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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
英雄の再来
41/80

3話:影を纏う者、意思を継ぐ者

 ギリスティア王都、その中央にそびえ建つ王宮に通ずる門に、大勢の人が群れをなして押し寄せていた。


「ええいッ!! ここを何処と心得るッ!! 速やかに去るのだッ!」


「こうも大勢で騒がれては陛下もご心配されて御身体に触れるッ!!」


「だから何度も同じ事を言わせるなッ! 日を改めて順に発表すると告げているだろッ!」


 王宮に仕える警護兵や、王従士ゴールデンドールが数名で必死に門の前に立ち塞がり、国民達に囲まれていた。

 先程から同じ発言ばかりする兵と王従士ゴールデンドール達に業を煮やす国民達は次々と野次を飛ばす。


「日を改めるとはいつですかっ!? もうあれから何日経ってると思ってんだっ!」


「今回の事件がギリスティアにとって甚大な被害である事は間違いないっ! 我々、国民にはその真相を知る義務があるっ!」


「そうだそうだっ! あんた達じゃ話にならないっ! 三英傑ゴールデンナイトを出せっ!」


「殺人という線が濃厚と推測されていますが、現場の惨状からしてやはり犯人は錬金術師なのでしょうかっ!?」


「答えろっ! これは世界的大事件なんだぞっ!」


 王宮へと押し寄せ、カメラのフラッシュを焚き、一字一句記録しようとメモを取る彼らは新聞記者なのである。

 そして、彼らの目的は――――


「何故……、何故、”アリス=テレスは死亡”したんですっ!?」


 それは数日前である。

 ドルスロッドと呼ばれる村で事件は起きたのだった。

 アリスが経営する病院は襲撃され、燃え上がる炎に包まれていた。

 火事に気づいた村人達は必死に消化活動をしながら、何とか庭でアリスを発見する事に成功したが。


「目撃者の証言によるとアリス=テレスは右腕を失い、身体にはいくつもの刺し傷等があったらしいですが、アリス=テレスに相当な恨みを持つ者の犯行なんでしょうかっ!」


 変わり果てたその姿を目にした村人達の中にはその場で気を失う者も居た。

 村人達は全員青ざめた表情ですぐさま安否を確認したが、アリスは既に息を引きとっていたのだ。

 その日。

 アリスを慕う大勢の村人達の哀しみは、ドルスロッド中に響き渡り、決して鳴り止む事はなかった。


「敷地内はまるで戦争でもしたかの様な惨状らしいじゃないかっ! それとは裏腹に、建物には一切傷がついていないのは何故だっ!!」


「村人達がそれ程の事が起きていながら気づくのが遅すぎじゃないですかっ! 一体どういう事なんですっ!? 巷では何者かによる陰謀説まで蔓延ってますよっ! ちゃんと説明してくださいっ!」


 アリスの死はすぐさま世界に公表された。

 錬金術だけでなく、医学の進歩にも貢献していた偉大なる人物の死は世界を大きく震撼させたのだった。

 そして世界中ですぐさま様々な仮説等も立てられ、今回の事件は多くの者達の注目が集まる深刻な事態へと発展している。


「っ、何度も言わせるでないッ! これ以上この場で騒ぐ事は許さんッ!」


「わ、我々の指示に従わなぬならばそれ相応に罰せられると思えッ!」


 慌てて大きく両腕を振り、記者達を退散させようとする兵と王従士ゴールデンドールだったが。


「な、なんて横暴な発言だっ!?」


「そんな事が許されるとでも思っているのかっ!!」 


「その発言は必ず記事にさせてもらうぞっ!」


「それに最近、陛下のお姿も見ないぞっ! 容態はどうなってんだっ! その辺もちゃんと説明しろっ!!」


 飛び交う野次とフラッシュの光の多さに兵と王従士ゴールデンドールは窮地に立たされていく。

 そして火に油が注がれた記者達は、瞬く間に兵と王従士ゴールデンドールに詰め寄っていくのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ここは王宮の最上階にある一室。

