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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
英雄の再来
43/80

5話:釈然としない青年

 王城から少し離れた場所に、ラティーバの王従士ゴールデンドール達の拠点となる本部が存在する。

 本部は民家などから近い事から、この国では国民達にとって王従士ゴールデンドールはとても身近な存在となっている。

 建物内の玄関口は一般人にも開放され、何か相談があれば国民達の窓口としても機能しているのだ。


「いやぁ、今日もガランとしてますね」


 受付で暇そうに肘をつく王従士ゴールデンドールに、優しい笑顔を振りまきながら灰色の研究衣を着込む一人の王従士ゴールデンドールが、開放されている出入り口から現れた。


「ん、”ファナン・ヘルモント”か……。って事はもう定時報告の時間か、暇すぎて全然気がつかなかったよ」


「あはは……。此処が暇と言う事は、この国が平和な証じゃないですか。僕達、ラティーバの王従士ゴールデンドールとしてはこれ程に嬉しい事はありません」


「ご立派だ事……。上司として耳が痛いぜ、まったくよぉ」


「と、とんでもない。僕なんてまだまだ未熟な若輩者ですよ」


 上司の世辞にファナンは後ろ頭に手を置き、短い茶髪を揺らしながら眼鏡の位置を修正しつつ、困った笑顔を浮かべてしまう。

 そんな部下の姿をからかうように、上司の男は肘をついたまま短く笑いかけて続ける。


「しっかし、お前も毎日大変だよな。工場と本部の行ったり来たりだけじゃなくて最近は”新しい薬”の研究までして徹夜続きなんだろ? げっそり痩せちまって、ちゃんと飯食ってんのか?」


 一瞬、ファナンの眼鏡が怪しく光った。

 そして短い間を空けてから、いつもの笑顔を上司に向け。


「いえいえ、これも全て国民達の為だと思えば何ら苦じゃありませんよ」


 受付のテーブルの前に歩を進める。


「申し訳ないのですが、これを頼みますね」


 灰色を基とした研究衣の懐から、茶封筒に包まれた書類を丁寧に取り出してテーブルの上へ提出した。


「はぁ……お前程の王従士ゴールデンドールならもっと楽な仕事あるだろうによ。ま、とにかく工場で働いてる人間の診断書は確かに預かったぜ」


 上司は茶封筒を受け取ると、暑かったのかそれで顔を扇いでしまう。

 そんな上司の不真面目な態度をファナンは咎める事もせず、ただ苦笑しながら念を押す。


「皆さんの健康状態はとても良好でした。彼らはこの国を支える大切な財産ですからね……。僕達にはその健康を守る義務もあります。必ず、三英傑ゴールデンナイトの元に届けてくださいね」


 眼鏡越しにとても澄んだ瞳で国民達の健康を考えるファナンの姿勢に、上司はバツの悪そうな表情で受け取った茶封筒をテーブルの下にある引き出しへと保管する。 


「あぁ、確かに受け取った。はぁ……ご苦労さん。あんま無理して自分の身体を壊す真似はすんなよ。お前を必要としてる国民は多いんだからな、くれぐれも忘れんじゃないぞ」


「あはは、気をつけます。では僕も見回りに行ってきますね」


 一礼を終えると、ファナンは軽やかな足取りで本部を後にする。

 誰に対しても物腰が柔らかく、いつも優しい笑顔で真摯に取り組むファナンの姿勢は、国民達からの特に支持されている。

 日々の業務の中で暇を見つけては、困っている国民達に手を貸し、個人的な相談にも乗っていた。


「……」


 誰もが彼を信じ、その功績は三英傑ゴールデンナイトの耳にも入っており、高く評価されている。

 そのまま本部を後にしたファナンは、道行く国民達に笑顔を振り巻きながら、たまに挨拶を交えて国の安全を守る為に見回りを続けていく。

 そうしている内に。


「あれは……」


 ファナンは不審な男二人を発見し、その後ろをついていくと。


「……」


 いつしか人通りの少ない場所へと出ていた。

 屈強な二人の男達が後ろからついてきたファナンに振り返り、痣などで傷だらけとなった全身を見せ、一気に剣幕とした表情を浮かべていく。

 すると。


「この役立たず共め」


 冷ややかな言葉と共に、ファナンは足早に男達へ近づき、何の躊躇いもなく二人の顔面に強烈な一撃を与えていった。


「ぶふぁッ」


「か、ぁ、ぁ、」

 

