯車デウス・エクス・マキナは自分とジンをこうして引き寄せてくれたじゃないか」


 ヘルメスは満面の笑みでそう頷き。


「賢者の石は時に巡り石と呼ばれる事もあるそうだ。遥か時代を渡り歩き、次々と人の手へと渡っていく事からそう呼ぶ者も居るみたいだな」


「ケッ、随分とロマンチックな呼び名じゃねぇか。そんで巡り巡って今じゃ俺の核に成り下がっちまってるたぁ、アンチスミスもさぞ嘆いてる事だろうよ」


 賢者の石を構築した伝説の錬金術師アンチスミスは一体何を想っていたのだろうか。

 後世に残したものは数知れず。

 しかし、その張本人たるアンチスミスは果たして何を手にしたというのか。

 その想いは遂げられたのだろうか。

 誰にもそれはわからない。

 ジンがそっと胸に手を置き、物思いにふけっていると。


「フフ、アンチスミスには感謝しなくてはな」


 その手にヘルメスが手を重ねる。


「理由や目的がどうであれ、こうして自分はジンに触れていられる。自分にとって、こんな些細な事ですら幸せなんだ」


「ヘルメスが幸せ……?」


 ヘルメスはつい口を滑らせ、わけのわからない事を口走った事に気づくと途端に手を離してしまう。


「ぁ、いや、今のは違っ、いや違わないが、ぅ、と、とにかく何だ? あ、あははは……」


 どうも調子が狂ってしまう。

 こうしてジンのすぐ近くに居ると素直に凄く嬉しいのだが、時折その感情はヘルメスの鼓動を高鳴らせて苦しめてくるのだ。

 挙句の果てに、ジンに何かと引っ付こうとするエルサリアに苛立ちさえ覚えてしまう程。

 何となく面白く無いかった。


「なぁ、ヘルメス」


 制御不能な複雑な感情にヘルメスが戸惑いを見せていると、ジンが神妙な面持ちで呼びかける。


「な、何だ? どうした?」


 明らかに動揺した様子で返事をするヘルメスをジンは真剣な瞳で見つめる。


「……やっぱジルの仮面舞踏会には参加するんだよな?」


 ここまでエルサリアと共に何日も掛けてジルの身辺を入念に調べあげていた。

 調べていく内にジルへの疑惑は深まるばかりで、バレットが持ち帰った情報を照らし合わせた結果、ジル=ドレェクは黒だと判明した。

 仮面舞踏会の開催も今夜に迫り、違和感なくその懐に潜り込み悪事を暴くチャンスは今夜しかない。

 凛とした表情を取り戻したヘルメスは両手を腰に当てて宣言する。


「無論だ。今日これから悪事が起きるとわかっていながら、それを見過ごす事なんて自分にはできない」


「だよな――――」


 弱々しい笑顔でジンはヘルメスに近づく。

 当然こうなる事は想定済みだ。

 だからこそ、ジンはバレットの意図が理解できないでいた。

 それでもあの提案を実行に移すべくジンはおもむろにズボンから何かを素早く取り出してヘルメスに手を伸ばす。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「そこで提案なのですが――――」


