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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
63/80

5話:不穏な二人

 フラウディーネという街は様々な木々や花々に囲まれており、まるで造園の中に作られたかのような印象を力強く受けるだろう。

 屋内から一歩外に踏み出せば、たちまち世界中に咲く花々が道路脇で歓迎をしてくれる。

 種子様々な花々はそれぞれに色が有り、交じり合いながら咲き誇るその姿はまさに虹色のように美しい。

 街に住む人々はずっと花に囲まれ、花と共に時間を過ごしてきた。

 美しい景色の中で育った住民達はとても心穏やで、水遣りや手入れはすっかりお手の物。

 そして四大国家の一つ、アルゴリストンへの通過地点に位置するこの街は、いつしか旅人達の間でこう囁かれるようになった。


 ――――虹色の花園。

 

 街の美しい景色と、それを幼少期から目に焼き付けて成長した職人達の作品。

 初めてこの地を訪れた者はさぞ驚かされたであろう。

 職人達は自分達が育ったこの街に強く思い入れがあり、街の外観を損ねないようにと建築するもの全てに熟練された業を用いていた。

 例え平凡な民家だろうと、建物全体が人工的に造られたつたや花などで覆われている。

 完成された匠の業は見る者を魅了し、いつしか有名な観光地として世界中にその名を轟かせる程になっていた。


「ふむふむ、確かに此処へ来るまでに見てきた建物は全て見事なものだった。やはりあれは相当な腕とセンスが必要だったか。フフ、なるほど。まさに匠の成せる業、と言うものというわけか」


 いつもと同じ服装でヘルメスは先程から姿勢良く椅子に座り、机に開いた状態で置かれた本を熟読していたのだった。

 両腕を組み、深く頷きながら微笑み関心していると。


「呆れましたわ……。このわたくしを朝早く呼び出しておいて貴女は一体何を読んでますのっ!」


「む!?」


 声を荒げる同期に気づいたヘルメスは何故か達観した表情で背後へ振り向き、得意気に本を差し出す。


「見てくれエルサリア。さっきそこの本棚でフラウディーネ完全攻略本なる物を見つけたんだっ!」


 これまたいつもと同じ服装で、積み重なった大量の本を震える両手で運んできたエルサリアが肩を震わす。

 エルサリアはまだ眠いと激しく拒否したにも関わらず、半ば強引に連れてこられ、すこぶる機嫌が悪かった。

 そして、極めつけにこれだ。


「他にも絶景が見れる穴場スポットの特集も乗っているみたいなんだっ! まったく……。この本の著者には恐れ入ったよ……。これでもかと詳細が書き殴られているっ」


「いい加減に……っ、なさいっ!!」


 瞳を輝かせ息を荒くしてページを再び開き、無邪気に興奮するヘルメスの姿にエルサリアは我慢の限界だった。

 両手に抱えていた大量の本を床へと投げ捨て、すぐさま床に両手を置き、青白い光を放出したかと思えば。


「なッ!? な、何て事をするんだッ!!」


 ヘルメスが手にしていたフラウディーネ完全攻略本を、頭上から降ってきた剣がテーブルへと無残にも串刺しにしてしまう。

 剣の材料としてコードが変換された床の一部は失われ、僅かな穴が生じられた。

 その様子を見ていた来客達は皆が言葉を失い、戦慄していた。

 同じくヘルメスもエルサリアの行動に表情を青ざめさせていく。

 エルサリアの常識を逸脱した行動は日常茶飯事ではあるが、ここは知恵の蔵ブックエンド

 世界各地から集められた貴重な本を閲覧できる世界一の大図書館であり、由緒正しき場所なのだ。


「ふんっ。たかが低俗な書物ごときで大袈裟ですわね。この程度の賠償なんてウェーランドの財を持ってすればお茶の子さいさいですわっ! おーほっほっほっ」


 豊満な胸の中心で両腕を組み、得意気に鼻を鳴らして高笑いをする世間知らずの小娘に周囲の空気は硬直したまま。

 ヘルメスは血相を変えて立ち上がり慌てて周囲を見渡す。


「と、図書館の床を剣にするなんて……っ! ば、バレットっ! バレットは居ないのかっ!? は、早くこいつを摘み出してくれっ!」


「まぁっ!? 何たる言い草ですのっ! あ、貴女がわたくしをこんな辛気臭い場所に連れてきたんじゃありませんのっ!!」


 私語厳禁の館内で騒ぎ出す二人の少女に対し、つい先程まで静かに読書を嗜んでいた人々もこれには流石に次々と声を漏らしていく。


「どこの田舎もんだ……? ここを何処だと思ってんだ……」


「いやいや田舎者だろうが図書館では静かにって常識は弁えてんだろ、それよりも……」


「あーあ、可哀想に……」


「館長の恐さを知らないみたいね……」

 

