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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
英雄の再来
44/80

6話:裏切りのナイト

 ギリスティアの王宮地下施設にて、表沙汰には公表できない違法な尋問が行われていた。


「……っ、……、」


 薄暗く、陰鬱とした雰囲気の小さな部屋。

 そこには弱さを見せまいと必死に声を押し殺し、苦痛に耐える男が一人。

 壁には返り血が飛び散り、様々な拷問器具が床に転がっている。


「……く、っ、……クフッ、……クッフッフッ……」


 両手は後ろに回され、何重もの鎖で椅子に拘束されたオプリヌスの姿がそこにはあった。

 黄ばんだボロ雑巾のような囚人服のあちらこちらは破れ、刺し傷や斬り傷を見せて血で染めている。

 だが、それでもオプリヌスが狂気じみた笑いを浮かべていると、重苦しい扉がゆっくりと開かれていく。


「……」


 何者かがこの部屋に入室してくると、途端にオプリヌスは笑い声を止めて黙りだす。

 長期に渡り、目隠しをされ視界を封じられているオプリヌスは、いつしか注意深くその足音に耳を傾ける事で誰なのか判別できるようになっていたのだ。


「珍しい方が来られましたねぇ」


 足音が自分の前で止まると、オプリヌスはまるで我が家に客人が訪れたように嬉々として口元を歪め、その人物の名を口にする。


「クク、ようこそ――――コルネリウスさん」


 純白を基とした研究衣の前は、三つの金色のベルトでしっかりと閉じられており、一切シワも無く清潔感漂う。

 三英傑ゴールデンナイトのトップに立ち、ギリスティアの王であるミストレア=サールージュの側近である男。

 ハイリンヒ・コルネリウスが現れた。


「ここでの生活にも慣れ、すっかりと住人らしくなったものだな。貴様にはお似合いだ、このクズめ」


「クク、おかげさまで。とても充実した楽しい日々が過ごせていますよ……」


 ハイリンヒは両腕を後ろで組み、鋭い眼光で傷だらけのオプリヌスを見下ろすと、挑発的なその態度に鼻を鳴らす。


「ようやく口が利けるようにしてやったのだ。つまらん発言など口にするなオプリヌス=ハーティス。今まで散々言われていたはずだ、貴様はただ我々の質問に答えるだけで良い」


 床に散乱する拷問器具の数々を見て、ハイリンは不機嫌そうにそれらを足で払う。


「ククッ、再会を喜びたい所ですが貴方達こそ学習しませんねぇ……ッ!? 私に質問がしたければ”どうすれば良いか”……ッ!! クックックッ、何度も言ってきたんですよ……ッ!!」


 オプリヌスはつい興奮して、身体を震わせ、狂ったような笑い声をあげながら。


「私の前に――――”アリス=テレスを差し出せ”、とッ!!!」


 原点回帰リスタートによって、最愛の恋人との幸せだった日々を取り戻す事ができなくなってしまった今のオプリヌスは、ただそれだけを求めるようになっていた。

 だがその要求は絶対に通らない。


「……っ」


 ハイリンヒはその理由のせいで、自然と後ろで組む手を強く握ってしまう。

 だが、三英傑ゴールデンナイトとしての責務を全うすべく、その感情は表にはしない。

 何とか心を落ち着かせ、オプリヌスに問う。


「……貴様の要求は下の者達から聞いていた。……答えろ。何故、そこまで必要以上にアリス、…アリス=テレスの命に拘る。陛下の命を受け、貴様の元に送られたのは三英傑ゴールデンナイトのロズマリア=フローラだったはずだ。ロズマリア=フローラや、今回の貴様の逮捕に繋がったリディア=エーデルソンとヘルメス=エーテルを恨むのであれば話しはわかる。だが何故、復讐の矛先をアリス=テレスに向ける」


 オプリヌスがアリスを恨む理由などハイリンヒは検討がつかなかったが。

 二人には確固たる因縁が存在していた。

 オプリヌスは静けさを取り戻し、短くそれを告げる。


「……強いて言うのであれば、彼の罪は”私を生かした事”ですよ」


 その発言の真意はわからないが、今はそれよりも重要な事が多々ある。

  

