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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
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13話:仮面被りし者達

 二度目の生など存在しない。

 命あるモノはその生涯は一度だけ。

 その理は絶対であり、不可侵である。

 それを受け入れられなかった人間は、錬金術の研究に明け暮れた――――


「――――その昔。理もろとも神を否定し、運命を呪った一人の男は絶望の果てに狂気へと堕ちました。いや……在るべき場所へと還ったと言うべきでしょうか」


 フラウディーネに位置する薄暗い路地裏で、二人の男が密会を交わしていた。

 その一人は仮面で顔を覆い隠し、漆黒のコートを纏う青年。

 仮面の内側で、偽人ホムンクルス特有の金色の瞳が怪しく光っている。

 二人は”ある男”に関して話し合っていた最中だった。


「ハッハッ、狂気もまた人の心。ならば他の感情と等しく、人が人であり続けるには必要不可欠な存在だ。受け入れるべきであり、まして否定する事など許されん。だからこそ、私は”彼”の志に深く賛同しているのだ」


 蒼いマントを羽織る、青髯の貴族。

 ジルは嬉しそうに目を輝かせ、この密談を愉しんでいた。

 ふと、何かを察知したのか仮面の青年は鋭い眼光を遠方へと向ける。

 

「まったく、貴方も奇特な方だ。……間もなくギリスティアの王従士ゴールデンドール達が介入してくると言うのに、それを気にする事なく呑気に舞踏会だなんて理解に苦しみますよ」


「フ、私の唯一の愉しみだからね。それに――――」


 こうして仮面の青年がこの街に訪れた。

 それはジルの安全が保障されたも同然。

 沸き立つ自身から不適な笑みを零し、自慢の青髯を撫でていく。


「いくらギリスティアの王従士ゴールデンドールと言えど、君が全て降り注ぐ火の粉を払ってくれるのだろう?」


 そして自らの右手を見つめながら感慨深く感謝の言葉を並べる。


「こうして私が今も平穏な毎日が過ごせているのも”君達”のおかげだ。大掛かりな錬金術をこの街に展開し、誰も私を私として認識していない。観光客や旅人達もそうさ、私が自ら接触しない限り誰も気づかないでいる。そして”彼”が私の最高傑作であるアマリリスの力を最大限まで引き上げてくれたおかげで、万が一の事態が起きようとも私だけで処理ができるようになった。まったく頭が上がらんよ。まさに神の所業に匹敵していながら、まったくの別物だ。だからこそ私は今も錬金術の可能性を信じ続け、強い憧れを抱いてしまう」


 フラウディーネには街全体を覆う程の膨大なコードが編みこまれているのだ。

 それは対象の人物、すなわちジル=ドレェクをまったくの別人として認識させる大掛かりな錬金術である。

 この街に住む人々で、大戦の英雄としてジルを認識している者は誰一人居ない。

 子供達や、ジン達のように自ら接触した者に対してその効果は消えてしまうが問題無かった。

 フラウディーネ全体を監視する錬金術の産物を常にアマリリスとコルチカムが監視している。

 ここまで万全な環境を用意し、ジルをこの街に隠したのは仮面の青年”達”だった。

 無邪気にはしゃぐジルの姿に、仮面の青年は静かに微笑む。

 

「はは、随分と満足して頂けたみたいですね。……しかし、ここからが本番です。我々の準備もようやく整い、貴方の狂気が如何なく発揮できる環境がご用意できました」


 ジルは不適な笑みを浮かべたまま両腕を組み、瞳を静かに閉じて想いを馳せる。


「実に長かった……」


 瞼の裏にはこれまでの苦悩が走馬灯のように映り込んでいた。

 ジル=ドレェクという大きな狂気を抑え込んでいた唯一の光は、この世界に拒まれて無残に消えていった。

 それ以降、何をしても心の穴が埋まる事は無かった。

 どれだけ陵辱や拷問、非道を繰り返そうと心が満たされるのは一瞬だけだった。

 思い返すと自然に涙が溢れてきてしまう。


「定められた運命、運命の歯車デウス・エクス・マキナにどれだけの苦汁を舐めさせられてきた事か……。涙と血で彩られてきた私の運命、それにどれだけ絶望させられた事か。しかし、ようやく”彼”は憎き神を引き摺り下ろす算段が立ったのだな。中々どうして――――実に心躍るではないかッ」


