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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
運命の歯車
7/80

4話:異常制動

 ヴァンクと呼ばれる小さな国。街外れに位置する廃墟と化した建物。

 この場所は滅多に人が訪れず、今では”ある一人の錬金術師”が研究施設として根城にしていた。

 そして、その一室で二人の男が何やら不穏なやり取りを行っていた。


「――――なるほど。王従士ゴールデンドールの少女二人に、銀髪で金色の瞳を持つ不思議な青年、ですか。……ククク。いやぁ、実に私は運が良い。まさか向こうから私の元へと訪れてくるとはね」


 研究施設の主は椅子に座り、大きなテーブルに両肘をつけて顔を伏せながら怪しい笑みを零す。その笑みは、どこか不気味で歪んだ何かを感じさた。

 白を基調とした研究衣コートを身に纏うその姿から錬金術師である事が伺える。

 その背後には、ボロ布を纏う男が全身から汗を流して必死の形相で慌てふためいていた。


「何を悠長な事を言ってんですか”オプリヌス”さんっ!! あのガキ共、ギリスティアの王従士ゴールデンドールですぜっ!?」


 事は重大だ。何せギリスティアの王従士ゴールデンドールが現れたのだ。

 仰々しく両手を何度も振って動揺を隠せずにいる。


「クク、大丈夫ですよ。何も問題はありません」


 オプリヌスと呼ばれる男は静かに椅子から腰を上げ、背後に立つ男へ悠々とした態度で振り向く。


「ギリスティアの王従士ゴールデンドール……いやぁ、実に懐かしいですよ」


 彼の名は”オプリヌス=ハーティス”。

 少し目にかかった黒い前髪を揺らし、碧眼を怪しく光らせて男に視線を向ける。

 全体的に亡霊のような不気味な雰囲気を醸し出すオプリヌスの姿は、馴染み深いこの男ですら思わず息を呑んでたじろぐ程。


「で、ど、どうすんですか? ……きっと”元ギリスティアの王従士ゴールデンドール”であるあんたを始末するつもりですぜ?」


 オプリヌスは錬金術師として数多くの功績を残してきたにも関わらず――――現在、罪人としてギリスティアに追われている身なのだ。


「……ふぅ、何度も言わせないでください”ジャック”さん。貴方から聞いた特徴から察するに、その錬金術師の少女二人は私の顔馴染みのようですからね。何も問題ありません」


 わざとらしく額に手を置き、首を振って溜息を吐くオプリヌス。その余裕に満ちた反応にジャックと呼ばれる人攫いの男はふと質問をした。


「……顔馴染みって事は見逃してくれるかもしれねぇって事ですかい?」


 最初はギリスティアの王従士ゴールデンドールがこの周辺に現れたと聞くやオプリヌスも焦りを抱いていたが。

 ジャックが荒野で目撃したと言う二人の王従士ゴールデンドールの特徴。それを聞かされて直ぐにその正体に気づき安心した。

 連想した少女二人の姿を思い出しながら、前髪を掻き上げてその無能さをほくそ笑む。


「今でもよく覚えていますよ。王従士ゴールデンドールとして日が浅い私に上司とは名だけの世話係として任命されたのが、エーテルという少女です。彼女は非情に正義感が強い方でしてね、そんな彼女が私を見逃すとは到底思えませんよ」


 短い期間ではあたったが、その中でオプリヌスは二人の少女と出会っていた。それはヘルメスとリディア。

 その実力や人間性等をよく熟知している。


「ククク、あの程度の腕でまだ王従士ゴールデンドールとしてそこに席を置いているとは驚きました。よほどギリスティアは人員不足に悩まされているようだ、実に哀れ極まりないものです」


 片手で顔を覆い、両肩を震わせて笑いを堪えるオプリヌス。 

 王従士ゴールデンドールが、自分の居場所を嗅ぎつけているというのに、未だ余裕を見せ続けらているのもヘルメス達と既に面識があるからだ。

 だが、それとは対照的にジャックの表情は戦慄していた。


「え、え、え、エーテルって言やぁ、せ……世界に名を轟かす錬金術師の名家じゃねぇですかッ!!!」


「あー……? そう言えばそうでしたね、すっかり忘れていましたよそんな事。確かに彼女の家系はこれまで歴史に名を残す多くの偉人を輩出してきた名家です。その昔では、エーテルの優れた錬金術師を奪う為に戦争が勃発した程にね。――――しかし、」


