11話:少女の憧れた理想、抱いた願い
「これは……」
虚無感漂う灰色の煙、燃え上がる元民家。
意識を失い、無残に倒れこむファナンの手下達。
中には斬りつけられた痕から大量の血を流して息絶える者も。
「これはどういう事だッ!!!!!」
信じられない光景だった。
怒りと焦りから嫌な汗を流し、その惨状を目の当たりにして怒り叫ぶ男。
この村を不幸な悪夢で包み込んだ元凶、村人達だけでなく付き従う手下達からすら悪魔と恐れられるファナンは思わず自分の目を疑ってしまった。
「……っ」
背後に引き連れていた数人の男から、切羽詰った表情でファナンは怒り顕に適当に一人の胸ぐらを両手で掴んで強引に引き寄せる。
「ふざけるなよ……、相手は僕の薬で弱った奴と貧弱なガキ共だぞ……、なのに――――何だこの有様はッ!? 何故こうなったッ!? えぇッ!?」
「そ、そう言われましてもっ」
数十分前、牢にぶち込んでいた二人の少女が脱獄したと手下から報告が入った。
自分の構築した薬に絶対の自信があったファナンは何かの間違いだろうと思ったが、手下達の必死な慌てように嫌な予感がしつつ牢に赴くと、そこには喉を掻っ切られた二人の手下と爆発でも起きたのかと思える程の大破した空の牢があった。
「ガキ二匹に引っかき回されやがって……っ、僕の国を……こんなに乱しやがってッ!!! 絶対に許さないッ!!!!!」
「ぐふぁっ」
掴んでいた男を乱暴に地面へ叩きつけて八つ当たりをするファナンに周囲の手下達は身を硬直させてただ怯える事しかできなかった。
「はぁ……はぁ……」
村の出入り口を見張らせていた者の証言ではまだ二人の少女はこの村から出てはいない。
まだこの村のどこかに居る。
「……っ」
少なくともファナンにとって、このような事は前代未聞だった。
まさか完全に支配していたこの村で今更ここまで大掛かりな謀反が起こるとは予想だにしていなかった。
「クソオッ」
「うっふ、ぁ」
地面に倒れていた手下の腹を強く蹴り上げてその怒りを何度もぶつけていく。
「クソッ、クソッ、クソッ!!!!!」
「……」
いつしか男は地面で完全に意識を失い、息を荒げながらファナンは血走った目で背後の手下達を睨む。
その瞬間、全員の肩がビクッと反応した。
「いつまで……好き放題させておくつもりだッ!!! さっさと奴らを僕の前に引きずり出せこの無能度もがッ!!!」
「で、ですが相手はエーテル家の錬金術師ですよっ!? いよいよ錬金術なんて使われちまったら俺達には無――――」
ファナンの尋常でない殺意を含んだ視線がそれ以上の言葉を禁じる。
「誰一人……僕の国から逃がすな……ッ!!! そして必ずあのガキ共は生かして僕の前に連れてこいッ!!!!!」
例え自分達の命が失われようとも、決してファナンの命令には背けない。
「「っ、了解しましたっ!!」」
逃げ出すように手下達は二人の少女の行方を追って一斉に散っていく。
ここまで苛立っているファナンは久しく見た事がなかった。
早く少女達を見つけねば本当に自分達の命が危ないとその場の全員が感じていた。
「……」
その場に一人になったファナンは眼鏡の位置を修正しながら静かに燃え上がる民家へと視線を向けていく。
「あの状態でよくもここまでやってくれたな……」
錬金術を封じていたはずの少女が実際に自分の前で錬金術を発動させたあの時。
妙な違和感に気づいていた。
薬は完璧だった。
なのに少女は錬金術を発動する事ができた。
「……ッ」
世界最高峰の錬金術師、エーテル家。
後継者が落ちこぼれだったが為に過去の栄光は完全に失い、今では堕ちた名家とすら称される始末。
その噂はギリスティア国内だけでなく、このラティーバにも届いていた。
だが――――
「はは……。はっはっはっ」
ファナンは片手で顔を覆って空を見上げて笑い声を上げ、手の隙間から血走った目を見せる。
「認めよう……。流石はエーテルだ。だが例えエーテル家でも僕には勝てない。この僕の手でその血を完全に根絶やしにしてやるッ!!!!!」
日は間もなく沈む。
セラの祖父、ジェイドの公開処刑の時間も迫っている。
「マクターの前に……僕自らの手でエーテルを処刑してやろうじゃないか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃。
「っ、はぁああああああああああッ」
「ぐ、は、ぁ、っ」
