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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
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2話:因縁の二人

 まだヘルメスが王従士ゴールデンドールとして経験が浅く。遠い日の記憶。

 いつも雑用ばかりの日々、任務らしき任務など与えられなかった。

 そして、しばらくしたそんなある日。

 遂に、ヘルメスの努力が評価されたのか初任務が与えられた。

 それは”とある事件”の真相を掴むというもの。

 だが、ヘルメスは事件に巻き込まれ人を生まれて初めて殺めたのだった。


「クク、おめでとうございます。これでもう引き返せませんね。貴女の手はすっかり穢れてしまった。これからも貴女は愚者へいかを信じ、”偽善せいぎ”を信じ、今のように幾多の悪を裁き続けるのでしょう。ただ命じられるがままに、”人形ゴールデンドール”であるが故に。その先が狂気への入口だとしても、ね。」


 ”少女”の血で真っ赤に染まった自身の両手をただひたすら見つめ、身体を震わし硬直するヘルメスに容赦の無い言葉が飛ぶ。

 部下であるオプリヌスは、そう嘲笑ったのだ。

 そして。


「このわたくしにあれだけの啖呵をきっておいて……ッ! いつまでそのような醜態を晒すつもりですのッ!!」


 ヘルメスの初任務に同行していたエルサリアは憤怒していた。 

 少女を殺めるかどうかの激しい言い争いの末、決闘までしたのだ。

 全身全霊、その誇りと命の全て賭けて挑んだヘルメスとエルサリアだが。

 痛み分けという苦汁を味わう結果となった。

 だからこそ、今のヘルメスの醜態は許せるものではなかった。


「エル。オプリヌス。……一人にしてくれ。今の自分は、とてもじゃないが……正気を保ってなどいられない……」 


 その瞬間、エルサリアの身体中が燃え上がる業火のように熱くなり。


「ふざけるんじゃありませんわッ!!!!!」


 気がつけばヘルメスの胸ぐらを乱暴に掴みかかっていた。


「……」


 だが、ヘルメスは涙を流したまま虚ろな眼差しのまま反抗する気配を見せない。


「……ッ!! 潔くこの現実を受け入れなさいッ!! ”運命かみ”を呪いなさいッ!! これがッ!! これが貴女の追い求める”地獄りそう”の正体ですわッ!!」


 ヘルメスが殺めた少女は、真っ赤な血で彩られ、壊れた美しい人形のように地面で横たわる。

 その姿は決して忘れられない。

 そして結果は変わらない。

 何故ならば、ヘルメスは今も昔も信じている。

 愚者へいかを、偽善せいぎ地獄りそうを。


 ヘルメス=エーテルは――――根本から狂っていた。


 例え自身が信じる全てに裏切られようと、その命を失おうとも、ヘルメスは変わらないだろう。

 だが、いずれ巡り会う。

 まるでそれはお伽話のように。

 姫を救う白馬の王子のように。

 彼の存在により、ヘルメスは――――呪縛から解き放たれる。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 花の街フラウディーネ。