 鼻血を垂らし、顔を庇うように覆って跪く男達の姿にファナンは笑顔のまま近づき。


「やれやれ。……で、マクターの孫娘は見つかったんだろうな?」



 乱暴に一人の背中を椅子に見立てて腰掛け、冷たい視線を地面に向ける。

 笑顔でありながらも、殺気の帯びたその声に男達は地面に跪いたまま身体を激しく震わせて答えていく。


「そ、それが大変なんですっ、あいつ……っ、自分から国に戻ってきたかと思えば馬鹿みてぇに強い女を引き連れてきやがったんです……っ」


「ど、どうも門番の話しじゃ……ヘルメス=エーテルって名前でっ、ぎ、ギリスティアの王従士ゴールデンドールらしいんですよっ!」


「……エーテル、だと?」


 エーテルという名を耳にすると、ファナンは両腕を組んで愉快そうに口元を釣り上げてしまう。


「あははは、なるほど……エーテルねぇ」


 鳥肌が立つ程に、身の危険を感じさせるその声に男達の表情が青ざめていく。

 男達は、ファナンの恐ろしさをよく知っている。

 一度でも目を付けられては、もうまともな生活には戻れない。

 その恐怖を思い出し、男達が身体を震わせていると。


「で、その様子からして……。エーテルの錬金術師に太刀打ちができず、まんまと逃げ出して僕に助けを求めに来たという事か。……やれやれ――――まさかその二人、逃がしてないだろうな?」


