プロローグ
ドルスロッドから離れ数日が経つ。
先程から何度も腹の音を鳴らすジンがひたすら森を歩き進めていると、ようやく小規模の国を囲む外壁が見えてきた。
「ぉぉ……ようやく見えてきた。良かった……これで飯にありつけそうだ」
どうしようもない空腹に顔を苦しそうに歪めていたジンだが、ようやく食事にありつけると期待に胸を膨らませていると暗い表情でジンの後ろを歩くヘルメスが呟く。
「本当にエリーゼさん一人に任せて良かったのだろうか……」
謎の集団とフェイクの襲撃を受けたヘルメス一行は、アリスの決死の覚悟によってギリスティア国外へと馬車を走らせ無事逃げおおせる事に成功した。
「……今更言ってもしょうがねぇよ。それにヘルメスだってあのジジイが心配なんだろ? 俺達を逃がす為にジジイは腹くくってたんだ。それなのに俺達が戻りゃぁ間違いなくブチギレるだろうよ……。とにかくあの女を信じようぜ……」
ジンは腹に左手を当てて空腹に耐えながら後ろに振り向きそう言いい、この森に着いた時の記憶を思い出す。
エリーゼはこの森に着くと馬車を止め、あとは真っ直ぐ森を抜ければラティーバに辿り着くと言って二人を降ろしたのだ。
「しかしそれはエリーゼさんも同じだろ……。師匠はジンにエリーゼさんと自分の逃がせと頼んでいたんだろ? ……やはり今からでもエリーゼさんを連れ戻すべきではないか!?」
やはりアリスを心配するエリーゼ一人に安否を確認させに向かわせたのは間違いだったと、ヘルメスは来た道を急いで戻ろうとするが。
「お、おいちょっと待てよヘルメスっ」
ジンはヘルメスの腕を掴みそれを制止する。
「は、離してくれっ。どうしてしまったんだジンっ! ”あの時”もそうだ……っ、何故自分を止めるっ!」
やはりヘルメスはあの時。
ジンがドルスロッドにアリス一人を残し、留まろうとするヘルメスを力ずくで引き離した事を根に持っていた。
だからと言ってジンは大人しくヘルメスを行かせる気は毛頭かなかった。
アリスと約束していたのだ。
そしてあの頼みを思い出す。
お前ぇは不死身の身体だ。
……今まで散々フェイクの駒として利用され、その身体のせいで辛ぇ思いもしてきたんだろ?
――――どうか今度はその命、ヘルメスを守る為に使ってちゃくれねぇか……。
今までの自分に対するアリスからは思いもしない言葉だった。
だがその真剣な想いに、ジンは快く了承した。
ヘルメスは今は亡き恩人、ルルと同じく自分の心を優しく溶かしてくれた人間だ。
だからこそ、大切な存在を今度こそ手放さないように。
この不死身の身体を利用してヘルメスを守ると約束していた。
「ただでさえ腹減って死んじまいそうなんだ……。良いから大人しく俺の言う事を聞いてくれ」
しかし、ジンやアリスの想いなど知らないヘルメスはその言葉に怒りに似た感情が沸いていた。
「……っ」
ヘルメスはジンの腕を力ずくで振り払うと、暗い青を基調とした錬金術師が愛用するコートを翻し、銀縁の眼鏡越しにジンを睨みつける。
金色の美しい長髪を乱れさせ、それはとても切羽詰った表情をしている。
「答えてくれジンっ! 何故、エリーゼさんは良くて自分は駄目なんだっ! まさかまだ何か隠している事があるんじゃないだろうなっ!?」
ヘルメスの鋭い質問にジンは黙り込んでしまう。
「っ」
ジンは何かを知っている。
だが、それを自分に隠し通そうとするジンにヘルメスは耐えかねて身体を震わせていく。
集団が病院を襲ってきた時のアリスもそうだった。
一切何も自分には教えてくれなかった。
「……ジンや師匠は自分の事を信用してくれないんだな……っ」
「ち、違ぇよっ! そうじゃねぇっ! ただ俺とジジイはヘルメスを――――」