 平和なこの街に、争いを運ぶ二人の男女。

 無数の刃と共に現れた真紅の錬金術師エルサリア、右目を眼帯で覆う従者バレット。

 嵐のように訪れたエルサリアは静かな殺気を纏ったまま、ヘルメスとジンを戦いの場所へと誘う。


「ふぅ……、ですわ」


 しばらくすると先頭に立つエルサリアは足を止め、同時に三人の足も止まる。

 これから戦地と化す人気の無い、美しい花畑へと到着したのだ。


「さぁっ! ここならば貴女も存分に暴れられるでしょうっ! まったく……。これで文句ありませんわね?」


 気配を敏感に探り、周囲を見渡すヘルメスとジン。


「……ジン」


「確かに。どうやら他に気配はしねぇ。……ここなら存分にやり合えるだろうぜ」


 エルサリア達から逃げ出そうと思えば逃げ出せたかもしれない。

 だが、ヘルメスは頑なにそれを実行しようとはしなかった。

 すぐ側でずっと見てきたジンだからこそわかるヘルメスの強い決意。

 言葉を口にせずとも、ヘルメスの考えが何となく肌で感じる事ができていた。

 だからこそジンは暴れる素振りも見せず大人しくヘルメスと共にここまでやって来たのだ。


「ありがとう。そして、すまない……。自分が原因でジンまで巻き込んでしまった……」


 敢えて何も言わず、ジンは共に足を運んでくれた。

 その行動がヘルメスは心底嬉しかったと同時に、申し訳ない気持ちで一杯だった。

 とてもか弱い笑顔で礼と謝罪を告げる少女。

 ジンはそんなヘルメスの正面に立ち、向き合うと鋭い牙を光らせてニッと微笑み。


「うっせぇよ」


 ヘルメスの頭の上に左手を乗せ。


「今更すぎんだろ」


 必要以上に余計な言葉は並べない。

 例えその意味をヘルメスが履き違えていようと、理解していなくても、ジンは構わなかった。

 ただ、そこに居る。

 そう決めたのだ。

 ジンはとても穏やかに静かな笑い顔を浮かべ、ヘルメスの頬をそっと撫でてやる。

 その時。


「あ、ありがとう……?」


 またしてもヘルメスの心臓は高鳴り、身体中が妙に火照って熱くなっていく。

 ドルスロッドをジンと訪れて以降、稀にこのような現象が起こる。

 自分自身の事ながら、未だ原因がわからないこの現象に戸惑いを見せ。

 奇妙な感覚に陥ったヘルメスは、僅かに頬を染めて俯いてしまう。


「さて……」


 前髪を垂らし表情を隠すヘルメスを他所に、ジンは真剣な表情となり、振り返ると静かに一人の人物を睨みつけた。


「あの女も相当やるみてぇだが……気ぃつけろよ。あの男は何しでかすかわかったもんじゃねぇぞ」


 一切隠す事なく殺意を周囲に振り撒くエルサリアとは対照的で、闘志や殺意などまったく感じさせないバレット。

 とても物腰が柔らかく、誰よりも冷静な雰囲気を持つ彼だが。

 その感覚がとても気持ち悪かった。

 ジンは潜在的にその奥に潜む怪物の匂いを察知していたのだ。


「……酷い言われようですね。ご心配なく。別に伏兵や罠なんて仕掛けてませんよ」


 街から少し離れたこの場所は、一面に花が広がり。

 建物や人の気配は一切なく、一般人を巻き込む心配も無い。

 勿論、伏兵や罠なども見当たらない。

 布でくるまれた細長く大きな得物を右肩に乗せるバレットは静かに辺りを見渡し、人の気配が無い事を掌で示し、改めてジンに確認させる。


「……呆れましたわ」


 先程からヘルメスとジンの疑り深い言動に苛立っていたエルサリアが両腕を組みながら口を開く。


「このわたくしが小細工を要するとでも? せっかくお膳立てしてさしあげたにも関わらずまだ不服だと言いますの?」


 ここでヘルメスは顔を上げ、未だ頬を染めたままジンのシャツの裾をぐいぐいと掴み。


「お、恐らく大丈夫だ。エルは……その、と、とにかくそういう事はしない」


「そうかよ。つか、お前ぇ……何か変だぞ?」


 何故かそわそわしながら視線を合わそうとしないヘルメスに違和感を抱きつつも、ジンはその言葉を信じ、前方の敵二人の姿をしっかり捉えて集中力を注ぐ。

 その様子を傍観していたエルサリアは深い溜め息を吐き。


「……どこまで貴女はおめでたい思考回路をしている事やら。自分が置かれている現状がまるで理解できていないようですわね」


 腰に両手を当て、自慢の大きな胸を張り、どこまでも偉そうな物言いをするエルサリア。


「むっ」


 突然、ヘルメスは荒々しくリュックをその場に置き、ツンっとした態度でエルサリアの正面へと向く。

 これまた珍しい反応を見せるヘルメスだったが。

 気になったのは、自分が置かれている現状というその発言。

 仰々しく右手で風を切り、声を荒げる。


「エル、やはり君は自分を追ってきたのだな! しかし何故だ! 教えてくれ! 今、ギリスティアはどうなっているんだ!?」

 

 事態をまったく理解していないその言動に、エルサリアはほとほと呆れ。

 怪訝な表情を浮かべる。


「本っ当に呆れましたわ……」


 そしてコートの内側から、一通の手紙を手際良く取り出すとそれを広げていき。


「一体どこまでおめでたいのかしら」


 右手で手紙の書面を叩きつけるようにヘルメスへと見せつけた。


「――――ヘルメス=エーテルを捜索し、ギリスティア王都へ連れ帰れっ!! このような要請がギリスティア全王従士ゴールデンドールに通達されてますのよ? 貴女、今度は一体どのようなヘマをやらかしましたの……? これは異常な処置ですわ」


 目を疑うヘルメスだったが、文章を何度見返した所で無駄だった。

 更に書面の最後にはロズマリア=フローラの名と印が押されている。

 紛れもなく、それは本物だった。


「……っ、やはり……ジンや師匠が言っていたように……っ、既にギリスティアは……っ」


 ギリスティアを内部から蝕む存在、薔薇十字団ローゼン・クロイツ

 この措置も、その者達によるものなのか。

 事態はヘルメスが考えていた以上に深刻なのかもしれない。

 ヘルメスは理解できぬまま進む展開と、祖国の危機に言葉を詰まらせてしまう。


「それに――――」


 訝しげにエルサリアは先程から気になっていた事を口にし、視線をその対象へと移す。


「てっきりわたくしは”まな板娘”も共に行動していると踏んでいたのですけど……。さも当然のように先程から居るそこの貴方。一体誰ですの?」


「あん……? 俺か?」


 今更の質問にジンは人差し指で自身の顔を指し、ヘルメスに視線を向けるが。


「本当に……ギリスティアが……」


「おいおい……。たっくよぉ……」


 身体を硬直させ、冷や汗を流すヘルメスはそれ所ではなかった。

 ジンは面倒臭そうに仕方なくヘルメスの前に出て、大きな声で叫びながら宣言する。


「よくわかんねぇが……。ヘルメスに危害を加えようってんなら――――俺はアンタらの敵だッ!!!」


 あまりにも潔い宣言にエルサリアは思わず面を喰らって言葉を失うが。

 バレットだけは爽やかな笑顔を浮かべながら拍手を送り、ジンを賞賛する。

 