建物の影から突如、朱色の瞳を光らせて二本の剣を豪快に使いこなし、鮮血に染まる少女が奮闘していた。
「ハァっ、ハァっ……」
また一人、男はその場に血飛沫を上げて倒れこむとヘルメスは苦しそうに一本の剣を地面に突き刺して膝をつて休む。
「くっ、……薬の影響とは言えまさかここまで体力が落ちているとは自分もまだまだ修行不足だな」
そうは言いつつも、ヘルメスが築き上げてきた屍は既に数十となっている。
ファナンの特殊な薬を投与された者は立つ事すら間々ならないと言うのに、ヘルメスは今も徐々に敵の数を減らしている。
常人離れしたその身体能力はもはや異常という言葉すら超越していた。
「セラは上手くやってくれているだろうか……。いくらなんでも、そろそろ自分も限界が近い……」
ヘルメスは工場をあっさり制圧すると、セラを工場に残して村人達に共に戦ってくれるよう説得させ、それまでの間に少しでも敵の戦力を減らすべくこうして一人で戦い続けていた。
しかし、やはりファナンの薬の効果は絶大でいくらヘルメスでも気を抜けば今すぐにでも意識を失いそうになっていた。
「フ……弱音なんて吐くな」
ヘルメスは瞳を閉じて自嘲気味に微笑みながらそう自分に言い聞かせてゆっくりと再び立ち上がる。
「このままじゃ……駄目なんだ」
突き刺していた剣の柄を握る手に力が込もる。
「自分は誓った――――強くなると」
どれだけ薬によって身体が限界まで弱ろうとも、ヘルメスをこうして立ち上がらせる源はアリスとの誓いだった。
「心配しないでください師匠。自分はもう昔のように泣いてばかりの弱い子供じゃありません――――」
力強く瞳を開き、凛々しい表情で剣を大きく引き抜き。
「自分は貴方との誓いを守り抜いてみせます」
強い意志がヘルメスの限界を何度も超えさせていく。
その最中、様々な人物の姿が脳裏に過ぎる。
そして一番奥には、ぶっきらぼうに”彼”が手を差し伸べてヘルメスを待っていた。
「……フフ。もう随分会っていない気がする。早く……君に会いたいよ。ジン」
ジンに会いたい。
何故、そう思ってしまうのかヘルメスにはわからなかった。
それでも、今でもこうしてこの状況で微笑む事ができるのはジンのおかげであるという自覚はあった。
「さて、先を急がねば」
先程から敵の数が急に増えだしてあちらこちらに駆け回り村全体が慌しい。
今頃になってファナンが必死の形相でヘルメス達の行方を追っている事は間違いなかった。
再び影に身を潜めつつ、それでもヘルメスは臆する事なく敵の数を減らしていく。
「待っていろよ。君のおじいさんが捕まっている場所までもうすぐだ」
敵の数を減らしつつ、ヘルメスはセラの祖父の奪還も請け負っていた。
セラから聞かされた地理情報では間もなく処刑台に辿り着く。
「っ!?」
ヘルメスは細心の注意を払って先を急ごうとした、そんな時だった。
「おい! こっちに居たぞ!」
「ようやく見つけたぞ……このバケモノ女っ!!!」
「ぜ、絶対に逃がすんじゃねぇぞお前らッ!」
数十という徒党を組んだ敵に見つかってしまった。
「クッ……」
僅かに休息をとってしまった事で気配を察知しきれなかった。
薬の影響とは言え自身の未熟さが招いた結果だ。
四方は囲まれ、逃げる事もできない。
この数を今の状況で相手にするのは至難の業。
ヘルメスは一気に窮地に立たされてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
処刑台の上で無骨な鉄棒に両手を回して手錠で拘束されその場から身動きのできない老人もまた、村の異変に気づいていた。
怯えるように必死で走り回るファナンの手下達を霞んだ瞳で観察していた。
「おいっ! そっちはもう探したのかっ!?」
「あぁっ!! 女共は居なかったっ!! 次はあっちだっ!! 早く見つけねぇと何されるかわかったもんじゃねぇっ!!」
「くっそ、あの女……エーテルの錬金術師なんて連れてきやがって……ちきしょうっ」
男達は銃や剣を手にしながら、ジェイドに見向きもせず次々と処刑台付近から遠のいていく。
「……エーテル……だ……と?」
全身の傷跡はジェイドの体力だけでなく精神をも蝕んでいったが、忘れる事のないその名前が耳に届くと急に身体が軽くなった気がして何とか床から立ち上がる。
「まさかセラが……」
暗闇に囚われていたジェイドの中に、一筋の光が指してきた。