 狂気に歪んだ恐ろしい笑みを浮かべるジル。

 例え世界を犠牲にしようとも、自己の欲求を満す行為に苦悩する事は無いだろう。

 しかし、狂気に身を堕とそうとも己の立場を十分に弁えている。

 付き従うべき相手を見極め、与えられた使命に順ずる覚悟も備わっている。

 だからこそ、ジルは選ばれたのだ。


「……どうやら、”彼”の選択は間違っていなかったようですね。貴方は進むべき指針を決して見失わないでしょう。ファナン・ヘルモントのような愚者とは比べ物になりません。ぜひ、非常時に備えてこれを受け取ってください」


 仮面の青年は涼しげに一本の試験瓶を差し出す。


「む? これは、見たところ簡易式インスタントコードのようだが?」


 不思議そうに首をかしげて漆黒の試験瓶を受け取るジルに仮面の青年は慎重な声色で忠告を促す。


「どうも嫌な予感がしてならない。もし、貴方に危険が迫った時はすぐに”それ”を発動させてください」


 だが、ジルはせっかくの忠告を高笑いで一蹴してしまう。


「ハッハッ、なぁに心配には及ばん。いつまでも君達の手を煩わせてばかりでは私の評価が下がってしまう。自らの身を守る術なら既に受け取っているのだ。もし、”彼”を落胆させて見放されでもしたら私はもう生きていけん。可能な限り自分の身は自分で守るさ」


 仮面の青年は宴が終了するまでの間、ジルの周辺に蠢く脅威は振り払う任を受けていた。

 それに最高傑作の怪物、アマリリスもジルを警護するのだ。

 完璧とさえ思えたその布陣に一切の疑いを抱かないジル。

 しかし、仮面の青年だけは常に警戒を緩めなかった。


「……余計な事は考えなくて結構です。”彼”は貴方の中に巣食う狂気を高く評価してます。くれぐれも己を過信せず、危険が迫った時は迷わず発動させてくださいね」


「ふむ……。杞憂だとは思うが一応受け取っておくとしよう」


 どこか不満気ではあったが、ジルはコートの内側に簡易式インスタントコードを忍ばせる。

 ジルが確かに簡易式インスタントコードを受け取った事を確認し、仮面の青年は背を向けて先程感じた気配の方向へと視線を向けた。


「内側と外側、その両側から少々厄介なものが迫ってきてますね……。まぁ、”内側”に関しては些細な問題ですから心配してませんけど」


 最後の方は小さく呟かれ、上手く聞き取る事ができなかった。

 顎髯を撫でながら仮面の青年の横から顔を覗かせるジル。

 その表情は冷徹なものだった。


「……ジンと王従士ゴールデンドールの小娘達は脅威に成り得ると思うかね? 何にせよ資金調達は私の十八番だ。此処を旅立つ前に最後の一儲けを、と考えていたのだが君の意見を聞きたい」


 仮面の青年はジルの言葉に返答する事なく、静かに漆黒のコートを揺らしてその場を去っていく。

 仮面に隠されているので表情は読み取れない。

 しかし、去り際に放たれた一言。

 それには確かな憤りを感じる事ができた。


「何もできやしませんよ」


 思わず背筋が凍りつき、鳥肌が立つ。

 ジルは過ぎ去っていく漆黒のその背中を見つめ、久しく感じる事のなかった恐怖を、身を持って体験させられた。

 一体、誰を指した言葉なのだろうか。

 仮面舞踏会はもう明日に迫る。

 フラウディーネを中心に、着実と世界は動き始めていた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 


 続々と馬車がフラウディーネを目指して移動を始めていた。

 世界各国から有名な貴族や著名人達だけでなく、裏社会で名を馳せる罪人達までが仮面舞踏会に参加すべく準備を進めている。

 たかだか一人の元貴族が主催する宴に何をそこまで大袈裟なと思われるが、それだけこの宴は参加する事で大きな利益をもたらすのだ。

 表立って参加できない者は代理人を立ててまで参加に必死である。

 その中でも、既に到着していた一組はフラウディーネから少し離れた場所で待機していた。


「んん~っ、……はぁ。な~んで私達はまだ入っちゃダメダメなんです~?」


 プラチナブロンドの長髪を太陽の光で煌かせ、大岩にもたれて退屈そうに大きく両腕を伸ばす朱色の瞳を持つ美女の姿。

 その美貌は愛らしいと言った表現がよく似合う。

 あどけなさを残す幼い顔立ちで、今まさに妙齢の美女は頬を膨らませて拗ねている。


「ちょっ、先生っ、ウチの話聞いてました!? というかその解読眼デコードは飾りですかっ!? 今、あの街には大掛かりな錬金術が展開されてるんですってばっ! 今、下手に動くとウチらの行動も筒抜けになるかもしれないでしょっ!」