 ひそひそと二人の身を案じた声が囁かれる中、ヘルメスとエルサリアの口論は激しさを増していた。


「大体、何故このわたくしが”錬金術の指南”を貴女にしなくてはなりませんのっ!?」


「なっ、今朝は了承してくれたじゃないかっ! それに、どうせ休暇だと言っても特に友人と過ごしたり特別な予定なんて無かったんだろっ!」


「べ、べ、別に休暇を過ごす友人なんて才色兼備のわたくしなら朝飯前ですわっ! それよりもですわっ! 貴女っ! それが人に教えを乞う者の態度ですのっ!?」


「君にだけは常識がどうのと言われたくはないっ! あーっ、もうっ、これだから世間知らずのお嬢様は嫌なんだっ!!」


 珍しくヘルメスが相手を根本から否定するような発言をする中、負けじとエルサリアも暴言を次々と吐いていく。

 とても上品とは言えない発言の数々が飛び交い。

 顔を真っ赤にしてムキになったヘルメスとエルサリアは互いに額を押し当てて、それぞれ両手を鷲掴みにして取っ組み合いを始めていた。

 来客達が口元を掌で隠し、ハラハラしながらその様子を見守っていると。


「だぁッ!! うっせぇッ!! お前ぇらはガキかッ!? 図書館じゃ静かにしろって習わなかったのかッ!?」 


 館内に居る皆が言いたかったその言葉が館内に響き渡る。

 来客達は常識を説く者の登場にホッと胸を撫で下ろし安心した。

 静かな拍手を送る者や、深く何度も頷く者の姿も見てとれる。

 ようやくこれで図書館の平和が守られるはず。

 そして注意を促した者へ、皆が賞賛の眼差しを向けていくが。


「「……」」


 一瞬でその評価が取り下げられていく。

 無理も無かった。

 なにせ視線の先には――――


 机の上で両足を組み、苛立った表情を浮かべる銀髪の青年の姿があったのだ。

 

 誰もが思っただろう。

 お前はまず姿勢を正せ、と。


「たっくよぉ……」


 子供が読むような童話の絵本を片手に持ち、眉間にシワを寄せて鋭い牙をちらつかせてジンは文句を叫ぶ。


「もうちょいで森のクマ公とクソガキ共の誤解が解けそうな良いトコなんだよッ!! 邪魔してくんじゃねぇッ!! ぶん殴るぞッ!!!」


 ジンは暇を潰す為にたまたま手に取った童話の絵本にすっかり夢中となっていた。

 最初は幼稚な表現や物語を馬鹿にしていたが、ページを捲っていくにつれ自身の異変に気づく。

 幼稚でありながら、深い内容を含むその物語性に引き込まれていったのだ。

 いつしかページを捲る動作はどんどん早くなっていき。

 展開されていく物語に一喜一憂しながら続きが気になってしょうがなくなっていた。

 そして物語は終盤へと差し掛かっており、今は一番良い場面なのだ。

 ヘルメスとエルサリアにそれを邪魔され、絵本を片手に血走った眼差しを向けるジンの姿は想像以上に不気味なものだった。


「ジンっ、聞いてくれっ! 森のクマさんと子供達の誤解が解けるよりもまず優先すべき事があるんだっ! あろう事かエルは知恵の蔵ブックエンドで保管されている書物を剣で串刺しにしたんだっ! ほらあれを見てみろっ! 酷いだろっ? 何て世間知らずなんだっ!」


 串刺しになったフラウディーネ完全攻略本を指差しながらジンの肩を揺らして詰め寄るヘルメスと。


「せっかくジンが読書を愉しんでいましたのに、その邪魔をするだなんて最低ですわよヘルメス。そうですわっ! ヘルメスなんて捨ててこのわたくしのモノになりませんこと?」


 ヘルメスの反対側で左手で右肘を持ち、妖艶な笑みを浮かべながら口元を掌で僅かに隠すエルサリア。


「うっせぇつってんだろッ! 言い争いなら少なくとも外でしてろッ! いいから続きを読ませろッ! どうせお前ぇらには迫害されてきたクマ公の気持ちなんかわかりゃしねぇんだッ!」