ジンがヘルメスの勘違いに両手を仰々しく動かして何とか誤解を解こうと言葉を続けようとした、その時だった。
「ッ!? ―――ー……あん? 何だあの鳥?」
突如、森の上空から小さな羽根音と共に空を見上げる二人の元に一羽の鳥が向かって飛んでくる。
「む? あれはもしや……」
その姿がようやく視認できるようになると、ぐるぐるに巻いた小さな紙を方足に結びつけられた鳩がヘルメスの左肩へと着地する。
「おいおい何だよこの鳩……」
よく見ると鳩の背には、刺青のようなウサギの紋章が刻まれていた。
そこから察するにこの鳩は――――
「……どうやらギリスティアから自分宛に送られた災獣のようだな」
ヘルメスはジンの反応に素っ気無くそう言うと、自分の左肩に乗る災獣の鳩に結ばれた紙を解いていく。
「そういや王従士は災獣の鳩を伝書鳩に使って連絡し合うって言ってたっけ……。って事は、こいつはギリスティアの王従士から送られてきたってか?」
ジンは嫌な予感がしてならなかった。
それはヘルメスも同じだった。
先日、アリスにもギリスティアから逃げろと言われたばかりだったのだ。
「で……何て書いてあんだ?」
特徴的な銀髪のオールバックをかきあげ、ヘルメスが構築してくれた蒼いカラーコンラクトを装着したジンは紙を解くのにもたつくヘルメスを待つ。
「……さぁな。結局、師匠をギリスティアに連れて行くというコルネリウス様からの命も達成できてないうえに……自分にはお叱りを受ける心当たりがあまりにも多すぎる」
ヘルメス自身も何故、自分が王従士になれたのか不思議で仕方なかった。
そんなヘルメスに対してジンは苦笑いしたかったが、今はそれよりも先程からどこか冷たいその口調と手紙の内容が気になってしまう。
「恐らく状況報告の催促だとは思うが……えーと……」
ようやく結ばれた手紙を解き終えたヘルメスはすぐに手紙を広げていく。
本来ならば他者に読まれないように特別な錬金術によって暗号化されているが、その手紙は錬金術が不得意なヘルメスの為に暗号化されおらず、すぐに読む事ができた。
しかし書かれた文脈はとても短いものだったが、ヘルメスは手紙を持つ両手を震わせて焦りを見せていた。
「おい……どうした」
ヘルメスの異変に気づくと、ジンはすぐに駆け寄り、手紙の内容を覗き込む。
するとそこには――――
「――――直ちに帰還せよ……だと?」
ギリスティア王都に存在する王従士本部への帰還命令だった。
更に、詳しいヘルメスの現状報告を要求する文章と差出人の名前が書かれていた。
偽造を防ぐ為に手紙の最後には印まで押されている。
どうやら手紙は本物のようだ。
「タイミング的にすっげぇ怪しいぞこの手紙……。あと誰だこの”ロズマリア=フローラ”って奴……?」
ヘルメスはそのまま右手で手紙をぐしゃりと握り潰してしまう。
無理も無かった。
信頼するアリスから逃げろと言われていた国からの帰還命令なのだ。
どうして良いのかもうヘルメスにはわからなくなっていた。
前髪で両目を隠し、ヘルメスは事の重大さをジンに告げる。
「ロズマリア=フローラというお方は……っ、ギリスティア史上二人目の三英傑になられた女性だ……っ」
ハイリンヒと同じ三英傑、ロズマリアからの直々に命令が届いた。
つまりそれは非常事態を意味するのだ。
「三英傑だと……?」
どうして良いのか迷いを見せるヘルメスに、ジンはそっと方に手を置く。
「まさかテメェ……本部に戻るなんて言わねぇだろうな?」
その言葉にヘルメスは顔を上げる。
「自分は……っ、ギリスティアの王従士だぞ……っ。三英傑の命に背く事など……っ」
その弱々しい表情に、ジンは眉間にシワを寄せて真正面から両肩に手を力強く押し付ける。