 殺意と苛立ちの込もるその声に、男達は完全に怯え、恐る恐る顔を上げていく。


「な、仲間がまだ足止めしてます……っ お、俺達がそんな、に、逃がすわけないじゃねぇですか……っ」


「た、ただ、本っ当に強くて……っ! ……お、俺らだけじゃ、ほ、ホントっ、て、手に負えねぇんです……っ」


 男達の情けない声にファナンはがっくりとうな垂れ、大きく溜息を吐きながら立ち上がる。


「やれやれ、この僕自ら動かなければいけないとは……」


「わざわざお手を借りて……」


「す、すいやせん……」


 連動するように男達も急いで立ち上がり、そのまま棒立ちでファナンからの指示を待っていたが。

 ファナンは眼鏡を光らせ、二人の肩に手をそっと置き、二人の耳元に顔を近づけて囁く。


「国民の義務は……?」


 怪しく光る眼鏡、ドスの効いたその声。

 男達は恐怖に身体を震わせ、王の質問に国民としての正しき回答をしていく。


「お、王の為に尽くす事ですっ!!!!!」


「だよね……。そして僕は誰だい……?」


「お、俺達の王ですっ!!!!!」


 男達の答えに満足したのか、ファナンは静かに笑顔を浮かべて二人から離れて背を向ける。


「僕はね、自分の役に立たたない国民は要らないだ……。――――わかったら、さっさと案内しろ」


「「は、はいッ!!!!!」」


 涙を浮かべ、慌てて男達は飛び出してファナンを先導していく。


「……」


 なるべく国民達にファナン達の関係がバレないよう、見失わない程度の距離を取りつつ、人通りもなるべく避け、ファナンは冷たい視線で先導する男達の後を追うが。


「ねぇ、あの人達何……?」


「どうせまた暴れてたんじゃないのか……」


「お、おい。あんまジロジロ見てると絡まれるぞ……」


 どうしても傷だらけの男達は周囲から浮いて目立ってしまう。


「あ! ファナンさん!」


 すると。

 傷だらけの不良の姿に不安を抱く国民達が、後方からやって来る頼もしい存在に気づき、瞬く間にファナンを取り囲む。


「こんにちわファナンさん。こないだ頂いたお薬のおかげで、お婆様の容態が良くなりました! ありがとうございました!」


 ファナンは焦る気持ちを何とか抑えて足を止め、にこやかに微笑みながら胸を撫で下ろす。


「あぁ……本当に良かった……。もしまた容態が悪化する様であれば、すぐに本部にいらしてください。私が責任を持ってまた伺わせて頂きますので」


「ほ、本当にありがとうございます……っ!」


 次から次へと、ファナンに対する日頃の感謝が飛び交う。

 ファナンは姿勢を低くしながら申し訳なさそうに手を振って先を急ごうとしいたが。


「そ、それよりファナンさん! さっき怪我した不良共があっちに向かってたんですけど、何かあったんですか!?」


 困惑した一人の男がそう言うと、ファナンは少し言葉を詰まらせてから眼鏡の位置を調整し、好都合とばかりに国民達の不安を取り除いていく。


「それはそれは大変ですね……。すぐに僕が話しを聞いてきましょう。……皆さんは何も心配要りませんので、どうぞお戻りください」


「よ、良かったぁ。これで安心して仕事に戻れる」


「じゃあ、すみませんがお願いしますねファナンさん」


 国民達が自分の言葉を信じ、いつもの生活へと戻っていくと、ファナンは急いで男達の後を追いかけていく。

 すると。

 

「……何だあいつら? あんな顔面ヘコませて、喧嘩でもしてたのか?」


 この通りを歩いていたジンが、足早に去っていく男達の後姿を眺め、不思議そうな表情をして立ち止まっていた。

 だが、余程慌てていたのか。


「……ちっ。……無駄な時間をとらせやがって」


 小さな声で愚痴を零しながら、ジンに見向きもせずにファナンはその場を去っていく。

 その後姿にジンは首をかしげて再び歩き出す。


「あいつ、錬金術師か……? もしかして、さっきの奴らを尾行してたんかねぇ。ふぅ、嫌だねぇ……こんな真昼間から物騒じゃねぇかよ」


 真昼間から既に森で一人の暴漢の意識を失わせ、門番二人を脅迫してきたジンが言える立場ではないが。


「ま、俺には関係ねぇ。それより、どっかに良さそうな飯屋はねぇもんか……」


 両手を頭の後ろに回し、歩き続けるジン。

 昔この国に来た事があるとは言え、滞在期間も短く全ての料理屋を回れたわけではないので、ジンは美味しい料理屋を探索しながら先程からラティーバを彷徨っていた。

 そして適当に歩き続けてきた結果、いつしか人通りの少ない場所へと出てきてしまっていたのだ。


「……で。明らかにこの辺って違うよなぁ」


 周囲を見渡すと民家があるだけで、料理屋だけでなく店らしい建物は一切無い。

 空腹が少し紛れたので、特に急ぎではないが、仕方なく元来た道を戻ろうかと思っていると。


「ん!? くんくん……これはッ!?」


 常人では気づけない程の微かなものだが、確かにジンの鼻腔を美味しそうな匂いがくすぐった。


「あっちだッ! 間違いねぇッ!」


 野生の犬すら凌ぐその脅威の嗅覚で僅かな匂いを辿り、ジンは匂いに誘われるがまま真っ直ぐに進む。

 すると徐々に賑やかな音が近づいてくる。


「ふぅ……流石は俺だ。へへっ、脱出不可能とされる迷いの森ですら、数百キロも離れた場所から漂う食べ物の匂い一つで抜け出してみせたこの嗅覚……っ! まだまだ衰えちゃいねぇぜっ!」


 匂いを辿ると人気の少ない通りを抜け、いつしか大きな人通りへと出てきていた。

 嗅覚に優れた生物は様々存在するが、数年に渡り世界を旅してきたジンは、未だ自分の嗅覚を超える生物に出会った事はない。

 自分の嗅覚に絶対的な自信を持つジンは、誇らし気に鼻を鳴らしてドヤ顔で市場を早速見て回る。


「おっ!? あっちに旨そうなもん発見っ!!」


 香ばしい匂いと煙を漂わせる屋台を発見すると、涎を零しながら足早に向かっていく。

 溢れんばかりの人ゴミを摺り抜け、屋台の前に到着すると、その鉄板の上にはタレのかかったゲソ足のような物が焼かれていた。


「な、なぁ! これ、すっげぇ旨そうな匂いしてっけど何なんだ!?」


 瞳を輝かせて鉄板の上を指差すジンに、中年の店主は豪快な笑みを浮かべて自信満々に答えていく。


「おっ! お兄ちゃん観光客かいっ? 今日は運が良いなっ! こいつぁ、”デモングジラ”っつー、ラティーバに生息してた”古獣”の触手だっ! 毎年、出荷量が決まってる高級食材の一つだぜっ!」


