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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
英雄の再来
39/80

1話:心霧かかる少女

 四大国家の一つラティーバ。

 この国は世界最大規模の森の中に存在しており、その中心で大きな外壁に囲まれている。

 出入り口の門は東西南北に一箇所ずつ存在しており、森を抜けたヘルメスとセラは北門から少し離れた場所で様子を伺っていた。


「さて、門の見張りは鎧を着込んだ二人……何故か顔が痣だらけだが彼らもセラが言っていた通り”裏金”や”薬物”を受け取っているのか?」


 自分のコートをセラに纏わせたヘルメスは共に茂みにしゃがみ真剣な表情で確認する。


「えぇ、間違いないです……。もうこの国の殆どの兵は既にあの悪魔に屈しています……。その中には王従士ゴールデンドールも数名……っ」


 ヘルメスに借してもらったコートを両手で更に深く被り、国の惨状に怒り震えるセラ。


「そこまで腐っているとはな……ッ」


 またヘルメスも、王に忠誠を誓い、国に尽くすべき王従士ゴールデンドールが悪党に手を貸していると聞かされ怒り心頭して険しい表情を浮かべていた。

 セラから聞かされたラティーバの闇はあまりにも拡大しすぎていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 時は数分前に遡る。

 ジンが去ってしまってからヘルメスはセラを立ち上がらせ、追われていた理由や、自国に助けを求めない理由を聞き出していた。


「実は……今のラティーバにはもう一つの”国”が存在しているんです……」


 国の中に新たな国が存在する。

 セラは俯きながら両手を握り締めて小刻みに肩を震わせていた。


「もう一つの国……? それはどういう事だ……? 新しい国が建国された話など自分は何も知らないんだが……」


 両手を組んで不思議そうに首をかしげるヘルメス。

 新たな国が設立されていれば大々的に世界にも報道され、いくらヘルメスでもその耳に入ってくるはず。

 だがヘルメスはそのような話は何も知らない。


「無理もないです……。世間には公表されていませんから……」


 俯いたまま暗い表情を浮かべるセラにヘルメスは更に質問をする。


「それにラティーバは確かに四大国家の一つだが、そこまで所有する土地の面積は無いはずだが……」


「あくまで国を謳っているだけで実際には小さな村一つ分の面積しかありません……」


 ますます話がわからなくなってきた。

 ヘルメスは顎に手を置き、とても国と呼ぶには小さすぎるその場所について思考を巡らす。


「何故、わざわざ国を謳っているんだ? それならただの村じゃないのか?」


 セラは言葉を詰まらす。

 そして握り締めていた手を解き、顔を伏せて涙を零し始める。


「それはあの悪魔が……ッ。私達を”奴隷”にして王を名乗っているからです……ッ」


「奴隷……だとッ!?」


 先程から気になっていた悪魔と呼ばれるその人物もそうだが、ヘルメスは奴隷という不愉快な単語に瞳孔を開いてセラを両肩を掴み問い詰める。


「教えてくれセラッ! 君の国で一体何が起きているッ!?」


 するとセラは溢れる涙を何度も拭いながら、嗚咽を交えて全ての真相をヘルメスに伝える。


「ぅっ、ひっぐ……元々は、私達の村はっ、……農作物なんかを作るっ、っ、小さな村だったんです……っ」


 平和な村に訪れた最悪の転機。

 あの日、小さな村は悪魔に支配された。

 セラが鼻水をすすり、何とか涙を堪えて説明を続けようとする。

 ヘルメスもそっと両肩から手を離して真剣にそれを聞く。


「ぐすんっ、……あれはもう七年も前の事です。突然、私達の村に現れた王従士ゴールデンドールの一人が村の大人達に”ある薬”をばら撒いたんです……っ」


「薬……?」


 セラは拳を握り、唇を噛み締めて当時を振り返る。


「その王従士ゴールデンドールは……っ、国の為に懸命に働く村人達の為にわざわざ調合した、万病にも効く妙薬だと言ってましたが――――それは真っ赤な嘘だったんです……ッ!!!!」


 そして。


「村の大人達も最初はそんな胡散臭い薬を信じてはいませんでしたが……。ある日、お医者様にも匙を投げられ、不治の病に犯され苦しみ続けていたおじいさんが居たんですが……その薬を飲んでしばらくすると……本当に病気が治ったように元気になったんです……」


