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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
虹色の園
59/80

1話:相反する二人

 周囲が砂漠と森に包まれたラティーバとは違い。

 外を出歩けば花の香りが、瞳に写る美しい花々が咲き乱れる街、フラウディーネ。

 ジンとヘルメスは街に着くなり、その光景に足を止めて唖然とした。

 そして争いとは無縁の雰囲気を感じ、二人は自然と互いに顔を合わせて沈黙したまま優しい笑みを浮かべていた。

 だがすぐにジンの腹の音が沈黙を破り、ジンはヘルメスへ空腹を訴え、飯屋へ移動していた。


「ふー……。喰った、喰った。ちったぁ、腹の足しになったぜ。あのオッサンがくれた駄賃のおかげだな」


 カウンター席で皿の山を作り、椅子にもたれながら満足気にそう言う。

 二人で旅をする中でこの風景は日常となりつつあった。

 そして――――


「せ、せっかく頂戴したお金の殆どを……一食で使い果たすだなんてどこまで底無しなんだっ!」


 ラティーバを旅立つ前に、ダレクスから旅の資金として渡されていた殆どがこの一瞬でほぼ消えてしまった。

 相変わらず腹の底が見えないジンの横で、ヘルメスは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

 震えるヘルメスの肩にジンは悪びれる素振りを見せるでもなく、暢気に楽観的な台詞を吐く。


「安心しろって。金なんて稼ぐ方法なんていくらでもあんだろ? そう切羽詰った顔してんじゃねぇよ。デーザトが不味くなるだろ?」


「まだ食べるつもりかっ!? 流石にデザートは無しだっ!」


「な……っ、何だとっ!? 」


 店主に次々と品を頼むジンをヘルメスは必死で止めたが、それでも空腹のジンはヘルメスの制止を聞き入れず次々と注文を繰り返していった。


「……当たり前だ」


 無理矢理にでも止めるべきだったと激しく後悔するヘルメスだったが。


「はぁ……」


 嬉しそなジンを止める事はできなかった。

 こうして自分の甘さを改めて痛感し、再び極貧生活に身を投じる事になってしまった。

 ヘルメスが地面に置かれる大きなリュックに視線を向け、溜め息を吐くと。


「うふふ」


 カウンター越しに、ここで働く少女が笑みを浮かべて声をかけてきた。


「お客様、ギリスティアの王従士ゴールデンドールの方ですよね?」


 一瞬ドキッとしつつ、ヘルメスが顔をあげるとエプロン姿の少女は微笑みながら首をかしげた。


「ごめんなさい。いきなり声なんてかけちゃって。私、ここで働く”フランシェスカ”と言います。で、あそこで黙々とグラスを磨いているのが店長の”ポアロ”さんです」


 赤みがかった茶髪のボブヘアーが特徴的な可憐な少女。

 その笑顔は見るものを虜にし、明るい雰囲気を漂わす。

 すぐ近くには同じくカウンターで作業をする店主のポアロが居る。

 無口で無愛想、どこか話しかけずらい雰囲気を漂わせており、今も布巾を手にして真面目にグラスを磨いている。

 フランシェスカはこの店の看板娘であり、無愛想な店主の代わりに接客を勤めていた。

 自分達の財政難など知りもせず腹を撫でながら余韻に浸るジンの横で、ヘルメスは恐る恐る顔を上げて質問をする。


「……何故、自分がギリスティアの王従士ゴールデンドールだと?」


「うふふ。だってその指輪、ギリスティアの紋章が刻まれてますし。その指輪はギリスティアの王従士ゴールデンドールである証じゃないですか。私でもわかりますよ」


 おぼんで口元を隠しながら照れ臭そうに微笑むフランシェスカ。

 ヘルメスの右手中指にハメられている指輪。

 装飾が施された碧の宝石にはギリスティアの紋章であるウサギが刻まれており、誰が見てもそれは一目瞭然だった。


「それもそうだな……」


 少し考えればわかる当たり前の事に対し、過敏に反応を示してしまい、恥ずかしげに頬をかくヘルメス。


「えーっと、自己紹介が遅れたな。自分はヘルメス=エーテル、こっちはジンだ。それで……フランシェスカ、だったな。フフ。この街には自分達のように、よく錬金術師が訪れるのか?」


