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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
英雄の再来
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18話:英雄の軌跡

 ヘルメスが目を覚ますとそこには平凡な天井とそこに吊るされた少しばかり豪華なランプが瞳に映った。

 まだ脳は目覚めていないのか何となく右手を掲げれば、包帯が巻かれている。

 ようやく脳が晴れていき、全身にまで包帯が丁寧に巻かれた状態でベッドの上で起床した事に気づく。

 そしてふとした疑問が自然と口から零れ落ちた。


「……ん、ここは……どこだ?」


 右手をベッドの上に戻し、静かに首だけ右往左往に振って周囲を見渡してみるが自分以外に誰も居ない。

 目に入るのは心なしか高級感漂う日常品などのみ。


「ジン……?」


 無意識の中でジンの名を小さく呼びかけてみるが返事は無い。

 近くに居ないのだろうか。

 少しまだ脳が寝ているのか、今一度記憶の整理をしてみる事に。


「確か自分は……ラティーバに……そうだ、そこで……セラに出会って……」


 過度な疲れのせいで記憶があやふやになっていたが、徐々に頭が冴えて鮮明に記憶が蘇ってくる。


「そうだっ!? 自分は全てを吞み込む者ショゴスを倒して気絶してしまったのかっ! しかし、此処は何処だ?」


 上半身を起こし、もう一度周囲を確認するが此処が一体何処なのかはわからない。

 視線を少し下げてみると、今のヘルメスは患者服を着せられている事に気づく。


「此処は病院……?」


 しかしそれにしては家具などが高級感漂う物ばかりで病院らしくない。

 首を横に何度か振り、額を右手で押さえ込みながらとりあえずベッドから降りる。


「どうやら誰かが自分を看病してくれていたようだが……」


 ベッドの傍らに置かれた小さな椅子。

 そしてすぐ近くの机には読みかけの本が何冊か開かれたまま放置されていた。


「とにかく一度、部屋を出て誰かを探そう……」


 ワンルームのこの部屋から退室しようと扉の前に立つと、その奥に人の気配を感じ一歩後ろに下がると静かに扉が開く。

 するとヘルメスの表情が一気に安堵の笑みを浮かべていった。


「はぁっ、はぁっ、っ、ごほんっ、……よぉ。随分と早起きじゃねぇか。気配がしたと思ったらようやく目ぇ覚ましてやがったか」


 扉を開けて現れたのはボロボロの服装がすっかり新品のものとなったジンだった。

 全身汗だくで息を荒げている様子で、どうやら全力疾走でこの部屋に訪れたようだ。

 見知らぬ場所で目を覚まし少し不安だったヘルメスはジンの姿を確認すると嬉しそうに声を弾ませる。


「ジンっ、目が覚めたら誰も居なくて不安だったんだ。良かった、ジンが居てくれて嬉しいよ」


 恥ずかしげもなく純粋に自分の登場に喜ぶヘルメスの姿はあまりにもジンには眩しく、尚且つ小っ恥ずかしいもので、左手で頭を掻きながらすぐに視線を逸らしてしまう。


「ケッ、あれからもう一週間経ってんだぞ? 寝すぎだ馬鹿」


「何? 自分はそんなにも眠っていたのか?」


 ジンは一週間も目を覚まさないヘルメスにそれはもう想像できない程の慌てようだった。

 そうとは知らず、随分とヘルメスは暢気に頬を人差し指でかいて恥ずかしそうにしていた。


「道理で身体中が鈍っているわけだ。これは一週間分の鍛錬を一刻も早く消化するしかあるまい」


「馬鹿が! 今回の件もお前ぇが無茶ばっかしやがったからだろ! んなもん俺が認めるわけねぇだろ!」


 珍しくジンがヘルメスの頭を殴り、真面目な表情で怒り顕となっている。

 それだけヘルメスを心配していたのだろう、その気持ちは十分に伝わってきた。


「どうやら随分と心配をかけたようだな。すまない、鍛錬はもう少し我慢するよ」


「たりめぇだ……」


 両腕を組んで壁にもたれ、両目を閉じながら眉間にシワを寄せるジンにヘルメスは改めて質問を投げかける。


「ところでジン。ここは一体何処なんだ?」