「よく聞けヘルメス……ッ。ジジイが何でテメェにギリスティアから逃げろって言ったかよく考えてみろ……ッ。しかもこのタイミングで三英傑からの帰還命令だぞッ!? 明らかにこれは罠だッ」
「だが……っ、自分を罠にハメてどうすると言うんだ……っ! 師匠もジンも自分に何を隠しているんだ……っ!? 一体今ギリスティアで何が起ころうとしている……っ!?」
「んなもん知らねぇよ……ッ。ただジジイは今のギリスティアはやべぇって事しか俺も聞かされてねぇッ! 頼むから俺を信じて王都に戻るなんて考えは捨てろッ!!」
だが今のヘルメスには。
「……俺を信じろ……?」
それは無理だった。
「ジンも師匠も自分を信じてくれていないじゃないかッ!!!」
「ち、違うって言ってんじゃねぇ……ッ! ぅッ!?」
ヘルメスはジンの両腕を掴むと容易く引き離し。
「ま、待てヘルメスッ!! 馬車もねぇのに無茶だッ!! くっそ……待ちやがれッ!!!」
来た道を考えなしで逆走していくヘルメスをジンは必死に追う。
このままでは間違いなくロクな事にはならない。
ジンは例え嫌われようとも、ヘルメスを守る為に全力で走り捕まえようとする。
「はぁ、はぁ……っ」
ギリスティア王都に続く森によく似たこの場所で、ヘルメスはもう何が何だかわからなくなっていた。
あまりに突然に、ショックな出来事が立て続けに起こりすぎた。
アリスやエリーゼの身も心配だ。
混乱するヘルメスはただひたすら森を走り続ける。
「くそっ、何故……っ」
そして、自分を信用してくれていなかったアリスとジンに深く傷つけられていた。
がむしゃらに森を抜けようとするヘルメスを見失わないようにジンも必死だった。
只でさえヘルメスは常人よりも身体能力が高いのだ。
常人を逸脱した身体能力を持つ偽人のジンでさえ、中々追いつく事ができないでいた。
更に今は空腹という絶望的な状況。
「ぜぇ……っ、お、おい、ヘルメス……っ、とりあえず飯食ってからにしねぇかぁ……ッ?」
どれだけ呼び止めようとも聞く耳を持たず走り続けるヘルメスに、ジンは次第に空腹のせいもあって苛立ちが込み上げてくる。
だがヘルメスの気持ちを察するとそれも仕方なかった。
今は何としてもヘルメスに自分の知る情報を伝え納得させるしかない。
「……っ」
その為にも一度ヘルメスを止める必要があったが、人間でありながら中々スピードを落とさないそのタフさにジンが困り果てていると。
「ぃ、ぃ、いやあああああああああッ」
反対方向から少女の叫び声がこの森に響き渡ってきた。
「っ!?」
「あん……?」
二人は同時の足を止め、背後に振り向く。
「ジン……今のは……」
ようやく足を止めたヘルメスに安堵してジンは息を荒げながらゆっくりと近づく。
「ふぅー……ようやく止まりやがったな。とりあえず俺の話を聞――――」
「それ所ではないだろっ!? 今の叫び……あちらから聞こえたっ! 行くぞっ!」
再び叫び声がしたラティーバの方向へと走り出してしまうヘルメス。
「ちょ……。あー……くそっ、今度は何なんだよホントっ!! 身勝手すぎんだろ……っ。絶対ぇに終わったら飯にすっからなっ!!」
いい加減うんざりしてきたジンはヘルメスと共に叫び声の元へと再び走り出す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
森の茂みに紛れ、ボロボロのズボンを穿く半裸の男二人が、一人の少女を木の根元へと追い詰めていた。
「ぐ、ぐへへ~、よ、ようやく追い詰めたぞ~? て、手間かけさせてんじゃねぇよぉ~」
ねちっこい声の太った男が怯える少女の姿に涎を垂らすと、その横で骨が浮き出る程に痩せ細った男っが甲高い声を出す。
「ひっひっひっ、どうせ助けは来ないさぁ。しかし危なかったぜぇ……。もしお前がこのまま逃げて”この事”が世間に明るみになれば俺達と”王”はお終いだからなぁ」