 黒髪の長髪とアホ毛が特徴的な美少女。

 少し吊上がった”金色の猫目”はキリッとした印象を与える。

 鋭い眼光で女性を睨み、双眼鏡を片手に振り回して激怒していた。

 だが、女性には少女の怒りは伝わっていないだようだ。


「ぶぅ~っ、そんなの”フラン”ちゃんに関係ありませ~んっ! だって、だってっ! つっまんないだもんっ!」


 じたばたと地面で暴れる情けない大人に少女は勢いよく人差し指を向けて渇を入れる。


「つまらなくても我慢しててくださいっ! 大体、何ですかその格好はっ!? 先生は彼の”フラン・ニコライ”ともあろう偉大な錬金術師なんですよっ!? 少しは自覚してくださいっ!!」


 その言葉に、フランと呼ばれる女性はピタリと動きを止めて地面に横たわったまま面倒臭そうに少女を見上げる。


「え~……? そういうの、むちゃんこ面倒臭いんですけど~。というーか? 私ってば、そもそもそんなに凄いのって感じなんですけど?」


 少女はその発言を受けて唖然とし、向けた人差し指を震わせながら黙り込んでしまう。

 フランは首をかしげながら静かに立ち上がり、衣服に付着した砂埃を軽く払うと飄々とその場で一回転して見せる。


「ねっ、ねっ? そんな事よりっ! この服可愛くなくなくない?」


 フランが着込む衣装は上半身と下半身が繋がれた白いライダースーツで、腕や足、腰部分には金色のバングルが装飾された黒皮のベルトをいくつも巻いている。

 首には大きなゴーグルを下げており、前のチャックを大胆に下ろして大きな胸をはだけさせていた。

 あまりに錬金術師らしからぬその衣装と、威厳の無さだけでは飽き足らず。

 胸を露出させるそのだらしない格好。

 とうとう少女は眉間にシワを寄せ、肩を震わせて叫びだしてしまう。


「なぁにが「なくなくない?」ですかっ!! あなた、一体何歳だと思ってるんですかっ!? 大体、その衣装だって傍から見ればただの痴女じゃないですよっ!! はぁっ、はぁっ、」


「ひ、ひどすっ!? うぅ……。あ~あぁ……、せかっく頑張ろうと思ってたけど急に面倒臭くなってきたなぁ~……」


 お気に入りの衣装が不評だった事でフランのテンションはだだ下がりだ。

 不貞腐れて地面にそのまま寝転がり、そっぽを向いてしまった。

 少女は頭が痛くなり額を押さえて溜息を吐く。

 歳の割りに幼く、だらしないフランは常に少女を悩ませる。

 最近では頭痛で頭がおかしくなりそうな程だった。


「お願いです、少しはウチを見習ってちゃんとした格好してくださいよ……」


 ワインレッドのベストを着込み、何故か少女はその上から男物の燕尾服を着用していた。

 程良く胸のシルエットも確認でき、女の子が無理をして執事の格好をしているような印象だ。

 黒い長髪も相まって、上からつま先まで全身黒ずくめだ。

 どこか異質な雰囲気を漂わせている。

 