「素晴らしい! 何とも爽快な方だ! ハハ、そうですよね……。ヘルメスさんを連行しようとする我々にとって、貴方は確かに敵でしかないです――――てっ!? い、痛いですってっ! お、お嬢っ!?」


 敵に向けて拍手と賞賛を送るバレットのわき腹に鋭い肘鉄が飛び込んだ。

 わき腹を抱え地面にうずくまるバレットを放置し、エルサリアは胸を強調するように両腕を前で組み、ジンを睨みつけて微笑む。


「なるほど。おーほっほっほっほっ! ……つまり、このわたくしの敵だと自ら認めますのね?」 


 某まな板娘ならば泣いて逃げ出すであろう殺気を浴びつつ、エルサリアは心躍らされていた。

 

「最近、退屈で歯ごたえの無い任務ばかりで嫌気が刺してましたの。せいぜいわたくしを愉しませてくれる事を願ってますわ。……ね? 銀髪の貴方?」


 常人ならばその笑みに背筋が凍る思いをするのだろう。

 だが生憎、ジンは常人どころかバケモノだ。


「ケッ」


 臆する所か、ヘルメスを守るべく両手をポケットから出して構え、闘志を燃やしていた。

 そして、チラリとヘルメスに視線を向ける。


「……おい。いつまで考え込んでんだ。どうせお前ぇは馬鹿なんだからどんだけ考えてもしょうがねぇだろ」


 その言葉にようやく混乱していたヘルメスはジンの顔を見上げて反応を示す。

 しばらくジンを見つめていると、とても心強く、何故か安心できた。

 そう、悩む必要は無いのだ。

 これから何が起ころうとも、ジンが側に居てくれる。

 逞しい笑みを浮かべるジンに、ヘルメスはようやく微笑み返す事ができた。 


「馬鹿とは……、言ってくれるじゃないか……。フフ」


 いつもの凛とした表情が戻っていた。

 邪念を振り払うようにヘルメスは両手で自分の頬を叩き、気合いを入れ直して開き直る事に。


「そうだ、ジンの言う通り。自分は……馬鹿だっ! 難しい事はよくわからんっ!!」


 颯爽と眼鏡を外し、コートの内側に仕舞い。


「だからこそ改めて先に謝っておこうっ!!」


 ホルスターから魔銃を素早く取り出して構える。


「すまないがエル――――」


 銃口の先をエルサリアに向け、息を大きく吸って全力で吐き出す。


「自分はまだギリスティアに戻る事はできないッ!!! 今回は勝たせてもらうぞッ!!!」


 エルサリアとバレットの実力をよく知るヘルメスはそれが容易でない事は承知の上。

 それでも、そう声高らかに宣言する。

 瞳に迷いは無く、不安も消え失せていた。

 すると、複雑そうにバレットは苦笑し。


「やれやれ……、今回は特に嫌な仕事になりそうですね。あぁなってしまったヘルメスさんは手強い……」


 その前に意気揚々と立つエルサリアは子供のように瞳を輝かせていた。


「そう来なくてはつまらないですわっ!! 流石はヘルメスっ!! 全力でわたくしを愉しませなさいっ!!!」


 殺意が合わさった満面な笑みを浮かべ、嬉しそうにそう叫び、待ちきれないとばかりに両手を広げ、青白い光を輝かせる。

 次の瞬間、せわしなく地面に両手を置いたかと思えば、大きな光を両手に纏いながらヘルメスに向かって跳び出る。

 開戦の幕は上がった。


「あぁん!?」


 ジンはエルサリアの両手に着目し、側のヘルメスに慌てて振り向く。


「おいっ、あの一瞬で構築を終えやがったぞ。まさか固有式オリジナルコードか?」


 エルサリアの両手にはいつの間にか構築を終えた二本の剣が握られていた。

 あまりにも一瞬だった。

 驚きの現象を目の当たりにしたジンは、剣を瞬時に構築する事ができる固有式オリジナルコードなのかと考察するが。


「違うっ! あれはエルだからこそできる芸当だっ! 彼女の固有式オリジナルコードはもっと厄介なも――――」


 慌てて解説していくヘルメスだったが。


「このわたくしを前に、お喋りだなんて――――失礼しますわっ!!」


 錬金術で構築された二本の剣は、どれも名高い匠によって鍛えられた剣のように切れ味は抜群。

 その刃の錆びとなって消えた者をヘルメスも数多く知る。

 それが今まさに――――


「せいぜい刻まれなさいようにお気をつけなさいっ!!」


