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黒匣の世界式  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
歪みの戯曲
37/80

エピローグ

 現在、二人の少女と一人の青年は馬車で荒野を猛スピードで走り抜けている最中。

 どこかヴァンクを彷彿とさせる荒野を駆けていた。

 剥きだしとなった後方の荷台の上には、小さくなるドロルスロッドに向かって膝を突いて前髪に陰を作るヘルメスの姿と。

 両手を頭の下にし、足を組んで寝転がるジンの姿があった。


「ヘルメス様……。き、きっと私達のマスターなら大丈夫ですよ……」


 多くのダメージが蓄積され傷ついた身体を、被虐快楽園ダメージキャンセラーで何とか騙しながら手綱を握るエリーゼ。

 余裕の無い声でそう告げる。


「……」


 先程からヘルメスはずっと無言のままドルスロッドを見つめるだけだった。

 しかし、遂にヘルメスの堪忍袋の緒は切れた。


「……ッ、」


 素早く荷台の上で立つと、ヘルメスは寝転がるジンの胸ぐらを強引に掴みにかかって顔を引き寄せる。

 だがそこから先は言葉が一切出てこない。


「……」


 まっすぐと怒りに満ちた瞳で睨みつけるヘルメスからジンは視線を逸らす。


「……言いたい事があんだろ? ……黙ってないで遠慮せず言えよ」


 胸ぐらを掴む手に力が込もっていくのがわかる。

 身体を震わせ、唇を噛み締めるヘルメス。

 ジンは無抵抗のまま全て甘んじて受け入れる。

 今のジンにはそうしてやる事しかできないのだ。


「……妙な集団があの村に来たのも、狂った錬金術師……フェイクが来やがったのも全部俺のせいだ。”こうなる”ってわかってたのにあのジジイを――――アリスを一人残してテメェらを連れて逃げた俺が許せねぇんだろ……」


 ジンは不思議な点が一つあった。

 何故アリスがフェイクの持つ独特の気配を察知でき、その正体に気づく事ができたのかわからないのだ。

 他にもアリスには奇妙な点がいくつかあった。

 だが混乱を避ける為にそれを一切伝えず、ジンはヘルメスとエリーゼにフェイクが訪れているという事だけを告げた。


「こうするしか……なかったんだ……」


 そして。

 あのフェイクをたった一人で、アリスが最初から食い止めようと覚悟していた事を告げたのだった。


「ジン君……。ヘルメス様はジン君を恨んだりなんてしませんよ」


 後方の見張りを二人に任せ、前方に集中して馬車を必死に走らせ続けるエリーゼの声に、ヘルメスはジンの胸ぐらをそっと解放してその場に崩れ落ちてしまう。


「ヘルメス……」


 両手を握り締め、俯くヘルメスの姿にジンはとても胸が締めつけられてしまう。

 いっそ殴られた方がまだマシだった。

 だが、予想外の言葉がヘルメスの口から出てくる。


「……これでは、また、師匠に……怒られ、てしまうな……」


 ジンとエリーゼはヘルメスのその声に表情を歪め、心を痛めてしまう。

 外部法則を使用した代償に、ヘルメスは五つの感情の一つである哀しみを失っている。

 哀しみを感じる事のできなくなってしまった今のヘルメスは、涙を流して哀しみに暮れる事もできない。


「……もう大丈夫だ。心配かけたな」


 だからなのか、ヘルメスはとても苦しそうにして立ち上がり。

 ジンに元気の無い笑みを見せてから、凛々しい表情でもう見えなくなってしまったドルスロッドの方角を見つめる。


「師匠はあの村が大好きだった。自分達だけでなく、きっとドルスロッドに住む皆の為にも残ったのだろう。あの方は本当に立派な方だ、自分の誇りだ。そんな師匠の為にも自分も――――」