「まったく……っ、そんな風にだらしないから王従士ゴールデンドールまで首になっちゃうんですよっ!!」


 頭を両手で押さえ、スラリとした足で地団太を踏みつけていく。

 それでも動じず、フランは大きな欠伸をしたかと思えば眠そうに人差し指で目を擦り。


「ふにゅぅ、”アルちゃん”はそう言うじゃん? でも、そもそも私に向いてなかったんだよぉ。一日25、6時間ぐらい寝てないと私死んじゃうし。仕事とかホントむ~り~」


「勝手に一日の時間を改変しないでくださいよっ!!」


「はいは~い、っと」


 アルと呼ばれる少女のツッコミを無視し、フランは眠そうな表情を浮かべて上半身を起こす。


「ふぁ~、……もうムリムリ。超超眠い」


 もたれていた大岩に両手を這わせて青白い光を放つ。


「どうせ明日までやる事なんて無いんだし――――このまま永眠しま~す」


 最後に軽く指パッチンをして音を鳴らすと。


「ちょっ、こ、こらっ! 先生っ! ど、どこで誰が見てるかもわかんないのに無闇やたらと固有式オリジナルコードを使わないでくださいよっ!」


 完全な存在の代名詞、それは黄金である。

 そもそも錬金術の根源は至ってシンプルなものだ。

 不完全なものを、より完全なものへと変化させようとする思想が基で錬金術は誕生した。

 黄金の構築、それは錬金術師達が遥か昔から抱いてきた夢であり、実現不可能とされる儚い理想である。

 だが――――


「ふんふふ~ん♪」


 大岩は瞬く間に無機質な色から光輝く黄金へと染まり、その形を変形させていく。

 そのまま大きな欠伸をするフランの身体を包み込むようにフィットし、大岩は屋根付きの黄金に輝く豪華なベッドへと形状を変化させたのだった。

 満足したのかフランはそのまま身体を伸ばし、両手を頭の後ろにしてリラックスモードへと入ってしまう。 


「ん~っ、こうなると布団も欲しいにゃぁ~? でも材料が……。あ、そうだ! ね、ね、アルちゃん? 適当にその燕尾服でも分解して毛布を構築してくんないかな?」


「するわけないでしょっ!! このアホンダラ先生っ!!!」


 アルの激昂はこの広い大地に響き渡り、海の果てまで届いた。ような気がした。

 既に現地到着していたこの一行も仮面舞踏会の参加者である。

 しかし、狂乱の宴に微塵も興味は無かった。

 邪な想いを馳せる権力者や罪人とも違い、彼女達は”ある目的”を持っていた参加に漕ぎ着けたのだ。


「ただでさえ先生の固有式オリジナルコードは狙われてんですから少しは自重してくださいっ! あぁ、もうっ! こんなんじゃ”仮面の偽人ホムンクルス”にだって勘付かれちゃいますよっ!!」

 

 必死にアルが周囲をきょろきょろしながら警戒を強めているにも関わらず、フランは眠気に襲われてうとうとしてきていた。


「だ~いじょうぶ、大丈夫~。いざとなればアルちゃんだって居るんだしぃ~? ま、どうにかなるっしょ?」


 何とも他力本願かつ無責任な発言を気だるそうに口に出すフラン。

 アルは内心ぶん殴ってやりたい気持ちを抑えながら黄金のベッドにもたれかかり、げんなりした表情を浮かべて呟く。


「先生……。いつもの気まぐれでこうして付き合わされて、まだ詳しく何も聞いてないんですけど……本当に”青髭侯爵は狂った錬金術師や薔薇十字団ローゼン・クロイツと繋がってる”んですか? どうせまた勘違いじゃないんですか?」


 空をぼんやりと眺めていたフランだが、その表情が少しだけ真剣さを増す。


「――――あぁ、間違い無いねぇ。でなきゃ”あいつ”がこの私を頼りにしてくるわけがないし。まったく困ったもんだね。フランちゃんは引退した身だってのに、どうも事態は私達が想定している以上に困窮していると見た。薔薇十字団ローゼン・クロイツもようやく奴の尻尾を掴んで今は躍起になってるだろうし……。それに加え、狂った錬金術師もいよいよ計画を本格的に始動するっぽいよ。ギリスティアはもう期待できそうにないし、王従士ゴールデンドールだって信用できない現状っぽいから正直しんどい。めちゃんこ眠いし、めちゃんこ面倒臭いなぁ~って感じかな。こんな面倒事引き受けなきゃ良かった……。いっその事こんな記憶、心の奥底にでも”隠して”やろうかにゃ」


 不満たっぷりにスラスラと言葉を並べ終えるとフランはアルにそっと右手を差し出し。


「ま、適当で良いから一緒に頑張ろうよ♪ ねっ、アルちゃん♪」


 屈託無い満面の笑みを浮かべるフランにアルは深い溜息を吐き。


「先生はいつもそうです……」 


 少し頬を染めながら、自分に命を与えてくれたその手を握り締めるのだった。 

 この人なら信用してどこまでも着いていける、そう思わせてくれていた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 仮面舞踏会の舞台となる屋敷。