 エルサリアは二本の剣をそのままヘルメスに狙いを定めて投げ飛ばす。

 その軌道は見事な弧を描く。

 回転を増す二本の剣はヘルメスを横から挟むように、風を斬りながら音を大きくさせて向かってきていた。


「ケッ。んなもんで俺らが斬られかっよ! ヘルメス! 左のは任せろ!」


「任せたぞっ!」


 ジンは左手から|原点の式(オリジンコード’)を展開し、跳び出し。


「らぁッ!!!」


 左から飛んでくる剣をいとも容易く弾き飛ばし着地する。


「エルっ! この程度で自分達は仕留められないぞっ!」


 ヘルメスも右から飛び込む剣を魔銃で見事に撃ち貫き、遠くに弾き飛ばす。


「ほぉ。お見事です」


 その場で静かに待機し、跳び出した主を見守っていたバレットは地面に刺さる剣をバレットは見つめながら呑気に二人の手際良い対処に関心していた。


「ヘルメスさんの動体視力と身体能力は健全のようですね。それに、彼も素晴らしい動きだ。あの錬金術は一体どういったものなんでしょう?」


 全てを吞み込む者ショゴスの槍の雨すら回避したヘルメスの動体視力と身体能力を持ってすれば、たかだか二本の剣を回避する程度わけがない。

 今更この程度の攻撃は自分達には通じない。

 そうジンが勝ち誇った笑みを浮かべ、少し離れたヘルメスに視線を向けると――――


「ですが、お嬢が相手ではそれでもまだ足りない」


 傍観者を気取るバレットの冷静な声は二人の耳には聞こえていないだろう。

 そもそも、それ所では無かった。

、ヘルメスは両目を大きく見開き、危機に直面していた。

 血の気が引いたように青ざめて焦るヘルメスと、すかさず地面を蹴り上げるジン。

 いつの間にかヘルメスの懐に――――


「動きが鈍いですわよっ!!」


 灰色のツインテールを大きく揺らし、周囲に風を吹かす少女の姿が。

 怪しく瞳を光らせ、不気味な笑みを浮かべている。

 既に新たな二本の剣を構築し、エルサリアは自身の間合いにヘルメスを入れていた。


「捉えましたわっ!!!」


 獲物を逃すまいと刃の先がヘルメスの胴を狙う。

 このままでは胴体を真っ二つに斬り裂かれてしまう。


「させねぇよッ!!!!!」


 飛び出したジンは慌しく左手を伸ばし、エルサリアに狙いを定めるが。

 ここでようやく不敵な従者が動き出す。


「申し訳ありませんが……。これが私の役目でしてね……」


 迫る来るジンの姿はエルサリアの視界に映っていない。

 何故ならば自らが手を下さなくとも、後方に控えるバレットがそれを処理する。

 これは決して信頼などでは無い。

 エルサリアにとって至極、当然の、当たり前の事なのだ。

 だからこそ、バレットは当たり前の事を実行したまでだった。


「主が最善を尽くせる環境を整える。それが従者である私という存在なんですよ」


 冷徹な銃声が鳴ると同時に、すぐさまジンの身体に異変が生じる。


「うぐぅ……ッ!?」


 原点の式オリジンコードを叩き込もうと左手を伸ばしていたジンだが、地面に勢いよく倒れこんでしまう。

 右足に走る激痛に表情が歪む。

 弾丸が貫いたのだ。

 地面に拳を叩きつけ、鋭い牙をギラつかせながら凄みを帯びた形相で後方に振り返ると。


「……脳内麻薬が分泌しているのか思いの他、叫び声をあげないんですね。しかし靭帯と神経を撃ち抜きました。心苦しいですがもう二度と歩く事すらできないでしょう」


 淡々と恐ろしい発言をするバレットの姿が飛び込む。

 バレットは先程まで動かなかったのではなく、動けなかったのだ。

 常にその存在を警戒し、気配を張り巡らせるジンの隙がつけなかったのだ。

 しかし。


「テメェ……ッ!!」


 ヘルメスの危機的状況を目の前にしたジンは、一瞬その警戒を解いてしまった。

 それを逃す事なくバレットは、どこから取り出したのか大きなスナイパーライフルを瞬時に構え、ジンの右足を狙撃したのだった。

 ジンの警戒網も凄まじいが、バレットの的確な狙撃の腕も恐ろしい。

 バレットの行動により、すぐそこまで迫る危機をヘルメスは一人で対処しなければならなくなった。


「ジンっ!? っ、不味……っ!!」