「何だ。ただの古獣かよ……」


 脳に直接ぶつかるような想像以上に食欲を刺激してくるその匂いの前に、ジンは今にもかぶりつきそうな勢いだったが。


「ん……?」


 涎まみれで鉄板を眺めていた顔を徐々に上げていき、店主に確認する。


「今……古獣って言わなかったか……?」


「おうともっ! はっはっ、驚くのも無理ねぇわなっ! こいつぁ一昔前に討伐された国喰らいと呼ばれてたデモングジラの触手さっ! だが安心しなっ! どういう身体の構造してやがんのか、流石は古獣だけあって鮮度は当時のまま保たれて味もまったく痛んでねぇぜっ! それを秘伝のタレをつけて串焼きにしてんだが旨いぞぉ~っ!」


 店主がさも当たり前のように説明をしているので、終始ジンは口を大きく開けて唖然としてしまっていた。

 説明が終わるとジンはようやく口元の涎を袖で拭い、表情を引きつらせる。

 

「……おいおい。こ、古獣っつったら”ドラゴン”やら”ペガサス”みてぇなバケモン達の事だろっ!? んな奴らの一部が此処じゃ普通に屋台で喰えんのかよ……。ラティーバやべぇ……」


 その反応は無理もなかった。

 ジンの驚愕する姿に気分を良くした店主は自慢気に、触手を焦がさないようにトングでひっくり返し、どんどん串に刺して並べていく。


「はっはっ、大抵の観光客はお兄ちゃんみてぇに同じ反応しやがるよっ! 何せ古獣は不死身の生物と言われてるからなっ! その証拠に何年も前から保管されてるってのに未だ腐りもしてねぇっ!」


 細胞は死して尚、その一部が腐敗する兆しはまったく見せない。

 不死身だとされる古獣の噂にジンはつい納得してしまう。


「確かに……味は悪いどころか、激旨じゃねぇかッ!!!!!」


「お兄ちゃん……金まだ貰ってねぇんだけど……」


 既に数本の串を手に持ち、デモングジラの触手の味を堪能していたジンに店主は苦笑いしてしまう。


「金ならあるから心配すんなって。ほら、どんどん焼いてくれっ!」


 分厚い封筒を開け、中身の札束を見せながらキラキラとした子供のような視線を注ぐ。

 気づけば並べられていたデモングジラの触手は全てなくなっており、ジンの両手にはただの串だけが何本も持たれていた。


「そ、そんな大金出されても困るよお兄ちゃん……。毎年、出荷される量は決まってるから、お兄ちゃん一人が食べ尽くしちまうと、わざわざこれ目当てに来たお客さんがガッカリしちまうんだ」


「うぅっ……めちゃくちゃ旨かったのにぃ……っ」


 その場で体育座りをして、顔を伏せて本気で悔しそうに落ち込むジンの姿はどこか微笑ましいものだった。


「はっはっ……。気に入ってくれたのは嬉しいけどよ、こればっかはなぁ……」


 店主は苦笑しながら、再びデモングジラの触手の仕込みを始めていく。

 鉄板に心地良い油の音が鳴りだすと、ジンの耳がピクリとついつい反応してしまう。

 すっかりデモングジラの触手の味に虜となっていたジンは、体育座りのまま、僅かに涎を零しながら物欲しそうにただ店主を見上げるだけ。


「……」


 次から次へと、鉄板の上で分厚い触手から旨味汁が溢れ、更に厳選された香辛料で作られた秘伝のタレを塗りつけていく。


「なぁなぁ……。国喰らいって異名からしてデモングジラって相当でかかったんじゃねぇか? しかも、だいぶ前から保存されてて、まだ出回ってんだろ? なら、もうちょい俺が喰っても良いんじゃね……?」


 諦めきれないジンは何とかまだ食べれないかと交渉を持ちかけるが、店主は心苦しそうに首を横に振るのだった。


「いやぁ……お兄ちゃんには申し訳ねぇんだが、無理なもんは無理なんだよ。何せデモングジラは絶滅したからな……。国王様もなるべくこの味を長く皆に味わって欲しいからって出荷を制限してるんだ」