 そこには各地から集められた貧しい子供達が慎ましい生活を送っていた。

 養育費は全てジルが開催する宴の収益で賄われている。

 大切な収益源なのだ。

 子供達を養う為にもジルは宴の準備を着実に進行させていたが、開催日を目前に控えた本日。

 ある事件がこの屋敷を襲っていた。 


「――――何だこの惨状はッ!?」


 仮面の青年との密会を終え、ジルが屋敷に戻ってきた矢先である。

 まず荒れ果てた玄関とロビーに戦慄してしばらく動けないでいた。

 表情を青ざめ、慌てて一目散に”ある部屋”に向かって地下へ降り立つ。

 しかし、そこで目にしたものは更に騒然たる光景だった。


「な……ッ」


 無数の弾丸が真っ白な壁に埋め込まれており、鎖で繋がれた子供達は殺害されていたのだ。

 それだけではなく、床にはジルが雇っていた二人の錬金術師の死体も転がっている。

 ジルはあまりの光景に絶望し、言葉を失ったまま床へと崩れ落ちて膝をつく。

 すると、近くから少女の呻き声が聞こえてきた。


「ぅぅっ……」


 その呻き声の正体は壁際にもたれ、微かに吐息を漏らすコルチカムだった。

 頭を強打されたらしく、額から血を流しているがまだ生きている。


「ぐるるぅぁああああああッ」


 そしてコルチカムの傍らで、漆黒のローブを纏った巨大な怪物も哀しそうに悲鳴をあげていた。

 ローブの至る箇所が弾丸で貫かれており、緑の血液で衣服を染め上げている。

 足元には八つ裂きにされた何者かの遺体が無残に転がっており、恐らく今回の襲撃者である事が予想された。


「ッ、」


 込み上げてくる怒りに身を任せ、ジルは怒鳴り声をあげながらコルチカムに近づき。


「ぅ、いた……っ――――」


 胸倉を掴んで引き寄せ、間髪入れずに問い詰める。


「私が外出している間に一体何があったッ!? そこに転がっている死体は何者なんだッ!!!!!」


 ジルはコルチカムの容態よりも犯人の素状が気掛かりだった。

 目を血走らせ、息を荒げる父の質問にコルチカムは痛みを堪えながら苦しそうに口を開く。


「そこの男が、急に、屋敷を……訪ねて……、いきなり……、この地下で銃を乱射して……、」


「私はこの男が何者なんだと聞いたんだッ!!!!! この役立たずがッ!!!!!」


 返答違いの答えを口にするコルチカムに苛立ち、そのまま力一杯に床へと叩きつけ。


「いッ、……ッ!!!」


 コルチカムの悲鳴は今のジルにはもう聞こえない。

 男の死体を鬼の形相で睨みつけ、まったく見覚えの無いその顔に怒りは最高潮に達そうとしていた。


「宴を控えたこの大事な時期に……ッ!!! クソッ!!! 他の”商品”は無事なのかッ!?」


 床に這いつくばり苦しむコルチカムの反応も待たず、ジルは周囲の椅子等を蹴り散らしながら別室へ移動を始めた。


「おのれ……ッ、おのれぇ……ッ」


 この時、ジルの脳裏に”ある組織”の存在がちらつく。


「こんな馬鹿な事があってたまるか……ッ、”あの令状”からしてヘルメスの仕業とは考えにくい……ッ」


 何故かギリスティアの内情を知っていたジルは、移動しながら無数の弾丸跡を思い出して歯軋りを鳴らす。


「”奴ら”には”莫大な金”を投じてやっていたはずだ……ッ、まさか”あの男”の独断と言うわけでもあるまい……ッ、しかしあの形跡は……ッ」


 過去の記憶を払拭するように首を激しく振り、ジルは別の部屋に着くと鉄格子の扉を勢いよく開ける。


「ガルル……」


「フー、フー……」


 薄暗い部屋には大量の怪物達が鎖に繋がれており、怪しく瞳を光らせて呻き声をあげていた。

 その光景にジルはそっと胸を撫で下ろす。


「良かった……。この部屋に辿り着く前にアマリリスが対処したという事か。だが、まだ安心はできん……。念には念を入れて確認しておかなければ」


 次々と他の部屋へと移っていく。

 重要な書類や資料などが保管されている部屋も見て回ったが、真っ白な部屋以外に荒らされた形跡は無い。

 金品や芸術品も盗難はされていはいないようだ。

 金銭目的の強盗ではない事が確認できたが失ったものは絶望的。

 殺害された子供達や雇った錬金術師の損害は非常に大きく深刻だ。

 ジルは真っ白な部屋に戻り、床で情けなく這い蹲るコルチカムの右腕を強引に掴み起き上がらせる。


「起きなさい、いつまで寝ているつもりだ? ロクに留守番も出来ないクセに良い身分じゃないか」


「っ、い、痛い、です……っ、ごめんなさい……っ」


「グギャラァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 怯えて悲痛の声をあげるコルチカム。

 それを見つめていたアマリリスと呼ばれる怪物が突然、凶暴な雄たけびをあげ始め、まるでコルチカムを庇っているよかのようにも思えた。

 だが、ジルは凶暴な怪物を平然とした態度で睨みつけ。


「煩いぞアマリリス。これ以上、父を苛立たせるな」


「ギィ、ィ、ッ、ルル……ッ」


 短い言葉を放ち、アマリリスを意のままに静めてしまう。

 アマリリスが静まるとジルはコルチカムの頬を片手で掴み視線を合わせる。


「コルチカム、襲撃者は私の屋敷に訪れてからこの部屋まで一直線に向かってきたのか?」


「は、い……。この場所を……予め知っていたような感じでした……」


 この地下の存在を知る者は雇った錬金術師とコルチカム以外に居ない。

 情報がどこから漏れたのか、今では調べ上げる事は困難だ。

 ジルは冷ややかな視線でコルチカムを見つめ、もう一度穏やかな口調で問い詰める。


「フラウディーネ全域の監視をお前に任せていたはずだ。なのに何故、襲撃を事前に食い止める事ができなかった? 屋内までは監視できないが、不審な者がこの屋敷に近づけば抹殺しろと命じていただろう? ……よもや、お前が襲撃者を連れ込んだわけではないな?」