 これはバレットにとって苦肉の策だった。

 何せ、今から協定を結ぼうとする相手は得体の知れない人物。

 ギリスティアに追われるヘルメスに同行している謎多き存在なのだ。

 しかし、もはや手段を選んでいられる余裕は無かった。


「仮面舞踏会が開催される当日、お嬢とヘルメスさんは突然深い眠りにつき……何事も無かった清々しい朝を迎えて頂こうと思います」


 呆然と反対向きに椅子の上であぐらをかき、背もたれに顎を乗せながらジンはその言葉の意味がよくわかっていない様子。


「おい、どういう事だよ」


「ですから、お嬢とヘルメスさんには血生臭い狂乱の夜とは無縁な清々しい朝を迎えて頂くのです」


 何となくバレットの言っている意味を理解し始める。


「……つまり、あいつらを何らかの形で置き去りにして俺らだけで片をつけるって事か?」


「そうです、言葉通りの意味ですよ。”これ”で突然深い眠りにつき、気づけば全てが終わった朝というわけです」


 バレットはコートの内側から一本の試験瓶を取り出してそれをジンに放り投げる。


「これは……」


 見事にキャッチした透明の試験瓶の中身は青い液体に浸かった小さな薄緑の結晶。

 簡易式インスタントコードである事を確認するとジンは疑いの眼差しをバレットに向けた。


「おい、まさかこんな得体の知れねぇもんをヘルメスに使って眠らせろってんじゃねぇだろうな」


「……心苦しい行為である事は重々承知の上です。今からジンさんにはジル=ドレェクの真相をお話しするつもりですが、……その意味と重大さを十分に理解して頂けると助かります」


 この間、バレットの表情から一切の笑みが消えていた。

 余程、深刻で切羽詰っている状況である事がジンにも伝わり、自然と椅子から立ち上がらせる。

 バレットの横を通り過ぎ、ジンは窓から不気味な夕暮れを見つめながら口を開く。


「……アンタ、どうせこそこそとジルの屋敷を調べてたんだろ。そこで何を見たんだ?」


「……恐るべき怪物達です」


 互いに視線を合わせず、バレットは身を持って思い知らされた脅威について触れる。


「……あの屋敷に巣食う怪物達を相手にしては命がいくつあっても足りませんね。それこそ、死すら恐怖と感じず立ち向かう不死身のような猛者でもなければ到底太刀打ちできない程です」


「……チッ。不死身なんて馬鹿げた妄想は置いといて、アンタにそこまで言わせんのかよ」


 二人の青年は互いに守るべき者が居た。

 少女達の強さを心から信頼している、そして大切に想っている。


「蠢く怪物達、裏社会の曲者達、挙句に”彼ら”まで動き始めてはお手上げ状態です。我々が対処しなければならない問題は三つですが、その全てが厄介なものばかり……」


 バレットの提案に乗る事はジンにとっても苦肉の策だった。

 もしも、これから聞かされる話が全て本当だったとしても全ては鵜呑みにできない。

 だが、ヘルメスに脅威が迫っているというのなら無視もできない。


「……まずは聞かせろよ、話はそっからだろ。アンタの提案に乗るかはそれで決める。けど、その場合は俺からも”条件を加えさせてもらう”ぜ」


 バレットはエルサリアとヘルメスを危険な目に合わせたくない、と言いながらも。

 ジンとの密談を終えた後、仮面舞踏会で人身売買や災獣キメラの販売が繰り広げられているという情報を二人の少女に提供していた。

 その矛盾した行動を目の前にしていたジンはバレットに対して益々不信感を募らせたのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「それでも俺は――――」


「っ!? ジ、――――」


 一切の抵抗を許すまいとジンはヘルメスを素早く羽交い締めにしてバレットから受け取った簡易式インスタントコードを発動させた。

 ヘルメスの鼻元で試験瓶の蓋が開放されると瞬時に瓶の中から薄緑色の煙が蒸発していく。


「ぅ、っ――――」


 これは強烈な睡眠効果を持つ簡易式インスタントコードで、常人離れしたヘルメスの身体能力を持ってしても抗う事が出来ない程の効力を誇る。

 いきなりの行為にヘルメスはロクな抵抗もできず、ただ驚きの表情でジンを見つめて瞼を閉じていく。

 自分の腕の中で力尽きて眠るヘルメスの顔を見てジンはとても哀しそうな笑顔を浮かべた。


「それでも俺は――――好きな女が危険な目に合うのはもう嫌なんだ」


 ラティーバでヘルメスが味わった苦痛を思い出す。

 王城内で、自分に抱きつきながら恐怖に怯えていたヘルメスの姿は居た堪れないものだった。

 今でも、ヘルメスの震えを強く覚えている。


「……安心しろよ、今度は俺が全部片付けてやっから」


 遂に、ジンとバレットは仮面舞踏会へと足を運ぶ。

 深い眠りに堕ちたヘルメスを抱きかかえながら、ジンは強くそう心に誓う。

 その表情はとても勇ましく、決意を表していた。

 青年の恋心を知らず。

 少女は眠る、大好きな人の腕の中で。

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