 軽い乱闘騒ぎが起きている外の様子を、一人の男が壁にもたれながら窓に視線を向けていた。


「やれやれ……。やっぱりここは”俺達”の誰かが出向いた方が良かったんじゃないの? あ~あ……記者連中だけじゃなくてあいつらまで暴れだしちゃったぞ……」


 寝癖を直していないのか、少しハネたブラウン色の髪を弄りながら眉をひそめて男は溜息を吐く。

 どことなくやる気を感じれない碧眼でジッと外を見つめ、収集がつかない事態へと発展しそうなこの現状に思わず苦笑いしてしまう。


「……で、あれの始末はどうするんだい? こっちは連日の仕事疲れでもうクタクタなんだけど」


 よれよれの白いカッターシャツの襟を掴み、わざとらしく咳き込む。


「……」


 この部屋にはもう一人居る、だが男の発言に返答が帰ってこない。


「はぁ……。俺と違って仕事熱心なのは良いけどさ……。返事してくれたって良いんじゃないの?」


 純白を基調とした金色の装飾が施された研究衣をなびかせ、ポケットに左手をしまい、顎鬚を弄りながら、もう一人へと振り向き指示を仰ぐ。


「……貴方は一々、私の指示を仰がないと動けないのですか?」


 どこか冷たさを感じさせる女性の低い声が男の胸によく突き刺さる。


「やれやれ……ホント、仕事熱心だねぇ。最近、俺達ロクに寝てないってのに……」


 高級感漂う大きな木製のテーブルに置かれた大量の書類、その全てに黙々と筆を走らせる女性の仕事熱心な姿に男は思わず拍手してしまいそうになる程だった。


「当然です。これは仕事ですよ、仕事ナメないでください」


 男と同じ研究衣を羽織る女性は、一瞬顔を上げたかと思えば眠そうな碧眼で男を睨みつけた後すぐにまた書類に視線を戻す。


「いやいやナメちゃいないけどさ、”マリア”ちゃんまだ若いんだし今の歳から仕事命みたいな考えは良くないよ? それにめちゃくちゃ眠そうな目してんじゃない」


「元々こういう性格と目つきなので余計なお世話です。私は貴方と違ってこの仕事に誇りを持ってますし何より楽しんでます。あとこの業界で年齢とか関係ありません。無駄口ばかり叩いているとセクハラで告訴しますよ」