 優しく微笑むが、ジルの目は笑っていない。


「私は嘘つきが大嫌いだ。お前も”アマリリスの様に”はなりたくあるまい。二つの質問に正直に答えなさい――――お前は襲撃者を屋敷に招いたのか? 本当に襲撃者はそこで転がっている男だったのか?」


 無数の弾丸跡、そしてアマリリスに傷を負わせる程の実力者。

 過去の記憶と逸話がどうしても脳裏から離れない。

 面識こそ無いが、ジルには襲撃者の正体が”彼”を他置いて検討がつかなかった。

 コルチカムは恐怖で怯え、わけもわからず涙を浮かべて首を縦に振る。


「わ、たしにはっ、お父様が……っ、一体、っ、何を……、言っているのか……っ」


 埒が明かず、ジルはそっとコルチカムを手放すと襲撃者の死体へ静かに近づく。

 その顔を近くで確認してみるがやはり心当たりは無かった。

 咳き込むコルチカムに背を向け、ジルは深い溜息を吐いてからギリスティアに纏わる噂を口にする。


「……ギリスティアには正義を執行する亡霊のような連中が存在するのを知っているかい?」


 唐突な語りに、コルチカムは息を整えながらじっとその背中を見つめる事しかできなかった。


「……”彼”はその中でも特に恐れられた存在”だった”」


 妙な口ぶりだ。

 まるで、過去に自分が関わっていたかのような発言に聞こえる。

 ジルは銃弾の嵐に晒された天井を見つめ、こう口にする。


「どこからともなく、そう――――まるで闇夜から現れる弾丸の如し。奴に狙われてしまえばその命を貫かれたも同然。絶対不可能とさえ思われた暗殺も奴は全て成功させてきた。多くの功績が一人歩きしていき、やがて裏社会にもその名を轟かせていった」


 その矛先が今度は自分へと向けられているかと思うと憤りを感じる。

 唇を噛み締めながらジルは激昂していた。


「おのれ……ッ、薔薇十字団ローゼン・クロイツめ……ッ」


 恨めしいと言わんばかりに表情を歪ませ、呆然とするコルチカムに振り返る。


「……とにかくこの屋敷は当初の予定通り手放す。明日の舞踏会を最後に、生き残った子供達と災獣キメラを他の場所に移動させなければな。幸いにも”彼”の助力も得られる。だが、せっかく雇った錬金術師達と商品の子供達がこの有様では……明日の舞踏会に支障をきたし、資金調達も困難になってしまう」


 コルチカムは自分に近づくジルの姿から目を背ける。

 何故ならば、これからジルが口にしようとしている言葉が手に取るようにわかってしまったのだ。

 穏やかに微笑んだかと思えばジルはその場で屈み、床に倒れこむコルチカムの両肩にそっと手を乗せる。


「コルチカム、お前にも”錬金術の心得”はあるだろう?」


 嫌な予感はずばり的中した。


「せめてもの救いは私が雇った錬金術師達の研究資料が残されている事だ。明日までに新しく商品を見繕い、急いで手入れをすれば問題は解決される。商品の品質に多少難はあるが、そうも言ってられまい。なぁに、心配しなくても大丈夫だ私の愛しい娘よ。お前ならきっと上手くやれるはずだ」