 美少女二人が近距離に居るにも関わらず、ジンは正直どうでも良かった。

 それよりも、森のクマと子供達がこれからどうなるのかが気になってしょうがないのだ。

 森のクマに感情移入していたジンは無駄に熱くなっており、ヘルメスとエルサリアを両手で遠ざけていく。

 三人はすっかり本来の目的を見失い、大騒ぎを繰り広げていった。

 すると、来客の誰かが事務員に事の顛末を通報したのか、無数に存在する本棚の奥から一人の人物が慌しく走ってくる。


「ぜぇ、ぜぇ……。いやぁ~……困りますよお客様~」


 漆黒の警備帽の下には真紅の長髪、そして小さな老眼鏡の奥に映る鋭い朱色の瞳。

 囚人監視官を彷彿とさせる厳つい漆黒のコートと制服を纏う若い長身の男性の姿。

 眉を八の字に、頭の後ろに右手を置いて現れる。


「っ!? ……アンタ何もんだ?」


 男が持つ朱色の瞳は、ヘルメスとアリスが持つ解読眼デコード

 それに気づいたジンは思わず声を引きつかせてしまう。

 蒼いカラーコンタクト越しにその男を睨みつけた、机から両足を静かに下ろして身構える。

 いくら偽人ホムンクルスの特徴である金色の瞳を隠そうが、解読眼デコードで自身のコードを視られてしまえば構造が人間と異なる事がバレてしまうのだ。


「おい、エル。まさかこの方は……」


 ジンの不安を察したヘルメスは隠すように前に出て息を呑む。


「まさかも何も……このタイミング的にそうじゃありませんの?」


 つまらなさそうに両腕を組んでどこか偉そうな態度をとるエルサリアも堂々と前に出ていく。

 一気に静寂を取り戻した館内。

 まったく問題を起こしていないはずの来客達まで男が登場した瞬間、何とも言えぬ不穏な空気を察知して息を呑む。

 しかし、男は気にする素振りも見せず。


「おぉっと? 誠に申し訳ございません。ついつい名乗るのが遅れてしまいました……。ごほんっ」


 仰々しく片手を後ろに回し、深く頭を下げていく。


「僭越ながら、私は栄えある事にこの知恵の蔵ブックエンドの館長を務めさせて頂いております。名は――――”ジュリアス=シーザー”。ぜひとも以後お見知りおき願います」


 図書館の平和を守る者、本の番人、歩く書庫、整理の執行者、と。

 変人として様々な異名を持つ知恵の蔵ブックエンドの最高責任者。

 ジュリアス=シーザーは身分を明かすと不敵な笑みと共に顔を上げて歓喜に満ちた声を上げる。


「あぁっ! この日を……、貴女をどれだけ待ちわびた事でしょうかっ!」


 そして純白の手袋に包まれた右手で顔を覆い隠し、物思いにふけり始めたのだった。


「待ちわびていた……? それは……え? じ、自分をですか?」


「……どういう事ですの。貴女、この奇人とまさか知り合いでしたの?」


 待ちわびていた、その言葉はヘルメスに向けられていたのだ。

 ジュリアスは返答する事なく指の隙間から不適な笑みを浮かべ、戸惑いながら自身の顔を指さすヘルメスを今も静かに見つめていた。


「いや、まったく身に覚えが無いのだが……。ふむ、」


 当のヘルメスは皆目検討つかずにいた。

 何せ面識も無ければ、知恵の蔵ブックエンドの館長たる者が自分にわざわざ用件があるとも思えないのだ。

 だがこの時、ヘルメスは確かな何かを感じ始めていた。

 徐々に込み上がる不安と恐怖。

 負の感情は瞬く間に連鎖していき、藁にもすがる思いで躊躇い重くなっていた口を開く。


「あの、自分に一体――――」


 その時だった。

 ジュリアスは老眼鏡越しの瞳は大きく見開き、ある一点に気づいてしまったが為に表情を一気に青ざめさせ。


「ギ、ギィヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 甲高い金きり声で叫び館内を響かせる。

 ジュリアスは我を忘れ大粒の涙を流し、ヘルメスとエルサリアを押し退けて全力で”そこ”へと駆け寄る。