 王従士ゴールデンドールが訪れている事に対し、フランシェスカは何の疑問や不信感を抱く所か、気さくに話しかけてくれた。

 この街では特に珍しくもない光景なのだろう。

 どこか人懐っこい雰囲気を持つフランシェスカに心を開き、自己紹介を終えたヘルメスは雑談に興じる。

 グラスに入った水を行儀良く呑むと、フランシェスカは両手を重ね、満面の笑みで首を少し傾けて愛らしい反応を見せながら答えていく。


「ヘルメスさんとジンさんですね? ちゃんと覚えておきますねぇ。えと、そうそうっ。フラウディーネにはラティーバから休憩に立ち寄る方や、はるばるアルゴリストンから来られる方もいますねぇ。この街には錬金術の書物も大きく扱う図書館がありますし。ヘルメスさん達もあそこに用があったんじゃないですか?」


 錬金術の書物も扱う大きな図書館。

 ヘルメスも噂には聞いた事があったが、ここにはジンの機嫌を直す為に立ち寄っただけだったので、フランシェスカの発言でようやくその存在を思い出す。


「そう言えば……世界各地から書物を掻き集めた”知恵の蔵ブックエンド”と呼ばれる図書館がこの街にあったな」


 何か閃いたようにヘルメスは口元に指を置き。


「この街には休憩ついでに寄ったのだが、フランシェスカ、その図書館には誰でも立ち入る事ができるのか?」


「はい! ”館長”様は人種や身分を問わず誰でも本を読む権利がある仰っていて、入場制限や入場料を設けていないので自由に出入りできます。特に難しい手続きもありませんし、ヘルメスさんも錬金術師なら行っておいて絶対に損はありませんよ!」


 明るい声を弾ませ、そう言うフランシェスカにヘルメスは心躍っていた。

 世界各地から集められた錬金術の書物、そこには未だ自分の知らない事が沢山あるはず。

 錬金術師ならば一度は訪れてみたい念願の図書館に、ようやく入る事ができるのだ。

 瞳を輝かせてフランシェスカの話に食い入るように耳を傾けるヘルメスに、ようやくジンも話の輪に水を差すように入ってきた。


「ケッ。おい、アンタ。うちのヘルメスが、んな難しい本なんか読んでも理解できるわけねぇだろ。それより他に旨い料理出す店紹介してくれよ」


 爪楊枝で牙を掃除するジンにヘルメスは眉間にシワを寄せて声を荒げてしまう。


「そ、その発言は聞き捨てられんなっ。まったく失礼にも程があるっ。大体そのお金だって結局自分が出すんじゃないかっ! ジンにはしばらく食事の量は我慢してもらうからなっ!」


「あぁん!? この俺から唯一の娯楽を奪うってか!? ……お前ぇふざけんなよッ。でけぇのは胸だけかッ!? もっと器も大きしろよッ!」


「む、む、胸は関係ないだろっ!」


「ぶへっ!?」


 左手で胸を隠しながらジンの顔面に鋭いパンチを食らわせ吹き飛ばしてしまう。

 紅潮して身体を震わすヘルメスの行き過ぎた照れ具合いにフランシェスカは口を両手で覆い驚きの様子を見せていた。


「まったく……。じ、自分だって好きで大きくなったわけじゃないんだ……」


 動く時に邪魔だし、肩だって凝る。

 そのせいで妙な視線を感じる時もある。

 よくリディアに羨ましがられるが、実際はそこまで胸が大きい事にヘルメスは気を良くしていなかった。

 ジンのデリカシーが欠けた発言にヘルメスが複雑そうな表情をしていると、フランシェスカが両手を仰いで冷静になだめてくる。


「ま、まぁまぁ。確かに今の発言は女性に対して失礼だとは思いますが、ヘルメスさんも落ち着いてください」


 店内に居た僅かな客達もジンが吹き飛んだ事により、何事かと食事を止め、その発生源であるヘルメスの胸に熱い視線を注いでいた。

 男性の視線に敏感なヘルメスは益々顔を赤くして、縮こまるように両手を太股に置き、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。