 ジルはコルチカムに”商品”の準備を強要する。

 非人道的な手段を用い、心も身体も字の如く商品として仕上げるよう命じてきたのだ。


「む、無茶ですっ!? わ、私じゃ分野が違いますっ、それに彼らのように上手くできるはずがありませんっ! な、なにより、子供達をこの手で――――ッ」


 その瞬間。

 盛大な平手打ちがコルチカムの頬を襲い、その小さな身体を遠くまで吹き飛ばしてしまう。


「がぁあああああああッ」


 壁に打ち付けられた時に鈍い音がし、コルチカムは大声で悲鳴をあげた。


「……すぐに取り掛かれ。急げ、舞踏会は明日だ。それまでに子供達から自我を取り払い、身体の傷も完治させておけ」


 すすり涙を流すコルチカムの様子をアマリリスは怒り狂いながらもただ傍観する事しかできなかった。

 漆黒のローブから蒸気を発して動けず身体を大きく震わす怪物の姿にジルは一瞥をくれる。 


「――――アマリリス、お前はコルチカムが商品の準備を済ませるまで決して眠らせるな。もし、手を止めたり躊躇った場合は殺して構わん」


 そう言い残し、怪物に少女を見張らせてジルは拠点を移す準備に取り掛かる。

 今回の仮面舞踏会を最後に屋敷を破棄しなければならない。


「今回は裏社会の重鎮も数多く参加するのだ……。流石に奴らと言えど、大掛かりな手は打ってこないはず……」


 仮面の青年の警告が今になってジルの胸をざわめかせる。

 地下の階段を上りながらジルは思慮深く妨害工作を予測していくが、例えどのような手段を用いてこようとも今回の参加者には仮面の青年も居るのだ。

 恐れる必要は何も無かった、いつしかジルは歪んだ余裕の笑みを浮かべていた。


「いざとなればアマリリス以外にも”生物兵器マンティコア”が控えている。恐れる無かれ、我が勝利は約束されているのだ」


 狂気に染まりきった面持ちでジルは光を求めて歩み続ける。


「あぁ、愛しき聖処女。貴女が私をこのような狂気に導いたのだ。ならば、我が生涯をもってして応えねばなるまい。貴女の望み通り、運命の歯車デウス・エクス・マキナを穢し、世界式の果てで新たな世界を祝福しようではないか」


 世界は求めていたのかもしれない。

 狂気が蝕むその世界を。

 だからこそ、彼はこう言ったのだ。


 全ての事象、ありとあらゆる万物は少なからず誰かが望んだ結果生まれるもの。

 誰も望まなければ生まれはしない、と。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 世界各国から著名人や貴族が参加する仮面舞踏会。

 参加者の条件はジルから送られた招待状を所持している事。

 そして、武器の持ち込みは一切禁じられており、招待客同士の争いなどご法度である。

 何が起ころうと一切の責任は負われない。

 様々な不都合が生じる為、招待客には身分を隠す仮面の着用を義務づけられている。

 当然ながら貴族が主催する宴だ、その場に見合った正装も用意する必要があったのだ。

 ヘルメスとエルサリアが観光のついでにちゃっかりとドレスを買い込んでおり、宿に戻るとジンを一人残して別室に移動していた。

 今は互いにドレスの確認を無邪気に行っている最中だ。

 取り残されたジンと言えば、先程ひょっこり宿に戻ってきたバレットと待機していた。


「いやぁ、私が居ぬ間にお嬢の面倒を見て頂き本当にありがとうございました。お陰様で私も野暮用を済ませる事ができましたよ」


「ケッ、んなズタボロで戻ってきやがって何が野暮用だっての。アンタ今までどこで何してたんだ?」


 悠々と椅子にもたれて座るバレットだが、その異変に気付かないわけがなかった。

 頭には包帯を巻いており、顔にはガーゼが貼られている。

 微かだがバレットの身体中から血の匂いも感じ取れた。

 衣服に隠されているだけで他にも負傷している箇所があるようだ。

 ジンは不審に思い何処で何をしていたのか質問してみたが、バレットは適当に話をはぐらかすだけだった。


「ハハ、疑り深いですね。本当にただの野暮用ですよ。親しかった昔の女性に会ってきたのですが……この通りの有様です。まったく自業自得とは言え、そちらとは違って酷い一日でしたよ」