 するとジンは両腕を組んだまま両目を開き、前方の壁に視線を向けてこれまでの経緯を話していく。


「……ここはラティーバの王城だ」


「なっ!? ら、ラティーバの王城だと!? 何故自分がそんな場所に!?」


 両手を曲げ、急にそわそわと周囲をキョロキョロしだすヘルメスに、ジンはいつもの両手をズボンのポケットに仕舞うスタイルで壁にもたれたまま溜息交じりに言う。


「あれから色々大変だったんだぞ”英雄殿”」


「何だその呼び方は……。かなり小馬鹿にされてる感じがするから止めてくれないか」


 英雄殿と呼ばれ挙動不審だったヘルメスの動きはピタリと止まり、不服そうに頬を僅かに膨らませてジンをジーっと見つめ出す。

 だがジンは首を横にゆっくりと振り。


「お前ぇならきっとそんな反応するだろうと思ってたぜ……。ただ、観念しろ。今のヘルメス=エーテルはこの国の誰もが知る英雄として祀り上げられる存在になってんだよ」


 いまいち話しに着いてこれていないヘルメスに、ジンは苦笑いを浮かべる。


「お前ぇが気絶した後、他の王従士ゴールデンドールの連中が一斉に意識を戻してよぉ。んで、とりあえず俺が全部終わったって説明をしてやったら、ぜひ礼がしてぇから城に来てくれってうるさくてよ……。とりあえずお前ぇも怪我してっから治療してくれんなら良いぜって条件出したらあっさり了承しやがって今に至るってわけだ」


「ちょっと待ってくれないか……」


 ヘルメスは一旦整理する為に額を両手で押さえながら瞳を閉じる。


「つまりだ……。今、自分は全てを吞み込む者ショゴスを倒した事によってラティーバの王城で手厚く迎え入れられていると言うのか……?」


「そういうこった。良かったじゃねぇか。美味ぇモンもここなら喰い放題なんだぜ? 俺なんかお前ぇが寝込んでる間はずっと喰いまくりの幸せな日々を送ってたぞ」


「良くないっ!!」


 額を押さえたままカッと開かれたその鋭い眼光に思わずたじろぐジン。


「な、何でだよ……。あいつらだって国を救ってくれた英雄に礼がしたくてしょうがねぇんだよ。そんな気持ちを無蹴にすんのもどうかと思うぞ……」


「はぁ……」


 今度は溜息を漏らし再びヘルメスは瞳を閉じていく。


「違うんだジン……。よく思い出してみてくれ……自分は今、何故かギリスティアに追われている身なんだぞ? いくら報告が一切不可能な状況だったにしろ、きっともう何日も連絡一つよこさない自分に痺れを切らしているはずだ……。つまりギリスティアの近隣国であるこのラティーバに自分に関する何らかの通知や、ギリスティアの王従士ゴールデンドールが訪れていてもおかしくないんだ……。なのにこうも自分の名と居場所が知れ渡った状況で一週間も滞在する事は危険極まりないじゃないか……む?」


 今の発言の最中、ジンはずっと驚いていたようで言葉一つ発そうとしなかった。

 ヘルメスは瞳を開いて首を傾げてしまう。


「一体どうしたと言うんだ? 自分は何かおかしな事でも言ったか……?」


「いや、なんつーか……頭を強く打ちすぎたのか? ラティーバに来たばっかの時とまったく発言ってか、考え方が真逆じゃねぇか……」


 そう、ヘルメスはギリスティアの王であるミストレア=サールージュを心酔していた。

 そしてギリスティアの王従士ゴールデンドールとして人一倍の責任と誇りを胸に秘めている。

 数週間前にはジンやアリスに対して不信感を抱いてしまっていたヘルメスはその忠告すら無視し、ギリスティアへの帰還命令を受け入れようとまでしていたのだ。

 だが、今の発言は完全にギリスティアに対する不信感からくる内容だった。


「そう言えば、ジンにはもう一度ちゃんと謝らせて欲しい」


 ファナンの策略により牢に囚われていた時、ようやく冷静になりジンとアリスへの不信感を払拭し、結論を導きだしていた。


「ジンも、師匠も、自分を信じてくれていないだなんて酷い発言をしてしまった……。そんなはずないのにな……。師匠が心配で自分はどうかしていたんだ……。きっと自分を心配してくれて話せない理由があったんだろ? でも、もう大丈夫だ。ジンと師匠がギリスティアから逃げろと言うならば理由は定かではないが今、ギリスティアに自分が戻るとかなり危ない状況になっているという事だ」