 狙撃されたジンを心配し、視線がエルサリアから一瞬逸れてしまうが。

 すぐさま差し迫るの刃に一刀両断されまいと、咄嗟に両手で魔銃を盾にし、エルサリアの斬撃を受け止める。


「ぐぅ……っ!! 邪魔だ……っ!!」


「じ、邪魔とは……っ!! 何ですの……っ!!」


 頭ではわかっていた。

 賢者の石を核とした偽人ホムンクルスのジンならば大丈夫だと。

 それでも沸き立つ感情に、ヘルメスは冷静でいられなくなっていた。

 二人の少女は剣と銃で互いに全力をぶつけ合う。

 歯軋りを鳴らし、互いに一歩も引かない。 


「う、ぬぬ……っ、あ、相変わらずの……っ、馬鹿力ですわねぇ……っ!!」


「お、乙女に向かって……っ、馬鹿力とはなんだ……!! ぅ、っ!!」


 決してエルサリアの攻撃は軽くない。

 それでもヘルメスの筋力ははそれを遥かに上回る。

 毎回その並外れた身体能力を発揮してきたヘルメスだが――――


「動揺が……っ、丸わかりですのよ……っ!! しかも――――」


 集中力が欠けていた。

 そして今回は――――


「先に一歩踏み込んでいたわたくしの方が……っ、有利ですのよ……っ!!!」


 遂にエルサリアは渾身の力で交えた刃を全力で振り払う。


「な、っ!?」


 すると、そのままヘルメスは弾き飛ばされてしまう。

 姿勢は大きく崩れ、身動が取れない。

 それでも魔銃を盾にした事で何とかヘルメスの胴体は無事繋がっている。

 特に外傷もない。


「っ、」


 いつものように次の攻撃に出るべく、僅かに宙に浮かぶ身体の着地を待つが――――


「このわたくしを相手に、いつまでも休んでいられると思っていませんわよねっ!」


 空を見上げる姿勢となったヘルメスの瞳に、息を呑む恐ろしい光景が映り込む。

 頭上で、青白い光が増していた。


「まさか遠隔構築……ッ!?」 


 錬金術における高等技術。


「せっかくのチャンスをこのわたくしが見逃すわけないでしょうっ!?」


 ヘルメスを吹き飛ばしたエルサリアはすぐさま両手を地面に這わし、構築に取り掛かっていた。

 そして座標をヘルメスの真上に定めていた。

 天高く吹き飛ばされたわけでもなく、人間の滞空時間などたかが知れている。

 その間に遠隔構築を終えていたのだ。

 エルサリアの、錬金術師としての才能を改めてヘルメスは痛感させられる。


「今日の天気は晴れ時々――――武器の雨ですわッ」


 エルサリアの叫びと共に構築は完了した。

 様々な形状をした鈍器、刀剣がいくつも雨のようにヘルメスへと降り注ぐ。


「……っ!?」


 その数は、数えるのすら億劫となってしまう。

 当然のごとく、今の体勢で全てを防ぎきる事は不可能。

 姿勢が崩れ、弾き飛ばされた今のヘルメスにできる事など限られている。

 せいぜい致命傷を避けるのみ。

 弾丸を撃ち込み幾つかの武器を撃ち払い、あとは魔銃でなるべく弾ける程度。

 全ては防げない。


「ヘルメスッ!!!!!」


 ジンの叫びや、ヘルメスの必死な抵抗も空しく。

 重く殴打してくる鉄の塊や、冷たい刃の感触が一斉にヘルメスを襲う。

 あまりの激痛に叫ぶ事しかできない。

 

「っ、ぐ、ぁあああああああああ」


 幸い、致命傷を避ける事はできたが。

 切っ先と殴打により傷だらけとなった身体は地面に弾ませ、ヘルメスは無残に倒れこむ。

 多くの出血により様々な色に満ちた花畑の一部を、赤一色に染めてしまう。


「っ、ふー……っ、ふー……っ、」


 それでも必死に痛みを堪え、ヘルメスは弱みを見せまいと気丈に振舞う。

 身体を揺らめかせ、魔銃を握る右腕を押さえるようにして立ち上がり微笑む。


「どうした……、この……程度、もう……慣れっこ……だぞ」


「その姿ではまったく説得力がありませんわよ。立ってるのもやっとじゃなくて?」


 額から流血しており、服もボロボロ。

 確実に骨も何本か折っており、立っている事すらやっとのはず。

 それでもヘルメスは一歩も引かない。

 確固たる意思でエルサリアと対峙する。


「……っ、はぁああああっ」


 息を整え。

 二本の剣を構えるエルサリアの元にヘルメスは跳び出す。

 

