表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
英雄の再来
50/80

12話:青年は信じて進む

 地下に作れられた洞穴。

 そこは青年が一人で住む隠れ家となっており、入り口は錬金術のみで開閉するので解読眼デコードが無い限り外部の者に居場所が見つかる可能性は極めて低い。

 そして時は遡り。

 現在、ジンはひょんな事からその隠れ家へ招待されていた。

 

「……しっかし、割とちゃんと生活できそうな場所だよなここ」


 剥き出しの岩壁にはいくつかのランプが設置されているので明るさに不自由はない。

 広さも一人で住むには十分な空間ができていた。

 数々の書物が本棚にびっしりと敷き詰められており、その近くにあるテーブルの上には書物や何枚もの資料と様々な植物の素材クズなどが置きっぱなしとなっている。

 辺りを見渡すジンに青年は少し照れ臭そうに頭をかいて言う。


「あ、あはは……。まぁ流石に地下だけあって空気は悪いけど……人体に影響を及ぼさない程度には気も遣ってありますよ」


 僅かに流れる和やかな雰囲気とは裏腹に。

 二人は絨毯の敷かれた床であぐらをかき、珈琲を啜りながら深刻な話をしている最中。

 その驚くべき内容を聞かされ、先程からジンは胸がざわめかせていた。


「……最初から嫌な予感はしてたんだ。だがよぉ、まさかそこまでヤベェ事になってるなんて思わなかったぜ……」


 地上で突如ジンに襲い掛かってきたチンピラ達の正体や、その黒幕。

 このラティーバで何年にも及ぶ悪夢についてを全て聞かされたのだ。


「くそっ……。やっぱあん時、無理矢理にでもあいつを引き離しておくべきだったぜ……」


 ジンは頭を片手で掻き毟りながら床を睨みつけてヘルメスと別れた事に対して後悔の言葉を口にする。

 何せあのヘルメスは森で出会った少女と村を救う為にきっと単身で村に乗り込んでいるはずなのだ。


「あの馬鹿が……ッ」


 次から次へとジンの悩みは増えていく一方。

 険しい顔で苛立ちの込もった声を発するジンに、青年は怯えながらコーヒーカップをゆっくりと床に置いて不安そうに尋ねていく。


「さっき君が言っていた連れの女性なんだけど……。恐らくもう悪魔の手先によって村に拉致されてると思うよ……」


 物騒な言葉にジンは考える前に勢い良く立ち上がって青年の胸ぐらを力任せに掴みかかってしまう。


「あぁッ!?」


 その衝動でせっかく提供された珈琲は無残に床へとぶち撒けられ、青年も気迫に満ちたジンの怒りに恐怖で身を震わす。


「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! す、すみませんっ! や、やめてください! ごめんなさいっ!」


「……」


 必要以上に怯える青年の姿にジンはバツの悪そうな表情で静かに手の力を緩めて床へと解放してやる。

 すると青年は咳き込みながら床に両手をついて苦しそうに息を整えていき、ジンは冷静さを取り戻していく。

  