 現在は違う。

 

「フ、それは数年前までの話ですよ。……エーテル家は”ある事件”をきっかけにその名を地に堕とし、今ではその生き残りも出来損ないのヘルメスという少女ただ一人だけなんですから」


 つまらなさそうに椅子へと腰かけ、足を組むオプリヌス。


「で、でもオプリヌスさん、やっぱ……あのギリスティアの王従士ゴールデンドールですぜ? 本当に大丈夫なんで?」


「ふぅ……ジャックさん、貴方は何もわかっていないようだ」


 ジャックの言葉にオプリヌスは大きく溜息をつき、両手を軽く広げて首を横に振る。


「良いですか? 四大国家の中でも特に優れた錬金術師で構成されていると言われるギリスティアの王従士ゴールデンドール。ですがその実態、その選抜方式がどのようなものかご存知無いようですねぇ?」


「そんなの、たかだか人攫いのあっしが知るわけねぇじゃないですかい……」


 王従士ゴールデンドール。何故、錬金術師の多くが王従士ゴールデンドールを目指すのか。

 まずその理由の大半は、膨大な研究資金が与えられるからだ。そして王従士ゴールデンドールとなった錬金術師にはある特例が複数認められる。

 中でも遠い過去に存在した伝説の錬金術師、アンチスミスが残した三つの遺産。

 そのうちの二つ。


 ”原点回帰リスタート”。

 ”永劫回帰エンドレス”。


 この二つの禁忌に指定されたコードの研究が特例として認められる。

 更に、世界のどこかに存在するとされる、”原典エメラルドタブレット”の探索までも許されるのだ。

 原典エメラルドタブレットとは、全ての答えを知り得るモノとされている。

 それがどの様な形状をしているのかも、過去の文献には記されておらず。世界を構築する全てのコードを解く存在として語り継がれている。

 王従士ゴールデンドールには他にも様々なメリットがあり、選抜方式等は国によって異なる。

 そして、ギリスティアの王従士ゴールデンドールになる為に必要な事。それは何も錬金術の腕だけでは無いのだ。


「……確かにギリスティアの王従士ゴールデンドールには優れた錬金術師が数多く在籍していますが、中には家名だけで入ってきたような愚かな錬金術師も多かれ存在しているのですよ。そして、私も流石に呆れ果てましたが――――」


 ギリスティアの現国王。

 慈愛王”ミストレア=サールージュ”に認められさえすれば、どの様な人物でも王従士ゴールデンドールになれてしまうのだ。


「あの夢見がちな愚かな王に見定められさえすれば、錬金術の腕など関係無いのですよ。……私に言わせればあの二人は王従士ゴールデンドールに相応しくない者達だ。つまり、危険視するまでもない小石というわけです」


 オプリヌスから王従士ゴールデンドールの裏事情を聞かされたジャックはホッとして胸を撫で下ろして安堵する。


「な、なんだ、ビビって損しやしたよ。ギリスティアの王従士ゴールデンドールはバケモノじみた強さを持つって聞いてたもんでね……」


「まさにバケモノと称すべき連中も存在はしますが、果たして今の私を止められる者がどれだけ居る事やら。それよりもです――――」


 オプリヌスには絶対の自信があった。

 研究衣の内側に忍ばせた”一本の試験瓶”がその自信の根拠だ。

 旧知の来客にも少しばかり心躍るが、それよりも今はオプリヌスが最も興味を引く存在がいる。

 腕を組み直し、神妙な面持ちでその存在についてジャックへと静かに告げる。


「一刻も早く、私には銀髪の……金色の瞳を持つ青年が必要なのです」


 ジャックの話しによればその青年は何故か荒野の真ん中で倒れていて、激しく空腹を訴えていたらしい。

 その報告を受けたオプリヌスは確信を得て思わず口元を歪ませていた。

 