「……貴様のその要求には応じない。だが、貴様には必ず答えてもらうぞ。狂った錬金術師フェイクについてや、賢者の石の在り処をな」


 原点回帰リスタートには核となる賢者の石が必須。

 そしてオプリヌスは狂った錬金術師フェイクの弟子であり、原点回帰リスタートの構築を目論んでいた重要人物。

 だからこそ、ギリスティアはオプリヌスを全国指名手配にまでして行方を追っていたのだ。


「クク……随分と一方的ですねぇ。こちらの要求が通らないのであれば……貴方達が喉から手が出る程に欲している情報を提供なんてしませんよ……」


「どうやら貴様は自分の置かれている立場というものがわかっていないようだな、愚かな狂人め」


 二人の間に沈黙が流れる。

 オプリヌスはその間、これまでの内容を整理していた。

 日々の質問内容などを踏まえ、ヘルメスとリディアはまだ黒匣ジンについて報告をしてないはず。

 つまり、賢者の石の在り処はまだギリスティアに知られていない。


「クク……なるほど」


 オプリヌスは”彼”の提案を思い出し、”新らたな希望”をついに見出す。

 自然と笑みが零れ、それを見たハイリンヒの苛立ちが加速していく。

 

「……何が可笑しい」


 ハイリンヒは一人納得した様子を見せるオプリヌスを睨む。

 ただでさえ、未だ何も進展を見せない事に焦りと苛立ちに悩まされていた。

 つい口調を荒げてしまう。


「一つ忠告しておく。今更、貴様がこの状況で何かを企んだとしても無意味だと知れ」


 更に追い討ちをかけるように告げていく。


「貴様が根城にしていた研究施設はロズマリア=フローラの部下が現在も調査を続けている。ギリスティアの元王従士ゴールデンドールだった貴様なら彼らの有能さを知っているだろ。例えこのまま貴様が何も答えずとも、自ずとフェイクや賢者の石に繋がる手がかりも見つかるはずだ」


 オプリヌスの淡い希望を打ち砕こうとした発言だったが。


「フローラさん、ですか……クックッ」


 逆にオプリヌスは益々と口元を愉快そうに吊り上げる。

 含みのあるオプリヌスの発言に、ハイリンは眉間にどんどんシワを寄せていった。 

 視界を封じられているのでその様子はわからないが、ハイリンヒの苛立ちを感じ、オプリヌスは気分を良くしていく。

 そして、ハイリンヒを決定的に苛立たせる発言をオプリヌスは吐き捨てた。


「貴方の右腕と謳われるそのフローラさんですけど、果たして本当に信頼できるんですかねぇ……」


 ハイリンヒが勢いに任せてオプリヌスの胸ぐらを掴み、声を震わせる。


「貴様……。どういう事だ……」


 オプリヌスはこの地下施設で知り合った罪人から聞いた先程の話しを思い出していた。


「クク……。その反応からして……私と同じく貴方もいずれ美しい薔薇のトゲに刺されてしまう運命なのかもしれませんねぇ……」


「……何だと」


「クク」


 これ以上は時間の無駄だと判断し、ハイリンヒは狂言のたまうオプリヌスの胸ぐらを解放し、最後に侮蔑の眼差しで睨みつけてから背を向ける。


「……貴様を自白させる算段を着実と進めている。いつまでも……このままで居れると思うな、オプリヌス=ハーティス」


 そう言い残し、ハイリンヒは部屋を退出していった。


「クク……。中々、楽しそうな事になってきましたねぇ。まぁ、せいぜい気をつけてくださいね……黒匣ジン。クックックッ……クハッハッハッハッハッハッ」


 この先に待ち受ける脅威を示唆するように、オプリヌスの狂気に満ちた笑い声が地下施設に響き渡っていた。


 


 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 

 