「相変わらずデタラメですわねぇ……っ」


 只ならぬ気迫に一瞬物怖じしてしまうが、すぐさまエルサリアも跳び出して大きく剣を振りかざす。

 りそうほこりは激しくぶつかり、周囲に突風を撒き散らす。


「っ、馬鹿力しか取り柄の無い貴女がっ、このわたくしに勝てるとでもっ!?」


 大よそ錬金術師らしからぬ肉弾戦に持ち込むヘルメス。

 エルサリアは二本の剣を魔銃を握る片手のみで防ぐヘルメスの馬鹿力に苛立ちを隠せないでいた。


「自分を見くびるなよ……っ、自分はいつまでも錬金術が扱えない落ちこぼれじゃ……っ、ないっ!!」


 ヘルメスは右手の魔銃で攻防を繰り広げながら、左手に集中して横にかざす。

 流石にエルサリアとバレットが相手では、ヘルメスも肉弾戦で押し切れるとは思っていなかった。

 ラティーバを離れてから、一度も発動すらしなかった自身の固有式オリジナルコード

 あの窮地を乗り越えられた聖鳥の卵メギス・パンドラを発動する決意をする。


「っ!? くっ!? こんの……ッ!!」


 やはり純粋な肉弾戦でヘルメスの右に出る者はいない。

 苛烈な剣撃で攻め続けていたエルサリアだったが、遂にヘルメスが魔銃で二本の剣をその手から弾き飛ばす事に成功した。

 エルサリアは両手から武器を失い、今度は逆に姿勢を崩してしまった。

 リボルバータイプのヘルメスの魔銃は既に弾を失っている。

 新たに補充している隙も無い。

 物理的にトドメを刺すにも距離がある。


「これが自分の……っ、錬金術ちからだっ!!!」


「わけのわからない事を……ッ!!!」


 エルサリアは姿勢を崩しながらも両手を青白く光らせていた。

 早くしなければ再び何かを構築され、トドメを刺されるのはヘルメスだ。

 ヘルメスはエルサリアに左手を向け、同じく青白い光を溢れさせていく。


「なっ!? 嘘……。嘘でしょっ!? まさか錬金術が扱えるように……っ!?」


 エルサリアにとってそれは目を疑う光景だったが、現実に起こりえている。

 錬金術の発動に伴い発生するその光がヘルメスの左手から溢れ出ていた。

 錬金術が扱えなかったあの落ちこぼれが、何かしらの錬金術を発動させているのだ。

 いつしかエルサリアは勝気の表情も崩れ、心乱して動揺するあまり、錬金術が上手く発動できなくなっていた。

 ツインテールと真紅のコートを風圧で揺らし、驚愕した表情で尻餅をつく始末。


「これが……っ、自分の固有式オリジナルコード……っ、聖鳥の卵メギス・パンドラだっ!!!」


 辺り一面に光輝く青白い光にエルサリアは戦慄して言葉を失う。

 光はヘルメスの左手に収束していき、今まさに自身へと向けられる。

 それでも、自分に絶対の自信を持つエルサリアはすぐに満面の笑みを浮かべた。

 一瞬、動揺してしまったがそれでも冷静にその場から立ち上がり。


「面白いですわっ!! 流石はヘルメスっ!! このわたくしを本気にさせる相手は中々居ませんのよっ!! だからこそ光栄に思いなさいっ!!!」


 同じく固有式オリジナルコードを発動して衝突させようとするが――――


「あれ……。何だ……これは……っ!?」


 ヘルメスの左手に現れたのは――――物干し竿だった。


「……はい?」


 高揚していた二人は互いに突然、無言となってしまう。

 沈黙の中、呆然と木の枝を見つめ続けるなんとも言いえぬ空気。

 予想だにしなかった構築に一番ショックを受けていたのは間違いなくヘルメスだった。


「……」


 俯いたまま無言でエルサリアに近づき、物干し竿で殴ってみようとするが。


「……」


 エルサリアが地面から構築した一本の剣によって空しく切断されてしまう。

 あまりにも当然の結果だ。

 自暴自棄となったヘルメスは肩を震わせながら残された部分を地面に叩きつけ、真っ赤になった顔を力強く上げ。


「ここからが本領発揮なんだっ!!!」


「貴女ふざけてますのっ!?」


 大恥じをかいたヘルメスは魔銃を鈍器のように扱い、エルサリアへとぶつけていく。

 負けじと一本の剣で華麗にそれを受け止めながら、酷くガッカリしていた。


「このわたくしを期待させるだけさせて……っ、何ですのよッ!!!」


 先程からヘルメスの攻撃を容易く捌き切るエルサリアは業を煮らしていた。

 やはりその傷では満足に身体が動かないのか、ヘルメスの攻撃は威力を衰えている。


「っ、自分はいつだって真面目に……ッ!?」


 全身に走る痛みがここにきて増し、動きが鈍ってしまう。


「……非常に腹立たしいですわッ」


 ここぞとばかりに怒り剣に込め、魔銃へと叩きつけ。

 遂に魔銃がヘルメスの手を離れ、弾き飛ばされてしまう。

 エルサリアは本気で失望し、憤怒に包まれていた。

 だからこそ、許せなかった。


「ク……ッ、随分と身勝手な発言ばかり……。君こそ相変わらずだな……ッ」


 表情を歪めて膝をつくヘルメスは力尽きるように地面へ倒れこみ、その首に無情な刃が当てられる。


「もう宜しいです……。錆びとなって消えなさい」


 一本の剣を握るエルサリアは無様なその姿を冷ややかに見下ろしていた。


「もう我慢の限界ですわ……。まったく、バレットっ!! 貴方もいつまで待機しているつもり――――なっ!?」


 その瞬間。

 あり得ないその光景が瞳に飛び込む。

 エルサリアは思わず鳥肌が立ってしまう。

 バレットの仕事により、右足を負傷していたジンは立ち上がる事ができないとばかり思っていたが。


「ヘルメスに近づくんじゃねぇええええええええええええええええええ」


 今、青白い大きな光を両手に帯び、怒り叫びながら自分を襲い掛かろうと跳び出していたのだ。

 ヘルメスも激しい痛みに耐えながら地面で横たわりながらその姿を目にしていた。

 だが――――


「うがああああああああああああああああ」


「ジンッ!? ……っ、ま、またそんなに、ち、血がっ」


 ジンは銃声と共に大きく吹き飛ばされ、ヘルメスと引き裂かれてしまう。

 意識を失うジンの背中は凄まじい人体の破損が見受けられる。

 それが誰の仕業かは一目瞭然。

 ヘルメスは銃声のした方向を力強く睨みつけると。


「はぁ……。はぁ……。申し訳……ございません……。何せ、撃っても撃っても立ち上がる怪物じみた方でして……、先程まで……完全に押さえ込まれていました……」


 布で覆われた大きく細長いものを地面に突き刺し。

 今度はスナイパーライフルではなく、息を荒げながら猟銃を持つバレットの姿があった。

 それでも美しい花畑に映える美少年らしい笑みを浮かべ、静かにエルサリアの元に近づく。


「ちゃんと撃ち抜いたんでしょうね?」


 どれだけ撃とうが立ち上がるという発言が信じられず、冷静な口調で従者の仕事の不始末を咎める。


「またそうやって思ってもいない事を……。今まで私が狙いを外した所を一度でも見た事がありますか?」


 黙りこむ主にバレットは間を起き、じっくりと左目でジンの姿を見つめ。


「私は錬金術師ではないのでよくわかりませんが。……どうやら、お嬢のその反応を見る限り、彼は医療に関する錬金術を発動させたわけではないんですね? 流石に猟銃で撃たれては一溜まりもなかったようですが、実に興味深い方でした……」