 完璧に納得する事は難しいが、ヘルメスはジンとアリスを信じている。

 忠誠を誓ったミストレアを裏切るような行為をとってしまう。

 それはヘルメスにとって残酷なまでに辛い事。

 しかしヘルメスはジンとアリスを信じ、それを受け入れようとしてくれていた。


「その事なんだけどよ……。俺もヘルメスに話しておく事があんだけどよ――――」


 少し見ない間にヘルメスは錬金術師としてだけでなく、精神的にも逞しく成長していた。

 今のヘルメスならば心が折れたとしても、再び立ち上がれると信じ、ジンは覚悟を決める。

 アリスから全てを聞かされていた、今のギリスティアの状況やそれを目論む者達の存在を告げようと。

 だが。


「ごほん、大変失礼致します。なにぶん、ノックをしようにも両手を持っていかれましたもので……。ラティーバの三英傑ゴールデンナイト、ディラン=ハーバでございます」


 扉から少し離れた壁に背を向け、ディランが部屋に訪れて会話が途切れてしまう。

 ジンは少し不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、ヘルメスは慌てて扉の向こうに退出して自分の姿を見せる。


「こ、こちらこそ申し訳ございませんっ、大変お見苦しい格好で……。それに治療して頂いたうえにお部屋までお借りしていたようで……」


 例え他国だろうと三英傑ゴールデンナイトという存在を前にすると緊張してしまう。

 深々と頭を下げるヘルメスだが、逆にディランの方が恐縮して早口となる。


「と、とんでもありません。こちらこそお疲れの中、大変申し訳ございません。しかし、どうしても国王様がヘルメス殿がお目覚めになった際、直接お礼を申し上げたい旨をお伝えするよう命じられていたもので……」


「お、王、自らが自分に直接……っ!? そ、そんな、め、滅相もありませんっ!! そんなご無礼許されるはずが……」


「何緊張してんだよヘルメス。王つっても感じの良いオッサンだったぜ?」


「お、オッ、オッサ……???」


「こ、こ、こ、こ、こらッ!!!!!」


 ひょいと部屋からジンも出てくるが、一国の王をオッサン呼ばわり。

 世間一般的に死刑を間逃れない言動にヘルメスは今にも気を失いそうになってしまう。

 いくら不死身の身体であろうが少しは自分の事も考えてくれとばかりに、ヘルメスはジンの頭を強引に掴み、床に何度も乱暴に打ちつけて二人で土下座する。


「大変なご無礼申し訳ございませんッ!!! この通り自分めが十分に反省させておりますのでどうか何卒穏便にお願い致しますッ!!!!!」


「お、おい、や、ッ、めッ」


 額から大量の出血を流しながら頭蓋骨を何度も殴打されるジンに、ディランは青ざめた表情で屈みヘルメスを制止する。 


「も、もうそれぐらいで良いでしょヘルメス殿!? ジン殿を殺めてしまうおつもりか!?」


「し、しかしですね……」


「い、いや……、もう今ので、三回死んで……るッ!?」


 ジンの口を封じるべくヘルメスはその顔面を床に減り込ませて四度目の死を与える。


「この程度ならば大丈夫ですのでお構いなく……」


「お願いしますからもうお止めくださいっ!!」


 こうしてヘルメスはディランに誘導され、渋々だがラティーバの王の元に立たされる事になってしまった。

 あれだけの殴打を受け大量の血を流していながら、まったく外傷が無く平然と同行するジンをディランは大層不思議に思っていたようだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 自国ギリスティアの王室にすら入室した事すら無いヘルメスは絶句して言葉を失っていた。

