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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
61/80

3話:悲報届く二人

 数年前、ギリスティアを震撼させた”とある事件”。

 太陽が昇る白昼に起きた堂々たる連続殺人事件は今も尚、人々の脳裏に深く刻み込まれている。

 事件は奇妙かつ不可解な点が多く、当時の捜査は難航を極めていた。

 犯人はまるで亡霊のように姿を眩ませては突然現れる。

 誰が最初に言ったのか、いつしか犯人を恐怖と畏怖を込めてこう呼ぶようになった。

 ”白昼夢の殺人鬼”。

 ”少女”は、確かにそう呼ばれていた。


「お姉ちゃん……。お姉ちゃんも……わたしをころそうとするの……?」


 少女は幼くして過度なストレスにより髪を白くなっており、腰まで伸びた手入れのされていない髪を揺らし、虚ろな瞳に涙を浮かべていた。

 血色も悪く、青白い頬に涙を伝わせ大人を見上げるその子供の姿はとても心痛むもの。

 それでも、情に流されてはいけない。

 全てはギリスティアの為、この少女の為。

 決して見逃すわけにはいかなかった。

 

「本当にすまない……。自分は……ッ、――――君の命を奪わなければならないッ」


 師より授かりし魔銃を握り、覚悟を決めて銃口を幼い少女に向けるヘルメス。

 ヘルメスの覚悟を感じたのか少女は涙を止め、花畑の中心で両手を広げて空を見上げる。

 身体中は傷だらけ、大量の血も流している。

 最初から生きる意味も、生きる希望も少女には無かった。


「お花……。とてもキレイ……。わたし、ぜったいにわすれない……」


 まるで心に刻むように、少女は静かに両目を閉じる。

 それに同調するようにヘルメスも魔銃を構えたまま同じく瞳を閉じた。


「自分もだ。……忘れてなるものか。君と一緒に見たこの景色を、絶対に忘れない」


 多種多様な虹色に輝く花々。

 美しいこの園で、残酷な結末を迎える。

 どうしていれば良かったのか。

 何が正しかったのか。

 それは誰にもわからない。

 思い返せば挫折や後悔など数え切れない程だ。

 ただ、ヘルメスは今も昔も変わらず迷うことなく信じ続けていた。

 自分を救ってくれた正義を――――

 



 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 銃声と刃の嵐は通り過ぎ、静寂の夜を迎えたフラウディーネ。

 月夜に照らされた花の街はとても幻想的で、穢れを洗い流すかのように優しく心撫でる。

 そして、何故かヘルメスは現在とある高級宿屋の大浴場にて羽を伸ばしていた。


「ふぅ~……。相変わらずわけのわからん奴だが……。フフ、こればかりは感謝せざるを得ないな」


 頭に折りたたんだタオルを置き、眼鏡は外しており、幸せそうに目を細めていた。

 誰も居ない大浴場の片隅でだらしなく両手を大きく伸ばす。

 豊かな胸をまるで風船のように浮かばせ、久方ぶりの開放感にとても気分を良くしていた。

 大浴場は貸し切られており、現在はヘルメス以外に誰も居ない。

 どれだけ足を伸ばそうと、ぶつかる心配の無いこの広い浴場に相当ご満悦の様子。


「それにしても中々可愛いデザインじゃないか」


 湯を吐き続ける趣味の悪いライオン像を見つめながら、ヘルメスは先程からずっと表情を緩ませていた。


「フフ」


 改めて幸せを噛み締めるようにヘルメスが静かに両目を閉じた途端。

 