 どれだけ大金があろうと食べれない物があると知ったジンは、手に握り締める札束の入った封筒に視線を向けて深い溜息を吐いて立ち上がり。


「……」


 しばらく串刺しにされて並ぶ触手を見つめ、ようやく諦めがついたのか涙を浮かべながら封筒を雑にズボンのポケットへと仕舞っていく。

 余程、デモングジラと呼ばれる古獣が美味しかったらしい。


「……はぁ。……昔ちょろっと話しに聞いただけで、実際に見た事ねぇけどよ。まさか古獣がこんなに旨いなんて思わなかったぜ……」


 涙まで流して落ち込むジンが気の毒になったのか、店主は最後に頭をかきながら困り果てた表情で溜息を吐くと、鉄板の前に手を伸ばし。


「……ここまで惚れ込んだ人間は居ねぇ。……ほらよ、本当にそれで最後だぜ?」


 店主は微笑みながら触手の串刺しを一本だけジンへと差し出してきた。

 その行動に感動したのか、ジンの身体は小刻みに震えていく。

 

「い、良いのか……!?」


「おう、お兄ちゃんには参ったぜ……」


 ジンは震える両手を伸ばし、ゆっくりと串を受け取ると。


「っ、うっ、あっ、あ、り、うっ、がと、よぉ、っ」


 頭を深く下げ、感謝の言葉と共に、大粒の涙と溢れんばかりの涎を地面に零していくのだった。

 その異様な光景に通行人達の全てが見て見ぬフリをして足早に立ち去っていく。

 これには流石の店主も引いてしまい、トングを持ったまま動きが止まってしまった。


「おい、アンタ。それ焦げんぞ?」


「うぉっ!?」


 コンマ数秒にして、涙と嗚咽が治まったジンは、いつの間にか触手をも食べ終えており。

 タレが僅かに染みた串で鉄板の上を指し、焦げかかった触手を店主に知らせて驚きの声をあげさせた。

 慌ててトングで避難させて慌てふためく店主を背に、ジンは呑気に屋台の横に設置されたゴミ箱に串を捨てていた。


「ふぅ。しっかし古獣の旨さにもビビったけど、まさかラティーバが古獣を倒してたってのも驚いたぜ」


 ジンは両手で後ろ頭を抱え、デモングジラの味にすっかりとご機嫌となっていた。

 店主はようやく一段落ついたのか、首にかけていたタオルで額の汗を拭い、小さな椅子に座ってジンの発言を訂正する。


「はっはっ、まさかぁっ! デモングジラを討伐したのはラティーバじゃねぇぜ?」


「あん……? じゃあ、どっかの国が軍隊引き連れて助けに来たのか?」


 ジンの質問に店主は嬉しそうに首を横に振る。


「いいやっ! たまたま、この国に訪れた――――”一人の英雄”が討伐してくれたのさっ!」


 このラティーバに訪れる前に、エリーゼも言っていた。

 ある英雄に救われ、見事に再生を遂げた国、と。


「へっへっ!」


 嬉しそうに鼻を鳴らす店主の発言を受け、ジンも思わず笑ってしまう。


「はは、いい加減な嘘ついてんじゃねぇよ」


 だが、店主は笑顔を浮かべて黙ったままだ。


「おいおい……冗談じゃねぇのか?」


 ジンはその態度に徐々に目を大きく見開き、額からも汗が流れてくる。

 何故なら自分が知り得る限り、それは絶対にあり得ないのだ。


「……いくつも軍隊引き連れてようやく勝てるかどうかって奴らなんだろっ? んな古獣を一人で相手にしたとか何者だよそいつ!?」


 信じられないのも無理はない。

 だがそれは真実なのだ。

 店主は両腕を組み、ジンの戸惑う姿を愉しむように頷いていた。


「はっはっ、観光客のお兄ちゃんが信じられないのも無理はねぇよなっ! 英雄に興味持ったなら、あそこを真っ直ぐ進んでいきなっ! 説明が書かれた記念碑やら何やらがあるからよっ!」


 東の方角に親指を向け、歯を見せて微笑む店主。


「英雄ねぇ……」


 古獣を一人で討伐した程の英雄と呼ばれる人物に、ジンはすっかり興味が沸いてきていた。

 店主の指示する先には英雄に纏わる遺品などが展示されているらしい。

 一先ずジンはその場所を目指し、移動する事にした。

 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 道中、様々な屋台で散財しながらジンは食べ歩きを満喫していた。