 名高い匠の手によって造られた豪華なシャンデリアは、見る者をその造形美で虜にし、天井からこの一室を輝かしく照らしていた。

 歴代の王達の肖像画が壁に飾られ、床に敷かれた一筋の絨毯は段差を上がり、奥に据えられた黄金の玉座へと続く。

 そしてその王座には、長い立派な白髭をたずさえ、真紅のマントを羽織る老人が感慨深いとばかりに目を細めて優しく微笑んでいた。


「私がラティーバを治める国王、ダレクス=レアリオンと申す。本来であればこちらが出向くべきじゃったのに……ご足労大変感謝致す」


 絨毯の量端に並ぶ王従士ゴールデンドール達の姿。

 その中にはあの戦いで出会った見覚えのある顔も多い。

 そして玉座の横で待機するディランはダレクスの言葉に一々頷いては表情を強張らせていた。


「あ、あの、あまりそのように接して頂きますと、た、大変申し訳のない気持ちで今にも押し潰されてしまいそうになるのですが……」


 玉座の前で、一国の王のすぐ近くという距離は今にも心臓が張り裂けそうな緊張感が生まれてしまう。

 ヘルメスはひたすら視線を下に向け、両手を前にして肩を低くさせていた。

 それとは対照的で、ジンに至ってはいつも通り王の前だろうがズボンのポケットに両手をいれ、ヘルメスの横であくびをしながら面倒臭そうに突っ立て居る。

 王の手前、先程のようにジンを物理的に罰する事もできず表情を青ざめるだけだった。


「とんでもない。貴殿は此度の件でこの国を救ってくれた英雄殿だ。王という肩書きなど霞んむ程の偉業を成して頂いた。私達の対応は何一つ間違っておりませぬよ」


「し、しかし……」


 いつまでも肩の力が抜けないでいるヘルメスの様子を哀れんだのか、ダレクスは長い立派な髭を撫でながら困った表情を浮かべ。


「そうじゃのう、どうやらヘルメス殿はお父上よりもデリケートな体質のようだ。ならば普通に接させて頂こうかの」


 ヘルメスに気を遣い、改めて接し方を変えるダレクスにヘルメスは心底ホッとし、ようやく肩の力が抜け始めると同時に一つ質問をする。


「あの……父様がこの国を救った英雄だと聞いたのですがそれは事実なのでしょうか?」


 ダレクスはヘルメスの問いに目を大きく見開き驚いた様子で髭を撫でる手の動きを止めてしまう。


「彼は娘の君に何も言っておらんかったのかね?」


「はい……。あまりお聞かせする事ではありませんが、自分の家庭は少々複雑でしてあまり父様からお話しを伺う事は滅多になかったもので……」


「ふむ……」


 すると、やはりジンはお構いなしに王との会話に口を挟んできた。


「お前ぇの親父、昔この国を崩壊寸前まで追いやってた古獣のデモングジラってのを一人で退治したらしいぜ? すげぇよなぁ」


「ジン……頼むから少し黙っててくれ……本当に頼む……」


 ヘルメスの切実な頼みにジンは機嫌が悪そうにしょうがなく口を閉じて黙る事に。


「まぁまぁ、ジン殿をそう邪険に扱うものではないぞ。彼の言った通り、パラケルスス殿は錬金術の研究の為にこのラティーバにたまたま訪れていたのじゃ。そして危機に瀕したラティーバをデモングジラから救ってくれた……。何の因果か今回もエーテルに再び国は救われた。何とも勝手な言い草ではあるが不思議な縁を感じてしまっているよ」


