7話:守り抜く少女
「……ん……――――っ、」
あれからどれだけ経ったのだろう。
酷い吐き気と頭痛に見舞われ、ヘルメスは冷ややかな感触がする中、ようやく意識を取り戻した。
何故か全身は異様な程に重く感じ、瞼を開く事すら苦痛に感じてしまう。
「っ、何だこの痛みは……っ、」
あまりの激痛に重苦しく感じる右手で額を押さえ、それでも何とか苦しみに耐えながら上半身をゆっくりと起こす。
「……っ、はぁ、はぁ、」
まるで脳が直接、揺さぶられる思いだ。
全身を襲う激痛によって表情はすっかり歪み、少し起き上がっただけだと言うのに、大量の汗を流して息が荒くなる始末。
明らかにおかしい。
「……っ、……」
頭が本当に割れてしまいそうな激痛が走り、ヘルメスは何度か耐え切れず倒れそうになってしまう。
「……くっ、一体、はぁぁ……、はぁっ、……自分は、……っ、」
必死に額を押さえながら瞳を開くと。
「……はぁ、はぁ、」
視界はぼやけているが、何とか認識はできる。
目の前には鉄格子、視線を下ろすと鉄の床。
意識が戻った時に感じた冷たさをこの床が原因だったようだ。
周囲を見渡すと前方以外の鉄格子以外は全て鉄の壁に囲まれている。
「はぁ、はぁ、どうやら……自分は捕まったようだな……」
ほんの僅かだが痛みが少しだけ引いてきた。
ヘルメスは両手を床につきながら肩を震わせて自分の全身を確認していく。
特に手錠や足枷などで拘束はされておらず、身体には特に傷もなく乱暴された形跡は無い。
「……」
別に自分の外見が魅力的だとは思っていないヘルメスだったが、この時ばかりは万が一の事を考え、恐怖の震えていた。
だがその心配もどうやら無かったようで、心の底から安心して胸を撫で下ろす。
「しかし、はぁ、……自分のコートは、はぁ、一体どこへ……」
この牢屋をどれだけ見渡しても、ヘルメスのいつも着ているコートは見当たらない。
という事は、内側のホルスターに仕舞ってある魔銃も失ってしまったのだ。
何故か眼鏡だけはかけられていたのが唯一の救いだった。
「しかし、はぁ、はぁ、……静かだな」
妙な静けさを不審に思ったヘルメスは眼鏡を外し、解読眼で周辺を見渡してみるが自分以外に見張りの人間すら居なかった。
「……とにかく今のうちに急いで脱出しよう」
ヘルメスは何とか鉄格子を掴んで寄りかかり、足を震わせて何とか立ち上がると、力ずくで鉄格子を破ろうと力を振り絞っていくが。
「ふぎぎぃ……っ、はぁっ、はぁっ、そんな馬鹿なっ、はぁっ、……っ」
いつもであればこの程度の細い鉄格子ぐらい軽く破って脱出できるはずだったが、ヘルメスの馬鹿力を持ってしても何故かこの鉄格子はビクともしなかった。
そして力尽きるようにその場に膝をつき、想像以上に身体に負担がかかった事で苦しそうに瞳を閉じてヘルメスは呼吸を荒げていく。
「はぁっ、はぁっ、まさかっ、はぁっ、錬金術で強化でもされているのか……っ」
異常なまでに頑丈なこの鉄格子を、ヘルメスが驚きの表情で見つめていると。
「っ、くっ……」
少し離れた場所から複数の足音が近づいてきた。
それに気づいたヘルメスは足を引きずりながら急いで鉄格子から離れ、息を切らして壁を背にしてもたれると。
足音がヘルメスを幽閉されている牢の前で止まり、衰弱しきったヘルメスの姿にゲスな笑顔を浮かべた男達が現れた。
「ほぉ……、これは驚かされた。まさかもう起き上がってるなんてね……」
男達がそそくさと道を開けるとその背後から、どこかで聞き覚えのある声の主が、眼鏡の位置ズレを修正しながら牢の前に進んでくる。
灰色の研究衣コートを着る男がすぐ前に来ると、男達の中の一人が速やかに木製の椅子をその場に置く。
「ふむ」
用意された椅子に腰かけると、偉そうな態度で足を組み、肩で息をするヘルメスに満面の笑顔を向けて仰々しく両手を広げる。
「我が国にようこそ! ヘルメス=エーテル! 僕は国王として君の入国を快く認めるよ!」
「はぁ、はぁ、我が国……だと……? それに……、貴様、どこかでその声を……」