「あの珍しいガキですかい? ……確かに見た事ねぇ容姿でしたが、王従士ゴールデンドールよりも気にかける存在なんですかねぇ?」


「勿論ですとも。クク……クックックッ、」


 喜びを噛み締めるようにオプリヌスは顔を手で覆うと天を崇めるように上を向く。

 そして、何故か――――


「なっ!? ど、どうしたんですっ!? な、何で急に泣いてるんですか……」


 オプリヌスは不気味な笑い声を上げながら、涙を流していた。 

 ジャックには一体どうしてそうなったのか理解が追いつかない。


「ハッハッハァッ!! いやぁ、ねぇ? ふぅ……もう大丈夫です。ククク……」


 顔を引きつらせて後ずさりするジャックにオプリヌスは嬉しそうに告げる。


「ジャックさん? 貴方は”賢者の石”と呼ばれる存在をご存知ですか?」


 先程から、明らかに様子がおかしいオプリヌスの口から放たれたその単語。

 ジャックはそれに息を呑む。

 錬金術師ではなくとも、その宝物の名を知らない者など居ない。だが、何故今その単語を口にするのか。

 必死に考えた末、ジャックはある仮説に表情をハッとさせたかと思えば額から大量の汗を拭きだして恐る恐る答えを述べる。


「まさか……ッ、あ、あんたッ! あのガキが伝説の錬金術師、”アンチスミスの遺産である賢者の石”を持ってたって言うつもりじゃねぇでしょうねッッ!? そ、そんなのあり得ねぇッ! あっしはあのガキを捕まえた時にちゃんと入念に身体中調べやしたッ! だが、それらしき物は何一つ持ってませんでしたぜッ!!」


 だが、それでも。オプリヌスは確信めいた表情で微笑んでいた。

 そして、オプリヌスは嬉々として饒舌に語りだす。


「クク、ジャックさんが見つけられないのも無理はありませんよ。何せ、賢者の石は今――――”黒匣ジン”と呼ばれる器に保管されていますからね」


「じ、ジン……? ですかい……? 何ですかそりゃぁ……?」


 ジャックには、そのジンという器がどんなものか想像もつかなかった。

 目を点にして話が飲み込めていないジャックに、オプリヌスは思い出すように話を展開していく。


「それでは――――”狂った錬金術師フェイク”。この名にも聞き覚えはあるでしょう?」


 その名を耳にすると、ジャックは背筋をゾクッとさせて口を大きく開いて叫びだす。


「あ、当たり前じゃねぇですかっ!! 聞き覚えも何も、く、狂った錬金術師と言や今まさに世界を騒がす大罪人じゃねぇですかっ!!」


 突如、世界に姿を現わしたその錬金術師は、新たなコードを数多く開発した。だがその殆どは、禁忌に指定される程のおぞましいコードだったと言う。

 世界を蝕もうとする、脅威の存在。

 それが、狂った錬金術師フェイク。

 四大国家は狂った錬金術師フェイクの行方を今も全力で捜査している。


「狂った錬金術師フェイクには”二人の弟子”が存在しました。そして、実は彼――――私の先生でしてねぇ」


「はいッ!?」


 狂った錬金術師には二人の弟子が居た。

 その一人、それこそがオプリヌス=ハーティスの正体だった。それを誇るように笑顔で明かしたその真意は不明だが驚愕の事実にジャックは言葉を失う。


「……先生は賢者の石を所持していました。ですが、最終的には何故かそれを媒体にして特別な偽人ホムンクルスを構築したんですよ。その偽人ホムンクルスこそが、黒匣ジンと呼ばれる賢者の石の器というわけです」


 顎に手を置き、感慨深く当時の記憶を思い出すオプリヌス。

 口を大きく開けたまま呆気に取られ、沈黙するジャックを置いてけぼりにオプリヌスは次第に感傷へと浸っていく。


「まぁ、先生が何を目的にしていたのかは最後まで弟子である私達ですらわからないままでした。そして――――”あの事件”の後、先生は忽然と私達の前からも姿を眩ませてしまった……」