 今はカシワで作られた皿を片手に、饅頭を頬張り、何とも幸せそうに目を細めている。


「いやぁ、ラティーバってこんなに旨いもんが多いんだな。こりゃぁ、もっと早く来るべきだったなぁ~」


 ここに至るまで口にしてきたその全ては大満足する程の美味さだった。

 幸福に見舞われ、今では心穏やかとなっているジンだが。


「勿体ねぇよなぁ~。ヘルメスも一緒に来れば良かった……の、に、――――ッ!?」


 思い出したかのようにそれは突然に。

 何とも言えない孤独感がジンを襲い、先程まで幸せそうにしていた表情を影が差す。


「確かに旨い……だけど、」


 左手で胸を押さえて立ち止まる。


「何でだよ……、何なんだよ……ッ! 何で俺はこんなにむしゃくしゃしてんだッ!?」


 カシワの皿を握り潰し、険しい表情を浮かべて歯軋りを鳴らす。

 どれだけ美味しい物を食べようと、満たされないこの気持ち。

 一時的な幸福は得られるが、どうしても何かが欠けていた。


「チッ」

 

 舌打ちと共に、握り潰したカシワの皿を乱暴に地面へ捨てて歩き出す。


「……あんのバカっ。クソッ、余計な事考えちまった。妙な事件に巻き込まれてんじゃねぇだろうな……」


 なるべく考えないように意識していたつもりだったが、急に妙な胸騒ぎがし始める。


「う~……っ。お、俺は絶対に戻ら――――……う~んっ」


 歩きながら両腕を組み、何度も唸りながらジンは悩み続けていた。

 引き返すべきか心の中で葛藤しつつ、しばらく東に進んでいると視線の先に妙な物が見え出してきた。


「あん? 何だありゃ……?」


 大広場の中心に、建物一つ分以上あるであろうとても大きな透明の球体が大樹によって支えられている。

 透明の球体の中では、何やら不思議な光の線の様な物が、ゆっくりと不規則な動きで行ったり来たりとしている。

 そして球体を支える大樹は、ずっと見上げてていると首が痛くなってしまう程に立派なもので、根元には文字が刻まれた黒光りする石碑が建てられていた。

 神秘的な何かを感じさせるその不思議な造形物の下には多くの観光客達は集まっており、記念写真などを撮っている。


「でっけぇ……。何だこりゃ……。つか……すっげぇ……」


 簡単な言葉しか出てこなかったが、それでもこの美しく大きな光景にジンは釘付けとなり感銘を受けていた。

 自ずと周りの観光客達のように造形物の下へと足が勝手に進んでいく。

 その時だった。


「うぐっ!?」


 突然。

 ジンの視界は真っ暗となり、首を締め付けられた。

 口も塞がれ、理解が追いつかない状況でどこかへと引きずられいく。

 だが――――


「ば、馬鹿なッ!?」


 ジンは力任せにその拘束を振り解き、自分の身体に纏わりつくそれらを強引に突き飛ばし、視界を遮っていた物もすぐに外して捨てる。


「人がせっかく感動に浸ってたってのに、よくもそれを邪魔したがって……。いきなり何すんだよテメェら……」


 造形物から離れたこの場所に、軽く見渡しても他に誰も居ない。

 観光客達がこちらに気づくのは難しいだろう。

 地面で膝をつく三人の男達はそれを見越し、ジンに襲い掛かってきたのだ。


「んな、白昼堂々と悪さしてっとすぐに王従士ゴールデンドールが来ちまうぞ……。つか、狙う相手はちゃんと見極めろよ?」


 苛立ちの表情で見下ろすジンだが、男達はそれでも臆する事なく立ち上がっていく。


「銀髪の強い男ってのはこいつで間違いなさそうだな」


「さっきは不意を突かれちまったが、俺ら三人なら大丈夫だろ」


「さぁて、んじゃとっとと運んじまうか」


 体勢を整え、腰を低くして徐々にジンへ滲み寄る男達。

 どうやら、やる気は満々のようだ。

 ジンは片手で頭を掻き、短い溜息を吐く。


「あっそ……。せいぜい痛い目に遭って反省してろよ雑魚共」


 面倒臭そうに両手の拳を鳴らし、男達を睨みつけると。


「「抜かせぇえええええッ!!!」」


 まんまと安い挑発に乗った男達が、拳を構えながら一斉に襲い掛かってきた。

 何故、自分が狙われているのかジンにはわからないが。


「やっちまええええええ!!!」


 とりあえず立てなくなるまで適当に痛めつけ、理由を白状させようかと口元に指を置いてジンが考えていると――――