「ごくり。確かに……あれは……」


「大したものだ。飯どころじゃないな……」


「最近の若いものときたら……素晴らしい発育だ……」


「長生きはするものじゃ。有難や、有難や」


 食事を止め、その絶世の美貌と胸にそう口を揃える男性客達。

 最後のボケかけた年寄りに関しては両手でヘルメスの胸に対して拝む始末。

 しかし次の瞬間。


「っ、くそ……っ。お前ぇら……、あんまガン見してっと喰い殺すぞ……ッ」


 椅子から殴り飛ばされ、地面に転がるジンが鋭い殺意と眼光を男性客達に浴びせ、そう脅すと。


「ご、ごほん。い、いやぁ……ポアロさんの飯は相変わらず旨いなぁ」


「そ、そうだな! て、手の震えが止まらぬ程だ!」


「さ、最近の若いものときたら……、れ、礼儀というものを知らんのか。し、しかし今日は一段と旨いなぁ、は、はっはっはっ」


「あぁ、あとほんの少しワシが若ければあの嬢ちゃんをナンパしとったんじゃがのう。昔はこう見えてワシも女遊びが激しくてのう。婆さんにこっぴどく殴られたもんじゃよ。懐かしいのう」


 身体を震わせながら、ヘルメスから視線を逸らし食事を再開する男性客達。

 ボケかけた年寄りだけは無視し、ジンは服の誇りを払いながら苛立った様子で席に戻っていく。


「ケッ。んな胸してるか……っ!? ぅ、な、何でもねぇよっ!!」


 再び胸について何かしらを言おうとしたジンを視線だけで黙らせるヘルメスだった。

 完全に尻に敷かれるジンの姿にフランシェスカは口元を隠しながら小さな笑いをあげる。


「うふふ。お二人とも仲が本当に宜しいんですね」


「「……」」


 以前ならば、ここでジンは否定をしていたであろう。

 ヘルメスに関しても子供っぽく反論していたに違いない。

 だが、今は互いに顔を合わせて無言のまま僅かに微笑む姿を見せていた。

 くだらない内容で互いに怒り、笑い合える程にその距離を縮めていた。


「お二人はどういったご関係なんです?」


 何となく、世間話の一つでフランシェスカは振ったつもりだが。

 ヘルメスの恥ずかし気もない返事に、ジンは再び機嫌を悪くしてしまう。


「フフ。ジンと自分は姉弟のようなものさ。まったく世話のかかる弟みたいだが、そこがまた可愛い所でもあるんだがな?」


「……。……。……っ」


 本当の弟を自慢するようにヘルメスは嬉しそうに、ジンの魅力について饒舌にフランシェスカへ語る。


 ジンは――――つまらなそうに左肘をテーブルにつき、会話の輪に入ろうとせずそっぽを向いていてしまう。


 妙にテンションが上がるヘルメスと、それに相槌を打って真摯に耳を傾けるフランシェスカ。

 二人の会話は既に数十分が経っていた。

 客は皆、店内を後にし。

 今残る客はジンとヘルメスのみ。

 女子の会話とは何故これ程までに長いのか。


「――――でな? 案外、こう見えて中々優しい所もあるんだ。気が滅入った自分を心配して抱きしめてくれた事もあったんだ」


「きゃ~。そういうのって女子の憧れですよね! 私も一度はそういう事されてみたいですねぇ!」


 すっかり意気投合した二人の女子を他所に、ジンは窓から見える花に囲まれた街の雰囲気をジーッと眺めて上の空だった。

 一体、自分はヘルメスにとって何なのか。

 ”あの時”、口にした言葉は嘘偽りない本心だった。

 恥ずかしいと思うよりも先に、想いを乗せた言葉を口にしていた。

 それでもヘルメスには伝わっていなかったようで、弟のカルロスの代用品としか思われていない事がショックだった。


「……」


 だがそれでも受け入れるしかなかった。

 ましてや咎める事など決してできない。

 自分も最初はヘルメスをルルの代用品としか思っていなかった。

 あの懐かしい温もりを感じさせてくれ、あの大好きだった人を側で感じさせてくれた。

 今のヘルメスと同じだった。


 なぁ、ルル……。

 胸が痛ぇんだ……。

 アンタ言ってたじゃねぇか……、恋は中々できない素敵な事だって……。 

 なのに……、何でこんなに辛いんだよ。

 アンタと出会う前と同じみてぇに……、いや……。

 もしかしたらそれ以上に……。

 偽人ホムンクルスの、黒匣ジンの俺じゃ、やっぱ無理なのかな……。


 ジンに芽生えた恋心。

 それは胸を激しく締めつけ、とても辛いものだった。

 ルルから聞かされていたものとは異なり、ただただ辛いものだった。

 