 オプリヌスが言うあの事件とは、村一つをジンが壊滅させた事件の事だ。

 だが、それすらも知らないジャックは黙ってオプリヌスの話を間抜けな表情を浮かべて聞き続ける事しかできなかった。


「そして――――あろうことか先生は賢者の器である黒匣ジンをどこかへと捨ててしまったんですよ」


 今でもその理由は謎のまま。

 賢者の石を捨てるなどとても正気の沙汰とは思えない。しかし、だからこそ狂った錬金術師と呼ばれているわけだが。


「私は先生だけでなく……賢者の石すらも失いずっと途方に暮れていました。ですが――――」


 今日という奇跡を迎えた。


「まさにッ!! 奇跡の巡り会わせとでも言うべきでしょうかッ!? 黒匣ジンをようやく見つける事ができたッ!!! ……クックックッ、ジャックさんには感謝の気持ちで一杯ですよ、本当にね」


 椅子の上でオプリヌスは狂気じみた笑顔を見せて興奮で震える身体を抱きしめる。

 オプリヌスのその姿は、狂気に身を堕とした狂人そのものだった。


「な、何で……そんな話をあっしなんかに……?」


 オプリヌスとジャックはあくまで商人と買い手という関係に過ぎなかった。それだけの関係で特に深い信頼関係なども築いていない。

 ただの人攫いの自分にあれだけ深くを話すオプリヌスの意図が理解できず、妙な危機感に自然と身構えてしまう。


「クク……今までジャックさんや他の商人さん達から買い漁った人間を使い、つい数日前にようやく私の研究成果が実を結びましてね。……ついつい気分が乗ってお喋りが過ぎたようです」


 そして、コートの内側から漆黒の試験瓶を取り出して嬉しそうにジャックへと見せつける。


「……これこそが私が狂った錬金術師フェイクの弟子となり、王従士ゴールデンドールに入った理由――――私の全てです」


 オプリヌスは、このコードを構築する為に自分すらも犠牲にしてきた。更に無関係な人間でさえその犠牲として利用してきた。

 これは多くの命と時間を引き換えにした集大成。オプリヌスの全てだった。


「な、何です、それ? こないだ頂いたのと同じ漆黒の試験瓶じゃないですか……。また、”瞬間転送チェックポイント”の簡易式インスタントコードですかい?」


「ククク……いいえ、違いますよ――――」

 

 今思えば、ジャックはこのオプリヌスについて何も知らなかった。ジャックにとって、オプリヌスは人攫いに協力してくれるただの上客に過ぎない。

 互いに深く追求する事はせず、オプリヌスが一体何をこの研究施設で行っていたのか等は全く知らなかった。

 すると、間抜けな表情で漆黒の試験瓶を見つめるジャックに、オプリヌスは歪んだ笑顔でその正体を明かす。


「これは、アンチスミスの遺産の一つ。核となる賢者の石が欠けた不完全なコード――――原点回帰リスタートですッ!!」


 あまりピンと来ない表情を浮かべるジャックにもオプリヌスは笑顔のままその説明を行う。


原点回帰リスタートとは、全てを元に戻すコード。その影響範囲は無制限、つまり――――世界式にまで干渉し! 世界そのものを無に戻す事も可能な、禁忌に指定されたコードなのです!」


 師である狂った錬金術師フェイクですら構築しなかったコードだ。その危険性はまさに禁忌に指定される程の力を秘めている。

 椅子に片足を乗せて声を荒げて喜びに満ちた表情で試験瓶を恍惚と見つめるオプリヌス。


「へ、へぇ、り、原点回帰リスタート? よく……わかんねぇですけど、……け、研究が成功したんですね、お、おめでとうございやす」


 只ならぬ狂気を放つオプリヌスに、戸惑いと恐怖を感じながらもジャックは下手に刺激しないよう拍手と共に賞賛の言葉を並べた。


「ですが……これは不完全な原点回帰リスタートです。やはり賢者の石が無ければその影響範囲も非常に狭く、私が真に求めているものには到底届きませんでした……」


 フェイクが残した研究資料にも、そして王従士ゴールデンドール達が保管していた研究資料にも原点回帰リスタートは賢者の石が無ければ完成しないと記されていた。

 諦めずに研究を続けてきたオプリヌスだが、その理由を構築が終えた今にしてようやく理解した。


「……これまで賢者の石の代用として多くの人間のコードを用いて実験を繰り返してきましたが、やはり世界式への干渉ともなると膨大なコードが必要となるようです。つまり、無限にコードを生み出す永久機関、賢者の石がどうしても必要不可欠なんですよ……。しかし、だからと言って先生の”鍵が掛かった黒匣ジン”から賢者の石を奪うなど私には到底不可能……」