 ギリスティアの王宮内部。

 ここはいくつもの部屋と大きな窓が並ぶ通路。

 床は暖かさを感じる茶色、壁は清潔感に特化した白で統一されており、気品溢れる豪華な白金の装飾が施されている。

 入念な美化清掃が心掛けられているおかげで、ただの通路と言えどその光景は感動を覚える程だ。

 そして窓際にて、茶色を基とした研究衣を纏い、両肘をついて溜息を吐く一人の少女。


「あぁっ、もう……。ったく、何で私が三英傑ゴールデンナイトに呼び出しなんてくらうのよ……」


 嫌な予感しかせず、うな垂れるリディアの姿があった。


「ヘルメス……っ、何であんたまだ戻ってこないのよ……っ」


 一抹の不安にリディアは唇を噛みしめる。

 アリスをギリスティア王都へ連れて来るようハイリンヒに命じられていたヘルメスだが、未だギリスティア王都に帰還していない。

 それ所か。

 先日、謎の死を遂げたアリスの報道がリディアにも伝わっていた。


「うっ、ぅ、……テレス、さん、……っ」


 特に幼い頃からアリスと親交の深かったリディアは未だショックから立ち直れておらず、人目も気にせず涙が勝手に出てきてしまう。


「何で……っ、何で、テレスさんがっ」


 コートの裾で涙を拭っていくが、溢れる涙は止まらない。


「ヘルメス……っ。早く帰ってきてよ……っ、すんっ、あ、あんたに伝えなきゃっ、いけない大切な事っ、ずぴーっ、あるのにっ」


 鼻水を啜りながら、”あの出来事”を思い出す。

 オプリヌスの護送中に現れたあの青年、何年も前に死んだはずのヘルメスの弟が生きていたのだ。


「うぅっ、ひっく、」


 本来ならその奇跡を素直に喜ぶべきだったが。


 しかし――――カルロスは金色の瞳をしていた。


 更に式崩しを扱い、オプリヌスを奪おうとハイリンヒやリディアに対して猛威を振るってきたのだ。

 アリスの死や、未だヘルメスが戻って来ない事も重なり、もはやリディアの心は不安定になりつつあった。

 すると。


「え、ちょっ!? 少し待たせただけで泣いちゃう程かい!?」


 飄々とした声と共に一人の人物が現れた。

 泣きじゃくるリディアの姿に慌てて両手を重ね、反射的に謝罪してしまうこの人物こそ、リディアをわざわざ王宮に呼び出した三英傑ゴールデンナイト

 ティオである。


「ぐすん……」


 リディアはその出現に慌てて振り返り、涙を拭って鼻水を啜り終えると頭を下げる。


「ふ、フラストス様っ、すみませんっ、ひっくっ、な、何でもないですっ」


 明らかに何かある様子のリディアに、どうしたものかと片手を頭に置いて困るティオだったが。


「まぁ……、何だろ、リディアちゃんの気持ちはよくわかるよ……」


 涙ぐむリディアに、ティオは真剣な表情でその心境を察して頷く。


「おじさんも、過度なストレスと労働でそのうち過労死すんじゃないかってギリギリのラインで生きてるからね……」


「……え?」


 少し雲行きが怪しくなる。


「絶対この仕事って給料と見合ってないよね。でも、まぁ……今更この歳で失業は痛いから何とかやってるんだけどさ。リディアちゃんも給料に不満とか色々あるだろうけど一緒に頑張ろうねっ!」


 親指をぐっと出し、まったく見当違いな回答を口走るティオに、リディアは呆れ果てて表情を引くつかせてしまう。

 そうだった。

 ティオとはこういう人物だった、リディアはそれを改めて思い知らされた。


「あ、はい。そうですね……」


 すっかり涙も乾き、リディアは適当に相槌を打っておく。

 ギリスティアの王従士ゴールデンドール一、適当で不真面目な事で有名なティオを、一瞬でも信じた自分が恥ずかしい。

 リディアはすっかりと落ち着きを取り戻す。


「……」


 でも、少しだけ救われた。

 無意識に、リディアの表情から微かな笑みが浮かんでいた。

 それに気づいたリディアは、ハッと口元を片手で隠す。


「あ、そうそう」

 

 リディアが久々に笑顔を取り戻した所で、ティオは片手を研究衣のポケットに仕舞うと顎鬚を弄りながら微笑みかける。


「ちょっとばかし、リディアちゃんに聞いておきたかった事があったんだよね」


「えっと……、私に聞きたい事、ですか……」


 特に悪い事をした記憶は無いが、三英傑ゴールデンナイトに呼び出されているのだ。

 つい不安気な表情を浮かべ、両手をもじもじとさせて身構えてしまう。


「はは、そんなに身構えなくって大丈夫だよ。それに……前からも言ってじゃないの。俺、あんまり上下関係って言うの? 気にしないからさ、もっと軽~く接してくれれば良いよ」

 

「そ、そう言われましても……」


 王従士ゴールデンドール三英傑ゴールデンナイトの立場には雲泥の差がある。

 いくらティオが気を利かせてそう言ったとしても、一介の王従士ゴールデンドールであるリディアには難しい注文だった。

 視線を泳がせて困るリディアの姿に、ティオは頭を掻きながら苦笑する。


三英傑ゴールデンナイトって言っても、そこからのおじさんと変わらないんだけどねぇ……」


「……」


 心の中でそれには少し同意してしまうリディアだった。

 確かにその実力は皆が認めているが、普段の言動や性格は三英傑ゴールデンナイトという立場で見れば目に余るものが多い。


「で……聞いておきたかった事なんだけどさ」

 