「な、何ですのこの変人はっ!? いきなりこのわたくしを突き飛ばしましたわよっ!?」


「そ、それより一体どうしたと言うのだっ!? わけがわからんっ、とにかくあまり刺激するような発言は止せっ!」


 予測不能な言動を繰り返すジュリアスにヘルメスとエルサリアが困惑していると。


「う、そ……だ、ろ……!?」


 真紅の髪を両手でぐちゃぐちゃにして大きく見開いた瞳に飛び込んだものは――――例のフラウディーネ完全攻略本の無残な姿だった。


「こんな、そ、ん、な……っ」


 目の前に写りこむ光景はジュリアスにとって殺人現場と同様だった。

 そして串刺しになった本は、愛する家族に等しいのだ。

 それを目にしたジュリアスの表情ときたら、それはもう見るに耐えない。

 あまりにも血の気が引きすぎて死人のように青ざめている。


「な、なんたる非道だッ!? も、もうこれは悪魔の所業だッ!! ほ、本がッ!? ほ、本がああああああああッ!?」


 本を串刺しにしていた剣を一心不乱にへっぴり腰で引き抜くと。


「うぉッ!? うわぁあああああああ」


 その衝動で大きく床に転げ落ちてしまう間抜けな様を披露してしまう。

 尋常ではないジュリアスの寄行にジンとヘルメスが互いに顔を見合わせて困り果てていると。


「まったく……。これ以上、このわたくしの前でふざけた行動は許しませんわよ。所詮は低俗な書物じゃありませんの……。一冊の本ごときで大袈裟ですわよ、弁償ならいくらでも」


 エルサリアがその滑稽な行動を一蹴してしまう。


「ごとき……っ!? だと……っ!?」


 涙を流したまま床を背にして倒れていたジュリアスは怒りと戸惑いの入り混じった表情で天井を見上げ、身体を震わす。


「ごときっ! ですわ。まったく……噂通りの変人ですわね。貴方、今の自分がどれだけ惨めな醜態を晒しているのかわかってませんの?」


 両手の甲を腰に当てながら威圧的な眼光でエルサリアが嘲笑うように見下していると。


「いい加減にしないかっ! 少しこっちに来いっ!!」


「な、何ですのっ!?」


 ヘルメスはすぐさまエルサリアの肩を掴んで引き寄せ、ジュリアスに背を向けて小さくしゃがみ込む。


「良いから黙って自分の言葉に耳を傾けろ」


 不服そうにムスッとするエルサリアにヘルメスは声を小さくして耳打ちをしていく。

 

「……あの本にも書いてあったんだが、どうも知恵の蔵ブックエンドは世界的に大変貴重な場所らしい。だからここで騒ぎを起こせば大問題に発展しかねない……。もう自分の言いたい事がわかったな?」


「はい? 相変わらず貴女って人はわかっていませんわね。このわたくしは、かのウェーランドの後継者ですわよ? たかだか図書館の館長ごとき恐れるに足りませんわっ!」


「こ、こら待てエルっ!? くっ……、何故そうやって無駄に事を荒立ててようとするんだ……っ」


 ヘルメスの警告を無視し、エルサリアは勢いよく立ち上がり再びジュリアスの元へと向かってしまう。

 藁にもすがる思いで緊迫した表情でヘルメスがジンに視線を向けると。


「む? ジン……?」


 先程までそこに居たはずのジンの姿は無く、いつの間にかこっそりと避難していたようだ。

 解読眼デコードを持つジュリアスに自身の正体を悟られぬ為だろう。

 

「とにかく今はエルを止めねば……っ」


 ジンの行方も心配だが、もはやこの状況でエルサリアを止められる者はヘルメスしか居ない。

 ジンの身を案じながら、この騒ぎが穏便に済む事だけを願いヘルメスもジュリアスの元へと向かう。


「その腰に携えた”宝剣”……、資料で読んだ記憶があります……。なるほど……。貴女はウェーランドの正当後継者でしたか……」


 涙で真っ赤に晴れた瞳に映る少女の左腰に帯刀されている剣にジュリアスは見覚えがあったのだ。

 そして床に倒れたまま先程引き抜いた剣に視線を移す。

 今も握っていたその剣は卓越された切れ味と完成度を誇る。

 