 いつまでも弱い姿など見せていられない。

 ヘルメスは強くあろうと、いかなる困難にも立ち向かうとジンにも約束していた。

 しかし、それは実際にはあまりにも辛く険しいものだった。

 明らかにヘルメスは無理をしている。


「師匠はとても凄い錬金術師なんだ。例えあの狂った錬金術師フェイクだろうと師匠ならきっと倒してくれるに違いない。まだまだ錬金術について自分は学ばなければいけない事が山程あるんだ。そうだ、次に師匠に会った時にはもっと成長した自分を見せて驚かせてやろう――――」


 ヘルメスはひたすらアリスの凄さや自慢を続け、不安を拭い去ろうとしている様にしか見えない。

 それはとても痛々しいものだった。

 本人も自覚はしていた。

 そして、このままでは自分の心がいつか壊れてしまうのではないかと恐怖も感じていた。

 

「とにかくこれからも過大は山積み――――……ジン」


 突然ヘルメスの背後から。

 ジンは肩を引き寄せてそのまま正面から優しく抱きしめた。


「……フフ。……どうしたんだジン? 君らしくないじゃないか……」


 いつもはあまり触れ合う事を嫌がっていたジンだが。

 この時ばかりは違った。

 ジンの温もりにヘルメスはそっと瞳を閉じ、その胸に顔を埋めて腰に両手を回す。


「俺が辛い時……よくルルとヘルメスはこうしてた。……だから俺も真似してみただけだ」


 自分の胸に顔を埋めるヘルメスの腰に手を回して静かに頭を何度も撫でていく。

 奪い、傷つけ、傷つけられてきたジンは何度もこうして救われてきた。

 今度は自分がそうする番だと思ったのだ。

 ヘルメスと同じように、ジンもドルスロッドで過ごした日々の中で変化を起こしていた。


「別に無理する必要なんてねぇんだ。……辛い時は素直に苦しんだって良いって、ルルは俺にそう言ってくれた。きっと、それは間違いじゃねぇはずなんだ。本当に強ぇ奴ってのは……そういうもんだと思う。弱さを完全に捨てきった奴なんてきっと居やしねぇ。もしそんな奴が居たとしたら……そいつはきっと人間どころか偽人ホムンクルスですらねぇ……本当にただのバケモンだ。……んなもんに好き好んでなんじゃねぇよ」


 ジンは恐れていた。

 ヘルメスがいつか”心を失った本当のバケモノ”になるのではないかと危惧していた。

 ヘルメスを抱きしめ、頭を撫でる手に自然と力が込もってしまう。


「ありがとう……。まさか、こうしてジンに慰められる日が来るとはな……フフ、」


 すると、荷台が急に大きく揺れてジンとヘルメスはそのまま転倒してしまう。


「うぉっ!? って、オイ!? もっとマシに運転できねぇのかよっ」


 すぐに身体を起こして運転席に居るエリーゼに文句を叫ぶジンだったが。


「いやはは~……そんな無茶なぁ~。燃え上がってられる途中で、非っ情に申し訳ないんですが私達は今全力で逃走中だという事をお忘れですかぁ~? そ・れ・に・し・て・もぉ~♪ ジン君ってば意外とやりますねっ!? 大胆にも私の前で傷心中のヘルメス様にお優しくする事で手篭めにしようとするなんてっ!! ヘルメス様の後で結構ですので私にも優しく肉体的な意味で慰めてくださいね~♪」


「こんな状況でも絶対にブレねぇよな……。ちょっとだけ尊敬するぜ……」


 小刻みに揺れていく荷台の上でジンは溜息を吐くが。

 荒野を走り続ける馬車は、時々こうして不安定な動きをとってしまう。

 確かにいつまでも荷台の上で立ったまま抱き合っていればこうなるのも必然だった。


「あはは~、こんな状況でもヘルメス様に発情しちゃうジン君も尊敬に値しますよぉ~♪ ヘルメス様の抱き心地はどうでした? お胸の感触とかも味わえたんじゃないですかぁ~?」