 村人達は薬の効果をすっかり信じ込み、その王従士ゴールデンドールの事も信頼した。


「その薬は日々のストレスも和らげ、皆に元気を与えるものでした……」


 先程から黙ってセラの話に耳を傾けてきたヘルメスだったが、もう我慢の限界だった。

 昔、医療に携わるアリスからそれによく似た存在を聞かされていたのだ。


「それは……違法薬ドラッグだったわけか……ッ」


 セラ両手で口元を隠し大量の涙を浮かべて頷く。


「私達知らなかったんです……ッ、世界にそんな恐ろしい物があるなんて……ッ、本当に……ッ」


 セラや村人が違法薬ドラッグの存在を知らないのも無理はなかった。


「だいぶ昔に違法薬ドラッグの構築方法が発見されたが、すぐに世界は禁忌として構築を固く禁じてその存在も闇に葬り去ったと聞かされている……。元々、ラティーバは錬金術の発展が遅れていたからな……。だから錬金術師でもなければ違法薬ドラッグの存在を知らないのは無理がない……」


 泣き崩れ、地面に這い蹲るセラの涙が土を湿らせていく。

 その姿に、ヘルメスは歯を食いしばる。


王従士ゴールデンドールの錬金術師でありながら……ッ、知識の無い者達に違法薬ドラッグをばら撒くとは……ッ、断じて許せんッ!!!!!」 


 そこからは地獄の毎日だった。


「村の人達の間ですぐにその薬は広まって……っ、その王従士ゴールデンドールはとっても優しい笑顔と共に次々と皆に薬を与えてきたんです……っ、そして……っ」


 ヘルメスはセラの悲痛の言葉を聞き続ける。


「ある程度、村全体に違法薬ドラッグが広まると……っ、何人ものゴロツキを引き連れて態度を一変させてきたんです……ッ」


 思い出すだけでもおぞましい悪夢の始まり。

 涙ながらセラは村での出来事を口にする。

 

「錬金術で猛威を振って……ッ。抵抗しようにも私達は錬金術の前に何もできず……ッ、薬のせいもあって一瞬の内に支配下に置かれました……ッ」


 村人達は最後まで抵抗したが、錬金術の前では無力に等しかった。

 泣きつかれたのか、セラは息を荒げて黙り込んでしまう。


「大丈夫かセラっ!?」


 急いでヘルメスはセラを抱き上げ、背中を擦る。

 その温もりと安堵からセラは息を整え、目を静かに閉じていく。


「……ありがとうヘルメスさん……もう……もう大丈夫です。落ち着きました……」


 そうは言うがセラの身体は力が抜けきっているせいで僅かに重かった。


「あまり無理はするな。少し休んだ方が……」


 だがセラは首を弱々しく横に振る。


「私は誰かに助けを求める為に脱走してきたんです……だから聞いてください」


 手を離すと再び崩れ落ちてしまいそうなセラの身体をヘルメスはしっかりと支え続ける。


「薬を拒み続けた人達も強制的に摂取されて……もう私達はあの薬なくして生きていけない身体になってしまったんです……」


 違法薬ドラッグの恐ろしい所はその副作用。


「錬金術に太刀打ちできないだけじゃなくて……私達は一定時間の間に薬を飲まないと精神を崩壊させてしまいそうになるんです……。だからあの悪魔に逆らう事ができない……」


 やはりアリスから聞かされた違法薬ドラッグと効力は同じようだった。

 ヘルメスはセラの身体を強く抱きしめて微笑む。


「安心してくれセラ。もう大丈夫だ。少し時間はかかるかもしれないが違法薬ドラッグから解放される術はあるっ! 医療に優れた錬金術師ならばその正しい処置も知っているはずだ」


 そう、アリスは言っていた。

 一度でも違法薬ドラッグを使用した者は永遠の悪夢が続くが、時間をかけてそこから脱出する術もあると。


「自分がセラを必ず守る! 共にラティーバの王従士ゴールデンドールを尋ね、その者の悪事を密告して村を助けてもらおう。きっと王従士ゴールデンドールの中には医療に携わる者もいるはずだ。何なら自分はギリスティアの王従士ゴールデンドールだ、ラティーバの三英傑ゴールデンナイトや王にも面会できるかもしれん」