 少なくとも立つ事などできない程度の傷を負わせたにも関わらず、ジンは錬金術を使ったわけでもなく自力で立ち上がった。

 その後も何発か身体に弾丸を喰らおうともすぐに立ち上がり続けていたと言う。

 不可解なその現象はエルサリアとバレットに強烈な印象を与えていた。


「ヘルメス……。彼は一体何者なんですの? もしや今回の任務と関係があるんじゃなくて?」


「はぁ……、はぁ……」


 ようやく痛みが引いたのかヘルメスはエルサリアの問いを無視し、跪くような姿勢で立ち上がろうとするが。


「バレット」


「わかりましたよ……」


 エルサリアの尋常ならざる怒りを感じ、バレットは猟銃をその場に捨て、コートの内側から小型銃を取り出す。


「ーーーーッ!!!!」


 心を痛めながらもヘルメスの右太股を撃ち抜いたのだった。

 血飛沫を吹かし、声にならない叫びをあげるヘルメスは再び地面に倒れこんでしまう。


「本当に無様ですわ……」


 ヘルメスを生け捕りにする事など、エルサリアには正直どうでも良かった。

 ただ残念だった。

 今のヘルメスはエルサリアにとって見るに耐えなかった。


「残念ですわ……」


 哀しそうに呟き。


「せめてもの情けですわ。貴方の地獄りそうから解放してさしあげますわ」


「お嬢っ!?」


 銀に輝く刃を掲げて慈悲を感じさせる声色でヘルメスにそう告げると。

 その意図を察したバレッタは慌ててエルサリアを両脇から押さえてそれを止めに入る。


「お嬢ッ!! 駄目だッ、お嬢ッ!!」


「は、離しなさいっ!? 主であるわたくしに何たる無礼ですのっ!?」


 このままでは本当にエルサリアはヘルメスを殺してしまう。

 敵であるはずのバレットは全身から汗を流して焦っていた。

 必死にエルサリアがじたばたともがき続けていると。


「君も、本当に変わらないな……エル……」


 エルサリアとバレットはピタリと動きを止め、真っ赤な花に囲まれるヘルメスへと視線を静かに下ろす。


「……バレット。離しなさい」


「……くれぐれも頼みますよ?」


 バレットが両脇から手を離すと、エルサリアはその場に剣を突き刺し、まるで杖のように両手で柄を握り仁王立ちとなる。


「変わらないのはお互い様でなくて? だからこそ、貴女はわたくしの前で今このように這い蹲っていますのよ」


 悔しそうにヘルメスはエルサリアを見上げる。


「なら……知ってるだろ……自分は諦めが悪いんだ」


 それを自信満々の笑みを浮かべて見下ろすエルサリア。


「この期に及んでまだ助かるとでも思ってますの? もはや呆れを通り越して感服する図々しさですわっ! ろくに身動きの取れない貴女一人に今更何ができますの?」


 以前は、逆だった。

 過去の思い出が蘇り、言いたい事は互いに山のようにあった。

 だが、あえてヘルメスは一言だけ告げる。


「自分は一人などではない」 


「はい……?」


 すぐに妙な違和感に気づく。

 エルサリアとバレットが恐る恐る振り返ると――――。


「な……っ、ほ、本当に、何者ですの……っ?」


「……お嬢。どうやら我々も覚悟を決めなければならないようですよ」


 背中の傷も再生され、瞳孔を開いた凶悪な面構えをしたジンが立ち上がっていた。


「ヘルメス……から――――離れろオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 大量の青筋を額に浮かばせ、花畑に雄たけびを響かせる。