「……っ」 

 

 初めての感情に戸惑い、もうわけがわからなくなっていたジン。

 心が張り裂けそうだった。

 すると、ジンの元に薄緑の液体が入ったカクテルグラスがそっと差し出される。


「……何だよこれ。んなもん頼んでねぇぞ」


 カウンター越しに、いつの間にか目の前に立っていたポアロが初めて口を静かに開く。


「この地に咲く、フレッシュハーブと呼ばれる葉からエキスを抽出し、独自にブレンドしたものです。お口に合うかは保障しかねますが、これを飲めば落ち着きます」


 大人の余裕と言うのか、丁寧かつ落ち着いた雰囲気でポアロは淡々とそう説明をし終えるが。

 残念ながら今はヘルメスの懐事情が芳しくない。

 ジンはこれを受け取るわけにはいかなかった。


「悪ぃけど、もう金なら無ぇみてぇだぞ」


 先程からのやり取りでポアロもそれは知っていた。

 それでも無骨ながら、優しさの込もった笑みで静かに告げる。


「お客様にこれはサービスです。なのでお代は頂きません」


「……」


 まずは何か企んでいるのではと疑いながらも、ジンはカクテルグラスに手を伸ばし、その善意を受け取る事に。

 本来ならば少しづつ飲むものだが、ジンは豪快にも一気に飲み干してしまう。

 

「ぺっ。不味い……。何だよこれ。その辺の草喰ってる気分だぜ……」


 あまりの不味さにジンは表情を歪め、唾を床に吐き捨てるとポアロは無表情のまま告げる。


「それはストレスを抱えている程、苦味を増していくものです。どうやらお客様は相当のストレスをお抱えのようだ。ですが、もう大丈夫。その中にはストレスを和らげる成分が含まれてますので、次に飲まれる時はもっと美味しく感じる事ができますよ」


「もう飲まねぇよ、んな不味いもん……」


「それは残念です。とても美味しいのですがね」


 静かに背を向け、再びグラスを磨く業務へと戻っていく。

 ポアロの優雅な立ち振る舞いにジンが唖然としていると、そのやり取りを見ていたヘルメスがジンを優しく注意する。


「ジン……。今の様な態度はいけないぞ? せっかくポアロさんが元気の無いジンを気遣ってくれたんじゃないか。本当にどうしてしまったんだ? ちょっと前から気になってたんだが……」


 ヘルメスはジンの右耳を掌で被い、甘い吐息でくすぐりながら先程から黙りっぱなしのジンを心配していた。

 だが、その原因がヘルメス自体である事を本人は自覚をしておらず。

 本当に弟を心配する姉のよう接してくるヘルメスにジンは怒るのも馬鹿らしくなってきた。


 それでも――――ヘルメスはずっとジンを見ていた。

 

 すぐ側で、誰よりも、気にしていた。

 しかし、ジンは気づいていなかった。


「……何でもねぇって。いや、ホント。腹減ってるだけだよ」


「そうか……?」


 小声でひそひそと話す二人の神妙な空気を察したのか、フランシェスカが困った笑みを浮かべながら一つ提案をする。


「ヘルメスさんに聞いた所によるとジンさんはとても食いしん坊らしいじゃないですか? なら美味しい物をいーっぱい食べればきっと元気になりますよ! 正直、この店より美味しいお店はフラウディーネに一杯ありますし色々紹介しますよ?」