 男に一切視線を向けずに黙々と業務をこなすマリアこと、同僚のロズマリア=フローラの姿に男は深い溜息を吐く。

 そして徐にテーブルの上に腰掛けた。


「せっかくの美人さんがこんな場所に埋もれてるなんて勿体無いよ。……良かったらたまにはオジさんと紅茶でもどう? 最近さ、仕事の合間に良い店見つけたんだ」


 ロズマリアの容姿は王従士ゴールデンドールの間でも一目置かれている。

 先端にウェーブのかかったピンク色の美しい長髪はとても手入れされており、その少しタレ目がちで眠そうな瞳も愛らしい。


「……貴方、この忙しい時に喫茶店巡りでもしてたんですか?」


 ロズマリアの筆を握る手が止まる。

 そして顔を上げると、いつもの少しキツイ表情で男を睨みつた。

 その冷ややかな視線は、一部の嗜好を持つ者をゾクッとさせて虜にしてしまう。


「はは、息抜きでもしないと”あんな辛気臭い事”してらんないからね」


「……ふぅ。毎度の事ながら貴方には呆れて言葉も出ないです」


 悪びれる素振りを見せないこの男にロズマリアは怒りを静めるべく、テーブルに置いていた飲みかけのコーヒーカップを手に取り口にする。


「まぁまぁ、そう言わさんなって。俺の分野は”人間”じゃなくて”植物”だってのにちゃんと仕事はしたろ?」


「当然です」


 そう短く切捨て、眉間に小皺を作り、肘に手を置いて不機嫌そうに珈琲を飲み続けるロズマリアの姿に男は心を痛めてしまう。

 まだ年頃の娘だと言うのに仕事ばかりでロクにお洒落もせず、研究衣の下はいつも灰色のレディースーツなのだ。


「マリアちゃんもたまには暇作って可愛い服とか買いに行けば良いのに。まぁ、その格好のロズマリアちゃんも俺は好きだけどさ~……」


 気づかれないように視線を少し下げると、そこにはパラダイスが待っていた。

 シワ一つない蒼いネクタイが、スーツ越しに盛り上がる胸の谷間に挟まっているのも中々好感度が高い。

 更に、長めのスカートから覗くスラリと伸びた程良くむっちりした太腿も眩しい。

 しかし男が日々の疲れを癒すべく目の保養をしていると。


「う、うぎゃああああ」


 突然、鋭い万年筆の先が男の眉間へと突き刺さってきた。

 床に転倒してもがき苦しむ男を他所に、ロズマリアは何事も無かったかのように再び業務を再開していく。

 そしてそのまま苛立ちの込もった声で日頃の不満を吐き捨てる。


「……貴方には三英傑ゴールデンナイトとしての自覚が無さすぎます、”ティオ”」


 その発言に、男はピタッと動きを止めた。

 つい先程まで床で大袈裟にのたうちまわっていた人物とは別人のように、真剣な表情でむくりと立ち上がり、両手を研究衣のポケットにしまう。


三英傑ゴールデンナイトとしての自覚、ねぇ……」


 ティオと呼ばれるこの男。

 ”ティオ=フラストス”はロズマリアの発言に大きく口元を歪ませて嘲笑ってみせた。


「そんなもん……ある訳無いじゃない」


 すると、ロズマリアは再び筆を止めてしまう。

 三英傑ゴールデンナイトであるティオの無責任な発言に怒りが込みあがり、筆を握る手が震えてくる。

 ティオはその様子に拍車をかけるように、ただ淡々と言葉を並べていく。


「……元々、俺はただのチンケな錬金術師さ。適当に生きて、適当に自分のしたい事だけできれば良かったんだ。……どこで道を踏み外したんだろうねぇ、気がつけば王従士ゴールデンドールなんてもんになっちまてった。それにハイリンヒの旦那とマリアちゃんにも最初言ったでしょ? 俺は三英傑ゴールデンナイトなんて向いてないんよ。俺みたいな適当な奴がなって良い役職じゃないって」


 何かが壊れる音がした。

 だがそれが万年筆の折れた音だと気づくのはすぐだった。

 ロズマリアは両手を机に力強く叩きつけて勢い良く立ち上がる。

 顔を伏せているのでその表情は詳しく読み取れないが明らかに怒っている、だがそれでもティオは自分の発言を取り消すつもりはない。

 顎鬚を撫でながら微かに微笑んでいた。


「なら……ッ、何故、貴方はいつまでもその席に居るのです……ッ!! 不満であると言うならば今すぐにでもその席を降りなさい……ッ!!」


「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……」


 静かにティオは部屋の中央に置かれたテーブルに移動し、ゆっくりとソファーにもたれかかる。

 テーブルにはチェス盤と駒が並べられていた。

 何故か並べられていた駒の一部を次々と掃けていく。


「どうだい? 俺と一局勝負してみない?」


「……どういうつもりです?」


 この状況で呑気にチェスをしようと誘うティオの神経も信じられなかったが、それよりもロズマリアはその盤上の駒に違和感を感じていた。

 黒の駒は規定通りの配置に全て揃っていたが、白の駒にはナイトが二個しかなかったのだ。

 ティオは二個のナイトを手に取り、寂しげな表情を浮かべる。


「俺は現三英傑ゴールデンナイトの中で一番の新参者だ。だからって訳でもないけど、旦那やマリアちゃんに比べりゃ三英傑ゴールデンナイトの何たらやら、ギリスティアが長年に渡って築き上げてたものってのが確かにわかっちゃいないよ」