セラはエーテル家の人間に救いを求め、この村に連れてきてくれたのだ。
「……」
ふと目頭が熱くなり、溢れんばかりの涙が零れだす。
「神は……我々をまだ見捨ててはいらっしゃらなかった……」
何度も自身で命を絶ってしまいそうになった。
残された孫娘を守る為に、村人全員を裏切ってしまった。
「苦しくなかった日などない……」
罵られ、蔑まされ、あの悪魔と同じように罪を重ねてきてしまった。
どれだけ謝罪の言葉を並べようとも決して許されるはずがない。
それでも。
「ようやく……ッ、もう……誰も傷つけずに済む……ッ」
耐えられなかった。
村人達を傷つける度に、ジェイドの心に深い傷跡が生まれて苦しみ続けてきた。
だがようやくその地獄の日々から解放される、そう確信していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘルメスは初めて会ってまだ日が浅いと言うのに、セラに命を張ってまで誓ってくれた。
その気持ちに自分も応えなければならない、ヘルメスだけに任せていては駄目だ。
だからこそ、セラも村を信じて工場で皆を説得していた。
「お願いっ! ヘルメスさんと一緒に皆も戦って!」
だが先程から村人達の反応は鈍い。
突然、証明が消えたかと思えば自分達を監視していたファナンの手下達の叫び声が聞こえ、次に明かりが点いた時には倒れこむ監視役とセラとヘルメスが姿を現して村人達に混乱を招いていた。
作業はすっかり中断され、村人全員はセラを囲み俯きながら表情を暗くして耳を傾けるだけだった。
「……無理に決まってんだろ。俺達に……どうしろってんだよっ」
ようやく口を開いてくれたかと思えば否定的な発言ばかりが続く。
「いくらエーテル家の錬金術師だって言っても私達と同じようにもう違法薬漬けにされてるんでしょ? そんなの……例え悪魔を倒せたとしても違法薬の供給が無くなったら私達生きてけないじゃないっ」
「そうだっ! そうだっ! 俺達はもう……あの薬無しじゃ生きてけねぇ……っ。むしろあの女を止めるべきだろ……っ」
挙句の果てに自分達から違法薬を奪おうとするヘルメスを敵視する発言まで飛び交う始末。
その発言にセラは拳を強く握り、身体を震わせて言い返せないでいた。
そんな事はわかっている。
自分達が違法薬が無ければ生きていけないと。
「今頃お前らが好き勝手暴れたせいできっと外は騒ぎになってる……。どうすんだよ……俺達にまでとばっちりが来るじゃねぇかッ!!!」
唇を噛み締めて今まで俯いて耐えてきたセラも、もう我慢の限界だった。
あまりのその自己的な発言に思わず声を荒げてしまう。
「じゃあこのまま一生こんな生活してるのッ!?」
セラの叫びは工場全体に響き、村人達の発言を止めた。
「……。わかってる。わかってるよそんなの……っ。私だって違法薬がもう手に入らないと思うと恐いよ……っ。でも……っ、もうっ、こんな生活……っ、嫌……っ」
泣きじゃくりながら必死に勇気を振り絞って戦おうと言う少女の姿はその場にいた全員の心を痛めていく。
「でもね……? セラ、私達……もう完全に違法薬で支配されてる……。今更無茶よ……」
「あぁ……。それにあのエーテルの娘もだいぶ弱ってたじゃないか……。あの娘じゃファナンは倒せない……。俺達だって何の戦力にもなりゃしねぇよ……」
村人達は違法薬で支配されているだけでなく、抵抗の意思すら遠の昔に折られれていた。
いくらエーテル家の錬金術師がこの村を救いに来てくれたとしても、この悪夢が終わる未来が想像できなかった。
しかしそれは――――
「結局自分達が傷つきたくないだけじゃないっ!!!!!」
セラの発言は村人達の心を酷く突き刺す。
「私だって……そうだもん……っ! 皆と同じで恐くて恐くてしょうがないよ……っ! でも……違うじゃないっ! 私達の為にヘルメスさんは今も一人で傷つきながら戦ってくれてるんだよっ!? 絶対そんなの間違ってるよ……っ!!」
今まで、自分達を救ってくれようとした人間は現れなかった。
誰もがファナンを信じ、話すら聞いてもらえなかった。
例え他国の者だろうと、初めて出会った者の発言全てを鵜呑みにしてすぐに行動するとは思えない。
それでも、ヘルメス=エーテルという少女はセラの言葉を信じ、すぐにこうして救いの手を差し伸べてくれた。
「……」