 当時を懐かしむように、今は亡き英雄の姿をヘルメスに被らせ、ダレクスは哀しみと嬉しさの交ざりあった慈悲深い瞳でヘルメスを見つめる。


「彼の死は……とても残念じゃった。いや……世界における彼の価値ではなく、人としてじゃがな……」


 心から父の死を嘆いてくれるダレクスにヘルメスは目を細めて尋ねる。


「父様は……一体どのような錬金術の研究をしていたのでしょうか?」


 ダレクスは瞳を閉じ、一瞬沈黙してしまうがすぐにそれを破り。


「彼は飽くなき探求者……。錬金術の原点、世界の在り方、原典エメラルドタブレット、すなわち――――世界式じゃよ」


 錬金術師の到達点は世界式を解く事が全て。

 ヘルメスの父、パラケルススもその一人だった。

 原典エメラルドタブレット、その単語に反応したヘルメスは視線を床から離し、初めてダレクスへと向ける。


「あのっ、と、父様はこの国で原典エメラルドタブレットを見つけたのですか!?」


 ヘルメスにとって原典エメラルドタブレットは唯一、母リリアンの失われた心を取り戻せるかもしれない手掛かり。

 王従士ゴールデンドールとなったのも、全ては原典エメラルドタブレットを求めたが為。

 その食いつき方に只ならぬ想いを感じ取ったダレクスは、申し訳なさそうに髭を撫でながらヘルメスに告げる。


「残念ながら、君の求める答えをお父上はこの国では得られていないようじゃった」


「ですが……父様程の錬金術師がこの国に訪れたという事は何か手掛かりがあったのではないでしょうか!?」


「落ち着けよヘルメス」


 自然と前のめりになり、ダレクスを問い詰めようとするヘルメスの肩をジンが掴み引き戻す。

 ヘルメスは何か物言いたげな表情で口を閉じながら頭を下げて非礼を詫びる。


「ヘルメス殿。先程も言ったがパラケルスス殿はこの国で”原典エメラルドタブレットの情報”は得られなかったようだ……」


 ダレクスの物言いに何かを感じたヘルメスに、ダレクスは唐突にある提案を促す。


「そうじゃヘルメス殿。此度の件で貴殿には恩賞を与えねばのう。これで我々の感謝が伝わるとは到底思えんが……どうか僅かではあるが受け取ってくれまいか」


 その発言を受け、ダレクスの側で待機していたディランが王従士ゴールデンドールに合図を送ると、金銀財宝の入った大きな宝箱がこれでもかという数を持って来た。

 

「すげー、やったじゃねぇか! こんだけありゃ当分、食い物に困らねぇんじゃねぇか?」


「ば、馬鹿言え! 受け取れるわけないだろ! 第一これだけの数、自分達だけで物理的に運べるわけもない!」


 二人の反応が予想通りだったらしく、ダレクスはとても可笑しそうに微笑んでいた。

 そしてディランに視線を向け。


「ディランよ、ヘルメス殿は我々が用意していた恩賞では不服だそうだぞ?」


「そうですね、これは困りました。英雄には我々の感謝の気持ちを受け取って頂かなければラティーバの名折れになってしまいます」


「そうじゃのう……」


 いかにも芝居がかった会話を繰り広げるダレクスとディランをヘルメスが不審に思っていると。


「おぉ、そうじゃ!」


 これまたわざとらしくダレクスは両手を軽く叩き、最後の提案を行う。


「我が国には先王から代々受け継ぐ”貴重な物”があるのだがね? 本来であればその代の王にしか閲覧する権利が無いのだがこの国を救ってくれた英雄ともなると話は別じゃのう……」


 優しい表情でヘルメスを見つめるダレクス。

 つまりダレクスはその貴重な物とやらをヘルメスに見せたいのだ。

 そしてそれはかつてパラケルススが求めていたもの。

 この芝居がかったやり取りを理解したヘルメスは一体それが何かわからなかったが、話に乗ってみる事にした。


「ジンも一緒に拝見する事は可能ですか……?」


「勿論だとも」


 一体、ラティーバが受け継いできた物が何か。

 父が求めていた物という事もあり俄然興味が沸いてきた。


「お前ぇ、よく考えろよ……。得体の知れねぇもん見せられるだけで、この財宝捨てんのかよ? お前ぇ、俺の食費を少しは考えろよな」


 食になると極端になるジンを強引に引きつれ、ヘルメスはダレクスと共に王城の地下へと進む。

 そこで目にした物とは――――

 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 暗がりの埃まみれの地下。

 そこはとても狭い空間で、ランプも無い。

 先頭に立つダレクスは光を灯す簡易式インスタントコードを一本握り、ヘルメスとジンを静かに階段を降りながら案内していた。


「あの、国王様。父様はその貴重な物を拝見させて頂いた恩返しとして四精霊の心エレメンタル・コアをこの国に……?」


 自分の知らない父を知るダレクスにヘルメスはここぞとばかりに質問をしていた。


「……ふぉっふぉっ。こういう言い方は悪いのかもしれんが、彼は本当に不器用な男じゃな。娘の君にすら自分の事をまったく話しておらんかったのだね」


 アリスからも父についてよく聞いていたが、まだまだ知らない事は山のようにある。

 まさかラティーバの危機を救った英雄だったとはまさに初耳。

 まったく興味が無さそうにただひたすら無言で自分の後ろを着いてくるジンを気に留める様子もなく、ヘルメスは父について知りたがっていた。


「今では世界の均衡を保つ装置として機能している四つの四精霊の心エレメンタル・コア。我が国が頂戴したのは水を司るものじゃった……。今でこそ森に囲まれた自然豊かなこの国だが、何年も前はその光景は見る影もなく、砂漠地帯だったんじゃよ」