「ほ、ほんと、ば、馬鹿な奴。そ、”外で生きていけるわけない”のにな」
亜麻色のセミロングをした少女は木に座り込むように追い詰められ、涙を浮かべ、男達の視線に全身を震わせていた。
薄汚い一枚の白地の布を着て、血が滲む裸足という何とも荒んだ恰好をしている。
「な、なぁ~? こ、このまま、お、俺達がい、い、頂くってのはアリィ~?」
太った男はたるみきった腹を掻き、少女の身体を舐め回すように熱い視線を送って息を荒げていく。
細身の男も、布越しでもわかる少女の程よく実った胸や、脚線を見て細長い舌を出す。
「ひぃひっひっ、こいつは反逆者だ。反逆者にはきつ~いお仕置きが必要だぁ」
卑しい視線が自分の身体に向けられると知るや、少女は血の気が引いた。
「こ、こ、この後、お、お前の目の前で、あ、あのジジイも見せしめに公開処刑だぁ~」
その青ざめた表情に、涙を浮かべて怯える少女の反応に男達は更に気分を良くしていく。
「た、たまんねぇ……ぐふ、お、俺、も、も、もう……っ」
「奇遇ぅだぁ~、ひっひっひっ、んじゃ頂こうかぁ~っ」
唯一身に着けるズボンの中心を盛り上がていく男達に少女は瞳孔を開き。
「ぃ、ぃ、いやあああああああああッ」
助けを叫ぶが。
「だ、誰も、こ、来ねぇよぉ~」
少女の叫びは空しく森に響くだけだった。
「ひぃっひっひっひっ~」
男達の不気味な笑い声と、穢れた手が少女の心と身体を蹂躙していく。
「いやぁあああああッ、だれかぁぁぁぁああああッ。だれかたすけてぇぇえええええッ」
少女の髪は乱暴に掴み上げられ、息を荒げる不衛生な男達の手が身体の至る箇所に這っていく。
溢れる涙を細身の男が細長い舌で丁寧に舐めとっていく。
「……ぁ、ぁ…っ、ぁ……」
「ん~、犯される女の涙ってのは何でこんなに旨ぇんだぁ~、ひっひっひっ」
「うふっ、ふ、ぐふ、ぐへへ……た、た、たまんねぇ」
身体を自由にまさぐられ、恐怖に支配された少女はされるがままそれを受け入れる事しかできなかった。
少女の瞳からは光が消えていた。
いつしか反抗する気力さえ出てこなくなり、精神的に限界が達しようとしていた。
「ち、ち、チュウしちまおう」
太った男はそのまま乾燥した不潔な唇を少女の唇に重ねようとした。
その時だった。
「この……外道共がァッ!!!!!」
男達の背後から叫び声が聞こえてきたかと思えば。
「ぶひぃッ!?」
太った男は頭を鷲掴みにされ、そのまま木に軽々と投げ飛ばされ。
「ぶべらぁッ!!」
激しい音を奏で、木々から大量の葉が舞う。
すると太った男をぶつけられた衝撃で木は亀裂を走らせ崩れ落ちていく。
「な、なんだっ!?」
口から泡を吹き、白目を剥いて気を失う仲間の姿に細身の男はわけもわからず、慌てて少女の髪を掴む手を離して逃げ出す。
その反動で少女は力尽きるように地面へと解放されて倒れ込む。
「おーい……まだ気は確かか?」
すかさず現れたジンは倒れ込む少女の身体を抱いて支え、その安否を確認すると少女はようやく瞳に光と正気を取り戻す。
「ぁ、な、た、は……?」
「ただの通りすがりのバカな正義の味方……のお守りって所だな。ったく、ヘルメスには参るぜ……」
「……?」
あくまで自分よりも人助けを優先させるヘルメスの行動はまさにルルとそっくりだったのだ。
ジンが面倒臭そうにヘルメスの方向を向く。
「一応手加減してやれよー……」
ようやく視界がはっきりしてきた少女もジンと同じ方向に視線を向ける。
「ひぃいっ!?」
仲間を見捨て一目散に逃げ出した細身の男の前には、鋭い眼光を浴びせ怒り満ちたヘルメスが逃がすまいと既に行く手を阻んでいた。