「おーほっほっほーっ!」


 せっかくの気分を損なう笑い声が浴場に響き渡った。

 自然と眉間にもシワが寄ってしまう。

 ヘルメスは不機嫌そうに笑い声の元へ視線を向ける。

 すると、湯気で曇るガラス扉は勢いよく開き、一人の少女がタオルを身体に巻いた状態が姿を現す。


「貴女のような貧乏人では叶わぬ事も、このわたくしならば容易く実現できてしまうっ! 流石はわたくしっ! そして感謝なさいっ! ヘルメスっ!」


 左手を胸に置き、右手を綺麗に掲げて登場するエルサリア。

 いつもの二つに束ねられた灰色の髪は下ろされ、ヘルメスと同じぐらいの長さになっている。

 そして堂々と自慢のプロポーションを見せつけ、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「……今、君の顔を見るまでは感謝していたさ」


 ヘルメスは浴槽の端に両手を広げながら置き、不服そうに感謝を告げた。


「やれやれですわ……。せっかく貸し切りにしてあげましたのに何たる言い草でしょう」


 エルサリアはつまらなさそうにペタペタと大理石の床を歩いていき。


「ふぅ」


、身体に巻いていたタオルを解き、綺麗に畳んで台へと置く。。

 窮屈なタオルから解放された事により、ヘルメスとほぼ同じ大きさを誇る胸がこれでもかと揺れる。

 弾力のあるヒップも晒し、エルサリアはあられもない姿でシャワーの蛇口を手で回す。

 

「……」


 その様子をジッと見つめていたヘルメスは思わず溜め息を吐いてしまう。

 エルサリアの性格や普段の言動は問題だらけだが、今のように黙ってさえいればその美貌は女性すら魅了するもの。

 実に勿体無い、そう考えていたのだった。


「さて、」


 身体を洗い流し終えたエルサリアはふとヘルメスへと振り向き。


「……」


 無言でヘルメスの頭上に置かれたタオルを見つめ。


「別に真似っ子じゃありませんわ……」


 誰に聞かせるわけでもなく、小さく呟きながら口を尖らせ、同じようにタオルを頭に置いてつま先から静かに入浴していく。

 

「……」


「……」


 僅かに距離を離し、互いにぼんやりと天井を眺めていた。

 エルサリアが貸し切ったこの大浴場に他の者はおらず。

 二人の間に微妙な沈黙が流れていた。

 すると、エルサリアは天井を見つめたままそーっとヘルメスに近づいていくが。


「……?」


 それに気づいたヘルメスはそーっとエルサリアから逃げてしまう。


「……っ」

 

 エルサリアは天井を見つめながらチラッとヘルメスを見て再び近づいていく。


「……!?」


 だが再びヘルメスはそそくさと距離をとる。


「……ッ」


「……っ!?」


 エルサリがまた追えば、ヘルメスは逃げていく。

 この繰り返しは何度も続き、遂に二人は大きなこの浴槽を一周してしまった。

 周回を終えた所で、ようやく業を煮らしたエルサリアが勢いよく立ち上がる。


「な、な、何で逃げますのっ!?」


「そ、そっちこそ何で近づいてくるんだっ!?」


 顔を赤らめて理不尽に怒るエルサリアはヘルメスに理解できなかった。

 