 悪事が公になる事を恐れ、例えセラの命を狙ってこようとも、ヘルメスはその全てを蹴散らしてやると心強い提案をするが。


「それは無理です……」


 セラはそれを否定し、暗い表情のままだった。


「何故だ……? ラティーバの王は争いをとても嫌い、国民の事も大事に想っていると聞く……。それに三英傑ゴールデンナイトともなれば一介の王従士ゴールデンドールに屈するはずが――――」


「無理なんです」


 セラの諦めにも似た何かに気づいたヘルメスの額から嫌な汗が流れてくる。


「まさか……王や三英傑ゴールデンナイトすらその悪事を容認しているのか……っ!?」


 静かにセラは首を横に振る。


「王様や三英傑ゴールデンナイトは何も知りません……」


「ならば、やはり面会すべきじゃないかっ!」


 しかし、それはできなかった。


「無理なんです……。何度か脱走に成功して王従士ゴールデンドールに助けを求めた人も居ましたが……既にあの悪魔からお金や薬を受け取っていて息がかかっていたらしいです……」


 一人だけでなく、他にもその悪事に協力している王従士ゴールデンドールが存在すると言うのだ。


「王様や三英傑ゴールデンナイトに取り次いでもらおうとしても、そこに至るまでの末端に位置する王従士ゴールデンドールはあの悪魔の言いなりなんです……。もう直接、助けを求める事は不可能なんです……」


 その腐敗したラティーバの現状にヘルメスは思わず息を呑むと共に、王従士ゴールデンドールとしての誇りを汚す者達に怒り込み上げる。


「だから……他国に助けを求めていたわけか……」


 セラは小さく頷く。


「お願いしますっ! どうかこの事を隣国であるギリスティアの王従士ゴールデンドールに伝えてくださいっ! もうこれが最後になるかもしれませんっ!」


 ヘルメスの両肩を掴んで心の底から願いを叫ぶセラ。

 つい先日前ならばヘルメスもすぐさま要請していただろう。

 だが、今は――――


「本当にすまない……。訳あって今の自分は他の王従士ゴールデンドールに助力を促す事ができないんだ……ッ」


「そ、ん、な……」


 愕然として涙を浮かべ、顔を伏せるセラの姿にヘルメスは胸を絞めつけられてしまう。

 それでも。

 アリスやジンの発言が引っかかり、ヘルメスはセラの願いを聞く事を躊躇っていた。

 すると、意識を失っていた太った男が頭を抑えながら起き上がる。

 

「ぅ、」


「しまったもう起きてしまったか」


「……ッ!?」


 それに気づいたヘルメスはすぐさまコートの裏に忍ばせていた魔銃をホルスターから抜き、怯えるセラを背に隠す。


「っ、っ、て、て……な、な、何が起きたんだぁ~? ち、ち、ちくしょぉ~……んん~? ひぃぃっ!?」


 自分に銃口を向けられている事に気づいた男は、咄嗟に両手を上げて辺りを見渡す。

 すると少し離れた場所で痩せ細った男が意識を失っている姿を見つけ、自分の置かれている立場を理解した。


「……どうしたものか」


 殺しを好まないヘルメスはこの男をどうしようかと考えていた。

 何も支度せず急にドルスロッドを離れたヘルメスは、この男を拘束する道具もなかった。

 だからと言ってみすみす逃せば再びセラに危険が及ぶかもしれない。

 考えた末。

 ヘルメスは不安そうに怯えるセラを残し、銃口を向けたまま、眼鏡を外して内ポケットに仕舞って男の前へと歩き進めていく。


「や、や、や、止めろぉっ!! お、俺を、こ、殺したって、そ、そこの女はもう助からねぇぞぉっ!!」


「……殺しはしないさ。貴様を拘束するだけだ、頭に両手を置いてそこの木に向かって大人しく後ろを向け。自分はギリスティアの王従士ゴールデンドールだ」


 ヘルメスは右手の中指にハメられた王従士ゴールデンドールの証を、ギリスティを象徴するウサギが刻まれた碧の宝石が施された指輪を見せつける。

 