 ティオはリディアの右肩にそっと触れ、小さなその身体に視線を落として本題に入っていく。


「うっ……」


 その視線からは妙な違和感を感じる。

 三英傑ゴールデンナイトが自分に聞いておきたい事。


「リディアちゃん――――」


 その真剣な口調に妙な胸騒ぎがしてならない。

 リディアは身体を硬直させ、息を呑んでティオの言葉を待ち続けていると。

 

「――――ちゃんと自分に合ったブラはしてるかい?」


 一瞬、その場が凍りつく。

 何かとてつもない発言が飛び込んできた気がした。

 だがリディアは何かの聞き間違いだと信じ、失礼だとは思ったがもう一度聞き返してしまう。


「あ、あの、すみませんっ。もう一度言ってもらえますか?」


 すると、ティオは大きく咳き込みもう一度真剣な口調で告げる。


「ごほんっ。……良いかい。前からずっと助言してあげようと思ってたんだ。いくら胸が小さくてもちゃんと自分に合ったブラを付ける事で、誤差程度なんだけど少しぐらいは大きく見えるらしい――――」


「何真面目な顔してセクハラ発言してんのよこんのッ、変態バカッ!!!!!」


 逆鱗に触れられたリディアは目を大きく見開いて顔を高潮させ、怒り顕に身長の低さを活かしてティオの金的を目一杯に蹴り上げた。


「う、ぁ、お、ぅ、っ、……っ!!」


 ティオは何とも言えない声で叫び、リディアの足元へ崩れ落ちていく。

 股間を押さえ、床で大量の涙を浮かべて悶絶する姿に、ようやくリディアは正気に戻り、慌ててしゃがみ込む。


「ハッ!? す、すみませんっ! わ、私っ、三英傑ゴールデンナイトに何て事を……っ!? だ、大丈夫ですかっ!?」


 何度かティオの肩を揺さぶると。


「き、きにしないで……丈夫……」


「全然そんな風に見えないんですけどっ!?」


 何とか意識は保っているが、ティオは白目を剝き、口から大量の泡を吹いている。

 とても大丈夫そうには見えなかった。

 それどこか恍惚とした表情を浮かべており、非常に気持ち悪いものだった。


「これは……これ、で、……なかなか……っ」


「ひぃっ!?」


 先程まで真っ赤だったリディアの表情は、ティオの醜態に青ざめていく。

 非常に気持ち悪かったが、今も股間を押さえ間抜けな面を浮かべているこの男は腐っても三英傑ゴールデンナイトの一人。

 ぞんざいに扱う事はできないのだ。

 リディアは今にもその気持ち悪さに、罵倒を浴びせて踏みつけたい思いだったが何とかそれを抑えていく。

 

「ぅ、うん、もう……峠は越えたよ。はは……まぁ、”これからは”こんな感じのノリで宜しくね」


「すみません……。私はそのノリ、宜しくしたくないです……」


 あまりこの変態に触れたくはなかったが、仕方なく床に倒れるティオの手をリディアは冷め切った表情で引き上げていく。

 そしてようやく股間の痛みが引き、立ち上がったティオは淡々と研究衣の埃を払う。


「さて……。じゃあ、リディアちゃんと打ち解けた所で次の質問だ……」


「打ち解けるどころか、溝が深まっただけですけどね……。またセクハラしてきたらフローラ様に言いつけますから……」


「はは、それは本気で勘弁して欲しいな」


「はぁ……」


「んじゃ、質問するよ――――」


 ティオは気だるそうに両手を研究衣のポケットに仕舞うと、どこか人を苛立たせるような笑顔を振る舞いながら次の質問を始める。 

 その全てが胡散臭い。

 先程の件もあるので、リディアはせいぜい話半分で聞いておこうと心に決めていたが。


「――――賢者の石はヘルメスちゃんが持ってるのかな」


 一瞬にして空気が一変した。

 ティオは全てを見透かしたような視線でリディアを見下ろし、高圧的な雰囲気を纏って静かに答えを待っている。

 リディアは、まるで心臓を握り潰すようなその質問に。


「……え、と……あの、」


 脈拍はどんどん加速し、瞳孔は大きく開き、視線を泳がせて言葉を詰まらせてしまう。

 少なくともリディアが知る限り、賢者の石はジンの体内にあり、ドルスロッドまでヘルメスと共に向かったはずだった。

 だが、何故それをティオが知っているのか。


「そ、そんなわけ……ない、じゃないですか……。何でヘルメスが……」


 それを知るの者は自分しか居ないはず。

 だが――――


「……ッ!?」

 