 少し離れた場所でポアロがグラスを落として割った音が聞こえてきたが、フランシェスカの提案にジンは瞳を輝かせて反応する。


「おい、アンタ。それ嘘じゃねぇだろうな? 少なくともクソ不味い飲みもんしか出さねぇ店とか紹介すんじゃねぇぞ?」


 またグラスが割れる音がした。


「おい、ジン……。だからそういう発言は止めろと今口にしたばかりじゃないか。料理はそこそこ美味しかったじゃないか」


 三度目のグラスが割れる音がする。


「うふふ。正直、この店は私目当てのお客様で成り立っているので他にも美味しい料理屋さんなら、いくらでも紹介できますよ?」


 いつしかポアロは隅の方で体育座りをして肩を震わせていた。

 先程まで男気を感じさせた優雅な姿はなく、情けない姿を晒す中年男性ポアロ。

 お構いなしに心無い会話を弾ませる三人に、彼の精神はズタボロとなっていた。

 しかしようやく和やかな雰囲気に戻ったかと思えば――――


「――――っ!?」


 一早くそれに気づく事ができたのはヘルメスだけだった。

 店の外から向けられる凄まじい殺気を感じ、ヘルメスは額から汗を垂らし叫び立ち上がる。


「ジンッ!!」


「ッ!?」


「え? ど、どうされたんですっ!?」


 争いとは無縁に感じたこの平和な街で感じる異様な殺気。

 遅れながらジンもそれを察知し、ヘルメスの叫びに呼応するようにカウンターの向こうへと跳び上がる。

 同じくカウンターの向こうへ避難するべくヘルメスは跳び上がり、フランシェスカの頭を低く押さえつけた。


「姿勢を低くするんだフランシェスカッ!! っ、ジンッ!?」


「言われるまでもねぇッ!! おいオッサンも死にたくなけりゃ頭抱えて床に這い蹲れッ!!」


 ヘルメスはフランシェスカを庇うように覆いかぶさり姿勢を低くする。

 フランシェスカとポアロは一体何事かと動揺しながら二人の指示に従う。

 その瞬間――――


「クソッ、何だってん――――」


 無数の刃が窓ガラスをぶち破り、店内へと降り注ぐ。

 カウンターの奥に並べられたグラスは次々と壊れ、その破片が四人を襲う。


「キャーーーーーッ」


「わ、私の店がっ!? や、やめてくれええええええ」


 フランシェスカとポアロの叫びは、尽く刃による破壊音によってかき消されていく。

 テーブルやカウンター、壁に突き刺さる無数の刃はどれも鋭利で白銀に輝く名刀と呼ばれる代物。

 ようやく刃の攻撃は止み、緊迫した静けさが漂う。

 いつしか店内は砂埃に見舞われ、無残な光景へと変貌していた。


「くそっ……。おい……ヘルメス。……何人だ?」


 カウンターを背にして床に座り、鋭い牙を剥きながら冷静に敵の数を問うジン。

 怯えるフランシェスカを上からしっかり被い抱きしめ、ヘルメスはその数を告げる。


「ふ、二人だが……、しかし、何故、」


 銀縁の眼鏡を外し、解読眼デコードでカウンター越しに外の様子を伺うヘルメスは瞳を大きく見開き、心臓を高鳴らせて緊張して歯切れを悪くさせていた。

 それもそのはず。


 今、自分達に向けられた攻撃は――――よく知る人物によるものだった。


 昔の嫌な記憶が蘇ってくる。

 それはヘルメスが王従士ゴールデンドールになってまだ間もない頃だった。

 考え方が根本的に違う”二人”は遂にそれが原因で命をかけた決闘にまで発展したのだ。

 