「……っ」


 エルサリアは不機嫌そうに湯に浸かり、苛立った様子で黙り込んでしまう。

 再び妙な沈黙が流れ、趣味の悪いライオン像が湯を吐く音だけが浴槽に響くのみ。

 ヘルメスは壁を見つめてくつろぎながら、ぼんやりと口にする。


「……覚えているか? 自分との初めての任務の事を……彼女の事を……」


 この花々に囲まれた美しい街で何の因果か、運命の歯車デウス・エクス・マキナの導きによってエルサリアと再会を果たしたヘルメス。

 フラウディーネは、あの少女が一度は訪れたいと夢見た街だった。

 今回この地でエルサリアと再会を果たした事に運命を感じざるを得なかった。

 その意図を汲み取ったエルサリアは居心地が悪そうにヘルメスから顔を背けてしまう。


「……その話はお止めなさい。花も咲きもしない昔話をする程、わたくし達はまだ年を取っていませんわ」


 あの少女の事はエルサリアも鮮明に覚えていた。

 忘れたかったが忘れられなかった。

 それ程に二人の少女にとって、あの少女は特別で印象的だった。


「それもそうだな……。すまなかった……」


 あの時とは違い、涙一つ流さない。

 哀を失ったヘルメスはそう言って苦笑し、瞳を細めて会話を切り上げる事しかできなかった。

 その沈黙も束の間。

 今度は改めて確認を口にする。


「なぁ、エル。いくら休暇中とは言え、こうして自分と呑気にお風呂に入っていて良いのか?」


 本来ならばエルサリアはギリスティアの王従士ゴールデンドールとして、ヘルメスを捕まえなければならない。

 エルサリアは休暇を理由にそれを実行する所か、こうして貸し切りにした大浴場にヘルメスを招いている。

 普通なら口にする事を躊躇う質問だが、ヘルメスは特に気にしていなかった。

 何故ならば、ヘルメスはエルサリアという人物をよく知っているからだ。

 

「ふん。今度はつまらない質問をしますのね」


 二人はよく似ている。

 エルサリアもまた、ヘルメスと同じくギリスティアの王従士ゴールデンドール達の間では相当な問題児として認識されていた。

 その大きな理由の一つとして、エルサリアは気分次第で任務を蔑ろにする癖があるのだ。

 絶対自分主義、それは相手が誰であろうと変わらず、三英傑ゴールデンナイトですら頭を痛める程。


「何故このわたくしが久方ぶりの休暇だと言うのに働かねばなりませんの? 天地がひっくり返ろうともあり得ないですわ」


 休暇中のエルサリアは何があろうとも決して働かない。

 恐らく戦争が起ころうとも休暇を優先するだろう。

 それがエルサリア=ウェーランドという問題児なのだ。

 さも当然と言わんばかりに、両腕を組んで毅然とした態度を見せるエルサリアにヘルメスは呆れてこれ以上何も言えなかった。


「本当に変わらないな……。まぁ、そのおかげで自分も今はゆっくりできてるわけだが」


 両手を上に伸ばし、暢気な声を出してくつろいでいると。


「その台詞そっくりそのまま貴女に返しますわ……」


 エルサリアはヘルメスの身体をまじまじと見つめて皮肉めいた口調でそう告げた。


「な、何だ? あ、あまり人の身体をそうジロジロ見ないでくれ。恥ずかしいじゃないか……」


「何を同姓同士で恥らう必要なんてありますの? じゃなくて……」


 胸を両手で隠しながら僅かに距離を取るヘルメスに、エルサリアは言及していく。


「あれだけこのわたくしが構築した武器で負傷させましたのに……もう完治してますの?」


 刀剣や鈍器で傷つけられ大量の血を流していたヘルメスだったが。

 大分時間が経っているとは言え、今やその透き通る白い美肌は傷が塞がっており、既に完治していた。

 エルサリアの攻撃は決して浅くなどなかった。

 それ所か構築された武器の全てが高名な匠をも凌駕する代物ばかり。

 そんなもので傷つけられれば完治するには数ヶ月はかかる。


「その異常な回復力……。まったく。規格外にも程がありますわ。どういう身体の構造をしてますの?」


 ヘルメスの異常な回復力は昔から周囲の者達を驚かせていた。

 だが、その度にヘルメスは得意げにこう言ってきた。


「フフ、日々の鍛錬のおかげだ」


 誇らしげに笑みを浮かべながらそう説明するが、これで今まで納得された事など当然ながら一度も無い。

 ただ常識離れしたその身体能力に呆れ返られるだけだった。


「はぁ……。貴女と言い、あのジンという殿方にしましても人間離れしすぎですわよ。本当にわたくし達と同じ人間ですの?」


 あれだけ何発も銃弾を浴び、挙句に猟銃をまともに喰らいながらも平然と立ち上がったジンの行動にエルサリアは心底驚かされていた。

 常軌を逸脱したあの光景に考える事を諦め、両手を僅かに上げて首を横に振るエルサリアにヘルメスは黙り込んでしまう。

 まさか賢者の石を核として構築された偽人ホムンクルスで、どれだけ身体が破損しようとも賢者の石によって自動で身体が再構築される不死だとはとてもではないが言えない。

 ヘルメスが困った表情を浮かべて言葉を詰まらせているとエルサリアはそれに気づかぬまま続ける。


「はっ。大体、日々の鍛錬って何ですの……。何をどうすればそこまで人間離れした回復力を身に付けられますの? 貴女のような脳筋にはなりたくありませんけど、興味本位でそのような方法があるならば聞いて差し上げても宜しくてよ?」