だが村人達の表情は以前暗く、反応は薄いままだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァッハァッ、ファナン様ッ!! さっき仲間からエーテルを見つけたって連絡が入りやしたッ!!」
村を徘徊していたファナンの元に息を切らした一人の男が慌てて報告に駆けつけてきた。
「ほぉ……。少しは仕事らしい事をしたじゃないか。で、僕の命令通り生け捕りにしておいたんだろうな?」
眼鏡を光らせながらようやく心に落ち着きを取り戻したファナンが静かな口調でそう告げると、男も安堵から自然に笑みを浮かべて報告を続ける。
「へへっ、問題ありやせんよ。随分と数揃えてたみてぇなんで流石に負けやしませんって」
ヘルメスに襲われてまだ生きていた者の証言によると、やはりファナンの薬は利いていたようで初めて対峙した時とは違いだいぶ弱っていたらしい。
更に錬金術は一切使わずに剣と体術のみで戦っていたと言う。
「……まぁ、当然の結果だな。僕の薬は完璧だ。いくらバケモノじみた強さを持っていようとも僕の薬にかかれば雑魚も同然だ。……つくずくそんな奴の脱走を許したかと思えばお前らには失望せざるを得ないね」
「す、すいやせん……」
青ざめた表情で俯く男を尻目に、ファナンはそれでもヘルメスが見つかったという事で口元を緩めながら歩き出す。
「まぁ、今は良いさ。それよりもあの女は危険すぎる。たっく、せっかく錬金術師の奴隷を手に入れて喜んでたってのに非常に残念だよ……。ここまで国に混乱を招いたあの女はもう僕の国には要らない」
ファナンの先に立ち、男は黙ってヘルメスが居る場所へと案内をしていく。
「何度も何度も地獄を見せて愉しんで、弄んで恥辱の限りを味あわせて飽きて尽くしてから理不尽にその命を奪ってやる」
爽やかな笑顔でおぞましい発言を嬉しそうに吐くファナンに男は気が気ででなかった。
やはりこの男には逆らえない、改めてそう恐怖を抱きながら男は歩き進めて角を曲がる。
そこにはきっと仲間の手で地面に這い蹲るヘルメスが居る。
「こ、こっちです」
これで多少はファナンの気も晴れて自分達への当たりも軽減されるかもしれない、そう楽観的になっていたが。
「――――ッ!?」
男は目の前の光景に絶句して言葉が出なかった。
「なッ、何だこれは……ッ」
後からこの場に現れたファナンも思わずその光景を見上げ、身を後ろにたじろかせてしまう。
「……」
そこには。
凄まじい数の意識を失った人間による山ができていた。
その頂点にて、血まみれの女が両手に剣を握って座り込んでおり、冷ややかな視線でファナンを見下ろしていた。
「フ……随分と遅かったじゃないか――――ファナン・ヘルモント」
額から流れる血で目を霞ませ、静かに息を整えながら傷だらけの姿でヘルメスはそう口にした。
「ひっ」
あまりの気迫に手下の男は地面に尻餅をついて戦意を失ってしまうが、ファナンだけは冷静になって一歩前へ出る。
「驚いたよ……。まさかここまでとは……。我ながら僕の薬は完璧だと認識してたけど……流石にこれは自信を少し失っちゃうな」
そう言っても今のヘルメスはまるで虫の息だった。
様々な驚くべき自体はあったものの、明らかにその姿からは限界を感じとれる。
今も必死に気迫を放っているのもそれを悟らせない為であろうとファナンは察していた。
どれだけ平然を装った所でもう殆どの力を振り絞り、もう戦う力は残っていないはず。
ここにいつまでも留まっていたのがその証拠でもあった。
「はは、エーテルをこの手で殺せると思うとつい興奮しちゃうよ」
「……」
ファナンは満面の笑みで身体を疼かせながらヘルメスへと近づいていく。
「しかし解せないな。何故そこまで君は首を突っ込んでくるんだい? ……マクターの孫娘と君は出会ったばかりだってのに、よくもまぁそこまで命を張れるもんだ」
どんどん近づくファナンの問答にヘルメスは侮蔑の眼差しで静かに答える。
「目の前で困っている者が居た、ただそれだけだ……。貴様のような外道にはわからんだろうがな」
その瞬間。
ファナンは目を見開いて驚きのあまり足を止めてしまう。
「あっはっはっはっ、こいつは傑作だ。……お前正気か? 誰かれ構わず困ってる奴が居れば助けるって?」
腹を抱えて笑うファナンにヘルメスの表情は徐々に険しくなっていき、苛立ちによって少し歯を見せながら声を荒げる。