戸惑いを見せるヘルメスに、男は不気味に微笑んで両手を勢いよく叩いて音を響かせた。
すると――――
「ッ!?」
男達の影から、ヘルメスのコートを太い腕にかけた男が――――。
「セラッ!!!!!」
反対側の腕で意識を失ったセラを抱えて現れた。
先程から朦朧としていたヘルメスはようやくセラを思い出し、何とか助け出そうと鉄格子を破ろうと駆け出すが。
「うっ、くっ」
上手く脚に力が入らず、盛大に床に転び倒れてしまう。
身体を震わせ何とか立ち上がろうとするが、どうも先程から身体が言う事をあまり聞かない。
床にヘルメスが這い蹲ったままでいると、椅子に座る男が愉快そうに拍手を送る。
「あっはっはっ、まだそれだけの元気があるのかい? 君はどこまで僕を驚かせれば気が済むんだよ」
その発言にヘルメスが鉄格子越しに睨みつけると、男は静かに拍手を止め、セラを抱える男に向けて床に指を差す。
「何を……はぁ、……するつもり、だ……」
セラは椅子に座っている男の前に置かれ――――
「僕の名はファナン・ヘルモント」
男は革靴を履いた右足を上げてセラの頭へと狙いを定め――――
「これから君が仕える王なんだ、だからね?」
「お、おい……ッ!!」
ファナンがこれからする行為に気づき、必死に身体を起こしてそれを阻止しようとしたが――――
「もっとこうさ……言動には――――気をつけるんだ、なぁッ!!」
意識を失うセラの顔を、ファナンは容赦なく踏みつけた。
その行為は何度も何度も繰り返され、セラの愛らしい顔はすっかり赤く腫れ上がり、傷口もいくつかできて僅かに血を流している。
「あっはっはっはっ、僕は王なんだっ! 僕に逆らう奴らは皆こうなるんだっ! あっはっはっ!」
ファナンはセラの頭に足を置き、満足そうに両腕を組んでヘルメスを見下ろす。
「き……ッ、さッ、まぁ……ッ」
立つ事すらままならず、激しい苦痛に表情を歪めていたヘルメスだったが。
「その足をどけろぉぉぉぉおおおおおおッ!!!!!」
目の前の残虐な行為に、ヘルメスの身体中に流れる血は熱く滾り、いつしかその身体を鉄格子に向けて飛び出させていた。
猛獣のごとく鉄格子に頭から突っ込むが、鉄格子はビクともせずヘルメスの額から血を流させるだけだった。
それでもヘルメスは鉄格子を両手で握り、今までにない程に怒り満ちた表情で息を荒げながら何度も鉄格子を乱暴に揺らす。
「このッ!!!!! 外道がッ!!!!! 足を……どけろッ!!!!!」
鉄格子は破られる気配を見せないが、その凄まじい殺気に男達は思わず肩をビクッとさせてどよめいてしまう。
ファナンは今も鉄格子を煩く鳴らすヘルメスに溜息を吐き、セラの頭から足を離して椅子から立ち上がり。
「やれやれ……。少しは落ち着きたまえ――――よっとッ!!!」
鉄格子を握るヘルメスの左手を鋭く蹴り上げた。
「ふぐ……ッ、…っ、…っ」
只でさえ、今のヘルメスの身体は何故か激痛が走っている。
頑丈が取り柄のヘルメスにとって、この程度ならば何とか耐えられるが。
「が、ぁ、ッ、ぁ、ぁああああああああああッ!!!!!」
左手首を握り、その場で丸くなって想像を絶する痛みに凄まじい叫びをあげるヘルメス。
「まったく……。君は大事な人材なんだ……なるべく傷つけたくないんだよ、わかるかい? 少しは僕の寛大な処置に感謝したらどうなんだ。君を捕まえた時点で犯しても良かったんだよ?」
ファナンが牢の扉の前に移動して右手を横に差し出すと、すかさず一人の男が鍵をそっと掌に置く。
受け取った鍵を微笑みながら錠に差込み、牢の扉を開けるとその中へと入る。
「ぅ、っ、ぐ、っ、……っ」
必死に痛みを堪え、まるで跪くように床にひれ伏すヘルメスの前でファナンはしゃがみ、ヘルメスの煌く美しい金髪を乱暴に掴み上げた。
「まだ君は自分の置かれている状況が理解できてないのかな?」
左手の苦痛に悶え、表情を歪ませるヘルメスにファナンは高揚してゲスな笑顔を浮かべると舌を出し、ヘルメスの頬を軽く舐めてしまう。
「っ、ぁ、」