「むっ」


 鼻を鳴らし、小馬鹿にしたその物言いにヘルメスは勢いよく立ち上がり、拳を握りながら腕を下に伸ばして子供のようについつい反論してしまう。


「べ、別に自分は脳筋じゃないっ! 決してっ! 乙女に向かって何て失礼なっ!」


 続いてエルサリアも立ち上がり両手を腰に当てる。


「あら? 物事を物理的に解決する事がお得意の貴女でも淑女としての心得がおありでしたの?」


「うっ、うるさいっ! うぅ……。じ、自分だって一応は乙女なんだ。それに錬金術だって扱えるようになってただろっ!」


 花畑での戦いで確かにヘルメスは錬金術を成功させていた。

 しかし、構築できたモノは物干し竿。

 どこからどう見ても立派な物干し竿だった。

 失敗以外に他ならない。

 結果、酷くエルサリアを落胆させていた。


「まぁっ!? あの程度で何を偉そうにっ! 何ですのあのふざけた固有式オリジナルコードはっ! あれこそわたくしを馬鹿にしているとしか思えませんわっ!」


「ふ、ふざけてなどないっ! 自分はいつだって真面目だっ! 人の努力をそうやって見下す発言をするのはエルの悪い癖だぞっ!」


 いつしか互いにヒートアップしていき、今では互いの胸を負けじと押し付け合う距離にまで達し、一歩も引かず睨み合いがしばし続く。


「……ポンコツ自称錬金術師」


「……友達0人錬金術師」


「貧乏筋肉女」


「金欲傲慢女」


「っ、言いましたわねっ!? 幸薄女っ!!」


「それは君だろっ! 自分は十分幸せだっ!!」


「な、わたくしは貴女の何百倍も幸せですわよっ!!」


「自分はその数千倍も幸せだがなっ!!」


「まったく幼稚ねっ! 脳へ渡る栄養が全部胸にいってるんじゃないのっ!」


「胸の事を言うならそっちだって同じぐらいの大きさじゃないかっ! どうした? 余裕が無くなってきたのか? 口調が素に戻っているぞっ! そっちこそ幼稚じゃないかっ!」


「う、うるさいですわっ」


 くだらない口論はこの後も長きに渡り続き、次第に二人は力尽きて息を荒げてしまう。


「ぜぇ、ぜぇ……。まったく、わたくし達、一体何をしてますの……」


「はぁ、はぁ……。同感だ、せっかくの、お風呂が台無しだ……」


 冷静になった二人はその場で静かに腰を下ろし再び湯につかる。

 顔を合わせればいつもこうしたくだらない争いを繰り広げてしまう。


「自分達はまるで成長していないな……」


 ヘルメスはまったく成長していない自分達に呆れ、溜息を吐いて呆然と天井を仰ぐ。

 すぐ側で同じく天井を仰ぐエルサリアは妙に真剣な表情となっていた。

  

「……ヘルメス。貴女、一応ですけど錬金術が扱えるようになってましたのね」


「……そうだな。”あれから”色々あった。少し前には師匠の下で錬金術も学んでいたんだ」


 ドルスロッドを離れてしばらくする。

 アリスの無事がわからぬまま、何故か今では謎の集団に狙われ、ギリスティアにも帰還できない状況。

 これまでの事を一つずつ思い出しながら、これから先に不安を抱き表情を歪めてしまう。


「その事なのですけど」

 