 エリーゼの無茶苦茶なツッコミを受け、ジンは急に恥ずかしくなってその場であぐらをかいて顔を真っ赤にさせる。


「ば、馬鹿言うなっ! 俺は年がら年中、アンタみてぇに脳内ピンクじゃねぇんだよッ」


「でもヘルメス様のお胸の感触は気になりましたよねぇ~?」


「おう! ……って、んなもん考えてねぇよっ!」


「……」


「ほぉら! やっぱり下心あったんじゃないですかぁ~?」


 自然にヘルメスと視線が合ってしまったので慌ててジンは顔を逸らしてしまう。

 いくらヘルメスが苦しそうだったとはいえ先程のような行動をとったのは間違いだったかもしれないと、顔を赤くして後悔していたが。


「ジン、ありがとう」


 予想外の反応を示すヘルメスにジンは驚いた表情を浮かべる。


「……は? え、もしかして揉みしだくぐらいしても良かったのか!?」


「な、そ、そうじゃないっ」


「おぉっとぉ~? 何やらヘルメス様のお胸はいつでも揉み放題という発言が聞こえてきましたがそれは真ですかぁっ!?」


「エリーゼさんの場合は勘違いを通り越してもはや幻聴の域ですっ! あまり胸、胸と食いついて言わないでくださいっ!」


 耳まで真っ赤にさせて両腕で胸を隠すヘルメスに、ジンは少しホッとする。


「まったく……二人共、油断も隙もあったものではありませんね」


 微かに笑みを浮かべるヘルメスにジンは少し見とれてしまう。

 どうやら少しは元気が出てきたようだ。

 だがあまり悠長にしてはいられない。


「さて真剣な話し、これからどうすっか……」


 だいぶ離れたとは言え、あのフェイクがドルスロッドに訪れたのだ。

 そしてヘルメスもアリスの発言でどうしても気がかりな事があった。


「師匠はギリスティアから逃げろと言っていたが……あれはどういう意味なのだろうか。ジンやエリーゼさんはその事について本当に何も聞かされていないのか?」


 ジンはあぐらをかいた太ももに両手を乗せ、エリーゼに視線を向ける。


「……さぁな。俺はそこまで聞かされてねぇよ。でもアリ……ジジイは元々ギリスティアの王従士ゴールデンドールだったんだろ? もう辞めてたみてぇだけどよ、それが何か関係あんじゃねぇのか?」


 前方をしっかりと注意して手綱を握るエリーゼが、ヘルメスの問いにどのような表情をしているのかジンとヘルメスにはわからなかったが。


「……。さぁ……私にもそこまではわかりませんねぇ~。ですがマスターがそう仰るなら”今の”ギリスティアから逃げるべきだと私は思いますよぉ~?」


 ヘルメスは気づいていないようだが、ほんの少しエリーゼは歯切れを悪くした。


「むぅ……そうれもそうだな。きっと師匠の事だ、何か考えがあるはずだ。……そうだ!? え、エリーゼさん。この馬車は何処へ向かっているんですか?」


「……」


 ジンはエリーゼの発言で”今の”という部分に引っかかっていた。

 ヘルメスはギリスティア、特にその王が絡むと突然妙に熱くなる部分があった。

 なので恐らくそれを考慮してエリーゼは何かを隠し、歯切れを悪くさせたのだろう。

 ジンは今のヘルメスにそれを伝えるのは危険だと思い、黙ったまま両手を再び頭の後ろに回して荷台のフェンスにもたれて口を閉じる。


「とにかく今はギリスティアから離れた方が良さそうですから、お隣の国に向かって全力で逃亡中ですぅ~」


「む? 隣国と言うともしや……」


 揺れる荷台で立つと転びそうだったので、両手両足で這いずるように運転席へと向かうヘルメスに、エリーゼは目的地を告げる。


「そうですっ! ”ある英雄”に救われ、見事に再生を遂げた国――――四大国家の一つ”ラティーバ”ですっ!」


 結局、黒い歯車スレイブ・ギアを解く方法は見つけられなかったジンだが、ようやく新たな右腕を手に入れる事に成功した。

 度重なるアクシデントに見舞われ、ジンとヘルメス、エリーゼは四大国家の一つラティーバを目指して荒野を駆ける。

 しかしそこで待ち受けていたのは、古の悪魔だった。

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