「……急に掴みかかって悪かったな」


「……い、いえ。ぼ、僕の方こそ嫌な思いさせちゃてすみませんでした……。無神経すぎてすみません……」


 先程からずっとこの調子だった。

 青年はちょっとした事で必要以上に怯え、ジンが悪かったにも関わらず謝罪をしてくる。

 調子が狂いっぱなしのジンはつい溜息を吐きながら情けない青年の前に再び座り込んで話を続けていく。


「……そう言やアンタ。村から唯一脱出できた人間なんだろ? 何でいつまでもこんな洞穴にビビって隠れてんだよ。他の国なり逃げる場所が他にあんじゃねぇのか?」


 地上にはファナンの手下による監視網が常に敷かれている。

 万が一にでも見つかってしまえばすぐに殺されてしまうだろう。

 ジンには何故、危険と常に隣り合わせだというのに未だこのラティーバに留まり続けているか謎だったのだ。


「それは……」


 青年は両手を床につけたまま動きを止めて弱々しいく表情を歪めていく。

 そして静かに顔を上げると、そこには怯えが混じっていながらも今までに見せてこなかったとても強い意志を感じさせる表情でジンを見つめだす。


「……えーと、あ、あの、今更ですけど、お、お名前は……?」


「……ジン。だから何だってんだよ?」


「あ、す、すみませんっ! ぼ、僕の方こそ申し遅れてすみませんっ。ぼ、僕は”アラン・マクター”と申します。えと、それでジンさん……」


 アランはジンから視線を逸らし、日頃から錬金術の研究に使用しているテーブルを指さす。


「先程も言いましたけど……僕達の村を支配している根本的な問題はあの悪魔……ファナンに対する恐怖じゃなく、――――違法薬ドラッグによる中毒性なんです」


 唇を噛み締め身体を震わすアランに、ジンは少し前の記憶を思い出す。


「……さっきアンタも吸ってた薬だろ? いくら小さな村だって言っても本当にんなもんで簡単に支配されちまうもんなのか?」


 両手を頭の後ろに回し、いまいちピンとこないジンにアランは拳を強く握り締めて面と向かい思わず口調を荒げてしまう。


「実際に違法薬ドラッグを摂取した者にしかこの苦痛は理解できません……ッ、僕達はもうあの薬が無ければ生きていけない身体なんですッ! その恐ろしさは世界が禁忌に指定する程なんですよッ!!」


「お、落ち着けってっ!」


 声を荒げて叫ぶアランから漂う尋常ではない気迫にジンはつい身をよじらせてしまう。

 そして黒い歯車スレイブ・ギア同様、禁忌に指定されていると知るやジンの表情にも曇りが表れ、その深刻な問題に眉間のシワを寄せて反応していく。


「何となく危ねぇ代物だってのはわかった……」


 違法薬ドラッグによって支配されていると言う事は、黒い歯車スレイブ・ギアによって支配されている今の自分とまったく同じ。

 感じたくない奇妙な親近感によりジンの真剣さが増していく。


「……で、その違法薬ドラッグってのから解放される方法はねぇのかよ?」


「……」


 アランは静かに立ち上がり、テーブルの前に向かって数枚の資料を手に取ってそれをジンに見えるように掲げる。


「これこそが……この国から逃げずに僕がこんな洞穴で研究を続けている理由です。僕は村から脱走してからずっと違法薬ドラッグに対抗する為の薬をずっと研究し続けてきました」


 村を救いたい、大切な家族を救いたいとアランはずっと一人で戦い続けてきた。

 勇気の結晶とも言える大事なその成果の一部を見せながらアランはふと目頭に涙を浮かべて声を震わす。


「実は僕には妹と祖父が居るんです……。父と母は僕達の前で殺されちゃったんですけどね……」


 過去のトラウマによって自然と身体も震えてくる。


「それって何年前だよ……」


「ファナンによる支配が始まってから少し経った時に僕は脱走したんで約八年前です……。だからもう妹と祖父も生きているとは限らないんですけど……」


「……」


 目を伏せ、暗い影を落とすアランの反応でジンは悟ってしまった。

 そして思わず余計な事を聞いてしまったと慌てて口を閉ざすジンに、アランは気を遣わせてしまったと弱々しい笑みで続けていく。


「それでも……っ。例え家族がもう居なくても……っ、あの村は僕達が育った大切な故郷なんですっ。だから……僕は村を救いたいくてずっと研究を続けてこれましたっ!!」


 大切な故郷という感覚を残念ながらジンは持ち合わせていない。

 ただそれでも、アランの想いはジンの心に届いていた。


「面倒くせぇな……。俺の連れもその村に多分いる」


 ジンは面倒臭そうに立ち上がると、ズボンの両ポケットに手を入れながらテーブルの前に立つアランの横で止まり、テーブルに腰掛けた。


「……申し訳ないですけど……恐らくそうでしょうね。……彼らの監視網は凄まじいですから、見慣れない旅行客の人達が攫われたりもします」


「……アンタが研究し続けてたって薬はまだ完成しねぇのか?」


 天井を仰ぐジンにアランは視線を床に落として悔しそうに唇を噛み締めながら告げる。


「研究を重ねてきてようやく判明したんですが……、完成させるには”ある古獣”の心臓が必要なんです……」


「……あん? もしかしてその古獣ってデモングジラじゃねぇだろうな?」


 テーブルに腰掛けながらジンが暗い表情を浮かべるアランを覗き込む。

 するとアランは無言で首を横に振り。


「その古獣は謎が多くてですね……。この国に高価な宝石が獲れる洞窟があるんですけど、その一番奥にずっと居続けてる不思議な生物なんです……。何故か洞窟からは一切出てこず普段なら人畜無害な生物なんですけど、最深部に到達した人間には驚異的なまでの力で容赦なく襲い掛かってくるそうです……」