その形相は凄まじく、細身の男は先程までの少女と同じように足を震わせ完全に怯えきっていた。
「手加減、か。……悪いが今の自分にできるかどうかわからんな」
「やれやれ……」
ジンは少女をそっと木にもたれさすとズボンのポケットに手を仕舞いながら、怒り狂うヘルメスの元へと近づく。
「ヘルメス……。テメェはもっとスマートにできねぇのか?」
そう言うと、ジンは男の顎を乱暴に片手で掴み上げて地面から足を浮かす。
「ふぎゅぅ、っ、」
いくら細身と言えどこう易々と自分の身体を浮かすジンに男は言い様の無い恐怖に怯えて抵抗する事もできない。
「おい、ジン……その男どうするつもりだ?」
納得のいかない様子のヘルメスを背に、ジンは不気味に微笑んで鋭い牙を男に見せつける。
「ひっ、ひぃいぃっ」
男の顎を掴む手にも力を込めながら。
「俺は今……むしょうに腹が減ってんだ……。弱者になって強者に食い殺されていく気分ってのはどうなんだ……?」
禍々しい殺気にあてられ、尋常ではない恐怖によって男は遂に泡を吹いてそのまま意識を失ってしまう。
「ま、単純に痛めつけるよりこうした方が今後こいつも悪さしねぇだろうぜ」
意識を失った男に強烈なトラウマを植え付け終わるとジンは手を緩め、地面に落としてヘルメスに振り向く。
「フン……」
どうやらヘルメスは機嫌がすこぶる悪いらしく、ジンに構わず少女の元へと近づいていく。
「はぁ……あのジジイの気持ちがわかった気がすんぜ……」
こうもヘルメスに冷たく接されるだけでここまで苦しいとは思わなかった。
ジンは泣き叫ぶアリスの事を思い出していた。
すると少女は立ち上がり、ヘルメスに向かって深々と頭を下げだす。
「あ、あの……本当に……ありがとうございました……っ」
安堵の涙を地面に零す自分と同じぐらいの背丈の少女を、ヘルメスはそっと抱きしめる。
「辛かったな……。自分の助けは……間に合っただろうか……?」
その気遣いの言葉に、少女は余計に涙を溢れさせてヘルメスの胸に顔を埋めて感謝を告げる。
「ほ、んと、に……っ、あり……っ、が、とう……っ」
泣き崩れる少女の頭を、ヘルメスは何度も撫でて恐怖を和らげさせていく。
「はぁ……」
ジンはすっかりヘルメスの誤解を解くタイミングを逃してしまっていた。
木にもたれ、そんな少女達をただ見つめてタイミングを待ち続けるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして。
ようやく落ち着きを取り戻した少女は涙を手で拭い、改めて恩人の二人へと頭を下げて自ら名乗り出る。
「私はラティーバの者で”セラ・マクター”と言います……、どうお礼したものか……。ごめんなさい……見ての通り私お金とか持ってなくて……」
確かにセラはボロ布一枚しか身に纏っていない、ジンは少し二人から距離の離れた木にもたれながらその姿を不審に思っていた。
そしてヘルメスはセラの発言に少し困った表情で両手を振る。
「お、お金なんて要らないさ。自分はただ君の……セラの叫び声が聞こえたから助けたまでだ。それに――――」
申し訳なさそうに顔をしかめるセラに対してヘルメスは咳を一つして。
「自分の名はヘルメス=エーテル。ギリスティアの王従士に所属している。王従士は無償で困っている者を助けるのが仕事だ……。あまり気にしないでくれ」
いつもならば誇らしく身分を明かすヘルメスだが、この時ばかりはそうもいかない。
ギリスティアや王従士、その単語を口にする事が心苦しかったのだ。
「あの、エーテル……っ!?」
ヘルメスのファミリーネームにセラは目と口を大きく開けて反応を示す。
だがヘルメスにとっては慣れた光景だった。
八年前までエーテル家は世界最高峰としてその名を轟かせていたのだ。