 逆にロズマリアにはティオの発言の意味がわからない。

 目を細め、優しい眼差しで一個のナイトを見つめてティオは言う。


「……でもね。かなり面倒で、とてもじゃないけど俺には不向きだけど。それでも俺はこの席に座り続けるよ」


 一個の、白のナイトを盤上に力強く叩きつけるティオ。

 ロズマリアは両肘を抱え、その様子を冷ややかな視線で見下ろす。


「……どういうつもりか知りませんが」


 とても重圧の効いた、脅迫じみた声を出す。


「貴方は元々、アリスの部下でしたね。後釜として三英傑ゴールデンナイトに任命されたりと、随分目にかけられていたみたいですね」


「はは……。目上の人は敬うもんだよ。せめて、さんを付けようね」


「さしずめ、貴方が大事に握っているその白のナイトはアリスなのでしょう」


「さぁね」


「ですが、白の駒にはキングがありません。このままナイト一個だけではゲームにもなりませんよ?」


「残念ながらキングが見当たらないんだ……。でも俺のゲームは――――キングが居なくても始められる」


「ナイト”お一人”で?」


「それが”このナイト”の使命だからね」


 ロズマリアだけでなく、いつの間にかティオまでもが真剣な表情で互いに睨み合っていた。

 しばらく沈黙が続くとロズマリアは左手に付けた腕時計に視線を変える。


「そろそろ時間ですので私はこれで失礼します。コルネリウス殿がオプリヌスの尋問に出払われているので代わりに私が陛下の体調をお伺いに行かなくてはなりませんので」


 大理石を踏むヒールの音を鳴らし、ティオに目もくれず急ぐようにこの部屋から退出していく。

 その去り際に、ティオはしゃがみ込むように両手で顔を覆いながら、背後のロズマリアに大声で尋ねる。


「そういえば! ヘルメスちゃんに帰還命令を下したみたいじゃないのぉ! どうしたの?」


 響き渡るその声にロズマリアは一瞬立ち止まるが、決して振り向かず短く告げて退出した。


「彼女はギリスティアの王従士ゴールデンドールですから」


 最後に怪しげなせせら笑いを浮かべ、この場から消えたロズマリアの返答に両手で顔を覆ったままティオは思わず笑ってしまう。


「はっはっはっはっ」


 ある程度、笑いが治まるとソファーにふんずり返り天井を仰ぐ。


「参ったなぁ。先を越されたか。旦那はこの事、知ってんのかねぇ……」


 未だ握り締めていた白のナイトをかざす。


「アリスさん……。あんたこんな適当な野郎に面倒事全部押し付けて勝手に逝ってんじゃねぇよ……」


 ティオの頬を一筋の涙が零れ落ちていた。


「……」


 視線を下ろせば、そこには理不尽な盤上が。


「確かにマリアちゃんの言う事はごもっとも。ま、白のナイト一個だけじゃゲームにもならないよな……」


 しかし、ティオは盤上の白のナイトを手に取ると一気に黒のポーンにぶつけて倒す。


「――――適当な俺が堅苦しいルールに縛られて律儀にそれを守ってやる必要ないよな」


 その瞳には強い意志が宿っていた。


「アリスさん。あんたはこうやってずっと一人で戦い続けてきたんだろ……」


 覚悟を決めたように勢いよく立ち上がり、研究衣のポケットに硬く握り締めた白のナイトを突っ込む。

 そして静かにこの部屋を退出していく。


「いやぁ、これから忙しくなるな。忙しすぎて俺死なないかな」


 言葉とは裏腹にその表情はどこか嬉しそうだった。


「教えてあげるよマリアちゃん。従順なだけが駒じゃないんだよ」


 こうして、ティオは自ら過酷な扉を開いたのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 酷く狭い暗がりの空間。

 だがその狭さに不自由する事はなかった。


「……」


 彼は両目を目隠しで隠されており、何重もの鎖に繋がれて身動きの取れない状態で椅子に座らされているだけだったから。

 黄ばんだボロ雑巾のようや囚人服を身に纏っている。

 彼は失意のどん底に堕とされ、精神を崩壊してしまったはずだったが、それでも再び自我を取り戻されてしまったのだ。


「よぉ……。あんた。オプリヌス=ハーティス。いつまでも無視してんじゃねぇよ。もう口が利けるようになってんだろ?」


 現在、オプリヌスはギリスティアが捕らえた極秘犯罪者が収容される王宮の地下施設で幽閉されていた。

 そして今のオプリヌスには見えないが、前方の牢に同じく幽閉された罪人が居た。

 まともな食事を与えられているわけでもないのに、その男はとてもふくよかな体系をしており、微かに首元から何かの刺青が見える。

 両腕は切断されており、男は両足のみが鎖に繋がれ壁に固定されていた。

 