「私のような凡人ですら見ただけでわかります……。流石です、見事な剣ですね……」


 ジュリアスは揺らめきながら静かに立ち上がり、エルサリアの構築した剣を高く評価し、賞賛の言葉を送る。


「なるほど、多少は教養もありますのね。ほんの少しばかりは褒めて差し上げてもよろしくってよ?」


 その様をエルサリアは然も当然だとばかりに仁王立ちで見守っていた。

 得意げに鼻を鳴らしご満悦のようだが。


「しかし――――」


 エルサリアの逆鱗に触れる事態へと陥る。


「錬金術で構築されたこの剣には”職人の魂”が宿っていない。先代が打った剣には程遠く及ばず、まったくウェーランドの誇りを感じません……」


 残念そうに瞳を細め、ジュリアスは剣の完成度に対して両肩を落としてわかりやすく落胆したのだった。


「これでは贋作に等しいですね……」


 挙句の果てに握っていた剣を床に投げ捨て、懐に手を伸ばして羽ペンと分厚い手帳を取り出し。


「少しばかりお待ちください。えーと……――――稀代の鍛冶師ウェーランド。やはり現代において再興の見込みは無し、っと」


 記入していく文字をそのまま口にし、間もなく執筆が終わろうとしたその瞬間。


「う、うわぁああああああああ!?」


「キャーーーーっ!!」


 来客達が次々と悲鳴をあげていく。


「な……っ、か、館長早く逃げてッ!!」


「と、とにかく避けてくださいッ!!」


 ジュリアスに迫る脅威を次々と知らせていく。


「ちょ……これは洒落になんねぇぞっ!? 誰かあの娘を止めろっ!?」


「む、無茶言うなもう遅いッ!!」


 それを止めようと来客達は慌しく立ち上がり、床に大量の本を落としてしまう。

 静寂と平和に包まれていたこの知恵の蔵ブックエンドで、今まさに大事件が起ころうとしていた。

 禍々しい殺意がこの神聖な場所を犯し、穢そうとしていたのだ。


「砕け散れッ!!!!! ですわッ!!!!!」


 青白い光と共に、エルサリアが等身大以上のハンマーでジュリアスの頭蓋骨を粉砕しようと振りかざしている。

 その瞳には微かな涙を浮かべ、怒り狂った形相から放たれる殺意は疑う余地も無い。

 エルサリアはこのままジュリアスを殺してしまうつもりだ。

 そしてジュリアスといえば。


「……なるほど」


 決して逃げる事なく振りかざされるハンマーを静かに目に焼き付けていた。

 羽ペンと分厚い手帳を手にしたまま、その脅威を事細かに記録すべく一歩も動こうとしない。

 来客達はこの異常事態に、ただただ悲鳴をあげるだけ。

 しかし来客達を責める事などできない。

 フラウディーネに住まう人々は争いとは無縁の生活をしてきたのだ。

 一瞬にしてジュリアスの間合いに入り、大きなハンマーを振りかざすエルサリアを止める事など、この場に居合わせたごくごく普通の一般人には到底できない。

 だが、この場に常識を逸脱した者が一人居る事も忘れてはいけない。

 

「っ、そこをどきなさい……ッ!!!」


 鈍い金属音と、少女の微かな呻き声が聞こえてくる。


「どくわけ……ッ、ない……だろ……ッ!!!」


 ヘルメスが両手で漆黒の魔銃を盾にハンマーを押さえ込み、その重量によって膝を曲げて険しい表情で踏ん張っていた。


「いい加減にしろ……っ、エル……ッ!!!」


「っ!? くっ、こんの……ッ」


 全力でハンマーを払いのけると、構築者であるはずのエルサリアですらその重量に耐え切れずハンマーを床へと落としてしまう。

 その衝撃で凄まじい音が鳴り響き、床の一部を大破させてハンマーは埋まる。


「本当に苛立たしいですわ……ッ。このわたくしのハンマーですら壊せないだなんて……ッ」


 傷一つ無い魔銃と、ジュリアスの殺害を阻んだヘルメスを睨みつけて苛立ちを隠せずにいた。

 エルサリアは眉間にシワを寄せ、両手の拳を握り歯軋りを鳴らしていると。

 

「実に懐かしい……。実に不可思議な存在だ……。そして、実に興味深い……」


「っ!?」


 唐突な寒気が襲う。

 ヘルメスは背筋をゾッとさせ。険しい表情で慌てて振り向いた。

 するとそこには-――老眼鏡を怪しく光らせ、不気味に口元を吊り上げるジュリアスの姿があった。


「魔銃――――”モデル・ケルベロス”。冥界の番人を司るその異名、”遥か昔に開発された古代兵器”を再びこの目にする日が訪れるとは……。いやはや、本当に待ちわびた甲斐がありましたよ」

 