 そしてデモングジラという古獣の存在により、国を捨てて逃げる事もできなかった。


「滅び行く定めにあったこの国を……危険な古獣を相手にしてまで救おうと助力してくれる国は無かった。君の祖国、ギリスティアにも散々断られ続けてきたのだよ……」


 当時、王従士ゴールデンドールではなかったヘルメスに当時の国家間のやり取りなどわからないが

、慈愛王ミストレア=サールージュが隣国の助力を断るとは到底考えられなかった。


「じゃが、パラケルスス殿は例え自身の研究の為とは言えデモングジラをたった一人で討伐してくれただけでなく、乾いたこの地に水を司る四精霊の心エレメンタル・コアまで設置して自然豊かな美しい国に再生させてくれた」


 四精霊の心エレメンタル・コアは自然環境そのものを変化させ、大地をまったく別のものにする。

 水を司る四精霊の心エレメンタル・コアは乾いた大地に潤いを与え、自然豊かに。

 火を司る四精霊の心エレメンタル・コアは極寒の地に温もりを与え、常夏の楽園に。

 風を司る四精霊の心エレメンタル・コアは猛霧が充満する山に風圧を与え、天空城に。

 土を司る四精霊の心エレメンタル・コアは沼地に基盤を与え、都市に。


「彼は私にこう言っていたよ。――――”私達の世界を救いたいんだ”と、ね」


 パラケルススは世界の為に、均衡を保つ装置として四精霊の心エレメンタル・コアを設置していった。


「それだけでなく我々に錬金術の知識を与え、この国を急速に成長させてくれた。それでも未だ四大国家で最も錬金術の発展が遅れた国などと揶揄されているんだがね……」


「なるほどな。道理であのディランって奴、三英傑ゴールデンナイトの割りに弱っちぃと思ったんだ」


「こらジンっ! 人を強い弱いで判断するな! というか、いい加減失礼な事ばかり言ってると本気で怒るぞ!?」


「さっきからずっと本気で怒ってんじゃねぇか……」


「いはやはジン殿が言う通りでのう……。恐らく我が国の三英傑ゴールデンナイトの実力や錬金術の技術はギリスティアの王従士ゴールデンドールに比べても劣っておる……」


 軍事兵力が著しく乏しいラティーバは、他の四大国家がその気になればあっさりと潰されてしまう程に貧弱。


「今もこうして存国できているのは一重にパラケルスス殿のおかげでな? 彼の口添えがあったからこそ今も隣国であるギリスティアの加護を受けて存命できているという訳だ」


「父様がそこまで……」


 正直、何故そこまで父がこの国に肩入れしていたのかヘルメスには理解できなかった。

 それでも他国の平和すら願いっていた父を誇りに想い、誇らしげに笑みを浮かべる。


「さぁ、着いたぞ」


 地下最深部に降り立つと、すぐに厳重に施錠された扉が目の前に。

 ダレクスも何年かぶりにこの場所へやってきた様で開錠にもたついているが、しばらくすると錠は外れて扉が開かれる。


「ふぅ……。入りたまえ」


「し、失礼致します」


「何かしょぼい部……っ!? な、中々綺麗な部屋じゃねぇかです?」


 最後尾で蛇に睨まれた蛙のように、ヘルメスの鋭い視線を感じておかしな喋り方をするジンもようやく入室する。


 狭い部屋に設置された台座の上に、重厚な金庫が一つあるだけで他には何も無い。

 ダレクスは更に鍵を一つ取り出し、金庫を開ける。


「実は何故これが代々受け継がれているのか私にはわからない。だがパラケルスス殿はこれを目にして”答えを得た”と言っていた。きっとこれは錬金術師の君達にとって大変価値があるものではないのかね?」