そのおぞましい感触は身の毛のよだつもので、肉体的な痛みとはまた違う痛みを与え、ヘルメスの表情を青ざめさせる。
今すぐにでも抵抗しようと試みても恐怖と痛みで身体がもう動かない。
「……君は僕にもう絶対に逆らえない」
身体を小刻みに震わせて言葉を失うヘルメスの髪を更に上に掴み上げ、ファナンはその光失っていく朱色の瞳に自分の目を強制的に合わせる。
二人の顔は互いの吐息が触れ合う程の距離。
「……どうせマクターの孫娘から聞いてるんだろ? 君を眠らせてここに運んだ時に違法薬を既に打たせてもらった……その意味がわかるね?」
一度でも服用してしまうと、一定時間内に次の違法薬を飲まなければ精神崩壊を起こしてしまう程の苦痛が襲う。
意識を失っている間に違法薬を強制的に投与されたと聞かされ、ヘルメスの表情が更なる絶望で凍りつく。
その表情の変化にファナンは身震いする程の快感に口元を緩め、今度はヘルメスの顎を掴み見下ろす。
「あっはっはっ、良いねぇ……良いよ、その表情。ゾクゾクしてしまう、君は美しいねぇ」
不気味な笑顔を見せ、ファナンはヘルメスの額から流れる血を指で軽く拭い、その美貌を褒め称える。
先程からヘルメスは膝をついて両手は宙ぶらりんとなり、好き放題にされ続けている。
それでもヘルメスは何とか恐怖を押し殺して凛々しくファナンを睨むが、それは逆効果でファナンを余計に調子づかせてしまっていた。
「離、せ……っ、自分に、触れ……っ、るな……っ」
「あはは……」
未だ気丈に振舞うヘルメスの言動にファナンは優しく微笑みかけ――――ヘルメスの顔を殴り飛ばす。
「かっ、ぁ、っ、はぁっ、」
無様に床に倒れ、殴られた頬を両手で押さえるヘルメス。
「……っ、」
頬は赤く腫れ、口元から少量の血が流れていた。
自分の身体に起きている異変にヘルメスが唇を噛み締めて苦しんでいると、ファナンの足がヘルメスの顔を踏みつけてきた。
「うぐっ、ぐっ……」
「もう気づいてるんだろ? そうさ、君の身体には違法薬だけじゃなくてもう一つ……”別の薬”も投与しておいたんだ」
ファナンは眼鏡のズレを修正しながら怪しく微笑み、ヘルメスの異変について説明をする。
「僕の錬金術は人体に影響を与える薬の調合が得意でねぇ……。君がいつものように力を発揮できないのと錬金術が使えないのは僕が調合した薬の効果なんだよ」
「ぁ、は、っ、」
眼鏡を怪しく光らせ、ヘルメスの顔を踏みにじりながら続けていく。
「その薬は元々、ただの人間だけじゃなく……錬金術師を奴隷にする為に新しく開発したものなんだ。錬金術師を奴隷にするのは並大抵の事じゃない。でも……人体を構築する式の一部を変化させ、錬金術を封じる事で無力化させてしまえば話は別だ。そのついでに身体能力も著しく低下させてしまう素晴らしい薬なのさ」
身体の構造を書き換え、錬金術師の錬金術を奪う。
ファナンの言う事はにわかには信じられない事だったが、現にヘルメスは先程からこうして抵抗ができずに言い様にされている。
「ま、わざわざ新薬を使うまでもなかったかもしれないな。……君の噂はこのラティーバにまで広がってるよ。エーテル家の錬金術師でありながらその名を地に貶めた”出来損ない”だってね」
その言葉に、ヘルメスは自分の顔を踏みにじるファナンの足を掴む。
「……り消せ」
「ん~……?」
反抗的な態度を見せるヘルメスに、ファナンは足に力を込めていく。
「何だ? 事実を言われて怒ったか? あはは、何もできないゴミが……。その程度の力でよくも僕の国を争うとしてくれたなぁッ?」
その瞬間。
「……ッ、取り消せぇッ!!!!!」
必死に怒り叫ぶヘルメスの両手から夥しい量の青白い光が放たれた。
「な、そ、そんな馬鹿なッ!?」
情けない声と共に慌ててヘルメスの顔から足を離して後退するファナンとどよめく男達。
薬の効果で錬金術を封じていたはずだが、それでも錬金術が発動する時に生じられる青白い
光が放たれた。
ヘルメスが錬金術を発動させただけでも驚きだったが、その尋常ではない膨大な光の量にファナンは驚愕した。