 右手に握られたその魔銃を興味深く観察し、両手を後ろで組み物思いにふけりながら静かに頷いている。

 ヘルメスも視線を魔銃に向け、聞き慣れぬその名称に対する疑問を口にしてジュリアスに視線を移す。


「ケルベロス……? 貴方は一体……。それに先程から自分がこの場に訪れる事をずっと待っていたような発言がありましたが、それはどういう事なんです?」


 ジュリアスはヘルメスの問いに対し、右手をそっと差し出し笑顔で答えていく。


「私は”彼女”との約束通り、ずっと貴女をお待ちしておりました。これから貴女は知られざる過去を知る事になります。さぁ、ご案内致します」


「知られざる過去……」


 言いようのない不安感に息を呑み、差し伸べられる手に躊躇して身構えてしまう。

 理解する事は難しく、立ち尽くす事しか出来ないでいた。

 すると。


「このわたくしを無視するだなんて……、一体何様のおつもりですの……」


 怒りの沸点が最高潮となったエルサリアが笑顔を浮か、身体を揺らしながら二人へと近づいてくる。


「エル――――」


 それに気づいたヘルメスが急いで止めに入ろうとするが。


「大丈夫ですよ、心配いりません」


「ちょっ!?」


 ヘルメスの肩をそっと掴んだジュリアスが笑顔で合図を送り、ヘルメスの静止を無視してエルサリアへと近づいてしまう。

 その距離が縮まると、ジュリアスはエルサリアに反撃される前に素早く何やら耳打ちをして。


「……っ!?」


 エルサリアを驚愕させ、一瞬にして正気へと戻してしまう。

 エルサリアは息を荒げ、鋭い眼光をジュリアスに浴びせながら真相を問う。


「っ、何故……っ、本当でしょうね……っ、も、もしもっ、自分の命欲しさにこのわたくしを騙そうとしているならきっと後悔しますわよ……っ」


「信じるか信じないか、この機会を活用するか無駄にするか。それは貴女自身でお決めください」 


 ジュリアスはコートの裾を翻し、再びヘルメスの元へと戻っていく。

 エルサリアの豹変ぶりは異常だった。

 先程まで本気で殺そうとしていた相手を前にすっかり大人しくなり、戸惑い立ち尽くしているのだ。

 ヘルメスの元へと戻ってきたジュリアスは告げる、これからの過去を。


「貴女方は運命の歯車デウス・エクス・マキナに導かれ、この日を境にそれぞれが求めるモノへと大きく近づく事ができます。何も恐れる必要や意気込む必要などありません。ただ流れに身を任せ、ただ”それ”を知るだけです。”原点オリジン”、全ての万物に原点ルーツは存在します、それを知る事で人は前に進み、近づく事ができるのです。さぁ、私と共に原点を探りましょう」


 ヘルメスとエルサリアはこの男を信用してはいない。

 だが、何故だろうか。

 ジュリアスの言葉は妙に二人の核心を突いてくる。


原点オリジン……」


 原点オリジンという言葉にヘルメスはいくつか心当たりがあった。

 まずは原点の式オリジンコードの存在。

 そして、真っ先に頭を過ぎったものは――――ジンの存在だった。  


「御託は宜しいですわ。早くわたくし達を案内なさい、貴方の処分はそこで決着をつけますわ」 


「そう言われましても、あくまで私は導くだけです……。そこから先は貴女達に委ねられますので保障しかねますが……」


 こうして呆気に取られる来客達を置き去りにして、嵐のように場を荒らすだけ荒らしてヘルメスとエルサリアはジュリアスに案内されるがままに過去と向き合う事になったのだった。

 神を愚弄する存在、錬金術師達は未知の体験を経て真相へと近づいていく。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その頃、知恵の蔵ブックエンドの外では更なる展開が起きていた。