「――――おーほっほっほっ!」


 刃の雨がようやく止んだかと思えば、次には甲高い笑い声が店全体に響き渡り。

 久方ぶりに聞くその声にヘルメスは誰よりも早く立ち上がると。

 砂埃に見舞われたこの店内に二人の人影が現れる。


「ほら見てごらんなさい? わたくしの勘は絶対ですの。どうも貧乏臭い匂いがプンプンすると思いましたら見事に的中でしたわ」


「ごほっ、ごほっ、お、お嬢っ。いい加減にしてくださいよね……。もしも部外者の方に当たりでもしてたらタダじゃ済みませんでしたよ?」


 砂埃が晴れると、そこには顔馴染みの姿が。


「おーっほっほっ! まったくもって心配無用ですわ。このわたくしがそのようなヘマするはずありませんわ!」


 その鼻につく喋り方と笑い声にヘルメスは表情を歪めていく。

 この砂埃の中でもはっきりと認識する事ができる。

 灰色の長髪を金色に輝くリングで二つに束ね、腰まで伸びた髪を揺らす碧眼の美少女。


「しかし……相変わらず小汚い格好ですわねぇ」


 グラスの破片と砂埃に見舞われるヘルメスの不恰好な姿に、少女は得意気に真紅の錬金術師コートを翻し。


「これだから貧乏人は嫌ですわねぇ。それにしても相変わらずのようで安心しましたわ」


 上品に手の甲を口元に置き、コートの内側に着込む黒のノースリーブに包まれた豊満な胸を揺らす。

 そして、その場で華麗に一回転し。

 ひらりと揺れる純白のスカートから伸びる健康的な黒のニーソに締めつけられた右脚を前に出して。


「ようやく見つけましたよヘルメス、そして観念なさい――――」


 スカートのベルト左部分に帯刀された鞘が金属音を微かに鳴らし、砂埃は消えていき。

 その姿が顕となり、声高らかに宣言される。


「崇高なるわたくしことっ、”エルサリア=ウェーランド”っ! 刃の覇道より降臨っ!!」


 右腕をピンッと張り、まるで狙い澄ましたような人差し指がヘルメスに向けられる。

 エルサリアの二重の美しくも力強い瞳には、驚き慄くヘルメスの間抜けな表情が映っているようだった。


「決まりましたわ……。完璧なまでに決まりましたわ……。わたくしったら、美の神に愛されているだけでなく、全てに愛されてますわ……」


 完璧な登場を決め、両目を閉じて余韻に浸っていると。


「お嬢の余韻を邪魔するのは非常に心苦しいのですが……。ヘルメスさんに逃げられますよ?」


「な、何ですって!?」


 瞳を開くとフランシェスカとポアロを避難させるべく、ヘルメスとジンがぶち破られた窓に二人を誘導していた。


「い、一体何が起きてるんですか!? お、お店が無茶苦茶ですよ!?」


「んなもん知るかよっ。つか、あの馬鹿げた女が格好つけてる間にアンタらはとっとと逃げた方が良さそうだぜ」


「すまない……っ。彼女は自分の客人だ……。恐い思いをさせてしまって本当に申し訳ない……」


「わ、私の店が……」


 動揺するフランシェスカとポアロはまともな思考が働かず、促されるままに窓から外に避難しようとするが。

 ――――窓に向けられた数本の刃が飛んできた。


「っ!?」


「危ねぇぞヘルメスッ」


 ヘルメスの危機を察知したジンは誰よりも早く動いたが、それをヘルメスは阻止し。

 その代わりに、焦りの表情を浮かべて背中を汗で濡らす。


「少し痛いが我慢してくれよ二人共っ!!」


「うぐっ」


「くそぉっ」


 身を挺して二人を守るべく乱暴に床へ伏せさせ、何とか事なきを得た。

 だが剣先はヘルメスの頬を僅かに掠り、その傷口から血を流す。


「あいつら……喰い殺してやる……ッ!!!!!」


 大切な人が傷つけられた、ジンは例えどんな理由があろうと、それが誰だろうと関係なかった。

 ヘルメスが傷つけられた事で、込み上がる怒りの感情に奮い立ち、今にも喰い殺す勢い。

 だが。


「待てジンっ。自分なら……大丈夫だから」


「っ、どうしちまったんだよッ」


 血を流していながら、大丈夫と言って自分を止めるヘルメスに戸惑いを隠せないでいた。


「それよりも二人を安全な場所へ……。彼女の狙いは自分だ……」


「んな事できるわけねぇだろッ!! 俺にお前ぇを置いて逃げるなんてッ!!」


「ジン……」


 このような状況だと言うのに、ジンの言葉はとても嬉しく頼もしく感じてしまった。

 意を決したヘルメスは、床で頭を抑えて丸くなり怯えるフランシェスカとポアロを庇うようにゆっくりと立ち上がる。

 その際もエルサリアから視線は決して逸らさない。


「はぁ……。相変わらず暑苦しいですわね……」


 つまらなさそうに両手を組みながら、その様子をただじっと待つエルサリアにヘルメスは侮蔑を込めて大きく叫ぶ。


「何故だ……。何故、自分だけでなく他の者まで巻き込むんだ”エル”ッ!! 君の”誇り”はそれでも保たれると言うのかッ!?」

 