 少し間を置き。


「貴女……。もしかして何も知りませんの?」


 とてつもない胸騒ぎがする。

 ギリスティアを離れてから、国内で何が起きているのかも知らない。

 更にドルスロッドを離れてから新聞もロクに読めていない。

 今のヘルメスはあまりにも情報が少なすぎた。


「エル……君は何を知っているんだ……?」


 恐る恐る振り返ると、エルサリアはヘルメスを哀れみの眼差しで見つめていた。


「……テレスは――――」

 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 皆がくつろぎ、酒を飲み愉しむ中。

 静かなその場所で、緊迫とした声が響き渡る。

 

「それ……、本当なんだろうなッ!?」


 エルサリアに招待された高級宿屋。

 宿屋の中には酒場が設けられており、その片隅でジンとバレットは壁の近くに立っていた。

 酒を愉しんでいた周囲の客達はその険悪した雰囲気に注目して息を呑む。


「……落ち着いてください。他のお客様達が見てますから。それに、……私に怒りの矛先を向けるのは間違いじゃありませんか?」


 ジンは息を荒げてバレットの胸ぐらを掴み、怒りに身体を震わせて無意識の内に壁へと押し付けてしまっていた。

 衝動的に怒り顕となったジンはすぐに力を弱めていきバレットを壁から解放する。

 そしてすぐさま周囲の客達に危険な眼差しを浴びせていき。


「……ッ。……オイ。見てんじゃねぇよ……ッ」

 

 ドスの効いた声が静まり返った酒場に通ると客達はすぐさま二人から視線を逸らして再び酒を飲んでいく。

 

「いやいやお客様達を無駄に怯えさせてどうするんですか……」


 掴まれて乱れた胸ぐらを右手で正し、苦笑するバレットの平然とした態度はジンの怒りを逆撫でしてしまう。

 だがそれと同時に途方も無い罪悪感がジンを押し潰さんと襲い来る。

 その様子にバレットは溜め息を一つ吐き。

 襟を整え終えると両手をコートのポケットに入れ、やれやれと首を横に静かに振りながら壁にもたれ優雅に立ち振る舞っていた。


「ジジイが死んだってのは……っ。本当なんだろうな……っ」


「何度も言わせないでください……。ロズマリア=フローラとティオ=フラストス、この二名の三英傑ゴールデンナイトによる入念な調査の結果、死体はテレスさん本人だと断定されました。死体が偽装されている線はほぼ無いと言いでしょうね」


 何とも嫌な沈黙が流れてしまう。

 両手の拳を強く握り締め、顔を俯かせて肩を震わすジンの姿を静かに見守っていたバレットは一人納得したように右手の一差し指を口元に置き。


「ジンさんの様子から察するに……。ヘルメスさんとジンさんはテレスさんに無事、接触できていたようで。私はお嬢から聞かされていたのですが、ヘルメスさんはテレスさんをギリスティア王都に連れて来るようにと任務を与えられていたんですよね?」


「……」


 すっかりジンは表情を青ざめ、無言のまま地面を見つめてひたすら後悔していた。

 あのまま何事も無ければ、アリスが死ぬ事は無かった。

 ジンがあの村に訪れさえしなければ、フェイクが姿を現す事も無かった。

 全て、自分が原因だと責め続ける。


「……貴方達が滞在していたあの期間にドルスロッドで何が起きたのですか。凄まじい戦闘の痕跡と無残な遺体だけが残っているにも関わらず、テレスさんが殺害された事件現場に目撃者は誰一人居なかった……。とても人間業とは思えない。それに、ドルスロッドを最後にヘルメスさんは消息を絶ち、今では強制送還の命まで下る始末です」