少なくとも、ただの鉄の床から構築されるものではない。
そして見る見るヘルメスの両手から得体の知れない”ナニカ”が構築されていくが――――
「ぐっ……はぁっ、」
あまりの負担にヘルメスは力尽きてしまう。
それと同時に。
そのナニカは完全に構築が終わる前に、青白い光を纏ったまま空中に飛散していき、構築が失敗に終わってしまった。
「……」
ファナンと男達は静かにその一瞬の出来事に唖然としていた。
だが。
錬金術は失敗に終わり、息を荒げて再び床で苦しみ横たわるヘルメスの姿にファナンは肩を震わせて近づいていく。
「は、はは……どうだッ!? これが僕の力だッ! 腐ってもエーテル家の錬金術師か……少し驚きはしたけど、僕の薬で錬金術は使えないと言っただろうが馬鹿めッ!!」
しかし、その発動すら許さないはずの薬がそれを許してしまったのだ。
背後で動揺してどよめく男達。
ヘルメスが見せた奇跡に男達は不安を呟いていく。
「やっぱあの女……バケモンじゃねぇかよ」
「で、でもよぉ、結局は錬金術も不発に終わったし薬は効いてんだろ?」
「まさか……”英雄”が言ってたのって……この女なんじ――――」
突然、鉄格子から強烈な音が響く。
「「ッ!!」」
男達は一瞬にして口を閉じて恐怖に身体を硬直させた。
何故ならば、大量の青筋を立てるファナンが鉄格子を足蹴に男達を睨みつけていたからだ。
「……誰だい? 僕の前で英雄だなんて口にしたのは――――どいつだって言ってんだよぉッ!!!」
怒り剝きだしに、息を荒げて鉄格子を乱暴に蹴り続けるファナンに、男達がすっかり恐怖に怯えていると。
「……はぁ、はぁ、……フフ、……その英雄とやらに、はぁ、恨みでもあるのか?」
どれだけ汚され、痛めつけられようと。
ヘルメスは自分の中で悪に屈する事だけは許せなかった。
この状況でそれは愚かな行為だとわかっていながらも。
最後の誇りだけでも守る為に、わざわざこの様にファナンを逆撫でする発言をして気丈に振舞う。
ヘルメス=エーテルとは、そういう女なのだ。
「……何だと?」
ファナンが振り向くと、血走った目がヘルメスを突き刺してくる。
だが後悔などしていない。
既にヘルメスは覚悟を決めたのだ。
これから自分がどうなったとしても、この男に一矢報いてセラと、セラの村を救うと。
「……”その目つき”……気に入らないなッ」
「くっ……」
とても澄んだ穢れなき朱色の瞳。
誇り高く、力強さを感じるヘルメスの瞳がファナンは気に食わなかった。
そして再びヘルメスの髪を乱暴に掴み上げてファナンは憎悪をぶつけるように睨みつけた。
「昔、ラティーバに君と同じ解読眼を持った”奴”が現れた……ッ」
過度な疲労に表情を引きつらせるヘルメスにファナンは言い聞かせていく。
「……ラティーバを襲ったデモングジラという古獣を一人で殺しただけじゃなく、このままでは滅ぶとさえ言われていた枯れ果てたこの大地すら奴は豊かにした……ッ」
殺意と苛立ちに満ちたファナンの声にヘルメスは黙って耳を傾ける事しかできない。
「今じゃ英雄として語り継がれているが……ッ、僕にとって奴は英雄なんかじゃない……ッ」
そのままファナンは完全に目を血走らせ、ヘルメスの顔を床に力一杯叩きつけて押さえ込む。
「がふっ……」
「ハァッ、ハァッ、奴に邪魔されなければ僕の計画はもっと早くに実現されたんだ……ッ、奴さえ……ッ、奴さえ現れなければ……ッ」
すっかりヘルメスの美貌は傷跡と血で汚され、見るに耐えないものとなっていた。
抵抗のできない少女に対するそのファナ
ンの狂気じみた行為に男達も流石に表情を引きつらせていく。
「ハァッ、ハァッ……」
「ぁ、ぁ、」
ようやく気が晴れたのか、ファナンは血が滲むヘルメスの髪を解放して立ち上がる。
「……ふぅ。さて、ヘルメス=エーテル。もはや君は錬金術も封じられ、僕に抵抗するだけの力も無い。更に違法薬が無ければもう生きていく事すら不可能だろう。……僕の奴隷として快く働いてくれるね?」
先程までと打って変わり。