 リディアは気づいてしまった。

 実はもう一人居た。

 それは――――


「ま、まさか……、オプリヌス……ッ」


 先日、オプリヌスはようやく口が利けるまで回復したと王従士ゴールデンドール達にも伝えられた。

 つまりオプリヌスがジンの存在について話したのであれば、行動を共にしていたはずのヘルメスが賢者の石を持っていると認識されてもおかしくはない。


「……」


 まるで追い詰めた獲物をじっくり観察するように、大量の汗を噴出すリディアの姿を不気味な笑顔で見つめるティオ。


「……っ」


 まったく口を開こうとせず、ただ高圧的な視線を自分に浴びせ続け、返答を待つティオの態度にリディアは確信した。

 間違いなくジンの存在が知られてしまったと。

 

「っ、あ、あの……っ」


 リディアは尋常でない汗を流し、何とか誤魔化そうと言葉を口にしようとするが中々出てこない。

 呼吸の間隔も短くなっていき、恐怖に表情を歪ませていく。


「……ぅっ」


 賢者の石の器である偽人ホムンクルスのジン、その存在が知られてしまった。

 これから恐らく何らかの方法で賢者の石は取り除かれ、その器となっていた身体は当然ギリスティアが完全に拘束されるはず。

 そして人として扱われる事はなく、あくまでただの研究材料として様々な実験が行われるであろう。

 自分達を救ってくれた恩人が。


「どうしたんだい、リディアちゃん。――――そんなに怯えて」


「ッ!?」


 その声にリディアはビクッと身体を大きく震わせ、今にも泣き出しそうな表情で後ずさりしていく。

 このままではジンだけではない。

 王従士ゴールデンドールである自分達は、賢者の石の存在を隠していたのだ。


「……っ!!」


 懲罰で済むはずがない。

 言わば、王に忠誠を誓っていながらその王に背いたのだ。

 リディアは今回、こうして三英傑ゴールデンナイトに呼び出されたその意味をようやく理解した。

 王に背きし王従士ゴールデンドールを始末する、それがティオの目的だと。


「やれやれ……」


「ッ!? ヘルメス……ッ」


 ヘルメスとジンの身を案じ、唇を噛み締めるリディアにティオの手が伸びてきた。

 リディアは観念して、目をギュッと瞑り、拳を力強く握り締めて親友の名を口にして覚悟すると。


「どうやら勘違いしてるみたいだねリディアちゃん」


 ティオの手はリディアの頭に優しく置かれた。

 救いの可能性を感じさせるその反応に、リディアは薄っすらと瞳を開いていく。

 すると。

 未だ真剣な表情ではあるが、ティオはリディアから静かに離れ、面倒臭そうに窓際にもたれる。


「リディアちゃんの反応でようやく確信できた。……少なくとも、僕はリディアちゃんが想像しているような事はしないよ」


 そうは言うがまだ安心はできない。

 リディアは不安そうにスカートを掴み、口ごもりながらその真意を尋ねた。


「し、知ってたんですか……?」


 ティオは少し眉間にシワを寄せ、目を細めながら外を眺めてから首を縦に振る。


「……確証は無かったけどね。最初はオプリヌスが隠している可能性が高かったけど……はは、あいつ本当に何も喋らないからお手上げだったよ……。でも先日の事件で、ほぼ賢者の石はヘルメスちゃんが持ってると俺は思った。で、リディアちゃんのさっきの反応で確信したってわけ」