 もはや尋問である。

 余裕の笑みを浮かべながらバレットは鋭い眼光でジンの微かな反応や挙動を逃すまいと、事件の真相に迫ろうと質問を続けていく。


「正直な話、テレスさんの死を皮切りにここ最近になって不可解な事件が多すぎるんですよね。……この街に訪れるまでに通過した四大国家の一つラティーバもそうです。大掛かりな錬金術による被害であろう悲惨な光景を我々は確認しました。ですが、国王を含め誰一人としてその事を口にしませんでした。……貴方達は何か知っている、そうじゃありませんか?」


 テレスの死を聞かされてから沈黙を続け、まったく会話が成り立たないジンの様子にバレットは僅かに不機嫌そうな表情を初めて見せ、壁から背を離すと出入り口に視線を向けてこの場を後にしよう動き出す。


「やれやれ……。私は今回の一連の流れで貴方達が大きく関わっている事は間違いないと踏んでいます。貴方が何も話さないならヘルメスさんに聞くまでです」


 これ以上は時間の無駄だと悟り、バレットはまた一歩前に踏み出す。

 ヘルメスの元に向かうつもりなのだ。

 何故、彼がそこまで一連の事件の真相に近づこうとしているのか誰にもわからない。

 ただバレットはありとあらゆる方法で尋問に挑むつもりでいた。


「……?」


 その矢先、バレットは足を止めてしまう。

 いや、正確には左肩を背後から掴まれ、そこから動けなくなってしまっていたのだ。

 あからさまな取り繕った笑顔で振り返ると、凄まじい形相で睨むジンが居た。


「恐い顔でそう睨まないでくださいよ。私に何か用でも?」


「ヘルメスに近づくんじゃねぇ……ッ」


「……どれだけ凄もうと私には無駄ですよ。しかし、他にも気になる事がありましてね。貴方とヘルメスさんがどのような縁で共に行動するようになり、どのような関係になっているのか。実に興味深い。ジンさんがそれを話して頂けるなら私も手間が掛からずに済むのですがね」


 ジンの左手を軽く払い、笑顔を絶やさず正面に向き合いコートに両手を仕舞うバレット。

 それを睨み続けてズボンのポケットに両手を仕舞い、顔を近づけて凄みを増していくジン。


「俺らの関係なんてアンタに関係あんのかよ? 大体、テメェみてぇな危険な野郎がヘルメスに軽々しく近づくんじゃねぇよ。よぉく覚えとけ銃野郎……。ちょっとでもあいつを苦しめてみやがれ……ッ、絶対に喰い殺しやるからな……ッ」


 その気迫と言葉は真に迫るものだった。

 それでもバレットは――――


「それとは別件で。銃弾で撃たれようとも立ち上がる――――不死とも捉えられるその身体」


 笑みを絶やさず淡々に続ける。


「どういう仕組みなのか、はたまた錬金術によるものなのかはこの際置いておき。あの無茶な戦い方……。貴方は――――死が恐ろしくないのですか?」


「あぁん……? まるで俺なんて簡単に殺せるって言い方じゃねぇか。んな脅しこそ俺には通じねぇぞ」


 バレットは右目の眼帯を抑えながら表情を曇らせる。


「なるほど……。貴方は私をそのように評価してくれているのですか……」


 見当違いのジンの言葉を否定し、その異常さを指摘する。


「私はまるで道端に落ちるゴミのように……、無様な死に様を他者に見られると思うだけで恐怖します。自身の志が夢半ばに途絶え、ただの肉塊として終えると思うと戦慄します。これが普通ならば抱く死というもの。ですが貴方の戦い方はそれを一切感じさせなかった。死への恐怖が完全に欠落していました。素直に賞賛しますよ、とても常人では到達できない域に達しています。ですが――――」


 真剣な表情でジンを見つめ、まるで咎めるような口調で。


「――――果たしてそれは貴方の側で戦うヘルメスさんも同じなのでしょうか?」


 今日出会ったばかりの人物にそう指摘され、思わずジンは面を喰らってしまう。

 何故ならば、以前にも同じ様な事を実はアリスにも指摘されていたのだ。

 ジンは当時の事を振り返る。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 それはヘルメスとエリーゼが買い物に出払い、病院で留守番をしていた時だった。