「ぎ、ぎ、ギリスティアの……っ!? な、何で、ぎ、ギリスティアが……っ、ち、ち、ちくしょうっ」


 ギリスティアの王従士ゴールデンドールだとわかると、男は観念して言われるがまま頭に両手を置いて木に向かって後ろを向く。

 男の背後を取ると、ヘルメスは魔銃をホルスターに仕舞い込み、両方の掌を地面に押し当てていく。

 これからこの男を拘束する道具を構築しようというのだ。


「……」


 無言のまま解読眼デコードで地面を構築するコードを視つめ、青白光を溢れさせていく。

 その姿をセラはジッと見つめていた。 

 ギリスティアの王従士ゴールデンドールの、世界に名を轟かせたエーテルの錬金術が拝めるのだ。

 目を輝かせてしっかりとその完成を目に焼きつけていく。

 また男も恐怖に耐えかね、背筋をゾクゾクさせて僅かに振り向いてしまう


「はぁぁぁああああっ」


 ヘルメスの気合の入った叫びと共に、青白い光を纏いながら地面から何かが構築されていく。

 流石はエーテルの錬金術師と言わんばかりにセラの表情は晴れていくが。

 青白い光が散乱していき、無事、錬金術は成功したがそれは――――


「お、た、ま……?」


 それはどこからどう見ても立派な調理道具の一つ――――おたま、だった。

 何故、ヘルメスがそんなものを構築したのかは謎だったが、きっとアレを使って男を拘束するんだとセラは何の疑いも無かったが。


「む……おかしいな。自分はリディアのように手錠を構築したつもりなのだが……」


 構築された物はヘルメスにとっても予想外な物だったらしい。

 立派に構築されたおたまに男はこの状況にも関わらず大笑いしてしまう。


「ぶっ、ぶ、ひゃっはっはっはぁっ」


 ギリスティアの王従士ゴールデンドールはバケモノ集団と噂に聞いていたが、あまりにお粗末なヘルメスの錬金術を目の当たりにし、笑いが止まらなかった。

 セラも口を大きく開けて先程から何も言ってこない。

 ヘルメスは顔を真っ赤にさせ、そのおたまを振り上げ。


「何がおかしいっ、笑うなっ!」


「ぶふぁっ!?」


 男の脳天をおたまで直撃させ、ヘルメスの馬鹿力もあって男は地面に倒れ込む。

 意識はかろうじてあるが、身体をピクピクさせて身動きは取れなかった。


「フン……。よし、このまま埋めてしまおう」


 ヘルメスは自分の倍以上もある男の身体を持ち上げ。


「せいっ」


「……っ? ひ、ひぃっ!? ち、ちょ、ちょ、」


 そのまま釘を打ち付けるように力強く男を叩きつけると、男は首から上を残して地面に埋まった。

 人間業とは思えないその光景にセラは再び目を輝かせてヘルメスの元に駆け寄る。


「な、なるほどっ! こうする為にわざとおたまを構築して相手を油断させたわけですねっ! 流石はエーテルの錬金術師ですっ! 私達のような凡人とは考えが逸脱してらっしゃいますっ!」


 両手を握り、崇めるかのようにヘルメスの行動を信じて疑わず感服した様子を見せるセラ。

 どうやらセラはエーテルに特別な想い入れがあるようだが、実際にはヘルメスの固有式オリジナルコード聖鳥の卵メギス・パンドラが発動してしまい適当な物を構築してしまっただけだ。