 館内を出ると広大な芝生に囲まれた庭園があり、そこで人々は和気藹々と平穏に過ごしている。

 走り回り遊ぶ子供達や、木にもたれて眠りふける者、太陽の下で自然の空気を吸いながらのピクニック。

 平和でのどかな光景に紛れ、この場に相応しくない不穏な人物達が談合をしていた。


「しかし、驚いたよ……。まさかこの地で君に出会うなんてね……」


 物陰の片隅で、一本の大樹にそれぞれ反対側から背を合わせる二人組み。

 その内の一人は、黒髪の長髪を束ねており薄ら笑いを浮かべている。

 布でくるまれた細長く大きな得物を右肩に乗せた眼帯の美青年、バレットの姿がそこにはあった。


「まさかも何も考えるまでも無いわ。当然じゃない。相変わらずふざけた奴ね。殺すぞ」


「おー、恐い恐い……。殺気がだだ漏れだよ? やれやれ、何故こうも俺の周りの女性ってのは勝気なのが多いのかね……」


「ちっ」


 バレットの反対側で木にもたれるもう一人の存在は漆黒のローブで身を隠していた。

 気の抜けた発言ばかりを繰り返すバレットに舌打ちをし、苛立ちのあまり木から背を離してこの場を離れようとしてしまう。

 すかさずバレットは微笑みながら溜息を吐き、真意を引き出す。


「そうそう。今回の任務はもう終わりなんでしょ? しばらくお嬢はこの街に滞在するつもりみたいなんだ――――大変そうなら手を貸すよ」


 ローブに包まれた少女は立ち止まり、静かにバレットの元へ近づき。


「お前、あんまり調子乗るなよ。どれだけ周りがお前を評価していようがアタシには関係ないんだ……殺すぞ」


 身長がバレットの首元程の少女は右手を伸ばし、そのままバレットの首を締め上げる。

 それに対してバレットは余裕の笑みを浮かべ、どこから取り出したのかいつの間にか右手に握っていた小型銃の銃口を少女の眉間に突きつけていた。 


「ハハ、そんなに可愛いお手手で俺を殺すって? それはそれで本望だよ。でも、ロズマリアさんは決して黙っちゃいないだろうな……」


「お前……ッ」


 少女は怒り震える小さな手を離すと周囲に咲いていた花を蹴散らし八つ当たりを始める。


「くそッ! 何でお前なんかが……ッ、アタシの方が……ッ!!」


 バレットはそんな少女を見かねて周囲に視線を送り、近くに誰も居ない事を確認すると銃をコートに仕舞い話を戻す。


「……俺が悪かったよ、少し冷静になれって。”奴”を監視する事が君の仕事だろ? 首尾よくやってる?」 


 少女は動きをピタリと止め、バレットを睨みつけながら振り向く。


「当たり前だ……。あいつはもう完全にアタシを信用してる、既に尻尾も掴んだ。後は次に開催される”舞踏会”で一斉に下衆共を殺せば今回の任務は終わる。絶対にあの下衆共は許さないッ、アタシのこの手で殺してやる……ッ!! だからお前の力なんて必要ないッ!!」


「あっそ……。頼もしい限りだよ……。そうそう-―――」


 必要以上に突っかかってくる少女にバレットは苦笑いで頬を人差し指で掻きながら不安要素を告げる。


「ラティーバで不穏な連中と遭遇したんだけどさ、どうも特徴的に例の仮面の男と一致してるんだよね」


「まさか……」


 ヘルメスを追ってラティーバを訪れたバレットとエルサリアは四精霊の心エレメンタル・コアの前で謎の人物二人と遭遇していた。

 その内の一人は、今や不穏分子として警戒されている。


「そう。以前、ギリスティア王都に突如現れてオプリヌスの情報提供をして、今度はオプリヌスの護送を襲撃してきた例のイカれた男だ……。あともう一つ、これは新たな情報だ」