「なっ、なっ、何だって言うんですのよっ!?」


「おぉ……恐い……」


 その大音量に思わず二人が両耳を押させていると。


「テメェら絶対喰い殺してやっからなァッ!!!!!」


 大きく口を開き剥き出しの牙を光らせ、荒れ狂うジンが大量の血を流しながら疾走してくる。

 その気迫と殺意といったら尋常なものではない。

 あのエルサリアですら今もこうして背中を汗で濡らして動けないでいる。


「ガァアアアアアアアアアッ」


 獣と表現する事すら生温い。

 圧倒的なまでの威圧感を放ち、殺意に満ちたその風貌。

 もはや悪魔だ。

 本当に自分達を喰い殺す勢いですぐそこまできている。

 その時、バレットは微かに笑みを浮かべていた。

 すぐさま迎撃に備えるが――――


「ちょっ!? あ、危ないですわよっ!?」


「……」


 今までのような勝気な口調とは程遠い間抜けな声をあげるエルサリアと、つまらなさそうに迎撃を中断するバレット。

 重症を負っているはずのヘルメスだったが。

 咄嗟に立ち上がり、二人の間を素早く通り過ぎてジンの元へと跳び出したのだ。

 そして。


「――――ジン」


 その勢いで暴走するジンを全身で抱きしめ、頭を撫でながらなだめていく。


「自分なら大丈夫だから。そういうのは止めてくれ。ありがとう、そんなに自分の為に怒ってくれて」


 ヘルメスの澄んだ声はジンの耳に響き渡り、息を荒げながらも徐々に落ち着きを取り戻していく。


「悪ぃ……。あの銃男を抑えるのに手一杯だった……」


 しばらくすると微かな風が吹き、花びらが舞う。

 次第に二人は抱きしめ合い、互いの無事を確認する。

 優しく目を細めるヘルメスに安心したように、いつもの表情に戻っていくジン。

 沈黙が流れる中、唖然と立ち尽くしていたエルサリアがふと口を開く。


「あのジンとかいう銀髪の青年……普通ではありませんわね」


「その手綱を握っているヘルメスさんもですね」


 致命傷を負わせても立ち上がる不思議なジンの正体もそうだが、二人がどのような関係なのかも疑問が尽きない。

 何よりもエルサリアは、自身の命を投げ打ってまでヘルメスを救おうとするジンの行動が理解できなかった。

 しばらくすると、エルサリアが思い出したかのように両手を叩き。


「ん? ……そうですわっ! わたくしったら休暇中じゃありませんのっ!? すっかり忘れていましたわっ!」


「それを本気で言ってる辺りがお嬢の凄い所ですよね……」


 げんなりとした表情でうな垂れるバレットを他所に、エルサリアは静かに抱き合う二人の元まで近づいていく。

 するとジンは警戒心剥き出しで表情を強張らせ。

 ヘルメスの腰に手を回して支え、エルサリアから守るように庇うが。


「ジン、と言いますのね。そう警戒しなくても大丈夫ですわよ」


「あん?」


 先程とは打って変わり、絶世の美貌から放たれる愛らしい笑顔を振り撒いていた。

 今のエルサリアからは殺気や敵意など感じとれず、ジンが戸惑いを見せているとヘルメスは大きく溜め息を吐く。


「……エル。どういう事だ。君は自分を捕まえに来たんじゃないのか?」


「あら嫌ですわ。どこまで図々しいのやら。わたくしはっ! ただ休暇を過ごす為に道中立ち寄っただけに過ぎませんわっ! ま、貴女の貧乏臭い匂いにつられ、まんまと先程まで忘れていましたけどね」


「な……っ!? び、貧乏臭い匂いとは何だっ! ようやくお風呂らしいお風呂にだって入ったんだっ! そんな匂いはしていないっ! 断じてだっ!」


「いーえ? 貴女の貧乏臭は遠くにいても鼻につく匂いですわ」


「貴様ぁ……ッ、乙女に向かってそのような……ッ」


 ジンに支えられながら熱を上げて口論を繰り広げる傷だらけのヘルメス。

 そしてヘルメスが今はまともに動けない事を良いことに言い放題のエルサリア。

 先程まで命を危険に晒す戦闘をしていたはずが、急転してこの様である。

 二人の関係性にジンが戸惑いを見せていると。

 

「それにしましても、ジン。わたくし、貴方に興味を持ちましたわっ! ぜひ今夜はわたくしの泊まる宿に来なさいなっ!」


「……は?」

 

 わけのわからない提案に、ジンは首を傾げて興味が無い反応を示すが。

 その傍らで、本気で嫌悪感を示す者が一人。


「……駄目だ」


 ヘルメスは表情を曇らせ、どこか声色もおかしい。


「ぜ、絶対に駄目だ! とにかくジンは……自分と居るんだっ! 良いなっ!?」


 ジンの胸ぐらを掴み必死に首を横に振り、それを断固として認めない。

 どうやらヘルメスは本気で嫌がっているようだ。


「つか、身の危険しか感じねぇよ」


 心なしか、最近のヘルメスは稀に子供っぽい所を見せるようになった気がする。


「で……アンタ、何企んでんだ?」


 珍しい一面を見せるヘルメスを一先ず置き、エルサリアに視線を向けると。


「まぁっ!? 残念ですわ……。単純に貴方に興味がありますの。特に何も企んだりしてませんのよ? なにより――――」


 残念そうに落胆するエルサリアだったが、次の瞬間。

 ヘルメスとジンを唖然とさせる。


わたくし、貴方のように忠誠心が強そうな犬っぽい方、”好き”ですの」


 その発言自体はとんでもないものだが、エルサリアの表情は恋する乙女のように僅かに頬を染めており、絶世の美少女ならではの凄まじい破壊力を放っていた。

 これには一応年頃の男子であるジンもほんの少しだがドキッとしてしまう。


「す、す、す、す、す、す、」


 壊れたように息を吸うような言葉しか発さないヘルメスと、完全に黙り込んでしまうジン。

 どうやら波乱はまだまだ続きそうな気配を漂わせ、一旦幕を閉じる。


「はぁ……。たまにはゆっくりしたいものだ」


 常に身勝手な主に振り回されるバレットは、荒れ果てた花畑を一人静かに見つめて溜め息を吐くのだった。

 その視線の先には様々な花に紛れた、赤い薔薇が身を潜めていた。

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