 ヘルメスの本気の叫びにジンはエルサリアと名乗るあの少女と只ならぬ因縁を感じ、その場で静かに見守る事しかできなかった。

 万が一を考え、ヘルメスの背後でジンも臨戦体勢となり、無関係の二人に気を配り待機していると。


「相変わらず……ですわね。本当に――――斬り刻みたくなりますわ」


 エルサリアは帯刀している鞘を抜こうと左親指を置き、いつもの美しい顔を曇らせ。

 怒り顕となり、眉間にシワを寄せていた。

 その声も刃のように鋭く、まるで耳が刻まれそうになる程の殺意をひしひしと感じさせた。


「そこまでですよ、お嬢」


 すると、一人の人物が冷静にエルサリアとヘルメスの間に割って入る。

 黒い長髪を金色のリングで一つに束ねた眼帯の美少年は、肩にかかる長髪を払い、作り笑いを浮かべながら執事のように丁寧な一礼をして顔を上げ。


「この度は、大変失礼致しました」


 眼帯の無い左目の視線を床にうずくまるポアロへと向ける。

 その言葉が自分に向けられていると気ずくや、ポアロも顔を上げて青年を呆気にとられた表情で見つめる。

 すかさず青年は茶色のコートを揺らしながら黒光する靴を鳴らして近づき、ポアロの元に着くとその場に屈む。


「これはお店の修繕費と迷惑料、その他もろもろを含めた慰謝料でございます」


 青年が笑顔でコートの内側から取り出したのは大きく膨れ上がった金貨袋だった。

 ポアロが恐る恐るそれを受け取り、中を確認するとその額は店を修繕しても数ヶ月は働かなくても良い額だった。

 あまりの額に言葉を失い、絶句するポアロとフランシェスカだったが。


「おいこら。俺らにもその”イシャリョウ”ってのよこせよ。こちとら今日の晩飯喰う金もなくて困ってんだよ……ッ!!」


 その高額な慰謝料を目の当たりにしたジンが慰謝料を要求すると、青年は笑顔のまま立ち上がり、申し訳なさそうに頭の後ろに片手を置く。


「いやぁ、大変申し訳ないのですが持ち合わせが今はこれしかありませんので……。ですが――――」


 この場に居る全ての者は誰も反応する事ができなかった。

 あまりにも一瞬の出来事だった。

 青年は隙をつき、どこから取り出したのか不明だが右手に拳銃を握りその銃口をジンの顎に突きつけていた。


「金貨ではなく、鉛ならありますよ?」


「ジンっ!?」


 エルサリアと対峙していたヘルメスはすぐに振り返り、発砲を阻止しようとするが。


「ヘルメスッ!!!!!」


 両手をズボンのポケットに仕舞い、銃口を顎に突きつけられたままのジンがヘルメスを制止する。


「大丈夫だ。俺の心配なんてしてる場合じゃねぇんだろ?」


「だが……っ、くっ、」


 再びエルサリアの動きを見逃すまいと視線を戻すヘルメスに、ジンは口元を上げて青年を睨みつけた。


「ほぉ……」


 例えこのまま発砲されようとも、賢者の石を核として構築された偽人ホムンクルスのジンは身体がすぐに再生される。

 殺しても殺せない身体を持つ不死身のジンにこの程度の脅しは何の意味も持たない。

 そうとは知らず、青年は銃口の引き金に置いた指に力を込めつつ、笑顔で言葉を紡ぐ。


「貴方は死が恐ろしくないのですか?」

 