 そう前置きをし、ダレクスは金庫から数枚の色褪せた手帳の切れ端をヘルメスに渡す。

 素手で触って良いものなのかヘルメスが戸惑っていると。


「安心なさない。これ以上劣化しないようにとパラケルスス殿が錬金術を施してくれたものだ。さぁ、実際に触れて見ておくれ」


「それでは失礼して……どれどれ?」


 もしかすると何かしらのコードが記されているのだろうかと思い、じっくりと切れ端を読んでいく。

 だが、ヘルメスは切れ端を見つめながらジッと動かなくなってしまった。

 一体何が書かれているのか、ジンはまったく見動きを取ろうろしないヘルメスの背後から切れ端を覗く。


「おい……? どうした? 何が書いてあんだ? 少なくとも一日の飯代程度の情報は書いてあんだろうな? ……って、何だこりゃ?」


 そこにはまったく見た事のない言語らしきものが記されており、ジンには到底理解できない内容だった。


「なぁ、ヘルメス。これ何て書いてあんだ?」


「……」


 集中しているのかヘルメスが返答せず、ずっと切れ端を見つめているとダレクスも首を傾げてしまう。


「どうやらその文字は太古の昔に使われていものらしいのじゃが、パラケルスス殿は君に読み方を教えてくれていなかったのかい?」


「はい……、まったく……」


 一切読む事ができない文字。

 しかし、ヘルメスはこの文字を知っている。

 いや――――恐らくヘルメスだけでなく、解読眼デコードを持つ者ならば日常でもよく目にしているはず。

 切れ端に記されている文字は全て、コードなのだ。


「何だよ……読めないのか。どうすんだよ……これなら大人しく財宝貰ってた方が良かったじゃねぇか……」


 ジンが深く前のめりになり、あからさまに落胆していると。


「――――”僕は今回も運命の歯車デウス・エクス・マキナから解放されなかった”」


 慌てて振り返るヘルメスと、ゆっくりと顔をあげるジン。

 二人の視線の先にはダレクスが両手を後ろに回して、優しい笑みを浮かべていた。


「こ、国王様? まさか今のは……」


「そこに書いてある文章の一部じゃよ」


「オッサン、そのわけわかんねぇ文字が読めたのか?」


 ダレクスはジンの問いに首を横に振る。


「私はただパラケルスス殿が読み解いたその文章を記憶しているだけじゃよ」


 運命の歯車デウス・エクス・マキナという単語を知る者は少ない。

 ジンはフェイクから初めて聞かされ、ヘルメスもジンから始めて聞いた程だ。

 先程までまったく興味を示そうとしていなかったジンがいつしか真剣な表情になっている。

 何故か先程から胸が妙にざわついていた。


 ――――黒匣ジン。オレはまさに貴様にとって運命の歯車デウス・エクス・マキナだ。


 ふと、”奴”の言葉が蘇る。

 身体を震わすジンは切羽詰ったように声を強張らせダレクスに詰め寄る


「おい……まさかその切れ端ってフェイクが書いたもんじゃねぇだろうな!?」


 もしそうならば何かフェイクを倒す手掛かりが掴めるかもしれないという焦りが生まれ、表情も険しいものとなるが。


「……君があの破壊を繰り返す狂った錬金術師にどのような因縁があるかはわからないが、これはその対とも言える者が記した書物の断片だよ」

 

「一体、誰が記したものなのですか?」


 ヘルメスの表情も徐々に険しくなっていく。

 ダレクスは瞳を閉じ静かに告げる。


「誰もが知る存在だ、名称は国や思想、宗教によって変わるが一般的には――――伝説の錬金術師アンチスミスと呼ぶ」


 ジンとヘルメスは言葉を詰まらしてしまう。

 喉を鳴らし、自然と汗も流れてくる。

 具体的な素性はまったく謎に包まれた伝説の錬金術師。

 そのアンチスミスが直接記した書物が目の前に。


「通説によるとアンチスミスは男性だったと伝えられているが、我が国では女性だったという言い伝えもあり、光の賢者ミス・アンチスと呼ぶのが一般的になっている」


 確かに女性説も存在するが。


「ただ、これも曖昧なものだ。何故ならば……いや、他の文章を聞かせた方が早いね」




 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ――――僕は今回も運命の歯車デウス・エクス・マキナから解放されなかった。

 永遠に続くこの世界を僕は何度繰り返せば良いのだろうか……。


 ――――エドガー。親愛なる友の名を忘れぬように記しておく。

 このままでは私は私でなくなってしまう。

 何度もこんな事を繰り返している内に私のコードも掠れつつある。

 

 ――――蓮禁術れんきんじゅつによる暴走を確認。

 旧支配者オールドワンにより、運命の歯車デウス・エクス・マキナに歪が生まれてしまう。


 ――――根本的に間違えてたんだね。

 コードから答えを導くんじゃなくて、答えからコードを導くんだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ジンとヘルメスは再び来客用の部屋へと戻ってきており、アンチスミスの手帳に記された内容について静かに考え込んでいた。