 だが中々それを言い出せずヘルメスは引きつった笑みを浮かべるだけだった。


「ま、まぁな……」


 とにかくこうして男を拘束する事に成功し、未だ意識を失う男も手際よく同じように生き埋めにしていく。

 これで大丈夫だろうとヘルメスは額の汗を拭い、一息つくと。


「ち、ち、ちくしょうっ」


「……驚いた。なんて頑丈な奴だ」


 男は恨めしそうにヘルメスとセラを睨みつけて舌打ちをしていた。

 怯えるセラを庇うように再びヘルメスが背に隠し、両腕を組んで男を見下ろす。


「貴様達がラティーバの王従士ゴールデンドールと繋がって悪事を働いている事はもう知っている。観念したらどうだ」


 自分達の悪事がバレ、男は一瞬言葉を詰まらせるが。


「ぐへ、ぐへへへへ」


 不愉快な笑みを浮かべながら、セラを睨みつける。

 その姿勢が気に喰わなかったのか、先程から怒り心頭だったヘルメスはセラの代わりに男の顎を蹴り上げた。


「ぶふっ」


 ヘルメスの容赦無い蹴りにも男は何とか意識を保ち、口元から血を流しながら、ヘルメスの背に隠れるセラを睨みつけて言う。


「も、も、もう、お前が脱走した事は”国中”に知れ渡ってる……」


「……お前達が支配する村の事だな」


 ヘルメスの問いかけを男は無視し、続けていく。


「あ、あ、哀れなじ、ジジイだ……ま、孫娘のせ、せ、せいで、も、もうすぐ公開処刑されるだろうなぁっ!!」


 その瞬間、セラは表情を青ざめてヘルメスのコートを掴む手にも力を込めてしまう。


「こ、こ、こうしてる間にも、き、き、きっとご、拷問されてる……ぐひ、ぐひひ、ひぐぅッ!?」


 ヘルメスは先程よりも強烈な一撃を男の顎にお見舞いして完全に意識を失わせた。


「本当に不愉快な男だ……っ」


 そして背後に凍りついた表情を浮かべるセラに振り返る。


「セラっ! 奴が言っていた事は本当かっ!?」


 身体を震わすセラは静かに頷き、今にも泣き出しそうな表情でヘルメスを見つめ。


「も、もう、時間が……ッ」


 ヘルメスの闘志を燃させる。


「……すまないが先程も言ったように今の自分は他の王従士ゴールデンドールに要請はできない」


「……ッ」


 今はギリスティアの王従士ゴールデンドールを頼る事ができない。


「だが――――」


 だから。


「自分がセラの村を絶対に救ってやるッ!! 自分を信じてくれッ!!」


「……っ、ヘルメス、さん……っ」


 ヘルメスは自分だけでも戦うと決意した。

 仮にも国を名乗る連中相手に一人で挑む事は無謀かもしれない。

 それでも、目の前で涙を流し、救いを求めるこの少女を放ってはおけなかった。


「自分は自分の正義を全うしてみせる」


「……ぅ、っ、ぅ、」


 感謝の言葉も上手く言えず、泣きじゃくるセラの姿はまるで昔の自分を見ているようだった。

 今のヘルメスは何を信じれば良いのか、まるで心に霧がかかったような気持ちだったが、それでも自分の信念は疑わない。

 目の前で助けを求めるセラを救ってやる事しか考えられないでいた。


「さて、このままセラを逃がしてやりたい所なんだが……。生憎、今は馬車も無いしこの森を抜けた荒野をセラ一人で歩かせるわけにも行かないしどうしたものか……」


 セラの身を案じるヘルメスが口元に手を置いて唸り声をあげていると。


「私も……私も行きますッ!」


 すっかり鼻を赤くさせたセラが、とても力強い瞳でヘルメスに同行する事を頼む。


「だが……」


「お願いします……ッ! おじいちゃんが……おじいちゃんが心配なんですッ!」


「……」


 ヘルメスはドルスロッドに残してきたアリスを思い出していた。 

 だからこそ。

 大切な者を危険な場所に残し、自分だけが安全な場所へ逃げる事ができないと言うセラの気持ちが痛い程にわかった。

 それに違法薬ドラッグの事もある。

 恐らくセラも一定時間、違法薬ドラッグを摂取しなければ危険な状態に陥ってしまうはず。

 以上を踏まえ、ヘルメスはセラに手を差し伸べる。


「さぁ、一緒におじいさんを助けに行こう。セラも、村も、自分が必ず助けてやる」


「はいッ!!!」


 こうして二人は悪魔の支配する国へと急ぐのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 茂みに紛れ、ヘルメスは解読眼デコードで北門を警備する二人の兵を視てセラに伝える。


「あの者達、少量ながら簡易式インスタントコードを所持しているぞ。本当に正面突破などせず、このまま普通に入国して大丈夫なのか……?」


「そ、そんな事までわかるんですねっ!? さ、流石はヘルメスさんですっ」


 あまり錬金術の知識が無いセラは。ヘルメスの朱色の瞳が全てのコードを視る事のできる解読眼デコードだとも知らず、先程からずっとこの調子であった。


「えと、大丈夫ですよ。今のラティーバはあの悪魔のせいで出国する事は非常に難しいんですけど……、入国するのはとても簡単です。……最近じゃ何も知らずに来た外国人の人達まで奴隷にしだしているので入国審査は有ってないようなものなんです……」