「は、早くっ! こ、こっちですっ!」


 弱々しい謎の声が響き。

 そしてどこから現れたのか、突然ジンはその人物に腕を引っ張られ、共に男達に背を向けて逃走させられてしまう。


「ホント次から次へと……。今度は何だよ……」


 唐突すぎる展開に驚く事もなく、ジンは落ち着きながらとりあえず走り続け、自分の腕を引っ張る人物を冷静に確認する。

 古びたローブで顔を隠しているが、僅かに見えた顔と声から青年である事がわかった。


「と、とにかく助かりたかったら黙って必死に走ってくださいっ! そ、そこを曲がればもう安全ですからっ!」


「そう言われてもなぁ……」


 ジンはすっかり呆れ返っていた。

 この青年が何故こうも必死になって自分を助けようとしているのかも謎だが。

 あの程度の連中ならば軽くねじ伏せられる。

 更に言ってしまえばこの周辺を先程まで探索していたので、その曲がり角の先が行き止まりである事を知っている。

 助けに現れたこの青年の行動全てが、ジンにとっては余計なお世話だった。

 


「待てゴラァッ!!!」


 背後から追ってくる男達の叫びが聞こえると。


「ひ、ヒィイイイッ!?」


 青年はその都度、大きく飛び跳ねて完全に怯えきっている様子だった。


「だ、だ、だ、大丈夫ですからっ!」


「どこがだよ……。アンタもう色々とギリギリだぞ?」


 今にも意識を失ってしまうのではないかと心配になる程に青年は汗だくとなって疲労困憊していた。

 涙や鼻水まで流して強がる青年の姿を見ていると、ジンはふとリディアの事を思い出してしまう。


「そ、そこの角を曲がったら後は僕に任せてくださいっ」


「いや、そこ行き止まりだし……」


 ジンと青年が角を曲がったのを確認すると、男達は走りながら不気味な笑顔を浮かべていく。

 そう、男達もその先が行き止まりだと知っていたのだ。

 三人は曲がり角に差し掛かる辺りで足を止め、息を荒げながら互いを見つめ合う。


「はぁ、はぁ、あいつら馬鹿だよなぁ。行き止まりとも知らず……」


「ぜぇ、まったくだ。はぁ、それよりも……銀髪野郎を助けたもう一人は何者だ?」


「っ、はぁ、さぁな……。ま、丁度良いじゃねぇか。あいつも攫っちまおうぜ」


 そして、行き止まりに追い詰めた男達は余裕に満ちた表情で角を曲がったのだが。


「はぁ……?」


 何とそこにはジンと青年の姿は無かった。

 曲がり角の先は二件の建物に挟まれ、この国の端に当たる場所だ。

 つまり両端には建物、背後にはラティーバを囲む外壁に塞がれいる。


「どういう事だ……確かに奴らはここへ追い込まれたはずだ」


「建物によじ登ってもないみたいだぞ……」


 逃げ場も、隠れる場所も無いはずだが、それでもジンと青年の姿は見当たらない。

 男達から既に余裕の表情は消えており、苛立ちに包まれていた。


「クッソッ!!! あのガキィ……ッ!!! どこに消えやがったッ!?」


「チッ!! まだ近くに居るかもしんねぇッ!! 探しに行くぞッ!!!」


「見つけだしてギタギタにしてやっからな……ッ!!!」


 男達が去ると、静かに風がその場に吹く。

 するとしばらくしてから、地面の一部から四方形の青白い光が散り、窪みができた。


「……」


 その下から四方形の地面を両手で押し上げ、周囲を確認する青年の頭が出てくる。

 難を無事逃れる事ができて青年は安堵の溜息を漏らし、両手から青白い光を灯すと、再び出入り口を錬金術で塞いでしまう。

 青年の一連の流れを階段の段差に黙って座り、観察していたジンはようやく質問を口にしていく。


「アンタ、錬金術師だったんだな。暗くて全然見えねぇけど、この場所って何なんだ? つか、何で俺をわざわざ助けたんだよ」


「え、えと、とにかく詳しくは階段を降りてからゆっくり説明するよ。あぁ、恐かった……。で、でも、本当に……本当に良かったよ。取り返しが付かなくなる前に君を助けられて……」


「あん……?」


 状況が把握できないまま、ジンはどこか頼りない不思議な青年と出会ったのだった。

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