「冗談きついぜ……」


 違法薬ドラッグに対抗する薬を構築するにはその古獣の心臓が必要。

 だが、古獣一頭を討伐するだけでも凄まじい数の戦力が必要となる。

 二人はとてつもない絶望感に見舞われてしまう。

 しかし。

 

「一応聞いとく……。そいつの心臓が無ぇとホントに構築できねぇのか? 賢者の石じゃ無理なのか?」


 万が一の自体も考えるとジンの体内に賢者の石が存在するという事実は隠し通すべきだが。

 今回はヘルメスが絡んでいる可能性がある以上、いざとなればジンは原点の式オリジンコードを提供するつもりだったが。


「そうですね……。構築者に錬金術の知識を与え、ありとあらゆるモノが構築できてしまう賢者の石さえあれば心臓は必要ないんですが……まず無理でしょうね」


 普通に考えれば伝説の錬金術師、アンチスミスの遺物である賢者の石など手に入れる事はできない。

 あまりに現実味のないジンの提案にアランは項垂れてしまう。


「……」


 それに今の賢者の石はジンの媒体となっており、例え胸を抉り賢者の石を顕にしてもすぐに肉体を再生させてしまう。

 更にアリスは、”今の賢者の石からは錬金術の知識を得られない”とジンに告げていた。

 ジンの甘い考えは益々、二人の絶望感に拍車をかける結果で終わってしまった。


「「……」」

 

 互いに床をぼんやり眺めて沈黙が流れ始める。

 どう考えてみても古獣から心臓を奪うしか手段がない。

 しかしそれすらも限りなく不可能に近い。

 無慈悲な現実にジンは己の中で苦悩していくばかりだった。

 どう考えても解決策が見当たらない。 


「クソッ……」


 いくら俺が不死身の身体だろうと、相手も同じようなもんだしなぁ……。

 例え奇跡が起ころうが古獣をたった一人で倒すなんて不可能に決まってんじゃねぇか。


「……」

 

 それにヘルメスが違法薬ドラッグを投与されているとも限らねぇ。

 そう考えると、わざわざ古獣と戦ってやる理由も義理も俺にはねぇしな。


「……」


 でも……。

 あの馬鹿ならこんな時、きっと迷わず古獣相手だろうと単身でも挑むとか言い出すんだろうな……。

 ケッ、悪ぃが俺にはそんな正義感なんてこれっぽちもねぇよ。

 

「……」


 ――――ジンは優しいな。


 あん……?