「……ジン。アンチスミスは一体何を成し遂げたかったのだろうな」


「さぁな……。少なくとも俺は同じ時間を何度も繰り返すなんて真っ平ごめんだぜ」


 運命の歯車デウス・エクス・マキナによって全ての事象が決定付けられているこの世界で、何を必死にアンチスミスが足掻いていたのか知る者など存在しない。

 ベッドに横たわり天井を崇めるジンの横で、ヘルメスは行儀良く座り大人しくしている。

 色々と新しい情報が多すぎて考えはまとまらない。

 今回の全てを吞み込む者ショゴスと呼ばれる古の錬金術に、主と呼ばれていた旧支配者オールドワン

 そして何故、フェイクは全てを吞み込む者ショゴスをファナンに与えたのか。

 謎は山積みである。


「よし! 一旦考えるのは止めよう!」


「……」


 考えても埒があかないと判断したヘルメスは早々に思考を放棄してしまった。

 しかし先程からぼんやりと天井を眺めてばかりのジン、その顔をヘルメスは覗き込み、金色の綺麗な長髪を垂らしてジンの鼻腔を甘い匂いでくすぐる。


「まだアンチスミスやフェイクについて考えているのか? 父様はあの文章で何かに辿りついたようだが、自分達には――――」


「いや、ジジイの件でお前ぇに今の状況で話すかどうか迷ってたんだ」


 ジンの予想外の返答に、ヘルメスは嫌な顔一つせずただ優しく微笑んで顔を覗き込んだまま言う。


「……なるほど。今この状況でそのような言い回しをするという事は早く伝えておきたいんだな? ジンはいつも回りくどいぞ? フフ、もっと素直に言ったら良いじゃないか」


 ヘルメスの予想外の反応に、ジンは驚きの表情で乾いた笑い声をあげる。


「はは……お前ぇ、ホント何があったんだよ」


「そうだなぁ、色々あったぞ? ファナンに捕まって牢で身動きのできない自分を散々痛めつけたうえに、顔を舐められたりな。あれは本当に心が折れかけるぐらい気持ち悪かったぞ?」


「おいちょっと待てッ!? 何だそれッ!!! あのクソ野郎……ッ!!!」


 思わず上半身を起こしてキレるジンの反応がとても可笑しく笑ってしまう。

 ヘルメスもジンの変化が気になっていた、どうも今のジンは色々とスッキリしているように感じていた。


「君、そんな反応もするんだな。フフ、もしかして妬いてるのか?」


「はぁっ!? だ、誰が嫉妬なんかすんだよっ!? 大体お前ぇが俺の言う事を最初から聞いてりゃんな事に――――」


 ヘルメスはベッドの上でジンの身体を思い切り抱きしめ、言葉を遮る。


「フフ、可愛い奴め。大好きなお姉ちゃんが他の男の人に盗られたみたいで妬いてるんだな~? うりうり~」


「お前ぇ……」


 てっきりいつものようにジンを茶化しているのか思ったが、今回はどうやら違うようだ。

 ヘルメスの身体が震えている。


「ずっと会いたかった……。こうして君を抱きしめたかった……。自分でもよくわからいぐらい、こんな事は生まれて初めてだ……。――――恐かった……」


 本音を漏らすヘルメス。

 それはそうだろう。

 見知らぬ土地で、見知らぬ男達の前でロクに身体の身動きも取れず痛めつけられたのだ。

 どれだけ常人を逸脱した身体能力を持っていようが、必死に心が折れまいと耐える事のできる精神力を持っていようが。

 ヘルメスはまだ20歳に満たない女の子。


「泣きたかったが不思議と涙が出なかったんだ……。よくわからないがとにかく辛くてしょうがなかった……」


「っ!?」


 涙も流せず、ひたすら虚勢を張って恐怖に耐えるしかなかった。

 その言葉にジンはアリスの言っていた事を始めて理解する。


 ――――悲しい時に、涙一つ流せねぇ事がどれだけ辛いか。


「ジン、君をこうして抱きしめたかったんだ……。だから頑張れたんだ……」

 

「ヘルメス……」 


 今まで無い程の弱さを見せるヘルメスに、ジンは――――


「俺は今後どんな事が起きようとヘルメスの側に居続ける、必ずだ。この命はヘルメス=エーテル、お前ぇにくれてやる。”この命が尽きるその時まで”」


 自らの意思で、存在の全てをヘルメスに捧げると宣言する。

 不老不死の存在がその命尽きる時まで、と。


「うん……。絶対だぞ……? 嘘は嫌だからな……?」


 答えは短くとも。


「――――おう」

 

 想いはどこまでも深く、深く。

 偽人ホムンクルスは、人間の少女に恋をしてしまっていた――――

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