「……何故、私の名前やそれを知っている」


 すっかり頬はやせこけ、元々細身だったその体系は更に痩せ細っている。

 オプリヌスは数日前に自我を取り戻し、ようやく話せるまでに回復していた。


「何だよ、やっぱ話せたんじゃねぇか。まぁ……ぶっ飛んでやがったから覚えてねぇだろうが、ここにあんたが入って来た時はそりゃ大騒ぎになってたんだぜ? 喋れるようになった時だって看守共が騒然して中々面白ぇ光景が見れたもんだぜ」


 丁度、意識がはっきりとしだした頃ぐらいから何度もこの男はオプリヌスに声をかけてきていた。

 ずっと無視を決め込んでいたが、流石に拷問だけが続く日々にもう飽き飽きしていたのだ。

 暇潰しとして気まぐれに返事をしただけのオプリヌスだが、それでも男は嬉しそうにどんどん話しかけてくる。


「でよぉ。ここには中々、新人が入って来ねぇから俺も喋り相手が居なくて退屈してたってわけだ。まぁ、お互い二度と日の光が拝めねぇ者同士だ。せいぜい死ぬまでぐらい仲良くしようぜ」


「二度と日の光が拝めない、ですか」


 当の昔から。

 最愛の女性、シャーリーを失ったあの日からオプリヌスの光は失われたままだった。

 こうしている今ですら狂気に蝕まれ、再び自我が崩壊しそうなものだが。


「そうか……私は……。ついにそこまで狂ってしまっているのか」

 

 シャーリーとの幸せな日々を取り戻す唯一の救いだった原点回帰リスタートは破られ、もはや完全に光は閉ざされてしまった。

 それでも、オプリヌスはこうして今も平然としていられる。

 オプリヌスにとって全てだったあの想いすらも、狂気に蝕まれたのだろうか。


「”あの時”に気づくべきでしたね……。こうなると”彼”が言っていた内容は私にとって無価値も同然だ……」


 ぶつぶつと一人呟くオプリヌスに男は不気味な笑みを浮かべて暇潰しを楽しんでいた。


「へっへっ、流石は狂った錬金術師フェイクの弟子だけはある……。地上に居る頃はあんたみたいなのを見て愉しむのが俺の趣味だったんだ……。ちったぁ、この陰鬱な牢生活に花が咲くってもんだな」


 オプリヌスの壊れ具合に男は幽閉される以前の記憶が蘇り、息を荒げてその様子に涎を垂らす始末。

 この場所にまとのな人間など存在しない。

 すると、オプリヌスは鼻を鳴らす。


「クク、実に愉快な場所だ。……ここでなら新しい淀んだ光も見つかるかもしれませんねぇ」


 狂人達はとても心地良い気分に浸っていた。

 もはや彼らの心に正気など無い。

 そんな彼らにとってここは地上よりも住み心地の良い場所なのかもしれない。


「こうやって久しぶりに同士と喋れた事だ、面白ぇ話し聞かせてやるよ。ギリスティアの王従士ゴールデンドールだったあんたなら笑えるかもしんねぇぜ」


「ほぉ……?」


 男は腐り落ちた自分の歯を飴玉のようにしゃぶり、唾液の音を混じらせながら、今までにここに幽閉された囚人達の話しをしていく。


「ここに堕ちてくる奴ってのは、地上で裁けねぇどえらい犯罪者や訳ありの奴も来るんだけどよぉ。実は……」


 良い退屈凌ぎを見つけたとばかり、オプリヌスは口元を歪ませていたが。

 次の瞬間、その表情が少しばかり強張ってしまう。


「――――ギリスティアの王従士ゴールデンドールが結構来るんだぜ」


 真っ当な心など自分にはもう無いとばかり思っていたオプリヌスだったが、男の発言が妙に引っかる。

 今更ここで何に疑問を抱こうが無意味だと悟っていたはずなのに。


「……どういう事です?」


 自然とその疑問を口にしてしまっていた。

 オプリヌスには一つ心当たりがあったのだ。


「さぁなぁ……。一人だけ話した奴が居るんだけどよ、そいつが言うには――――”この国は狂ってる”、ってな」

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