 オプリヌスがジンについてまだ何も話していないと聞き、リディアはほっと胸を撫で下ろすが。

 しかし依然、リディアの前には深刻な問題が差し迫っている。

 賢者の石の存在を黙認していた自分達が、今後どのような処分を受けるのか不安で一杯だった。


「あの……っ、こ、こんな事言えた立場じゃないんですけど、へ、ヘルメスや私達はどうなるんですか?」


 まるで死刑宣告を待つ囚人のように、完全に怯えきって俯くリディアの姿にティオは右手で頭を掻いて困り果ててしまう。


「はぁ……。リディアちゃんの為にここらで一つ、はっきりさせておこうか」


 ゆっくりとリディアが顔を上げると、ティオは右手の中指から王従士ゴールデンドールの証である指輪を外し――――あろう事かそれを床に放り投げてしまった。


「ちょ、何してんですかっ!? 自分が一体何をしてるのかわかってるんですかっ!?」


 リディアは声を荒げ、あり得ないその行為に開いた口が塞がらない。

 王に忠誠を誓う王従士ゴールデンドールとして、それは許されない行為だった。

 だが、ティオは悪びれる素振りも見せず真剣な表情で事の重大さを告げる。


「……この国の現状がまさにこういう事さ。俺達が忠誠を誓った王はもう居ない。――――この国は根本から狂ってしまったんだ。アリスさんはそれを誰よりも先に気づいらからこそ王従士ゴールデンドールを脱退した」


 ティオは面倒臭そうに自分で投げた指輪を拾い、唖然とするリディアの前に立つ。

 信じられないその行動にリディアが驚きで言葉を失っていると、ティオはその危機を伝える。


「ヘルメスちゃんが危ないんだ」 


 ヘルメスが危ない。

 その言葉に、リディアは――――


「はぁっ!? ヘルメスが危ないってどういう事ですっ!?」


 我を忘れ、ティオの胸ぐらを掴むと乱暴に揺すりだす。


「えっ、ちょ、ちょっとっ、お、落ち着ついてっ、ねっ? ねっ? ほんとっ、吐いちゃうってっ」


 何故か先程までと立場が逆転し、ティオは何度も激しく揺らされ、吐き気に苦しんでいた。


「あ、つい……すみません」


 ようやくリディアが我に帰り、胸ぐらを離すとティオは息を荒げよろけてて倒れそうになる。

 何とかその場で踏ん張り、リディアの行動を咎める事なく体勢を戻す。


「はは……いやぁ、よっぽどリディアちゃんはヘルメスちゃんの事が好きなんだね」


「べっ、別に、す、好きとかじゃないですっ!!」


 両腕を組んで、赤くなった頬を隠すようにそっぽを向くリディアは微笑ましいものだった。


「で……話しを戻すけど。このままじゃヘルメスちゃんが危ないんだよね」


 立ち話に疲れたのか、はたまた面倒臭くなっただけなのか、ティオは大事な話を伝えている最中だと言うのに壁際にしゃがみ座り込み。

 挙句の果てに研究衣の内ポケットから煙草まで取り出してしまう。


「ここ禁煙ですよ……。というか王宮内で煙草吸う神経が信じられないんですけど……」


「あぁ……そっか。人目気にせず喋れるからって、ここを選んだのは間違いだったな……。どうだい? 良い感じの喫茶店を見つけたんだけどそこに移動――――っ!?」


 ヘルメスに危機が迫っていると言うのに、何とも呑気な態度を取るティオに、リディアは仁王立ちとなって怒り顕になっていく。

 その姿に気圧され、ティオは口元を引きつってしまう。


「はは……ホント、ごめんなさい」


 渋々、ティオは煙草を内ポケットに仕舞う。


「で、何だっけ?」


「何か知らないけどヘルメスが危ないんですよねッ!? いい加減にしないと怒りますよッ!?」


「あぁ、そうそう。それだ。……いやぁ、ヘルメスちゃんが絡むとリディアちゃんって恐いねぇ」


 あまりの適当さにリディアは額に手を置き、怒りを通り越して呆れてうな垂れてしまう。

 だが。

 再びティオは豹変したように真剣な表情を浮かべ、天井を仰ぐ。


「どうだろ? 俺は今、駒を集めてるんだ。本当にヘルメスちゃんを助けたいと思うなら――――ぜひ俺に協力して欲しい」


 どこまで本当なのかつい疑ってしまう。

 先程からティオの言っている事は断片的なものばかりで、一体このギリスティアで何が起きようとしているのかも不透明だった。


「……さっきから仰ってる意味がわからないんですけど。陛下がもう居ないとか……ギリスティアが根本から狂ってるとか……。ヘルメスの件だってそうです。何も教えて貰ってないのに協力してくれって言われても正直困ると言うか……」


 リディアの最もな意見にティオは苦笑いを浮かべて立ち上がる。

 

「はは、そりゃそうだ。……よし、わかった。なら――――お互いに知る事を全てを話そうじゃないか」


 視線を床に向けたまま困惑して立ち尽くすリディアの前に、ティオは手を差し伸べて迎え入れる。

 白の駒として。

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