「……くっだらねぇ嘘つきやがって」


 そう一蹴し椅子から立ち上がりてベッドを弾ませ、ジンはこれ以上の詮索を止めて休憩を始める。

 自分達から離れている間、バレットが一体何をしていたのかはわからない。

 仮面舞踏会への参加をヘルメスとエルサリアが決めてからというもの、バレットの単独行動が目立つ。

 昨晩の出来事もそうだ。

 バレットはヘルメスやエルサリアが寝静まった夜更けに、単独でどこかへと出掛けていたのだ。

 唯一それに気付いたのはバレットを常に警戒していたジンだけである。

 不審に思いながらもその時は見逃したが、今のバレットの状態を見る限り只事では無い。 

 面倒臭そうにジンはベッドに寝転がったまま視線だけを向ける。


「昨日の夜、アンタどっかに行ってたろ。まさかバレてないとか思ってねぇよな?」


 唐突な不意打ちに、バレットは一瞬表情を固めてしまう。

 しかし次の瞬間には取り繕ったように笑顔を浮かべる。


「おや? 皆さんが寝静まった事を確認してから出掛けたつもりでしたが……いやぁ、ジンさんにはバレていましたか」


 特にやましい気持ちに襲われるでもなく、平然とそう告げるバレット。

 未だ彼の本心に触れる事はできていない。

 いつも何かを、それこそ仮面を被るかのように隠そうとしている。


「むかつく野郎だぜ……。アンタのそういう態度も気に入らねぇ」


 一見、軽薄に見えてその内には何かを秘めている。

 肝心な部分をひた隠しにするバレットに対し、ジンは軽く舌打ちをして諦めて眠りにつこうとした。

 不貞腐れるジンの姿にバレットは苦笑し、静かに椅子から立ちがって窓辺へと移動する。

 その背中は、きっと今も傷を抱えている。

 だからなのか、どこか脆く映りだされていた。


「……ジンさん。貴方はヘルメスさんとは違い、妙に勘の鋭い方だ。青髭侯爵を調べていくうちに不審な点がいくつかあったと思うのですが、それも既にお気づきですか?」


 淡々とした事務的な口調でそう告げられ、ジンは面倒臭そうに上半身を起こすとバレットに視線を向ける。


「ちっ、俺達がジルを調べてた事もお見通しってか? ……気に入らねぇ。アンタが言いてぇのはハーメルンの笛吹き事件が未解決で終わってる事や、ジルの消息が今まで掴めてなかった事だろ」


 エルサリアが少し調べただけでハーメルンの笛吹き事件の犯人と思しきジルに辿り着けたのだ。

 ギリスティアがそれを見過ごすとは思えなかった。

 そして、このフラウディーネは各国から多くの旅人が集う街。

 有名な貴族という地位を得て尚、ジルは大戦の英雄として名を馳せた程の豪傑。

 そこで生活を送るジルの姿を見て、周囲の者が誰一人として気づかないというのはいくらなんでもおかしいのだ。

 バレットは静かにベッドの前に立つと両腕を後ろに組み、ベッドで寝転がるジンの姿を見下ろす。


「青髭侯爵がギリスティア出身の貴族である事は既に知っていますね?」


「だから何だよ。んなもん今更すぎんだろ」


「では、ハーメルンの笛吹き事件が起きた場所はどうでしょう。どこの国だと思います?」


「だから……、」


 無駄な質問ばかりに思える。

 だが、これではまるで――――


「はっきり言えよ……。アンタはギリスティアが怪しいって踏んでんだろ?」 


 バレットの質問はギリスティアが何かを握っていると言わんばかりだ。

 ジンはベッドから飛び上がりバレットの胸倉を掴んで怒りに満ちた表情を近づけてその真意を問う。


「アンタ……何か知ってんだろっ!? いい加減その回りくどい言い方にもうんざりしてんだよッ!」


「……何も知らないクセに」 


 バレットは顔を背け歯を食いしばり、小声でそんなジンに苛立ちを募らせ。


「ギリスティアの闇は貴方達の想像以上に深いんですよ……ッ」


 初めて見せたバレットの怒りはジンを硬直させた。

 呆気に取られ、思わず胸倉を掴んでいた手も離してしまう。


「……私とした事が失礼致しました」


 このままではエルサリアが巻き込まれてしまう、その一心でつい取り乱してしまった。

 襟元を整えバツが悪そうに背を向けるバレット。

 それを煽るようにジンは近づき。


「へぇ~」


 両手をズボンのポケットに仕舞い、鋭い牙を見せてニッと笑いながらその顔を覗き込む。


「らしくねぇじゃねぇか。んなにあの剣女が大事なのか? えぇ?」


 今までの仕返しとばかりに渾身の嫌みったらしい口調で煽っていくが、冷静さを取り戻したバレットに軽くあしらわれてしまう。


「当然でしょうに。なにせ、私はお嬢の従者ですからね」


「……」


 爽やかな笑みでそう言い切るバレットが面白くなかったのか、ジンは落胆してそのまま椅子へと腰掛けた。

 両手を頭の後ろに回して大きく両足を伸ばして気だるそうに欠伸をして本題へと戻る。


「で? どうしろってんだよ。舞踏会はもう明日に控えてんだぜ? ヘルメスや剣女に関しちゃドレスまで買い込んじまってる。あいつら乗り込む気満々だぞ。今更、アンタがそれを止めるってのか?」


「そこで提案なのですが――――」


 最後までこの選択だけは選びたくはなかった。

 だが、バレットに残された手はもう底を尽いていたのだ。

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