 その問いに、ジンは不気味な笑顔を浮かべて問いで返す。


「アンタこそ、この俺にんなもん突き立ててんだ。勿論、死ぬ覚悟はできてんだろうな?」


「さぁ、どうでしょう」


 場に流れる強者同士の只ならぬ殺気の風。

 ジンはすぐにこの青年が只者では無い事に気づく事ができた。


「……アンタからは匂うんだよ。生まれきっての殺人鬼の匂いってのがな」


「……」


 自分と同じく、殺人鬼の匂いがしたのだ。

 その数が一体どれ程かはわからない。

 それでもこの青年は、自分と同じように大量の人間を殺めてきたとジンは確信していた。


「”バレット”。もうお止しなさい」


 エルサリアの言葉を耳にすると、バレットと呼ばれる青年はゆっくりとジンの顎から銃口を離していく。


「命拾いしたな、クソ野郎」


「ハハ。女性以外に興味を抱けたのは初めてです。おかしな方だ……」


 ジンに背を向け、エルサリアの元に向かうべく歩を進めるバレット。


「……」


 そしてヘルメスの横を過ぎる最中。


「相も変わらず麗しい。お久しぶりです、ヘルメスさん。良かったら今夜食事でもいかがでしょう?」


「あぁん!? 俺も誘えよっ!! 鉛野郎っ!!」


 背後で中指を立てて喚くジンを無視し、白い歯を光らせ女性を虜にする涼しい笑顔を向けて食事に誘うバレットだったが。


「生憎だが君のようなチャラついた男と食事をする趣味は無い……。何より君の主人がそれを許さないだろ。他を当たってくれ……」


「ぅ、そ、それは残念です……本当に……。はぁ……」


 引きつった笑みを保ちながらも、僅かに涙を浮かべる。

 ヘルメスへのアプローチが断られ、これで何度目だろうか。

 バレットは肩を落胆させて残念そうにエルサリアの元に戻っていく。


「貴方……この状況がわかってますの? それでなくとも、よくもまぁ主人の目の前で女性を平気で口説けるものですわね」


「女性を口説くのに状況なんて関係ありませんよ……。私はいつだって自分に正直に生きたいだけです……」


 醜態を晒す従者にエルサリアが額に右手を当てて深いため息を漏らすと、ヘルメスとジンも緊張の緒が切れ掛かってしまう。

 それでも再びエルサリアは周囲に殺意を撒き散らしていく。


「さて、ヘルメス。……このわたくしの慈悲深い心に感謝なさい。お望み通り場所を移してさしあげますわ。せっかくの再会ですもの。存分に貴女のような甘ちゃんでも暴れられるよう、人気の無い場所に案内しましょう。流石はわたくしっ、この懐の広さっ! おーほっほっほっ!」


 甲高い笑いをあげ、バレットを引きつれて悠々と入り口から出ていくエルサリアの自信に満ち溢れた背に、ヘルメスは強く拳を握り締めて戦いを覚悟する。


「エル、望む所だ……っ」


 大きなリュックを拾い、それを背負ってヘルメスは振り返り。


「……自分達のせいで申し訳ない。また改めて謝罪しに訪れる!」


 最後にポアロとフランシェスカに深く頭を下げてその背を追って走り去る。

 

「ひでぇ……。まるで嵐が通り過ぎた後だな」


 グラスや皿の破片が床に飛び散り、椅子やテーブルも刃が刺さったまま。

 壁の至る箇所に突き刺さる刃は悪趣味なオブジェとして店の雰囲気を著しく損なっている。

 甚大な被害を被った店の変わり果てた姿を床に這いつくばったまま唖然と眺めるポアロに関してはどう声をかけたものか。

 フランシェスカなど先程から腰が抜けて自力で立ち上がる事もできない。


「まぁ、イシャリョウっての貰ったらまた来るからそれまでには店直してといてくれよ」


 気を利かせたつもりだが、どうしても他人事にしか聞こえない。

 とりあえずそう告げると、ジンもヘルメスの背を追って店を出ていく。

 取り残されたポアロは改めて首を右往左往ゆっくりと動かしながら状況を整理した。


「食い逃げされた……?」


 ヘルメスとジンは料理の代金をすっかり払う事を忘れ、食い逃げする形になってしまった。

 こうして相反する二人の戦いはフラウディーネに嵐を運ぶ。

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