ファナンは不気味な程に爽やかな笑みを浮かべ、手を後ろで組みながらヘルメスに自分の力となるよう求めるが。
「するわけ……、な、い、だろ……、げ、ろう……」
「……」
身体を引くつかせ床にうつ伏せで倒れ、これだけボロボロになろうとまだ強情を張るヘルメスにファナンはわざとらしく頭をかく。
そして笑顔のままヘルメスに背を向けた。
「……どうやら、君という人間が少し理解できた気がするよ」
埒が明かない事にファナンはある手段に移る。
ヘルメスに背を向けるファナンの視線の先には――――意識を失い倒れたままのセラの姿が。
「よし、この娘を殺さずに生き地獄を永遠に味合わせよう」
さらりと放たれたその言葉にヘルメスは戦慄し、辛うじて何とか顔を上げる事しかできない。
必死にセラを庇おうと立ち上がろうとするが、先程からもう足の感覚が無い。
当に肉体的限界を迎えて、この場から動く事ができなくなっていた。
「やめ、ろ……」
情けない声を振り絞るだけで精一杯のヘルメスに、ファナンは大きく口をつり上げて狂気じみた笑顔を見せて振り向く
「将来的にもこの国は高齢化に襲われる可能性が非常に高いんですよ。だから王である僕はそうならないよう、数人の女を小屋に収容しているんですけど……この娘もそこに入れましょうかねぇ~?」
完全に腐りきっている。
そもそも、ヘルメスは同じ人間の発言とは到底思えなかった。
「あ、く、ま……っ」
セラは言っていた。
今、自分の村は”悪魔”に支配されていると。
ようやくヘルメスは本当の意味でそれがわかった。
この男は、生かしてはおけない。
これ程の殺意を抱いたのは生まれて初めてだった。
「今まではこいつの爺さんに免じて大目に見てやってたけど……もう無理だ。こいつのせいでマクターも公開処刑を控えてる、こいつをどうしようと僕の勝手さ」
ファナンはその場にしゃがみ、鉄格子から手を伸ばしてセラの頭を優しく撫でて微笑みかける。
ヘルメスと同様、セラもせっかくの愛らしい顔を赤く腫らして亜麻色の髪は血が滲んでいた。
「可哀想に……。君が僕に協力さえすればこの娘も、もしかすると女としての幸せが手に入ったかもしれないのに……」
思ってもいない綺麗な言葉だけを並べ、穢れた手でセラの頭を撫でるファナンの姿は悪魔にしか見えなかった。
だが、それでも何も出来ない。
ヘルメスの怒りは頂点に達していた。
目の前の悪魔と、何も出来ない自分に。
「セラには、てを……だすな……」
「ん~……? 何か言ったかい~……?」
一切振り向く事なく、ファナンはひたすら笑顔を浮かべてセラの頭を撫でる。
「……」
すると。
「……セラを、……たすけて、ください……」
「……」
ようやくファナンはセラの頭から手を離し、ゆっくりと立ち上がって後ろに振り向く。
そして、眼鏡の位置ズレを修正してレンズを怪しく光らせ。
「あっはっはっはっ」
満面の笑みで、視線を下ろすと。
「はっはっはっ、随分と汐らしくなったじゃないかぁっ!」
そこには身体を震わせながら、何とか床に額を押し付けて土下座するヘルメスの姿があった。
「あっはっはっ、まさかとは思ったが本当に馬鹿な女だっ! 今日出会ったばかりの奴に何故そこでするのか僕には理解できないよっ! あーっはっはっはっはっ! ひぃっひっひっ、うんっ、良いよっ、はぁ……。君が僕に協力するならこの娘はもう少し助けてあげようじゃないか。優しき王に感謝してくれよ?」
そう言い残し、ファナンは嬉しそうに牢から出て行き。
男達の手によってセラはヘルメスと同じ牢に放り込まれ、二人は幽閉された。
「……」
ヘルメスは何とかセラの元に這い蹲って身体を近づけ、互いに傷ついた身体を抱きしめた。
悪には屈しない、自分の信念を曲げてしまったヘルメスだが。
「セラ……よ、かった……」
セラの胸元に顔を沈める。
自分の信念よりも、守るべきモノを守れた。
悪魔の笑い声が脳内で響き渡る中。
ヘルメスは誇らし気に、セラの胸の中で眠りにつく。
「……ジン……」
今、一番会いたい人の名前を口にして。