なのでよく自分の名前を明かしては驚かれていた。
「やっぱり……しかもエーテル家の錬金術師だなんて……っ!?」
ヘルメスの見た目からして錬金術師だと確信していた少女は更にエーテル家だと聞くや目の色を変える。
「あ、あぁ……一応、な?」
ヘルメスはセラの変化に困惑していると。
「……」
ますます怪しくなってきた展開に、ジンは木から背を離し、少女達の元へと近づく。
しかしセラは再び涙を浮かべ、ヘルメスの両肩に手を置いて救いを求めだす。
「お願いします……っ! ギリスティアの王従士として……っ! エーテル家の錬金術師と見込んでお願いがあります……っ! 私達を……っ! ――――あの王を気取った”悪魔”から私達を救ってください……ッ!!!!!」
ヘルメスはセラの唐突な願いに戸惑って上手く言葉が出てこないでいた。
「えっと……それはどういう……」
だが、ジンは無理矢理セラの手を掴んでヘルメスと引き離す。
「いたっ……」
「こ、こら乱暴をするなジ――――」
「黙ってろ」
二人の間に割って入ってきたジンのドスが効いた声が、ヘルメスの口を閉じさせる。
そしてジンはセラを睨みつけた。
「さっきは仕方なく助けてやったけど俺達は忙しいんだ。俺達みたいなよそ者に助け求めるぐらいならラティーバの王従士を当たれよ。アンタ、ラティーバの人間なんだろ?」
「……ッ、それは……ッ」
最もな意見だが自国に頼る事ができないセラは引き下がれないでいた。
その結果。
「お、おい何をしているっ!? や、止めないかっ」
「……」
セラは地面に突き伏し、両手両足だけでなく額も地面に押しつけたのだ。
無言でその様子を見つめるジンとは違い、ヘルメスは急いで少女を起き上がらせようとするが。
「お願いしますッ!! 私達を助けてくださいッ!! 私にできる事なら何でもしますッ!! ……だから……ッ」
ヘルメスはその場に屈み、少女の剣幕とした雰囲気を感じ取り、両肩に手を優しく当てて顔を上げさせる。
「一体どうした……。ラティーバでもしや何か起きているのか?」
「ヘルメスッ!!!」
明らかに厄介ごとを抱えるセラに対し、自らそれに首を突っ込もうとしているヘルメスにジンは思わず叫んでしまう。
「……少し黙ってくれジン」
「なっ……」
振り向く事なく放たれたその言葉にジンはふつふつと怒りが込み上げてくる。
「さっきから……ッ。タイミングを見計らったように色々起きすぎだッ! そいつも罠かもしれないんだぞッ!!」
「黙れと言ってるんだッ!!」
「あぁんッ!?」
ジンとヘルメスの険悪な雰囲気にセラは怯えた表情で黙り込んでしまう。
「突然大きな声を出してすまないなセラ……」
「い、いえ……」
「それで一体どうしたんだ?」
ジンがヘルメスの為を想っての行動は全て空回りに、ただ反感を買うだけで終わっている。
そして自分を無視し、何の疑いもなくセラから詳細を聞き出そうとするヘルメスの態度にジンは遂に堪忍袋の緒が切れた。
「なら……っ」
その憤りの捌け口が見つけられないジンは歯軋りを立て。
「なら勝手にしやがれッ!! 俺はもう知らねぇからなッ!!!」
この場を立ち去ってしまった。
「あの……あちらの方どこかに行っちゃいましたけど大丈夫なんですか……?」
ジンが去ってようやくヘルメスは自分が感情的になっていた事を反省し、後悔する。
だが、それでもジンの人を疑ってかかる行為は許せなかった。
「……この森を抜けた所で荒野しかないからな。どうせ空腹のジンの事だ。行き先はラティーバだろ。すぐにまた合流するさ」
すれ違いが招いた険悪な雰囲気の中。
こうしてジンとヘルメスは別行動を取る形で四大国家の一つ、ラティーバの裏に蔓延る狂気に巻き込まれていくのだった。