 これ……”どっち”の言葉だよ。

 つか止めろ……俺は優しくなんてねぇよ。


 ――――フフ。


 だからどっちの声だよこれ……。

 やらねぇっつってんだろ。


 ――――知ってるよ。


 ……いい加減にしとけ。

 俺はんな面倒事に巻き込まれたくねぇんだよ。


 ――――信じてる。


 ……。

 …………。


「わぁったよッ!! クソッ!!! ……おい、その古獣の居る場所まで俺を連れてけ」


「し、し、し、正気ですかっ!? と言うか何故いきなりそうなるんですかっ!?」


 唐突なジンの発言にアランは驚きのあまりその場から飛び跳ねるように壁を背にして離れてしまった。

 するとジンは深い溜息を吐きながら洞穴から出ようと階段へと進んでいく。


「今の俺が正気に見えるか? ……んなわけねぇだろ」


 決してジンはヘルメスのように誰彼構わず助けになろうと考える程お人好しではない。

 だが恐らく――――ヘルメスが待っている。


「人の話もロクに聞かねぇで勝手に面倒事に巻き込まれやがって……どうしようもねぇ奴だな」 


 文句を言いながらもジンはヘルメスの身を案じていた。

 覚悟を決めて地上に出ようと移動を始めると、アランが慌ててジンのシャツを掴んで引き止めてきた。


「れ、冷静になってくださいっ! 一人で古獣に立ち向かうなんて死にに行くようなもんですよっ!?」


「はぁ……。俺なら死なねぇから心配すんな……。つか、俺の気が変わらねぇ内にその手ぇささっと離して案内しろって」


「な……っ」


 古獣をも恐れないそのジンの姿に当てられたアランは情けない事に今にも泣き出しそうに表情を歪めてジンのシャツを掴んだまま俯く。


「何で……何でジンさんはそんなに強いんですか……ッ」


「……あぁ? 別にんなんじゃねぇよ。……俺が行かなきゃ誰かが何とかしてくれんのかよ? しゃーねぇだろうが……」


 勝てる見込みなんて無い。

 それでも、気がつけば身体が勝手に動いていた。


「……」


 いや、それは嘘だった。

 ジンは、ヘルメスの力になりたかったのだ。

 ヘルメスがその村を救う、そう決めたからこそ今自分にできる事をしようとしている。

 本当にただそれだけだった。


「ぼ、僕なんて……古獣どころか……っ、今もこうしてビクビクしながら一人だけ安全な場所に隠れてファナンに立ち向かう事すらできないのに……っ!!」


 救いたいのに救えない。

 自分の情けなさを告白して身体を震わすアランにジンは歯軋りを鳴らして振り返る。


「あー……わかった。俺、アンタ嫌いだ」


「え……っ!?」


 思わずアランはジンのシャツを握り締めていた手を離してしまう。

 するとジンはズボンのポケットに両手を入れてアランと向かい合わせになって顎を少し上げて鼻を鳴らす。


「ケッ。何も心配いらねぇって言ってんだよ。どうせその悪党ならヘルメスが絶対ぇ倒す。だから俺とアンタはその後の処理だけ考えてりゃぁ良いんだっての」


「そ、そんな……っ! 確かにファナン自身の戦闘能力はそれほど高くありませんけど、奴の錬金術は人体に様々な影響を与えてきてまず勝負にすらならない……っ! それにその周囲の取り巻きだって――――」


 話の途中でジンは鋭い牙を見せて微笑みながらつい口を挟んでしまう。


「何だんなもんかよ」 


「そ、そんなもんってっ!! あ、貴方はファナンの恐ろしさを知らないからそんな事が言えるんだっ!! 王従士ゴールデンドールとして認められたその実力は本物なんですよ……っ!!」


 自分の両手を必死に握りしめ、何とかファナンの恐ろしさを伝えようと懸命に身体を使ってまで表現しようとしているが。


「んな野郎ヘルメスの敵じゃねぇよ」


「っ!?」


 アランの抱くファナンに対する恐怖はまったくジンには届かなかった。


「アンタが言うように例え何かしらの錬金術であいつが弱くなってようが――――ヘルメスなら絶対ぇに負けねぇ」


 その声はとても自信に満ち溢れていた。

 嬉しそうに微笑むジンの姿からアランはその強い絆を感じつつ、更に心の纏わりつく暗闇を一気に晴らされた気がして言葉を失った。

 

「……さて。わかったらさっさと入り口開けて案内しやがれ」


 再び階段に向かい背を向けるジンにアランは俯きながら静かに問いかける。


「……っ。僕も……っ、僕も貴方達のように強くなれるでしょうか……っ」


 ジンは背を向けたまま足を止め。


「……俺らがどうかは置いといて、別にアンタは弱かねぇだろ」


 アランの強さを認めていた。


「こ、こんな臆病な僕でも……っ、村を救えるでしょうか……っ!!!」


 そしてさも当然のようにジンは告げる。


「むしろアンタ以外に誰が救うんだよ。あくまでヘルメスは悪党をぶっ倒すだけだ。うじうじ言ってねぇで早く来いよ」


 ぶっきら棒にそう言い放ち、再び足を進めるジン。


「……っ、っ、……っ、」


 涙を拭い去り強くなりたいと願う青年と、少女を信じて行動に移る青年の二人は、無謀な試みに挑むのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