 フェイクの元で原点回帰リスタートの研究を進めていたオプリヌスは勿論、黒匣ジンについて詳しく知っていた。


「人間離れした身体能力もさながら、賢者の石を奪わない限り何度でも損傷した箇所が再生されるあの身体は厄介です。何よりも先生は肝心の賢者の石が他者に奪われぬよう”特殊なコード”を黒匣ジンに編み込んでおり、奪う事が叶わない」


 だからこそ、オプリヌスは不完全であろうと先ずは原点回帰リスタートの研究を進めた。

 賢者の石を奪う為に。


「――――ジャックさん。この不完全な原点回帰リスタートが本当に黒匣ジンに通じるものか、実験に協力して頂けませんか?」


 オプリヌスは、ジャックに怪しい視線を向ける。

 まるで実験動物を捉えるようなその視線に、ジャックは全てを悟った。

 原点回帰リスタートが一体どういうものなのか理解できていないが、このオプリヌスは自分を実験対象に選んだ。

 それを察したジャックは、その只ならぬ気配を感じて一目散に出口まで走り出す。


「う、うわああああああああッ!!!」


 全身から大量の汗を流して死にもの狂いで全力で走る。

 この部屋から、オプリヌスから逃げなければ殺される。そう直観していた。

 オプリヌスは狂気に歪む笑顔を浮かべ、椅子に座ったまま情けないジャックの後姿を見つめ――――


「クク……光栄に思ってください、ジャックさん」


 漆黒の試験瓶の蓋が、オプリヌスの親指によって静かに開けられた。


「私の礎となれるのですから」


 試験瓶の蓋が開けられると。

 ――――目には見えない”何かが”が大きくうねりながら飛び出した。


「ぎゃあああああああああああッ!!!!!」


 ジャックには何も見えていない。

 だが、オプリヌスの様子からして何か不穏なものが自分の元へと近づい来ているはず。

 叫び声を上げ、必死にこの研究室から逃げ出そうとジャックがようやくドアノブを握った瞬間――――


「ぁぁあああああああッ、ぁ……――――」


 何か巨大な存在に巻きつかれるような感覚に陥ると――――悲鳴が途中で終わる。

 この部屋から一瞬にして、一人の人間が跡形もなくその存在を完全に消した。


「っ、素晴らしいッ!! やはり私の計算に狂いは無かったッ!!!!!」


 ジャックの消滅を確認すると、オプリヌスは手にしていた漆黒の試験瓶を掲げる。すると、何かが漆黒の試験瓶の中へと戻っていく。

 満足そうにオプリヌスは再び試験瓶に蓋をして、それをコートの内側へと大切に仕舞う。


「これで……黒匣ジンも問題は無い。ようやく……ようやく私の悲願が達成される……!!」


 先程とは一変して、目を細めてとても儚い表情を浮かべる。

 その目頭には涙が溢れそうになっていた。


「もう、すぐ、そこなんだ……」


 オプリヌスは零れそうになる涙を腕で拭い、テーブルに向く。

 テーブルには大量の資料や、本。そして、一枚の写真が置かれていた。


「……」


 写真を手に取り、優しく微笑みかける。

 そこには美しい女性と、オプリヌスが写っていた。


「もうすぐ……また君に会える。……決して誰にも邪魔はさせないよ。”シャーリー”」


 それは遠い日の思い出。失った幸せな日々を取り戻すべく、オプリヌスは再び運命をやり直す。

 どこまでも、深い哀しみに満ちたその表情で写真に映る女性の姿を愛おしそうに見つめていた。


「私は、”運命の歯車デウス・エクス・マキナ”を否定する……。失った希望を、私は諦めない。必ず取り戻す……!!」


 賢者の石は、いつの時代も。

 誰かを想う者の手に巡っていく。

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