 いつものように些細な言い争いが原因で死闘にまで喧嘩は発展し、ジンとアリスは互いに息を荒げて床に倒れこんでいた。


「くっそ、はぁ、はぁ、クソジジイが……っ、女は胸が全てだろうが……っ」


「ぜぇ、ぜぇ、だからテメェはクソガキなんだよ……っ、乳離れできねぇが為に尻の魅力がまったくわかっちゃいねぇ……っ」


 女性の最大の魅力は胸か尻か。

 ひょんな事から繰り広げられた論争は次第に卓上では決着が付かず、拳と拳のぶつけ合いで決着する事に。

 実にくだらない男達の主張は室内を大乱闘で包み、大破させていた。


「つか……どうすんだよこれ。またヘルメスが騒ぎ出すぞ」


 強盗が押し寄せた方が遥かにマシな程の被害に気づき、ようやく冷静になったジンが僅かに反省の色を見せて天井を仰いでいると。


「がっはっはっはっ! 馬鹿野郎が。愛しの妖精ヘルメスにはちゃんと拳による肉体言語は基本中の基本だと教え込んでる、んなぐれぇで怒りゃしねぇよ」


 青あざで顔を盛大に晴らし、大の字に床に寝ていたアリスは豪快な笑い声と共にジンより先に立ち上がり、かろうじて破損していなかった椅子を起こして座り込む。

 勝者の笑みを浮かべ、堂々たるその姿とタフにジンは感服していた。

 流石はヘルメスの師匠と言うべきか、喧嘩の最中にアリスは錬金術を一切使用していなかったにも関わらず。

 アリスは何度もジンを殺してはダウン数を奪い続けたのだ。

  

「ケッ……。本当に人間かよアンタ……。実は怪物の子供でしたってオチとかねぇの?」


「あぁ? もっぺん殺すぞ。テメェが雑魚いからってあんまり失礼な物言いしてんじゃねぇぞクソガキ」


 ジンも遅れて立ち上がるが、破損していない椅子が見つからず結局壁を背に床に座るしかなかった。

 不満そうに愚痴を零すジンの姿にアリスは大きく足を開き、両腕を組みながら豪快な笑い声をまたあげる。


「がーはっはっはっ! テメェの戦い方には無駄な動きが多すぎんだよ! んな戦い方してっからいつまで経っても俺様に勝てねぇんだよ!」


「あん? 俺の戦い方に無駄があるってどの辺だよ。俺は常にアンタを殺すつもりで全力出してんだぞ……。問題あんのはアンタの異常な身体能力の方だろうが……」


「はぁ~~~……」


「うっぜぇ……」


 アリスは腹が立つ程のあからさまな大きな溜め息を吐き捨て、ジンを苛立たせた。

 そして勢いよく人差し指を突き差し。


「テメェ、本当にわかっちゃいねぇな。脳みそ空っぽか? えぇ? 寛大なる俺様が助言してやっから涙流してよぉく聞いとけ」


「偉そうに……」


 完全に馬鹿にしきった口調にジンはあぐらを掻いて右腕で顎を押さえながら不貞腐れてしまっていたが。

 それでもアリスは助言という名の警告をジンに与えていた。


「テメェはその不死の身体が故に無意識の内にその特性に頼りきっちまってんだ。どうせ俺は死なねぇ、どうせすぐに再生するって馬鹿みてぇに思っちまってる。だから本来なら避けれる攻撃ですらテメェは避けねぇ。避けるよりも真っ先に相手を倒す事を馬鹿みてぇに良しとしてやがんだ。危険を顧みずテメェは馬鹿だからそれが効率良いとか思ってるみてぇだが、良いか? ……そいつは間違いだ。今のテメェの左腕見てみろや。その馬鹿みてぇな思考が招いた結果がその様だろうが。いくら賢者の石を核として構築された不死身の偽人ホムンクルスだろうと例外なんてこの世界にゃ山程あんだ。もっと危機感を持て、そして死に対して恐怖を抱け。それだけで無駄な動きは少なくなる、その分そんだけリスクも減るってもんだ。取り返しのつかねぇ事になってからじゃ遅ぇんだよ。……テメェがもうただの殺人人形じゃねぇって言うならそれをだな――――」