 仮面の男の側に居たもう一人の存在。


「まるで錬金術が発動した時に現れる青白い光に似た髪色をした男……。仮面の男とそいつは仲間みたいだ」


「……当然、既に報告してるんでしょうね?」


「一応、ね」


 バレットは木の根元に腰を下ろし、布で包装された得物を静かに地面に置いて暢気にふと空を見上げる。

 どこまでも広がる青い空、そこは争いとは無縁で白い雲が今も平和に流れていた。

 この景色を教えてくれたのは、エルサリアだった。


「一応って、お前……。どうも仮面の男と狂った錬金術師フェイクは繋がってるらしいのよ……。もしかすると、その青白い髪をした男がフェイクなのかも」 


 そんな事はどうでも良かった。


「正直、俺にとってどうでも良い話さ。ただ俺は俺の信念の元で動いてるに過ぎない。あとはお偉いさんらが何とかしてくれるんじゃないかな。ふぁ~……」


 戦場という戦場を駆け抜け、幾多の命を奪い血で穢れてきた男は、一人の少女に心奪われていた。

 そこに至るまで、数々の難題があったがそれら全てを経て、今ここに居る。

 今更、過去を振り返るつもりや、それが原因で起こるであろう今後の事など微塵も興味は無かった。 

 気の抜けた返事を繰り返し、大きな欠伸をして昼寝でもしそうなバレットの態度に少女はつい怒鳴ってしまう。


「ふざけるなッ!! お前程の男が……ッ、あの女のせいで随分と腑抜けたもんね……ッ」


「そうだね。お嬢にはどれだけ感謝しても足りない……。だから君もいつまでも”復讐”なんかに囚われてないでもっと自由に生きても良――――」 


 少女の殺意がバレットの口を閉ざす。

 誰しも何かしら抱えて生きている、だがこの少女は全てを背負い過ぎていた。

 それはあまりにも重く、今も少女は”目的”を果たす為だけに生きている。


「何を言ってるの? アタシは”あいつ”に全部奪われたのよ……? ようやく……っ、ようやく見つけたんだッ!!!!! この任務が終わったら絶対に……ッ!! 絶対にッ!!!」


 理性を失い両手で顔を覆って崩れ落ちる少女。

 膝をついて泣き叫ぶ少女にバレットは腰を降ろしたまま複雑そうな表情で問う。


「……本当に間違いないのか? とてもそんな風には――――」


「お前に何がわかるって言うのよッ!!!!!!」


 少女は大量の涙を零しながら木の根元に座るバレットの胸ぐらを乱暴に掴み怒り叫ぶ。


「あいつの、全部奪ってやるッ!!! アタシと同じように”全部”だッ!!!」


 息を荒げて叫ぶ少女の痛々しい姿にバレットは静かに目を伏せていき。


「……君の言動は危険だ。それこそ薔薇十字団ローゼン・クロイツを敵に回しかねないぞ」


 そっと少女の両手を払い、衣服を整えて立ち上がり。


「くれぐれも軽率な行動は止すんだな。一応、忠告だけはしておくよ。これから大きな山もあるんだろ? 私情を挟むならその後にするんだね……。自分を偽るのは得意だろ?」


 少女は地面に倒れこみ悔しそうに芝生を握り千切る。


「当たり前よ……そんなヘマはしない……。じっくり、時間をかけて……、絶望させて……、殺してやる……」


 恨み辛みを吐く少女に対してバレットは空を見上げて告げる。


「では、そろそろ私は戻りますよ。あまりお嬢の側から離れていると不安でしょうがないのでね」


 そんなバレットを少女は罵倒する。


「お前こそ嘘だらけじゃないの、誰も……本当のお前なんか愛しちゃくれない……」


「そうかもしれませんね」


 しかし、バレットの表情は-―――眩しい程に輝いていた。


「私もそう、思っていました。彼女に出会うまではね」


「っ、」


 そう言い残し、我が主の元へと軽やかな足取りで向かう。

 これまでの過去など何の意味も無い、それを学んだからこそ少女が哀れだった。

 そして、昔の自分のようには決してなって欲しくないという想いがあるからこそ、彼女を側で支えていこうと決意したのだ。

 少女との再会で嫌な過去を思い出してしまった、だが今では懐かしい昔話として苦笑いできる程度にはなった。

 庭園を進むと知恵の蔵ブックエンドの入口に着く。

 両手をコートのポケットに入れ、悠々と訪れるとそこには一人の人物が待ち構えていた。


「まったく……。偶然ですね。世間とは本当に狭い、貴方もそう思いませんか?」


 とても鋭い眼光と只ならぬ気配に思わず背筋が凍りそうだ。

 先程から離れたこの場所からずっとこちらを監視していた銀髪の青年に感想を述べるが。


「おいコラ、さっきから黒ローブの奴と何話してたんだよ」


 館内から外へと退避していたジンに一蹴されてしまう。


「あぁ、古い友人と偶然出くわしたものでつい昔話に花を咲かせていたんですよ。それよりジンさんこそこんな場所でどうしたんです?」


「お、俺の事はどうだって良いんだよっ。……どうもアンタは信用ならねぇ」


「心外ですね……。貴方とは良き友人になれると思っていたのですが……」 


「ざけんなよ……。アンタがヘルメスにとって危害がねぇって証明されるまで俺はずっと警戒してっからな」


 出会った時から常に敵意と警戒を続けるジンにバレットは眉をひそめて提案する。


「わかりました。そこまで仰るなら場所を移しましょう。そして親交を兼ねて食事でもしながらじっくりお話をしようじゃありませんか」


「ケッ、そりゃ楽しみだ。丁度腹が減ってた所だ。ついでにアンタの本性現してやんよ」


 こうして少女達を知恵の蔵ブックエンドに残し、青年達は場所を移すのだった。

 互いに新たな出会いと再開を果たし、過去と未来を進む。

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