「貴様のような外道にはわからないと言っただろッ! くだらん問答など止――――」
しかし。
「――――いいや、ヘルメス=エーテル。お前やっぱ狂ってるよ」
ファナンはヘルメスの発言に被せて無理やり続きを遮った。
「困ってる奴が目の前に居たら助けるのが当たり前? はっ、何を言ってるんだコイツは……。多分、お前は今までそうやって生きてきたんだろ? そいつが悪党でも救ってきたのか? そんな事ないだろ? つまりお前は助ける人間を無意識に選別してるんだよ」
「な……っ」
ヘルメスが動揺している内にファナンはコートの袖から一本の試験瓶を用意する。
「僕と同じさ。利用できそうな人間なら喜んで僕は力を貸すし、僕にとって無価値な人間には一切手を貸さない。つまり、僕とお前は同族さ。ただお前みたいな奴はその行為を”正義”だと思い込んでる辺りがタチ悪いよね」
ファナンは器用に試験瓶の蓋に指をかけていく。
「お前の行動は所詮、偽善なんだよ。そんなものに突き動かされて命をみすみす僕に奪われるお前を見てると、馬鹿を通り越して狂ってるようにしかホント思えないね」
ヘルメスはこの様な状況で、少し考えさせられていた。
過去に何度か同じ様な事を言われた経験があったのだ。
「ま、もうお前は考えを改める必要なんてない……。これでもう終わるッ!!!!!」
「……」
ファナンは手にした試験瓶の蓋を解放し、神経麻痺と即効性のある睡眠ガスで念の為に再びヘルメスを捕らえようと高らかに宣言した。
だが、それでも。
不思議とヘルメスは冷静だった。
そして”彼ら”の言葉を思い出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自分は、憧れていた。
目の前で困っている者を決して見捨てなかった、大好きな”あの人”に。
だから、いつか自分もそうなりたい。
そうなるんだと、強く心に決めたんだ。
――――俺が正義の味方? ……馬鹿言うんじゃねぇ。ヘルメス、お前ぇは絶対に俺みてぇになんじゃねぇぞ。
自分の憧れたあの人はそう言った。
どこか、辛そうに。
哀しそうに何度もそう言い聞かせてきた。
……納得できなかった。
まるで自分の全てを否定された、そんな気分になった。
――――ふん。どうやら貴女、相当狂ってるようですわね。貴女の”地獄”は酷く歪なもの。貴女の抱く”呪い”はいつか取り返しのつかない事態を招きますわよ。
昔、”彼女”にそう言われた事があった。
互いに剣を交えながら、正義の在り方について問答をしている時だ。
その言葉は妙に印象的だったから今でも覚えている。
だが……。
大切な人を守り、失わないように自分の全てを捧げる行為の何がいけない。
――――クク、おめでとうございます。これでもう引き返せませんね。貴女の手はすっかり穢れてしまった。これからも貴女は愚者を信じ、”偽善”を信じ、今のように幾多の悪を裁き続けるのでしょう。ただ命じられるがままに、”人形”であるが故に。その先が狂気への入口だとしても、ね。
初めての”部下”と、初めての体験。
自分は生まれて初めて、人を殺めた。
とても……とても、後味の悪い気分だった。
そんな自分に対して、奴は追い討ちをかけるかのようにそう嘲笑った。
まるで、自分が信じているモノが全て偽りであるかのように。
奴とファナンは似ている。
それでも――――
どれだけ否定されようが構わない。
間違いだったとしても構わない。
自分は――――
あの日、憧れた理想を。
あの日、抱いた願いを。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「貫き通すッ!!!!!」
ヘルメスは即座に人の山から全力で飛び、ファナンの右手を勢いよく斬り落とした。
「ぐ、ぎゃぁぁぁぁああああああああああ」
簡易式を持っていた手は切断されて地面に転がり、斬り口から大量の血を噴出してファナンは地面に両膝をついて絶叫して苦しみもがく。
その姿に同情は一切なく、ヘルメスは無情にも地を這うファナンを冷徹な眼差しで見下ろしていた。
「自分に同じ手が通じると思うな……。そして――――セラ達の苦しみはこんなものではないぞッ!!!!!」
「ひぃ、ぎ、ぅ、」
情けない声を漏らそうが、ヘルメスは一切容赦する気はない。
「さぁ、立て外道。貴様には……地獄を味わってもらうぞッ!!!」