 先程からジンが大人しいと思えば長い話に飽きたのか、そのまま眠りふけっていた。

 惰眠を貪るジンの前で、アリスは仁王立ちとなり鬼の形相で両手の拳を鳴らてその様子を見下ろす。


「この俺様の有難い言葉をガン無視とは良い度胸じゃねぇか……。えぇ……? こんのクソガキ……ッ!!!」


 この後、アリスの拳骨により大乱闘は再開された。

 しかしジンは眠ってなどいなかった。

 あまりにも正当かつ適確な助言が癪に障り、つい寝たフリをしていただけだったのだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 そして現在。

 アリスと似たような台詞を口にしたバレットの質問にジンはようやく口を開いた。


「意味がわかんねぇ事ばっか並べやがって。ヘルメスが同じかどうかって……どういう意味だよ」


 花畑での戦いを通してバレットは感じた事をそのまま述べていく。


「いや、ね? 先程も言いました通り、私も含め本来ならば死というものは恐怖の対象でしかないものです。しかし貴方は死すら恐れぬ精神をお持ちのようですが、果たしてそれは側で戦っているヘルメスさんも同じなのかと私は言っているんですよ」


 改めてジンは考えさせられる。

 側で戦うヘルメスは常人を遥かに凌ぐ身体能力を持ち、とても心強い存在だ。

 しかし、根本的に違うのだ。

 ジンは不死身の身体を持ち、死とは無縁で損傷した身体すら賢者の石ですぐに再生される。

 だが、いくら驚く程の回復力を持つヘルメスとは言え不死身というわけではない。

 身体が傷つけば当然、完治するまでに時間を要するし、それまで痛みは続く。

 心臓が損傷すれば死んでしまう脆い人間なのだ。


「貴方の無茶な戦い方は知らずのうちにヘルメスさんを危険に晒しているという事です」


 ようやくジンは理解し始めていた。

 今までの自分の行動を思い返し、そのせいでヘルメスを危うく傷つけてしまっていたかもしれないと。

 反論などできず、今はただ耳を傾ける事しかできない。


「お嬢の従者として、私は自分の命を守りながらお嬢が戦いやすい環境を整えるよう最大限に尽力を努めます。ですが貴方の場合、それが見受けられない。まぁ、我々の関係性と貴方達は当然違いますし、貴方のような方に合わせる事ができてしまうヘルメスさんにも問題はあるのでしょうがね」


 バレットはそう伝え、ジンに背を向けて歩き出す。


「ですが、これだけは断言できます。本気になった我々を相手に、貴方達程度の連携では勝つ事は不可能ですよ」


 去り際にそう言い残すバレットに僅かな違和感を感じつつ、ジンは悔し紛れに叫ぶのが精一杯だった。


「おい! ちょっと待てテメェ! 散々好き放題言いやがて! ヘルメスの所に行くつもりか!」


「はは、ご安心を。先程はあぁ言いましたが、やはり貴方を怒らせると厄介ですからね。しばらくはお嬢と同じく大人しくしておきますよ」


 信じて良いものか悩んだ末、その言葉を素直に受け入れ、惨めな気持ちで一人酒場に残されたジンは苦悩していた。


「どうする……アリスの死を伝えてあいつが正気を保ってられるわけがねぇ……」


 アリスの死を報され、ヘルメスが知ればどのような行動に出るか不安だ。


「それにあの銃男……一体何者なんだ……」


 そしてバレットの存在が一層不安を煽る。

 異様な気配を感じるあの男、かと思えば今のように助言めいた発言をしてきた。

 エルサリアよりも注意すべき危険な存在だと胸騒ぎが収まらない。

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