「なるほどな……。だがギリスティアの王従士ゴールデンドールが来たともなれば、奴らは不都合だと思って自分を入国させないんじゃないか?」


 一応これでもヘルメスは王従士ゴールデンドールの端くれだ。

 更にそれがギリスティアともなれば警戒されるに違いないとヘルメスは考えるが。


「それも大丈夫かと……。最近……どうも有能な錬金術師の奴隷も欲しがってるそうなんですよ……」


「錬金術師の奴隷……だと?」


 セラは小さく頷く。


「私もよくわかりませんけどそんな事を聞いた事があります……。幸いまだ錬金術師の方で私達の村に連れてこられた人はいませんけど……また何か企んでるのかもしれません」


 今まで錬金術の使えない村人を奴隷としてきた王従士ゴールデンドールだが、錬金術師をも奴隷にする力を新たに手に入れたのか定かではないが。


「とにかく入国するしかあるまい……。気を引き締めていくぞセラ」


「はい……っ。あの門のすぐ先は私の村から近いです。兵には私の事は自分の奴隷だと押し切ってくださいね?」


 いくら嘘でもセラを奴隷だと言う事に抵抗を感じるが、今はそれも仕方ない。


「……っ。わかった。もしもバレるような最悪な事態になったとしても、いざとなれば自分があの兵達を一瞬で片付けるからセラは何も心配するな」


 その言葉を聞いてセラは安心して微笑み、ヘルメスは内ポケットから眼鏡を取り出してかける。

 そしてようやく二人は茂みから出て、門番の居る北門へと歩き進めた。

 既にセラが脱走した情報は下層の王従士ゴールデンドールや兵にも伝わっている。

 セラは顔がバレないようにヘルメスから借りたコートを深く被り、門の前に立ち止まると心臓の音を高鳴らせていた。


「……んん? 何だ”また”入国希望者か?」


「この短時間で珍しい事もあるもんだ。さぁ、何か身分を明かせる物はあるか?」


 何故か顔を腫らせ痣だらけの兵達の口ぶりからして、既に誰かが入国を終えたようだった。

 ヘルメスは大人しく王従士ゴールデンドールの証である指輪を兵達に見せつける。


「自分はギリスティアの王従士ゴールデンドール、ヘルメス=エーテルだ。……こ、この者は自分が買ったばかりの奴隷だからな……。み、身分を明かす物は持ち合わせていないが大丈夫だろうか?」


 奴隷を持つ者の常識などわからないヘルメスは、咄嗟にまるで最近買ったばかりにペットのようにセラを説明してしまった。


「……」


 兵達はヘルメスの指を見つめると交互に顔を合わせ、今度はセラに視線を向けながら告げる。


「……ギリスティアの王従士ゴールデンドール殿がラティーバに如何様で?」


 支配された村の奪還――――など、口が滑っても言えない。

 しかし、ここでヘルメスは盲点に気づく。

 至極当然なその質問の答えをセラと打ち合わせるのを忘れてしまっていた。

 穴だらけである。


「えと、あの……」


 目を泳がせ、どもるヘルメスを不審に思う兵達。

 そしてセラも、ヘルメス同様に肝心な打ち合わせを忘れていた事に大量の汗を流していた。

 何とかヘルメスは必死にそれらしい理由を考えてみるが、どうしても思いつかない。

 そんな時。

 ふとジンの事を思い出し、ジンならばどう答えるだろうと考えた結果。


「く、食い倒れ旅……だ」


 思わずセラだけでなく兵達までその発言に身体をビクつかせ驚く。

 ギリスティアの王従士ゴールデンドールがわざわざラティーバに食い倒れの旅――――正直、仕事をしろと思わずツッコんでしまいそうになる。

 だが。


「食い倒れの、旅……だとッ!? って、この女”あいつ”が言ってた容姿そのまんまじゃないかッ!?」


「ひぃぃぃぃいお通りくださいすみませんでしたぁああああ」


 予想外の反応を示す兵達。

 一人に関してはトラウマが蘇ったように、頭を両手で押さえてガタガタと震えてしゃがみこんでしまう。

 兵達はすぐさま二人に道を譲り、ヘルメスはセラの手を引きながら門を潜り抜ける。


「一体何だと言うんだ……?」


「わ、わかりません……。けど、あの人達……何かに怯えてませんでした?」


 ヘルメスとセラを見送るように、背後の兵達は何故か二人に敬礼していた。

 無事、入国を済ませた二人は不思議に思いながらも悪魔が支配する国へと足早に向かっていく。

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